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February 2010

February 28, 2010

もうひとつ、あたらしい一年

もうひとつ、あたらしい一年
世界の外側から、いまある生を見る行為。

いまの私に繰り返し訪れているキーワードだ。
年明け、内藤礼さんの展覧会で触れてから続いているキーワード、それが心のどこかにひっかかっていて、書店でたまたま手にとった本の中に内藤礼さんとの対談があって同じことが語られ、それを道中読みながら参加したミュージアム・サミットの基調講演でも哲学者の口から同じことが繰り返された。
お誕生日にといただいた贈り物では、「生の外にいる」存在の代表格、天使がなにかを吊り上げている。

いまある生。
世界の外側からみるそれは、普段身体で感じている生とは違った空気をまとっている。
そうして世界をとらえなおす。

どうやって世界の枠組みの外へ行くか、外からなにをみるか、自分の内と外とコンタクトしながら、てざわりを確かめつつ進む一年であろうと、思います。
誕生日、抱負にかえて。

追伸:この世に生を授けてくれた両親に感謝をこめて

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February 27, 2010

携帯のかえどき?

半日しか携帯の充電が持たなくなってきた。
へヴィ・ユーザーだからでしょうか。
携帯の変えどきなのでしょうか。
前に機種変更してからちょうど2年になる。
そんなに昔のことには思えないのだけど、もうそんなになっている模様。
けれども壊れているわけではないので、どうもまだ積極的に機種交換する気になれない。
交換するとしたら、もう機種は決まっているのだけど。
ただまだ「どーーーーーーーーーーーうしても、かえたい!!!」という積極的な気持ちにはならないので、しばらく放置するつもりではあるが、いっつも電池と充電用のケーブルを持ち歩くのも、不便ではある。
はて。

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February 26, 2010

かけぬける、桜の下

かけぬける、桜の下
咲き始めた桜(玉縄桜)の下をかけぬけるさあや。
おとつい高熱で倒れていたとは思えぬ俊敏さで、加速したかと思うとぴたり止まってしゃがみこみ、石やどんぐりを私のポケットに詰め込んできます。
どんぐりのさあや語は「こっこり」。
てのひらいっぱいに、握りしめます。

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February 25, 2010

そして次のWSへ

先週大きなWSが終わり、今週末はまたじつはWSを控えている。
といっても、スタッフさん向けの研修のものなので、新たな開発というわけではない。
何度かやってきてこなれた自家薬籠のオー・ド・トワレづくりのプログラムをおこなう。
そこに、ちょこっと新しいこころみを加える予定。
インヴィテーションを週あけに発送し、いま私はテキストの改訂とツールづくりの真っ最中。
これがまた、楽しいのです(笑)。
かわいいもの、きれいなものって、どうしてこう、幸せな気分になるでしょうね。

週末は「100人で語る美術館の未来」ミュージアム・サミット、というシンポジウムに参加し、二日目の午後を失礼して、WSを行う予定。
シンポジウムも素晴らしいお話が伺えそうで楽しみだし、お気に入りのオー・ド・トワレプログラムでは、みなさんがつくる素敵な香りがとても楽しみ。
意識を外に向けるシンポジウムと、意識を内側からすくいあげるWS、わくわくとする週末に、なりそうです。

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February 24, 2010

かぜをひきました

やっぱりというかなんというか。
いつもこの時期の体調管理はうまくいかない。
あたたかそうだからと薄着して、寝ている間に風邪を引く。

先週爆走していたのに引き続き、今週はクリエイティヴ系のことで頭をつかうことが多い。
デザインを考えたり、ストーリーを思い浮かべたり、絵を描いたり。
そういう時にはきまって、考えが高じて夜中までたんたんと作業をしている。
いや、というか、夜中のしんと静まり返った中じゃないと、作業ができないのだ。

そんな調子で、本当は体があんまり丈夫じゃないのに、無理ばっかりするものだから、風邪をひいた。
のどが痛い。
声が鼻にくぐもる。

世の中は春の陽気なのに、あ~あ。

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February 22, 2010

おめでとう

おめでとう
今日は四川先生の誕生日。
土曜、日曜、今日と、3日間は四川先生の好物でお祝いです。
お誕生日おめでとう。

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February 21, 2010

シチューとチーズと美術の魔法

シチューとチーズと美術の魔法
広野さんに会えた。
新宿伊勢丹で作品展示しているとのこと、はるとさあやを連れてI嬢もお誘いして出かけた。

木彫家の広野さんはもともと友人の兄の知人の知人で、つながっているんだかなんだか微妙な関係がはじまりだった。
友人はピアニストで、レストランで一緒に、私の詩×彼女の音楽のコンサートをやったりしていた。
その兄は、現在でこそパリ在住でフィガロジャポンなど日本向けの雑誌のカメラマンをしているけど、当時はカメラを始めてすぐだった。
友人の兄に声をかけられたのは、ある企業の一角にアートギャラリーをつくるから、ネーミングとフリーペーパーを一緒にやらないかという話のときだった、広野さんはそのアートギャラリー立ち上げのプロジェクトに一枚かんでいたらしい。
そのギャラリープロジェクトの飲み会で一回顔を合わせたものの、結局ネーミングもフリーペーパーも立ち消えになり、数年後うちの毎月のパーティー仲間達で陶芸をしに行ったときに、アシスタントとして手伝いにきた広野さんとばったり、再会した。
そのご縁でパーティーに来てくださるようになり、以来みんなのお兄ちゃん的なひととして慕われている。
ちなみに当時私がやっていた毎月のパーティーは、私が仙台を去るにあたり広野さんが引き継いでくれて、広野さんのアトリエでたまに行われているらしい。

