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January 2009

January 31, 2009

たべるひと

たべるひと
さあやもあと2週間弱で一歳。
ほんの一年前のことなのに、はるか昔のことのようにも思える。
生まれた時はあんなに小さくてふにゃふにゃして頼りなく泣いていたのに、一年経った今は自我も出てきて、「自分で食べたい!」と意思表示したりする。
愛嬌も良くて、人懐こいけど、気が強いのが玉に瑕…(私にしろ四川先生にしろ気が強いから仕方ないのだけど)
それも親馬鹿としては、「愛嬌でカバーすればいいんじゃ?!」とまあ、こうして親子というのは似通っていくものなんですな(笑)。


胎児期のほとんどを中国で過ごしたせいか、大人然とした肝っ玉と、あらゆるものに食欲を示す彼女。
普段は割と温厚だけど、お兄ちゃんに怒られても、ちょっとやそっとじゃ泣かない。
お兄ちゃんがキャンキャン叱る横っ面にバチン!と手を出して逆に泣かせたりする始末(しかも表情ひとつ変えない、恐るべし)。

大抵の兄妹喧嘩は食べ物が原因で、はるのものをさあやが奪って始まる。
同じものを同じだけ与えていても、さあやの目にははるのおやつの方がおいしそうに映るのか、出征するのだ。
ハタから見ていると農耕民族と狩猟民族の闘いめいている。

こちらが狩猟民族を椅子に固定するという方法を編み出せば、あちらは椅子を蹴り倒して狩りに出かけていくし、農耕民族が皿を持って移動しながら食べる方法を思いつけば、狩猟民族は伝い歩きでどこまでも追い回す。
あぁ、人というのは、こうやって知恵をつけ、こうして強く強く成長していくのだなぁと、そう実感した次第。

味付け以外ほとんど大人同様の食べ物が食べられるようになったさあや、もう少しで歩きはじめ、機動力もあがりそう。
…ますます「強く」なりそうです(笑)

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January 26, 2009

異常な食欲と眠気、ごはんつぶ戦争。

さあやが手掴みで食事を始めて以来、朝昼晩とその間の二度のおやつ時、それはまさに「戦争」なのである。

食べこぼし、食べ散らかし、食べ遊び、水遊び…とにかく思いつくまま、あらゆる「手」を尽くして、赤ん坊は食事を「楽しんで」いる。

これが始まって以来私はゆっくり食事した覚えがなく、自分の食事に気を配る余裕なんてまるでない。
さあやの動向を見極め、絶え間なく降り注ぐはるのおしゃべりを切り返し、パパの話に相槌をうち、それらの一瞬の隙をついて食物を口に運ぶ。
その忙しいことといったら。
学生の頃、寝坊して準備に10分もとれない日だって、これに比べたらよほどゆるやかな時間であった。

そして食後には、あらゆる場所に撒き散らかされた、ライスシャワー…。
結婚式で行われるそれは豊穣のあかしだと歓迎されるが、我が家で日に三度以上行われているそれは、どちらかと言えば歓迎し難く、忍耐袋の耐久力テストめいている。
ようやく片付けを終え、こども達をこども部屋に追いやると急に、お腹がすくのだ。
さっき間違いなく、困難をかいくぐって一人前をペロリと食べたというのに!
満腹中枢の欠陥であることはほぼ間違いない。

ほっと息つくのも束の間、すぐに、次の食事時がやってくる。


加えて、眠い。
これは上記の、日がな一日繰り返される「ごはんつぶ戦争」により、精神を消耗しているせいではなかろうか。
夜は6~7時間ちゃんと眠っているのに、昼間とても眠くなり、赤ちゃんを寝かしつけているはずが私だけが寝ていて、さあやははるが遊んでいてくれたり(笑)。

スプーンが上手に使えるのっていつくらいからだったかなぁ。
はるは二歳過ぎだったような…
あと一年以上、…と考えるだけで、夢の中に逃避したくなる私なのである。

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January 25, 2009

またしても…

HDDを初期化し、多くのデータを失って、なんとか動き始めた私のPC。
以前、Macユーザーだった時には「機嫌が悪いわねー」で済んだし、Mac側も原因もわからないまま勝手に治ったり、生き物みたいなところが魅力的でもあった。
WINに浮気したのはこのPCが初めて。
購入以来、一度はるのキーボード叩きすぎで修理に出した以外、ほどよく過ごしてきて、最初は「WINてホント機械そのものって感じで好きじゃない」と憎まれ口を叩きながらも、その安定感に次第に信頼を寄せるようになっていたのに…。

