February 06, 2010

金春屋ゴメス 異人村阿片奇譚 <12>

近未来の日本、そこには江戸がある。
鎖国して自治を保ち、昔ながらの生活を営む江戸。
一見時代小説なんだけど現代人の感覚で体験する、まるで江戸の読み解き書みたいな『金春屋ゴメス』、日本ファンタジー大賞を受賞したこの作品、なかなか面白いと思っていた。
その続編が本作。

極悪非道、冷血無比、荒唐無稽、厚顔無恥、そう賛美(?)される長崎奉行ゴメスの配下になった日本育ちの若者を主人公に、物語が展開する。
ゴメスの配下が敵の脅しに対して、「うちの親分以外に怖いもんはねえ」と言って逆に凄みを出す(笑)。
この怪物みたいなゴメスという強烈なキャラクター、なかなかはまります。

この作家さんはほかに、ちゃんと過去の江戸を舞台にした作品『烏金』というのも書いています。
人に恨まれたり嫌われたりする人を描くのが上手に思います。
嫌われ者のゴメス、私はぞくぞくするくらい好きです。

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January 29, 2010

食堂かたつむり <7>

このひとの本を、ずっと読みたいと思っていた。
たぶん、単行本として書店に並びはじめたときから、とても気になっていた本だった。
図書館では何十人も予約待ちで、いまだに数十人が待っている状態。
とても借りては読めないなと思った。
読みたい気持ちがしぼんでしまってから手にとっても、きっと読むことができないから。
食べたい時に食べたい物を食べるのと同様、本もきっと、読みたい時に読むのが一番じっくり味わえる。

今年に入ってから何度か小川糸のインタビューなどを見かける機会があって、もうどうしても読みたくてたまらない、という状態になった。
本屋に足を運ぶたび、単行本を手にとっては戻し、戻しては手にとっていた。
(気になるけど読んだことのない作家の単行本を買うときって、すごく迷いませんか?)
もうあとどのくらい待てば文庫になるだろうか、そう思った日のことだった。
文庫のコーナーの一角に山積みされたばかりの、この本があった。
単行本をそのままちいさくしたような装丁。
すぐさまレジに向かった。

家に帰るのが待ちきれなくて、本屋の外のベンチに腰かけて、自動販売機であたたかいお茶を買って、最初のページをめくった。
読みたいと思っていた本を手に入れて最初のページをめくるときの気持ちは、なんともいえず幸せと期待に満ちているものだ。
少し読んで、やっぱりじっくり読みたくて、足早に家に帰った。
読み進めていくと、最初の方で、既視感を感じた。
恋人に家財一式持ち逃げされて、帰った先の故郷に、「みおぼえ」がある。
地味だけど素直に育てられた野菜、自然に囲まれたゆたかな山の幸、山の急こう配に植えられたブドウで作るワイン――私の知っている、あの場所のことじゃないか――そう、学生時代を過ごした、山形。
山形だとは書かれていないけれど、この豊かさはまぎれもない山形。
それ以外に考えられなかった。
もちろん物語には、地名は出てこないし、北の方であることはほのめかされるけれど、どこだとも書かれない。
けれど私は、どうしてもこれは山形だとしか思えなくて、ネットで検索してみるとやはり作者・小川糸は山形県山形市の出身だった。
なんだかとてもうれしかった。
私の好きな山形が書いてあった。
その好きなままに書かれていた。

ザクロカレーだとかジュテームスープだとか、その料理の目新しさに目をひかれがちだけど、この人の妙味は万物を食べ物で比喩するその感性だと私は思う。
地球をまるごと大きなはちみつの瓶に沈めたみたいな夕焼け。
なまこのようにぬるっとからみついてくる夜の闇。

好きな作家がひとり増えた。


食堂かたつむり
小川糸
ポプラ文庫

※余談ですが、食堂かたつむりのレシピ本が出版されるそうです。映画化のおまけみたい。

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January 28, 2010

東京バンドワゴン <6>

※意図的に1冊分、カウントが飛んでいます。読んだけどアップするには恥ずかしい本だったので。

お茶の間を扱った物語が私は結構好きらしい。
ご存じの方も多いと思うが、60~70年代のホームドラマ「奥さまは魔女」のフリークだし、小林聡美室井滋もたいまさこの「やっぱり猫が好き」、だいぶ古いけど向田邦子の「寺内貫太郎一家」も好きだ。もっとも、寺内貫太郎一家は、残念ながらドラマは見ていない。小林亜星がいがぐり頭になったのは、このドラマがきっかけだというが、そのときまだ生まれていなかったから、想像しながら小説のページをめくった。

