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March 2008

March 31, 2008

花は桜、外は雨

満開の桜に雨が打ちつける、花冷えの月曜日。
雨が降ったり、曇っていたりすると、朝目がなかなか覚めない。
子どもの頃からそうで、学校や勤めで時間決めの暮らしの中でも悩まされ続け(遅刻の理由が「曇っていたから」では言い訳にすらなるまい)、おまけに雪女で冬場以外は雨に取り憑かれているものだから、始末が悪かった。
話してみると、意外と「実は私も…」という人が多い。
自分だけの現象じゃないのだと知ったのは、数カ月だけ医療雑誌の編集記者をやっていたとき。
睡眠外来が初めて出来た頃で、睡眠の仕組みやサーカディアンリズムについての記事を扱って、確か資料ビデオのようなものも見たと思う。
太陽の光が人間の睡眠のリズムを司っているのを知り、なあんだ私だけがおかしいわけじゃないんだ、と救われたような気になった。

ところで、隣に誰かが寝ていると、天気の如何に関わらずいつも以上に眠く、起き上がれないのはなぜだろう。
ひとり寝の時の緊張感が緩んでしまったかのような、ゆるゆるした眠りの中から抜け出せない。

私とさあやから一週間遅れて鎌倉に戻ったはる。
はるが来る前に…と入居以来の大幅模様替えと大掃除に精出すながらも、完全には終わりきらずにこの日を迎えた。
心配はよそに、はるは久しぶりの我が家(というより自分の玩具)に大喜び。
でも、今まで我慢していた「たが」が、家に帰ってきたら緩んだよう。
パパとはるが寝室のベッドに、私はさあやのベビーベッドの横に布団をひいて…と思っていたのだけど、ママと寝る、と言ってきかない。
結局、四川先生がダブルベッドにゆうゆうと、私とはるは子ども部屋の布団できゅうきゅうと夜を過ごした。

朝起きられないのは、雨のせいなのか寝息を立てる子どもの温かさのせいなのか、あるいはろくすっぽ寝ずに片付けていた疲労の累積か。

窓の外には雨に花を散らす桜の木。
花冷えの、朝である。

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March 24, 2008

ぐずり姫

ぐずり姫
環境の変化、ちいさな赤ちゃんでもわかっているらしい。
昨夜鎌倉についたのだけど、家についてからさあやはグズグズが治らない。
ちょっと寝たかと思うとまたすぐに起きて泣き、抱っこされて泣き止み眠って、また少ししては泣く。

そういえば産後病院を退院するとき「環境が変わってグズグズする赤ちゃんが多いですよ」と助産師さんに言われたっけ。
その後の入院した夜も、熱がおさまるといつもよりグズグズしていた。

一夜明けた今日も朝からグズグズが収まらず、一時間に一度は授乳して抱っこしている。
やっと寝たと一息ついてお茶を飲んだり家の模様替え・掃除の計画を立てたりしていると、またすぐに泣き始める。

ペットを家に初めて迎えた時も二、三日は暗くしてそっとしておくものだから、赤ちゃんにわからないわけはないのかも。

抱っこからベッドへおろすと泣き出すぐずり姫。
落ち着くまでは少し時間が必要らしい。

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March 23, 2008

アクピシナ

はるが不思議な言葉「アクピシナ」を連発するようになった。
「アクピシナみせて」「はるちゃんアクピシナみたいの」そう言われても何のことかわからなかったが、私の携帯を掴んでいくところを見ると、中に入っているデータにその不可解な名前のものがあるらしい。

アクピシナってなに、と聞いてみたら、はるは「ママ、アクピシナでしょう!」と口を尖らせる。
わかりきったことを聞くな、とでも言わんばかり。

はるが覗き込む画面を見てみると…NHKのこども向け番組『てれび絵本』で近頃放送されている「絵本寄席」シリーズの中の一作、「欠伸指南(あくびしなん)」が!
そういえば携帯でワンセグ録画予約機能を使ってみたくて、録画したんだっけ。

その落語がはるの琴線に触れ、何度も何度も見ているようなのでした。
一緒に見てみたら、なんともはる好みな落語。
気に入るのも納得です。

見るのみならず一部を覚え、おばあちゃんとお出かけする際に語ってみせたりも(でも「欠伸指南」を見ていないおばあちゃんには通じず…「何ひとりでゴニョゴニョ言ってるの?アクピシナ?なにそれ」となるわけだけど)。
この様子だと大学生になったら落研に入ったりするのかも?

