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June 2008

June 30, 2008

一難去ってまた…

はるの溶連菌が一段落…と思ったら小さい方がケホケホ咳をし始めた。
お兄ちゃんが相当ゲホゲホやっていた夏風邪をどうももらってしまったらしい。
部屋を別々にして離していても、私が授乳など赤ちゃんのお世話に一方の部屋にいれば、まだまだ寂しいのだろう、いくら駄目だと言っても寄ってくる。
こども用のマスクをつけさせていたけれども不十分だったのだろう。

小さい子供の病気は、突然悪化するのがこわい。
さあやもすぐに病院に連れて行き、風邪薬シロップをいただいて療養する。
この年代の赤ちゃんが咳をしたときに考えなければいけないこわい3つの病気は、「百日咳」「喘息」そして「仮性クレープ」と教えていただく。
今のところいずれの様子もないので風邪でしょう、でも喉の具合からヘルパンギーナの初期かもしれない、あせもとも判断つかない顔のポチポチも別の病気かも、とも言われ、ビクビクしつつ経過を観察していた。

その矢先。
昨日の朝から、咳の音が変わった。
はるがひとり寝をあんまり寂しがるので、さあやはパパにお任せし、はると寝た日のことだった。
すごく咳するけど、こんなもんなの?と訝しげに聞かれ見てみれば、喉の奥深くから響いてくるような、回数も頻度も多い、それまでとは明らかに違う咳になっている。
気管支炎でも起こしていたら大変、急遽病院へ行くことに。
近隣の救急病院からは、休日診療所へ行けと断られた。
私たちの住まいからは、鎌倉よりも藤沢の休日診療所の方が近い。
けれど常日頃診ていただいている先生が当番医で休日診療所にいらっしゃると知り、鎌倉駅の南、材木座までタクシーを走らせた。

喉頭炎を起こしてますね。
咳をきいた先生は、淡々とそう告げて、喉から気管支・肺に至る図を書いて説明してくださる。
喉頭炎はね、クレープというんですよ。つまりこれは…仮性クレープ。前お話したやつね。
先生が告げたのは、そう、あの3つのこわい病気の、ひとつ。
声帯そばの、喉頭というところに炎症が起きて空気の通り道が狭まっている状態で、突然呼吸困難になるのだという。
そうなったら救急車を呼ぶこと、管を通す処置をするにはまだ小さいから、最悪悪い部分を除去する手術になること、夜中に悪くなりやすいことなど説明を受けた。
親の心配をよそに、おしゃべりしながら笑顔で寝返りの練習に励むさあや。
先生は最後に、まあそれは最悪の話ね、と言い添えて、喉頭炎てこわい病気と知っていてもらえればいいです、とお薬を渡して下さった。
休日診療所では1日分しかお薬が出ないので、今日もまた小児科に行く。
ここのところ1ヶ月、週二回ペースで病院に通っている。
また入院なんてことにならなければいいのだけど…。

鼻がグスグスいって母乳を飲むのも息苦しそうなのに、きゃあきゃあ声をあげて愛嬌を振りまき、寝返りに励むさあや。
大事に至らないと、いいんですがねぇ。

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June 28, 2008

お砂糖バター。

お砂糖バター。
近頃はるが食べたがるものの筆頭、「お砂糖バターパン」。
説明するまでもなく、パンにバターを塗ってお砂糖をふりかけてサンドウィッチにしたもの。

はるは食べず嫌いで、初めて見る食べ物はまず食べてくれない。
例えばサンドウィッチにして中に挟んだり、グラタンにして下に隠したりしても、絶対に食べてくれない。
しかし、一旦気に入った食べ物はとことんヘビーローテーションで食べたがる。
このお砂糖バターパンもそうなのだ。

それまでサンドウィッチは、ハムチーズしか食べなかった。
一度そこにサラダほうれん草を挟んだら、そのときは食べたのだけど、以降サンドウィッチにやや難色を示すようになった。
こちらも考えて、チューブ入りのチョコホイップを塗ったパンを「デザート」と言って出すと、それが欲しさにハムチーズも食べる。

