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January 2010

January 31, 2010

さんにんのり

さんにんのり
パパの背中に三人乗りです。
まだ遊びになっていますが、少し成長するとたぶん苦行になって、そこから先は嫌がらせになりそうです。

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January 30, 2010

NPO関連の本 <10>

NPO関連の本を読みました。
おもに資金面についての本です。

市民活動団体の資金力を高めるには/川北秀人先生講義録
報酬を支払えるNPOになるために/非営利ペイドワーク創出研究会
市民活動団体 助成金取得ガイド


先日、お仕事はじめで、 NPOのスタッフ会議をしました。
ワークショップの話と運営と、その他もろもろ。
この間、スタッフのみなさんがすごくがんばってくださっていて、私が予想もしないような素敵なことがたくさん起きていました。
そしてまた不思議なことに共通点がいくつもみつかって(笑)、怖いよね~と話題になりました。
この方たちは私のおねえさんに違いない、と思っています。

NPOの方で、うらかた日記のブログをはじめました。
ふだんの活動を掲載していきます。
そのうちリンクしますので、みにきてくださいね。

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January 29, 2010

食堂かたつむり <7>

このひとの本を、ずっと読みたいと思っていた。
たぶん、単行本として書店に並びはじめたときから、とても気になっていた本だった。
図書館では何十人も予約待ちで、いまだに数十人が待っている状態。
とても借りては読めないなと思った。
読みたい気持ちがしぼんでしまってから手にとっても、きっと読むことができないから。
食べたい時に食べたい物を食べるのと同様、本もきっと、読みたい時に読むのが一番じっくり味わえる。

今年に入ってから何度か小川糸のインタビューなどを見かける機会があって、もうどうしても読みたくてたまらない、という状態になった。
本屋に足を運ぶたび、単行本を手にとっては戻し、戻しては手にとっていた。
(気になるけど読んだことのない作家の単行本を買うときって、すごく迷いませんか?)
もうあとどのくらい待てば文庫になるだろうか、そう思った日のことだった。
文庫のコーナーの一角に山積みされたばかりの、この本があった。
単行本をそのままちいさくしたような装丁。
すぐさまレジに向かった。

家に帰るのが待ちきれなくて、本屋の外のベンチに腰かけて、自動販売機であたたかいお茶を買って、最初のページをめくった。
読みたいと思っていた本を手に入れて最初のページをめくるときの気持ちは、なんともいえず幸せと期待に満ちているものだ。
少し読んで、やっぱりじっくり読みたくて、足早に家に帰った。
読み進めていくと、最初の方で、既視感を感じた。
恋人に家財一式持ち逃げされて、帰った先の故郷に、「みおぼえ」がある。
地味だけど素直に育てられた野菜、自然に囲まれたゆたかな山の幸、山の急こう配に植えられたブドウで作るワイン――私の知っている、あの場所のことじゃないか――そう、学生時代を過ごした、山形。
山形だとは書かれていないけれど、この豊かさはまぎれもない山形。
それ以外に考えられなかった。
もちろん物語には、地名は出てこないし、北の方であることはほのめかされるけれど、どこだとも書かれない。
けれど私は、どうしてもこれは山形だとしか思えなくて、ネットで検索してみるとやはり作者・小川糸は山形県山形市の出身だった。
なんだかとてもうれしかった。
私の好きな山形が書いてあった。
その好きなままに書かれていた。

ザクロカレーだとかジュテームスープだとか、その料理の目新しさに目をひかれがちだけど、この人の妙味は万物を食べ物で比喩するその感性だと私は思う。
地球をまるごと大きなはちみつの瓶に沈めたみたいな夕焼け。
なまこのようにぬるっとからみついてくる夜の闇。

好きな作家がひとり増えた。


食堂かたつむり
小川糸
ポプラ文庫

※余談ですが、食堂かたつむりのレシピ本が出版されるそうです。映画化のおまけみたい。

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January 28, 2010

東京バンドワゴン <6>

※意図的に1冊分、カウントが飛んでいます。読んだけどアップするには恥ずかしい本だったので。

お茶の間を扱った物語が私は結構好きらしい。
ご存じの方も多いと思うが、60~70年代のホームドラマ「奥さまは魔女」のフリークだし、小林聡美室井滋もたいまさこの「やっぱり猫が好き」、だいぶ古いけど向田邦子の「寺内貫太郎一家」も好きだ。もっとも、寺内貫太郎一家は、残念ながらドラマは見ていない。小林亜星がいがぐり頭になったのは、このドラマがきっかけだというが、そのときまだ生まれていなかったから、想像しながら小説のページをめくった。

なつかしい感じ、ほっとする感じ、ほろりとする感じ。
お茶の間ドラマは、ささいな事件が面白おかしく展開し、ときにほろりとさせる人情話をはさんで、しみじみ終わる。
そこには家族の絆という安心感がいつもある。

そんな物語に出会った。
古本屋&カフェ、東京バンドワゴン。
典型的な頑固爺、その息子の60を過ぎた伝説のロッカー、そのさらに息子娘と愛人の子、息子娘の子どもたちと四世代が暮らす東京下町の物語。
一癖も二癖もある彼らの毎日を語るのは、雲の上からこの家族を見守っている、頑固爺の亡くなった妻、つまり幽霊のおばあちゃん。
幽霊の視点で語られる物語はすこし切なくてあたたかくて、お茶の間ドラマは展開する。
朝現れ、夕方に消える百科事典はじめ、プチ謎解きもいろいろ。
こういうお話を「日常ミステリー」と呼ぶのだそうだ、私はそういうジャンルがあるのをはじめて知った。
ミステリーというと、必ず殺人があるものだとばかり(笑)。
シリーズで何作か出ている模様。
早速手にとってみようと思う。

東京バンドワゴン
小路幸也
集英社文庫

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January 27, 2010

おみくじ

おみくじ
内藤展、ふたたび見に出かけたので、八幡宮にもお詣りできた。
鎮守の森の梢から見上げる空は、心地よく澄んでいる。

おみくじをひいた。
鳩みくじ、というのができていた。
鳩の根付が入ったおみくじだ。
ひいてみたら、親指の爪ほどの白い鳩が出てきた。
おみくじは凶だった。

私は吉凶あまり気にする方ではない。
むしろそのときに神から送られる必要なメッセージだと思うから、注意しなくちゃなと思う。
おみくじを結んでから、ふといたずら心(?)がおこり、ふつうのおみくじをひいた。
どきりとした。
同じ番号が出たのだ。
いまのお前に伝えることはこれなのだ、と宣言された気がした。

