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September 2011

September 29, 2011

四川先生は無事でした

先日来ずっと上海滞在中の四川先生。
上海地下鉄での事故で邦人の負傷も報道される中、毎日来ていた電話やメールが27日午後から途絶え、心配をしておりましたが、夕べ日付変更線あたりでようやく電話がつながりました。
本人も、一緒に出かけている学生さんたちも、全員無事とのことです。
(外出が多く、夕べも遅くまで予定があったとかで、連絡がきていないだけでした)

報道を見てご連絡くださっていた方々、ご心配おかけいたしました。
ありがとうございました。

ようやくこの週末、帰ってくる予定です。
あとひといき、がんばります!

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September 27, 2011

てざわり、やまがた

家の妄想をつづけていくと。
いきつくところがある。
学生時代。
やまがた。
はじめて、自分の「くらし」をすべて自分でかたちづくらなければならなかったときのこと。
そうしてつくった「くらし」が隣家の火事でなくなってしまったこと。
(正確には、燃えなかったけれども、化学的なひどいにおいがついて、まるで使えなくなって、家財全部を捨てたのだ)

それはかなしい出来事であったけれども、わるいことばかりでもなくて、母の姉の友人、るつ子さんがやっているギャラリーで、手のぬくもりがある素敵な器を手に入れるきっかけにもなった。
(いまも使っているものも、割れてしまったけれどもいつか金つくろいをやろうととってあるものも)

学生時代、という、ひどくゆるくてあぶなっかしくてのどやかな、あの時間に、そうしたひとのあたたかみがある器とともに暮らしていたことは、「わたし」のスタイルができあがる過程でとても大きなことだったと思う。
るつ子さんは今も山形でギャラリーをやっている。
今もときどき、年賀状をおくったり、もらったりする。
ギャラリーをやっているけれども本当は、パイプオルガンを弾くひとでもある。
ハタチそこそこのこわっぱも、きちんと、あつかってくださった。
こわっぱは、ああいうおとなになりたいと、おもったものだった。

家のこと、くらしのことを考えていくと、つきつめていけばいくほど、レディメイドではない、手のぬくもりがほしくなる。
無印良品のシンプルさは嫌いじゃない。
けれども毎日使うなら、同じ白でも、誰かが手でつくった、ぬくもりのある、粉引がいい。
そのかわり、たくさんはいらない。
すこしで、いい。
うちには記念に買ったウェッジウッドの器があるけれども、これが壊れたら「残念」とさんざん惜しんでも、結局あっさりと燃えないゴミの日に出すだろう。けれども、十何年も前に買った器は、値段にしたら何分の一だけれども、割れても捨てられない。金つくろいができるその時まで、食器棚の奥にねむっている。
丹精こめてつくられた、手仕事の方は、どうしたって素敵に思えてしまう。
できたら、ながく暮らす家には、くらしには、そういうものが、ほしい。

てざわりのある、器。
てざわりのある、くらし。

それで、いま、器やさんを――見にいかないようにしている。
フライングで、集めはじめてしまいそうだから。

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September 18, 2011

なかよく病気。

ただいま、ちび三人、マイコプラズマ肺炎です。
昨日から四川先生は上海の空の下、帰ってくるのは来月、運動会が終わってからです。

先週、さあやがけが→病院にいって、肺炎をもらってくる→はるにうつる→たつにうつる、という変遷を経て、ただいま全員熱と咳。
ウイルス性の肺炎だそうで、私がうつってしまうとどうしようもないので、注意、注意…。
この週末、奈良から遊びに来てくれる予定だったお友達との予定もやむなくキャンセル。

幼稚園でも流行しているようなので、はやく治ってほしいなあ…。
中には、2週間なおらなかったお子さんもいらっしゃるとか。
長丁場、気合入れて、乗り切ります。

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September 14, 2011

妄想全開、イエイエ

イエイエ。
60年代、フランスがアメリカ音楽を聞き、yeah!yeah!を「イエイエ(yeye)」とフランス風に呼んだことに端を発する、一群のフレンチポップ音楽のこと。歌手としてはフランスギャルとか、シルヴィ・バルタンら、ロリータな声を持つアイドル歌手のほか、セルジュ・ゲンズブールとかね。

とか説明しておいてなんですが、そのイエイエのことではなくて(笑)。

イエイエのノリにも通じるテンションで、妄想するのはmaison、おうちの方のイエのことなのです。
先日、倉敷民藝館を訪れてから、そこに書かれていたことばが頭を離れません。
記憶の中のことばなので、本来のことばが持っているかがやきは幾分損なわれていますが、それはこんなようなことが書かれている文でした。

