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April 2008

April 30, 2008

しょうゆが出たよ。

黄金週間、とくに出かける予定のないわが家。
じゃあちょっと贅沢しよう、ということになり、駅でパステルのプリンを買ってきた。

四川先生は塩キャラメルプリン。
私はミルクプリン。
はるが選んだのはオーソドックスなプリン。

コーヒーブレイクを楽しんでいると…
「ママ!しょうゆが出てきたよ!」
と、はるが叫び出したのである。
カラメルソースというのだと教えると
「そっかぁ、キャラメルしょうゆかぁ」
と、納得している。
イマイチ違うのだけど、カラメルはキャラメルのことだし、ディテールの違いをこどもにわかる言葉に翻訳するのは骨が折れた。
悶々と考えているうちに、すっかり食べ終わったはるは子ども部屋へ一目散に走っていってしまった。

プリンから出てきたのはしょうゆではない、とわかったかどうかは、次回に持ち越し。

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April 27, 2008

バナナパン

バナナパン
はるとバナナパンをつくりました。
夜に焼き上げて、翌朝の食事にしようと思っていたら…私が朝のコーヒーをいれている間に、はるがかぶりついていました!
一斤を両手で持ち、ガブリ。
「おいしいねぇ、はるちゃんのつくったバナナパン!」

バナナの皮むき、粉ふるい、混ぜ合わせを手伝ってくれたのですが、自分の手をかけたものに愛着を持ってくれたのが嬉しい!偏食のはるは、果物もあまり食べてくれないので(もちろんバナナも苦手)、こうやって食べてもらわないと。

ウキウキと切り分けたら、不思議なことに、あまり食べなくなりました。
かぶりつくのが、楽しかっただけなのかしら…?

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April 26, 2008

よく泣きよく笑い

よく泣きよく笑い
よく泣きよく笑い
さあやははるに比べて成長が実にはやい。
女の子だから、二番目だから、いろいろな理由があるだろうが、私たちには新鮮な驚きばかりを与えてくれる。
たとえば、笑顔。
2ヶ月目にして筋肉の収縮ではなく自分の意思で笑顔をつくる。
とくにパパがあやすのが気に入っていて、時には声をたてて笑ったりする。

泣くのは、主に空腹と眠気の訴えで、たまに構ってほしいときの甘え泣きもある(写真は空腹泣きのとき)。
それもギリギリまで泣かず、自分の拳や指をしゃぶって我慢している時もある。
そんなときは、子ども部屋から、規則的でウェットなチュバチュバ音が控え目に聞こえてくる。行ってみると、袖口をビショビショにして、一心不乱に自分の拳や指をしゃぶるさあやの姿がある。

赤ちゃんて、こんなにかわいいものだったかなー、と思う時がある。

はるのときもかわいかったのだろうけど、たった三年半の出来事を覚えていない。
だからいちいちが新鮮で、そういえばこんなときもあったかな、とうっすらしたはるのときの記憶も一緒に楽しんでいる。

私以上に可愛がっているのは、パパである。
娘、というのが、特別らしい。
その相好の崩れたるや。
とろけたアイスクリーム然り、角の立たなくなった生クリーム然り。
控え目に言って、メロメロである。
帰宅するとまず、さあやのベッドに直行するほど。

はるも大事にしてくれるし、まさにおひいさまだ。

表情豊かなのが楽しく、笑わせようとしていろんな技を夫婦で競っている。

赤ちゃんのいる生活、まだ楽しめる余裕があります(寝てくれているばかりなので)。

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April 22, 2008

やさしいお兄ちゃん

やさしいお兄ちゃん
あのワガママ坊主が、さあやにとってもやさしい。
さあやが泣いていたら、オルゴールを持ってきて、鳴らしてあげていた。
ずっと前に私がやっていたのを見て覚えていたらしいのだ。

