August 07, 2009

落ちた。

春に書き上げて文学賞に応募した作品、予選で落ちた。
ひとまず形に、と製本して、皆さんに読んでいただいたアレだ。

発表は文芸誌に名前とタイトルが掲載されるのみで連絡はない。
なんだかこのサービス過剰気味の世の中にありながら、昔気質な感じだ。
2,000前後の作品から、予選を通過するのはわずか100作弱。

発売日。
応募から5ヶ月。
じりじり待ち続けたこの日。
本屋に駆け出していきたい衝動を抑えて家にじっとしていた。
四川先生が、仕事帰りに見てきてくれると買って出てくれたからだ。
忘れっぽい彼のことだからヒヤヒヤしたのだが(お互い様だけど)出掛けに「今日は気分いいから、きっと名前ある気がするよ」と言ってくれたのがなんだか嬉しかったから、大人しく待っていようと思った。

帰宅した四川先生の手に雑誌はなく、夕食を食べていても、食後にも、文学賞の話は出ない。
きっと忙しすぎて忘れちゃったんだなぁと思ったけれど、こちらから話題にするのも物忘れを指摘するようで気がひけて、何も言わずにいた。

夜中。
空気がこもって暑くて眠れないね、と話していたら不意に、四川先生が「雑誌ねぇ、見たよ」と切り出した。
その一言で、落ちたことと、それを私に伝えるタイミングを彼が見計らっていたことを悟った。
「そっか、なかったんでしょ、名前」と言うと、「俺には見つけられなかったな」と答える。
筆名があるわけじゃない、誰が見ても結果は同じだ。

そこからいろいろな話をした。
普段、小説は読まないからわからない、と言ってあまりとりあってくれない四川先生だけど、この日は熱心にいろいろアドバイスしてくれた。
方向性だとか表現法とか、切り口だとか。
書いてるものこそ論文と小説という違いはあるけれど、そのアウトプットに至る過程、リサーチ〜研究〜制作〜発表のプロセスには、近いところがあるらしい。
研究して戦略を立てなきゃ、新しくなきゃって。
どうも私は小説に関しては普段からそういう意識が弱いから、耳が痛い。

時間は限られているんだよ。
先生はなんどもそう繰り返した。
あっという間に時間は過ぎちゃって、できることなんて限られているんだよ。
確かになぁ、そうだよなぁ。

実はダメもとと思っていたので、そうそうショックなわけでもなかったのだけど、四川先生、きっと私が落ち込んでると思っていろんな話をしてくれたんだろうな。
と、いうわけで、新しい目標に向かうつもり。
一歩ずつでも、前進していこう。

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April 04, 2009

完配御礼。

先日告知いたしました作品につきましては、予定数が終了となりました。
ご注文いただきましたみなさま、ありがとうございました。
お陰さまで配布予定数を上回るご用命をいただき、まったく私はひとに恵まれているなぁと実感した次第でした。
知人等に配布したいからと複数のご注文をくださった方もありがとうございました。

これを励みに!ますます精進していきたいと思います。
また、読後の感想なども、ビシビシと忌憚なきご意見を浴びせていただけましたら、今後の勉強に大変役立ちまして、恐悦至極に存じます。
どうぞ見放さず(笑)、末永く見守ってくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

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April 01, 2009

読んでくださる方募集。

新しい作品が書きあがりました。
ここ数年の傾向からちょっと離れ、幻想的ではない感じです。
ささやかで不器用なひとたちの、ちいさな物語です。
限定、私家版を30部のみ作成いたしました。

読んでくださる、というお優しい方いらしたら、コメントからでも、メールからでもご一報ください。
謹んで送らせていただきます。

ちなみに本日は四月馬鹿の日ですが、これは嘘じゃありませんので、あしからず。

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December 16, 2008

コンテスト結果:ご声援ありがとうございました!

先日開催された「僕のルール、私の事情エッセイコンテスト」では、ご声援をありがとうございました!
入賞こそ逃しましたが、直前までトップ争いであったそうで、なかなかの善戦であったと伺いました。
ひとえに皆様のおかげです!
ご声援、本当にありがとうございました。

さて現在同サイトでは、一般投票候補となった作品を、それぞれに寄せられたコメントを含め、公開しています。
もしかしたら、あなたが書いてくださったコメントが、ここに掲載されているかもしれません!
ぜひ、チェックしてみてくださいね。

本当に、ありがとうございました。
またいろいろなことに挑戦していきたいと思いますので、どうぞご支援のほど、よろしくお願いいたします!