が。
あまり頻繁に食べるせいでチョコホイップが瞬く間になくなっていたのだ!
気づいたのは朝7時。
スーパーもまだ開かない。

そのとき思い出した。
フランスで、フランス語の先生(生粋のパリジェンヌ)から聞いたクレープ談義。
「一番おいしいのは、バターとお砂糖のクレープよ!なんといっても、シンプルだけど味わい深いの!」
彼女のクラスの生徒たちはそんなわけでお砂糖バタークレープの信奉者になったのだけど。

人間、窮地に陥るとどこからか救いの手が差し伸べられるものだ。
早速表面を軽くトーストしたパンにバターを塗って、お砂糖をまぶしてみる。
はるにも一緒にお砂糖をかけさせたら、嬉々として食べた。

こうして二三日に一度はリクエストされるようになった。

慣れてきたらわかったのだけど、たかがお砂糖とバター、と侮るなかれ。
その分量のバランスが、とっても難しいんですから。
シンプルだからこそ、バターのこくと僅かな塩気、お砂糖の甘さ――甘すぎてはいけない、でも甘くなくてはいけない――の微妙なバランスに気をつかう。
実ははるが作るのが、一番おいしくできる。
控えめにぱらぱらやるのがいいらしいのだ。

…なんてことを四川先生に講釈していたら、翌日冷蔵庫に「バターシュガー」と書かれた円形のプラスチックケースが。
世の中にはこんな便利なものがあったんですね。
パンに塗って、トーストするのだそう。

ところで、トーストを食べる時に、パンを焼いてからバターを塗る人と、バターを塗ってからパンを焼く人がいらっしゃいます。
私はつねづねは前者なのですが(サクサクの食感が好き)、このお砂糖バターパンに限っては、バターの面がふわふわしっとりの方が美味しいように思い、二枚重ねてトーストして、それから内側の面にバターとお砂糖を塗ります。
お試しあれ。

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June 26, 2008

革命は起こった、突然に。

革命は、ある日突然人の心に忍び寄り、みるみるうちに肥大して、その背を押して行動に向かわしめる。
ある日突然に。

いや、本当のところ、序曲はあるのだろう、それと気づかないだけで。
気づかないから突然降って湧いたように思える。
ブルボン朝が見たフランス革命しかり。
大奥が見た江戸城無血開城しかり。
そして今回私が見た、四川家晩酌革命しかり。

我が家の革命も突然ひそやかに起こって、それまでの常識を一転させてしまったのだ。

自家製梅酒を作りはじめて三年、今までただの一度も自分から飲もうとしなかった四川先生が、毎日梅酒を飲んでいる。
革命である。
私の梅酒はある日突然に、人権(酒権?)を獲得したのである。

誰も飲まないから、今年は梅酒を作らずにいるつもりだった。
うちには作ったものの飲み手のない梅酒の瓶が4つ5つゴロゴロしていた。
三年間、来客時に無理矢理勧める以外、まるで手つかずだった。
だから、大掛かりな掃除の度に「この邪魔な瓶どもは、何とかなんないの?棄てちゃだめなの?」と、邪険に扱われてきたのだ。

それなのに。
一体どんな魔法が彼にかけられたのかは知らないが、今四川先生は、「毎晩飲んでいるこの梅酒がなくなったらどうしよう」と心配するほど、梅酒が気に入っている。
梅干しをつけようと梅の実を干していたら、梅酒にしろとしきりに圧力をかけてくる。
見るからに立派で粒が大きい曽我の梅は、そんなわけで急遽、梅酒になることになった。

一体全体、何が起こったというのだろう。
邪魔にされていた瓶から、琥珀色の梅酒だけを救出して、ペットボトルに移し替えたせいだろうか。
追熟中の梅の実の、なんともかぐわしく甘やかな香りが、シェエラザードのごとくに、無情なスルタンを懐柔したのだろうか。

夜ごと、梅酒を青いイッタラのグラスに注ぎ、ソーダを加えて相好を崩す四川先生。
心境の変化をもたらした要因は一体何なのか不思議でならないが、ささやかだか大きな晩酌革命、喜んでいるから、まあいいか。