そのほかにも、ゆりかごを揺らしてあげたり、大丈夫だよーと声をかけてあげたり、なんともやさしいお兄ちゃんなのだ。

赤ちゃん帰りをして甘えるときも少しあるけれど(ごはんを食べさせてくれと口だけあける)、概ね「お兄ちゃん」に助かっている。
さあやの成長に伴って、どんな兄妹になるやら、楽しみである。

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April 21, 2008

目に青葉 山時鳥

目に青葉 山時鳥
初鰹、である。

今のいままで、初鰹よりも秋の戻り鰹の方が旨いものと思っていた。
戻り鰹の方が初鰹に比べて味わいが濃く、脂ものっている。
だから、初鰹などありがたがるのは江戸っ子のミーハー気分と認識していた。
そもそも鰹を有り難がるのは関ヶ原以前、北条氏が戦に出る船に鰹が飛び込んできて、その戦で大勝したから。
先勝に通ずる魚と喜び「勝魚」と字を当てて徳川家はじめ武家が縁起物として扱った。
それが町方に広がっての風習で、「初物を食べると寿命が75日延びる」という初物信仰とあいまって、言ってしまえば「縁起物」として珍重しているだけなのだと思っていたのだ。

どうもそれが違うらしい、と池波正太郎だったか杉浦日向子だったかのエッセイで知った。
すっきりとした上品さの中に生命そのものを食べているという実感、それが味わえる希有な美味だと、書かれていたように思う。
実際に、取れたての初鰹を食べるとまさにそのとおりで、目からウロコが落ちた。

スーパーのパック入りとは言え、勝浦港に朝あがったばかりのとびきり鮮度がいいのを買ってきた。
刺身をひくと、刃に吸い付いてくるような弾力がある。
生姜もいいけど、大蒜が合うんだよ、との四川先生の言に合わせ、おろした大蒜を少しのせていただいた。
ちなみに江戸っ子はからしで食べていたそうな。
いつものように、半分はお刺身で、半分はヅケにして…と思っていたのだけど、あまりに美味しくて、ひとさくまるまるお刺身で堪能した。
鰹は個性の強い味わいだけれども、主張し過ぎず、すっきりとしみじみ美味しい。

少しだけ、江戸っ子の気持ち(なにせ、女房を質にいれても、というのだから)に近づいた気がした。

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April 19, 2008

おとなのお遊び。

書店に行くと、出版社のPR誌が「ご自由にお持ち帰りください」と書かれた紙の下に平積みされていることがある。
本好きとはいえ「読まず嫌い」の作家が多い私にとっては、これらの雑誌が、次に購入してもいいなと思える作家に出会う貴重な場でもある。

運良く気に入った作家に出会えたら、既刊を探しつつ、気に入った作品の刊行をじっと待つ。
そうしてようやっと手に入れた本の、なんと眩しいこと。

『清談 佛々堂先生』は、その典型ともいえる一冊だった。
私がPR誌上で作品を知った時には既に単行本が出ていたのだけど、書店はおろか、ネットで古書をしらみつぶしに探しても、タイミングが悪かったのか手にすることはできなかった。
だから、ある時文庫本に挟み込まれた近刊の案内チラシにタイトルを見つけた時はなんともいえず嬉しくて、早速Amazonのお急ぎ便で翌日届くよう注文したのに、只の一夜さえもがもどかしいほど、ウズウズした。

平成の魯山人、と説明される佛々堂先生が、和の美しく優雅な謎を造り上げる。
読み手は先生の掌で右に左に転がされながら、その世界に心遊ばせる。
季節感をたっぷり取り込んで語られる物語は、大人だからこその贅沢な遊び心に満ち、美への限りない愛情を垣間見せながら、今まで見ていた世界の見方を少し変えてくれる。

例えばそれはこんなことだ――
魚料理に添えられた山椒の木の芽を、指先で揉み込む。
その同じ指で杯を取り、日本酒を口に含む。
すると――木の芽の香気と、酒の味が、口中で混ざり合い、えもいわれぬ馥郁たる美味となる。