(民藝館は)生活の近くにある、ひとの手によって作られた、華美でなく、奇をてらわず、すこやかでひかえめで、保ちやすい、そうした日常の器がある「美しい暮らし」を、広めるためのものである。心がけるだけで、「美しい暮らし」が実現するのである。

初代館長が書いた文章で、倉敷民藝館の受付の上に、ひかえめに貼り出されていたものでした。

なにか、暗闇の中でひとすじの光に照らされたように、自堕落な私は背筋がのびる思いで、これを読んだのでした。
――美しい暮らし――。
大量消費の時代はもはや終わっているのです(私の中で)。
これからは、かつて私たちの祖先がそうであったように、ひとつのものを愛で、継いでいく……そんな暮らしの方が、必要なのです(私の中で)。
なんて、偉そうに言っていますが、いままでの人生の中、そんな暮らし方を、していた時期もたしかにあったわけで。
そちらの方が身に馴染むのに、いったいいつ、こんなどっぷり消費にまみれたひとになってしまったのだろうと、自戒もしつつ。(きっと小さい人たちにああいう器という器を破壊しつくされてプラスティックやメラミンの存在価値を確認したときからでしょう)

憑き物が落ちたように(あるいは憑かれたように)、私の中の「美しい暮らし」の妄想がどんどん広がっていきます。

器は、ぽってりとしてぬくもりあるもので――、ちゃんと手のあたたかみを感じる、空気のある器で。
手でごりごりと挽いたコーヒー豆で、細口のやかんから円を描くようにドリップするコーヒーをいれて。
窓の緑を背に、むかし、時間がまだゆるやかだった頃の随筆を読みながら。
陽にぬるむ午後の空気を感じながら。
暗くなってきたらやわらかな灯りをともして。
……と、そういう場所は、もちろんここにはありません。

妄想の中の、イエにしかありません。
イエ、イエ…(うっとり)。
いつかは、そんなイエを、ね。いつかね。

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September 13, 2011

お仕事=楽しい?!

先週末、I嬢が熾烈な社内競争の上勝ち取ってくださったキッザニアのご招待チケットのご相伴にあずかり、豊洲にある「キッザニア東京」にお出かけしてきた。
お仕事を楽しむテーマパーク、90種以上のアクティヴィティでお仕事体験ができる楽しい施設。
キャリア教育という意味でも、とても意義のあるテーマパークなのではと思う。
こどもしか体験ができないのだけど……これ、大人だってやりたいよ!!面白そうだよ!!

はるは、まずは運転免許場に直行(笑)。
教習、試験を受けて、晴れて免許証をもらって、2回もレンタカーに乗り、ガソリンスタンドで働き、はとバスに乗った。
さあやは、まずはコカコーラのボトリング工場に行ってコーラをつくり、その後デザイン工房でぬりえでシールをつくり、兄とはとバスに乗り、最後はカーモデラーという、粘土で車の形をつくるお仕事をした。
人気のお仕事がいろいろとあるようで、そういったところはどこも予約でいっぱいになってしまう。
スタートダッシュが肝心なようだ。
ちなみに、子どもたちがやりたかったけれども、予約できずに次回持ち越しになったのは、宅急便のお仕事、クレヨンをつくる仕事、ハイチュウをつくる仕事、ソフトクリームをつくる仕事、ピザをつくる仕事など。
投資先を探すトレーダーの仕事とか、家の設計、新聞記者、漫画家などなど、年齢があがっても楽しそうなお仕事もたくさん。

ここでは大人はあくまで付属品なのだけど、楽しそうで楽しそうで…。
それぞれのアクティヴィティをやっているパビリオンの中はこどもしか入場できない仕組み。
最初は、バレエのレッスンのときのように、分離されて怒っていたさあやも(笑)、コーラをつくって自信がついたのか、カーモデラーの仕事を申し込みに行く時には、全部一人で受け答えしていて頼もしい限り。

I嬢、貴重な機会と、遅くまでのお付き合いをどうもありがとうございました。

帰宅は1:30と、親子連れとしては非常識な時間に及びましたが、まあ、これも、生きた勉強のうちです。
はるは、免許証が本当にうれしいらしく、1日に3回は出してにやにや眺めています。
そうそう、銀行で銀行口座を開いたり、キャッシュカードをつくったりして、お仕事をするとお給料がもらえるんですよ。
うちの子たちは銀行に少しだけ預けて、口座をつくるともらえるお財布に、札束をぎっしりつめこんで、ほくそえんでいます。
そのお金でえんぴつでも買っていったら?と言ったのだけど、「いや、いらない」と断言して首をふる二人。
どうも、紙のお金を自分で持っていてもいいという状況に酔いしれているようです。
「つかうとなくなるし」と呟いている姿に、親(浪費家)よりもよっぽどしっかりしているものだと、驚きました。

「来年の誕生日はまたあそこにいきたいなあ…」なんて、小学生はおねだりをはやくもしています。
君の誕生日は7月だよ…。あと10カ月も先なのだよ…。

こども達の楽しそうな様子と、初めての場所、久しぶりの友人とのおしゃべりタイムを、すっかり楽しんだ一日でした!