広野さんの木彫は食べ物をテーマにしていて、触って楽しめる作品が多い。
10mはあろうかというバゲットのベンチや、子どもの背丈くらいの寸胴鍋に入ったシチューなど大きいものから、小さなものまである。

今回の作品は、以前にもまして魅力的だった!
シチュー皿とそのふちにちょこんとついたカエル。
どら焼きの間からはみ出たあんこならぬネコ、実物そっくりなホヤ、カチョカバロチーズにくっついたネズミ、など、など。
強さを感じた。
暖かさと強さ、まっすぐな感じとユーモア。
広野さん本人にそっくりな持ち味の作品、どれも本当に素敵で、いつまでも見ていたいと思った。

私のお気に入りは、シチュー皿のカエルとカチョカバロについたネズミ。
シチューはどうしてだろう、見ていると懐かしさや温かさが滲んだ。両手で包み込むと、子どもに返ったみたいな安心感を感じた。すべてが受け入れられるような、幸せな感じがした。
シチューの中に吸い込まれたくなるような。
そしてチーズ!もう、このもったりぷりぷりとしたチーズの感じと、つぶらなネズミの目!たまらないったら。
広野さんのご許可をいただいて、お写真を撮らせていただいた。タイトルは「カちゅカバロ」だそう。ああ、このネズミがなんとも。

将来おうちを建てた暁には、広野さんの作品を飾るための専用のスペースを設けることに私はひそかに決めている。

そんなことを考えていたら、なんだかへこんでいた気持ちが癒やされていた。
あのシチュー皿、ネガティブシンキングを吸い取ってコトコト煮詰めそれさえもおいしくしてしまう魔法がかかっていたのではあるまいか。

新宿伊勢丹アートギャラリーにて23日まで展示されています。ご関心ある方は、ぜひ。

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February 20, 2010

昨日、素晴らしいワークショップが行われた。
とても素晴らしい時間だったと思う。
作家・松谷さんのお人柄や人間的な魅力、生き様、そこから発せられる言葉。美術館さんの鮮やかなご対応と、それを陰で支えてくれたスタッフの力が大きかった。
皆さんに心からの感謝を申し上げたい。

その中で私は自分の力のなさをとても感じて、うちひしがれ感を抱いた。
努力不足、経験知不足、そしてなによりも自分がいかに繊細でなく雑な人間かということを思い知らされ、うちのめされた感じがした。

自分としてできる最大限の関わり方で、この二週間は取り組んできたつもりだった。
今週に入ってからは、食事をする間も惜しくて食事は1日に1食と軽いおやつを1回程度だったし、寝る時間も惜しくていつもの半分の4時間程度、それでもやっぱり、やりきれなかったわけなのだ。日中はこどもの用事もある。短い睡眠時間の中で何回も授乳で起こされる。予想はしていたけれども母乳が少なくなったようで、いつもよりも起こされる回数が多かった。体力的には結構、がんばっていたつもりだったのだ。
でもそれは単にそれだけ、物理的な時間と仕事のクオリティというのは必ずしも一致しない。その間に能力が介在しなければ、クオリティが右肩あがりにはならない。

自分はなにもできないんだ、ということをとても思い知った。
なんのために自分はやっているのだろう、とも思った。
新しいいい経験ではあった、けれどそれをよりよいものにできたはずなのに、自分にはそうできなかった。そこがとても、悔やまれるのだ。

どうも私は「企業の理論」に似た部分で動くところがある。
もともとそれが好きじゃなくて、けれども食わず嫌いで批判するのはもっと好きじゃなくて、足を突っ込んだはずなのに、どっぷりそこに浸っていたわけなのだ。皮肉なもの。
「できないといわずにできる方法を考える」という上司からの薫陶は、企業の仕事に関しては良い形を生むけれども、繊細さを要求される今のような活動にあっては、足かせにしかならないと思えた。
いくつもの声を優先するあまり自分を置き去りにして走ってきたけれども、自分がなにをやりたいか、というところはゆるめて考えてはいけないのだ。
どちらの要望もかなえるために自分を引き裂いたけれども、それは違うことだったはずなのだ。
いくつかの方法が断たれ、結論はその方法しかなかったのだけれども。
もっと根本的なところで違う形にする必要は、あったかもしれない。

いま、自分がとても情けなく思える。
「場」をつくるという面でも、42人の子供たちが場をひとつにしたときに、その場が美術館であったときに、美術館ではちいさい声で話そうと言っている私自身が声を大にして「きいて!」というのは違う。
こどもたちが、こちらが声を大きくしなくても、「聞きたい」と思う「場」を作らなくてはならないということ。
当たり前のことなのだけど、そこが十分にできていないと感じた。
「場」は生き物、とても難しいことだ。そして、それはとても興味深い。

今回に関しては、事故がなく無事にクローズすることを目標に、それは達成されたわけだけれども、ここから先はより良い形で進めていかれればと思う。


ひとつ、とても残念で重要な示唆があった。

私はその場にいられなかったのだけれども、親子チームの方で、スタッフが考えている意識と、参加者が考えている意識に、小さくてとても大きな差が見られた。
アンケートにもそれが表れていた。
中にこういう意見があった。
「親子一組で行こうとは絶対思わない、だけどこうしてみんなで誰かが騒いでもお互い様という雰囲気で美術館に来られるのはとてもいい」

