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February 2008

February 29, 2008

一里塚。

江戸時代、個々人の誕生日ではなく新年にまとめて歳をとっていた時分、うまいことを言った人がいました。
「門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」
昨日は私の誕生日でしたが、なんだかこの言葉を妙に実感して、しみじみしたのでありました。

さあやの誕生以来、なんだか自分のことは二の次三の次で、いつも自分で自分を祝うほど(なにせお祭り好きなもので)楽しみにしていた誕生日も、まるで霞んでいました。
それは、いのちを産み落とすという大仕事の後だからなのでしょうが、男の子と女の子を産んで「御役御免」、残りの人生は「余生」だと思える、奇妙な充実感・満足感に起因しているのかもしれません。
20代の頃は、「30歳で隠居生活」するのが夢だったので、まさにそれが結願したなぁ、という充足とも言えましょう。
余生。
いい響きです。
自分の好き勝手に、まわりに煩わされずに、人生の手綱をとれるような響きがあります。
私には(平均寿命換算で)あと50年も余生があるわけです。
こんな贅沢は、他にきっとないでしょう。
実にめでたい。

しかしながら。
「めでたくもなし」と思えることももちろんあるわけで…それもまた、この人生最大の大仕事に起因しています。
まず。
はるの時に比べて、夜中の授乳の眠いことといったらありません。
日中も、さあやがあまり寝ずに、ちょっと飲んではインターバル、そしてまたちょっと飲んで…と繰り返していると平気で2~3時間が過ぎてしまうということが多く、あまり身体を休める暇がありません。
そのせいか、いつもとっても眠いし。
そして何より、出産という人生の局面で、女性が陣痛の次に恐れる(?)増加した体重の減りが…そう、遅いのです、明らかに。
そんなとき、ああ、年をとったなぁ…と実感せずにはいられないのです。
寄る年波というのは時に残酷なものです。
誰にも平等に時間は過ぎていくわけですが、自分のところには3倍速くらいで訪れているんじゃないか、とさえ思えるほど。
めきめき体力の衰えを感じる中では、やはり「めでたくもなし」と呟きたくなるのもまた、人情。

今年は居候の身に加えて、状況柄、さあやの御七夜や初節句、御宮参りなど、お祝い続き。
先週は、四川先生の誕生祝まで(本人はいませんが)していただいたのです。
その上、さらに私のことまで気遣いをおかけしては悪すぎるので、誕生日のことも黙っていたのです。
ところが、そんなことまるで斟酌しない実家の母が大仰な花を届けに来て露見してしまい、夜はお寿司をとってお祝いしていただいてしまいました(ええ、わざわざとっていただきましたからには、遠慮せずにしっかりいただきましたとも、好物ですから…)。
いつになく私宛の小包や郵便物が多いのも、「ああ、それで!」と納得された次第。
昨日は多くの方からいろいろな贈り物をいただきました。
出産祝いと一緒に贈ってくれる人もあり、奇しくもこの日に出産祝いが届いたりもし、ダブルでお祝いをしていただいたような気分になり、とても嬉しい一日でありました。

良きにつけ、悪しきにつけ、誕生日というものは、自分のふらふらした人生のまさに一里塚のようなもの。
今年は、新年ではなく昨日、ここから先の一年の目標を立てました。
数ヵ年先のおぼろげな目標と、一年の目標と。
「女の大厄」の一年でもあるので、控え目に、小さなことばかり目標にしたのですが、つねづね見据えて、ひとつでも多く実現しようと思います。

つい先日明けたような新しい年も、如月も、早くも今日でおしまい。
こんな調子で、人生が終ってしまう前に。
一里塚を辿り辿り歩いた道を振り返ってみた時に、どんな景色が見えるのかを楽しみに。
「余生」、目一杯楽しもうと思います。

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February 26, 2008

お産にまつわる嘘誠 弍

昨日に引き続き、お産にまつわる話。
今日は陣痛開始以降に試したことをご紹介しよう。

最近流行りの自然療法を結構試してみている。
実はこれ、私には、リベンジの意味合いもあるのだ。
はるの出産時、わざわざアロマテラピーを取り入れている産院を選んだものの、夜明けのお産ラッシュでスタッフ不足の中、分娩台を奪いあうようにしての出産だったため、陣痛中あまりアロマテラピーの恩恵に預かれなかったから、今回こそ…というリベンジ。
逆に今回は超スピード出産で、陣痛中はあまり活躍の機会はなく、またしても次回(が、あるかどうかわからないけれど)に引き継がれてしまったのだが…

