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September 2012

September 29, 2012

悲願達成!!!

昨日、海老名での講演では、ようやく悲願を達成、笑いがとれました!!
5回くらい沸きました!やったー!

場のあったまり度や、参加する人のリラックス度にもよりますが、こちらの緊張が相手にも伝わってしまうので、それもあったのかも。さすがに同じ内容を話すのが今回2回目なので(6月の保健婦さんのお話から考えたら、3回目)少しは私も慣れたのでしょうか。いつでも、心臓が口から出るようなのは変わらないけど。

自分ではお話できなかった、と思っていた時でも、「すごく良かったですよ!」と言っていただけると、とてもうれしいです。褒められると嬉しいです。
それから、いつもこちらもお勉強させていただけるのもありがたく、新しいお話や情報をいつも教えていただく。みなさん支援の専門家の方々ばかりです、たくさんの情報もお持ちです。昨日はLD(学習障害)とよばれる方の認識の仕方のいいサイトを見つけたんですよ~とか、教えてくださった方もいらっしゃいました。日本で初めて、大学でも支援が受けられる試みがはじまったところがあるという情報も、いただけました。すごい!!
いま、そちらの支援センターに来られている方は、成人の方が多いのだそうです。20-30代の方。
つまり、大人になって、社会に出てから生きづらくて、障害がわかって(あるいはわからないままで)、困っていらっしゃる方。本当に、そういう方がとても多いのだそうです。

最近、『プロチチ』というマンガを、読みました。
療育教室の本棚にあって、すぐに書店で同じものを買いました。
ここには、はると同じような特性を持った男性が、初めての子どもの育児に奮闘する様子が描かれています。
「プロのお父さん」と言われて、社会のはざまに陥った男性が、子どもの育児に奮闘していくのです。
けれどもそれは、お涙ちょうだいの福祉マンガでもなく、こんなに大変なんだよと強調するマンガでもなく、ちょっと変わっているけれども愛すべき人物として、とてもあたたかな視点で描かれています。
ふつうに、面白いです。コメディタッチでもあり、でもそれは、ふつうに私がはるとの生活で感じる面白み、楽しみともとっても似ています(笑)。
明るく丁寧に、発達障害のことに触れてくれています。
よかったら、ぜひ、ご覧になってみてください。
作者は、『永遠の野原』で漫画大賞を受賞した少女漫画家の、逢坂みえこ先生です。
『永遠の野原』でも、いつもあたたかな目線で弱きものの環境や状況を丁寧にすくいあげて明るく描いていらっしゃいましたが、『プロチチ』も、とてもいい。
まるごと彼を受け入れている、彼の奥さん。公園で通りすがりに、仕事は妻が、僕は無職ですと言った主人公に、「じゃあ、あなたはプロのお父さんなのね」と言うご婦人。主人公をただただ愛する、息子。
そのみんなが、とてもいい。

せっかくだから、とお声をかけてくださった支援センターの方々と、横浜で軽く飲んで(笑)、ハマのハナ金(死語?)を体験しながら、『プロチチ』のお話をしたり、「アートはすごく大切ですよ!!彼らを彼らのまま受け容れるのは、まずはアートからですよ!!まわりも、本人も、アートで『そのひとまるごと』『みんなちがうからこそみんないい』」と力説してきました(笑)。
あー楽しかった。


『プロチチ』逢坂みえこ
イブニングKC
講談社

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September 28, 2012

なつかしいあそび

マニキュアをぬるとしたくなるなつかしい遊び、堀ちえみごっこ(たしか正しくは堀ちえみの恋敵?)。私だけかなあ〜

さて今日は、親講演@海老名。
前回のリベンジ、小さん師匠をきいた私の飛躍たるやいかに。

今朝は子供たちが失敗前提であたたかな言葉をかけてくれました(笑)
トークの方はわかりませんが、今のところマニキュアはまだヨレずにほぼカンペキです!
初めて神奈川内陸部に上陸します。行ってきま〜す。

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September 26, 2012

魅惑のルージュ。

魅惑のルージュ。
赤、に魅かれて、真っ赤な帆布を買って、トートバッグを作った。
気持ちの良い色を身につけるのは、いい気分。

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September 25, 2012

はるのコメント、ほぼ日に掲載!