今朝方また、アップロードを契機として立ち上がらなくなった。
今回はPC側も自分で認識しているようで「このフォルダのこのファイルがおかしい」と自己申告してくれたものの、言われたこちら側がどう対処したら良いものか、よくわからない。
とりあえず前回父から教わった手管でさまざまに試してみる。

さすがにまだ購入した外付けHDDにデータをこまめにバックアップしているので、例え今また初期化するに至っても困ったりはしないのだけど…
こうも頻繁に壊れるのでは、なんだか心もとないわけである。

こまめに「PC診断ツール」でチェックしたり、回復コンソールで修復したりしていたのになぁ。

こんなに頻繁に壊れてしまいのは、寿命ってことなんでしょうか?HDDだけを新しいのに取り替えちゃったら治ったりするもんでしょうか?…そうもうまくいかないのかなぁ…?

どなたかお詳しい方いらしたら、教えてください!

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January 24, 2009

ぼくのクマ。

ぼくのクマ。
昨年はるはサンタクロースに「くまちゃん」をお願いしたのだと教えてくれた。
ぬいぐるみの、「ぼくだけのくまちゃん」が欲しいのだという。

かくしてサンタクロースから、『世界中を探して選んできた、はるくんに一番ピッタリのくま』(お手紙付)である、このクマがやってきたのだ。
はるは早速「フリッピー」と名前をつけ、毎日抱きしめて寝るだけでなく、外出時にも「フリッピーがさびしいから」とリュックサックに背負って連れ歩く。
さすがに幼稚園には、ママが責任をもってフリッピーの世話をする、という約束で置いていってもらっているのだけど、いたく可愛がっているのだ。

布団に入っても、「フリッピーが寒いから」と布団をかけてあげる。
おいしいおやつだと「フリッピーもどうぞ」と食べさせる真似をする。

微笑ましいなぁ、こどもってほんとにこんな絵本の話みたいなことするんだなぁ、と楽しくなる。
…にしても、うちの子、男の子なんですが、こんな乙女チックでいいんでしょうか?

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January 21, 2009

極上野菜に舌鼓。

極上野菜に舌鼓。
Tさんとの打ち合わせで銀座に出た折、お昼だからとお誘いいただいたのが、こちらのお店、ナチュラル&ハーモニック銀座
素晴らしく元気なお野菜をたっぷりといただけるのだ。

アントレは珍しい野菜が盛り合わされたサラダ、紫大根、ヤーコンなど、あまり目にしない野菜の食感や味わいを楽しんだ。

そして写真のメインディッシュ、野菜の盛り合わせが運ばれてくる。
まず、その美しさに目を見張った。
全部が全部、野菜なのですぞ!
焼いた茄子の上に、しいたけのソースと有機栽培のぶどうのソースがかかったもの。
ほっくりと炊いた大根の上に、レンコンのアラビアータがあしらわれ、シャキシャキと格別の歯ごたえのレタス、紫大根をあえたもの、もずくとナガイモと納豆が一緒になったねばねばの一品、4種類のお豆のスパイス煮にさつまいものピュレをのせたもの、ごぼうとみそのソースのかかったお野菜(興奮のあまりなんだったか忘れてしまった)、全体にあしらわれたオレンジ色は、にんじんだけで作ったソースだそう。

普段お野菜お料理します?なんてお話から、お互いの「最近のとっておきレシピ」披露に至り、私は先日アップしたラーメンにぴったりのニラの炒め物を、Tさんからは茄子の揚げ浸しを教わる。
Tさんおススメの茄子の揚げ浸しは、お好みの大きさに切って素揚げした茄子を、つけダレ(めんつゆ3:すし酢2で割ったもの+ねぎの小口切り+ごま油少々)に10分ほど浸していただく、というもの(浸しすぎるとしょっぱくなりすぎるそう、ご注意!)。
もともとTさんのお知り合いの方が、沖縄料理のお店で出会い、あまりのおいしさに作り方を聞いてきたというお品だそうで、「ビールにも合うんですよ~!!」

