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June 2010

June 22, 2010

たまこさん?!

たまこさん?!
事務局として取り仕切っていた学会がようやく終わった四川先生。
それではお祝いにと、久しぶりで近所の焼き肉屋さんに出かけました。

どうも酒飲みの私たち。
(私は今はノンアルコールビールだけど)

カルビだハラミだという焼き肉の花形よりももっぱらホルモンが口に合うようになってきています。
映画『プルコギ』で一世を風靡(?)したシロコロホルモンに舌鼓をうち、こどもたちとクッパをつつき、ふと見上げると。
あ、あれ?!
球子さん?
片岡球子さんじゃありませんか?!

びっくりしました。
エンドレスで「チャングム」のテーマが流れているこのお店で球子さんにお目にかかろうとは思ってもみませんでした。
生命力にあふれる赤い富士山。
力強い線、力強い色彩、あふれんばかりの生。

とても興奮して、店員さんに「片岡球子さんの作品ですよね?お写真とらせていただいてもよろしいでしょうか?」と聞いてみたら、(なんでこのひとたかが絵にそんなこと言ってんの?)とでもいうようなひどく不思議そうな顔をしながら「ああ、どうぞ、ぜんっぜんいくらでも」。
もったいなさにあやうく片岡球子さんは…とレクチャーはじめちゃうところでしたよ、私。

なかなかおいしい焼き肉屋さんなのですが、球子さんを拝めるとあっちゃあ、さらに特別なお店に数えないわけにはいきません。近くとはいえ辺鄙な場所にあるのですが、今まで以上に行きたくなってしまうかも。

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June 14, 2010

いっかげつ

先月、発達検査直後の5/13に書いた日記を未送信フォルダで見つけた。
あまりに下向きな気分なので、アップせずにいたのだ。
不安定なのはあまり変わっていないけど、1ヶ月という時間が流れて、今はこのときよりは少し、シロクロついた分くらいは、落ち着いた。
仮に同じことがあっても、受け止め方は少し違うだろうなと思う。
今まで、家の目の前が公園でありながらあまり遊びに出たくなかったのは、程度の差こそあれ、これに似たケースが結構あってつらい思いをしたことがあったからだ。
お友達の家で迷惑をかけたらと思うと、ひとりで遊びにやるのも気が引けて積極的にはお願いできない。

これから少しずつ、彼にあったやり方で、そういうのを改善していけたらと思う。

ある幼稚園のママから言われた。
「家で子どもがはるくんの真似をしているよ、『みんな、静かにしなさい!』とか『ばかもん!』っていってるよ」だそうだ。
口調がじじむさいよねーと笑い飛ばしながら、はるはきっと本当はなにかに困っていたんだろうなと思うと、少しばかりやるせなかった。
こういったことは小学校にあがったら増えてくるに違いない、それが大きな問題にならなければよいのだけれど…
また別なママからはこんな話を聞いた。
「息子がね、主人と話してたみたいなの。話に時々出てくるはるくんてどんな子?と聞いたら、『あいつはぜったい意地悪なことをしないやつなんだ』っていってたって」
そういうようにはるを好意的にとらえてくれる子が、彼の力になってくれたらどんなにかいいだろう。
先日お迎えにいったら、はるはある男の子に蹴られていた。
反りの合わない子はいるものだ。
これからさき傷つくことが多くなっていくのは私よりむしろはるの方だ。
そのときに、彼の重荷を少しでも軽減してあげられるように。
いつまでも落ち込んではいられない。

自分へのちょっとしたカツと記録のつもりでアップをしておく。

…………………………………………………………

なんだか今、心中穏やかならざる時である。
要因の90%はやはりはるのこと。
プチ鬱状態です。
人に会うことが苦痛。
大人びた口振りを人から指摘されると、少し前まではちょっと得意でさえあったのだけど、今は彼の持つ障害がそういう特徴を示すものだと知ってからは、胸が潰れるような思いがする。