弍■安産と回復に効く…?編

・ソフロロジー式イメージトレーニング
・ホメオパシー
・バッチフラワー
・アロマテラピー
・ボディボール

まず、だいぶ早い段階から心がけていたことに、ソフロロジー式イメージトレーニングがある。
遡ればはるの出産時に、これまたわざわざソフロロジーを取り入れている病院に通っていたことに端を発する。
ソフロロジー式分娩は、超痛出産法とも言われていて(といっても痛いけど)、陣痛の痛みを「赤ちゃんが産まれるための大切なエネルギー」とポジティブに捉え、呼吸を通して赤ちゃんに充分な酸素を送ることで、安産を促すイメージトレーニング。
イメージトレーニングのCDがあって、ナレーションに合わせて瞑想する。
前回PCに取り込んだデータが残っていたので、北京にいるときから、気が向くと聞いていた。
このイメージトレーニングのすごいところは、トレーニング自体を忘れてしまっても、記憶が大脳皮質に保存され、いざ陣痛が始まったときに必要な部分が思い出されて役に立つ、ということ(ホントかなぁ…)。
実際、30分ほどのトレーニングCDを聞いていると、「眠りに入る間際」=「ソフロリミナルな状態」よりも完全に眠ってしまうことが多く、半ば睡眠薬がわりに使ったり、体の緊張ほぐしに使ったり。本来の目的というよりは、そんなオマケ効果が魅力でもあった。
臨月では、週に2〜3回このトレーニングをしていたのだけど(昼寝したいから、とか)、お産が急速に進んだNST(胎心拍モニタリング)の際、頭の中にずーっとこの音楽が流れていて、夢うつつの状態だったから、あながち嘘でもないと思う。
(なんというか、精神の力で身体を操るその感じが、私好みだ)
ちなみにソフロロジーで産んだ人の中には、陣痛を痛みと感じずに、痺れに似た感覚として捉え、全く痛みというものなしに出産した方もいるとか(私はちゃんと?痛かったです)。

それから、陣痛の痛みを劇的に和らげてくれたのが、ボディボール。
横森理香さんのマタニティエッセイで読んで、ずーっと気になっていたのだけど、いかんせん私はスポーツの類いに興味が薄い。
義母が持っていたおかげで試せた(救われた)ので、義母に感謝!
痛みの波がきている時に座ると、だいぶ楽になった。


今回ワクワクと試したのは、ホメオパシー。
母の知り合いのホメオパスの方に伺ったところ、陣痛が始まってからと分娩後に「アルニカ」を服用するのがいいとのこと。
また、近頃ホメオパシーにハマっている親友からは、切開や裂傷に良い「スタフィサグリア」というレメディをもらった。
入院中このふたつを定期的に服用していたのだけど、はるの時に比べて回復が早くて驚いた。二人目だからなのかもしれないし、お産にかかった時間が圧倒的に短いせいかもしれないが…


出産時に限らず愛用しているのが「花療法」バッチフラワー。
レスキューという、万能レメディが役に立ってくれた。
ホメオパシーが心身両方に作用するのに比べて、こちらは主にメンタル面に効く。
私は精神がヤワなので、すぐへこたれるため、常々レスキューに頼ってドーピング(?)しているのだ。
出産に限った効用としては、例えば陣痛の痛みに対する恐怖感や不安を取り除いてくれるという。
マタニティブルーにも効くかしら、と思って、せっせと摂取していたら、どうも一月たたぬうちに一壜使いきってしまいそうだ。

ホメオパシーやバッチフラワーは、有効なホームケア手段としてだいぶ世にも認められてきたけれども、レメディの製法や治癒理論は「マユツバ」の域を出ないようにも思える。
だがマユツバだろうがなんだろうが、要は効くなら(ぶっちゃけプラセボだろうと)良いと私は思う。効いたら儲けものだ。


アロマテラピーは産前のリラックスや産後入院中に、大活躍。
アロマセラピストの友人に作ってもらったピローウォーターは常に枕に吹き掛けていたし、夜どうしても気持ちが高ぶる時などは、マスクに「グレープフルーツ」と「レモン」の精油を足らして、吸入していた。
(私は粘膜が弱いため、病院やホテルに寝るときは、マスクを着用しないとすぐにノドとハナをやられてしまう。入眠には、マスクと喉元の手ぬぐいは必需品、もちろん香りや音楽も。音楽と言えば、音楽家の友人が、イベントの際に即興で演奏したという一時間あまりのピアノ演奏を「子守唄」といって送ってくれ、携帯に入れたものを入院中ずーっと聴いていた。陽のあたる部屋で、気持ちよい音と香りに微睡むのは、束の間とはいえ、なかなかの贅沢だった)


…とまあ、それだけいろいろやっていた割に、退院してから体調が悪化の一途というのは、いかに自分が不摂生かと言われているようでしのびないのだけど(良く言えば我が身をかえりみず我が子の世話に勤しんでいる、言い方を変えれば赤児にてんで振り回されている)。
もともと見た目と違ってヤワな体をしているので、いた仕方ない。
いいのだ。
ヤワな精神にはヤワな肉体が似つかわしい。

無理せず、ヤワヤワと養生するとしますか。

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February 25, 2008

お産にまつわる嘘誠 壱

明日で産後2週間を迎えるながら、身体にみなぎる気力と裏腹に、なかなか体力が回復しないことにヤキモキする毎日。

お産で命を落とす、なんて昔の本や話に良く見えることだけれど、いざ産んでみると、さもありなんと身を持って知る次第。
(まあそれも、喉元過ぎればなんとやらで、少し時間が経つと痛みとともに忘れてしまうのだけど…)

さて、陣痛が早くくるように、安産して回復も早いように、今回のお産でいろいろと試してみたことを、今日明日とご紹介しようと思う。
嘘っぽいものも、実は多い。
文字通り我が身で人体実験したけれど、初産と経産の違いもあるし、お産にかかった時間や実際の体の負担の違い、その子その子の性格もあるだろうから、何が効いて何が効かなかったのかは、はっきり言って全然わからない。
かなりマユツバで、鰯の頭もなんとやら的なこともある。
以下、「こんなことまでしたの?」と吹き出していただけることもあろう。