おいしいお料理は、人を楽しい気分にさせてくれます。
「人と仲良くなりたいと思ったら、一緒に飯を食うことだ」
とは、映画「プルコギ」の、プルコギ食堂伝説の老人の台詞。
大変危険な映画で、一度見たら即刻焼肉屋に走りたくなってしまう。
ほっぺの落ちそうなお肉がしこたま出てきて、なぜかはるが気に入ってしまい、1週間のうちにビデオを3回も見せられたため、全員「肉モード」全開だったここのところの四川家。

野菜尽くしのランチ、やさしくふんわりとしながらも清冽なお味に、正気を取り戻したのでした。

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January 19, 2009

すきなひとが、できました。


はるに、すきなひとができました。
同じ団地に住む、ひとつ年上のおねえさん。
お人形さんのようにかわいらしい子で、ゆいちゃんといいます。
はるが好きなだけでなく、ゆいちゃんも、はるのことを気に入ってくれている様子。
手をつないで歩いていく姿は、ほほえましいものです。

なんというか、波長の合うタイプらしい。
ゆいちゃんの方がお姉さんなので、はるの言うことにも付き合ってくれるし、はるもゆいちゃんの言うことなら聞くのです。
幼稚園の朝礼で隣に並ぶらしく、もともと仲良しさんではあったのだけど、近頃はふたりで朝礼まで手をつないでぐるぐるまわっていたり、先生も「いやぁ、最近すごいんですよ~ラブラブで!」と言うほど。
ゆいちゃんはゆいちゃんで自分の組にはるをいれたい、と先生に談判してくれたようだし(笑)、はるはゆいちゃんに会いに年中さんの組に見に行ったり、お兄さんお姉さんが外で遊んでいると窓に張り付いてゆいちゃんの姿を探しているのだとか…(笑)。
帰りに一緒になると、そのままゆいちゃんの家に上がりこんでしまう始末。
先週は、水曜に一緒に遊んでおうちに上がりこみ、金曜にもおうちにお邪魔し、土曜日は一緒に近くの植物園でピクニックしてもらいました…突然ディープにお付き合いさせていただいています。

おじいちゃんおばあちゃんたちにもゆいちゃんのお話ばかりするので、「おともだち?」と聞かれたところ、
「ちがう、ちがうの!ゆいちゃんは、ともだちじゃなくて、すきなこ!」
…おーっと!これにはちょっとびっくりをしました。
4歳でも、そういう区別はあるのか、と。
もちろん厳密ではないのでしょうが、ゆいちゃんは他の子よりも少し、特別みたいです。

おもちゃの取り合いになり、さあやに怒ってばかりの時に、「ゆいちゃんだと思ってやさしくしてあげてくれる?」と頼んでみたら、「うん、いいよ!」とデレデレの顔で、さきほどまで何を言っても貸してくれなかったおもちゃをあっさり貸してくれました(笑)。
母的には今、ゆいちゃんサマサマです。

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January 17, 2009

ラーメンにひとしな。

昼は麺類がおいしい。
冬のさなかに食べるアツアツのラーメンなんて最高だ。

我が家は大人も子どももラーメン好き。
さあやもちゅるちゅる上手に吸い上げては手をのばす。

さて、この頃ラーメンのときに必ず添える一品がある。
ラーメンにのせて食べると最高!なのである。

それはニラをごま油で炒めて、ちょっとだけ醤油をたらし、豆板醤をからめたもの。
辛いものが苦手だったら、少しの塩と醤油でもいい。
クセのあるニラがまろやかになって、ごまの香りに食欲もそそられ、いくらでも食べられてしまう。

実はこれ、上野の駅ナカにあるファミレスみたいなお店のラーメンコーナーに「ご自由にどうぞ」と置いてあったもののアレンジ(お店のものは更にニンニク入りごま油にたぷたぷに漬かっていた)。
試しにラーメンに入れたら、すっかりやみつきに。
以来うちの定番になった。

ラーメンだけじゃなく、餃子と一緒に食べてもいいし、もちろんそのままでもオイシイ。
ビールや焼酎には肴にもなる。
中華・韓国系料理の際に、もう一品として出しても良いし、豆腐の上にあしらえば、「突き出し」にもなる。

ラーメンをつくるときは是非一度、お試しあれ!