今日の幼稚園の帰り、同じ団地内のあまり交流のないお母さんと一緒になったら、はるがいつもの調子でそのお母さんに話していた。
自己紹介や妹弟の名前や年齢、幼稚園のこと。
なんのことはない話。
そうしたらそのお母さんは非常に驚かれたのだ。
「どうして敬語が使えるんですか?」って。
小学校と幼稚園のお子さんがいる方なので、逆に私が驚くことになった。
ふつうのこれくらいの子は敬語を話さないものなのか?
はるってすごいんだなあ、なんてこの間まで暢気に構えていたのに、どちらかと言えばそのままの認識を継続していたほうが良いはずなのに、そしてそのお母さんもきっとそういう好意的な誉め言葉として言ってくださったのだろうと思うのに、まだ心的混乱のただ中だから、あなたのお子さんて異常なんですね、と言われたように心にグッサリと突き刺さった。
いたたまれなくなって、公園で遊びたいというはるとさあやに用事があるからと適当を言って逃げるように家に帰ってきた。
泣いた。

白状すると月曜に結果が出てから、食事を作るのもなにをするのも億劫。
ただ予定がこれでもかというくらいぎゅうぎゅう詰めに入っているので、外向きには普段通りの元気な仮面をつけて、家に帰ってくると倒れ込んでいる。
人と関わることが苦痛。
でも幼稚園の送り迎えはあるし、役員の仕事もあるし、家から一歩外にでればご近所さんに会うのだし。
人って本当に独りになるのが難しい。

過剰に反応しているのはわかっているのだけど、たぶんそれだけ傷ついているということなのだろう。
四川先生も並ならぬストレスとなったようで、数年小康状態を保っていた痛風が月曜夜から現れだした。

結局時間の経過を待ち、苦しむだけ苦しんで、心の中の膿を出し切らないと元通りにはならないのだけれど、できることならそれまで、繭の中にでもくるまってうずくまっていたい。

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June 12, 2010

かみさま

かみさまって、いるんだよな、と思う。
かみさまと呼んでも、宇宙の真理と呼んでも、あるいは人によっては集合無意識なんて呼んでもいいのかもしれないけど。
つまりは、世界のはるか高みのどこかから、糸をひいて導いてくれる存在というのは確かにあるのだ。

なんともタイムリーなことに、今夜教育に手厚い某公共放送で発達障害についての最新の取組が取り上げられた。

うちには新聞もないしテレビの番組表だって調べることは滅多にない(そもそもテレビをあまりみない)のだけど、朝はるが楽しみにしていた「おさるのジョージ」が以前の時間に放送されていなくて癇癪を起こしたので、携帯でぱぱぱっと番組表をチェックしたら、その番組が目に入ってきた。
見守られているんだなあ、と、ちょっと涙が出るようだった。

幼稚園では先生が同じ診断を受けた卒園児のお母様をご紹介くださるというし、発達障害のある子供を持つ親の会にもつないでくださるそう。
以前も書いた、可能性を示唆してくださったお友達ママにお礼と報告のメールをしたら、幼稚園の先生から既に「力になってあげてね」とお話があったとのこと…発達障害児の親の会にも彼女が参加しているそうで、よかったら、と勧めてくださった。
また、NPOの件でスタッフ春眠さんとお電話していたら、ブログを読んでくださったお嬢さんAさんが発達障害児の親の会の貼り紙を見つけてきてくださり、お二人でお話まで聞きに行ってくださったことを伺った。本当に、こみあげてくる感謝に目が潤むことばかりだ。
ブログで応援してくれる皆さんからの励ましや、親友からの元気づけメールにも、気持ちを支えてもらっている。
「昔から根詰めすぎて倒れたりしてたから…」と心配してくれたり、ririちゃんはちょっと手抜きしなよとばかりにすぐ食べられる食品を山盛り送ってくれた。

ほんとうに、みなさん、ありがとうございます。

つらい、たすけて!となかなか言えないから、独りで抱え込みがちなので、皆さんが伸ばしてくれる手に幾度も幾度も救われているように思います。
正直なところ、自分自身の感情を大事にするという点では、1ヶ月くらい山の上のちいさな小屋にでも籠もって、一日中涙をこぼしていたいです。
悲しいわけではないのです、よくわからないけれど今はたぶん涙を流すと心地よさそうだ、と、そのことしかわからない。
じっさいここ数日よく泣いています。
でもそれはどちらかというと、ありがたいなあ、という感謝の涙が多いです。