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June 25, 2008

枇杷の実

枇杷の実
あめふりの土曜日、廊下が賑やかだった。
夕方前の、影がにわかに濃くなってきた頃合いのこと。
集合ポストに郵便物を受け取りに行く途中、私の姿を認めたご近所さんに呼び止められた。
「あのね、となりの棟の階段そばに、枇杷があるよ。ご自由にどうぞ、って!」
早速傘をさして行ってみると、ざるに山盛りの枇杷!
階段そばにはまだまだたわわに実をつけた枇杷の木が、やわらかな雨に打たれていた。
20年以上前、そこに入居していた方が、枇杷の種を土に埋めたら、そんな大きな実になったのだそう!
今まではその方が収穫されてご近所に配っていたのだけど、引っ越された今年、子育て中のママたちが収穫を引き継いでくれ、同様に子育て中ママたち中心に、「どうぞ」と声をかけてくれたよう。
伝えられたママたちからまた、ご近所さんへ――。
「冷蔵庫で冷やして食べるとおいしいです」という親切なメッセージも添えられて。
好意が好意を生む、素敵な伝言が伝わっていく。
一昔前のご近所さんって、こういう間柄だったんじゃなかろうか。
雨にじんわり優しさの滲む夕刻、気持ちがとても晴れやかになる。

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June 22, 2008

幼稚園の洗礼。

幼稚園の洗礼、それは数々の病をもらってくること――。
ついに、はるが感染症を罹患して帰ってきた。
いつから患っていたのかもよくわからない。
でもとにかく、なんだか長引く風邪だなぁと思ったら昨日の夕方から突然咳がひどくなり、パパが救急病院に連れて行ったら、溶連菌感染症と診断された。
溶連菌、正式には溶血性連鎖球菌とかいう。
症状は風邪に似ていて、時に高熱や発疹を伴う。喉を痛めていると罹患しやすいのだとか。
飛沫感染するらしいのだけど、そういわれてみれば私もパパも喉が痛い。
もしかすると気づかないだけで、すでにみんな病人なのかも。

張本人のはるは、鼻が詰まって口で息をし、ひどく咳込み、まみむめもの発音がばびぶべぼになっているにも関わらず、明日幼稚園に行きたいとゴネている。
病院ではマスク着用を条件に登園が許可されたけど…とりあえず咳が収まるまではお休みさせようと思う。

こうやっていろんな病気をもらいながら、免疫をつけて大きくなっていくんだろう。
幼稚園、また新たな試練を過ごす、はるなのでした。

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June 19, 2008

夏休みのお楽しみ。

実はただいま、地元の美術館での親子イベントを企画中です。
夏休みの時期に、幼稚園児くらいのこどもと親を対象に、親子で美術館を楽しむイベントを行いたくて。
動き始めたばかり、といっても、開催はすぐそこ。
美術館さんはじめ、一緒に企画に携わってくれている方や、さまざまな事務手続きなどの手引きをしてくださる方など、多くの方のご協力をいただきながら、ちょっとずつ進行中です。

今日もはるを幼稚園に送り出し、企画書類を作って、お昼から鎌倉中心部で打ち合わせ(さあやも付き添いで一緒に外出、泣きもせずに親孝行です)、家に戻る途中はるを幼稚園からピックアップして、また再びデスクワーク(幼稚園児の汚れものを洗濯機でまわしつつ…鍋で夕飯のポトフを煮込みつつ…)。
こんなことをやっているので、作ったカレーを焦がしたり、生焼けケーキを作ったり、あちこち失敗も絶えません。

私がこうやって趣味に没頭するのを、あたたかい目で(?)見てくれ、フォローしてくれている、四川先生に感謝です(先日はカレーを焦がしたショックで料理拒否する私を、疲れているのに外食に連れて行ってくれました)。
それから、おままごととはいえ、「じゃあ今日は、はるがごはんつくってあげるからね!」と、おままごとセットを駆使して目に見えないハンバーグをつくってくれるはるの「子心」にも、大感謝。
家族の理解あってはじめて、いろいろなことをさせてもらっているなぁと実感するこのごろであります。

どんなことにせよ、なにか1つのことを作り上げて、実行していくのは、とても難しいこと。
…でも同時に、この上なく楽しいこと!!
頭の中で考えたことが、ひとつずつの形を持って、目の前に実現していく楽しみは、他のことでは味わえない格別の味。
3歳児のあったかい心遣いも含めて、多くの方のお手を拝借しながら、遊ばせていただいています。