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January 16, 2009

お弁当はじめ

お弁当はじめ
今週から始まり、午前保育だった幼稚園。
今日からはようやくお昼をはさんで2時までの通常保育になった。

久しぶりにつくるお弁当。
少し早起きして、いつもよりちょっとだけ凝って、「はるドライブ弁当」にした。

秘密のお楽しみにするつもりが、起きてきたはるに見られてしまったのだけど、大騒ぎするかと思ったはるの反応は思ったほどじゃない。
「あんまり嬉しくない?」
「あんまりちょっとだけすごくうれしいよ」

お弁当をあけるときのワクワク感、私はいつも大好きだった。
今日は「くるまのお弁当だ」と楽しみに待ってくれていたらいいなぁ。
そして願わくば、チーズとハムの車の下に隠したほうれん草とお肉も、気合いと喜びで、食べてくれたらいいなぁ。


はるにいつも感謝したいのは、お弁当の日はいつも「ぼくママのお弁当食べたよ。おいしかったよ。お弁当つくって(くれて)ありがとうね」と言ってくれること。
食べられないものがあった日は後ろめたいのか言わないのもわかりやすい(笑)。

今日はさて、どっちでしょうね?

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January 15, 2009

心機一転、というやつか。

先日のHDDのクラッシュ以来、父があれこれと思案してくれ、なんとか治す方法を探してくれた。
原因は、十中八九、WINDOWSアップデート。
それならば、HDDの中にデータはまだ残っている可能性が高い、と父は考えて、それをまず救出する策を見つけ出してくれたのだ。

1.外付けHDDを購入する。
仮にデータが残っていたとして、その保存先として、また今後のバックアップ用として、HDDを準備しておくのがよかろう、と父。
そこで電気屋さんに出掛け、外付けHDDを購入。
種類もいろいろあってよくわからないので、店員さんに話を聞いたところ、ことのほか詳しい方だったので、状況を少し話してみた。
「5~6年経っているってことは、HDD自体の寿命ということも考えられますね。確率は50/50でしょうか…」
と、憐憫の表情を向けられる。
データもバックアップも全然していなくて…と言うと、思わぬ情報が!
「壊れたHDDからデータを救出する、専門の業者さんがあるんですよ」
おお!と目を見張る。店員さんは続ける。
「HDDから髪の毛の1/8000の太さの針を使った専用の機械でデータを拾い上げていくんです。だから、クリーンルームで、宇宙服みたいな防護服を着た人たちが、いっこいっこデータを拾う作業をするんです。」
私の脳裏に、真っ白で何もない部屋の中、宇宙人のような人たちが小さな小さな針を片手に、もう片方をHDDの銀盤に、ゆるゆるとほとんど止まっているかのようなこまやかな作業をしている姿が浮かぶ(これはイメージ映像です)。
ほとんどキューブリック映画のようなその世界で、私のデータたちも救い上げてもらえる?と期待に胸が高鳴る。
「でもそれって、40万から200万なので、通常の方には無理なんですよね。」
淡い期待は崩れ去った。
そうだよなぁ、世の中、そううまくはいかないものだ。
店員さんのオススメとしては、PCの裏蓋をあけてHDDを取り出し、別なPCにUSB接続してみる、というもの。
(従兄のたくちゃんが言っていた方法だ!)
結局、今後のバックアップということも視野に入れ、500GBの外付けHDDと、PCから取出したHDDをUSB接続するためのツールを購入した。


2.LINUXに挑む。
父が見つけ出してくれた方法は、LINUXを使って、データを救済しようというもの。
詳細なマニュアルとともにLINUXのOSを焼いたCDを送ってくれたので、早速PCに挿入して、CDから起動させる。
動いた!!
山と湖の、LINUXの背景が表示されたときにはほっとし、その先のHDDの中身をたどっていく中に自分のデスクトップ設定を見つけたときは、ほとんど涙ぐんでいた。
残っていたのだ、データが!
早速外付けHDDを接続して、そちらに退避させる。
だが、やはりHDDの寿命という部分も多いようで、コピーするデータが時折「このデータは存在しません」「コピーできません」など、悲しいアラートが何度も出る。
それでも、一部のものだけでも、救出できたのだから幸せな方だったろう。