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December 08, 2008

作品を朗読していただきました。

12月7日、仙台朗読祭というところで、ぎんのそよかさんが私の掌編作品「手紙」を朗読してくださいました。
2001年以前(時期もはっきり覚えておらず)に書いた作品ながら、忘れずに、再び掘り起こしてくださったぎんのさんと、その縁を結んでくださった森丘理々さんに、深い感謝の念を捧げたく思います。
お二人に敬意を表し、作品を掲載いたします。
この頃書いていたシリーズで、9作品ほどある中のひとつです。
他作品を気にしてくださった方、ご一報いただけましたら、ご覧いただける形でお届けしますので、お気軽にお申し付けください。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 
「手紙」


ちかごろ、本ばかり読んでいる。
年の瀬が近付くと、仕事もあまり忙しくないから、時間ができるのである。今日ももう3冊ばかり読んだ。小説と、まだ解明されていない世界のミステリーの本と、難しい本である。難しい本は、あまりに難しいので、ななめに読んだり、さかさに読んだりして、言葉の並びを楽しんだ。充実感があった。
夜の露が窓につけたあとを指でなぞり、半キロ先にあるしょうゆ工場から出るもくもくした煙の出るのを見ていると、窓を叩くものがあった。郵便屋である。全身真っ赤な制服に身をつつみ、赤い傘をさして、空中をここちよさそうに上下している。名前を確認して一通の手紙を手渡すと、上昇気流に乗ってせわしく昇っていった。年の瀬になると彼は忙しくなるのであろう。手紙は、恋人からであった。ごくたまに、手紙がくる。
封をあけると中は空っぽで、ふってみても覗いてみても、何もない。
からかわれたようで賦に落ちないので、台所へいって焼き鮭の残りでお茶漬けをこしらえて、気分転換をする。
本屋に行って目新しいものでも探そうと古いスニーカーに足を突っ込むが、ふと思い付いて鏡台に座り、紅をさすことにする。
鏡台の覆いをとると、体のまわりにほこほこと春の色が漂っている。
右手をあげる。すると春も一緒に右にあがる。首を左に傾けてみる。やはり、春も一緒に傾く。
あまり陽気なので香水を吹き付け、一張羅のつるつるしたワンピースに着替えて紅をさした。靴箱の奥から、滅多にはかないハイヒールまで取り出して外に出たが、春に包まれているとはいえ外はやはり肌寒く、カーディガンを取りに一度戻った。
あのひとも、なかなかオツなたよりをよこすものだ。
上機嫌でいつもより遠回りをして本屋に向かう。冬枯れの木々が羨ましそうに私を見るので、枝に手を触れるとすらりと新芽が顔を出す。公園にさしかかるとゲートボール中の老人が近寄ってきて、なかなか良い春ですな、などと言うのでますますもって、気分が良い。色合いもいい、漂い具合もいい、と老人があまりに褒めるので、気分が良くなるごとに体が軽くなり、気が付くと10センチほど浮いていた。
油を売ってばかりいたので、本屋についた頃にはもう閉店していた。隣の文具店で便せんと封筒を買って帰り、恋人に礼の手紙をしたためた。
明日投函する頃には、春は少し、霞んでいることだろう。

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October 30, 2006

短編小説「真夏の雪」10

 目を醒ますと、私は自分の部屋にいた。
 家を出た時のままのワンピース姿で、ベッドに横たわっている。机に無造作に置かれたトートバッグの底には砂粒がついていて、机にも海の余韻をいくらか散らばしている。私はもう一度自分の服装を良く見た。飾りはおろか、針の穴は一つもない。
 窓の外は夜だった。近寄ってみても、そこにある空は、本物の空だった。ちらつく銀の星は、いくら目を凝らしても魚にはならない。
 ノックの音がして、母が顔を覗かせた。
「六花、そろそろご飯よ。」
「母さん、私、いつ帰ってきた。」
「何寝ぼけてるの、夕方ちゃんと帰ってきたでしょ。一時間待ったけど誰も来なかった、いたずらだって怒ってたじゃないの。でもまぁ、六花のお陰でひいおじいちゃんは草葉の陰で喜んでるわよ。早く来なさい、ご飯冷めるわよ。」
 夢を見ていたのだろうか。
 おぼろげな記憶を辿りながらトートバッグの中身を机に出すと、見知らぬ小箱が転がり出てきた。
 海松色のビロウド張りの小箱は、良くみると、松葉色と金色が交互に織り混ざっている。蓋を開けてみると、真綿の上にひとつぶの真珠に似た玉が現れた。
 しかし、真珠のように不透明ではない。今までに見たことがないような、奥まで見通せそうなくらい透き通った感じだが、乳白の雲のようなものがところどころにたちのぼっていてはっきりとは見通せない。ガラス玉とも違う。それよりもずっと軽く、重さをほとんど感じないほどだった。
 薄い薄い貝殻を幾重にも巻きつけたような、儚いけれども美しい姿をしている。
 触れてみるとそれは少し温かく、どこか懐かしい感じがした。
 あの雪の結晶かもしれない、と思う。
 あの出来事が夢なのか、本当に体験したことなのかはわからない。
 でも、確かめなくても良いのだ。
 私は本棚にその小箱をそっと置いて、部屋を出た。廊下の向こうに、両親の話し声が聞こえる。
 家を包み込む夜が、いつもよりも優しく思えた。