はるの、ほぼ日手帳への「ハッピーメモリー手帳」、近頃親の立場であちこちでお話させていただく機会では、親ばか満載で、掲載されたほぼ日手帳公式ガイドブックと一緒に、ご紹介をさせていただいています。

来年のものは、3冊目。
はじめて、大きなサイズを選びました。
というのは、最近彼は自分の図鑑づくりに凝っていて、せっかくならそれと手帳をリンクできればと思って、大きなサイズをすすめてみたのです。

数あるカバーの中から、はるがえらんだもの、「どうしてそれにしたの?」と聞いてみたことをなにげなーく送ってみたら、ほぼ日手帳サイトに掲載されました!!

ほぼ日手帳2013おすすめコメント

よかったら、ぜひ、見てやってください。
なかなかいいことを言っていまして、私も、ほほうと思ったものです。
ええ、親ばかですとも(笑)。笑ってやってくださいまし(笑)。


さてさて、はる、学校で「かっこつけ」と呼ばれて嫌な思いを重ねていたらしいことが昨日判明。
もう事件は解決済みで、先生が「かっこつけと言わないこと」と決めてくださってからは、そういうこともないようですが、そんなことを朝食前にぽつりと言っていました。
「かっこつけ」というのは、男子だけなのだそうです。
もしかして…もしかして、それは、やっかみ??
女の子は優しいんだよ、というのは、はるが女子にジェントルだからそういうことになっている??
空気を読めていないのはそうなのでしょうが、
「はる、それってもしかして、男の子たちは、はるが『かっこいい』って思っていて、うらやましいってことかもよ?」と言ってみたら、それまでの悲しげだった顔が、一転、にやにや。

近頃彼は、「かっこいいと思ってほしい」という思いが、あるようなのです。
へぇ~、そんなお年頃になってきたのかしら、と思いました。
今日は療育のクラスの日。
さっそく、療育の先生とその話で嬉しく盛り上がってこようと思います!

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September 24, 2012

見えないものを見えるように

今朝、こんなニュースがwebに載っていた。

“見えない障害”理解を 「星の王子さま」メッセージ込めたバッジ広がる
〔産経新聞 9月23日(日)22時30分配信〕
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120923-00000571-san-ent

目に見えない障害を持っている人が、社会の中で、そうとわかってもらうため…。
このニュースを読んで、なんとも複雑な気持ちになった。

わかりづらい障害に苦しむ気持ちは、親としてとってもよくわかる。
まわりの人がわかってくれたら、という思いも、痛いほどわかる。
けれども、そうした思いやりが持てない、相手を慮ることができない社会なのか、ということが、なんとも悲しい。
体が辛いからと優先席に座っている目に見えない障害を持っている人がこのバッヂがあればと思う気持ちもわかる。けれども、それ以前に、具合が悪そうだと、どうして気づいてあげられないのだろう?

私も、こういう目にあったことはある。
8カ月の妊婦の時に、バスの優先席に座った、とても立っていられなかった。
けれども、本を読んでいておなかが見えなかったのだろう、隣席に座った年配の女性とその前に立った男性のご夫婦に、バスに乗っている間中ずっと嫌味を言い続けられた。若いのに、とか、本なんて読みやがってとか。
バスを降りたとき、奥さんの方が妊婦と気づいて、ばつの悪そうな顔をしてらした。
妊婦マークが普及したのも、そうしたことがあったからだろう。
わかりづらくても、妊婦ですということを、まわりがわかってあげられたら、その人へ配慮をすることができる。

それと同じと考えれば、このバッヂも、良いもののように思える。
実際私も、支援者用のものを買おうと思っている。
けれども…

本当は、そんな「しるし」なんてなくても、ちゃんと相手を思ってあげられる社会的な素地の方が、必要なのではないだろうか。
そんなことを、思った。

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September 21, 2012

豆を煮る。

さあやと、たつの、喘息が、ここのところもつらそうです。
バレエのお友達も、この週末に急に発作をおこして、喘息といわれたとママが心配していました。

そんなとき、ぱらぱらっとめくっていた雑誌の朝食特集で、ある女性の作家さんの記事に、黒豆入りのヨーグルトが紹介されている記事に目がとまりました。
「黒豆の煮汁のなんとかいう成分が喘息にいいらしいと新聞で読んでから、その成分の名前は忘れてしまったけれど、食べていたら毎日の定番になった」
という記事でした。
ほう、と思って、検索してみたら、やっぱり、黒豆の煮汁がいいという記事がいくつもヒットしてきます。