おみくじは、やっぱり人智を越えたところから届けられるメッセージなのだなあと、しみじみ思った。
気になったことばを手帳にかきとめた。
今年も折にふれこのメッセージに助けていただこう。

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January 26, 2010

紅茶屋さんの福袋


近頃気に入っている紅茶屋さんの福袋があると年末のDMで知った私は、とっても楽しみにこれを待っていた。
WEBでの販売は、開始からぜんぜん接続できずに、ようやくつながったと思ったらもう売り切れていた。
3分の出来事である。
悲鳴を上げる前に、別ルートを当たってみると、こちらも接続がなかなかできなかったが、しばらくねばってブラウザのリフレッシュを繰り返し なんとか購入ができた。

十日後から順次発送で、ようやく届いたパッケージをあけて、嬉しくなってしまった。
紅茶4缶にポット用ティーバッグが1袋、トートバッグ、カップ&ソーサー、ペーパーナフキン、バスタオル。
絵本作家でもあるオーナーのかわいいイラスト満載の、素敵なお品ばかり。
さあやも「まま、かい!ね~」(まま、かわいいねえ)と寄ってくる。
はるは「これはぼくの」などと勝手に分配をはじめて(笑)、飲むのを楽しみにしている。
さあやはかわいらしさに惹かれて、自分のままごとセットを持ってきておままごとが始まる。
(余談だが、愛用していたままごとキッチンは天板が割れてしまい、だいぶ尖っているので、このまま廃棄になることに。かわりのキッチンをパパが買ってくれるというので、せっかくなら木のがいい!と私がごねて、現在探索中)

まずはうさぎのイラストのハーブティを飲む、とはるが言うので、いれてみた。
フルーツや木の実が入ったこのハーブティ、なんと飲み終えた後は砂糖と100%ジュースを加えて煮詰めると、ジャムになるそう!
他にも定番の紅茶に、パンケーキ味の(!)フレバリーティ、冬用ミルクティ、アイスで楽しむお茶など。 
コーヒーとお茶は必需品の我が家。
子どもたちも紅茶が大好き(ミルクとお砂糖をたっぷりいれるせい?)なので、しばらくこのお茶で楽しめそう。

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January 25, 2010

ふたりでお買い物に

ふたりでお買い物に
夕方、さあやとふたりで買い物に出かけた。
正確には一人で出かけようとしたら大泣きしてコートを引きずってきたさあやに掴まって一緒に連れていく羽目になった。

いつもはベビーカーなのだけど、歩きたいらしい、乗車拒否された。
手を繋いでゆっくり、四川先生の風邪薬と私の湿布目当てに、薬局に向かう。

大人の徒歩10分は、歩き始めた子どもには相当な距離に違いない。
それでもさあやは、「かち!ね〜」(たのしいねえ)「まま、かみ!ね〜」(まま、さむいねえ)と言いながら歩く。
途中、トトロの歌を一緒に歌いながら歩いて、30分ほどかけて薬局についた。
この薬局、買い物カートの下部が車の乗用玩具になっているのがあり、そこで少し遊び気分を味わったよう。
欲しいものがあるとカートの下の方から「こち!かな?こち!かな?」(こっちがほしい、の連呼)の嵐と小さな手がにゅっと伸びてくる。

さあやのこの日のおねだりは、お箸。
ミニーマウスのついたピンク色の練習用箸で、最近箸をやたらと持ちたがるので、ちょうど良いから買うことにした。
が、ミニーだけというわけにはいかない。
はるにはキャラクターのついていないシンプルな練習用箸があるのだけど、きっとさあやのを見たら欲しがるだろう。
さあやもそこのところは心得ているのか、右手にミニーを持つと左手を出して「にいに!にいに!」(おにいちゃんのも)と叫びだす。
はるには水色のミッキーマウスの箸を買う羽目になった。
これ高いんですよ結構…(ひとつあたり板チョコ定価で13枚ほど)

ひととおり買い物が済んだら、外はもう真っ暗になっていた。
気温もだいぶ下がっている。
体を暖めて、帰り道をがんばるための元気をつけようと、自販機でキャラメル味のミルクセーキを買って分けっこした。
ちいちゃな手は少し赤くなっている。
「まま、こち!ね〜」(まま、おいしいねえ)とニコニコしながら飲み干し、帰り道もちゃんと歩いて帰った。
途中で一回抱っこをせがまれたのだけど「あと少しでおうちだよ」と励ますと、唇をきゅっと結んで黙々と歩いた。
根性あるなあ。

はるがこのくらいのときは、あまり歩かなかった気がする。
下の子ってすごいなあ。

得意気に「にいに!かり〜」(おにいちゃん、おかえり…ほんとはただいまなんですがね)と玄関で叫び、迎えてくれたはるに「あい、どーじょ」(はい、どうぞ)とミッキーのお箸を渡すさあや。
顔も手も真っ赤で、鼻水が出ていたけれど、誇らしげな顔に少し「おねえさんらしさ」を感じた。

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January 24, 2010

音楽三昧。


WSDのSNSを久しぶりに見てみたら、まりりんの日記でこんなステキなものが紹介されていたので、早速買ってみてしまった。
オタマトーンと言います。

言っておきますが、これは現代アートのひとつです(たぶん)。
明和電機の作品なのですから。

明和電機をお笑い芸人と誤解している方がいらしたら、即刻認識を改めていただきたい。
あれは(一応)立派なアートなのです。
「ナンセンス」を武器に彼らがデビューした時からただならぬ力を感じていましたが、こうやって玩具の世界にまで切り込んできたのです。
よしもと興業所属ですが、でも、アーティストです(おそらく)。

「明和電機だから」と買うのではなくて、買ったらたまたま「明和電機だった」というのは、なんだかすごいことに思えました。
そこまで社会に明和電機が浸透してきているということなのです。
彼らが登場した当初、デビューCDを買ったりファンクラブに入ったり、ささやかな支援を続けた私としては非常に嬉しい(?)驚きでした。

話を戻します、オタマトーンとは電子楽器です。
黒ボディと白ボディがあって、黒の方を見るとわかりやすいのだけど、つまり音符を模した電子楽器です。
胴体についている黒い部分が電子スイッチになっていて、ここを押したりスライドしたりしながら音を奏で、なおかつ下の顔の部分、これがシリコンでできているのですが、左右をぎゅっと抑えると口をぱかっと開ける。
それでヴィブラートもかけられるというすごいものなのです。
問題は、ヴァイオリンもそうですが、どこがどの音がでる部分かはっきりわかりません。
そこがこの楽器のキモであり、やたらと調子っぱずれになるのもまた面白いという、この楽器ならではの醍醐味です。