いつか一緒に寄席に出かけられたら、と、またまた楽しみが増えました。

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March 22, 2008

立つ鳥、後を…

立つ鳥、後を…
いよいよ今日が最後の夜。
明日、私とさあやが先に鎌倉へ帰ることになった。
来週末もこちらに出張がある四川先生が、はるを連れてくるのは一週間後。
私の免許書換期日が迫っていて、本当はもう少しゆっくりしていたい気もするのだけど、帰らざるを得ないのだ。

5月の連休までいたら、と両家から薦められたのだけど、このタイミングで帰らなければなかなか帰れなくなってしまいそうな気がした。
なんだかんだ言って、子どもの面倒を見てくれる人がいるのはとても楽なので、私自身これに慣れてしまうと後がこわい。
現時点でも相当の打ち返しを覚悟しているのだから。

3ヶ月があっという間だったように、夏なんてすぐそこだろう(四川先生の父上は早くも夏の予定を立てていらっしゃる)。
とはいえ、四川先生のお家では暮らしの端々に寂しさが滲む様子…。
時折はるを預かってくれていた私の実家の面々も、口では大丈夫と言いつつも目は寂しそう。
比較的穏やかな3ヶ月間、ほどほど忙しくはあっても、こんなのびのび過ごせたのは、両家両親のおかげとありがたい。


ささやかな恩返しのつもりで(?)私にできることをそれぞれお手伝いさせてもらった。
と、いうのは、携帯電話会社の乗り換え手続きと、新機種の使用方法や便利な使い方の伝授。

今まで母たちは別会社の端末を使っていて、私たちが送るauの写真や動画を受けるため、はる誕生以来au端末をそれぞれ父たちに持たせていたのだけれど、この度めでたく(?)全員がauユーザーとなった。
3月から開始された家族間通話無料サービスのおかげで、また自分一人でするには面倒な手続きも私がサポートすることで安心してもらえたらしく、今まで変え渋っていた母たちもついに乗り換えを決意。
電話やメールを使うのみだった母たちはそれぞれワンセグ放送に感嘆し、デジカメがわりに使えるカメラの解像度に驚き、時に落語やシャンソン、気に入った曲を聴くミュージックプレイヤーとしての利用法に目を見張っている。
しかも今ならもれなく、新しい携帯に慣れようと触っていると「はるちゃんにかして」とすり寄っていく幼児つき。
母たちは喜んで写真を撮ったりムービ

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March 19, 2008

シーラカンスを食べる男。

はるは、とても偏食です。
幼稚園入園にあたり、最も懸念しているのが、食事のスタイル。
いくつか問題はあるのですが、第一に、時間(おなかの減る時間)が不規則なこと。
しこたま運動してからじゃないと、どうも食事をする気が起きないらしいのです。
そして第二に(もしかすると最大の問題)、気に入ったものしか食べないこと。
それも、「気に入ったもの」は常に変動しており、今日喜んで食べたものが明日・あるいは一週間後にも食べてくれるとは限らない。
第三には、食わず嫌いがとにかく多いこと。
とかく食事に対して、興味を持ってくれないのが、私の悩みの種なのです。

そんなはる、おじいちゃんおばあちゃんのお陰で、だいぶ食事をするように――なった、と言いたいのですが、現実のところ、変化は微々たる形でしか現れていません。
環境の変化に伴うやる気の増幅に、内心期待していた私には、ちょっと残念な気も…。
もちろん成果もありました。
変化を遂げたのは、「食わず嫌い」のガードが、ややゆるくなったこと。
おじいちゃんおばあちゃんと一緒にお買物に行って、自分で選んだものに関しては(あるいは勧められて了承したものに関しては)、一旦食べてみるケースも出てきたのです。

昨晩、義母と、台所で夕食の準備をしていた時のこと。
私は、義母の指示のままに、魚の塩焼きを裏返していました。
「ママ、この魚、はるちゃんが食べるって言って選んできたんだよ」
お恥ずかしながら、私の知らないお魚(義母は魚料理がとても上手なので、必然的に魚に詳しい)。
「へぇ、なんて言うお魚ですか?」
「シーラカンス。」
えっ、と魚焼きグリルから顔をあげると、含んだ笑みを口元に浮かべる母。
「『おばあちゃん、はるちゃん、シーラカンス食べるの』って言って、選んだの」
本当の名前は、ソイ、というそうな(ああ、これが。お噂はかねがね…)。
確かに、黒っぽいからだだし、シーラカンスみたいにごつい顔をしていて、背びれも荒々しい(にしても、一体どこで「シーラカンス」なんて言葉を覚えたのだろう?)。

