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September 28, 2008

啄木のこころ

石川啄木のこころが、今日はじめて、実感としてわかったように思う。

 ふるさとのなまりなつかし
 停車場の人ごみの中に
 そを聞きに行く

18でふるさとから離れたものの、あまりこういう思いを抱いたことはなかった。
地元・仙台は、方言らしい方言ではなく、イントネーションや語尾程度のものだったし、どちらかといえば、学生時代をすごした山形で使われる言葉の方がずっと方言らしかった。
上京してから、最初に勤めた会社で先輩に「やっぱり少し違うよ」と言葉の差を指摘されても、自分ではどこがどう違うのかわからなかった。

きっかけは、古いテレビ番組だった。
NHKの「あの人に会いたい」。
オンデマンドTVで放映されているこの番組を、朝ごはんの後のコーヒーブレイクに、つけたところだった。
人間国宝の陶芸家・加藤唐九郎。
頑固一徹な政治家・吉田茂。
そして続いた、アイヌ語研究の第一人者、国語学者の金田一京助を見始めたときのことだ。
映像は白黒。
金田一氏は、もう、おじいちゃんである。
語り出すやわらかで穏やかな口調が、亡くなった祖父にそっくりで、そうと気づいたら頬を涙が一粒伝っていた。
イントネーションや語り口が良く似ている。

それもそのはずで、金田一氏は祖父と同じ岩手県の出身だった。
小学校の先生方の名前が、小山内など○○ナイ、とつく。それは県内の地名からついた苗字で、ナイというのはアイヌ語で沢。岩手にも昔アイヌのひとびとが多く住んでいたから、アイヌ語で地名がついたのだと、そういうところからアイヌ語に興味を持った。
そう話す姿、たぶん祖父が同じ内容を話したら、まったく同じ話し方であったろうと思う。

なまりがなつかしい、というのは、こういうことを言うのだと思った。
もう会えない祖父だけれども、別の姿を借りて会えたような、なつかしさがあった。
啄木が上野で聞いた言葉も、きっと関わりのあった親しい誰かを思い起こさせ、その誰かの声をきいているような、そこに励まされるような思いで心を満たしたのではないだろうか。
そういえば、啄木も、岩手の出身(金田一氏とは同級生であったらしい)。
彼もきっと、同じひびきに、胸をあつくしたのだろう。

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Comments

zokさん、ご無沙汰しています!
私はずっと都会といわれるところに住んでいますが、
なぜかこの啄木の詩には惹かれます。
(ちょうど18の頃に啄木にはまってました^^;)
田舎といった田舎もないのに、不思議ですよね。

今は仕事が佳境の時ですが(今夏も大変お世話になりました!)、またいろいろお話しできます日を楽しみにしています!

Posted by: pecorino | September 28, 2008 at 09:06 PM

pecorinoさん
こちらこそご無沙汰しております~!お忙しいみぎり、お気にかけくださり、コメントいただきましてありがとうございました。
啄木、素朴ないいうたがたくさんありますよね。
上京してからのものは実感がこもっていて、がんばらなくちゃなあと力をもらう気がします。
なんだか急に寒くなりましたが、お忙しい時は体の声、ききそびれてしまいがちです。どうぞご自愛くださいね。
私も、またお目にかかれるのを楽しみにしています!

Posted by: zok | September 30, 2008 at 11:18 AM

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