                (結)

※この作品は2006/8/27、9/3に、仙台魔法の泉放送劇団によってラジオドラマ放送されました。
※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

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October 29, 2006

短編小説「真夏の雪」9

「綺麗だろう。」
 気づくと、巽が隣に立っていた。女物の帽子を斜(はす)にかぶり、彼はグラスを私に差し出した。中では、金色の液体が泡をゆらめかせている。
「榮太郎さんが見たがっていたよ、その景色。ここは夜会の時にしか使わない別荘でね。しかもたまにしか夜会は開催されないんだ。」
「百年に一度、ですか。」
「そう。小菊から聞いた?」
「いえ、りんどうさんに。」
「そう。」
 間違いない。ここは竜宮なのだ。私は自分が落ち着いていることに少し驚く。こどもの頃から聞かされていたせいか、怖さも感じない。それどころか、嬉しくさえあった。巽は何も言わずグラスを口元に運んだ。私は巽が弁解も説明もしないことに少し腹を立て、意地悪を言った。
「小菊さんて綺麗な人ですね。りんどうさんがいるのに、小菊さんとも仲良くしていいんですか。」
 巽はぷっと吹き出すと、体を反らして倒れそうになるほど笑った。
「君は真面目だな。六花くん、あれは男だよ。女に化けているのさ。まぁ間違うのも無理はない、あれは芸者屋をやっているからね。だが君、用心したまえよ。取って食われてしまうよ。」
 私は目を丸くした。走馬灯のように控えの小部屋でのことを思い出して、今更ながらに顔が赤くなる。巽はそれを見てまたからから笑うと、目に見えることばかりが真実じゃないさと少し遠い目をして私を見つめた。
「巽さん、ひいおじいちゃんと、どんなご関係だったんですか。」
「私も彼も本が好き、それだけの縁さ。古本屋でたまたま出逢ったんだ、二回もね。それだけなんだけど、私はどうも彼が好きだったよ。一本気というのか不器用というのか。家に招いて食事したり話をしたり、楽しかったなぁ。役所勤めらしく堅くて融通が利かない男だったけど、私は彼が大好きだったよ。…君も似ているようだけど役所勤めかい?」
「いえ、私は出版社に。」
「はは、本の虫の方の血だな。」
「そんなこと、考えたことありませんでした。」
 両親に止められながらもこの仕事を選んだのは、曽祖父の本好きを引き継いだからなのかもしれない。そう考えると、曽祖父が私の中に生きているようで、子どもの頃からの曽祖父との日々が急に生彩を帯び始める。
「私の名前を一緒に考えてくれたって、本当なんですか。」
「もちろんだよ。丁度君が生まれる頃、ばったり再会したんだ。夏の暑い日でね、たまたまこの夜会の話になったんだ。榮太郎さん、とても興味を持っていたよ。そのうち、夜会にちなんで君の名をつけると言い出して、ふたりで一緒に考えたんだ。」
「どうして、夏なのに、雪の名を?」
「それは今にわかるさ。ほら、見てご覧。」
 巽が指差す先で、部屋の明かりが少しずつ暗くなっていった。
一段階ずつ広間全体が暗くなっていく代わりに、部屋の端に置かれた螺鈿細工が輝きを増して、光りだしていた。自分の手のひらすら見えない暗さになる頃には、螺鈿の竜と花唐草は、内側から発する虹色の光でまばゆく輝いていた。
 広間は水を打ったようにしんと静まり返っていた。誰もが息を飲んで輝く螺鈿を見守っている。
 本棚以外のすべてが完全なる闇に包まれたのと時を同じくして、二匹の竜はぶるりと武者震いをしたかと思うと家具から飛び出した。
虹色に輝く竜たちは天井を旋回しながら飛び回り、口から小さな玉のようなものをいくつも落としていく。それは虹色の光を発しながら風に舞い、ゆるゆると回って私たちの上に降ってきた。
 手のひらで受け止めるとひんやりと冷たく、そのまま儚く消えていく。
 確かにそれは、雪に良く似ていた。虹色に輝く雪だった。ただし本物の雪とは違い、消えたあとにぬくもりを残す。融けて心を温かくする。消えた後もずっと、私は手のひらを見つめていた。ひとひらが消えるたびに、心の中のどこかに温かさが点っていくようだった。
 雪のような美しい玉に触れた客達は一礼をして窓辺に去っていく。そのまま海へ泳ぎ出ると、美しいドレスの裾はひらめく尾びれに変わり、色とりどりの魚の姿になって泳ぎ去っていく。
「ここに降る夏の雪は、温かいんだよ。六花くん、今日は会えて嬉しかったよ。」
 そういう巽の声が消え入るように遠くなっていった。