昼下がり、手持無沙汰な時に、大活躍します。
これで演奏して面白い曲はなにかなーと考えながら弾いています。
弾きながら、明和電機がデビュー当時にやっていた、工具みたいなえらいへんてこな楽器を使った「未来世紀ブラジル」のテーマ曲の演奏、あれは名演だったなと思いをはせるのでした。

余談:経理のヲノさんとして明和電機のライヴに登場していたヲノサトルさんの作曲本『甘い作曲講座』もなかなかに面白かったです。ああ、ああいうもの浸りの生活からもやっぱり十年が経っていた。

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January 23, 2010

とら


幼稚園の窓に、絵が貼られていた。
みんなで、とらの絵を描いたのだという。
黄色に黒や茶色の縞を描いている子は全体の半分くらい。
あとは、自分の好きな色の縞になっていたり、戦隊ものみたいにカラフルな色の三角形が頭に描かれていたりする。

そういう中で、はるのは独特。
先生が教えてくださったのだけど、これは恐竜とか動物、海の生き物などいろいろな動物のパーツを組み合わせているのだと説明していたとか。

水色と黄緑。
私の好きな色がベースになって使われている中、ど真ん中が黒。
その周りを紫が覆っている。
耳はオレンジと黄色に塗り分けられている。

どの色がどの生き物のパーツなのかな?と想像しながら見るのも楽しい。
独特な子だと常々思っていたけれど、絵ひとつとっても、そうみたい。
はるは本当に面白い。
この「自分の視線」、この先の学校教育で変にひしゃげられないとよいのだけど、とさきざきの心配をしてしまう。
りんごは赤いのものだと強制的に教え込む先生だけは、避けたいな。
はるの「のびのび」を汲んでくださる先生がいいな。

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January 22, 2010


ロールケーキが食べたい。
とはっきりは言わないのだが、どうも四川先生はロールケーキが好きらしい。

半年くらい前まではパウンドケーキで、その前はマドレーヌで、そのさらに前はドーナツだった。
ドーナツはさすがに無理だったけれど、マドレーヌ、パウンドケーキと、私が作り方を覚えてきたのはひとえにこの、先生の好みによるものなのである。
頭を使うのに糖分は不可欠の栄養分。
こどものおやつにもちょうどよいから、時々私が手作りをする。

その延長線上、クリスマス前から続いている「ロールケーキへの挑戦」が、ようやく一段落しつつある。
つまり、理想的なレシピが見つかり、作り方のコツもようやく掴めて、いつ作っても大きな失敗がないくらいにはなった。
もちろん買ったロールケーキのほうが何倍もおいしいかもしれないけど、食べたい時にわざわざ出かけなくても食べられるというのは便利である。
材料も、生クリームさえ買っておけば、卵とお砂糖、薄力粉だけと家に常にあるものばかりでできているのだから、なんともシンプルで良い。

愛用しているのは、津田陽子さんのレシピ。
生地がスフレ生地なのだそうで、ふんわりしっとり。
この生地でつくるようになってから、ひび割れせずに上手に巻けるようになった。
生クリームはコクが出るようホワイトチョコレートを合わせて前日から仕込みをするのだけど、うちではそこはできるときだけということにして、やれる範囲でやっている。
なにせ、四川先生が「なにかふわっとした甘いもの食べたいね」と言ったときに、即座に作り出すものだから。
前日から仕込み、なんて、お客様でもない限りはやらない。
今年最初のお客様、I嬢がみえたときには、ちゃんと前日から仕込んだクリームで、中にカットしたいちごを合わせてロールしたのだけど、I嬢のお口にあったようで嬉しかった。
たぶんあの時、ロールケーキに失敗ばかりしている話をブログにアップしていたから、I嬢は相当なる勇気をもって食したに違いない。
おいしいじゃん、と言う彼女の顔に安堵の色が浮かんでいたのを私は見逃さなかった。
そう、ちゃんと完成形のものでお出ししたのですよー。

作ってあるよーと声をかけておくと、先生は自分の好きな時にロールケーキを切って食べている。
痕跡は再び冷蔵庫に戻されたケーキでわかるのだけど、たいていはきれいに二分割してあるのだ。
つまり、端からじゃなくて、ど真ん中を切り取って食べているというわけ。
(なんか贅沢な気がするのは私だけ?)
作りたての場合はまだ形が崩れやすいので、再びきつめに巻いて形を整えておくのだけれど、当然男のひとがそんなことはしないので、形が潰れて楕円形になっていることもしばしば。
そういう場合、我が家では「ロールケーキをもにゃっとした罪」になる。
罰則はないのだけど、みんなにぶうぶう言われるのが、罰といえば罰か。
ちなみに写真は、もにゃっとされて、再び再形成されたケーキ。
少しいびつです。
クリームには刻んだホワイトチョコと、トリュフチョコレートが合わせてあります。

そういえば、ロールケーキのこんなゲームを見つけたので、たまにやっています。
RPG(ロールケーキプレイングゲーム)

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January 21, 2010

神奈川県立近代美術館 鎌倉で開催されている、内藤礼の展覧会
「すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」

先週取材の折に一度観たのだけれど、なんとしてももう一度観たくて、また再び足を運ぶ予定にしている。
今週24日までとあとわずかなのだけど、ゆっくり作品と話してみたい思いが募る。

展示室の扉を開けて驚いたのはその暗さ。
外の光になれた目は、暗さとともに、ぽつぽつとともる小さな灯りをとらえる。
一緒に訪れたカメラマンさんは女性でやはり三人のママさん、それからはるも一緒で、やわらかな暗さに包み込まれながら見て歩いた。
目が慣れてきた頃、はるが「風船」と言った。
天井から透明な風船がつり下がっていた。
監視員さんが話しかけてきた、展示ガラスケースの中に入れるという。
ガラス一枚を隔てた内側の世界と外側の世界。
内藤礼はこのガラスを「膜」に見立て、ケースの中を生の営まれる地上、ケースの外を生の外側として、内と外の関係を表したのだと、ART NAVIの記事で読んだ。
地上で生きるわたしたちが外側にでて「生」の光景を眺めるのだ、と内藤礼は語っていた。
それがとても印象に残っていた。

はると一緒にケースの中に入る。
普段は入る機会もないから緊張する。
中に入って、作品をじっと見て、戻ってくる。
ほんのわずかな間なのだけど、とくべつな心の動きがあった。
「人が中に入ったガラスケースと、入っていないケースでは、見え方が違うの。
この作品は人が入ることによって成立するんだと思う」とカメラマンさんが言った。

