March 20, 2009

春霞 鎌倉散策

春霞 鎌倉散策
春霞 鎌倉散策
すてきなお友達が、先日ご案内した伊庭靖子展を見に来てくださった。
勤め人時代の同僚S嬢、そのときのクライアントだったkanameさん、S嬢の学生時代からのご友人で秋にも鎌倉散策に来てくださったBちゃんと4人で伊庭展をめざす。
と、その前に、まずは腹拵え。
季節あふれる雲水料理で心を研ぎ澄まし、おしゃべりに花を咲かせながらのお食事は春そのもの。
レモンの食前酒と自家製ごま豆腐からはじまるお膳には、苺のソースの鎌倉野菜のサラダや、蕗の薹や菜の花の天ぷら、つくしの佃煮ののったごはんなど、口の中に春爛漫の景色が広がるよう。
雲水というのは修行中のお坊さんのこと。
精進料理なのだけど、さまざまな食材の味わいや食感に、こんな美味しい修行(だけ)なら私もやってみたい、と不埒な考えがちらついた。

ドイツソーセージのお店でさまざまなタイプのソーセージを試食し、美術館で感性の快楽を堪能して、八幡宮・旗上弁天社でひっそりと佇む姫石に祈願をし、大佛茶廊でお抹茶と知る人ぞ知る和菓子舗・美鈴の美しい上生菓子に癒やされ、アメリカレトロ雑貨、ちりめん細工、北欧アンティークと骨董などお店を冷やかしながら、鎌倉山納豆、葉山のこだわりパン、相模湾の干物のお店、わらび餅屋さんなどをめぐった一日。
雨ふりでスタートしたのに、お食事中に雲が晴れ、すっきりと春らしい一日を楽しめたのも嬉しかった。

だいすきなひと達とだいすきな場所を楽しむ、最高の贅沢を過ごしました。

| | Comments (0)

November 29, 2007

鎌倉産院事情。

家から一番近い産婦人科が、たまたま鎌倉で唯一の出産施設である病院だ。
救急体制が整っている総合病院なので、ついいつもの調子で予約などせずに訪れたら、「完全予約制で…」と難色を示されてしまった。
それもそのはず、改めて電話で問い合わせてみると、「初診の予約は1ヵ月以上先」になる、とのこと!
市内のここでしか産めない、という事情もあって、多くの妊産婦を抱える病院、もちろん他に婦人科の患者もいるのだから、予約がとりにくいのも仕方なかろう。

しかし、いまや私は妊娠後期の身。
2週に一度検診に訪れなければならない時期に突入しているのである。
妊婦検診だけなら他の病院でも対応してくれるはず…とインターネットであちこち探してみたのだけれど、いずれも「~○○週までの妊婦検診」の○○部分が、私にとっては既に過去であったりする。
結局、「週数が近いので、やむをえぬ事情ということで、受入できます」と仰ってくださった、総合病院にお世話になることになった。
無理やり押し込めてもらった、という状況だろうか。
いざ診察に出かけていくと、接する医療スタッフ一人ひとりが、本当に申し訳なさそうに、「待ち時間が長かったり、予約が取りづらかったり、本当にごめんなさい」と仰るので、無理に詰め込んでもらった私はかえって申し訳ないようだった。

全国に先駆けて高齢化している、鎌倉である。
子ども関連事業は結構充実しているらしいというハナシも聞くのだけれど、国全体がいくら「産めよ増やせよ」と声高に言っても、近年下降の一途を辿った出生率におされ相次いで廃院した産院の影響が妊婦に来るのでは、産みたくても産みにくい状況である。
私など、海外からの情報不十分な上での転院で、しかもまた渡り鳥のように里帰り先に転院していく予定で、数回の検診のみちゃっかりお世話になる身の上であるから、肩身が狭いような気すらする。

診察には、はるも一緒に連れて行った。
上記のような混雑具合、当然長~い待ち時間に、暴れん坊放題の彼が耐えられるはずもなく、助産婦外来の壁を叩いたり、私の膝の上に座って前屈体操を始めたりと、大暴れ。
しかしながら、赤ちゃん、というのは、ちょっとずつわかってきたらしい。
助産婦外来で子宮の大きさを測ったり、心音を聞いたりしたら、はるは自分の洋服をまくって、「はるも、あかちゃん、いるの!」と診察を要求し、爆笑された。
そうそう、診察の一番はじめの問いは、「あなたは日本人ですか?」からだったのには、こちらが思わず失笑してしまった。
同じアジア人である中国からの転院だからだろうけれど、北京でも私、中国人と間違われていたもんなぁ(笑)。