※なお、くれぐれも臨月の方以外は、真に受けて実行なさらぬように。だってマユツバなものだから、何かあっても責任持てませんよ〜。


壱■陣痛よ早く来い!編

・スクワットをする
・散歩をする(30分以内推奨)
・母乳マッサージをする(1日4〜5回)

以上は、助産師さんから教わった方法。比較的有効だと思われる。
私は2月7日(出産5日前)からスクワット(ただしボディボールに乗って)、散歩(助産師さんの意見を尊重して、30分ずつ、1日に2〜3回歩いてみた)、マッサージ(日に3〜5回)、それと足腰を使うようなこと(お風呂掃除とか、雑巾がけ)を特に力入れつつ一般的な軽い家事をしてみた。
確かに前駆陣痛やおしるしらしきものはきた。


以下は、溺れる者が藁をつかむ如く、切羽詰まった妊婦(私のような)がすがるマユツバ式。

・焼肉を食べる
・オロナミンCを飲む
・夫と仲良くする

(嘘っぽいけど、ネット検索したら「オロナミンCは効く!」という意見がすごく多かった。妊娠初期は飲んだらいけないそう。ホントかなぁ…)

2/9(出産3日前)にリポビタンD2本一気飲み、やや時間を置いてオロナミンC(四川先生をコンビニに走らせてまで…)。なんと「ほろ酔い」になった(笑)。
ドリンク剤って、酔うものなんだー、と初めて知った。
普段はなかなか3本も一気飲みしないもんね。

2/10(出産2日前)オロナミンCを朝に1本、昼は焼肉へ。積極的にお散歩、スクワットもかかさず、前駆陣痛があると集中して呼吸したり、ハイハイ(赤ちゃんがおりてくるらしい、と聞き…)したり。

2/11(出産前日)オロナミンCを朝昼晩と各1本。夫と仲良くするといい、らしいので、お互いの好物・寿司を食べに、片道30分かかる寿司屋へ散歩がてらお出かけ。
夜、かなりいい感じに腰に響く前駆陣痛があったけれど、本陣痛には繋がらず…


明日は陣痛が開始してからの記録を…。

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February 22, 2008

エコ・ベビー

エコ・ベビー
今日は四川先生のお誕生日。
先生にしてみたら一人ぼっちのお誕生日ですが、きっかり10日違いで娘を迎えたのだから、それが天からの贈り物とも言えるでしょうか(屁理屈?)。

さて、環境に関わる仕事をしている四川先生の娘ともなると、産まれて早々、環境に配慮しているよう…いや、もともとのツクリからして、環境配慮設計です。


まず、あまり泣かない。
低騒音設計。
続いて、目を開ける時、片目で済ますことが多い。
省エネ設計。
エネルギー補給こそ小まめでちょっとずつ何度も「わんこそば方式」で行うけれども、一定量を摂取すると2〜3時間は眠ってくれる。
燃費効率化設計。


よくわからない機能(片目だけ開けるとか)はあるものの、全体にエコ・ベビーなのであります。

四川先生にとっても、はるの時とはまた違った味わいの「娘の誕生」のよう。
今日もきっと、娘を思いながらの祝い盃を重ねているに違いありません。ご自分がひとつ年をとったことも、どうぞ祝ってあげてくださいね。

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February 21, 2008

赤ちゃんと、赤ちゃんがえりちゃん。

Sn390753実家に預けられていたはるが、戻ってきた。
退院してからのここ2日ほど、毎日電話がかかってきていた。
開口一番聞くのは、「ママ、赤ちゃんは?」の一言。
どうやら、彼は妹に興味津々の様子なのだ。

はるの妹は、無事お七夜を終え、戸籍にも届出されて、正真正銘私達の子どもになった(余談になるが、中国には一人っ子政策から漏れ、戸籍を持たない「闇の子」がわんさといるそうな)。
義父の一言で愛称は「さあや」に決定。
吉祥紋の「紗綾」と同じ響きだーと一人喜んでみる。

はるは、とにかく、さあやが気になる様子。
ドアを入ってくるなり「ママ、さあやちゃんは?」。
バタバタと靴を脱いで、リビングルームに転がり込むようにして「ここかな?」続いてダイニングへ駆け込み「ここかな?」キッチンまで小走りに移動して「あれ?さあやちゃん、いないなぁ」。
テーブルの下や、飾り立ての雛壇の下にもぐって探しているのだから、後ろについて歩くこちらも笑ってしまう。
ようやくベビーベッドを見つけると、「うわぁ!」と言ったきり、口をつぐんだ。
少しして、「かわいいねぇ、このさあやちゃん」。
嬉しそうに、にっこりとした。

「はるの妹だよ」というと、「はるの!いもうと!」とまた嬉しそうだ。
遊んでいても気になるらしく、ちょこちょこベビーベッドの傍に来ては、寝ているさあやの顔を覗き込んでいる。
ちょっとでもべそをかこうものなら、火がついたように飛んできて「ママ!ママ!さあやちゃんが泣いてる!さあやちゃん、泣かないで!泣かないで!笑って!」と大騒ぎだ。

ああ、お兄ちゃんの自覚があるんだ、と思って喜ぶのも束の間。

そこはやはり3歳児、自分も甘えたい盛りであるので、授乳中に授乳クッションを持ち去ろうとしたり、授乳に使っている椅子から私を蹴落とそうとしたりもする。
はは~ん、これが赤ちゃんがえりというやつか、と思い当たって、「はるも、甘えたいの?」と聞いてみると、半分涙目で「そうなの」という。
「赤ちゃんが飲み終わるまで、椅子とクッション、ママに貸してね」と言ってみると、「はるも飲む!」とはじまった。
まごうかたなき、赤ちゃんがえりである。