というわけで、ここのところ1週間に1~2回、黒豆を煮ています。
黒豆を煮るなんて、お正月のおせち料理のとき以外やったことがなくて、それもいつも失敗ぱかりしていたのだけれど、何度も繰り返していくうちに、上達するもんですね~。
「おっ、これはなかなか」と思える、つやつやふっくらの黒豆が、煮られるようになりました。
煮汁をつくって、3~5時間ひたして、3~5時間煮る。
そうきくと、とっても大変そうですが、たとえば夕飯前に煮汁をつくっておき、洗ったお豆を浸しておいて、四川先生が帰ってきたら火をつけて、晩酌しながらコトコト煮ていると、寝る前にはできていると、そんな算段です。
やってみたら意外と簡単にできました。

…とはいっても、「煮汁」がいいそうなので、煮汁にミルクを入れて「黒ミルクだよ~」と子どもたちのおやつに与え、「一緒にどう?」とすすめても、OKの出ないお豆を、ひとりでもくもくと、食べています。
煮汁がいいなら、きっと豆そのものもいいだろうに。
そして、カロリーを気にしながら豆がなくなって、あーやっと汁だけになった、とひとりでわが身の労をねぎらっていると、そんなときに限って「今日は豆を食べる」といわれ、ハンカチをきーと噛んでいます。

今年の年末、おせちを仕込む際には、とっておきの黒豆を、両方の実家にご披露できるでしょう。

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September 18, 2012

諸行無常を感じるひととき。

はかないもんだなあ、と思う。
そもそも論で、大雑把な自分の性格が原因なのだけれども。

近頃、この、「はかなさ」をひしひしと感じている。
結構、日常のそこここに、はかなさは潜んでいる。

私が今回、しみじみとその存在をかみしめているのは、爪のこと。

不器用な私には、このマニキュアを塗る、という作業は、非常に時間がかかり、非常に神経をつかい、何度もやりなおす、根気を必要とする大仕事である。
なにを大仰なと、あなどるなかれ。
なぜマニキュアの蓋についた刷毛は、あんなに気まぐれなのだ?
思い描いているような、つややかな光をまとわせてくれることもあるけれども、それはほんとうに稀なこと。
かすれて刷毛目が出てしまったり、どっぷりととれすぎてしまって、指の縁まであふれてみたり。
一色をぷるりっと上手に塗れるようになるまで、社会人生活の数年をまるまる費やした。

ところがどうだろうか、そんなことに悩んでいるのは、もはや世界中に私ひとりなのではないかと思えるくらいに、世間には爪を燦然と輝くアクセサリーのようにして、軽やかにあるいている女性ばかりではないか。
何度、心の中で、がっくりを膝を折ったことだろう。

「今日こそはきれいに塗れた爪」が、ほんのわずかの間に、よれたり、欠けたり、紙やインクで汚れたり、そうしてはかなくみじめな姿になっていくのをみると、諸行無常を感じるこのごろなのである。
水仕事なんてしていなくても、お買い物に外出して戻ってきただけで、もう、崩れているのだから。
…まったく、爪に費やす時間も労力も、ほんとうにいっときのための、はかないものであります。
はかないからこそ花は美しいけれども、爪はあんまりはかないと苛立つものだ。
む、これも、精神鍛錬のひとつと思うべきか。

…そんな逡巡を繰り返して、「やっぱり、塗んなくていい。」と帰結する、いつものパターンです。

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September 17, 2012

上海から

上海の四川先生から、やっとメールがありました。
あちら、webへの接続状況があまり良くないらしく、情報がほしいけれど届かない状況のようで、せっせと記事をクリップしては送っています。

現状、四川先生にも、学生さんたちにも、なんら被害は及んでいませんが、
緊迫を増してきたこの状況なので、今後の進退を検討中とのことです。

上海では日本人への暴行事件も報じられているので、
学生さんたちの親御さんたちもたいそうご心配されておられることと思いますが、
無事に戻ってきてくれることを祈っています。