かくしてはるは、予告どおり「シーラカンス」(こと、ソイ)を食べました。
以前遊びに来た赤ちゃんが手づかみで魚を食べたのが衝撃だったらしく、はるは魚を手づかみで食べます。
もっとも、手が汚れるのをもともと嫌う人なので、おばあちゃんが一口大にほぐしてくれた白い身を、親指と人差し指で神経質につまんで、口に放り込むのですが(蛇足;その赤ちゃんは、わしづかみで頭からかぶりつこうとするのを母親が止めて、骨を抜いていました。1歳児ながら豪快な食べっぷりに感服でした)。
おじいちゃんのシーラカンス(こと、ソイ)を半分分けていただいて、ちょびちょび食べています。
そして、常套句。
「おいしいねぇ~、この、シーラカンス。」

今度シーラカンス(こと、ソイ)を見かけたら、また塩焼きにしてあげようと思っています。
その頃には、もう好みが変動して、食べなくなってしまうかもしれないけれど…

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March 17, 2008

春の気配

春の気配
いいお天気。
洗濯物を干しに庭に出て、福寿草がいまを盛りと咲き誇っているのを見つけた。
まだ眠りから醒めない桜の大樹の下で気持ちよさそうに日を浴びている。

サンシュユの蕾がだいぶ膨らんで、黄色い玉レースがついているように見える。
梅だろうか、あざやかな紅色の蕾を膨らませている木もある。

来たときは一面の雪景色だったのが、少しずつ季節が移り変わり、春の気配を漂わせる。
盆と正月以外の、特に春先の四川先生ご実家の庭を見るのは、結婚すると決めた時以来。
先日、その時に歩いてきた道をはるとさあやを連れて四人で、今度は反対から歩いていくと、長いような短いような五年の年月で私たちが「家族」らしきものを作っているんだなぁと感じた。

はるもすっかりおじいちゃんおばあちゃんとの暮らしが気に入っている(なにせたんと遊んでくださるから)。
年に二週間ほどしか会えなかったのが、たっぷり3ヶ月一緒に過ごし、一層親しみが湧いたようだ。
あちこち連れていっていただいて、いろいろ人に関わる中、はるに社会性も育んでいただいたように感じる。

鎌倉に戻ったら、家族のペースづくりと幼稚園の入園準備が待っている。
のどかな春ともここで別れを告げて、一段と忙しい、春となりそうだ。

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March 14, 2008

文章の温度、風。

ひんやりとした風が静かに体の中を吹き抜けていく気がする。
足元からひたひたと、頭のてっぺんに向かって、風は静かに吹き抜ける。
秋の風の気配に似ている。
自然と気持ちが自分の心の内側を探りはじめるような、そんな冷たさに。

いしいしんじの文章を読んでいるときは、いつだってそんな感じがする。

はじまりは、『絵描きの植田さん』という薄目の文庫本だった。
妊娠中のむしゃくしゃを幾多の文庫本に変えたときに、その本は私の本棚に収まった。
ひんやりとした、物事を考えるのに適度な温度をもった文章だ、と思った。
熱くない。
こちらに踏み込み過ぎず、それでいて目を離させない距離感で、ことばが連ねられていく。
ああ、なんて気持ちがいい。
山や雪を描く内容だったせいか、東北の冬に読む本としては、素敵に溶け込む物語で、実は物語よりも挿絵(いつか書いた、素敵な絵本の作り手・植田真氏が描いていた!まさに、標題のとおり)目当てで求めた私には感動に等しい出会いだった。

心地よいつめたさを持った文章が、あたたかな物語をつむぐ。
それは清かな風を頬に感じながら飲む温かなカフェオレのようであり、サクサクの天ぷらをあげるために衣に投じられる氷片のようでもある。