3.LINUXから、XPのシステムを修正する。
父の救いの手は、それだけではなかった。
このLINUXのOSから、XPを直す方法まで見つけてくれ、検証の上教えてくれた。
成功する人も、しない人もあるというが、だめでもともと、と挑んでみた。
作業はそのとおりに実行されているのに、結局は、無理だった。
LINUXのCDを抜き出して、XPを立ち上げて見るが、やはりブルースクリーンのまま。

…これはもう、あきらめて、初期化を行うしかないということである。


4.そして、心機一転。のはず。
というわけで、リカバリCDを使って、初期化に挑んだ。
6年弱のデータが、まっさらになっていく。
主要なデータを救出できたからこそ、言えるのだけれど、こうなってみると案外、すがすがしいものだ。
これを機に、なんだかよくわからないのだけど、父が「パーティションを切って使用」ということをしきりに言っていたし、四川先生のPCは自動でそういう設定になっているのだそうで、きっとよいものなんだろうと、パーティションを切ってHDDをフォーマットしてみる。
「購入時の状態」になおされたPCは、なんとか自力で立ち上がった!
デスクトップが、PCデフォルトのすがすがしい青空になっている。
ああ、そういえば、こんな画面だった。
はるを生むため、帰省に合わせて、買ってもらったPC。
初めて立ち上げたとき、「晴」の画面に、なんだかとても祝福されているように感じたものだ。

清々しい気分、は良かったものの。
そこからがちょっとした修羅場である。
必要なソフトのインストールが深夜に及ぶ。
なんせ「初期化」したOSは初期XPだから、SP2へのアップグレードを行わないと、ノートンのインターネットセキュリティも使えないし、IE7もダウンロードできないのだ!


ひとまず、6年弱の澱を捨てて、文字通りまっさらになった私のPC。
やっぱり、気に入っているから、まだまだ働いてもらわなくては。
「遅いよ」「能力ないんだよ」との、四川先生の冷ややかな言葉にもめげず。
まだしばらくは使い込むつもりです。
メールの送受信とインターネット、デザインツール、プレゼンツール、画像処理ソフト、音楽再生、そして何よりも、ワードさえあれば、十分なのですから(…これって結構広範囲?)。

今回の件で、さらにこのPCへの愛情を深くした次第。
やっぱり、「障害があると愛は燃え上がる」って、本当のようです?!
PCの救世主・父に、ノーベルzok賞をプレゼントしようと思います。
お父さん、ほんとにいろいろありがとう!!!

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January 14, 2009

はつはるの歌舞伎。

はつはるの歌舞伎。
1月の歌舞伎座は、いつも以上に華やかな気がする。
お着物人口も少し多く、なによりご夫婦でのお着物姿に出会える確率が多い。

一昨日、I嬢と連れ立って、歌舞伎座さよなら公演の最初となる舞台を観にでかけた。
来年4月に取り壊されるまでのさよなら公演皮きりとあって、昼・夜ともに目をみはるような名優揃いの舞台。

昼夜演目が違うだけでなく、「見取り狂言」といって、演目はさまざまな舞台の一幕。
お料理で例えるならアラカルトのような、多くの作品の楽しみに触れられるのだが、そこが悩みの種でもあって、昼の部夜の部どちらを観るかが思案どころ。
今月は夜の部は勘三郎の鏡獅子、珍しい三島由紀夫の歌舞伎作品が気になるし(しかも玉三郎が演じるのだ!)、とはいえ昼には玉三郎の鷺娘がある。

主婦には夜の部は時間的にややハードルが高いからと、昼を選んだのだけど…いずれの演目もたまらなく素晴らしく、さよなら公演にかける俳優たちの気迫が強くあふれた世界だった。
(ちなみにI嬢は、夜の部と昼の部を両方堪能なすった。勘三郎・玉三郎がとくにご贔屓の彼女、ご満悦の様子)

*祝初春式三番叟。
能では翁は神と考えるのだそうだ。面をつけると神が宿り、言祝ぐ。
能から生まれたこの作品、歌舞伎では面はつけないが、富十郎の翁の風格あること!
作品に筋立てはなく、天下泰平、国家安穏を祈願するもの。
翁の扇、三番叟(梅玉)の鈴を通し、天から目に見えない黄金色の寿ぎが、私たち観客へ振りまかれているようで、清浄な気分に包まれた。
私の贔屓役者・菊之助はここに千歳として出演。
指先、足の爪先ひとつまで神経の行き届いたしなやかな美しさ、うっとりと見惚れるばかりだった。