美術館が子育て中の親子にとって、身近な場所のひとつになってほしい。
それに、こどもたちの鋭い感性が芸術と対峙する時の煌くような一瞬を、もっと親にも味わって欲しい。
そんな思いをちいさな形にした、イベントの予定です。
これには、私自身の体験が元になっています。
一昨年、はると一緒に美術館を訪れた時(迷惑もたくさんおかけして申し訳なかったのですが)、2歳になったばかりの彼が、何度も同じ絵のところに戻っていたこと。
私の友人達と一緒にそこを再び訪れた時、はるが彼らの手を引いて自分の好きな絵を案内して歩いたこと。
私にとっては驚きであると同時にこの上ない喜びでした。
こんな小さな、言葉がまだわからない子どもでも、子どもなりの感性で芸術を味わえるんだ。
そういう「発見」が、日々の育児の活力につながっていくと感じたひとときでもありました。

そんなわけで、あちこちご無理をお願いして、ご協力いただきながら、目下準備中です。
とにかく、裏方の私がもう楽しみで楽しみで仕方ない。
情報のリリースまで、まだ時間があるけれども、ご参加くださる方にも、楽しんでいただけたらいいな。

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June 16, 2008

あひる。

あひる。
以前キリンの上履き入れの時にふれた、はるの選んだ黄色い上履き。
いたずら心から、あひるにしてみました。
本人、幼稚園では「うわばき」ではなく「あひるちゃん」と呼んでいるそう。

今日幼稚園に送って行ったら、教室で早速お友達4人と「あわぶくたった、にえたった」をしていました。
なじんできたかな?

先週は熱と風邪でお休みがちだったので、家で「幼稚園行きたいよ!」と暴れまくり。
周囲の心配を良い意味で裏切って、幼稚園大好きになってくれて、なによりです。
今日から園はプール開き。
お風呂・シャワー嫌いのはるにはまた、試練かな…?

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June 13, 2008

全国行脚のお商売。

毎年、だいたい同じ時期に、同じ場所を訪れて商った、富山の薬売り。
彼らが全国を行商してあるいたのはご存知のことと思う。
今日、富山の薬売りが来るかわりに、信州の味噌売りが来た。
同じように、全国あちこちを行脚して、無添加手作り味噌の樽売りをしているのだという。

毎年2月になると、今年こそ味噌作りに挑戦するぞ!と思うのだけど、結局のところいつも取り掛かる前に挫折してしまう。
「面白そうだけど、大変そう」というのが、その実感。
作った後も、たまりをとったり黴をとったり、いろいろなお世話が絶えない。
それを思うと、ついつい腰がひけてしまう。

その、味噌に対する気持ちの引け目があったせいか、ついついとびつくように求めてしまった。
だって本当においしいんですもの!

我が家の味噌事情は市販の「仙台味噌」と、四川先生が名古屋出張以来好きな「赤だし」を、料理によって使い分けている。
状況によっては、2~3種を「あわせ味噌」にすることもある。
実家の母がよく、そんなことをしていたのをまねたのだ。
四川先生の実家は完全なる「仙台味噌」派。
だけども、味見をさせてもらった味噌は、今までに食べたことのあるどの味噌よりも、懐かしかった。
それが衝撃だった。

樽ひとつ――1年~1年半分のお味噌を購入するのも、決して安くない金額もためらわなかったのは、自分でも驚いたけれども、その理由は分かっている。
このお味噌と付き合いたいと思った、なにか根源的な感情。
昔のお味噌って、きっとみんなこういうお味だったのだろうな。

味噌屋さんが、これだけ流通のはったつした現代になってからも、おじいちゃんおばあちゃんが味噌を手作りしていた「本当の理由」を教えてくれた。
「味噌は、その季節の具材に合うように、四季に合わせて変化していくものなんですって」
市販の味噌ももちろんおいしいけれども、流通のために、意図的に酒精などで成長がとめられているものもあるのだそう。
手作りの樽の味噌は、四季に変化していく――そう聞いて、たまらなくなった。
(だいたい、四季や暦にかかわるくらしむきに、私はどうも弱いときている)

ねぎみそもおいしいですよ。
今の季節なら、玉ねぎとか、大根とか、ナスとかそういう季節の具材にとっても合います。
きゅうりやエシャレットにちょっとつけてもおいしいですよ。
おいしいお味噌を試した後に、そんな文句を聞いて、平常心でいられるはずもない。

そんな顛末で、樽入りのお味噌、一年間付き合ってみようと思う。

そうそう、味噌屋さんが言うには…食パンに味噌を塗ってトーストすると、ピザのような焼きおにぎりのような、不思議だけどとってもおいしい食べ物になるんですって。
興味ある方、お試しあれ。