なつかしい感じ、ほっとする感じ、ほろりとする感じ。
お茶の間ドラマは、ささいな事件が面白おかしく展開し、ときにほろりとさせる人情話をはさんで、しみじみ終わる。
そこには家族の絆という安心感がいつもある。

そんな物語に出会った。
古本屋&カフェ、東京バンドワゴン。
典型的な頑固爺、その息子の60を過ぎた伝説のロッカー、そのさらに息子娘と愛人の子、息子娘の子どもたちと四世代が暮らす東京下町の物語。
一癖も二癖もある彼らの毎日を語るのは、雲の上からこの家族を見守っている、頑固爺の亡くなった妻、つまり幽霊のおばあちゃん。
幽霊の視点で語られる物語はすこし切なくてあたたかくて、お茶の間ドラマは展開する。
朝現れ、夕方に消える百科事典はじめ、プチ謎解きもいろいろ。
こういうお話を「日常ミステリー」と呼ぶのだそうだ、私はそういうジャンルがあるのをはじめて知った。
ミステリーというと、必ず殺人があるものだとばかり(笑)。
シリーズで何作か出ている模様。
早速手にとってみようと思う。

東京バンドワゴン
小路幸也
集英社文庫

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January 18, 2010

陽気なギャングが地球を回す <4>

伊坂幸太郎の作品を読むのは2度目。
書く作品がことごとくヒットを飛ばし映画にテレビにと非常に成功している作家というイメージがあり、天邪鬼な私好みではなくあまり手を伸ばしていない。
さらに決定的な理由はこの人が仙台にいることで、物語の舞台が仙台であることが多いから。
どうも私はあの街のこととなると、喉の奥に魚の骨が刺さったような感じをぬぐい去れない。

この本を手にとったきっかけは、書店のポップだった。
「とにかく会話がいい!テンポがいい!」
と書かれていて、ほほう、と気になった。
買ってから、前述した『絵描きの植田さん』を読み始めた。
速度、を考えてみたかった。

最初に読んだ伊坂作品は『死神の精度』。
冨司純子が映画に出演していて、後援会から送られてきたチラシであらすじを見て、ふむふむと気になった。
常に音楽に身を浸している死神なんて、なんともロマンチックだこと、と興味を持ったのだ。
だから、割とその作品の印象が作家の印象になりかけていたので、『陽気なギャングが地球を回す』はいい意味で期待を裏切ってくれた。

主人公は四人組の銀行強盗(しかもそれぞれ特殊能力を持った)という設定もなかなか面白い。
なるほど強盗なんてふつう体験できないからなあ、小説の醍醐味ってやつなのかな、と思いつつ読み進む。
(幸いなことに舞台は横浜だった)
なるほど、会話中心に話が運ばれていくから、確かにテンポがいい。
ゆっくりした強盗なんていない(いたとしたらそれはすでに囚人になっているだろう)、だからこそなおさら、そのスピード感が生きてくる。
中心となる人物の動きで視点が変わっていく感覚も、映画やドラマでカメラが切り替わる感じでスピーディだ。

伊坂氏は作品を徹底的に書き直すのだそうだ。
この作品も、かつての佳作入賞作品を、原型をとどめないくらい徹底的に書き直して誕生したとのこと。
「徹底的に書き直す」、なるほど、勉強になった。
洗練に次ぐ洗練が良い作品を生み出すのだ。
そしてそれは、洗練に次ぐ洗練が生み出した強盗の作法とも重なり、犯罪小説であるはずなのにさわやかな読後感すら与える。
人も殺されるし、犯罪が物語の中心にあるし、暴力も出てくる、要するに私の嫌いなものだらけなのだけど、なんでだかさわやかで嫌な感じがしなかった。エンターテイメントとして見事に作りこまれていて。
続編もあるようなので、今度書店に行ったら購入してこようと思う。


陽気なギャングが地球を回す
伊坂幸太郎
祥伝社文庫

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January 15, 2010

絵描きの植田さん <3>

はじめにお断りしておきますと、タイトルにある<3>というのは、私が自分が読んだ本の冊数をカウントするために勝手にふっているだけで、『絵描きの植田さん』の第3巻というわけではありませんので、あしからず。