二冊目に手にとったのは、『麦ふみクーツェ』。
ずーっと以前から、その分厚さに二の足三の足を踏みならしていた本(300ページを超えると読む前に怯む率が格段に高くなる。ちなみにこれは470ページ。厚い本てなぜ読まれるのを拒否しているように感じるのだろう)。
実際に読み始めると、470ページは苦でもなんでもなかった。
読み進めたい衝動と、物語から身を引きたくない衝動。
相反する二つの欲求に、私は綱引きロープの真ん中につけられた赤いリボンのように、ゆらゆらと左右にブレながら引っ張られ続ける。
だが物語が緊迫していくとリボンは、圧倒的な力で前者に引っ張られて、読み終えたあとに、爪先から頭頂へと抜ける、さやかな風だけが吹く。

夏の物語でも、冬の物語でも、ひんやりと頭を冴えさせる、心地よい温度に包みこまれることは変わらない。
その微妙な、そして確実な温度――吹きはじめたばかりの秋風のような――に一旦とらわれると、格別な心地よさに隠された、とてつもなく大きな「なにか」が、ひどくいとおしくなる。
祈りにも似た敬虔さで、私はそれを享受する。
誰もが自分の中に、その「なにか」と祈りを、見つけ出すだろう。


(それにしても、いったいぜんたい、なんて素敵にひらがなを使うひとだろう!)

いしいしんじの文章に吹く風を、もっともっと浴びてみたい。
派手な物語ではない。
でもそこに吹く風には、いつも両手を広げて帰りを喜んでくれるような懐かしいにおいと、いくつ時代が変わっても変わらない「なにか」がある。

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March 13, 2008

突然に…

昨日突然、携帯が壊れた。
わずか一年、画面が真っ黒になって一切のキー操作がきかなくなった。
直前に見た時には電池も満タンに近く、机に載せていただけで、特段落としたりしたわけでもないし、何よりサブディスプレイには時刻表示がある。
電源を入れたり落としたり、電源キーが動いているらしいのは、気まぐれに鳴る起動音のみでわかる。
ようやく復帰した、と思ったら、今度はwebを見ている間に画面の三分の一に砂嵐が現れ、再びキー操作がきかなくなった。

こういう時、故障だとすると、お店に数日預けて修理になるという。
何度もお店に通うのも大変だからと、思い切って機種変更してしまった。

たった一年しか経っていないのに、この小さな体には日進月歩の技術がさらにふんだんに詰め込まれていた。
春モデル、迷うには迷ったものの、選んだ機種は私を知る人なら十中八九言い当てられるだろう。
「漆の小箱」をイメージした和デザインの携帯、と聞いたら、今まで使ったことのないスライド式のタイプだろうが、不具合が多いという評判すら気にならなくなるのは何故だろう。
改めて自分はデザイン至上主義だと確認するに至った。
だが、デザインだけじゃなく、機能もすごい。
気に入ったのは、データ容量の大きさ!800MBもある。
それから搭載されているフォントの美しさ。
あまりの綺麗さに、驚いた(嘘みたいだが、画面保護に印刷された文字かと思って、その存在しない紙を剥がそうとしたほど…)。
それにワンセグ放送が録画できるのみならず、春からは映画がまるまる一本視聴できるという。
すごいものだ…


同じ機種を二年は使ってくださいね、という契約。
この調子だと二年後にはどんなことになっているのだろう?
…というより、手続きを終えて帰りしな、「スライド式は落下に弱いですから、お気をつけて」とにこやかに送り出されたことが気になっている。
大雑把な私とハードユーザーのはるによる被害がないことを、今は祈るのみ…
落下すると液晶がもろにダメージを受けるのだそう(先に聞いていたら別な機種にしていたかも…)。

和風デザインを楽しみつつも、ちょっとヒヤヒヤものの私でした。

追記:ソフトも和にこだわって、歌舞伎画像やお囃子の他、落語をダウンロードしよかとワクワク中。
降って湧いた機種変更とはいえ、やっぱり新しい携帯(オモチャ)は楽しい!