違う。

そうではない。
もし私たちの活動がそうとられてしまっているのなら、それはとても悲しいことだと思う。
私たちが行っていることは、一人ではやれない悪いことをみんなでやりましょうの会では断じてない。
親子一組一組が、自分たちだけで美術館に行くための、マナーを知り、子どもと大人とが楽しむコツをつかむ、そのための会のはずなのだ。
「誰かが騒い」だら「お互い様」ではなくて「ちがうよね」と互いに気をつけ合うような、そうしたものにしたいのだ。
(もちろんこれは理想だけれども)
終了後にスタッフからもそうした声があがった。


実は意外に、こうした親の意識とは裏腹に、こどもたち同士ではこれをしている面がみられた。

以前に参加してくれた子が、新しく来た子に、マナーを教えてあげていたのだ。
一番最初に、こどもたちと彫刻を見て、受付終了を待っていたのだけれど、そのときにとてもすてきな声がたくさん上がってきていた。
「これ、くじら?」「さめみたいだよ」「なにでできているんだろう」「さわるとつめたい」「石だ!」「おもいねえ」「うごくかな」参加者の保護者のひとりが、「一緒にうごかしてみようか」と声をかけてくれ、みんなで彫刻をとりかこんで持ち上げるふりをした。「あっうごいた!」と(もちろんうごいていないけれども)聞いたときの、こども達の顔。

「きれいな石」「あっちの石は黒いのに、こっちは白いねえ」「つめたいよ」「よごれてる」

そして誰かが言いだした。
「これも、たからもの?」
そうだよ、世界にたったひとつしかない、宝物だよ。
そうしたらこどもたちが「じゃあ、さわっちゃだめだよね」と言った。
はじかれたように「ちいさな声で話すんだよね」「走っちゃだめ」と口々に言いだした。

一度来た子たちは、しっかりと覚えていてくれたのだ。

…もっとも、私がこの子たちに関わることができたのはその最初のところだけで、展示室内での様子はわからないけれど。

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February 19, 2010

あかちゃん組

あかちゃん組
2人、ときどきあかちゃん語で会話しています。
コミュニケーションはことばだけじゃないなあ、と思います。
今日は松谷さんワークショップ、おいてきぼりの2人。

なにを話して待っているかしら。

たつは4ヶ月検診で7.7kgになっていました。意外と軽いんだとびっくり。
1ヶ月検診の衝撃が大きかったのでドキドキでしたが、意外にも8kgにもなっておらず、なあんだ、という感じ。

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February 18, 2010

すきなもの

すきなもの
はるの近頃すきなものは、肉・肉・肉!
ごはん何にしよう〜なんていおうものなら、「ママ、おにくとかいいんじゃない?」
いいでしょう。
でもそれを
「パパ!今日のごはんはママのおにくだよ!」と言われると、なんだかニュアンスがかわって、やな感じです(笑)。

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February 17, 2010

トトロなひとたち

トトロなひとたち
大きな木の下で傘をさすと、トトロのお話の1シーンみたいです。

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February 16, 2010

むかしといま、接点。

今度ワークショップをしていただく作家の松谷さんとお話していて、パリの日本人美術家っていったらご交流があるかもと思って、佐藤達先生のことをきいてみた。
よく知っていますよ、一緒にワークショップをやったこともあると仰っていた。

佐藤達先生は、はたちの時、パリでとてもお世話になった彫刻家さん。
母の知り合いの方からご紹介いただいて、お世話になった。
気難しいと評判の先生は、お会いしたらとても気さくで、にこやかでいらっしゃった。
14区の国際学生都市に滞在していた私は、同じ14区の先生のアトリエに何度かお邪魔した。
パリ市から住んでくれと提供されたというアトリエ付の住居の入口にはローズマリーが生け垣になっていて、ドアを開けてすぐにリビング、その奥に天井の高いアトリエがあった。
フランスという国がいかに芸術や芸術家を大切にしているか、あのアトリエで制作している達先生の後ろ姿で私は知ったのだ。

はたちの私が、文章を書きたいこと、コクトーが好きで彼の住んだ・生活した町を肌で感じたくてパリに来たことを、お手紙でお伝えしたのを、笑ってくださった。
きみは生真面目すぎるなぁと笑いとばしてくださった。
真面目だと誉められることはあっても笑われたのは初めてで驚いた。とても新鮮だった。

笑ってくださって、寄り道の大切さを、教えてくださった。

人生というのは一本道じゃない。そういう人生も人生だけど、あちこち寄り道しながらその時その時を大切に生きていくと、自分の本当にだいじなものが見えていくんだよと、教えてくださった。
いったん離れても、本当に自分がやるべきことならば、どこかでつながっていくのだと。

パリの私はソルボンヌの語学コースに通っていた。パンテオン横か、ノートルダムのふもとが教室だった。
授業は午前中でだいたい終わるから、午後は美術館めぐりとカフェめぐりをして過ごした。

だいたいいつも1人だった。
同じ学校の人たちは日本人同士一緒にいることが多くて、私は少し離れて1人で歩いた。
1人じゃないと、フランス語を使う機会が各段に減る。
せっかくフランス語を勉強しているのだからと、学生用の割引パスを最大限駆使して、あちこち歩いた。
ルーブル、オルセー、ジュ・ド・ポームに始まりダリ美術館、ピカソ美術館、バトー・ラヴォアール、シテ・ド・ラ・シテール、ポンピドゥ、まいにちあちこちに出かけた。