*俊寛
幸四郎の俊寛。
ときは平家の世、鹿ヶ谷で平家討伐の会談をした咎で、俊寛は鬼界が島に流されており、舞台は浜辺のうらぶれた庵から始まる。
なんせこの庵、細い棒きれで支えられ、屋根は昆布なのだ。
都人にはさぞかし辛かろう、俊寛は長い流人生活にやつれている。
ともに流された少将成経、平康頼らが訪れ、成経が海女千鳥と夫婦になったと婚礼の真似事をし、つかの間幸せな時を過ごす。
そこに赦免船がやって来るのだが、俊寛はひとり鬼界が島に残る(事情はぜひ舞台にて!)。
寂寥感が募り、大きな声で船に声をかけながらの幕切れ。
I嬢は、「幸四郎だからこその芝居。毎年やっているシェイクスピアのリア王やマクベスにも通ずる演技」と評していた。


*十六夜清心
ちゃっかりした大悪党、というのが、私が受けた清心のイメージ。
鎌倉・極楽寺の僧清心は、女犯の罪で追放になる途中、女犯の相手である遊女・十六夜と偶然に出会う。
十六夜は清心の子を宿しており、死ぬ決意。
それを聞いた清心は一緒に稲瀬川に飛び込むが、水泳を覚えているため死なれない(苦笑)。
着物の袂に石を入れて再び飛び込もうとするが、三味線の音に気をとられ思い切れない。
そして通りがかりの病人を介抱するうちに大金を持っていると知れ、殺めてその金を奪うのだ。
良心から悪へ、滑り落ちていく清心が眼目、さすが菊五郎!と唸らされる舞台だった。
良心の部分から、ちらほらと悪が見え隠れする演技、人間国宝だからこその深さがにじみ出ていた。
舞台を離れた菊五郎も、音羽会のパーティでお見かけした印象は、やんちゃなまま大人になったダンディなおじさま。
色香と風格の漂う、お茶目なご様子、それもまた素敵で一緒にお写真をとっていただいた。


*鷺娘
この美しさを表現する言葉を、私は知らない。
幽玄、夢幻、美しさと儚さ、切なさ。
恋の妄執から鷺に姿を変えた娘の物語、最後には息を引き取ってしまう。
江戸宝暦年間から続くこの舞踊に、稀代の名優と名高かった六代目菊五郎が、大正時代にアンナ・パヴロワの「瀕死の白鳥」を見てその要素を取り入れたという。
玉三郎の舞台は、本当に、そこに人間ではない、鷺の精が姿を現すかに思える。
恋に憂える切なげな表情、鷺に姿を変えたことへの娘の戸惑い。
雪の降りしきる青い舞台、傘をさし、白い衣装(花嫁衣装とも死に装束ともとれる)で姿を現す鷺娘は、息をのむ美しさだった。
引き抜き、ぶっ返りという衣装の早替えが行われ、目にも鮮やかな美しさ。
客席にはその美しさ、鮮やかさにどよめきが起こる。
赤地に雪木立(まだ花咲かぬ梅の木か)の振り袖から、黒地の衣装に変わると、雪木立は裾だけにあしらわれ、あたかも娘が俗世から離れていくことを思わせるよう。この娘の梅の木は、固くつぼみを結んだまま、花開くことがないのだ。
中でも個人的には黒地に銀色の雪の結晶が散る帯がとても素敵に思えた。
玉三郎の衣装は自前なのだそうだ。
自分でデザインして、イメージに合うよう、織・染などこと細かに相談しながら作りあげるのだと。
この人の美に対する、芸に対する真摯さ、こちらも身の引き締まる思いがする。

毎度思うことだが、この人と同じ時代を過ごせる幸せを、噛み締めた舞台だった。


初春から、たっぷりと味わい尽くした今年の初歌舞伎。
今年はどんな舞台に出会えるでしょう。
よい一年の始まりに思えます。

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January 12, 2009

しましまに一途。

しましまに一途。
私はどうも、しましまが好きだ。
数年来気に入っているフランスのしましま屋さん、仙台進出していたと知ったのは、初売りを冷やかしていたとき。
昨夏できたパルコに、入っていたのだ。