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March 09, 2008

庭先の花木

庭先の花木に、鳩よりも一回り小さな鳥が来る。
とまっているのは八重の辛夷。うす紫のグラデーションが美しいのだと言うが、その花はここ数年見られない。
鳥が花芽をすべて食べてしまうからだ。

暖房こそ離せないが、穏やかな陽射しからは、春の陽気がさほど遠くないことが感じられる。
我が家の花――さあやも、ようやく自分のベビーベッドに眠っている。
結局、どこからも熱の原因と思われる菌は発見されず、発熱の理由はわからぬまま。
でも、恐ろしい病ではなかったから、それで良しとしましょう、ということになった。

いつものような、穏やかな日曜日。
はるは、四川先生に動物園に連れて行ってもらっている。
さあやは、すうすうと寝息を立てて眠り、義母はゴルフ場へ、義父は自室で青色申告書類に取り組んでいる。
穏やかな、我が家の春。

四川先生のご実家には、いつだって花があふれている。
ユーモアも、おいしい料理やお酒も、それに何よりかけがえのない愛情も。
庭先の辛夷の花が見られなくなっても、家族があちこちに別の暮らしを作っても、四川一家に流れるものは変わらない。
ゆるやかに結びついたり離れたり。

結婚して、今まで自分のスタンダードだったことが揺らぎ、別の家庭のスタンダードを知った。
驚くべき行動力を誇る(一方で庭の手入れもぬからない)両親の姿は、いつも自然で無理をしていない。
すてきな家族だなぁ、と思う。

鳥が花芽を食べてしまうように、大小問わず大変な事件が、世間の常識に漏れず、この家族を呑み込んでいく(私がお世話になってからだけでも、いくつもそんな場面があった)。
でもその荒波も、なんとかザブリザブリとやり過ごして、穏やかな日曜日を一家はまた迎える。

鳥が花芽を食べてしまっても。
枯れてしまわずに、負けずに毎年必ず花芽を出す、辛夷の花木のように。
春は、すぐ近くまで来ている。

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March 06, 2008

マユツバ万歳。

バタバタと入院したものだから、自分の「必需品」がいくつも手元にない状態になる。
病院やホテルで欠かせないマスクと首に巻くもの…このふたつがなかったために、小児科病棟に移ったその晩、私は風邪をひいてしまった。
翌朝すぐに売店でマスクと手ぬぐいを求めたのだけど、軽い悪寒と鼻づまり、喉が軽くヒリヒリする症状は消えない。
家でなら、あったかいお風呂につかったりお茶をのんだり、この程度なら薬などなしに、三日もあれば治ってしまう筈だ。

だが今は状況が違う。
今のさあやに伝染ったら大変。
と、ひきはじめの段階から対処しようと看護師(例の相田翔子もどき)に相談すると、「薬は症状を抑えるだけで、治すものじゃないんです。授乳されているから、積極的に薬を飲むのは、熱があるとか症状がどうしても辛い時にした方が良いかも…」とのこと。
つまり、今打てる手は、「マスクして赤ちゃんに接する、うがいする」ことのみ、という(そしてあの、困ったような眉根)。
なんと心もとない!


そこでめげなくなったのは、もしかすると大陸暮らしで培われたバイタリティーなのかもしれない。
「没有(メイヨー)」、ならば別の手を考えよう。

幸い、妊娠中に「風邪薬」だった、ハーブを思い出した。
エルダーフラワーのコーディアル(シロップ状の液体)、爽やかな酸味がある飲み物。
それから、出産で使い始めたホメオパシーもいいだろう。
本来の使い方ではないが、常に肌身離さず持ち歩いているフラワーレメディの万能薬・レスキューも、変則的ではあるが、試してみよう。

たとえ効かなくても、「マユツバ」と決め込んでいるものだから、腹も立たない。
だが、効果がないわけじゃないとは、経験的に知っている。
これは大きな強みだ。
マスクとうがいだけでハラハラしているのではなく、何かしら積極的に働きかける手段がある、良い方向に向かう努力が出来る選択肢があるというのは、希望を与えてくれる(ただじっと嵐が過ぎるのを待つスタイルはどうも苦手だ)。


毎日昼食を届けてくれる母(ちなみに夜と翌朝の分は毎日夕方に義母が届けてくれる)に早速ホメオパシーのレメディとエルダーフラワーコーディアルを頼むと、「なんか『風邪』に効くレメディだけでもいろいろあったから、詳しくは自分で調べて」と、ホメオパシーのキットと入門書が届けられた(キットはこのまま譲ってくれるそうだ、得をした)。

コーディアルを水で割ってひたすら飲み、ホメオパシー書を読みふけり(今の私ならアコナイトが効きそう)、人体実験の始まりである。
鼻づまりがひどく、悩んでいたのだけど、そういえば母が火傷した際にレスキューを塗って効いたと言っていたのを思い出し、試しに鼻に一滴投じてみた。
本当に「花のエネルギー」とやらが作用しているのか、あるいは保存料として配合されているブランデーが「アルコール消毒」になったのかは知らない。
果たして数時間ののち、鼻づまりは八割方解消していたのだ!
(※よいこのみなさんは真似をしないでください)