美術館めぐりをしていると話したら、佐藤達先生の奥さまが、美術に興味があるならとルーブルの美術学校をすすめてくださった。
短期の留学期間が終わり、帰りたくないというわがままは当然許されず、行くなら奨学金をとれと言われても法学専攻だから美術学校への留学希望は当然認められず、美術とのご縁はそこで途切れたかに見えた。
それが就職して転職して結婚して出産して、パリから十数年経った今いつのまにか美術に近しいところに自分は立っている。

寄り道だなぁ。
寄り道して、こんなところにいるなぁ。
時間は、つながっているのだ。
寄り道しながら、十数年前の自分と、今の自分が重なる。
不思議な感覚。

佐藤達先生の記念館が、先生の地元・登米にできたのだそう。私はまだ訪れたことがないけれど、いつかゆっくり帰省したときにでも行ってみたい。

松谷さんはパリの空気を背負っていらっしゃる。松谷さんの後ろに、パリの町が透けてみえる。
そのパリの町から時を隔てたずーっとずっと向こうに、「文化をつくりたい」なんて大それた、生意気を言っていた自分がみえる。

なんだか、自分の中でなにかがつながった気がした。

松谷さんから伺った素晴らしいお話は、またそのうち。出し惜しみ?ええ、そうです(笑)。

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February 15, 2010

失敗のないホワイトソース

昨年クリスマスの時に、ようやくマスターしたホワイトソース。
それまでは、作ろうと思うと、ダマができてしまっていて、うまくいかなかった。
ホワイトソースを使う料理を全くやらないくらい、「苦手科目」のひとつだったのだ。
たぶん、ちゃんとした作り方じゃなくて、自己流で考えたままにやっていたからなのだけど。

そこで、思いつきでやってみた「絶対に失敗しないホワイトソース」。
あっさり目の味になるので、あっさりしたい時にも作ります。
フライパンで作ります。
牛乳とバターをお鍋に入れたら、じゃがいもをすりおろして、加えるのです。
じゃがいものでんぷんに熱が通ると、もったりソース状になります!
もちろん、ダマにはなりません。
それからお味をととのえて、できあがり。

本式で作るのが面倒な時にも、適当な分量でちゃちゃっと作れてしまうこれが活躍します(笑)。
ええ、単に、面倒くさがりなだけなんですが。

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February 14, 2010

歯を、治療の途中で放っておきました。
考えてみると、どこかで通えなくなって、そのまま放置、ということが、はるの出産後ずーっと、なので5年間も続いているんです。嫌いなんですよね、歯医者…。

それでも数年前、自分なりにこのままじゃいけないと思って、モチベーションをあげるちょっとした工夫をして、通いだしました。
せっせと通いだしたら急に海外赴任が決まったり、ようやく帰ってきたら出産で、それが落ち着いてじゃあと歯医者に通いだしたらまた子供がお腹にきて、つわりがひどくて口の中にいろんなものをつっこまれるなんてとてもとても、の状態になってしまって。
生まれた後はもちろん自分の体を動かすのが億劫だし、正直いまも幼稚園の送り迎え以上のことはいっぱいいっぱい状態なのだけど、そこでわざわざ、しかも嫌いな、歯医者に行こうなんて思いませんたら。

そういうわけで、放っておいたら。
産後、昨年もそうなったのだけど、先月「風邪で歯茎が腫れて痛む」状態になりました。

それもさらにごまかしごまかし、風邪が治れば治るさと放置していたら、とうとう歯茎が思いきり腫れて、ずきずきと痛みだすようになってしまった。
かなーり、痛いのです。
食事も、そちら側の歯で噛もうものなら、5分くらいは頭がい骨全部がしびれて動けない。
さわってみたら、歯茎が水ぶくれみたいになっている。
放っておいたところだなあ、とすぐに思い当りました。
こんな忙しいときになるなんて、ちぇっ。

とうとう昨日意を決して、というか諦めて、歯医者さんに行こうとしたら、土曜日なので、予約がいっぱいで受け付けてもらえませんでした。いや、正直いうと、ひとつだけ時間を打診されたのだけど、打合せの時間とかぶっていたので、諦めたのです。
でもものすごく痛くなってきているので、WSばかり優先しようとする私に四川先生が「歯医者に行かないと家にいれない」オーラをぷんぷん出していたので、夕方、診療終了間際の歯医者に再び電話して「痛み止めだけでもいいからください」とねじこんで、本当に痛み止めだけもらってきました。

3回分しかくれませんでした。
もっと、30回分くらい、くれたらいいのに!
きっと「この患者は少なめに出しとかないとまた一年放置する」と行動を先読みされていたのでしょう。

「モチベーションをあげるちょっとした工夫」は、やさしくて美人な先生を選んだこと。
鈴木京香ふうの美人先生なのです。
治療途中で一年も放置するような私みたいな不良患者にもとっても優しい。
しかも、指定の時間を蹴ったくせに痛み止めだけよこせという横暴にも、とっても優しい。
「根っこの問題なんだと思うんですよね~。痛み止め、出しておきますが、化膿しちゃっているので、たぶんお時間あるときに来ていただいて治療しないと、痛みがまた出ちゃうかもしれないですね~」と、きらきらのスマイルで言われる。
あー先生きれいだからまた行かなくちゃーと思う。
行かなくちゃと思うべきポイントがちょっとずれているんですが、いいんです、結果として行くならば。

歯、もうちょっと放っておこうとおもったのですが、「歯は熱でることもあるよ」と言われ、だいじなWSの日に熱でも出して朦朧とするわけにもいかないので、ちかいうちに、京香ふう先生のところにちゃんと行こうとおもいます。
でもやっぱり、歯医者さんは、あんまり好きじゃありません。

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February 13, 2010

屏風ファンは米沢へ!