すぐにも試してみたくなるではないか。

願わくば、佛々堂先生の掌中で、実際に客として遊ばせていただきたいものだ。
いや、あるいは自分が佛々堂先生のように、ひとつの「世界」を造り上げるのも、捨てがたい。

大人ならではの「粋」な世界が、たっぷり詰まっている物語。短編集なので、読みやすいのもいい。
「和」が気になりだした人なら、必ず気にいる作品だろう。
活字の中に広がる夢幻の世界に、ゆるりと心遊ばせていただきたいものだ。

気の早いことだが、続刊の刊行が楽しみでならない。


『清談 佛々堂先生』
服部真澄
講談社文庫

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April 18, 2008

ノイズ

滞りなく一切が終わり、遠方から駆けつけてくれた親類も帰途につき、少しずつ重みのある寂しさが訪れた、仙台の四川家。

先生だったおばあさまご自身のご人徳はもとより、義父母の人柄で、多くの方がお別れに来てくださり、自宅が花で溢れかえった。
力を貸してくださる方も多く、改めて日頃の両親の社交性を感じた数日間であった。

私には、嫁いで初めての大きな仕事である。
結婚式の際にお目にかかっていない親類の方も多く、ご挨拶したり、ご無沙汰している方々とお話しがてらお酌に回ったり。
あるいはお手伝いに来て下さっている義母の友人の方々にお料理を教わったり、子どもたちの世話をしたり。
バタバタ飛び回っているうちに1日が終わっていくのだけど、はるは昼間大勢の方々にお目にかかって興奮するのかなかなか寝ないし、さあやも寝ては起き寝ては泣きを繰り返して、あげく二人とも風邪を引き看病もあって、私自身の体はなかなか休まらない。
しかしながら、喪主である義父が一切合切を取り仕切り、義母がサポートしていることに引き比べれば、まるで何もしていないにも等しく、一日一日が茫と過ぎ去っていくようだった。

日頃は安穏と暮らしているけれども、それは義父母の懐に包まれて遊ばせていただいているだけなのだなぁ、有事にはまるで役に立たないのだなぁと、少し肩を落とした。

まだまだ先のことと思っていた、「家」を守る責任の重さを、なんとはなしに考えるようになった。
家、というひとつの共同体の重みを、ひしひし感じた数日間でもあったからだ。
形成された「家」空間に外部から加わることは思いの外難しいようで、どんなに親和しようと努力を重ねても、所詮は「ノイズ」である自分の存在を、他ならぬ夫から通告される苦い体験でもあった。

女性は、その時々で、立場に見合った雰囲気や振る舞いを求められる。
個人である以前に、妻や母、あるいは嫁という立場が重要になる。
態度や行いについて、私は個人として評されるのではなく、実家の「家」が評価される。
私たちの結婚(見合い結婚)について「氏素性がわかっているから良かったね」と目を細められる。
他意悪意はない言葉で、本当に素直にそう思って下さっているのだけど、切っ先を突きつけられたように思えた。
これはまるで、「家」というしがらみに絡めとられていた明治以前の世の中のようではないか。
東北という風土柄かもしれないが、改めて結婚の意味を考えさせられた数日間だった。

いつの世にも、そうやって女性達は、やるせない思いを抱きながら日々を過ごしていたのかもしれない。
夫と、あるいは義理の家族と、完全に分かり合えるとは思っていないが、分かり合いたいと思うのも、幻想に過ぎないのだろうか。

「こうされたら嬉しいだろう、こうされたら楽になるだろう」という自分の思いがなかなか通じないという苦しさは、価値観の違いから生じるのだろうが、単なる数年間の積み重ねで判断せさるを得ない状況の中、役に立ちたいのにそれが叶わず、逆効果を生んだりするのは、何より辛いものだった。