ちなみにこういうときは、飲ませてあげるのがいいのだそうだ。
母乳を飲まなくなって、3ヶ月~半年もすると、赤ちゃんというのは、母乳の飲み方を忘れてしまうのだという。
だから、実際には、飲めないものなのだそう。
それでも「飲みたい」というキモチを優先させてあげる――そのことが大事なのだ、とはるが生まれた頃に参加した新生児の集まりで、保健婦さんに教わった。
はるも、飲めなかった。
それでも、同じようにしてもらったことで、はる自身、落ち着いたようだ。
また穏やかな様子に戻って「さあやちゃん、いっぱい飲みなさい」なんて、お兄ちゃんぶっていた。
赤ちゃんがえりちゃんでもやっぱり、妹が可愛いという思いはあるようで、小さな手で、さらに小さな指を握ったりしている。
泣いていると、手を握りながら、「大丈夫よ、大丈夫よ」と声をかけてくれたりする。

なんでも私の入院中は、ずっと「一人で寝る」と言って、添い寝してくれるというおじいちゃんもおばあちゃんも遠ざけて、自分で絵本を読んで、そのまま自分で寝たのだそうだ。
入院する時に私が「ママしばらくいないけど、一人で寝るんだよ」と言ったのを、子どもなりにけなげに貫いているようなのだ。
昨夜も、せっかく帰ってきたというのに、私とは一緒に寝ずに、「ママは、さあやちゃんと寝なさい」なんて殊勝なことを言って、自分はおばあちゃんの部屋に駆け込んでいった。

お兄ちゃんと赤ちゃんがえりに揺れる、フクザツな3歳児の心境。
はかってあまりあるべし。
ゆっくり、時に揺れながら、「お兄ちゃん」になっていくのでしょうか。

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February 17, 2008

酢とおせんべい。

酢とおせんべい。
さて、産まれてすぐ、新生児育児の基本となるのが、母乳育児である。
私たちがいる病院は、ユニセフ提唱の「母乳10ヶ条」を推奨しているためか、産後の母乳のケアがとても丁寧だ。
母乳の指導だけでも日に3〜5回はスタッフが見にきてくれ、その都度アドヴァイスしてくれる。

母乳のトラブル、これもお産同様人それぞれだけれど、「出ない派」「出過ぎる派」の2系統がある。
私は後者の方で、比較的順調なのだけど、出れば良いかというとそれも違っていて、適時メンテナンスしていないと乳腺炎につながってしまったりする。
はるのときはパンパンに張って痛いほどになっても、彼の哺乳力が強かったのか、授乳後は割りと楽になったように思うのだけど、今回はそこまで張らなくても、たっぷり飲んでもらった後も飲み残しがあったりして、女の子ってやっぱり違うものだなぁ、と思いながらメンテナンスしている。


食べ物にも「母乳分泌に良い食べ物」というのがあるのだけど、私のような出過ぎてしまう人には、危険物。
その筆頭が、お祝いにつきものの「甘いもの」…というわけで、義母が持って来てくれたゴディバのチョコレートを眺めながらじっと我慢の子になっている。


四川先生が来てくれるにあたりお土産のリクエストを聞いてくれたのだけど、東京駅を思い浮かべるだけでも、好物のカヌレやヌガー、和菓子などの甘いものばかりが脳内をかけめぐる。

あ、と思い出して、「お酢」をお願いした。
東京駅グランスタで見かけた、酢の専門店。確か飲む酢を扱っていたはずだし、酢なら甘くない(砂糖じゃない)ばかりか、体にもよさそうに思える。
それからおせんべいと、ちいさなガーゼのハンカチもお願いした。
ガーゼハンカチは、濡らしてから、張って熱を持った母乳にあてて冷やすのに使う。
私は水だけじゃ物足りず、水に濡らしてから冷蔵庫で冷やして使っているのだけど、結構熱をもつようで、小一時間もすればガーゼはカラカラに乾いており、人間ハンカチ乾燥機になっているらしい。
「柄はなんでもいいよ」と頼んだのだけど、用途を話したせいか、四川先生、かわいい桜柄のを買ってきてくれた!

おせんべいも、牡丹唐草の包み紙に入って、とてもかわいらしくて、私好み。
酢もデザート酢という、いちごとブルーベリーとシトラスフルーツのセットを選んでくれた。

こういうお買い物、いつもは面倒がる上に、照れくさがって、女性の多いお店など入るのも敬遠する人なのに。
「おねえさま方が買っている」ものをわざわざ観察の上、買ってきてくれたらしい。

私と娘のことを思い浮かべて選んでくれたこと自体がとても嬉しかった。

先生自身も、よほど感慨深かったのか、買物後と新幹線で一人祝い酒を飲み(白状した分だけでビールを1リットル)、病室に入ってきた時は感動からか酩酊からか終始顔が緩みっぱなしでハイテンション。