お友達のゆずちゃんから、彼女が企画した素敵なお知らせをいただきましたのでご案内します!!
国宝・洛中洛外図屏風に現代音楽をつけ、世界初演をするのだそうです!!
はるか時空をこえて、室町時代の画家・狩野永徳と現代の若手音楽家がコラボレートする、ちょっと面白そうな企画ですので、「どこか旅にでもいこうかな」という方、「ほんと屏風には目がなくて」という方!米沢へ!!
東京から米沢へは、山形新幹線「つばさ」で、乗り換えなしで2時間10分で着きます。
意外と近いですよ、米沢牛を食べながらどうぞ!とのことです(笑)
御希望の方がいらっしゃったら、米沢の観光情報もお送りします!!
※数ある洛中洛外図屏風のうち、上杉本と呼ばれるこの米沢のものは、ごくごく初期に作成されたもので、織田信長が作り、上杉謙信に贈ったと伝わっているものです。

■「上杉本洛中洛外図屏風」を題材にした新しい音楽作品が、世界初演されます!

山形県米沢市にある文化施設「伝国の杜」には「米沢市上杉博物館」と「置賜文化ホール」が併設されています。その米沢市上杉博物館の所蔵する国宝「上杉本洛中洛外図屏風」。安土桃山時代の絵師・狩野永徳の代表作のひとつに数えられるこの屏風には、当時の京の暮らしや祭り、春夏秋冬の人々の暮らしが、身分の境なく詳細に、またいきいきと描かれています。

この屏風から現代に生きる気鋭の音楽家たちがインスピレーションを受け取り、新しい「音楽」作品を生み出します。作曲・演奏に取り組むのは、東京芸大出身ながらジャンルの枠を超え、明治や東欧の音楽にも接しながら"誰も聴いたことのない音"を探しボーダーレスかつ幅広い活動を見せるサクソフォーン奏者・作曲家の鈴木広志、鈴木と多く行動を共にし、音楽にユーモアとファンタジーを織り込む才のあるピアノ、アコーディオン奏者・作曲家の大口俊輔、バークリー音楽大学出身でフリージャズや現代邦楽奏者とも交流の深いベース奏者・作曲家の東保光、邦楽囃子方仙波清彦氏に師事し使用する楽器・生み出すリズム共に個性的な雰囲気のあるパーカッション奏者・作曲家の小林武文。このルーツも個性も多様な4人に、やはり東京芸大大学院を修了し、日本のクラシックコンクールでは最も権威のある、日本音楽コンクール作曲部門第1位を受賞した経歴を持ち「音楽のある空間づくり」をテーマに作曲だけでなく様々な公演の企画・制作にも取り組む大場陽子が加わります。

現代に生きる気鋭の若手音楽家たちが、狩野永徳の世界に「音楽」で挑む、日本初の試みにどうぞご期待ください!


平成21年度 置賜文化ホール自主事業・米沢市制施行120周年記念
国宝「上杉本洛中洛外図屏風」を聴く
~作曲・演奏 鈴木広志グループ×大場陽子 作曲~
         
日 時 :平成22年3月14日(日)13:30開場 14:00開演 (16:00終演予定)
会 場 :伝国の杜 置賜文化ホール (山形県米沢市丸の内1-2-1、JR米沢駅から2km)

出 演 :鈴木広志グループ(鈴木広志(Sax)、大口俊輔(P)、東保光(B)、小林武文(D))
 大場陽子(作曲)

入場料金:指定席3,000円
 自由席 一般2,500円 学生1,500円
 (当日各500円増し)
チケット:発売中
チケット特典:公演当日に限り、コンサートチケットをお持ちの方は、米沢市上杉博物館(伝国の杜内)常設展示室に無料でお入りいただけます。
常設展示室では、国宝「上杉本洛中洛外図屏風」(複製)を展示しています。
プレイガイド:大沼米沢店、米沢サティ、米沢楽器店、音楽アズム舘米沢店、伝国の杜
※遠方の方には郵送いたします。伝国の杜にお問い合わせください。
関連事業:参加演奏家による楽器クリニックのほか「ジャズ入門ワークショップ」「アレンジ相談室」を前日に開催します。詳細はお問合せください。

問合せ :伝国の杜(0238)26‐2666 (8:30~17:00)

主 催 :(財)米沢上杉文化振興財団
後 援 :米沢市

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February 12, 2010

にさいになりました

にさいになりました
にさいになりました。
反抗期になったわがまま姫、なんでもお兄ちゃんと一緒がよく、こども用なのに大きすぎる傘をさして、きのこのように飛び跳ねています。

お誕生日おめでとう。

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February 11, 2010

石。

あと二日で、さあやが2歳になる。
なんだか私の余裕がなくなってしまい、お誕生会はちゃんとやってあげられそうにない。
当初考えていた、お部屋を飾りつけしておめかしして、なんてのはもういっそやめて、別な機会にパス。
またいつかそんなことができる日がくるでしょう。
お夕食をちょこっと手の込んだものにするくらいでご勘弁いただこう。

そこでとっても悩んだ。
なんでも食べる子って、「好きな食べ物」がわからない?!