ぽつぽつと向こうまで続いていく小さな灯り。

展示室を出ると、中庭にはリボンが宙を泳いでいる。
精霊と名付けられた作品。

第二展示室では布が広がり、その一か所に参加者が一枚ずつ持ち帰る紙が置いてある。
丸い紙。
こころが動く。
赤いなにかとても小さなものが印刷してある。
私がそう言い、三人でいっせいに目を凝らした。
「おいで」とカメラマンさんが言った。
鏡文字で書いてある。

おいで。

そのせいだけでもないのだけれど、また再び、あの気持ちを抱えてみたい。
週末の予定がまだのひとはぜひ、鎌倉の美術館へ。


内藤礼 すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している
神奈川県立近代美術館 鎌倉

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January 20, 2010

昨日重大な発表があった

昨日、とても重大な発表があった。
誰にとっても重大というわけではないし、私に直接かかわることでもないのだけれど。
それでも重大。
小沢健二が13年の沈黙を破って、今年ツアーをやるという。

フリッパーズ・ギター時代が好きな私としては、小沢健二とコーネリアス(小山田圭吾)がそれぞれ別活動をしてからはあまり追っていないのだけど、それでも、フリッパーズ・ギターを知っているひとにあうと、異国で幼馴染にばったり遭遇したように嬉しい。

ツアーサイト「ひふみよ」で語られたところによれば、13年という月日に対して「ああ、そのくらいになりますね」という非常にあっさりしたコメント。
うさぎという15歳の少年がインタビュアーなのだけど、その間、南アフリカやボリビアなど世界のあちこちに長期滞在をし今はアメリカに住んでいるようだ。
時折、小沢健二の語ることが懐かしい歌詞に変えられて「ああ、あれだ、♪~」と相槌を入れるのがうさぎの役割のよう。
NYの新聞(フリーペーパー?)では、9・11事件のときに表紙が19日間連続でそのことを報じていたのに対し、昨年のタイガー・ウッズの愛人発覚うんぬんでは20日間だった、とか、そういったことのほか、社会的なことをすごく考えてきた時間だったことがうかがいしれる。
でも今回のツアーの音楽は、ふっつりと音沙汰がなくなった前の、アルバム『ライフ』とそのツアー界隈のメンバーを再結集してあのアナログな太い音の感じに、再び出会えるらしい。
もちろん「ラブリー」はじめ、あの頃の曲もたくさん演奏されるという。
空白の時間を埋めるのか、あるいはその空白が同じ音でも別の響きを伝えてくれるのか。

…といっても、たぶん私はそのコンサートに行かないだろう。
13年は、小沢健二だけでなく、私にも訪れた。
皮切りが神奈川県民ホールであるにも関わらず、その日私はひっそりと家のドアを閉めているだろう。
そして思いを馳せるのだ。
13年の月日が含まれた、あの懐かしい歌に。

小沢健二「ひふみよ

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January 19, 2010

かえりみち


幼稚園の帰り道。
さあやとはるが手を繋いで仲良く歩いていくのを、たつを抱っこして追いかける。
さあやはなんでもお兄ちゃんの真似がしたくて、お弁当を作ってほしいとせがみ、朝にはそのお弁当をリュックにいれて背負っていく。
お迎えにも、リュックに絵本と玩具を入れて背負っていく。
帽子もわざわざお兄ちゃんのベレー帽にならったものか、ハンチングを出してきてかぶる。
どうにも、お兄ちゃんが大好きなのだ。

はるははるで、さあやが園庭のすべり台で遊びたがると後ろから階段に登り、恐る恐る昇るさあやを励ましたり、道を歩きながら「あれはいぬっていういきものなんだよ」なんて教えていたり、他の組の先生や他の子のお母さんにさあやを紹介していたりする。
クラスでは、クラスメイトの子がお当番で挨拶をしたときに「○○ちゃんごあいさつとってもじょうずだったね、かっこよかったよ」なんて声をかけて、その子が嬉しそうにしていたと先生から伺った。近頃男の子たちは恥ずかしがってそういうことをあまり言わないのだとか。
はるくんの素敵なところが伸びてきましたね、と言われ私もとても嬉しかった。

家では泣かし合いも多いのだけど、概ね仲良い兄妹のよう。
たつが少し大きくなったら、どんな風に関わるのだろうか?

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January 18, 2010

陽気なギャングが地球を回す <4>

伊坂幸太郎の作品を読むのは2度目。
書く作品がことごとくヒットを飛ばし映画にテレビにと非常に成功している作家というイメージがあり、天邪鬼な私好みではなくあまり手を伸ばしていない。
さらに決定的な理由はこの人が仙台にいることで、物語の舞台が仙台であることが多いから。
どうも私はあの街のこととなると、喉の奥に魚の骨が刺さったような感じをぬぐい去れない。

この本を手にとったきっかけは、書店のポップだった。
「とにかく会話がいい!テンポがいい!」
と書かれていて、ほほう、と気になった。
買ってから、前述した『絵描きの植田さん』を読み始めた。
速度、を考えてみたかった。

最初に読んだ伊坂作品は『死神の精度』。
冨司純子が映画に出演していて、後援会から送られてきたチラシであらすじを見て、ふむふむと気になった。
常に音楽に身を浸している死神なんて、なんともロマンチックだこと、と興味を持ったのだ。
だから、割とその作品の印象が作家の印象になりかけていたので、『陽気なギャングが地球を回す』はいい意味で期待を裏切ってくれた。

主人公は四人組の銀行強盗(しかもそれぞれ特殊能力を持った)という設定もなかなか面白い。
なるほど強盗なんてふつう体験できないからなあ、小説の醍醐味ってやつなのかな、と思いつつ読み進む。
(幸いなことに舞台は横浜だった)
なるほど、会話中心に話が運ばれていくから、確かにテンポがいい。
ゆっくりした強盗なんていない(いたとしたらそれはすでに囚人になっているだろう)、だからこそなおさら、そのスピード感が生きてくる。
中心となる人物の動きで視点が変わっていく感覚も、映画やドラマでカメラが切り替わる感じでスピーディだ。

伊坂氏は作品を徹底的に書き直すのだそうだ。
この作品も、かつての佳作入賞作品を、原型をとどめないくらい徹底的に書き直して誕生したとのこと。
「徹底的に書き直す」、なるほど、勉強になった。
洗練に次ぐ洗練が良い作品を生み出すのだ。
そしてそれは、洗練に次ぐ洗練が生み出した強盗の作法とも重なり、犯罪小説であるはずなのにさわやかな読後感すら与える。
人も殺されるし、犯罪が物語の中心にあるし、暴力も出てくる、要するに私の嫌いなものだらけなのだけど、なんでだかさわやかで嫌な感じがしなかった。エンターテイメントとして見事に作りこまれていて。
続編もあるようなので、今度書店に行ったら購入してこようと思う。