作られ方こそマユツバで、なんで効くのかは良くわからないけど、結果が出るならなんだって儲けもの。
マユツバ結構。
すでに結果が出てきているのも、期待膨らむ。
小学生の頃にやった人気RPGゲームでは、敵との戦闘を終えレベルアップすると、軽快な電子音が鳴り響いて「○○は●●のじゅもんをおぼえた!」と表示された。
まさにあの気分。あの快感。
選択肢が広がる、使える手段が広がるのは、大袈裟に言えば人生の幅も拡がることかもしれない。
マユツバ万歳。

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March 05, 2008

穏やかな一日

赤ちゃんは生後六ヶ月は病気しないもの。
特に母乳の赤ちゃんはお母さんの免疫をもらうから、生後六ヶ月はその免疫が体を守ってくれるもの。

私が赤ちゃんと病について知っていたのは、「母乳信仰」ともいえるそんな知識だった。

今回のさあやの熱は晴天の霹靂という奴で、一ヶ月健診もまだの、生後20日ほどの赤ちゃんが病になるなんて、と心底驚いた。
「昔は生後半年は病気しない、って言いましたけど、今はそうでもないんですよね」と年輩の看護婦が言うと、「赤ちゃんは抵抗力が弱いから、時々いらっしゃいますよ」と、昔のアイドル(Winkの相田翔子)によく似た、ちょっと困ったような眉と大きな目に睫毛がバサバサのうら若い看護婦が同調する。

私たちは小児科病棟に移った。
病室はどこもいっぱい。
空きのベッドを探すのが難しいくらいだ。
今は感染症の子が多いそうで、さあやに伝染らないよう、感染症じゃない部屋が空くのを待っての移動になった。
同室の子は春から中学生になるお姉さんと、髄膜炎から原因不明の熱が出ている三歳半の男の子、やはり髄膜炎で治療が終わり間もなく退院する一歳半の女の子。
こんなに小さいうちに、あの背骨の隙間から髄液をとる検査(ものすごく痛いらしい)をみんなやったのか、と、憐憫にも似た奇妙な連帯感がちびっこチームには生まれた。
お姉さんはいつも酸素マスクをつけているので、悪いかなと思っておしゃべりできない。が、見ているといつも文庫本を片手にしていて、眼鏡をかけているので、昔の自分のようだと懐かしくなる(私もこのくらいの時期に入院し、卒業式に出なかったのだ)。

下の子は特に病気にさらされやすいのだという。
上の子が外から持ってくるから、外出しなくても感染の機会が充分にあるらしい。
「でもその分、丈夫になる、って聞きますよ」と相田翔子もどきが慰め(?)を言った。

幸い、熱はぶり返さずに、なりをひそめている。
今日明日で、検査結果もぼちぼち出てくるらしい。
結果待ちの今日は、他にさしたる検査予定もなく、穏やかな日になりそうだ。私もさあやが眠っている間は、横になったりのんびりと小説を読んだりしている。
自分の出血も目に見えて多くなってはいるのだが、今のところ貧血や目眩もない。
自分には自覚がないが、体は「母親」の役割を全うしてくれているらしい。我が身ながら、ありがたいことだ。

救急センターに来て以来、ずーっと同じ先生が診てくれているのも安心感がある。
若手のエースという雰囲気を滲ませる医師ではあるが、白衣よりも、捻り鉢巻きと前掛けにゴム長をコーディネートして、八百屋の店先に立たせたくなるような、気さくか感じの青年である(同世代か少し上くらいだろうか、年若い先生を指導もしているから、中堅どころなのだろう)。
産婦人科、小児科の人手不足が声高に叫ばれているが、こうもいつも診てくれると、安心は安心だが、ちゃんと寝ているのかな、などといらぬ心配がついよぎる。
もっとも、最大サイズのビー玉くらいに大きな目は、眠気が入り込む余地などないほどいつも見開かれているから、四六時中病院にいるわけでもないのだろうが。

窓の外は、ちょうど3週間前にお世話になった産婦人科病棟。
産後指導を受けたり沐浴練習をした部屋が眼前にある。
ついこの間までいた場所を、別の角度から見ているのは、なんだか複雑な心境である。

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March 04, 2008

忘れられない雛祭り?!