初めての娘との対面は「ちいさい!ちいさい!こんなにちいさかったっけ?」と驚いたり、「目鼻がくっきりしてるから美人になる!」と親バカしたり、いつか一緒に飲む日を夢見、早くも嫁入りを考えてしみじみ沈んだかと思ったら、「(美人になったらが前提)女子アナにして一流の野球選手と結婚させよう!」と妄想を暴走させたり…
父親が娘に感じるロマンは、果てしないよう。

パパの喜びと期待と妄想を、私は食べて飲んで母乳にして、ちいさなひとの栄養にしようっと。

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February 16, 2008

噂のマタニティ・ブルー

噂に聞くマタニティ・ブルー。
今私はその真っ只中らしく、涙がハラハラ、鼻グジュグジュ、およそ6日間の入院では使いきれないボックスティッシュがみるみる消費されていく。

落ち着いて考えたらどうでもいいようなことで、ぐずぐず思い悩んでは泣けてきてしまう。
マタニティ・ブルーとは、ほんとに摩訶不思議な作用だ。

今日は四川先生が娘を見に来てくれた。
事前になんと言っていようが、当日本当に新幹線に乗るまで、彼の予定は定まらない。
その四川先生が、本当に来てくれたのだ!
それだけでなく、お土産のリクエストを聞いてくれたり、いつもなら嫌がりそうな頼み事を聞いてくれたり、破格の待遇(上を見たらキリがないが、我が家にしたらすごいことなのだ)。
それだけで四川先生がどれだけ喜んでくれているかわかるというもの。

なのにマタニティ・ブルーの身には、「ほんとに顔(しかも寝顔)見ただけで一時間ちょっとで帰ってしまった」と、さめざめ泣くことになる。

その一時間ちょっとのうちに来客が幾組かあり、二人でゆっくり話す暇もなく、明日も午後に帰ってしまう四川先生。
実は出産以来、話す機会も初めて。
四川先生の時間と病院の時間が合わないので、いつもメールだったのだ。
ゆっくり話して子どもの誕生を一緒に語り合いたい…のに、四川先生、運ばれてきた私の夕食を見て、腹ペコに負けて退散。


こんな状況もいつもなら「まったくもう〜」の一言で終わるところが、またグジグジウジウジして、大粒の涙をこぼしてしまうのは、自分でもなんだか異常な感じ。
どんどん寂しくなってきて、一人泣きぬれて病院食を食べた。辛味のないマーボー豆腐がまた侘しい味がして、感情だけが昂りどんどんエスカレートしていく。


「もしやこれが噂に聞く…」と気付いたら、落ち着いて考える自分がたちどころに現れて、泣きぬれる私と落ち着いた私が交互に、泣いたりピタリと止まってみたり、どうにも怪しいことになる。

しばらくそうしていたら、大事件が起こり(オムツ替えの最中に次なるムーヴメントがあり、てんやわんやで、おくるみ・長短着・オムツカバーにオムツと、一式まるまるお着替えに)、はたと気付いたら、マタニティ・ブルーは過ぎ去っていた。

ふとしたことで起こる作用だから、ふとしたことで治るらしい。

しかし、一旦没入したらすごいことになるものだ。
まだマタニティ・ブルーの不安定な心持ちはしばらく続くという。
その頃にはボックスティッシュ、使い果たしているだろうか。

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February 14, 2008

梅は咲いたか桜はまだかいな

以下、長〜い長〜い、短いお産のお話です。

12日午前の受診結果は「まだお産は先。週末の検診もキャンセルして来週明けに再度検診」という結論だった。
念のため入院準備をしてくるようにと言われた私は、その家出人のような格好ですごすご帰路についたのだ。
食事したり簡単な家事したり、いつものように過ごして、お昼寝しようと横になった午後4時頃、腰に響く痛みが定期的に始まる。
またちょっと強めの前駆陣痛だろうと思った。
最初から7〜8分の間隔だったからだ。
痛みは弱まることなく、ずんずん定期的にやってきて、一時間もすると5分間隔、4分間隔と縮まっていく。
本陣痛かもしれないけれど、記憶の中の陣痛はまだまだ痛いもの、苦しいもの、という意識があって、今晩の徹夜はもちろん、14日あたりまでかかってお産になるかしら、とぼんやり考えていた。

陣痛中は、義母のボディボールに座るとだいぶ楽になるようで、痛み出すとボールに腰掛けて、波がくるたび息をフーッとゆっくり吐いた。
が、それもはるに見つかるまで。
はるが「玉ころがし」するボディボールなので、「はるちゃんの!はるちゃんの!」と陣痛の最中に何度かボールを奪われ、全く涙が滲んだ。
はるはかわりにプーさんのクッションを持ってきてくれたのだが、痛みは少しも和らがない。
ボールが下半身全体をサポートしてくれるのと、あの弾力が良いようだった。
最終的に「ママのパソコン」と「はるのボール」をトレードしてようやくボールを獲得。
このとき大体17時半、病院にいつ行くか、タイミングをはかりかねていた。

波が来ている間は話すこともできず、ただ息をするだけで精一杯。

それでも誰もが長くかかるもの、と思っているから、ボールに座って夕食をしっかり食べ、今晩は様子を見て夜中か明朝に病院かしらなどと話していた。
義父も「痛みの間に笑顔と余裕があるし、まだまだだろう」と言っていたのだけど、痛みの間隔が短くなってきているのを気にした義母が病院行きを薦めてくれる。
「帰されたら帰されたでいいじゃない」との言葉に、それもそうかと病院と実母に連絡。
親友と母がそれぞれ送ってくれたホメオパシーの出産用レメディを口に放りこむ。