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June 11, 2008

軒先のクリムト

軒先のクリムト
幼稚園への送り迎え、ふと通った民家の軒先に、どこかで見たものがあった。
あちこち、思うままに伸びて咲いた小さな花。
この円の散らばる感じは、クリムト絵画の一部を切り取ったかのよう。

クリムトは「水蛇」が一番好き。
「水蛇」に、私はオフィーリアを重ねて観てしまう。
オフィーリアは、文学作品の中で私が一番好きな女性だった。
悲劇のヒロインの代表格として語られる彼女だけれど、気がふれるまで誰かを愛することができるのは、むしろ幸せだと思うのだ。

今年のNHK大河で取り上げられている「篤姫」とクリムトは同時代を生きたのだそうだ(オープニング画像にクリムトを思わせるデザインがあるのは皆さんお気づきだろう)。

凛とした女性像をいくつも描いたクリムトと、オフィーリアとは正反対に思える気丈な御台所。
もし二人が出会っていたら、どんなことになったろう?
クリムトが篤姫を描いたらどんな絵になったろう?

とりとめのない想像に花が咲く、路傍なのだった。

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June 09, 2008

おじさん好きにすすめたい。

胆力がほしい。
と、思うのは、この映画がマフィア映画だから、かもしれない。
「ドン・サバティーニ」。
主人公は、数年前ミュージカル映画「プロデューサーズ」で主演したマシュー・ブロデリック。
大学入学のためNYに出てきた青年が、「ゴッド・ファーザー」そっくりの、ドン・サバティーニに出会って見込まれて…というコメディ。
(ちなみに「ゴッド・ファーザー」のドン・コルレオーネを演じたマーロン・ブランドが、ドン・サバティーニを演じている)

あまり期待もせずにみたのだが(失礼!)、なかなかに面白かった1作。
愛情深いドン・サバティーニに、じわじわと好感を寄せてしまう。
マフィア社会なんて想像もつかないけれど、どんな組織においても、その頂点にたつボスには、胆力が備わっている。
いくつもの愛憎をとおりぬけてきたが故の、底力ともいうべきか。

酸いも甘いも苦いも噛み分けたドン、渋くて格好良いおじさんです。
こういうおじさんには憧れてしまう。
「人格者」とも、ちょっと違うように思うけど、胆の据わった人間に弱い私は、ほれぼれとしたのでした。

だって、ドンの家の居間に飾られているのは、本物の「モナ・リザ」!
こんな素晴らしい絵が、ガラスに入れられているのが許せない!という理由で(!)精巧なフェイクとすり替えてしまったというのだから。
そしてその「モナ・リザ」を前に、「今日は人生最良の一日だ」と娘の前で涙を流す。

こんなおじさんを、手に負えないいたずらっ子の延長線で考えてしまうのは、もちろんこれがフィクションだからだけど。
もしかして現代って、こういうフィクションにしか、純粋さや胆力が残っていない時代なのでは?
すぐに一喜一憂、ちいとも胆力がない私は、せめて子育ての間だけでも、胆力が欲しいと、節に思います。

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June 08, 2008

かおり梅酒。

毎年、このくらいの時期には梅にまつわる手仕事にいそしんでいる。
…だが作るのが面白くて作るくせに、ちっとも飲まない梅酒は、増える一方。
今年は思い切って、梅酒はなし。
梅干と梅のシロップだけで、おしまいにしようと思っている。
昨日はこどもと一緒に飲める、梅のはちみつ漬けをつくった。
これから徐々に、梅干の準備に取り掛かる予定。

そこで、昨年までにつくった梅酒の整理に手をつけた。
単なる梅酒じゃないものを…と思って、少しアレンジした一昨年の梅酒が、なかなかいい出来。

ひと壜目は、名づけて「香梅酒」。
梅酒をサイダー(甘くないもの)で割って、シナモンでかき混ぜて飲んだのが美味しかったので、最初からシナモンなどスパイスを一緒に漬け込んでみたのだ。
「お茶パック」にいれてつけたのは、シナモンとスターアニス、それにクローヴ。
カタカナだといかにも今様に思えるかもしれないが、どれも古くから日本で使われていた香辛料。
それぞれ和名は、肉桂、八角、丁子。
これなら、なんとなく合うような気がしたのだ。