どんなに努力しようと、所詮はノイズ。
「家族」という共同体に、自分は加われないのだと痛感した。
個人として何かを為すことを今まで考え続けてきたけれども、「家」を守ることあるいは嫁という立場は、まるで反対方向のベクトルを持ち、個をなるべく消し去り、家全体の持つ雰囲気に自分を合わせていくことに思える。
ジレンマ。
結局、私の個人としてのアイデンティティは、嫁という立場の上ではノイズを生み出す根源なのだ。
滅私というわけにはいかないが、そのバランス感覚が難しく、しなやかに受け入れている義母や実家の母の偉大さを思った。
きっと幾つもの試行錯誤や涙の末に磨き上げられた姿なのだろう。

遠い未来、私たちが「家」の中心に立ち切り盛りする段には、自分はもう少し成長しているのだろうか。

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April 09, 2008

花とともに…

四川先生のおばあさまが他界された。
つい二ヶ月ほど前、さあやが生まれる二日前に、満100歳を迎えられた。
天寿、であろう。
普段は介護施設にご入居されていたのだが、昨年末から体調を崩されることが多くなり、施設と総合病院との行き来を月に1度はご経験されてらした。
誰もがいよいよかと覚悟を決めても、何度も何度もご回復なされて皆を驚嘆させた末の、大往生だった。

私が嫁いだ時にはご実家で義母が介護していたのだけど、認知症を患われてからずいぶん経ってらした。
覚えていただけることこそなかったけれども、長きに渡って一緒に暮らした四川先生のことは覚えてらして、その嫁だ子どもだということに、毎回新鮮に驚いて祝福してくださるのが、ありがたかった。
国語の先生をなさってらしたおばあさまは、お話するときにはシャンとして「今どこに住んでいるの、あなたの実家はどこなの、そう、横浜でひとりで大変ね、がんばりなさい」などと仰っているのだけれど、夜にお休みになってからは、隣室に寝ている私達にも「おかあさん、おかあさん」と呼ぶ声が、声を包む静かな夜ごと届いていた。
既にこの世では会うことの叶わないひとを、そうと知らずに呼ぶ声は、いっそう悲しい響きがした。

子どもの世迷言なのかもしれないが、不思議なことがあった。
三日ほど前、子ども部屋で一緒に遊んでいたはるが突然、「あ!」と言って押し黙り、「おばあちゃんの声が聞こえたね」と言った。
「なんて言ってた?」と聞いたら、「帰るよ、って言ってたね」と答えた。
不思議に思って、どこのおばあちゃんかと問うと「となりのおばあちゃんだよ」と言う。
うちは角部屋で、しかも隣室は昨年来空き部屋である。
もしかすると、おばあさまが、曾孫たちに会いにいらしたのかな、とふと思ったところだった。

別々の現象を勝手に想像力で結び付けているだけなのかもしれないが、結びつける理由も、ほんの少しある。
私自身のことなのだが、私が満1歳になった翌日のこと、夕方突然に火がついたように泣き、なにをしても泣き止まず、尋常ならざる様子だったのだそうだ。
常にはそんなことがなかったので、母はとても不思議に思ったそうだ。
夜にJR(当時国鉄)から電話があり、東京に出張していた曽祖父が心不全を起こして亡くなったことを告げた。
山手線の中で亡くなったまま何周もしていたらしく、周囲が異変に気づいたときにはもう完全に、心臓も呼吸も停止していた。
死亡推定時刻は、まさに私が尋常ならざる大泣きをしていた時間だった。

他ならぬ自分についてそういう話を聞かされて育ったので、この世の中には、目に見えぬ不思議な「つながり」がちゃんと存在しているのだと、思わずにはいられないのだ。

(余談だが、最近はるは不思議なことをよく口にする。
「鬼がいる」と言い出し、どこにいるか聞いてみたら「パパのところに鬼いるでしょ」とベッドで寝ている四川先生のことを指差した。こわいだったか黒いだったか、そんなあまり有難くなさそうな鬼がいると言っていたと思ったら、起きてきた四川先生が「風邪ひいたみたいで具合が悪いんだ」と言ったので驚いた。
体調が悪いから鬼がついたのか、鬼がついたから風邪になったのかはわからないが、鬼と身体の不調がぴたりと符合したのにびっくりした。昔のひとたちが、病は鬼や悪霊が引き起こすといったのは、あながち迷信じゃなかったのではないか、とも思った。単に、私たちの目に見えなくなっただけで。
子どもの目には、自分達には見えなくなってしまった世界が見えているのだと羨ましくさえあった。)