実母とともに、ボディボールを抱えてタクシーで病院に着いたのが19時過ぎのことだった。


着いてすぐの診察結果では、子宮口は5cm程度の開き(お産の進みの約半分)。
パジャマに着替え、モニターをつけて、赤ちゃんの心拍とお腹の張りをチェックすることに。

30分ほどと聞いたモニターの最中、私は陣痛の数で時間を図っていた。
5分間隔だったから、30分かかるなら、6回ほど波があるはず。
波のない間は眠りに入る間際のように、そして陣痛の波が来たら息を吐いて赤ちゃんに酸素を送るイメージをする。
半分眠っているせいか、陣痛の回数は4回を越えたあたりから覚えていない。
そのあたりから腰の方にググーッと下がってきて、じわじわいきみたいような感じが出てきていて、ああ陣痛が強くなってきた、お産が進む、と思った。
モニターは「もう少し様子見ます」と延長され、最終的に「3分から1分間隔になっています、いい張りが来ていますね」と告げられ、驚く。

再び診察。
そこで信じられない一言を聞くことになる。
「もう生まれますね」

そこからバタバタと分娩室へ移動。5〜6回いきんだろうか。


分娩室へ移動したのも知らず、徹夜の陣痛付き添いに備えて面会ロビーでサンドウィッチを食べていた母は.「生まれましたよ、おめでとうございます」と声をかけられ、思わず「嘘でしょ?」と聞きかえしたという。

四川先生は電話の向こうで笑い転げたという。

入院から実に一時間半。
陣痛開始から約四時間半。
はるの時の1/12の時間で、私は娘を胸に抱くことができた。

全く、人体の神秘というのは、図り知れない。
今こうして赤ちゃんと寝ているのが、まるで夢の中のように現実感がない。
お産て人それぞれだけれど、超難産の次が超安産だなんて想像していなかった。
あれだけ何をしても出て来なかったのに、本人が出ると決めたら早いものだ。

そんな顛末で、我が家に新顔がふえました。
以後どうぞお見知りおきを!

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February 13, 2008

サクラサク

サクラサク
なんと昨晩、生まれてしまいました!
3002gの完熟ベビー(女の子)です。
こどもは元気、私は出産時の出血多量につき様々な産後処置を受けているところです(点滴や薬剤投与など)。

はるの時に比べてあまりにも違っていた二人目の出産は、周囲のみならず、産んだ本人も驚くばかり。
全く、人体の神秘というのは、はかりしれないものです。


名前にも「桜」の字をもつ我が家の新顔、どうぞ今後ともよろしくお願いします!

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February 12, 2008

長い苦しみの果て

9日に弱めの陣痛から始まって、やや強い張りになって、今に至る。

つまり、あれだけ期待を高めて待ち望んだ連休中に、赤ちゃんが生まれることはなかった。

そして私は長くてじわじわした痛みを常々感じながら、日常生活をじいっと過ごしている。
痛い。
でもまだ、こんなもんじゃないってことは、身体が知っている(でも、十二分に痛いが)。

四川先生は今朝まで待ってくれたけれども、結局こどもの顔を見ることなく、新幹線で南下した。
無念。


産みたい日を胎教で話していれば赤ちゃんは聞いてくれる、と聞くし、はるもそうやって出てきたのだけど、こと生命の誕生というのは神秘らしく、人為ばかりでどうできるものでもないと思い知った。
なんだか敗北感の強~い、連休明けである。
痛い上に敗北感。
救われない(笑)。

結局こちらの都合で産みたい日に産もうなんて、親のエゴなのだろう。
占星術で誕生日・時間が神秘として扱われているように、その子その子が産まれてくる日に意味があり、運命があるのだ(とでも理由づけしないと単に胎児と意思が通じないようで、なんだかやりきれない)。

人生は決して思い通りにばかりいかないもの。

しみじみとそんなことを骨身にしみて思う、連休明けだ。

ちなみに出血がとてもあるので、いつもの予約日と違う今日、念のため病院に来たら、やたらにノリの良い明るい医師が担当。
「で、あなたとしてはとっとと産みたいの?」と聞かれた。
単刀直入で小気味がいい。
四川先生も帰ってしまったし、「本人が出たい時に出てくればそれで構わない」と返答したら、今度は医師の方が「あ、そう」と笑った。
なにかがふっきれた気がした。

もう「今日か明日か」と待つのは疲れた。
産んだり我慢したり、調整するのも疲れた。
所詮人間は大いなる自然には叶わないということなのだ。

それはそれで、いいじゃないか。

四川先生のみならず誰にも立ち会ってもらわず、一人でお産するのも気楽でいいな、と思うようにもなった。

ようやくニュートラルに「いつでも好きな時に出ておいで」と思える。
一種の諦めから見えてくる風景というのも、あるものだ。

長い苦しみはまだ続くけど(それで時間に比例して痛みも増すけど)、終わりの見えないものではない。
苦しみの果ての安堵を期待して、ニュートラルに、自然に全てを任せることとしよう。

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February 09, 2008

いざ、出陣!