陽気なギャングが地球を回す
伊坂幸太郎
祥伝社文庫

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January 17, 2010

ええ、そりゃもう。

頭が痛い、体が痛い、と言って、目ざましがいくら鳴っても朝起きないひとがいる。
なにを隠そう私である。

幼稚園が8日から始まったので、寝坊しないように朝のアラームは3つ設定している。
ひとつめは余裕をもって起きるとき用(起きてから朝食の準備でも間に合う)。
ふたつめはここらで起きないといい加減まずいぞの警告用(レンジでチンすればよいだけに朝食の準備が整っている時に)。
みっつめは跳ね起きて速攻玄関に行くべき時用(とにかく遅刻せず行くために)。
無意識にもこれらの認識ができるように(?)最初は「奥さまは魔女」のテーマ、二つ目は「白波五人男」のテンポの良い部分、三つ目の最終通告は「京鹿子娘道成寺」の三味線が掻きならされているもの、と使い分けている。

けれど、自分ひとりならまだしも、小さな子どもを起こして食事させて連れ出して、というのはなかなか大変。
最近は四川先生が朝送って行ってくれることも多いのだけれど、朝食はこちらの管轄なので、よほどのことがない限りずっと寝ているというわけにもいかない。

ぐたぐたと布団でアラームを鳴らしていたら、子ども部屋でもぞもぞと物音がする。
はるが起きたのだろう。
ああ、私のアラームで起きたのかなと思う。
ごはんをつくらねば、おきなければ、と思うのだけれど、たとえば夜中に4、5回もたつが泣いた日にはそう考えながらも再びずるずると眠ってしまうこともある。

その日もそうだった。
ハッと気がつくと、とあと3分で道成寺が始まる。
慌てて起き上がって「はる、着替えと朝ごはん!」と叫ぶと、なんとソファには幼稚園の制服の上にすでにコートを着たはるの姿があった。
夢だと思った。
夢じゃなかった。
「あ、おはよう」とはるは言う。
「ごめん、寝坊した、今大急ぎで朝ごはんつくるから!」とキッチンへ行こうとすると、
「もう食べたよ」と答える。
「え?」
「僕ね、自分でごはんよそって、もう食べたの」
見れば、流しにはお茶碗とスプーンがきちんと下げられている。
「はるって、そんなことできるようになったの?!」
「ええ、そりゃもう」
私はまだ夢の続きを見ているのだと半ば確信した。
だが、コーヒーをいれると、湯気はもくもくと白く、香ばしい香りも漂ってくる。
どうも夢じゃないらしい。
飲んでみた。
あつい。
夢じゃない、間違いない。
「はる、すごいねー…」
「ええ、そりゃもう」
得意げなはる。
おおきくなったもんだ…。

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January 16, 2010

とっとり。

とっとり、とっとり。
鳥取?まさか。
さあやが頻繁にそう言うので、なんのことだろう?と首をかしげていた。
鳥取といえば水木しげるロードだけれど、いくらDNAが継承されているとはいえ、1歳児が妖怪に目覚めるのはまだ早い。
抑揚が上下するので、なにか歌らしい、とも思っていた。
あるとき判明。
トトロ、だった。
(これも一種妖怪っぽいですけれどね、たぶん産土神ですよね。祀られているからいいけれど、注連縄切られて暴走したらトトロってこわいだろうなあ)

この子は「い」の段が好きらしく、特に語尾には他の音に比べていきしちに…のいの段ばかりが目立つ。
トトロ、とたたみかけるような音は大人でも発音がたどたどしくなるけれど、子どもにはもっと言いづらいらしくて、途中で弾んでしまうようだ。
とっとり、と。
それで、あのテーマソングを「♪とっとり、とっと~り♪」と楽しげに調子っぱずれにうたっている。

むずかしいさあや語に「こち!」があった。
ときに「こち!」はこっち、で。
ときに「こち!」はおいしい、で。
私はどうも「○○ね」という言い方をよくするらしく、それもよく真似る。
「まま、こち!ね~」(まま、おいしいねえ)と小首を傾げられたりすると、めろめろになってしまう。
「こち!こち!」(おいしいのをもっと、こっちにほしい)など重ねての用法もある。
音が似ている「かち!」は、うれしいだったり、たのしいだったりする。
漫画みたいな歓声を発することもあって
「わーい、わーい、かち!な~」(わーい、わーい、うれしいなあ)と両手をあげて回転していたりする。

ちなみにはるとさあやは今、ジブリに夢中。
トトロとポニョがお気に入りのようで、何度も見たり、歌ったりしている。
ふたりが子供部屋で大声でポニョを歌いながら練り歩いているのは、なかなかほほえましい。
ちなみにさあやはポニョは「こにょ」になる。
用例としては「こにょ!こにょ!かち!な~」(ポニョ、ポニョ、うれしいなあ)など。

それから「かな」というのも使いだした。
「にゅにゅ、かな?」などと使われるのだが、これは「にゅにゅ(=牛乳)」プラス疑問符の「かな?」だと思っていたら、「にゅにゅ、かな?にゅにゅ、かな?」と連発して怒り出してびっくりした。
四川先生いわく、「かな」には英語ならばwantの意味、つまり強い欲求を示すことがあるそうで、上記の場合であれば「牛乳をくれ」と言っていたのである。
もっとも、普通の疑問の語尾としても使用されるので、要注意語である。
短気なさあやは、自分の言うことが相手に伝わらず怒りが頂点に達すると、目の前のものを投げ散らすというよろしくない癖があるので、通じないとわかった場合には、私はすみやかに自分のコーヒーカップや皿などを守る体制に入らなければならない。
最近我が家の食器がさらに減っているのはこうした理由もある。
(はるにもよく割られたものだった)

はるの時も「はる語」おもしろかったけれど、さあやも楽しい頃にさしかかってきたようだ。
さて、ちゃんと話せるようになるまで、どれだけ食器が減るでしょう。

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January 15, 2010

絵描きの植田さん <3>

はじめにお断りしておきますと、タイトルにある<3>というのは、私が自分が読んだ本の冊数をカウントするために勝手にふっているだけで、『絵描きの植田さん』の第3巻というわけではありませんので、あしからず。


いしいしんじの文章が好きだ、と以前書いた
私が好きな作家というのは、非常に限定されているのだけれども、共通点をあげるならばすこしひんやりとした文章を書くひとたちだ。
面白い物語を書くから好き、というのではなくて、文章そのものが好きというのが私の「好きな作家」の定義で、そうすると本当に片手で足りるほどしかいない。
そのうちの一人が、いしいしんじだ。

