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January 14, 2009

はつはるの歌舞伎。

はつはるの歌舞伎。
1月の歌舞伎座は、いつも以上に華やかな気がする。
お着物人口も少し多く、なによりご夫婦でのお着物姿に出会える確率が多い。

一昨日、I嬢と連れ立って、歌舞伎座さよなら公演の最初となる舞台を観にでかけた。
来年4月に取り壊されるまでのさよなら公演皮きりとあって、昼・夜ともに目をみはるような名優揃いの舞台。

昼夜演目が違うだけでなく、「見取り狂言」といって、演目はさまざまな舞台の一幕。
お料理で例えるならアラカルトのような、多くの作品の楽しみに触れられるのだが、そこが悩みの種でもあって、昼の部夜の部どちらを観るかが思案どころ。
今月は夜の部は勘三郎の鏡獅子、珍しい三島由紀夫の歌舞伎作品が気になるし(しかも玉三郎が演じるのだ!)、とはいえ昼には玉三郎の鷺娘がある。

主婦には夜の部は時間的にややハードルが高いからと、昼を選んだのだけど…いずれの演目もたまらなく素晴らしく、さよなら公演にかける俳優たちの気迫が強くあふれた世界だった。
(ちなみにI嬢は、夜の部と昼の部を両方堪能なすった。勘三郎・玉三郎がとくにご贔屓の彼女、ご満悦の様子)

*祝初春式三番叟。
能では翁は神と考えるのだそうだ。面をつけると神が宿り、言祝ぐ。
能から生まれたこの作品、歌舞伎では面はつけないが、富十郎の翁の風格あること!
作品に筋立てはなく、天下泰平、国家安穏を祈願するもの。
翁の扇、三番叟(梅玉)の鈴を通し、天から目に見えない黄金色の寿ぎが、私たち観客へ振りまかれているようで、清浄な気分に包まれた。
私の贔屓役者・菊之助はここに千歳として出演。
指先、足の爪先ひとつまで神経の行き届いたしなやかな美しさ、うっとりと見惚れるばかりだった。


*俊寛
幸四郎の俊寛。
ときは平家の世、鹿ヶ谷で平家討伐の会談をした咎で、俊寛は鬼界が島に流されており、舞台は浜辺のうらぶれた庵から始まる。
なんせこの庵、細い棒きれで支えられ、屋根は昆布なのだ。
都人にはさぞかし辛かろう、俊寛は長い流人生活にやつれている。
ともに流された少将成経、平康頼らが訪れ、成経が海女千鳥と夫婦になったと婚礼の真似事をし、つかの間幸せな時を過ごす。
そこに赦免船がやって来るのだが、俊寛はひとり鬼界が島に残る(事情はぜひ舞台にて!)。
寂寥感が募り、大きな声で船に声をかけながらの幕切れ。
I嬢は、「幸四郎だからこその芝居。毎年やっているシェイクスピアのリア王やマクベスにも通ずる演技」と評していた。


*十六夜清心
ちゃっかりした大悪党、というのが、私が受けた清心のイメージ。
鎌倉・極楽寺の僧清心は、女犯の罪で追放になる途中、女犯の相手である遊女・十六夜と偶然に出会う。
十六夜は清心の子を宿しており、死ぬ決意。
それを聞いた清心は一緒に稲瀬川に飛び込むが、水泳を覚えているため死なれない(苦笑)。
着物の袂に石を入れて再び飛び込もうとするが、三味線の音に気をとられ思い切れない。
そして通りがかりの病人を介抱するうちに大金を持っていると知れ、殺めてその金を奪うのだ。
良心から悪へ、滑り落ちていく清心が眼目、さすが菊五郎!と唸らされる舞台だった。
良心の部分から、ちらほらと悪が見え隠れする演技、人間国宝だからこその深さがにじみ出ていた。
舞台を離れた菊五郎も、音羽会のパーティでお見かけした印象は、やんちゃなまま大人になったダンディなおじさま。
色香と風格の漂う、お茶目なご様子、それもまた素敵で一緒にお写真をとっていただいた。