初節句の昨日、お昼に実家の母がちらし寿司を持ってきて、さあやの雛祭りをお祝いしたまでは良かった。
その後もゆっくりお茶を飲んだりしていたのだけど、いつもより長く寝ていて、うつらうつらするさあやに微妙な違和感を感じた。
熱をはかってみると、平熱よりも高い。
夕方4時を回ったところだった。

新生児〜こどもは37.5℃までが平熱。
熱は平熱より少し高いくらいだったので、生まれた病院の相談窓口に問い合わせると、変化あるまで様子を見ていい、心配なら近くの小児科にかかってもいい、とのこと。
ほどなく熱は38.3℃にまであがり、明らかにおかしい、と実感して、近くの小児科を受診した。


開口一番、怒られた。
「こんな時間に来て、何やってんだ?もっと早く来なけりゃどこの先生も診てくれないぞ!うつらうつらする間に、あの世に行っちまうじゃないか!」
恰幅のいい中年医師は、昔からの町の小児科の二代目先生で、先代には四川先生兄弟もお世話になったという。
首からかけた聴診器は、先生が首の角度を変える度、そのたわわな肉にすっぽり埋まったり飛び出たりしている。
その外見からは想像できないほどの敏捷さで、あっという間に検査をし、結果に眉をしかめたかと思うと、大きな病院の救急センター当直医に電話をいれて、受け入れ体制を整えてくれた。
恰幅の良さは伊達じゃなく、懐の大きさでもあるんだ、と、初対面の医師に信頼と感謝を寄せるのに時間はかからなかった。
風貌が敬愛する荒俣宏氏に似ていたことを差し引いても、私は恰幅先生に全幅の信頼を置いた。
「このちっちゃな体に、通常の1.2倍の炎症反応があるんだぜ。原因を突き止めて対処してやんないと、大変なことになっちまう!時間優先、今からすぐに行って助けてやれ!」


まわされた先の病院は、さあやが生まれた病院。
そう、熱が出てすぐに問い合わせた先でもある。
様子を見て良いと言われた話を恰幅先生に漏らすと、ちょっと残念そうに「専門が違うからな、小児科が見立てると明らかに病院送りでも、そう言われることは良くあるんだ。仕方ないんだよな、そんなとこだよ、産婦人科ってやつは」とため息を吐いた。「赤ちゃんは、こんなにちっちゃい。体中にバイ菌がまわるのだってすぐだ。なにか少しでも変だったらすぐ医者にかかんないと、うかうかしてる間にこの世からオサラバしちまうんだ」
恰幅先生のこども達への大きな愛情を感じるとともに、私は、さあやが二番目だからと、自分の子育て経験をちょっと過信していたことを恥じた。
そうだ、はるの時だって、2歳過ぎまでは毎月のように、ひどい時は毎週のように小児科に駆け込んでいたのに。
「なにか少しでもいつもと違ったら、すぐに病院」
その鉄則を改めて、心持ちぐったりとしたさあやの顔とともに、心臓に彫りこんだ。


救急センターでは、血液など一般的な検査では炎症反応以外に原因が特定できず、骨髄から髄液をとって髄膜炎の可能性を調べる大仰な検査まで行った。
髄膜炎といったら、脳のすぐそばでトラブルが起こっていることになる。怖い病気で、後遺症が残ることもあるのだ。
結局、今のところ、髄膜炎の可能性は否定されたのだが、検査結果が出るまでの時間は、途方もなく長く感じられた。
氷の手が心臓をぎゅうと握り潰そうとしているようだった。
私以外に誰もいない救急センターの待合室に、お笑い番組のけたたましい笑い声だけが白々しく響いていた。


さあやと私はそのまま、敗血症の疑い、という名目で、救急病棟にいる。
炎症反応が、恰幅先生のところで検査した値の倍になっていた。
何かしらのトラブルがさあやの体の内部では起きていて、この小さな、3キロそこそこの赤ちゃんは必死にそれに抵抗しているのだ。
敗血症について問うと、血液に菌が入って悪さしている状態のことで、炎症の原因が特定できないとき便宜的に使われる病名だと説明された。
今週いっぱいは、この白い建物の中から空を眺めることになる。
一晩あけた今朝、抗生剤点滴が効いているようで、熱が少し下がってきたのが何より嬉しかった。
原因特定の検査結果が出るにはまだ数日ある。