いしいしんじの文章が好きだ、と以前書いた
私が好きな作家というのは、非常に限定されているのだけれども、共通点をあげるならばすこしひんやりとした文章を書くひとたちだ。
面白い物語を書くから好き、というのではなくて、文章そのものが好きというのが私の「好きな作家」の定義で、そうすると本当に片手で足りるほどしかいない。
そのうちの一人が、いしいしんじだ。

『絵描きの植田さん』は、一番最初に読んだ、いしいしんじ作品。
今回、『本を読む本』にならえば、「分析的読書」をしようと思って再読した。
どこがどう好きだと感じるのか、はっきりしておきたいとも思った。
いろいろ考えてみると、どこかおとぎの国の住人めいていて、儚い糸のようなものでかろうじて現実に結わえられているような登場人物たちに心惹かれる。
もちろん彼らはちっとも儚いひとではなくて、むしろ強い生命力をもっているけれど、素直さや純粋さがあって、だからこそ不条理なよのなかから離れてひっそりと暮らしているような印象を受ける。
決して走り過ぎていない、地をいっぽいっぽ踏みしめる速度で、彼らの世界を垣間見ることができるのもいい。
(後日アップするけれども、「速度」を意識して、すぐ次には別な本を読んでみたので、その効果はとても高まった)

踏みしめる感覚は、物語内に満ちる雪の気配にも通じる。
自分なりに「どうして好き」を考えるのは楽しい経験だった。
それからやはり、植田真氏の挿絵も、文章に似て冷たくて時間がとてもゆるやかに経過していて、それでいて明るい。
この場合の「明るい」は、なんといったらいいのだろうか、はしゃいでいたり生命力が満ち満ちる感じではなくて、たとえるなら冬の朝のベッドの中で窓の外の雪を思うのに似た感じだ。
いつもより音がなくて、自分がすぐ手元で立てる音以外はどこかに吸い込まれてしまったような感じがして、シーツにおちるカーテン越しの光がいつもよりもいくぶん明るい、あの感じ。
ああ、でもそれはたぶん、この物語に私がそっくりそのままのみこまれているということなのだと思うけれど。

絵描きの植田さん
いしいしんじ
新潮文庫

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January 14, 2010

コミュニケーション力を引き出す

昨夏、とっても貴重な体験をした、ワークショップデザイナー育成プログラム。
この終了記念イベント&シンポジウムが8月22日に東大福武ホールで行われたのだけど、そのときに紹介(というか営業?笑)された本。
青山学院大学と大阪大学で開催されているワークショップデザイナー(以下WSDと省略、長いからね)育成プログラム、とくに大阪大学で講師をなさっている平田オリザ氏と連行氏の共著。
ふと思い出して、Amazonで注文してみた。

タイトルは『コミュニケーション力を引き出す』、中身は副題に書いてあるように「演劇ワークショップのすすめ」。
WSD育成プログラムでも演劇の手法が使われていたし、演劇畑の参加者のハイ・パフォーマーぶりは誰もが認めていた。
その秘密がこの本で、ちょっと明らかになったような気がする。

私は演劇WSをする立場ではないし、体験したこともほんのわずかだけれど、その手法のすごさは身をもって体験したように思う。
「なぜすごいのか」を語れることが、必要であるとも思う。
あと、単純に、面白かったですとても。
この本の構成は、理論的な裏付けと読み物としても面白く読み進められる具体例の二本立てになっていて、なんだかとても、WSDの追体験のようだった(笑)。
つまり、ああ楽しいなあ、ほう勉強になるなあと思っているとあっという間に終わってしまうという。
基本的に演劇WSはチームとして行われるので自分以外の誰かを必要としますが、こっそりご自分でやりたい方向け(?)に、ご自宅で簡単にできる演劇WS的トレーニングの仕方もついているので、こっそりコミュニケーション力に磨きをかけたい人もどうぞ。