実はこの週末、四川先生はいっとき北京での学会に行っていました。
つまり、「一人で外出しないで!」という外務省の呼びかけに反して、一人で上海ー北京間を往復していました。
北京でも昨日おとといは、大規模デモがあったり、日本大使館が襲撃されたりといろいろあり、大使館の注意勧告によれば、携帯電話で日本語を話していた人がペットボトルをなげつけられたり、バスで暴行を受けそうになったりしたそうです。
こちらは内心はらはらとしていたのですが、四川先生はあたりまえに「中国人扱い」されているので大丈夫だそうです。「ちょっとは間違ってよってくらい、全く日本人にみられない」とのことでした。

本人は多少複雑な心境のようですが、この状況下では、たいへん好都合です。
現地の人から見ても日本人に見えないんですね。中国語しゃべれてよかったですね。
たぶん、仕草だったり持ち物だったり、服だったり、いろんなところから、中国語がしゃべれても「あいつ日本人」とわかるらしいんですが、四川先生はそれもあんまりないようで。
きっと、あちらに持っていく服も「おしゃれすぎちゃイカン」「パリッとしすぎちゃイカン」と、独特の基準でセレクトして周到に用意している成果でしょう。
北京滞在時に友人たちが遊びに来てくれた時、切迫流産で動けない私に代わって四川先生が迎えに行ってくれたのですが、「現地の人に馴染み過ぎていて全く見つけられなかった」との証言もあります。
そのまま中国人に思われたままならなお良いですが、とにかくお預かりしている学生さんたち皆さんを含めての、全員無事での出国を祈っています。

学生さんたちも、せっかくの国際交流、こんなカタチになってしまい、さぞかし残念でしょう…
本来なら日中国交正常化40周年の良い形での交流になるはずが、思いもよらぬ社会情勢が、しかもこのタイミングでおこってしまい、気を落とされているのでは。
今回はこうした形になってしまいましたが、
アジアの将来を担う若者たち同士の交流、
また時をかえ、別な形ででも、実現したらと思います。

****************
  速  報
****************
12時現在、最新の情報です。
本日夕方の便で、帰国が決定いたしました。
浦東から成田への便での手配がついたとのこと、
空港までも、交流先の大学の校車を出していただき、
なんとか切り抜ける予定とのことです。

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September 16, 2012

中国滞在中の四川先生ですが…

中国滞在中の四川先生ですが、いろいろとご心配いただきまして、ありがとうございます。
26日まで滞在の予定で、おもに上海におりますが、14日現在の情報では、無事について、交流先の大学の学生さん・先生がたとも非常に仲良く過ごしている、とのことでした。
どうもあちら接続状況が悪いようで、その後の連絡はとれていませんが、報道されているような状況は一部のことのようで、少なくとも14日現在の情報では、友好的に過ごしているとのことでした。
学生さんたちの親御さんたちもさぞかしご心配のことと思います。
これ以上あまり激しいことにならないと良いのですが。

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September 14, 2012

音楽、音、きもち、時間。

昨日の研修会、うまくいきました!と言いたいところですが、いやいや、全然、だめでした。
緊張してしまって、なにをいっているのかわからない状態に。
原稿もつくっていたのですが長くなりすぎるからと、割愛して、パワポ主体で話したことによる失態でした。
やっぱり私は台本がないとしゃべれないひとなのねーと実感。
ラジオのへっぽこパーソナリティ時代を思い出しました。

それから、なんとしても笑いをとりたくて、がんばっちゃったかも(笑)。
内容が内容だけに、しんみりしすぎちゃって、いやなんですよー。
私たちの子育ては、そりゃ、大変です。
でも、楽しいことも、面白いことも、いっぱいあるんだよって、彼らと一緒にいるからこそ感じられる楽しさもあるんだよって伝えようと思っての、とっておきの「はるネタ」を仕込んでいったんですが…全然うけないの!!
ひとえに、わたしの話術の未熟さ、であります。
落語でも聴いて、心をつかむ術、まなびたいものです…
ひとに、笑っていただくことって、ほんとうに難しい…!!
落語に精通されていらっしゃるyumiおねえさまには、「前座修行中ということで」と、お慰め・お励ましのお言葉をいただきました。ありがとうございます、yumiさん!

次回、28日の海老名講演では、きっとリベンジ!します!!