なんと福袋があって、とびあがった。
バッグに、調理用ミトンに、ミニポーチ、ランチョンマット。
試験的に、限定で発売したのだという。

普段ならこのお店、値下げだってほとんどないのに!
しかも翌日からセールで前シーズンのものを最大半額、と聞いては、しましま魂が黙ってはいない。

翌日も、渋る四川先生をデートだと偽って(?)連れ出し、しましまに胸ときめかせて、トートバッグ2種とポーチを購入。
ひとつのトートは子守を押し付けた母への罪滅ぼしにあげ、ご覧のようなしましまが勢揃い。
本当はあと3つほど欲しいものがあったのだけど、同じサイズのバッグがそんなにあっても、無駄なだけ、と自分に必死に言い聞かせ、諦めた(私も少しだけ大人になった)。


四川先生は今年初めて、私のわがままを聞いて一緒に着物を着てくれ、数年来の野望も叶った。
いいお正月だった、と、しましま達をみてはにやけている。

(その傍らには、いまだ動かぬPC…。父が詳細なマニュアルとデータCDを送ってくれたので、外付けHDDを購入して、データの救済にあたる予定)

そろそろお正月気分から抜けないといけないのですけど。

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January 09, 2009

センス、の問題。

香りにまつわるものなしには、過ごせない我が家。
とくに四川先生は(そうは見えないかもしれないが)なかなかのお洒落さんであり、特に香水には強いこだわりをもっている。
その彼がここ2年ほど愛用しているのは、「自分でつくる」香水だ。

母と一緒に、香水づくり講座を開催して数年が経つ。
2007年2月に鎌倉で開催した際に、家で母が宿代がわりに私&四川先生のふたりを対象にもう一度講座をやってくれた。
その時から彼は、この香水なしには、外出できなくなったのである。

身内の私が言うのもなんだが、なかなかセンスがいい。
オレンジをベースにした香りで、毎度思いつきでブレンドする割に、とても心地よい香りを作る。
一方の私は、毎度和ハッカとレモンかグレープフルーツをベースにブレンドするため、「消毒薬みたい!」と、ほうぼうから酷評を受ける。

市販の香水との一番の違いは、香りの強さだと思うが、こちらに慣れてしまうと、市販のものはどうも強くて違和感が漂うようになる。
四川先生も今、その状態らしい。
何度か自作香水がきれて、市販のものを購入したのだけれども、数回つけたのみで、お蔵入りとなるのだ。
アロマテラピーでは気になる香りは必要な香りだというから、自作の香水がやみつきになるのも無理はない。
毎回自分好みの環境を作り出しているのであろう。

盆、正月、と帰省のつど、新しい香水を作らせてもらって帰ってくるのだが、今回は時間がなく、香水づくりをしないまま帰ってきた。
そのことに気付いた四川先生の落胆ぶりといったら!

それなら…と、選択肢は少なくなるが、家にあるオイルを使って、香水づくりに取り組んだ。
四川先生好みの「オレンジ」のない、ブレンド。
ぶつぶつ言いながらも、柑橘系のベルガモットやレモン、グレープフルーツを駆使し、なかなかシックな香りを作り上げた。
やっぱりこういうの、センスの問題なんだなぁ。
「集中したいから」と言っては頭からハッカ油をかぶる大雑把な私とは違うものだなぁと思い知る。
毎回一緒に作る割には活躍機会の少ない私の香水。
単に頭からかぶる、和ハッカ油だけ、香水並みの使用ペースでなくなっているのでした。

2~3週間。
熟成した四川先生ブレンドの香り、楽しみです。

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January 07, 2009

新しい年、衝撃のはじまり。

みなさま、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

年末年始を仙台で過ごし、5日に鎌倉に戻った私たち。
気づけば、12月30日でブログの更新がとまっておりますが、書ききれないほどのたくさんのことがありました。
いつもよりゆっくりと時間があったように思うのですが、いくら余裕のある時間があっても、実家という場所ではあっという間に過ぎ去ってしまうものなのです。