※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

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October 28, 2006

短編小説「真夏の雪」8

 小菊は彼らが近くを通ると必ず呼び止めてはグラスを手に取る。薦められるたび律儀に手を出しているうちに、ほろりと酔いが回ってきた。
「巽くんが名付けを引き受けるなんて、よほどあなたのひいおじいさんが気に入っていたのね。いわばあなたは二人分の祝福を背負っているってわけよ。あなた、今までにすごくひどい失敗ってしたことないでしょう。」
「それはどうでしょう…。でも失恋とか、受験とか就職とかで人並みに失敗してますよ。今の会社だっていつなくなるかわからないし。」
 小菊はグラスを私の鼻先に突き出すと、左右に振った。
「失敗したあと、もっとずっと好い状況にならなかった?」
 思い返すと、そのような気もする。
「目に見えるものだけが確かなわけじゃないってこと。」
 小菊はしたり顔で言うと、またウェイターを捕まえて、自分と私にグラスを受け取った。小菊は目が据わってきていたし、私はときどき床が動いているように思えた。それでも私達はグラスを交わし、小菊は更に酒を求めて席を立った。

 酔いを醒まそうと窓に寄ると、外はいつの間にか暗くなっていた。遠くに銀色の星達が瞬いている。星は綺麗に列に連なっていた。天の川が見えるのかと期待して目を凝らすと、目と鼻の先を魚が泳いだ。
 酒の幻覚かと思ったがそうではない。
 注意深く見てみると、窓の外は藍色の海で、遠く水に揺らぐ月影が銀色の光を差している。その光と窓からの灯りに照らされて、魚たちが背や鱗を銀色に輝かせながら、窓の外をゆうゆうと泳いでいるのだ。星だと思った銀色の光の正体は、魚だったのだ。
 驚くのはそればかりではなかった。
 景色も、ゆっくりにではあるが、動いている。じっと見ていると、風景は浅瀬を通り、珊瑚礁を抜け、深い海の底へと移り変わっていく。音楽がゆるやかに流れていくように、風景も変遷しているのだ。
 私は、ひいおじいちゃんの話を思い返す。
ひいおじいちゃんの語った竜宮は海の中ではなかった。しかし、不思議な屋敷であることはここと同じで、そこに住まう竜神は確かどこかに女物を身につけていたはずではなかったか。


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October 27, 2006

短編小説「真夏の雪」7

 小菊に手を引かれて区切られた空間から出ると、広間はいつの間にか大勢に埋め尽くされていた。色とりどりのドレスや燕尾服、雅な着物姿の客達の中にあって、控えめな装いなのに、巽とりんどうは目立っていた。巽があちこちで呼び止められ、その一歩後ろをりんどうがついていく。そのたびに長い黒髪が、やはり控えめに揺れる。
 小菊がシャンパンをどこかから持ってきて、私達は広間の端に並べられた椅子に座ると、ふたりで乾杯をした。小菊は芸者で、余興に来たのだという割に次から次に杯を空けていく。他人事ながら気にかけると、小菊も一族以外だから緊張しているのだというが、本当かどうか怪しいものだった。嬉しそうにグラスを変えていく様子は、緊張だけではないようだ。
窓の外は青暗くなっていた。
夜の始まりが空を群青に塗り替えていく時間なのだろう。部屋の中はシャンデリアひとつの柔らかい灯りしかともっていないのに、部屋全体がそれを反射して煌々と輝いていた。
「小菊さんは巽さんのお友達なんですか。」
「もともとはりんどう女史の知り合いなの、彼女うちの近くでお店をやっているから。彼女を通じて巽くんと知り合ってからは、最高の悪友よ。」
「じゃあひいおじいちゃんと巽さんの関係ってご存知ですか。」
「聞いたことはあるわ。あの癖のある巽くんと馬が合う人間なんて、よっぽどの変わり者か本の虫でしょうね。」
「小菊さんも、その巽さんと仲がいいんでしょう?」
 私達は顔を見合わせて笑った。小菊の歯に衣着せぬ物言いが心地よかったし、私達はどこか気が合うように思えた。
 合図があるわけでもなく、どこからか音楽が流れ始めると、客達は自然と踊りだした。円舞する人々の間を縫ってトレイを持ったウェイター達が行き来し、花の蜜のようなかぐわしい酒を運んでいる。彼らはどんなに狭い場所でも客とぶつかることなく、酒をこぼすこともなく、かろやかに動いている。それはまるで魚が水の中を自在に泳ぎまわるように滑らかで、無駄がなかった。