さてさてそろそろ表題に掲げた、音のお話を。
研修会は、鎌倉の福祉センターでありました。
はると、ずーっと療育に通ってきた、懐かしい場所です。

今回、楽しみはもうひとつあって、お気に入りの作曲家さんの、4年ぶりの新作CDを買うことにもありました。
ふつうのCD屋さんには置いていないので、作曲家さんのHPで取り扱い店を探すか、ネットで購入になります。
どういうわけか、この方の音楽は、ネットを経由して、買いたくありませんでした。
「その音を手に入れに行く」というのが、なにかひとつ必要な儀式のような、ちゃんと自分の身体を通して手に入れたいような。
神奈川県下にただ一件の取扱店舗は、研修会場から徒歩5分ほどの場所だったので、少し早めに出て、CDを買いにいきました。

家に帰って聴いてみたら、前作とは違った雰囲気の音楽が。
それでもやっぱり、「芯」のところはこの方の持ち味で、素敵です。
舞台や映画のためにかかれた音楽を集めたCDとのことで、そのせいでしょうか、前回よりもメロディーというよりも全体の雰囲気と空気感をたいせつに作られている感じがありました。

私の中の「脳内カフェ」はしばらく、この音楽のヘビーローテーションと、水だしコーヒーを濃厚なミルクで割ったカフェオレで満たされます。
「脳内カフェ」は、たった今思いついたことですが(笑)、こころのすみっこにあって、ちょっとお休みに行ける場所でしょうか。
そこで仕事するもよし、考え事するもよし、本を読むもよし。
日常からちょいと離れる場所、カフェに物理的に移動するのが難しい今だから、脳内カフェ、です(笑)。
そのつもりになりさえすれば、洗濯物をたたみながらだって、カフェにいる気分になれます。(たぶん)
このあたりに心地の良いカフェがないからともいえますが、
きもちのいい音があって、
光のさしこむ窓があって、
すっきりと穏やかな香りがあって、
コーヒーがあったら、
そこは十分に、くつろげる「居場所」であります。
(願わくば、目にうつる、すっくりとした空間や、美しいものがほしいところですが、それは暮らしが新しくなるまでお預けとしましょう)

音楽も、「時間」をデザインしていく芸術だからでしょうか、それまでの気持ちをどこかに忘れて別なところに連れて行ってくれる魔法を、持っています。

かつて、ラジオのへっぽこパーソナリティであった頃、番組のためにCDを買って、大して聴きもしないで、その中の曲の「良い!」と思う1曲しか、頭に入っていない時期がありました。残りの十数曲は、記憶の中に影も形も、印象すらないのです。そんな勿体ない聴き方をしていたことがありました。
もともと1枚のCDを、全部そらで鼻歌が歌えるほどに聴きこんで脳内に記憶して、その脳内データベースから選曲をしていたところから、もっと今をと、時代の波に合った音を拾おうと背伸びしたせいかもしれません。不思議と、そうやって手に入れたCDの大半はもう手放してしまいましたが、やっぱり印象には残っていないのです。
使い捨て、といったら言葉は悪いかもしれないのですが、その時だけの、熱狂だったようでした。ひと月に7~8枚CDを買っていたのですから、脳の容量的に無理もないかもしれません。他に本業が、毎日8:30-22:30の終電までありましたし、聴くことができる時間だって、限られていました。
けれども、その半分以下の枚数で聴きこんだ、脳内データベースに蓄積された音の音源は、今も手放せません。

いまは、いい時代になりました。
聴きたい音楽が一般に流通している(いわゆるメジャーの)音楽なら、1曲単位で購入することだって、できる時代です。
(当時もそんなサービスがあったら、散財もかなーりふせげたはず…(笑)。パーソナリティっていったって、ボランティアDJなんですから、会社持ちにはなりえず、すべて身銭を切ってやっていたことですからね。好きだし面白かったからこそできたことですよね。いいかえると、若気の至り、というやつでしょうか)
けれども、やっぱり、1枚のCDを、じっくり聴きこんで、そのアルバム全体の雰囲気を感じるやり方は、たまらない楽しみです。
見る目(聴く耳?)自体は、ちょっと厳しくなったかもしれませんね。
1曲単位で購入することもできるのだから、この時代において、CD一枚全部をあえて欲しいと思える音楽…というとね(笑)。

今回手に入れたこの方の音楽は、やっぱり、どうしても、1枚まるごとで、味わいたい音楽です。
今その音楽に包まれながら、じわじわと昨日の失態を癒しているところです(笑)。

さて今日も、よいお天気。
「脳内カフェ」でお仕事、はじめましょうか。

みなさんも、一週間の終わりの日、お疲れ様です。
あなたにもよい一日が、訪れますように。

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September 13, 2012

研修で講師をつとめます?!