週末、四川先生が来るのに合わせて、両家で初宮参りする予定は見送られた。
とんだ初節句になったものだ。
いや、それとも、お雛様が災厄をこの程度に留めてくれたと感謝すべきか。
最悪の状況は、ひとまず免れたのだから。
いずれにしろ、語り草になる初節句に間違いない。
将来、成長したさあやに笑い話として話すことが、今の私のただひとつの願いだ。
何事もなく退院できることを祈って、春も間近の温かな日差しと朧な雲を追う、徹夜明けなのである。

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March 01, 2008

雪洞に。

Sn390745_0001_0001弥生の始めといえば、桃の節句。
さあやの初節句にあたる今年、実家から母が、雛人形を持参して飾り付けに来てくれた。
もともとは、私が産まれた時に、母方の祖母が贈ってくれたお雛様だ。

母方の祖母は、なかなか粋なひとだった。
当時仙台の一等地に構えていた染め物屋の大店・たまごん(玉紺?玉今?)のお嬢様で、幼少のみぎりには、伊達家(仙台藩主の家系)のお姫様たちと遊んだと聞くし、日本画を趣味にしていて、歌舞伎を観るのが好きだったそう。
従姉妹が力士の妻君であったので、時々両国や浅草に遊びに出かけたりもしたそうだ。
今私がそういったものに心惹かれるのは、祖母のDNAだろうと思う。
とはいえ、母が産まれる直前に伴侶を亡くし、女手ひとつで、婚家先の温泉旅館の女将として四人の子を育てあげ、並ならぬ苦労をした人でもある。
どんな場面にあっても万事控え目で、いつまでも少女のように可憐なひとだった。
細く小さな身体のどこにそんなバイタリティーが秘められていたのか知れないが、誰かにもあたたかい人だった。
だいすきな、人である。

Sn390768その祖母が、顔立ちやつくりにこだわってこだわって、選んでくれたお雛様。
子どもの時には「きれいだな」程度の印象だったけれど、今改めて見ると、優美な仕草や柔らかな表情、なかなか見飽きないものだ。

もっとも、変な錯覚もある。
もしかしたら毎年(サボった年もいくつもあったけど)箱を開ける度に驚くのは、お雛様の方じゃないかと思うのだ。

考えてみれば、お雛様は毎年変わらぬ姿なわけだが、こちらは年々歳をとる。
私の悪い癖として、飾ったばかりの数日を除いて、インテリアの一部のように、そこにあるのが当たり前の風景になってしまうものだが、時折ふと、視線を感じてあたりを見渡すとそこにお雛様があったりする。
オカルト的な恐ろしい視線ではなく、なにか優しげな、見守られているような、心地の良い視線なのだ。
だいすきだった祖母の眼差しのような。

もともとお雛様のベースになったのは、持ち主の変わりに災厄を引き受ける厄払いのヒトガタ。
現在も「流し雛」などの習俗にその名残を見ることができるけれど、そこから派生した「健やかに育つように」という願いから、家庭に飾るようになったのは、江戸期のことだという。
(私は「結婚できるように」という願いのもと、お雛様を飾るものだとずぅっと思っていたので、この事実を知った時とても驚いた)

そう考えてみれば、年に一度の対面に、持ち主である女の子の成長を、お雛様がつぶさに見ているというのは、あながち素頓狂な妄想でもないだろう。
今年など、主が変わって新しい小さなひとがお雛様の主になった。
お雛様自身、新しい家、それに新しい主に、驚いていたっておかしくはない。
器物は100年経つと命を持つと言うが、ひと形のものはもっと早いんじゃないだろうか。

だとしたら、やはりお雛様は、戸惑いや喜びを、表情にこそ表さないものの、じいっと見ているのかもしれない。
そしてこの先、例えばさあやが自分の子どもにこのお雛様を引き継ぐ時にも、同じように暖かく、見守ってくれているのかもしれない。

Sn390749余談になるが、彼もお雛様に興味津々。
でも、日ごろの教育のせいか(?)「あっ、歌舞伎だ!」と喜んでいる…(笑)。
流石に人形自体には興味を示さないのだけど、彼の格別のお気に入りは、右端に写っている牛車の牛。
ここでも乗り物狂らしい。

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