『絵描きの植田さん』は、一番最初に読んだ、いしいしんじ作品。
今回、『本を読む本』にならえば、「分析的読書」をしようと思って再読した。
どこがどう好きだと感じるのか、はっきりしておきたいとも思った。
いろいろ考えてみると、どこかおとぎの国の住人めいていて、儚い糸のようなものでかろうじて現実に結わえられているような登場人物たちに心惹かれる。
もちろん彼らはちっとも儚いひとではなくて、むしろ強い生命力をもっているけれど、素直さや純粋さがあって、だからこそ不条理なよのなかから離れてひっそりと暮らしているような印象を受ける。
決して走り過ぎていない、地をいっぽいっぽ踏みしめる速度で、彼らの世界を垣間見ることができるのもいい。
(後日アップするけれども、「速度」を意識して、すぐ次には別な本を読んでみたので、その効果はとても高まった)

踏みしめる感覚は、物語内に満ちる雪の気配にも通じる。
自分なりに「どうして好き」を考えるのは楽しい経験だった。
それからやはり、植田真氏の挿絵も、文章に似て冷たくて時間がとてもゆるやかに経過していて、それでいて明るい。
この場合の「明るい」は、なんといったらいいのだろうか、はしゃいでいたり生命力が満ち満ちる感じではなくて、たとえるなら冬の朝のベッドの中で窓の外の雪を思うのに似た感じだ。
いつもより音がなくて、自分がすぐ手元で立てる音以外はどこかに吸い込まれてしまったような感じがして、シーツにおちるカーテン越しの光がいつもよりもいくぶん明るい、あの感じ。
ああ、でもそれはたぶん、この物語に私がそっくりそのままのみこまれているということなのだと思うけれど。

絵描きの植田さん
いしいしんじ
新潮文庫

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January 14, 2010

コミュニケーション力を引き出す

昨夏、とっても貴重な体験をした、ワークショップデザイナー育成プログラム。
この終了記念イベント&シンポジウムが8月22日に東大福武ホールで行われたのだけど、そのときに紹介(というか営業?笑)された本。
青山学院大学と大阪大学で開催されているワークショップデザイナー(以下WSDと省略、長いからね)育成プログラム、とくに大阪大学で講師をなさっている平田オリザ氏と連行氏の共著。
ふと思い出して、Amazonで注文してみた。

タイトルは『コミュニケーション力を引き出す』、中身は副題に書いてあるように「演劇ワークショップのすすめ」。
WSD育成プログラムでも演劇の手法が使われていたし、演劇畑の参加者のハイ・パフォーマーぶりは誰もが認めていた。
その秘密がこの本で、ちょっと明らかになったような気がする。

私は演劇WSをする立場ではないし、体験したこともほんのわずかだけれど、その手法のすごさは身をもって体験したように思う。
「なぜすごいのか」を語れることが、必要であるとも思う。
あと、単純に、面白かったですとても。
この本の構成は、理論的な裏付けと読み物としても面白く読み進められる具体例の二本立てになっていて、なんだかとても、WSDの追体験のようだった(笑)。
つまり、ああ楽しいなあ、ほう勉強になるなあと思っているとあっという間に終わってしまうという。
基本的に演劇WSはチームとして行われるので自分以外の誰かを必要としますが、こっそりご自分でやりたい方向け(?)に、ご自宅で簡単にできる演劇WS的トレーニングの仕方もついているので、こっそりコミュニケーション力に磨きをかけたい人もどうぞ。

そうそう、WSD育成プログラムでご一緒させていただいたH田さんのお名前とご紹介が終章に登場していたのも、なんだか「おお」という感じがいたしました。

ここまで読んでいただいておわかりでしょうが、あの、具体的な内容は極力書きません。
気になるときが読みどき、出会いどきですから。
どうぞ皆さん本書を見かけたときに「あっ、そういえば」と思ったらそのときに、パラパラめくってみてください。
ただ、せっかくここまで読んでくださったのに「なんじゃつまらん」とがっかりされるのものナンですから、ほんの一部だけご紹介しますと、具体例ではある企業から「参加者のプライドを粉々にする」ミッションを受けた演劇人R行氏の演劇ワークショップが半戯曲の形でごっそり載っています。
ちなみにそのミッションは別名「プレゼンテーションセミナー」という名のもとに実行されます。
どうです、気になるでしょう。
あの、おもしろいですよ、とても。

コミュニケーション力を引き出す 演劇ワークショップのすすめ
平田オリザ・連行 著
PHP新書

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January 13, 2010

『本を読む本』

今年一番最初に読み終えた本は、『本を読む本』。
いまさらなのだけど、もっと早くに読んでいても良かったかもしれない。
例えば学生時代などに(笑)。

もっと早くに読んでいたら、もっと有益なレポートがもっと速く書けたかもしれない。
学生時代、意外と気がせいて、こういった基礎的な書物をひもとく余裕がないものだ。
けれども、基礎的な力というのは、応用力を支える大きな土台となる。
ゼミに入る前にこれを読んでいたら、違ったような気がするなぁ。
いまさら、ではあるし、本も「出会いもの」なので、今私が出会って読みたいと感じたことが大事でもあるのだけど。

1940年に刊行されて以来読み継がれてきた本なのだけど、読書とはどういうことか、を論じている。
読書体験を4つのレヴェルに分類して説明している。
時間的制約がある場合に有効な読み方や、分析的な読み方など。
今まで無意識にそういった読書の仕方をしてきているのだろうけれど、意識的に行うことで効率ががぜんよくなる。
「今自分はどんな読み方をしているのか」といったこと、客観的な目線で読むことで、見えてくるものもあるのだ。

ここ1、2年は、「これは!」と思った本以外にはあまり記事にしてこなかったけれど、今年は読んだ、という事実だけでもつけてみようかと思っている。
というのは、学生時代の友人Hちゃんからのお手紙が発端。
ゼミで一緒だった彼女は、英語堪能な、日々の努力を惜しまない才媛で、私が風邪で寝込んだときにそっと食事を差し入れにやってきてくれる優しいひとでもあった。
いただいたお手紙にはご自身が書かれている読書日記ブログのお知らせが。
早速訪れてみたところ、昨年100冊を読み切ったとか!
100冊、単純計算しても3~4日に1冊。
それ以前にも、年間50~60冊はコンスタントに読んでいたというから、昔からの彼女の勉強家魂が健在であることに嬉しくなってしまった。
にしても、今年小学校・幼稚園にそれぞれあがる愛娘ちゃん2人を抱えて、よくそれだけの時間と気力が保てること!
それがまた丁寧に感想を書いていて、彼女の人柄そのものといったブログなのだ。
自分のことを振り返ってみると、いったい何冊読んできたのかすら、わからぬ始末。
大して読んではいないとわかってはいるものの、せめて冊数くらいは把握しておきたいよなあと思って、もしかすると本当にタイトルだけになるかもしれないけれど、チェックしてみようかと思った次第。
なにせ私の本棚、「読みたい!」と思って買ってきて、読んでいない本の多いことといったら。