そうそう、WSD育成プログラムでご一緒させていただいたH田さんのお名前とご紹介が終章に登場していたのも、なんだか「おお」という感じがいたしました。

ここまで読んでいただいておわかりでしょうが、あの、具体的な内容は極力書きません。
気になるときが読みどき、出会いどきですから。
どうぞ皆さん本書を見かけたときに「あっ、そういえば」と思ったらそのときに、パラパラめくってみてください。
ただ、せっかくここまで読んでくださったのに「なんじゃつまらん」とがっかりされるのものナンですから、ほんの一部だけご紹介しますと、具体例ではある企業から「参加者のプライドを粉々にする」ミッションを受けた演劇人R行氏の演劇ワークショップが半戯曲の形でごっそり載っています。
ちなみにそのミッションは別名「プレゼンテーションセミナー」という名のもとに実行されます。
どうです、気になるでしょう。
あの、おもしろいですよ、とても。

コミュニケーション力を引き出す 演劇ワークショップのすすめ
平田オリザ・連行 著
PHP新書

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January 13, 2010

『本を読む本』

今年一番最初に読み終えた本は、『本を読む本』。
いまさらなのだけど、もっと早くに読んでいても良かったかもしれない。
例えば学生時代などに(笑)。

もっと早くに読んでいたら、もっと有益なレポートがもっと速く書けたかもしれない。
学生時代、意外と気がせいて、こういった基礎的な書物をひもとく余裕がないものだ。
けれども、基礎的な力というのは、応用力を支える大きな土台となる。
ゼミに入る前にこれを読んでいたら、違ったような気がするなぁ。
いまさら、ではあるし、本も「出会いもの」なので、今私が出会って読みたいと感じたことが大事でもあるのだけど。

1940年に刊行されて以来読み継がれてきた本なのだけど、読書とはどういうことか、を論じている。
読書体験を4つのレヴェルに分類して説明している。
時間的制約がある場合に有効な読み方や、分析的な読み方など。
今まで無意識にそういった読書の仕方をしてきているのだろうけれど、意識的に行うことで効率ががぜんよくなる。
「今自分はどんな読み方をしているのか」といったこと、客観的な目線で読むことで、見えてくるものもあるのだ。

ここ1、2年は、「これは!」と思った本以外にはあまり記事にしてこなかったけれど、今年は読んだ、という事実だけでもつけてみようかと思っている。
というのは、学生時代の友人Hちゃんからのお手紙が発端。
ゼミで一緒だった彼女は、英語堪能な、日々の努力を惜しまない才媛で、私が風邪で寝込んだときにそっと食事を差し入れにやってきてくれる優しいひとでもあった。
いただいたお手紙にはご自身が書かれている読書日記ブログのお知らせが。
早速訪れてみたところ、昨年100冊を読み切ったとか!
100冊、単純計算しても3~4日に1冊。
それ以前にも、年間50~60冊はコンスタントに読んでいたというから、昔からの彼女の勉強家魂が健在であることに嬉しくなってしまった。
にしても、今年小学校・幼稚園にそれぞれあがる愛娘ちゃん2人を抱えて、よくそれだけの時間と気力が保てること!
それがまた丁寧に感想を書いていて、彼女の人柄そのものといったブログなのだ。
自分のことを振り返ってみると、いったい何冊読んできたのかすら、わからぬ始末。
大して読んではいないとわかってはいるものの、せめて冊数くらいは把握しておきたいよなあと思って、もしかすると本当にタイトルだけになるかもしれないけれど、チェックしてみようかと思った次第。
なにせ私の本棚、「読みたい!」と思って買ってきて、読んでいない本の多いことといったら。

『本を読む本』によって、ぱらぱらページをめくるだけの読書も読書にカウントされる(少なくとも何が書いてあったかを語ることができるなら)とわかったので、それに力を得て、在庫一掃処分を目指し(笑)少し読み進めてみたい。

相互リンクしていただいているkanameさんのブログ「ひかりのまちで」でも、たいへんな読書家であるkanameさんの本の感想を楽しみに拝読しているのだけど、真の読書家というのはどんな多忙な中でも活字を手放さないものだとつくづく思った。
kanameさんにしろHちゃんにしろ、私の想像を絶するような超多忙な毎日を送られているはずなのに、ものすごい量の本を読まれているからだ。
本好きな方の感想を拝見するのは、心躍る体験である。
そこから新しい本との出会いがあったり、同じ本でも自分にない新しい視点を発見できたり。

今年はちょっと有益な読書ができるようになるかしら?