できあがりは…予想以上。
量を少なめに入れたせいか、スパイスが主張しすぎず、甘みばかりが目立たず、「大人の飲み物」風になった。
氷できりっと冷やして、サイダーで割って飲むと、さっぱりとする。
私のレシピは、梅1キロに対して、シナモン4本、スターアニス5個、丁子3個。
そこに氷砂糖を好みの量で加える(私は控えめが好みなので、通常量から少し減らして加える)。
スパイス好きを自負している御仁なら、もう少しシナモンの量を増やしてみてもいいだろう。

材料と比率を変えて作ったもうひとつの「薫梅酒」の方は、カクテルのような深い味わいになっていた。
私は基本的にサイダー割で飲む場合が多いのだけど、甘めだけど甘すぎないお酒が好きな方ならば、そのまま飲んでも美味しいはず。
梅1キロに、シナモン4本、スターアニス2個、オレンジピール小さじ1杯、カルダモン5粒、フェンネル小さじ1/4杯。
カルダモンはあまり馴染みがないようだけど、小荳蒄という和名で生薬のひとつにも数えられているし、オレンジピールは陳皮、フェンネルは茴香、やはり漢方の材料にもなっている。
…なんてもっともらしいことを書いているけれど、そういう確固たる判断基準があったわけではなくて、なんとなく自分好みの香辛料を、味覚と勘に従って、適当に配合しただけ。
ぜひ皆さんご自分の好みの香辛料で試してみて欲しい。
香辛料を加えた梅酒、私自身はこちらの、梅酒の味わいの根底でより複雑に絡み合う薫りが、どちらかといえば好みだった。

「香梅酒」は控えめでつつみこむような。
「薫梅酒」は個性的でにおいたつような。
江戸時代の女性に喩えるならば、名のある武家の息女と、粋筋の姐さんのような感じ。
同じ梅なのに、ほんの少し、加える手に違いが出るだけで、こうも印象が違うものかと、改めて梅酒の面白さ、奥深さを感じた。

そうそう、氷砂糖でつけるべきところを、黒糖で仕込んだ梅酒もなかなかに美味で、とろりと豊かな味わいに舌鼓を打っている。
こちらは上のふたつとは少々違って、濃厚な味わい。

これから梅酒を仕込むみなさん、もし興味がありましたら、一度お試しあれ。
今つけて、だいたい半年後、冬頃から飲めます。
自家製梅酒でお正月。
どうです?そんなのも。

それから上記の梅酒たち、味見希望の皆さんは、小瓶を郵送するのでご遠慮なくお申し付けくださいまし(なにせ、飲み手のいないお酒ほど、寂しいものはないですからね)。

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June 06, 2008

みどり滴る季節。

Sa3b0056梅雨いり、と聞くと、どうしても空気の重苦しい感じとか、ちっとも乾かない洗濯物のこととか、とかく不快なことばかり思い起こしてしまう。
だが、視点を変えてみればそれは、恵みでもある。
はるとお散歩をしていて、足元に目をおとしたら、こんなに綺麗な緑が広がっていた。
クローバー。

先日『オランダの光』という、美術に関するドキュメンタリー映画をみた。
西洋絵画の伝説のようにささやかれてきた「オランダの光」、もう失われてしまったというその光が、本当に特別な光だったのかどうか、画家たちの意見や歴史、それに科学的な実験などから紐解いていく内容。
なぜあんなに透明で、鮮やかな、色彩なのか。
映画内のひとつの説ではその秘密を、空気中の水分と、干拓されてしまった大きな湖・エイセル湖の水面の、光の反射の関係ではないか、と言っていた。

そのことを、思い出した。
我が家の傍には柏尾川という川が流れている。
そのすぐ近くにある公園で見つけたクローバー。
だからだろうか。
あまり綺麗な川とは言いがたいけれども、水面はエイセル湖と同じように「鏡」の役割を果しているに違いない。
常の季節に比べて、大気中に水分が多いからなのだろうか、色彩がより鮮やかに目に写るのは。
植物には慈雨であろう長雨。
その水分が、ほんのわずかな日常に、文字通り色を添えているのかもしれない。
緑をも滴らせているのかもしれない。