彼女の今一番の好きなものは、石。
あるひ突然、石に目覚めた。
幼稚園の行き帰り、じゃり道を通ると、かばんにせっせと石をつめる。
石が貨幣と同じ価値をもっていたら、おおがねもちでしょうに。
石は、家の中にいれられるといやなので、玄関のところに積むことにした。
賽の河原のように、小石がたくさん積んであります。
あちらでは、積んでも積んでも鬼が来て壊してしまうそうですが、本人自ら崩してまた積み上げています。
鍛練ですねえ。
手のひら大の石から、豆粒みたいに小さな石まで。
指先がとっても器用になりそうです。

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February 10, 2010

神様のボール。

突然わたされた、神さまからのボール。
それは、作家さんのこども向けワークショップでした!

くわしくはこちらでスタッフの春眠さんがご紹介してくれているのだけど、こんな展開で、素晴らしいワークショップの機会がやってきたのです。

時間、人員、内容、参加者募集、いま、日々めまぐるしく変化する状況をウォッチしながら、状況を変化させてよりよい形にしていくために、いろいろと考えています。
変化に合わせて対応を変える、もしかしてデイトレってこういうのに似た感覚かな?とか思いながら。

喜怒哀楽しながら(怒はないですが)わくわくじりじり。
なにより当日作家さんがなにをしてくださるのかが楽しみ!

スタッフゆうゆうさんが、
具体美術協会ですよ~!パリですよ~!一流作家ですよ~!ってメールで言ってらっしゃいました。
ほんとに同感!!!!!
なんてすごいんでしょうね!!!

バッタバタですが、不安もおっきいですが、みんなわくわくと開催目指してがんばっています。

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February 09, 2010

たくあんの古漬け

たくあんがちょっとすっぱくなりそうな気配を感じたら、私は細かく刻んでゴマ油としょうゆ、かつおぶしで炒めてしまいます。これ、なんちゃって中華料理に大活躍する小道具になります。

たとえば白菜をゆでておだしであんかけをつくって、このたくあん炒めをプラスすると、奥行きのある一品に。
ピーマンの細切りと大根の皮の細切りをごま油で炒め、味噌で味つけしてこれを加えると、ベジタリアンのためのチンジャオロース風に。
やきそばやチャーハンにも合います。

使い方は、ザーサイと同じような感じで、調味料のひとつみたいにつかうとなかなか。
お試しください。

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February 08, 2010

夫が帰らない日

いつかこういう日がくると私は思っていた。
その日、うちの旦那さまは家に帰ってこなかった。
新宿でホテルに泊まっていたのである。

いつかこういう日がくると思っていた、それを予感させる出来事は一昨年頃から時折あったのだ。

なかなか帰ってこない、帰ると電話してきたのにいつまでも着かない。
電話はつながらないか電源が切れている。

それが何を意味するか皆さんおわかりだろう。

そういう日がとうとうきた。
私はつながらない電話を握りしめて多少途方にくれた。
いろいろな感情が胸の中に飛来しては去っていった。
こどもたちのことを思うと気分が重くなった。


ようやく電話がきたのが日付変更線近辺。
「いやまいったよ、俺が悪いわけじゃないんだ」
そうだろうとも。誰だって自分が悪くて後ろめたいときはそう言うのだ。
「いつも通りだったんだけどなにかがおかしくてさ」
きっとあなたの感覚がおかしかったのだ。
「また元の場所についちゃったんだよね」
……やっぱり。
「帰れないんだよ、乗り継ぎ調べたら電車がもうない」
……ああ。こんな日がいつか来るとは思ってました。それでも東京の西側にいった日にそんなになるまで飲むなんて。
「いや、俺はいつもの通り電車に乗ったんだよ」
いつもの通りに乗った電車が今日に限って逆方向に進行するはずあるまい。
「朝まで漫画喫茶ででも時間つぶすかな」
それはやめなさい。

そこから必死に、なんとか出られるという新宿界隈で「本日泊まれる宿」を検索、予約ページをメールする。
再び電話がきた。
「これ、場所は見れたけど、予約できないんだよね、なんかおかしいんだよね」
…酔っ払いに予約手続きさせようとした私がばかでした。改めてID取得からはじめて、予約完了、地図ページをメール。
そのままタクシーに乗り地図を見せて連れていってもらうよう伝え、安堵したのが一時過ぎ。
「無事ホテルの部屋に入ったよ」
ああ、良かった。
オヤジ狩りも凍死もめのくらむようなタクシー請求も免れた。
これで子どもを背負って路頭に迷うこともない。
非常に晴れ晴れした気分。
もちろんやたらめったらに怒り散らしたせいもあるが、よくよく考えたら常識の違う人間にこちらの常識を押しつけるのも無理という話。
うちの旦那様には国分町仕込みの「飲み会では交通機関があるうちに帰っては相手に失礼だ」という妙なポリシーがある。
それでも関東の水を飲むようになってからはだいぶ頑張って交通機関に乗っているのだが、ギリギリまで飲んでいるため、酔っ払って乗り換えを間違えたりするとタイムアウトになることがあるのだ。
その上酔っているので、自分でもよく頭がまわらず、うちに「ここはどこですか」と連絡がくる。
GPS契約しなきゃいけないかと、ときどき本気で思う。
神奈川にいるならまだタクシーという手があるが、横浜からでも二万ほどかかるそうなので東京からはとても無理。