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October 26, 2006

短編小説「真夏の雪」6

「ようこそ、六花さん。お待ちしておりました。榮太郎さんのことは巽さんから良く聞いておりましたのよ、あなたのことも。巽さんがお名前をつけた方なのですってね。」
 私は耳を疑った。その場にいた一同も口々に驚きを発している。そのざわめきを鎮めるように巽が口を開く。
「正確には私は手伝っただけなんだ。榮太郎さんが考えついたんだよ。」
 しかしそれは、なんの釈明にもなっていなかった。その場にいた一番年配らしい臈たけた婦人が咎めるような口調で巽を問いただしはじめ、私はりんどうに伴われてその小部屋を出た。
「ごめんなさいね、驚かれたでしょう、どうか気になさらないで。伯母は巽さんと違う考えをお持ちなの。今日は親族や友人たちが久しぶりに集まるから、ひと悶着あると思っていましたけれど…私の予想よりも早かったようです。」
 さも可笑しそうにりんどうは何度もくすくすと笑いを漏らし、広間を出てすぐに隣の部屋に入った。六畳ほどの小さな洋室ではあるが、広間に負けるとも劣らぬ美しいつくりだった。部屋には姿見がひとつと衣桁が置かれ、椅子が四つほど並んでいる。控え室のようだった。
「私たち、皆で会うのが百年ぶりですの。一族が持ちまわりでもてなし役を務めるんですけれど、今宵の夜会は巽さんが大胆に簡略化してしまったし、伝統を守ってきた方たちは少し面白くないんですわ。」
 りんどうは鏡の前に絹張りの椅子を動かすと私をそこに座らせ、自分は横に立つ。鏡越しに頭のてっぺんから足元までじっと見ると、にっこりと笑った。それは、百年という言葉に私が反応するのを穏やかに制するもののようにも見えた。
「せっかくいらしてくださったんですもの、夜会にふさわしい衣装に誂えましょうね。」
 りんどうはそういうと袂から糸と針を取り出して、私の服や髪や足元に手を伸ばしてはそれぞれに動かした。私は彼女の手元を視線で追いながらも、心は別のことでいっぱいになっていた。
「さっきの話、本当なんでしょうか。巽さんが私の名前を考えてくれたって…」
 りんどうは答える代わりに笑顔を向けた。時折口に糸を挟んできゅっと引っ張り、小指の爪で糸をぷつりと切る。
「名前を考えただけなのに、叱られてしまったようで申し訳ないです。」
「名前って、祈りや願いを込めることでしょう。私達は、伝統的には、一族以外のものと親しく関わるのをあまり良しとしませんの。巽さんはもっと別のお考えをお持ちだから、伯母とは反りが合わないんですわ。六花さんがお気に病むほどではありませんわ。大丈夫。」
 ぽん、とりんどうが合図のように私の膝頭を叩く。僅かな間に綿のワンピースとサンダルには、虹色に光るビーズやスパンコールが縫い付けられ、髪は束ねられて、乳白や虹色のガラス玉で飾られていた。
「六花さん、とてもお綺麗よ。」
 軽いノックの音がして、泣きぼくろの女が顔を出した。彼女がりんどうに耳打ちすると、りんどうは軽く会釈をして足早に部屋を後にした。もてなしの準備なのか来客の対応か、いずれにせよもうすぐ夜会が始まるのだろう。
 泣きぼくろの女は無表情なまま私のまわりを一周すると、すぐ後ろに立ち、耳元に唇を近づけてきた。
 座っている時はわからなかったが、すらりと背が高く華奢な体つきと、派手に飾り付けられた着物とが相反するようでいてぴたりと合っている。白い肌と紅い唇は同じ女でもどきりとするほど艶っぽく、そこから紡ぎだされる声音は、目を瞑れば男性のようにも思われるほど低くて、その対比が更に彼女を色めいてみせた。
「六花さんと言ったわね。あたし、小菊。仲良くしましょ。」
 小菊は囁くように言うと、綺麗になったじゃない、と微笑んだ。


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