発達障害児の親の会から仰せつかり、県主催の保育士さん向けの研修会にて、保護者の立場からお話をさせていただきます。
子育てを振り返りながらの作業、ブログをつけていなければわからなかった当時の事などもあって、ああそうだったようなあ、こうだったよなあ、と思いながら、原稿を粛々とつくっているところです。

本日の午後、鎌倉で、関心を寄せてくださる先生方にお話をさせていただきます。

6月にお話させていただいた、保健婦さん向けの研修会でのお話にご好評をいただいての、再度のお声掛け、月末には海老名でもお話をさせていただく機会を頂戴しました。
日々子どもたちと関わってくださる先生方に、対応のヒントとなるなにかを感じていただけたらありがたいです。

NPOでの活動とは少しカタチは違いますが、これも、「違いを違いとして尊重しあえる社会」をめざしての、小さくも大きな、機会です。

うちの子どもたちは、ファミリーサポートセンター、幼稚園、そしてお友達のママがそれぞれ、みてくださいます。
地域に育てていただいている実感。
この感謝を、声として、届けられればと思います。

先日、さあやが幼稚園から5歳児検診の諮問票を持って帰ってきました。
発達障害の子をスクリーニングする質問項目ばかり。
この検診、はるのときにはなくて、最近、できた制度だそうです。
たぶん市長が変わってから、はじめられたことではないかと思います。

困っている子やそのママたちのすぐそばにいらっしゃる先生方が、彼らのことを知り、寄り添ってくださり、支えてくださったら、私がそうであるように、呼吸が少し楽にできるようになるママがきっといらっしゃるはず。
お互いに違いを違いとして認め合うことが、自然におこなわれていくはず。

困っている子に、手が届きますように。
困っている子のママに、手が届きますように。
寄り添ってくださる手を大切に、お話してきます。

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September 11, 2012

えらびとる色。

子供の出産前くらいから、身につけにくくなった色がある。
黒。
すべての色を内包する色は世界の中に2つだけある。
それが白と黒なのだけど、光がすべて集まると白になるのに対し、顔料としてのすべての色が集まると黒になる。
つまり身につける基準で考えれば、すべてのものを内包した色は、黒ただ1色である。
だからこそ様々な色となじみ、だからこそどこか背筋が伸びてごまかしがきかない色、それが黒なわけなのだ。

その黒が、日常あまり着られなかった。それはどこか手を伸ばしにくい色であった。

だがここのところ、黒ばかり着ていたい。ようやく黒に手が伸びるようになったばかりでなく、黒に包まれていると安心をする。
誰でもそういう時期があると思うが、周期的に、黒を欲す時期、なのだろう。
黒に負けない自信のある時、とも言えるかもしれない。

少し前まで、黒は強すぎる色に思えて、茶色ばかり手にとった。茶は家庭的な安定を示す色でもある、母なる大地の、土の色である。
それを経て、紺や青に遷移した。自己の内側に沈み、潜っていく色だ。
そして、黒。

そればかりでなく、今まで少し遠まきにしていた赤やギンガムチェックにも目がいく。
赤は太陽だったり血液を示す、ヴァイタリテイそのもの。

こうして手にとる色の移りかわりと心理は、常に連動をしている。(私の大スキな、色彩心理学である)

世の中のモードにはすっかり門外漢になったのだが、いわゆる小粋なパリ風のスタイル、という感じが、今、私の中にぐっとくるファッション。
久しぶりに、ヌーヴェルヴァーグの美しい女優たちがみたい。
この感覚はなんだか、自分の「原点」にふれたような、スッキリと居心地良い感じだ。アンナ・カリーナやジーン・セバーグに憧れていた頃の自分をとり戻したような。

ここのところ、海外出張を控えた四川先生が、私の時間を意識的につくってくれ、約2年ぶりに髪を切ったり、子供の喘鳴をきこうと無理にひねってえらいことになった首の治療にと送り出してくれている。待ち時間に、小説も1冊読めた。

そんなふうに、自分の時間がとれたことで、手にとる色もかわってきたのだろうか。

黒とうまく関わることを発見したココ・シャネルは、すごい。
まだ観ていないのだが、そのうちに「アメリ」のオドレイ・トゥトゥが演じたココ・シャネルを観てみたい。
そう、できるなら、リトル・ブラック・ドレスに身を包んで。

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September 08, 2012

なす味。

迷言番長さあや、またしても!