子どものことでなにが一番かなしいって、彼には私がいきる上で一番大切だと信じてやまない想像力というものが、とても弱くしか備わっておらず、感動するということが(私たちが感じるようなものとしては)ないらしいこと。
それでも好きなものや熱中できるものは多い子だから、いいところを伸ばしていかれればと思う。
そう考えるにつけ、昨年ワークショップデザイナー講座で学んだことがいかに大きいか、改めて思われる。
教育学や認知心理学などの演習や実習の中でふと聞いた例えば「苦手なところをできるようにしたってマイナスがゼロになるだけ、それよりは良いところをどんどん伸ばしてあげた方がずっといい」ということや、声がけの仕方など、発達障害の子をどうやって育てるのか書かれた本を読むと同じようなことが書いてあって、学んだことがまさに役立ちそうなのだ。
もしかしたら、この時のために私は、美術というツールを与えられワークショップに関わり、はるのために準備と訓練を積まされていたのではないかと、そう思わずにいられない。
天のいただきから、導かれているのだ。

かみさまって、いるんだよな、と思う。

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June 10, 2010

クレープと海辺

クレープと海辺
コクリコでクレープを食べる。
はるとさあやはあっと言う間に食べてしまう。
はるは王道バターシュガー、さあやは私が頼んだチーズとハムとサルサのを奪い取った。
初めて食べるクレープ、ふたりとも最初はあんなに嫌がっていたのに、食べ始めたら気に入った様子。

今私は夕方の江ノ電の中でこの記事を書いている。
江ノ電から海を見て帰ろうという腹積もりなのだ。

この時間にここにいるのは、今日が特別だから。
小児神経科のドクターに診察してもらった帰りだから。
はるにはある発達障害の診断名がついた。

最初の話から一ヶ月以上あったせいか、途中発達検査で明らかになったことを受け止めていたせいか、やっぱりそうですか、という感じ。
せつないというのか哀しいというのか、晩秋の夜更けに吹く風のような感じの心持ちである。
適切な言葉は見あたらないし喜怒哀楽のどれともちょっとずつ違っているし。

さあやはお兄ちゃんにもたれかかって眠っている。
そう、名前がつこうがつかなかろうが、はる自身は今急に病気になったわけではないし、治るものではないそうだけど、名前が付いたということはすでに誰かが彼を理解する道筋をつけてくれているということでもある。

幸い、というべきか、はるには好きなものや得意なものがいろいろある。
それらを大事に育てていってあげられたら、と思う、私にできうる限り。

あんなに江ノ電を楽しみにしていたのに、みんな眠ってしまった。

海は大きく、ゆらゆらと穏やかに広がっている。
夕方が近いオレンジ色のひざしが反射して、きらきらと美しい。

特別なのだ今日は。
がんばらなきゃなと自分にカツをいれながら、いい具合に肩の力を抜いて進んでいくためには、たまにこんな祝祭的な気分になったっていい。

晴れている。
はるが生まれたその日もとてもきれいに晴れていた。
あのときの気持ちを思い出しながら、はるにとっていい道を考えてあげよう。
今日はちょっとだけごちそうにしよう、と企んでいる。
みんながんばれ。
はるがんばれ。

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June 07, 2010

信じられない相手

誰しも、世の中に「この人は信じられない」と思う相手のひとりやふたり、いるのではないでしょうか。
とてもじゃないけど、まかせてはおけない、という相手が…。
私にもいます。
ごく身近にいます。
関わらずにいられぬ相手です。
だって私自身なのですから…


なんでなくなったはずの洗剤はあって(しかも複数)、買ったばかりのはずのコーヒーの大袋はないんでしょう。
そしてそれを買い物から帰ってきた途端に知るのでしょう。

ほんとに信じられません。

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June 04, 2010

携帯がこわれたので

携帯がこわれたので、修理にだしました。
なにかをしたわけではないのだけどボタンの反応がひどくわるかったので、押し直しばかりでイライライラだから、おもいきって出しました。

そういえば春に機種のことをかきそびれていたけれど、多くの方のご推察通りbiblioという、電子書籍ユーザー用に開発された携帯です。
この携帯はアタマがよくて、携帯を横向にするとボタンがPCと同じQWERTY配列になるのが私好みのギミックで、そこにやられて契約しました。
メール打ちもメモも格段にスピードが速くなりました!