翌朝早々、モロゾフのプリンを5つ持って帰ってきた。
「いやまいったよ、俺はほんとにいつも通り電車に乗ったんだ」
まだ言っている。
私がぷりぷり言ってる間に子どもたちが2個ずつ食べていて、残り1個は冷蔵庫に確保しておいたのをさあやに発見され略奪された。

これを教訓に、しばらく飲み会後は注意をはらって帰ってくるそう。
…頼みますよ。

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February 07, 2010

神さまがボールを投げました。

神さまがボールを投げました。
あなたが受け取りました。
さあ、なにをしますか?

昨日、オープニングを迎えた美術館のレセプションにお邪魔してきた。
予想もしていなかったすごいことが起こり、今まだ脳みそがしびれている。

吉原治郎らと具体美術協会で活躍していた松谷武判氏の個展、関西などでは個展開催を行うことはあっても、関東の美術館での個展はこれがはじめてという。
アーティストパフォーマンスでは、四畳半くらいの大きな紙の真ん中に作家がいて、石で墨をすっていた。
その真上につるした袋から1滴1滴したたる水が、墨の黒を白い紙の上に流れさせていく。作品がうつろい、うまれていく。

レセプション後。
こどもを美術館につれてくる活動をしていて、このたびこちらの個展にお邪魔します、とごあいさつさせていただいたのだ。
そこで、神さまが私たちにボールを投げてよこした。
大きくて貴重ですばらしいボール。
あまりの出来事に、脳みその奥で花火がちらちらし続けている。

さあ、私たちにいったい何ができるか?
最良の方法を見出せるよう、ちょっと忙しくなりそうだ。

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February 06, 2010

金春屋ゴメス 異人村阿片奇譚 <12>

近未来の日本、そこには江戸がある。
鎖国して自治を保ち、昔ながらの生活を営む江戸。
一見時代小説なんだけど現代人の感覚で体験する、まるで江戸の読み解き書みたいな『金春屋ゴメス』、日本ファンタジー大賞を受賞したこの作品、なかなか面白いと思っていた。
その続編が本作。

極悪非道、冷血無比、荒唐無稽、厚顔無恥、そう賛美(?)される長崎奉行ゴメスの配下になった日本育ちの若者を主人公に、物語が展開する。
ゴメスの配下が敵の脅しに対して、「うちの親分以外に怖いもんはねえ」と言って逆に凄みを出す(笑)。
この怪物みたいなゴメスという強烈なキャラクター、なかなかはまります。

この作家さんはほかに、ちゃんと過去の江戸を舞台にした作品『烏金』というのも書いています。
人に恨まれたり嫌われたりする人を描くのが上手に思います。
嫌われ者のゴメス、私はぞくぞくするくらい好きです。

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February 05, 2010

セロリの葉

セロリの葉、ってみなさんどうされてます?

私、いままでじょうずに使えなかったもののひとつなのですが、最近、ふと思いついて作ってみたらちょっとした酒の肴になりました。もちろんごはんなど主食にも合います。
二品つくってみました。

ひとつは、中華風。
ごま油で、細切りにしたザーサイと一緒に炒めてみるとなかなかおいしい!
塩味はザーサイからうつるので、香りづけにしょうゆをひとたらしするだけ。
お好みでほんのちょっとお酢をたらしても、おいしいです。
七味をふってもオツ。
分量、私流ですが、セロリ1本分の葉に対して、瓶詰のザーサイの大きめのを2~3枚くらいでやっています。

ふたつめは、洋風。
オリーヴオイルで(おこのみでにんにくのスライスを一緒に)、
アンチョビとキャベツと一緒に炒めます。
アンチョビの浸っているオイルで炒めても、オイルに香りがついているので、いい感じに仕上がります。
こちらもアンチョビから塩味がでるので、私はなにも足しません。
味見して、足らないようだったら、少しお塩を足します。
キャベツのシャキシャキ感がまだちょっとのこっている「ややしんなり」状態で火を止めます。
しあげに、たっぷり黒コショウをひくのがおすすめです。
(うちではこどもも食べるので、お皿に取り分けてからがっつり胡椒をひきます)
ワインのおともにも活躍しそうです。
セロリ1本分の葉に対して、ちいさいキャベツ1/4くらいの分量をお好みで。アンチョビは一番お安い、管入りのフィレのもので3~4枚程度。
ちなみに、カマンベールチーズと一緒にブルスケッタにのせると、やめられないとまらない。
また、ゆでたてのパスタをここに投入しても、おいしそうです。

どうぞ、めしあがれ。

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February 04, 2010

はるですね

立春です。
はる、です。
今日公開予定、文化放送のコンテンツ「プラスF」というのに、載せていただきました。
よかったらみてやってくださいね。
産後肥りまだまーだ解消せず、お正月のお餅の影響もありまして、ぷっくぷく状態ですが、写真つきで載っています。

コンテンツの趣旨は「輝いている女性の応援・紹介」ということで、マイブームとかファッションとか恋愛とか華々しい質問が並んでおり、およそ私の今の暮らしと違う世界のようなのですが…(笑)
ひとり、いぶし銀な感じで、たっぷり違和感を放ってまいろうと思います。