ずっと気になっていた採血検査(本来は初期にするもの)もようやく済ませられたし、今のところ「動きすぎの際にお腹が張る」以外の異常はないし、性別もとうとう確定したし、ようやくちょっとだけ肩の荷が下りた。
病院で騒いだ時に、はるには「注射」という一言を持ち出すと効果があることもわかった。
診察室を出る時に、はるが呟いた一言「赤ちゃん、楽しかったね」が意味不明ではあるけれど…、それがはるなりの「赤ちゃんが来る」ことにつながる認識のステップだとしたら、嬉しい。
出産予定の仙台の病院は、兄弟立会いはできないのだけれど、はるも一人の「家族」として、赤ちゃんを彼なりの方法で迎えてくれたらいいな、と思う。
…できれば、赤ちゃん返り以外の方法で…(笑)

| | Comments (0)

May 28, 2007

星月夜。

070520_191301つい先日、「鎌倉」にかかる枕詞を知った。
星月夜、というのだそうだ。
私はこの言葉にすっかり魅了されて、ますます鎌倉が大好きになった。

おそらくこれが鎌倉にかかる言葉になったのは、昼間でものぞきこむと星が見えたという「星月夜の井」があったせい、と言われている。
星月夜の井は、鎌倉の江ノ電長谷駅から歩いていけるところにある。
ある時、近所の人が誤って包丁を落としたので、それ以来星の影が見えなくなってしまったのだそうだ。
ちなみに、徳川家康が慶長5年6月に京都からの帰り道、この井戸を見物してから江戸に戻ったという記録が、『新編相模国風土記稿』の記録に残っているそうである。
慶長5年は、西暦1600年。
そう、関が原の合戦のあった年だ。
この3年後に家康が征夷大将軍となり、江戸幕府ができた。
(星月夜の井に限らず、のぞきこむと星が見えるほど深い井戸、というのは、割とあちこちにあったようである。江戸の町民のお話にも、そんな井戸が出てくる。)

枕詞、というのは、視覚的なイメージを喚起する素敵な言葉である、と歴史の先生が仰っていた。
つまり、私のはすべて先生の受け売りなのだが、いままでさして興味が持てなかった枕詞に、がぜん親しみが湧いてきてしまった。
先生は(わりと大胆発言をなさるためか?)「日本語が生んだ最大の発明である」とまで仰った。
たしかに、そうかもしれない。
以下、先生の講義で例にとられた「あしひきの山鳥の尾のしだりをの」という歌のイメージ。
「あしひきの」は、山にかかる枕詞である。
山は裾野が長く、足をひいているようである。
山鳥というのは、雉のこと。
雉の尾は長い。
イメージ的に、「あしひきの」という言葉が、山の裾野を連想させ、それが雉の長い尾と視覚的に重なっていく。

非常に、絵画的な言葉なのである。

立ち戻って、鎌倉をおもう時。
割と多くの人が、山の懐に抱かれ、時間が止まったような、緑の多い風景を思い浮かべるのではないだろうか。
山と山に囲まれた鎌倉特有の地形・谷戸には、朝は遅く、夜は早く訪れる。
それに古のことを思うとき、どういうわけか心は、太陽照りつける昼よりも、しっとり妖しげな夜の方に心を寄せてしまう。古の香りが闇に紛れて、漂ってきそうな気配すらする。
戦を繰り返した鎌倉の地には、闇がしっくりと似合う。
そんなイメージを一瞬にして、「星月夜」という言葉は与えてくれる。
鎌倉そのものの雰囲気を一語で言い当てているのだ。

さて――「星月夜」ときいて、「ゴッホ!」と答えたあなたは、美術中毒間違いなし。
10月28日の予定をあけておきましょう。
よく見かけるゴッホの作品のひとつ、「星月夜」。
きらめく星々と、ひときわ明るく輝く月、夜空をうねり渦巻く雲。
渦巻く雲に感じる不安や、明るい月に込められているだろう、祈りのような、ピュアな気持ちを感じるのは、この作品が精神病院で療養していた頃に描かれたものだからかもしれない。現物はNYのMOMAで見られる。
そうそう、MOMAとゴッホはとても関係が深い。
存命中は不遇で死後にようやく評価されたゴッホのような画家がなくなるようにと、同時代の芸術家を世に紹介するために設立されたのがMOMAなのだ。