早起きした四川先生が、コンビニに行って、牛乳を買ってきました。
ゆうべ映画をみながら牛乳をがぶ飲みしていた子どもたちにより、朝のコーヒー用の牛乳がなくなっていたからなのでした。
初めてみるデザインの牛乳パックに、不思議そうなこどもたち。
那須山麓牛乳、という、いかにもおいしそうな牛乳でした。

さあや「これって牛乳?」
四川先生「そうだよ。那須の牛乳だよー」とコップに注ぎながらこたえると、
さあや「えー…なす味の牛乳はいやなんだよなあ…」、コップを覗きこんでいました。

なす味(笑)。
なす味の牛乳は、ねえ(笑)。

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September 07, 2012

イエイエ妄想、実現のはこびとあいなり。

ちょうど一年前の記事は、倉敷への旅立ちの記事になっていました。
あの旅から、暮らしというものを見つめ、家について考えてきた私たちでした。
そうこうしている間に、住んでいる宿舎の耐震強度調査で、強度が足らないということが分かりました。
各階の一室をぶちぬいて耐力壁にする、耐震補強工事がおこなわれることが決まりました。
補強工事のために別室に移動していくご家族や、
それならばと出立する引っ越しのトラックもたくさん見送ってきました。

私たちは、自分たちが根をおろす場所を探しもとめ、
郷里のひとたちと話をかさね、
自分たちの思いを形にしてくださるただ一人をたずねあて、
自分たちにとっての「暮らし」を改めて考えぬきながら、
この一年を送ってきました。

いま、
私たちの新しい生活がはじまるはずのイエには、
カタチが与えられました。

その場所は、今住んでいるところからもうすこし奥まった場所にあって、
鎌倉野菜の生産地でもあります。
すこし歩けば、畑がひろがっていて、
ご近所の庭先で新鮮なお野菜を売っていたりします。

イエは、ひとりのすばらしい建築家さんの手によって、
家族それぞれに居心地のよさそうな、
こぢんまりと落ち着いたカタチを与えられました。

実際にどのようにつくりあげるかはここからのお話になり、
いま思い描くカタチからいくぶん変わってもいくのでしょうが、
冬の声が届くころにはもう、現実のカタチを持ったイエが、つくられはじめるはずです。

イエイエと妄想した、あのときから一年。
実現のはこびと、あいなりました。
長いのか短いのかはわかりませんが、
ただ、今は、この先の時間がそこで過ごす日々につながっていると、
そう思うだけで、いちにちいちにちの短さを感じ、
こつこつと積み重ねるちいさなことの繰り返しを、
とても大切に思えるのです。

本当をいえば一日もはやく移りたい。
秋になり、たつとさあやの喘息の虫さんが、活性化している今、
切実に、新しい環境に移りたい。
あと、ひとふゆ。
ひとふゆだけだから、と言い聞かせながら、
あちこちこまごまと掃除にいそしんでいます。
でも、一年前の時には、喘息の事なんてわからなかったのだから。
しかるべき時だったというか、ご縁だったというか、
サインとして事前に知らされていたのかもしれません。

そうそう、私たちが決めた落ち着き場所は、
結局、探し始めたときに一番最初に提示された場所でした。
区画こそ違いますが、同じ場所。
そこから半年くらいあちこち探し回って、結局そこに落ち着いたのです。
ご縁、なのでしょうか。

なにか大いなるところから届くメッセージに、
たすけられて生かされているような気がする、
このごろです。

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September 06, 2012

復旧!です!

携帯電話、自宅電話、つながるようになりました。
携帯は修理から無事かえってきて、ただいま設定中。
どういうわけか、アドレス帳のバックアップは読み仮名がとれてしまっていて、アドレス帳が荒れに荒れていまして、復旧作業中です。
自宅電話は結局、FAXなしの電話を新調。どのみちFAXなしのものにかえようと思っていたので、まあ、よしと、いたしました。

さて、九月です。はやいもので…
幼稚園、学校もはじまりました。
バレエは発表会の練習もはじまりました。
発表会は3月末、半年後です。

半年後かあ…と、遠いような近いようなその日を思いながら、もの思う秋です。

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