文化放送 プラスF
http://www.joqr.co.jp/plus-f/female/index.html

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February 03, 2010

いま、きになるもの

ときどきすること。
時間があって、PCを開いていて、でもまだ「やるべきこと」にとりかかるにはエンジンがかかっていない状態。
そういうときに、ネットを回遊してみます。
お友達のブログ、ネット通販のお店、オークションに狙っている出物がないか、あとはほぼ日とか。
先日はほぼ日で
 しょっちゅうしょっちゅう、
 「こういうものがあればいいのになぁ」
 と、考えているやつが、いちばんエライです。
 (そういう意味では、おれもエライです)
     /ほぼ日刊イトイ新聞 今日のダーリンより抜粋
というのが目に飛び込んできて、うんうんそうだそうだと大きくうなづいてみたりしました。
しょっちゅうしょっちゅう考えているわけじゃないけど、そういう意味ではわたしもエライぞ、と思ったり。
たぶんみなさんも「わたしもエライぞ」と思ったりすると思います。
ありませんか?
汚れたら自分で自分を洗う自立したお風呂とか、自分で自分の皺を伸ばすワイシャツとか、自分で食材を満たしてくれる冷蔵庫とか、あったらいいなって思うこと…(笑)。
この理論でいくと、ドラえもんなんてすごいですね、いや、ドラえもんをつくった藤子不二雄がすごいのか。

そんなふうに遊んでいたら、ばったりほぼ日に素敵なコンテンツがあるのを発見してしまいました!
なんと、大向こうさんです。
このところ、ずっときになっていた方々なのです。
先日、愛読している着物雑誌「七緒」の書評欄を見ていたら、山川静夫さんの『大向こうの人々』が出ていて、おおっと思っていた矢先。(ちなみにこれは近々読みたい本、たぶん本屋さんで出会ったら…)

大向こうさんというのは、歌舞伎を見ていると、キメの場面とかで「なかむらや!」とか「おとわや!」とか声がかかりますが、あの声をかけていらっしゃる方々です。
「大向こうさんってどんな人たちなんだろう?」と常々思っていたので、もう興味津津で見ちゃいました。

ほぼ日 大向こうの堀越さん
http://www.1101.com/oomukou/index.html

うーんさすが私とはレベルの違う「こういうものがあればいいのになぁ」を実現しているなぁと(あたりまえだけど・笑)、改めて思いました。
ほぼ日のコンテンツでは、実際の大向こうさんの掛け声も聞けるので、ぜひ!

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February 02, 2010

こぶししゃぶり

こぶししゃぶり
乳児湿疹がひどくて皮膚科にかかりだしたたつ。
経過観察中だけれど、処方薬でいったん良くなったものの、ジュクジュクしだして、どうも単なる乳児湿疹ではなさそう。
かきむしっている様子から、この子もアトピーかもしれない。
ほんと、皮膚のトラブルが多い子だ。

顔中ぶつぶつがさがさなのだけど、声に反応してにっこり笑うようになった最近は、かわいい。
きゃーっ!と悲鳴みたいな笑い声を突然あげて喜ぶときもあって、寝言でこれをやられ跳ね起きてしまうこともたびたび。
夜中の授乳が平均二回ほどになり、三時間程度はまとまって眠れるようになったので、私もだいぶ楽になった。

それ以上に、たつが必殺技「こぶししゃぶり」を覚えてくれたようで、泣き声で起こされる回数も少し減った。
かわりにジュバジュバいう音で目をさます。

たつははるが大好きで、はるが近くに来ると目で追ってにっこり笑いかける。
はるはたつに絵本を読んであげたりする。
さあやはたつを抱っこしたがり、抱かれるとたつは声をたてて喜ぶ。

仲良きことは美しきかな。
…まあ、玩具の奪い合いまでの短い間でしょうけど(笑)

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February 01, 2010

夜、つぼの中。

昔話やドラマの中で、ごうつくばばあが(ごうつくじじいのこともあるが)つぼの中を見て、ほくそえんでいるシーンがある。
あれと同じようなことを、ときどきやる。

昔話やドラマの中では、つぼの中身は小判と相場が決まっている。
一休さんとこの和尚は例外、あれは水あめだった。
おそらく小判だと事実に近すぎてシャレにならなかったのだろう。

話をもどすが、私の場合は小判なんて代物ではない。
もっとすごい。
新潮文庫のカバーから切り取った三角形だ。
これを、ひい、ふう、みいと数えてほくそえむ。
貯まるということは、すなわちそれだけ文庫を買って読んだということ。
つまり知識なり印象なりとにかく三角形ひとつにつき文庫一冊分の素晴らしいものが私の骨肉になったということ。
一定量貯まると100%orangeがデザインしてるグッズももらえるし。
なんだかとても、ほほがゆるまずにいられない。

けれど小判と違って、骨肉になったはずの知識なり印象なりとにかく三角形ひとつにつき文庫一冊分の素晴らしいものが風化して元のなにもなしの状態になっていることも多い。
そんなとき、新潮文庫のカバーから切り取った三角形は、ただの三角形である。

つぼの中、結構な数の三角形がある。
数えるたびに、自分はとっても頭が良くなったかのように錯覚する。
わりとすぐに、このほとんどがただの三角形であると気づく。
もっと勉強しなくっちゃ、と思う。
そうしてまた、三角形が増えていく。
グッズになるから、よしとするか…?

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