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September 08, 2011

クラシカルクラシキ

倉敷の旅。
大原美術館、倉敷民芸館、郷土玩具館。
白鳥がゆうゆう遊ぶ倉敷川には柳の枝がしなやかに揺らぎ、昔ながらの木舟が行き交います。

台風一過。
屋根瓦や電線を修理中のお宅も。

川沿いに建ち並ぶ昔の風情ある街並みに、江戸って、こんなだったのかなあと思いを馳せました。
天領だった頃も今も、おだやかな時間の流れ方はあまり変わらないのでは、と思える街並み。

旅のひととき、ゆるゆる過ぎる時間、おだやかな人びと、受け継がれてきた暮らし。
クラシカルな街並みに流れる時間を、いっぱい吸い込んできました。
ひとごこち。

心に響く備前焼には出会えませんでした。
それは備前焼のお店に入ることができなかったから。
旅のせいか妙なテンションの子どもたちが一緒では、とてもとても…(笑)
一方、子どもを留めておけるコーナーがあるおみやげもの屋さんには、私の好みはありません。
こういうものは、であいもの。
また次の機会(?)を楽しみに、あちこちで目にとまった、鮮やかな青と、透明で気泡いりの、倉敷ガラスのお猪口ふたつを、旅の記念に求めました。

2日間通った大原美術館。
最初に子どもたちと4人で行った後、四川先生が(珍しく)興味を示してくれ、2日目も一緒にいくことに。
気になる絵が予想と違って面白くもあり、へえ、そんな見方をするのかと楽しくもあり。
子どもたちは、意外なことにたっちゃんまでも、熱心にいろいろ発見して聞かせてくれ、面白く過ごしました。
さあやはセガンティーニの女性がかぶっている麦わら帽子を「ママのとおんなじ!」と見つけたり(言われて気づくと本当におなじ。黒いリボンがついているところもそっくりです)。
エル・グレコの受胎告知のガブリエルとおなじポーズで「バレエしてる」とにっこりしたり。

たっちゃんはミロに描かれた顔を「バケ(おばけ)」と指差したり。

はるには「このお部屋の中に、まいちゃん(私の母)が好きな絵があります。どれでしょう?」と質問すると、ぐるり展示室内を見回して即座に「これ」と、正解のモネの睡蓮をさしました。
理由は「ぼくもこれが好きだから。まいちゃんも好きだと思った」。
子どもってすごいひとたちです、ほんとうに。

美術館では幼児向けの鑑賞プログラムをやっていて、すごいなあと思わされ。うらやましいなあとも思い。
ここに育つ小さなひとたちのしあわせな未来を思いました。

たっちゃんが頭からかぶりついた名物「ままかり」も、はるが夢中になったきびだんごも、さあやがはまった岡山ピオーネのスイーツも、東北で育った身には甘い肉じゃがやおでんも、すこぶるおいしいうどんも、帰宅してから倉敷ガラスでいただく倉敷の地酒も、おいしい思い出になりました。

五年ぶりの家族旅行。
いつかまた、ね。

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September 05, 2011

旅の空

帰省後もどこかふわふわと落ち着かないのは、今日という日があったから。
我が家の夏休み、まだ終わっていません。

四川先生のお仕事にくっついて、倉敷に参ります。憧れていた街。

先生が明日、環境関係のお仕事の間、私たちは美観地区のお散歩に行きます。お目当てはもちろん大原美術館と民芸のさまざまなミュージアム、ミュージアムショップ。

生まれてはじめて素敵だと購入した作家モノの器が備前焼だった私には、いつか行きたい憧れの地だったので、お財布の紐がちょっと心配なほど(笑)。

いつか、自分たちの家ができたその時に、大事に使いたい備前焼、みつかるかしら。
だいすきな倉敷意匠計画室はじめ、民芸の品々も、みつかるかしら。

敬愛してやまない百鬼園先生の随筆を旅行鞄に忍ばせて、それでは旅にでてきます。

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