ゴッホの絵画の中にある闇も、鎌倉に漂う闇も、私はどちらも、好きである。

| | Comments (0)

April 19, 2007

幻のお菓子ふたたび

幻のお菓子ふたたび。
先日書いた、特別な和菓子やさんにて、こんな美しいお菓子をいただいてきた。
萌黄色の野に蝶々が舞う。
見ているだけでうっとりと幸せな気分になる。

春はなにもかもが明るさを増して美しい季節なのだと、改めて感じる。
その美しさには、実はとてもたくさんのことが含まれてもいる。ただ美しいだけではなく、いまはもう失われたものたちや、儚い思い、大地に眠るはるかな昔。
その上を蝶がすべり、野を彩る。

季節だけが、繰り返す。

だからこそ、というのでもないが、季節を大事にしたいと思う。
そうやってゴタクを並べつつ季節を愛でるのに、「おいしいやり方」で、なんて、甘〜い人間だとばれるのだけど。

| | Comments (0)

April 11, 2007

ちからもち。

070401_194701もうひとつ、鎌倉のお菓子で近頃気に入っているのが、この「力餅」。
鎌倉権五郎景政公をまつる、御霊神社の門前にある。
彼は平安末期の実在の人物で、鎌倉開拓の祖と言われている人物でもある。
そして、歌舞伎ファンなら、市川団十郎家の「歌舞伎十八番」のひとつでもある、「暫(しばらく)」のヒーローでもある彼を、きっとご存知のことだろう。

その武勇にあやかり、景政公のように強くあれと、力餅をつくったのだそう。

1つ84円、というお手ごろな値段。
おやつにいつつほどいただくと、丁寧に力餅の由緒の書かれたリーフレットまでいれてくださっていた。
ちなみに餅を餡でくるんだ力餅は無添加無着色なので、あまり日持ちがしない。
より日持ちさせたいなら、求肥のタイプを求めることをおすすめする。

御霊神社の境内には、一時期、国木田独歩が住んでいた。
たしか何かの本に、宮司の持ち家の一棟を借りていたと書かれていたように記憶している。
川端康成邸も、徒歩でそう時間のかからない距離にある。

鎌倉には文士が多く住んだり滞在したりしたが、随筆や日記を読んでいると、時折「力餅」の話を目にする。
力餅がうまいというのはもちろん、だれそれが来るというので力餅をもってこいと言った、とか。
おねだりするほど、愛されていたのだ。

力餅は、鎌倉文士のペンにも、力を与えていたというわけだ。
いまも昔ながらの方法で、手作りされている。
ぜひ一度、ご賞味あれ。

| | Comments (0)

April 10, 2007

りす尽くし

070401_194801何度か書いていることだが、鎌倉にはリスが多い。
そのせいかいくつか、リスをキャラクターにしたお菓子がある。
栗の鼠と書くくらいなので、リスという連中はナッツ好きである。
リスのビスケット「リスケット」とか、この「くるみっこ」などがある。

近頃我が家ではまっているのが、エンガディナーをしっとりやわらかく、食べやすくしたお菓子「くるみっこ」。
(はるはあまり食べず、大人たちに大人気である)

このりすマークが、なんとも可愛らしい一品である。

| | Comments (0)

April 01, 2007

幻の和菓子を

070331_201001とうとう、手にできました、憧れのお菓子。
またの名を幻のお菓子。

以前、お茶処でであった和菓子屋さんのご主人、ここのお店のご主人なのです。
鎌倉の、お茶人、通人が「お菓子といえば」必ず名をあげる、和菓子の名店。
しかしながら、一般に小売はされておらず、入手には予約が必要なのだとか。
ごくまれに、ラッキーで、一般のお客さんでも上生菓子がいただけることがあると聞いていました。

いつも「買えない」というお話しか聞かないので、あまり期待せずに、しかし淡い思いを抱いて訪れてみると…なんと、あったのです。

鶴岡八幡宮や建長寺など、名刹や神事のお茶会には、必ずここのお菓子が使われるお店。
おずおずと「予約などしていないのですが、お菓子はいただけますでしょうか…」という私に、職人さんとおぼしき目のやさしげな男性はあっさり「あるものしかないですが、ありますよ」とお答えに!
この嬉しさ、しびれるほど、と言ったら表現が古いでしょうか。