*鷺娘
この美しさを表現する言葉を、私は知らない。
幽玄、夢幻、美しさと儚さ、切なさ。
恋の妄執から鷺に姿を変えた娘の物語、最後には息を引き取ってしまう。
江戸宝暦年間から続くこの舞踊に、稀代の名優と名高かった六代目菊五郎が、大正時代にアンナ・パヴロワの「瀕死の白鳥」を見てその要素を取り入れたという。
玉三郎の舞台は、本当に、そこに人間ではない、鷺の精が姿を現すかに思える。
恋に憂える切なげな表情、鷺に姿を変えたことへの娘の戸惑い。
雪の降りしきる青い舞台、傘をさし、白い衣装(花嫁衣装とも死に装束ともとれる)で姿を現す鷺娘は、息をのむ美しさだった。
引き抜き、ぶっ返りという衣装の早替えが行われ、目にも鮮やかな美しさ。
客席にはその美しさ、鮮やかさにどよめきが起こる。
赤地に雪木立(まだ花咲かぬ梅の木か)の振り袖から、黒地の衣装に変わると、雪木立は裾だけにあしらわれ、あたかも娘が俗世から離れていくことを思わせるよう。この娘の梅の木は、固くつぼみを結んだまま、花開くことがないのだ。
中でも個人的には黒地に銀色の雪の結晶が散る帯がとても素敵に思えた。
玉三郎の衣装は自前なのだそうだ。
自分でデザインして、イメージに合うよう、織・染などこと細かに相談しながら作りあげるのだと。
この人の美に対する、芸に対する真摯さ、こちらも身の引き締まる思いがする。

毎度思うことだが、この人と同じ時代を過ごせる幸せを、噛み締めた舞台だった。


初春から、たっぷりと味わい尽くした今年の初歌舞伎。
今年はどんな舞台に出会えるでしょう。
よい一年の始まりに思えます。

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Comments

すばらしい時間を過ごされましたね。 ZOKさんの感動とその心臓の音まで聞こえてくるようです♪うらやましい!
歌舞伎には不案内な私でもわかる豪華な顔ぶれ!
そして演目の解説もとてもわかりやすくて「あ~っ!そういうことだったのぉ?!」と得した気分。
また その時々にはお願いしますね(笑)
それにしてもあの《歌舞伎座》の建物が消えてしまうなんて・・・
意外にも あっさり決定されてしまったようで驚いています。
銀座すぐに《歌舞伎座》があったり《築地市場》があったりするところが東京の魅力なのに・・・。

Posted by: スズエリ | January 15, 2009 at 10:13 AM

そう、そうなんですよ!!あっさり「壊されます」発表されて、精神的に大打撃を食らいました。
「歌舞伎の神様がいる」と言われるすばらしい劇場の上に、せーっかくの吉田五十八建築…取り壊すなんて勿体無いですよね!!
しかもビルになってしまうそうで…リノベーションとかも難しかったのでしょうか?もっと「保護する」「守る」を軸に考えてほしいなぁ!と個人的には悔しさがありました。
が、おそらくそんなことは、十分考慮の上で、メリットデメリット考えた上でのものかとは、思う(思いたい)のですが…。

利便性よりも、伝統を守る姿勢を貫いてほしいです。
歌舞伎を愛するひとなら、それで文句を言う人なんて、いないと思うのですが…

でも…
ある人の文章に「せっかくなら江戸時代の芝居茶屋のようにしてほしい」とありました。
それって、ナイスアイディア♪と思いません?
壊されてしまうことが決まってしまったのなら、どうせなら、そんなふうになったら素敵ですよね。江戸にタイムトリップできるような、特別な場所になってくれたら、と思います~。

まだ新しい歌舞伎座については詳細の発表がありませんが、期待を胸に、待っていたいと思います♪

Posted by: zok | January 15, 2009 at 03:52 PM

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