昨日の39週検診で、「陣痛さえ来れば、生まれますね~」と言われた。
陣痛が来やすい秘訣を聞いてみると、助産士さんが「30分以内のウォーキング」と「安産体操」、「母乳マッサージ」を勧めてくれた。
早速30分強歩いてみたり、スクワット(というとなんだかあまり情緒がないけれど、バレエの2番のドゥミ・プリエと表現すると美しい感じがするのは、言葉のマジックとしか言いようがない)してみたり、四川先生の到着を待ちながら少し身体を動かしていた。

そのせいかどうかはわからないのだけど、夕食があまり食べられず、なんだかとても肩が凝った。
先に休ませていただいて、娘のために(?)連休前の金曜日だけに混みあう新幹線(各駅停車・所要2時間半!)にようよう飛び乗り、日付の変わる頃にようやく到着する四川先生を待った。

肩の凝りからきているのか吐き気がし(逆もまた真なり)、この吐き気はなんだろう、と疑問に思った。
時節柄、昼に食べた「創作オムライス」に何か含まれていたのではと疑ったりもした。
ふとお腹を触ってみると、固かった。
この身体の緊張が、肩の凝りを引き起こしているんだとわかる。
横になり、腰にピリピリした痛みを感じて初めて、もしかして、陣痛が始まったのかな?と気づく。
いわゆる、前駆陣痛。
でもまだ張りは不規則で、すぐに生まれるという気配はない。

四川先生が到着したら、とても少ないけれども、おしるしらしき出血もはじまった。

一日あけて、今朝。
おしるしがよりはっきりと確認できた。
間違いない。
もう、すぐ間近に迫っているのだ。

はるの時もだけれど、私は微弱陣痛の性質があるようなので、二人目とはいえ、まだすぐに生まれるという風ではない。
それでも今晩か、明日になるか、そのあたりに大きな陣痛の波が訪れるに違いない。
明日はいよいよ希望していた、2月10日、である。
義理の両親たちは、出産に先駆けて、一日早い今日、おばあさまの満100歳のお誕生日お祝いに出かけた。
夢の「100歳差のひいおばあさま/ひ孫」はもう目前。
休めるうちに休んで、食べられるうちに食べて、長~い陣痛の海を渡らなくては。

では、生まれたら、またご報告します!

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February 08, 2008

重圧。

臨月も後半。
ようやっとここまで辿り着いた。
この週末が、かねてからの希望通り、「産みたい日」である。
生まれてくれるかどうかは、わからない。本人次第。
でも、なるべく生まれてくれるといいなぁ…と、昨日/今日は本格的に(?)お散歩などをして、39週検診に臨むところだ。

実は今夜、四川先生が、こちらに来てくれることになった。
平日はもちろん、この週末しか、ゆっくりできる機会がないので、出産になってもならなくても来てくれるということになったのだ。
…ということは、今までの結婚生活の経験値からいって、この週末に産まれない限り、立会い出産は難しくなるはず(性格からして「この間行ったからもういいよ」と断られるに違いないのだ!)。
「出産だから休みをとる」ということができないお仕事柄、それに自分の気力体力のペースを常に一定に保つ四川先生の性格から、もうこの連休以外にチャンスはない。
こうなると、「立会い出産」を臨むものとしては、ほとんどプレッシャーである。

はっきり申し上げて、なんでそこまで「立会い」してほしいのか、よくわからなくなっているのも実情である。
以前立会い出産を望んだ友人は「だって、二人の子どもなのに、自分ばっかり痛いのって不公平じゃん!せめて協力くらいしてもらわないと!」と熱弁をふるっていた。
たしかに。
はるの時は、初めてということもあって、「誕生」という瞬間を一緒に迎えて欲しくて何が何でも立会いしてもらった(その時はたまたまお仕事があまり忙しくない時期でもあった)。
今回は…というと、上の子の時に立ち会ってもらったから、今回も立ち会ってもらわないと、なんだか「子ども間での不公平感」があるような気がしたから。

それに、仮に連休中に出産になるとしたら、私自身のためというのもある。
肝心の時にいて欲しい実家の母が、この日前後に限って遠方出張を入れており、わざわざ里帰り出産を選んだ意味自体がなくなったようなものだから。
もろもろの事情から、滞在先こそ四川先生のご実家にお邪魔しているけれども、いざ出産の時は母が何をおいてもかけつけると言っていたから、鎌倉での自分達だけでの出産よりも、仙台に帰ることを選んだというのに。
私に言わせれば、母のこの仕打ちというのは、ほとんど「裏切り」に等しかった。
これも、「厄年」のせいだろうか?
(まあでも、この3連休に必ず生まれるという保証もないので、母にしたら単に迷惑な話だろう。ちなみに母も還暦で「厄年」である。お互い様?)
そういうわけで、まさかお姑さんにわめき散らしながら腰をさすってもらうわけにはいかないため、夫に頼るのが筋というもので、四川先生がいてくれないと非常に困るのだ。

でもやはり、誕生の瞬間を二人で迎えるというのは、良きにつけ悪しきにつけ、印象深いもの。
人生の中で何度もあることではない特別な時だし、友人の言うように、苦労を分かち合うというのも大切だと思える(たまに、分かち合ったから余計に苦労したということも耳にするけれども?)。
出産は、ドラマだ。
子どもの産声を聞いた瞬間、はじめて顔を見たときの気持ち、仕草、すべてがまるで昨日のことのようにリアルに思い出される。
48時間もかかった出産の苦労。
陣痛に耐えながら見た夢のこと。
分娩室に入ってからの出来事。
そしていざ出産し、はるを初めて抱いたこと。
ちいちゃな手を組んで、大きな声で、顔をくしゃくしゃにして泣いていたはる。
「よくがんばったね」と言いながら涙がこぼれ出たこと。
――対照的に、四川先生がはじめて言ったのが「なんか変な色だね」という一言だったこと(今となっては笑い話ながら、その時はすごくびっくりした。たしかに出産に時間がかかったから少し青ざめてはいたけど…出産の疲れで、もはや怒る気力もなかった)。

今回は、どんなドラマが生まれるのだろう、という期待もある。
だからこそ、またひとつ、「家族」のドラマを共有できるよう――週末に、産まれますように。

足のつけ根が痛かったり、お腹が張ったり、出産が近いというサインはあるのだけど、こればかりは本当に本人次第。どれ、またお散歩でもしてこよう。

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February 05, 2008

豆まき!