『本を読む本』
M.J.アドラー C.V.ドーレン 著
外山滋比古・槇未知子 訳
講談社学術文庫

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October 05, 2009

いのちのいとなみ。

生命に最も強く作用するものが、食に関する欲望であることを、私は今痛切に実感している。

ここのところ、食に関する本ばかり手に取っている。
それは、名づけの件からの逃避でもあるのだが(結局まだ決まっていないのだけど、四川先生、1/2は私の意見を通してくれたので、残りは先生に任せて静観することにした)、それと同時に、なんとも抗いがたい衝動を持って、食に関する本ばかりに手を延ばしてしまう。

相変わらず毎日の「親子料理教室」は続いていて、もう書くほどのこともなくなったが、アイスクリーム、カステラ、もちもちパン、スコーン、タフィー、コロッケ、ハンバーグ、栗のクリームなど、おやつを中心にさまざまなものを作り続けている。

そんなだから、自然と食べ物に関心がいって、本棚からそんな本を取り出すのか、あるいはその逆で、本棚からそんな本ばかり手にとっているから、料理にばかり精を出すのか。
そこは、鶏が先か卵が先か、に似た様相である。

近頃の一番の気に入りは、随筆の名手との誉れ高い、團伊玖磨の『パイプのけむり選集 食』。
一度読み終わった途端にまた最初から読み始めてしまった。
今朝は、その中に紹介されていた詩人・草野心平氏から伝授されたという支那粥「草野粥」をとろ火でことことと作りながら、キーボードに指を走らせているし、数日前にはやはり本に紹介されていた珍味を通販で注文したりもした。

陣痛待ち、とはいえ、今はほとんどお腹が張っている時間の方が長く、時間の経過につれて張りも強くなり痛みも出てきたものの、本陣痛につながるような大きな波が来ずに、痛いなあと思いながら毎日をだらだらとやきもきと過ごしているので、自然、ストレスも大きくなっているのだろう。

その気散じが食につながるというのは、私自身が食いしん坊であるというだけでなく、これから人間一人産みださんとする生命そのものの働きであるように思えてならない。
いのちをつなぐいとなみは、食にあるからだ。
いのちと密接につながった食に関心が向くのは、人の本能のようなものなのではなかろうか。

さて出来上がった草野粥は、実に簡単にできる上おいしくて、非常に好評であった。
材料はたったの4つ、作り方はとろ火で煮るだけ。
注意すべきことも特にはない。
大人1人前なら、御猪口で米1:上等のごま油1:水15杯をそれぞれ計量し、2時間とろ火で煮込むだけなのである。最後にぱらぱらと塩を加える。
※我が家で4人前をつくってみたところでは、ごま油が御猪口4杯も入っては多い気がしたので、半量の2杯にとどめた。それでちょうどよいか、もう少し減らしてもよさそうな具合に思えた。

朝。
ことことと音を立ててできあがる朝がゆに添えて、青菜のおひたし、卵の黄身の味噌漬け、雷こんにゃく、自家製梅干し、ザーサイ、にんじんとだいこんときゅうりの生姜風味の浅漬けを用意して「朝がゆヴァイキング」にすると、それだけでとても贅沢な心持ちになった。
たっぷり食べても、なにせ4人前で米1合入っているかどうかなのだから、胃の腑が苦しくなりすぎないのも良い。


また、この團氏の文庫本のあとがきには、「ダン違いの壇さん」というタイトルで壇ふみが父・壇一雄氏について語っている。
この壇一雄氏の『壇流クッキング』もまた、面白い。
以前古本屋でみかけ、友人MKMKに勧められて手に取ったこの一冊は、語り口が実に小気味よい。
読んだ当初ブログに書いたような気がしていたのだが、見直してみたら書いていなかった様子。
こんな名著を、もったいない。

團氏の本が「食べる」ことに力点を置いて語られているとしたら、壇氏の本は「作る」ことに力点を置いている。
もっとも、双方とも相当な食いしん坊とみえ、本の向こう側では、食べる/作るの両方に多大な情熱をもってあたっている様子もうかがいしれる。
本のこちら側は思わずごくりと生唾を飲み下すのだけれども、一度「食いしん坊熱」が騒ぎ出すと、もう大変なことになる。
とまらない。
昼にはついつい、玉ねぎを飴色に炒め、トマトを加えてカレーベースをつくるところからはじめて、1時間以上かけて丁寧なカレーを作ったりしてしまう。