12月29日にはさあやが微熱&ほほを赤くし、小児科で「りんごほっぺ病かも?熱の風邪かも?」と診断されて急きょ友人たちとの約束をキャンセルし。
翌日12月30日夜、実家に弟が彼女を連れてきてみんなで楽しく過ごしていたところ、さあやが高熱を出し、3時間待ちの急患診療所に駆け込み(弟&彼女、災難に付き合わせてごめんなさい)。
元旦にはさあやの体に発疹が!そこで初めて熱の原因が「突発性湿疹」か、でも年末遊んだ子がその翌日「水ぼうそう」にかかっていることが判明したのでもしかするとそれか、ヒヤヒヤし。
2日3日、名物「仙台初売」&セールで信じられない出モノに出会って狂喜乱舞し。
3日は遅ればせではるの七五三写真を両家のおじいちゃまおばあちゃまを交えて撮影し。
4日にははるが咳をはじめておおわらわ、ちょっと一息ついたら、もう帰省予定の5日。

人ごみはちいさい人達にとって危険の渦巻く場所。
それゆえ世間の仕事おさめの日に帰省して、仕事はじめの日に戻ってきましたが、それでも例えばさあやの熱やはるの咳など、ちいさい人達のトラブルは免れず。
「冬はひきこもりが一番。」と、改めて思った次第なのでした。
はやく「どこでもドア」が開発されたら、こんな苦労ないのにねー、と思わず、四川先生と夢を語ってしまうのでした。


さて。
実は表題の「衝撃」は、その後に起こったのです。
昨夜。
6日締切のお仕事を送信し、8日締切のものにとりかかりはじめようとしたとき。
ふと「updateしてください!」のアラートが気になり(いつも無視するくせに)、更新&再起動したのです。
ところが。
起動しないのです。
かわりに、起動画面がブルースクリーンになり、別名「死のエラー」という、unknown Hard Error が出てしまいました…

8日締め切りの仕事の元データは?!
一時停止中の仕事のデータは?!
誰にも見せていない、しかもプリントアウトすらしていない、書きかけの(85枚に達した…)小説はどうなったの?!

先日渋谷駅で見たばかりの、岡本太郎「明日の神話」が脳裏に浮かびました。
一瞬にして、今まで積み上げてきた時間が、塵になってしまうのです(いや、どっちもデータだから、塵にすらならないのか。本当に文字通り、無に帰すわけですね)。
しんと静まり返った白いPCの中で、幾千幾万のファイルが画像が言葉が、ジェノサイドにあっているのかと思うと、気が狂いそうになりました。
(とくにあの書きかけの小説が気がかりで…実は大したことも書いていないだろうに、「もう読めないかもしれない」と思うと、すばらしく良いことばかりが書いてあったように錯覚するのだから、人間て勝手なものです)

アップデートしたのが原因、とわかっているのに、どうもできないこの状況。
セーフモードですら、起動しないのです。
もはや私の手で救うことは、かないません。

先日同じ状況から回復した父に指示を仰ぎ、腕ききシステム屋さんの従兄に方法がないか泣きつき、Yahoo!知恵袋で知恵者のアドヴァイスを募り、四川先生が調べてくれたサポートセンターに問い合わせをしました。

四川先生は、「あなたのPCはいいかげん寿命。へヴィーユーザーだし。今年6年目でしょ?!そろそろ壊れると俺は思っていたよ」と、そらみたことかと言わんばかり。
そう。先日も私のPC買い替え問題が持ち上がった折、見た目(なんせサイトウマコトデザイン)も使い勝手もサイズも、どれをとっても気に入っているから絶対にいや!とごねて、やりすごしたところだったのです。
「壊れるまではかえない!」と頑張ったものの…早々にこんな結果になるとは。

ひとまず、従兄のたくちゃんに教わった方法で、四川先生の昔のPCを借りて、自分のPCからHDDを取り出し、USB接続してデータの救出に励もうと思います。
従兄いわく、「でもそれって、HDDがクラッシュしてたら、動かないと思う」。
…祈るのみ。
今ここに、メシア(救世主)が来て、私のかわいそうなファイルたちに、救いの手を差し伸べてくれたらどんなにいいかと切実に思います。

こうして、後厄の一年、幕をあけたのでした。
トホホ…

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