『本を読む本』によって、ぱらぱらページをめくるだけの読書も読書にカウントされる(少なくとも何が書いてあったかを語ることができるなら)とわかったので、それに力を得て、在庫一掃処分を目指し(笑)少し読み進めてみたい。

相互リンクしていただいているkanameさんのブログ「ひかりのまちで」でも、たいへんな読書家であるkanameさんの本の感想を楽しみに拝読しているのだけど、真の読書家というのはどんな多忙な中でも活字を手放さないものだとつくづく思った。
kanameさんにしろHちゃんにしろ、私の想像を絶するような超多忙な毎日を送られているはずなのに、ものすごい量の本を読まれているからだ。
本好きな方の感想を拝見するのは、心躍る体験である。
そこから新しい本との出会いがあったり、同じ本でも自分にない新しい視点を発見できたり。

今年はちょっと有益な読書ができるようになるかしら?

『本を読む本』
M.J.アドラー C.V.ドーレン 著
外山滋比古・槇未知子 訳
講談社学術文庫

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January 12, 2010

酒とひょうたん

酒とひょうたん
酒とひょうたん
酒とひょうたん
普段押し入れに入れっぱなしのミシン、チュニックのために出してきたら今度は、簡単にしまってしまうのが勿体なくて、なにか作らなくちゃいけないような妄想に取り憑かれてしまった。
子ども服は比較的簡単だけど難しい問題を孕んでいて、かわいいからとさあやのために買い溜めている英国リバティ社の美しい生地はあるのだけど、さあやのものを作ると必ず「…ぼくのは?」と言われてしまう。
一方はるの服は、まさか花柄で作るわけにもいかず、適切な生地が手元にない。

以前、麻の小間物屋「遊・中川」さんで求めた麻の端切れ(端とは言ってもお値段の方はちっとも端らしくなかったのだが)があったのを思い出し、そうだ、名刺いれを作ろう!と思い立った。
自分のでも悪くはないが、確か年末に四川先生が新しい名刺いれが欲しいとのたまっていた(クリスマス直前プレゼントのリサーチ時には「欲しいもの?なんもない!」と言っておきながら、クリスマス翌日あたり、舌の根の乾かぬうちにそういうことを言い出すのが四川先生というひとなのだ)。
ちょうど酒好きの先生にぴったりな、ひょうたん柄がある。

論文指導に余念のない先生の背後に忍び寄り、名刺を一枚かすめとって、製作を開始した。

表はきなり色、あけると裏はうす水色で、ひょうたんからは酒の滴に見立てた柄を少し覗かせよう。
そうデザインを決めたは良いが、裏をつける、となるとどう手順を踏んだものかわからない。
なるようにしかなるまいと男気を出したのが間違いだったようで、いざ出来上がってみたら、名刺が入らなかった。
迂闊なり。
縫い代が若干足らなかったせいか、あるいは型紙もなくすべて目算で仕事したせいか。
まあその両方である可能性が高いのだが、ここで諦める私ではない。

名刺が入らないなら、私たちの必需品を入れればよいのである。
名刺より小ぶりで、個装された、良識ある成人ならば紳士淑女ともに嗜みとして、ときに自衛の策として持ち合わせるべき、小さなモノ、そう、アレである。
皆さんそこまで言えばおわかりであろうが、皆まで言わねばわからぬ人のためにあえて記そう。
分包式胃腸薬である。

かくして、酒飲みの必需品(我が家では私の好みで銘柄は必ず太田胃散と決まっている)を入れるための薬袋ができた。
せっかくなので表にひょうたんを刺繍もしてみて、近年増加傾向にある宴会シーンで活躍すること請け合いの愛らしい一品が完成。
ちなみにもともと名刺入れのつもりだったから紐付きではないので、宴会にて大酒による不調をきたし本品を取り出したる暁には、緒のない堪忍袋を連想し自粛・自重してもらえればなお良し。
今年は午前二時近くに「ここはどこでしょう」と電話がかかってくることも減ってくれることであろう。
女房の愛情というものである、うむ。

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January 11, 2010

今年の運勢

2010年の運勢を無料公開!というYahoo!のネット広告を見て、鏡リュウジさんの占いを試してみました。
結果。
「今年は恋愛運が飛躍的に良い年。
顔をあげて目があった人が運命の人というようなことも!」

PCから顔をあげると、…ああ、目が合いました。
うちの書斎は、PCを向かい合わせて作ってあるのです。
「なに?」と四川先生。
「…いや…」と私。
まあ、外れてはいないのでしょうが。

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January 09, 2010

チュニックがほしくて。

チュニックがほしくて。

髪を切って、パーマをかけて。
昨年7月初旬よりも少し短めの、あごしたラインくらいの髪になった。
肩についていた髪をそのくらいにしただけで、とってもすっきり。
身体感覚というのは気分とも連結しているなあとつくづく思うのだけど、頭が軽くなると、フットワークもがぜん軽くなる。
そこで帰り道の途中にある、駅ビルのバーゲンに出かけたのだけれど、時計とにらめっこする中での限られたリサーチでは、これぞという服にはなかなか出会えない。
 
狙いはチュニック。
色・素材・プリントのデザインなど、テキスタイルすべてが気に入るものがあればそれ。
コートの中に着るつもりだけど、できれば春を感じさせるような、明るめのものがいいなと思い浮かべながら。
なければオフホワイトのシンプルなもの。 
 
そう決めていたのだけど、ただでさえなかなか出会わない前者がこの限られた空間内にあろうはずもなく(いや、でも結構新しいお店が入りましたからね、ベストでこそなくてもベターなものにはたくさん出会いました)、諦めて第二案のオフホワイトのチュニックを探し始めたのだけど…なんとここで自分の「けちんぼ根性」が事態をひっかきまわし始めた。
「あくまで妥協」のお洋服に、一定以上のお金を払うことができない。
これならいいか、と思ったチュニックは綿にレースがたくさん使ってあって12800円の30%オフ。
一般的には悪い金額ではありませんが、妥協にしちゃ、ちと割高なわけで。 
 