そう思って雨自体、楽しもうではないか…と思いつつも例年より晴れ間を心まちにしてしまうのは、
毎日泥だらけになって帰ってくる幼稚園児の、増える一方の洗濯物のせいだろうか。
まだまだ私も修行が甘いものだ。

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June 04, 2008

たのしいらしい。

Sa3b0077幼稚園が楽しくて仕方ないらしい。
初日、早めの11時半にお迎えに行った時は、ごねるかと思ったのに結構さっさと帰ってきて、「明日もはやく帰っておうちでおひる食べる」と言っていたのに、翌朝になると突然「ママ、幼稚園でお弁当が食べたいよ!」と言い出した。
何か夢でもみたのか、あるいは寝ている間に考えが変わったのか…?
(寝言で「ママ、プテラノドンこわいのよー!」と泣いていたけど、なにか関係があったのかな?)

そんなわけで、慌ててお弁当づくり。
年少さんはお弁当がはじまって約1ヶ月。
今の時期は「食べられた」感を大事にするらしく、好きなものだけ入れてきてください、とのお達し。
はるのお弁当には、甘い卵焼きと、から揚げ、ハム、それにふりかけのおにぎりをいれた。
初めてのお弁当、自分が言い出したせいもあるかもしれないが、ちゃんと全部を食べて、満足げに帰ってきた。
から揚げに刺したピックが、近頃凝っているポケモンだったのも、効を奏したのかもしれない。
私自身、それなりに片付けなければいけないこともあったのに、幼稚園が終る14時まではそわそわして、10分おきに時計とにらめっこしていた。
大丈夫かな、お友達と仲良くできているかな、ひとりで我侭を言ったりしていないかな、そう考え出すと落ち着かなくなったけれども、目に届くところにガミガミママがいない分、はるものびのびやっているかとも想像できる。

はるが幼稚園で目一杯楽しんで遊んでいるかと思うと、私も気持ちが楽になる。
今までは、さあやの体調で外へ出られなかったり、私が家で入園準備をしたいから公園にも連れて行かなかったり、(もちろん週2回のグループの他、買物など日常の外出はあったけど)、そんな毎日がしばらく続いたから、はる自身、きっと遊び足らなかったのだと思う。
母親として、心苦しいときも、結構あった。
実際今までべったり一緒にいて、始終構ってきていたのがなくなると、こういっては何だが、私も楽。
少し寂しいような、気の抜けたような気もするけれども、それよりほっとひと息をついて、自分の思うように時間を使えるありがたさも感じる。
さあやもまだまだ手がかかるから、助かる、というのが正直なところ。

お迎えにいったら、お友達をひっかいたことが判明、その子とお母さんに平謝りに謝って、はやくも米搗きバッタ体験をした。
いつかは…と思っていたけど、まさか二日目でやるとは、思わなかったなぁ。
はるに「お友達と仲良く出来ないと、『はるくん、幼稚園にもうこないでください』って言われちゃうんだよ」とせつせつと語って聞かせると、殊勝にも「はる、お友達叩いちゃったんだよ。仲良くするよ」なんてべそをかくのだけど。
悪いことだとはわかっているのだろうけど、気持ちのコントロールがどうやったらできるかが課題(オトナでも感情のコントロールが難しいこともあるもんね)。
つまづいても、たおれても、ちょっとずつでいいから前進していければ…。
経験値をつけてくれる幼稚園様様、伏し拝みたい気分だ。

毎日のリズムづくり、特に朝の戦場のような忙しさはあるけれども(私自身は朝食ヌキの日も…)、まだまだわくわく楽しみの方が勝っている。
この調子で、夏に突入できたらいいのだけど!

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June 03, 2008

ようやく収束。

Sa3b007500015月の半ばからかかりっきりだった幼稚園の入園準備、その後結局体操着いれ、お弁当(コップ&スプーン)いれ、レジャーシートいれ、食事用ナフキン2枚と、ハンカチ4枚を縫って、収束した。
何故ハンカチまで縫っているのかというと、幼稚園のスモックのポケットが小さくて、市販のハンカチが入らないからだ。
数年前の裁縫熱のときに、はるになにか作ってあげようと思って購入していたUSAプリントコットンが役に立った。
それから幼稚園でリュックや洋服をかけるフックにつける、目印。
クマの背中に名前をいれた、手のひら大のマスコット。
それをフックにかけて、自分の場所を特定するのだ。
よくもまぁ、こんなにつくったこと。
私の不器用・面倒くさがり・短気の三拍子を良く知る母がとても驚いていた。
実際自分でも、結構がんばったかな、と思う。
(なかなか思い浮かばない図案を考える作業が、一番楽しかったのだけど。紙とペンだけで済むから)