陣痛待ちの手持無沙汰からなのか、痛みを考えないように動いていたいのか、あるいは単に食い意地が張っているだけなのか――。

今日も四川家のキッチンは、休む間なく、フル稼働中。
その前に、文庫本を手にした真剣な面持ちの妊婦が1名、佇んでおります。
天高く、馬肥ゆる秋なのでございます。

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May 11, 2009

すてきなお食事。

すてきだなぁ、としみじみ思う料理本に出会いました。
スパイスやハーブをとても素敵に使われながら、自分たち流にお料理生活を楽しんでおられるご夫婦が書かれた本です。
図書館で惹かれたそのタイトルは、『いつも、ふたりで』。
しかし私が心惹かれたフレーズは、サブタイトルの「ばーさんがじーさんに作る食卓」という方。

ああ、なんかいいなぁ。
と、子どもたちが巣立った後の四川先生と二人きりの生活を思い描いたりしながら、ページをめくります。
しかも、「減塩・ローカロリー、でもマズイものはイヤ」を信条としたレシピは、体だけでなく心にも、ほっこり優しいものばかり。
著者は2006年に69歳のご夫婦だから、今年72歳くらいかしら。

ブログから生まれた本とのことですが、「たったひとりのお客」のために奥さまがつくり、写真とブログ掲載をご主人が担当されてできた二人三脚の本は、こんな夫婦になれたらなあ、と憧れをも見せてくれます。

働き盛り、子育て、慌ただしく毎日が過ぎる今は本当にいっときで、すぐにも、ゆっくり季節やパートナーと向き合いながら毎日を過ごす日々が来るんではないかしら、と夢見てしまいます。
(それを人は現実逃避と呼ぶかもしれません、今も子ども部屋からは笑い声と泣き叫ぶ声が交互に絶え間なく聞こえてきているのですから)。
出会ってすぐに結婚してすぐに子どもを授かった私たち、考えてみるとお互いだけを見つめて過ごしたのはほんの数カ月だけ。
ふたりとも銀色頭になる頃ようやく到来するはずの、ふたりだけの生活、ちょっぴり楽しみでもあります。

とはいえこの本のレシピをそこまでとっておくのは勿体ない(笑)。
楽しみながら毎日の暮らしに取り入れさせていただいて、いつか私たちがこの方たちの年齢になる頃には、私たちなりのこんな穏やかで素敵な生活が送れることを夢見たいなあと思います。

そんな思いも抱きながら、母の日に、実家の母にプレゼントしたところ、母よりも先に父が取り上げて見ていたとか(笑)。
電話に出た父と「ちりめん山椒がなぁ…あれはうまいよなぁ」なんて珍しく、食べ物の話題になりました。
父は食べることにあまり興味がないのですが、この本のサブタイトルにはやはり、惹かれたよう。
「(母に)作ってってリクエストしたら?」と言ってみると、これまた珍しく「そうだな、そうするかな」なんて、素直なお返事でした。
母と私、どっちが先にこのレシピを料理するか、競争になりそうです(笑)。

『いつも、ふたりで ~ばーさんがじーさんに作る食卓~』
岡西克明/松子 著
講談社

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December 14, 2008

冬の愉しみ、到着。


待ちに待った新刊が、2冊も出ていた。
大好きな作家・吉田篤弘の『小さな男*静かな声』と(氏の著書についてはこちらでも言及)、服部真澄の『清談 佛々堂先生』の続刊(前刊についてはこちらで惚れこみ公開中)。
帰省し、両親に子どもを預けられる「冬休み」にじっくり読もう、と今から愉しみにしている。

近頃ゆっくり書店を見るということも、叶わない。
そんな中で、「続刊が出ていましたよ!」と教えてくださる声や、たまたま電車の待ち時間に立寄った駅ナカの書店での運命的な(?)出会いで、この二冊が手元に揃った。

珍しいことに、既に新年について思いを固めている今年の私(来年こそは今までとは一味、違ってくるといいのだけど)。
今年と来年のはざまにある「冬休み」、どんな本で年の瀬を締めくくり、どんな本で初春を飾ろうか…それがこの、とびきりの二冊であることが、心躍るばかり。

赤穂浪士の討ち入り日を迎え、冬休みも間近。
あと二週間で、今年もおしまいです。
常と変わらず、休み前がめまぐるしく忙しいのだけど…!
病も流行りはじめましたが、皆さまどうぞお体お気をつけなさって、残り僅か楽しまれてくださいね!

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