080124_161901日曜日、節分の日は、はるにとって格別の一日でありました。
ふだんは「ものを投げちゃ駄目!」と怒られるのに、この日ばかりは推奨されるし、派手に投げれば投げるほど、周囲が沸き立つのですから、それはそれはのはしゃぎよう。
実家では落花生で豆まきをするのですが、一旦撒き終えると、今度は丁寧に全部拾って、またイチから撒きなおし。
一体何度リフレインしたでしょう。
一階と二階の全部屋を回るだけでは飽き足らず、廊下にも階段にも「おにはーしょと!ふふはーち(※ふくはうち、としっかり発音できない)!」と大きな声で歩き回りました。
始終ニコニコのご様子。
それを見る方も、ニコニコのご様子。
Sn390714実家の父は、一緒にお面を被ってくれたので、はるはもう、嬉しくて仕方ありません。
私が被ると「それ、じいじの!」と怒るものだから、じいじはニコニコです。
じいじが落花生をおいしそうに食べるのを見て、はるもお豆に興味を持った様子。
ぱりん、と小気味良い音を立てて、中からお豆が出てくるのは、子ども心にヒットするようです。
子どもにはピーナツが危ないそうで、ちょうど気道につまって水分を含み窒息してしまう危ない食べ物、と認識していたので、細かく砕いてから、あげてみました。
…はるには、味よりも、割る行為の方が面白いらしく、割るだけ割って「ママ、食べなしゃい」と中身をくれます(笑)。心配がひとつ減って、いいけどね(笑)。

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February 01, 2008

自然と計画のはざまに。

いよいよ、2月を迎えました。
出産予定日まであと2週間。
出産は神秘だ奇跡だと言っては見るものの、自然と少し距離のある生活を営む現代人としては、産みたい日候補がいくつかあります。

その第一は「土日」で、四川先生が立ち会ってくれやすい日。
第二は「2月10日」、これは四川先生のおばあさまの満100歳のお誕生日。(おばあさまはつい先日も肺炎で入院され、親族は覚悟を言い渡されたのだけど、またお元気になられたところ!)

予定日前に出てくるだろう、と思うのは、はるが2週間前にやってきたからなのだけど、先日検診の折に聞いてみたら、第一子が早くても、二番目以降も早いとは限らず、その子その子によるのだそう。
一人目は37週で出てきたけど、二人目は予定日を過ぎた、なんてこともあるようなのです。

いずれにせよ、父母ともに短気な私達の子ですから、ここ二週間ほどの間には出てくるものと思われ、先日書いた新月/2月7日の3日後――すなわち2月10日が、自然との兼ね合い的にも、計画(?)としても、ベストという結論が出ているのです、もっとも、私の中だけでのことだけど。

そんな中、四川先生から突然のお達しが。
「あのさー、来週末、飲み会入っちゃったから、今週末に産んで」
冒涜です。
自然に対して、そして神聖なる出産に対しての、許しがたい冒涜です!
こちらの意図でどうにかなるものでもないし、あの、「いっそ殺してくれたほうがまだマシ」と思えるほどの苦境を過ごす私の身にもなってほしい。
女がいのちをかけて臨む人生最大の大仕事に対する、侮辱にも値する一言です。
二番目ともなると、おざなりになるもの(人のことばかり言えないけど)。
だいいち、そんな風にパパの飲み会の予定に左右されて生まれなければならない子どもも、かわいそう。
「かわりに産んでみろー!!」と思わず吼えてしまったこと、きっとご想像に難くないと思われます。
ウンウンと頷かれるママさん方も、おられることでしょう。

実際、こういうケースの場合、手段がないわけではありません。
陣痛促進剤などの薬物を使って、計画出産という方法が、現代人には用意されています。
痛みさえも、いわゆる無痛分娩という方法で、取り除くことさえできる世の中なのですから。
しかしながら、これは私のポリシーに反するもの。
古来からの、自然に委ねる方法で、しっかりと産みたい。

とはいえ、へべれけになっている人が新幹線に乗れるとも思えないし、生まれるかどうかもわからないのに、無碍に予定を入れるなともいえない。
そこはそれと臨機応変に対応しなければいけないわけなので、なるべく四川先生が立ち会ってくれるよう、週末にかけて運動してみたり、がぜん張り切って家事をこなしたりしているのです。
近頃は夢の中でも階段昇降や数時間の散歩をしていて、「ああ、やっとおしるしが!そろそろ陣痛が来る!」というクライマックスで、朝を迎えます。
ちいとも、疲れがとれません。
寝ても起きても、運動してるんですから。

自然と計画のはざまに、今日も揺れる私なのでした。

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