クレヨン1本にいたるまで、持ち物全てに名前をいれる作業もなかなか骨が折れた。
油性ペンの「細字」を持ってしても、およそ2センチのところに名前をかくのはきゅうきゅうする(8文字って長いですね)。
それから、裁縫とは違うけれども、制服をくださった方に、お礼のキモチをこめてパウンドケーキを焼いた。
たまたま同じ「たんぽぽぐみ」さんなので、お渡しする機会もすぐにあった。

そんな準備のひとつひとつが苦にならないのは、やっぱり幼稚園に行くのが嬉しいから。
はる自身が楽しみにしているのも、こどもの成長が親として嬉しいのも。
親子ともども、新しい環境に身を置くのは緊張しているけれども、幾分期待の方が大きいのかもしれない。
卓袱台にのせたミシンで裁縫しているので、長いこと作業していたおかげで腰を痛めた。
下手なおかげで緊張して作業しているので、肩のこりがお風呂に入っても治らなくなった。
四川先生が、湿布を買ってきてくれた。
腰に、肩に、湿布をべたべた貼りながら、それでもなんだか嬉しかった。

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June 02, 2008

ひとり入園式。

ついに、今日から幼稚園デビュー。
夕べ、幼稚園が楽しみで仕方ないはるはさっさと寝たものの、私は緊張して寝付けず、結局朝の鳥の声を耳にしながらうつらうつらしただけ…。
とびきり濃いエスプレッソを2杯一気飲みして、幼稚園に出かけた。

はるはとにかくうきうき。
登園する子供達(もちろん知らない子たち、年中さん年長さんも含めて…)に目がいって、あちこち「あ、おともだちだ!おともだちだ!」と大騒ぎ。
「たんぽぽぐみ」に辿り着くまでに、ひどく長い時間を過ごしたような気がする。
そんなこんなでバタバタ過ごしたせいか、よりにもよって、幼稚園の前で写真を撮るのを忘れ…!
これはお迎えの時にリベンジしようと思う。

私が帰るときにも、はるは「ばいばい」とそっけなく手をふっただけ。
早速教室の中を走り回って注意されたり、お友達の帽子を自分のと間違って奪ってトラブルになっていたり。
二三日通って、あたりの様子がわかってきたら、案外スムーズに行くのではないかと思うのだけど、ちょっと心配なところでもある。
はるが入った「たんぽぽぐみ」さんは、全部で17名。
そこに担任の先生と、副担任の先生がいらっしゃる。
担任の「あきこせんせい」に会うのが、はるの楽しみのひとつでもあったようだ。
目尻が下がった、とても優しい、気さくな先生。

教室の前には既に「おかあさんグループ」と思しき塊がいくつかできていて、入り口で顔を合わせたお母さん方には挨拶をしたものの、新参者にはなんだか居辛くて、そそくさと帰ってきてしまった。
クラス委員のお母さんがお声がけくださったのだけど、12日には「ランチ会」をするそうなので、ゆっくりなじんでいこうと思う。

月火木金は給食やお弁当で2時までの保育なのだけど、今日は初めてなので、慣らしのつもりで11時半にお迎えに行く。
子どもだけの初めての社会生活、どんな様子なのか…お迎えに行くのが楽しみなような、ちょっと怖いような。
子どもの成長は早いのか、ゆっくりなのか、よくわからない。
ついこの間ようやく立ったようにも思えるし、もう十年くらいずっと一緒に過ごしているような気もする。
それでも日々、いまだに毎日なにかひとつ以上できることがあって、いつも驚かされる。
「同じ日」なんてないんだ、と当たり前のことにハッと気づかされる。

とうとう、幼稚園に入った。
なんのセレモニーもないとはいえ、息子の成長が少しだけ誇らしい、「ひとり入園式」の朝なのである。

※余談ながら偶然にしてこの記事がHARUBOOKの1000件目の記事となりました!みなさま、長いことお付き合いくださいましてありがとうございます。今後ともどうぞよしなにお願いします。

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