む、む、むう、と悩むこと15分。
いったん目先を変えようと他のお店に足を運び、ラインがきれいそうなチュニックを発見した。
うすい綿ベースの伸縮素材で、お色はレーズン色。
(そうそう、今秋冬、私はどうしても「からし色」と「葡萄酒色」が気になっていて、それらのお洋服を身につけたくて仕方なかった) 色よし、素材よしとしても、なにかひっかかる。
さきほどのチュニックがレースやタックなど「仕事」してあるものに対して、こちらはタックはあるし形もきれいだけれど、どうにもシンプルで、10500円の30%オフ。
む、む、むう。
結局この日は目当てのチュニックを買うことはできませんでした。
かわりに、お眼鏡に適ったからし色のストールと、茶色とグレーの中間のようなニュアンスカラーのカットソーを購入。なんとしめて1500円也。 
 
そうはいっても、撮影で着たいチュニック。
ない、というわけにもいかないし、なによりそういう「特別なとき」って、新しいお洋服に身をつつんでみたいのが女心というもの。
 
仕方がないので、自分でチュニック(写真の)を作った。
多少アラはあるものの、まあそこも御愛嬌。
春めいた生地は、オフホワイト地に白いポピーが、緑を黄色をアクセントに描かれている伊藤尚美さんのnaniIROアンティーク風デザイン。
パターンは月居良子さんのワンピースのデザインを作りやすいように自分でちょこちょこアレンジした。
例えば丈をチュニック丈にばっさり短くし、後ろファスナーをつけるのは面倒そうだからボタン1つで留める形にして、共布の細い紐を腰に結ぶデザインは私には似合わないので、脇にリボンを縫いこんで後ろで結ぶ形にしたり、ギャザー付きの長袖を六分丈+カフスにしたり。
ちょっと作りなれてきた頃からそうやってきているのだけど、要は自分が苦手なことを排除していくので、私がつくる服にはまずファスナーとボタンホールと襟はないと決まっている。
ボタンは、ループをつけてとめる方法でつけてしまう。
これだとボタンホールをつくるのより何倍も簡単。
 
そんなわけで、カジュアルにも甘い目にも着られそうなチュニック。
 

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January 04, 2010

三が日。

お正月の三が日。
皆さんはいかがお過ごしでしたか?

私たちは今年帰省せずにいたら、元旦に義母の姉である横浜のおばからお招きをいただきました。
年末から微熱続きの風邪っぴきの私は失礼して(付属してたつも失礼して)、四川先生と上二人がお伺いしたのですが、お昼に行ったのに、暗くなっても18時を過ぎてもなかなか帰ってこないのです。
その間私はとっても優雅な時間が過ごせました。ゆっくりと寝たり、本を少しめくったり、自分でなにか書きたくなってPCに向かったり。こんなに自由気ままな時間は、一体いつ以来かしら?というくらい、ゆっくりと。年のはじめ、神様からお年玉をいただいた気分です。
結局三人が帰ってきたのはなんと23時半。
とろとろに酔った四川先生を心配して、車で来ていた東京の従兄弟さんがわざわざ遠回りしてお送りくださったとのこと。
はるは大好きな車に乗れて上機嫌、さあやはお菓子をいただいて上機嫌、四川先生は千鳥足で上機嫌、三人とも踊りながら家に入ってきました。
四者四様の「楽しい」お正月でした。

二日は、二日酔い気味の四川先生はじめ全員がのーんびりとくつろぎ、夜に少しだけ、駅ビルの初売りをのぞきに私とはるがでかけました。
狙いはアルミ製のお弁当箱だったのですが、女の子向けのが1点ある以外に見つけられず、結局成城石井でお菓子の福袋を買っておしまい。

三日の昨日は親友I嬢が我が家を訪ねてくれ、飲み食いしながら話の花を咲かせたり、過去の歌舞伎俳優祭「鯛多二九(たいたにっく)」を観たりと、楽しい一日を過ごしました。
タイタニックは、ジャックならぬ孔雀丸を染五郎、ヒロイン苅谷姫を菊之助。まだご健在だった頃の猿之助が団十郎とともに演出をしており、三津五郎さんが襲名前年でまだ八十助、坂田藤十郎が中村鴈治郎時代。
ガン「ジロ(白)」ウに対抗してガン「グロ(黒)」山姥を菊五郎、平成十二年(2000年)というちょうど十年前の世相を思い出しながら、しっちゃかめっちゃかのドタバタ劇を楽しみました。
当時I嬢は秋田にいて、昼は雪道を社用車で攻めながら営業に走り回り、夜は秋田のおいしい日本酒で研鑽を積み酒豪になった頃でした。
私は仙台でまだ営業から企画の仕事に変わったあたり、月に一度のホームパーティを欠かさず、気心知れた仲間たちとラジオのパーソナリティもやっていて、休日には赤いオープンカーでのひとりドライヴを、岩手福島山形の隣接3県まで「ふと思いついて」ふらりと出掛けてしまう人でした。
昔っからの才女・I嬢の大学受験時の苦労秘話を初めて聞いたり、互いの実力試験の最低順位を暴露しあったり、当時教わった先生の何人かが鬼籍に入られた話を聞いたりと、十年の歳月を感じた一日でした。
四川先生は「二人ともマシンガンみたいにしゃべってて入り込めなかった」との感想。
そこに子供たちがI嬢と遊んで欲しくてかまってくるから、それはもう賑やかなんてものではありませんでした。


楽しい三が日がおしまい。
結局おせちもおもちも残りましたが、まあ、それもまたよし。
子どもが大きくなったら少し変わってくるのかもしれないし。

今日は私が半年ぶりに美容院に行くつもりが、予約いっぱいで明日に延期、宙ぶらりんの1日です。
いつもならもっと放っておくのですが、来週取材でプロの方に写真を撮っていただくので、ちょっと奮起。
あわよくばそのまま駅ビルのセールをのぞいて、お洋服も見てしまおうかなとたくらんでいます(これは四川先生には内緒。美容院に行く前と行く後では、ファッションに対するモチベーションが格段に違うのはなぜなんでしょうね?)

のんびりゆったり始まった2010年。
今年はずーっとこんな風に、ゆったりと過ごせるかしら…?

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January 01, 2010

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます
新年、あけましておめでとうございます!!
今年もどうぞ変わらずお付きあいくださいますよう、宜しくお願いします。

今年の私の目標は、「おかあさん」。
精神的にもう少し、女性らしく親らしくありたいと思っています。
こどもと同じ立ち位置からものを見て、いっしょにこどもと考えていけるひとになりたいです。

年越しは、はるの落語「時そば」で。
年越しそばをあげたら「コシがあるね、ダシもいい!」と誉められました(笑)。

おせちも、なんとか新年に間に合いました。

今年もどうぞ、ゆるゆるお付きあいくださいませ。

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