が、壊れて、カーソルキーと決定キー、数字の大半のキーの反応が悪くなってしまいました。

修理には2週間ほどかかるそうです。その間はひとつ前の携帯を使用のつもり、が、なんといざこちらを使ってみたらこれもきかないキーが!
上、EZweb、アプリが呼び出せません。
新しい携帯に浮かれて、こども達のおもちゃに与えたせいでしょう、しかし今更仕方ありません、だましだまし使うほかないのです。

さてさて、ちょっとかんがえなくてはね…

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June 03, 2010

三歩の自由

全く自由を奪われている。
ほんの三歩離れるだけで、警報が鳴り出すのだ。
寝ていても起きていても、必ず三歩。それ以上離れれば三軒先まで響く大きな泣き声に責め苛まれる。

全く、男の子だからか、三番目だからか。
あるいはそういう時期なのか、まるでなんにもできない。
いつも抱っこかおんぶか、すぐ隣にいなければならない。
上二人はここまで泣いただろうか?
私が隣にいる限りはニコニコで機嫌も良く、よだれでぶちゅぶちゅのほっぺをぐりぐりなすりつけてきたり、目をアーチ型に細めて声をたてて笑ったりするのに、その豹変ぶりといったら乙女心と秋の空以上だ。

かわいい、けれども大変、そこに赤ちゃん返りした二歳児も加わり、しっちゃかめっちゃかです。
忙しくなって余裕もなくなってきたこの頃。

頭を抱えてしまうこともしばしば。
さあて。
どうやって乗り切りましょうか。

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June 01, 2010

もしも、は近くにある

幼稚園で救命講習を受けた。
人工呼吸と心肺蘇生法、AEDの使い方の研修だ。
幼稚園にはこの春からAEDが設置されたので、まずはクラスの三役さんと、一番早くに人の集まる場を開催する親睦会委員が、研修を受けた。
三時間みっちり、なかなか本格的で、終わるとちゃんと修了証明書が発行された。

集まった中で、救急車で搬送された経験のあるのは私ひとりで、四川先生には「あなたが研修してどうすんの、どっちかっていうと使ってもらうほうでしょ」と笑われた。
たとえそうでも、よいのだ。
母として、もしも、への対処は、家族のためにもしておきたい。
それにNPOの活動でなにかあった時にも慌てずにすむかもしれないし…自己満足の世界ではありますが。

とそんなことのあった翌日、つまり今日、不審者に遭遇してしまった!

幼稚園の帰り道、通園路のトンネル入口付近ではるとさあやが立ち止まっていたところ、後(U小方面)からきた40代後半くらいの男が、至近距離(1mくらい)のガードレールに腰掛けてその様子をじっと見てくるのだ。男は帽子を目深にかぶり、この暑いさなかに黒いダウンジャケットを着ている。
不審に思い、睨みつけたら歩いてT小方面に行った。
子供の様子をガードレールに腰掛けて見るのも明らかにおかしかったし、微笑ましく見るというよりじっくり観察しているようで気持ち悪く、至近距離なので抱えて連れ去られるのではと不安に思った。

警察と幼稚園、地域の防犯団体、近所と幼稚園のママ友に連絡しまくった。

もしも、は存外近くにあるのだ。


先日友人が貸してくれた桐島洋子の子育てエッセイに、母親の日本型と西洋型の違いが出ていた。
恐怖に面した時、日本型の母は子どもを胸に抱え込み敵に背を向けてうずくまってしまうらしい。
一方西洋型の母は、子どもを後ろ手に庇い、敵に立ちはだかっていく。
桐島さんは後者だそうで、これを読んだとき、私は自分もそうだろうと思ったけれども、今日それが証明された(笑)。

にしても、護身術のひとつも覚えたいと今日ほど思った日はなかった。

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