帰り道には、大仏茶廊――作家・大仏次郎氏のご自宅を茶廊にした、土日限定のお店――にも行き当たり、興奮冷めやらぬまま、ついふらふらと寄り道。
はるは抹茶を飲むので(いつも珍しがられます)、ふたりでお抹茶をいただきました。
奇しくも、添えられたお菓子は、手元の包みの中でみかけたお菓子。

黄色い蝶の生菓子をほおばりながら、大仏次郎先生愛用の万年筆を見たり、手紙を見たり、お庭をぶらりと眺めたり。
お部屋の隅に小さな仏壇とおぼしき箱があり、そっと手を合わせてきました。
はるも真似して手をあわせていました。
春の陽気に誘われて、気分もほのぼの浮きたちます。
鎌倉は、住んでいるとはいえ、ちょっと小道に入ってみれば、本当にたくさんの楽しい(そして素晴らしい)出会いが転がっている町だなぁ…と改めて、大好きな土地への愛を感じます。
お庭を眺めながらのお抹茶が、じっくりおいしい、春なのでした。

ちなみにちなみに。
大仏次郎氏のペンネームがなぜこうついたのか、ご存知でしょうか?
当時先生は鎌倉・長谷の大仏様の裏にお住まいだったのだそうです。
それで、大仏様が「太郎」で、ご自身が「次郎」。
ユーモアたっぷりで、なんだかほのぼのします。

| | Comments (0)

March 31, 2007

桜が満開で

070331_102601_1段葛の桜が満開です。
若宮大路を通って鶴岡八幡宮へ。
気分も浮かれる花ぐもりなのでした。

| | Comments (0)

March 07, 2007

おさんぽフード。

070302_165201小町通りに、どらやきの専門店ができた。
気になりながらずっと入っていなかったのだけど、ある日、はると一緒に入ってみた。
オーソドックスなどら焼きに加えて、あるわあるわ、いろんな種類のどらやきが個装されて並ぶ。
くり入り。
いちごいり。
抹茶クリーム。
モンブランクリーム。
珍しいようなのもたくさん。

目移りしてしまったのだけど、
見た目に惹かれてしまった「いちご入り」(いちごの厚みで、どらやきの皮が破れている)。
はると一緒に、小町通りを歩きながら、食べた。
こういう「おさんぽフード」、小町通りでは、
コロッケ
ぬれせんべい
ソフトクリーム
今川焼
クレープ
ピロシキ
ソーセージ
どら焼き
などなどが、そろう。

おいしい「おさんぽフード」は、
散歩をより楽しくしてくれる。

私たちも試していないものがたくさんあるのだけど、
ときどきはると、「おさんぽフード」してみたい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 04, 2007

厄払い。

070202_20160001厄払いをしてきた。
わたくし、今年前厄なのである。
節分前までに払ったほうが良いとどこかから聞きつけて、急いで神社にいった(年中行えるそうなので、まだの人もご安心ください)。

八幡宮には長きに渡ってお世話になっている割に、初めてご祈祷していただいた。
(考えてみると自分でご祈祷を受けるのは、七五三以来かもしれなかった)
初めて本殿にあがったので、わくわくも、どきどきもした。
はると一緒に行ったのだけど、はる自身も、ご祈祷の雰囲気に嫌がることもなく、その一切を不思議そうに見ていた。

祝詞は、じつに心地が良い。
言霊の最たるものは、祝詞なのだという。
言祝ぎの詞は、本当に心にすうっとなじんで、気持ちが良い。
お祓いの過程で聞く紙垂の音も、鈴の音も、心地が良い。
はるは、祝詞が気に入ったらしく、奏上にあわせて足でリズムを取っていた。
「頭をおさげください」というと、一丁前にぺこりと頭を下げ、拍手も一緒に行うのだからおかしい。

帰りに、神様のおさがりを拝受した。
お菓子なのだけど、「ご神徳を感じつつ、ご家族皆様でお召し上がりください」とある。
お菓子は幸い3つ。
ひとりひとつずつをいただいた。

年明けからずっと「凶」「末吉」「小吉」しか出なかったおみくじが、
厄払い後に急に「大吉」だったのにも驚いた。
厄払いは気持ちの問題だとも聞くのだが、なんだかそれだけでもないようなことを思う(私自身、「思いたがり」なのだが)一日なのだった。

070202_20190001070202_20180001070202_20170001


| | Comments (4) | TrackBack (0)