桜の花が、春の嵐にあらかた散らされた明くる朝の、しらせだった。
仙台は、ようやく花が開花した頃なのだという。
私たちも仕度をしてすぐに北上する。
既に散った花を、もう一度咲くところから眺めるのは、まるで時間を遡るようで奇妙なものだ。
しかしながらそれは、なにかひとつの現象についての再生のサインのようなものかもしれない。
いのちはつづく。
おばあさまは、肉体からも時間からも自由になられて、ようやくご自身のおかあさまに会える。
それを前に、この世での血の行く末を見に、はるとさあやに会いにいらしたのかもしれない。
こちらでは花は散り、別の場所では同じ花が咲く。
おばあさまをなぐさめるべく、あるいは遺されたひとたちをいたわるべく、花は優しく映るだろう。
それに、天からの桜の眺めは、格別美しいに違いない。

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April 07, 2008

じりじりしたよろこび。

080401_1622010001新しい本棚に本を並べるのは、なんと楽しいことだろう。
この段には美術の本、ここは特別に好きな小説、こちらは料理の本…と、内容を思い描きながら並べていく作業は格段に面白い。

六畳間の書斎の壁一面をほぼ覆いつくす既存の本棚は、三分の二が私の蔵書。
増える一方減ることのない棚で、一段に最低2列、文庫本に至っては3列が並んでいる。
それでも足らずに隙間という隙間に横積みしていたのだが、家の大模様替えに乗じて我が家に新しい本棚がお目見えした。
置き場所は、ベッドサイド。
うちにある家具は壁一面の本棚を除いてはどれもそうなのだが、この新しい書架も背の低い横長のフォルム。
私も四川先生も「つくり」が小ぶりなせいか、背の低い家具に安心感を覚えるのだ(と、思う)。
十の棚に区切られたダークブラウンの新しい書架は色もお気に入りなのだが、実はカラーボックスを横積みしただけの非常にリーズナブルな品である。

私の夢は「図書館のような家」に住むこと。
いつも好きな本に囲まれて、その中の世界を浮遊していたいのだ。
名前、内容、あるいは本の規格など、本棚整理の方法は人それぞれだと思うけれど、私の場合は「こんな気持ちになりたい」という非常に曖昧な「フィーリング」を軸にして整理している。
そのためか、本棚の構成を考えることは、思考回路を整えることでもある。
どんなシーンで必要になる本なのか、使い易いよう棚の位置を決め、並べる本が決まる。
ベッドサイドの書架には、「なごみ」を基軸に据えたので、何度も読み返したい小説や、ぱらぱらとめくりたい写真集、昔のことについて書かれた本(江戸時代から昭和まで)や、料理についての随想(たとえば北大路魯山人の『料理天国』とか)を並べた。

使い易い本棚は、仕事や暮らしの効率化のみならず精神的な安心感をももたらす。
だから、熱を入れて本棚構成を考えて整理をするのだけど、これが効率的どころかちっともはかどらない。
つい中身をのぞいてしまい、手が止まるからだ。

一日の終わりに感じるのは、今日も整理しきれなかった敗北感と、いろいろなジャンルの本をあちこちつまみぐい(読み?)したことによる充実感と満足感。
それはなにか、ちいさな自分の領域の中に、ひどく大きな世界につながる扉をたくさん抱えている気分だ。

この扉はどこにつながるのだったか…
一度読み終えた本でも、これから読む本でも、手に取った時に心に触れた「特定の部分」を探るようにして、作業が進められる。
だから、何日も何日もかかる。

本棚整理は、早くに終えてすっきりしたいような、ずるずるとゆっくりそのまま本の中の世界に引きずり込まれていたいような、拮抗する気持ちの奥底に、深いよろこびを感じる時間なのである。

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