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January 2008

January 31, 2008

チラノ。

080122_170001はるが今一番ご執心なのが、「チラノ」こと、ティラノサウルスの大型フィギュア。

お正月に、BBCが作った面白い番組の放送がありまして、太古の昔に滅んでしまった恐竜を現代に連れてきて飼育する「プレ・ヒストリック・パーク」という架空の施設を舞台に、6回シリーズで、絶滅した恐竜や動物の生態、滅んだ原因などを探っていく、ドラマ仕立てのとても凝った番組だったせいか、はるは食い入るように見ていました。
はるが恐竜好き、と知ったおじいちゃまが、ビデオに録画してくださって、度々見ていたのが、はるの恐竜ブームを大きく煽った原因でもあったでしょう。
図書館へ連れて行っていただいても、とにかく恐竜の本ばかり借りてきます。

そんなある日、義弟が玩具やさんに出かけるというので、恐竜の人形があったら買ってきてくれないかと頼みました。
「リアルなのがいいです」と言ったところ、義弟は玩具やさんから写真を送ってくれたり、とても丁寧に、ティラノサウルスを選んでくれたのでした。
…が。
写真で雰囲気はわかったものの、大きさは比較対象がないとわかりません。
私は10~15センチくらいのものだろうと、思ったのです。
ところが!
「はい、1000円でしたよ」と手渡されたティラノフィギュアは、かなりの大きさ!
はるが抱きかかえて歩くようなものでした。

抱きかかえながら、「チラノ」と呼びつつ、一緒にお風呂に入り、枕元に置き、愛でているはるです。
(義弟は「リアルすぎ…おっかなくないのかな…」と驚いていました)

あんまり大好きなので、「一番好きな恐竜はなに?」と聞いてみたら、
「えっとねー、トリケラトプス!」
…ティラノじゃないらしい(飽きたのか?)。
二の句が告げない私でした(笑)。

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January 30, 2008

月よみ。

妊娠や出産のリズムと、月の引力にかかわりがあるというお話、耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
よく妊娠・出産は「神秘的」と形容されますが、そのひとつが、この月との関係のようにも思えます。

はるを身ごもった時、まだ性別がわからない頃、『月の魔力』という本を読みました。
そこに、身ごもったと思われる時期の月がどの星座にあったかで、性別がわかるのだと書かれていました。
ちょうど同時期に妊娠中だった親友と、私の大体の時期を照らし合わせてみたのだけれど、実際にその通りの性別で生まれてきたのでびっくりしました(ちなみに、ふたりとも、自分ではその結果と別の性別だと思っていたので、性別が判明しピタリと符号した時にはとっても驚きました)。

赤ちゃんが生まれるのは、統計的に、満月・新月の近辺が多いのだそうです。
特に多いといわれているのは、それぞれ1日前と3日後。
また、潮汐ともかかわりが深いと言われていますが、これも月と地球の引力の関係で引き起こされる現象です。

さて、私がこの不思議な月と人体の関係の一端を体験したのは、ちょうど一週間ほど前の出来事。

その日は、満月だったのです。
夜、寝入った頃、いつもよりもずっと強いお腹の張りがありました。
夢うつつにお腹をさすっていたのですが、定期的にその張りは訪れて、ただ張るだけではなく、腰痛も伴って、なにやら大きな波に自分がさらわれていくような感覚があったのです。
いわゆる前駆陣痛、というやつでした。
このまま出産になってしまうかもしれない、と思うほど張りと痛みは徐々に強くなってきて、寝ていられなくなった私は、腰をさすりながら、枕もとの携帯電話のメモにお腹の張りが訪れる時間を打ち込んでいきました。
ひとつふたつ打ち込んだ頃、まだ定期的に張りを繰り返すながらも、痛みが少しずつ和らいで、やがて遠のいていき、私もその波がひくのに合わせて、眠りの淵に落ち込んでいきました。
朝起きてから調べてみると、まさに前駆陣痛のピーク時が、潮の満ちる時間だったのです。
幸いにして、その時の前駆陣痛は出産につながりませんでしたが…
次に同じような状況になったら、今度こそ?!と確信するような出来事でした。

潮が満ちる時に出産/陣痛のピークが訪れ、潮が引きはじめると、陣痛は長引くものなのだそう。
不思議なものだなぁ、と思います。
だって、生命が生まれる神秘自体、解明されていないことの方が多いといいますもんね。

身近にある一番の奇跡、それが、「いのち」そのものなのかもしれません。

月の暦を読んでみると、次の大きな動きは、2月7日の新月。
そのときに、どうなっていますやら…
(あるいは、おなかの中の人は、こっそり計画をたてているかもしれない?)

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January 29, 2008

ひとひとり。

毎日が「今日か、明日か」とそわそわ落ち着かないこの頃。
初期の頃から「妊娠ってこんなに大変だったっけ?」と思っていたけれど、ここへきてその思いもピークになっている。
起きていればお腹の張り、移動のしんどさ。
寝ているときは腰痛、寝返りひとつうつのもしんどく、寝ている間にこむらがえりになることもしばしば。
そんな中、更にマイナートラブルがいろいろと起こったりする。
人ひとり、いのちを授かるというのは、本当に大変なことだ、と思う。

逆の事例もまたある。
普段の生活はいろいろな束縛も多く、がんじがらめになっていて抜け出せないような気持ちでいるけれども、実は人ひとりが消えてしまうことって、たやすいものだ。
あるサイトで見たところ、1年間に提出される家出人捜索願は、緊急度の低いもので約10万件もあるのだという。

人がひとり、いのちを授かり、そのいのちが地に還るまで。
その過程には、さまざまな道筋があるんだなぁと思う。
一人のうちは、自分が思うような道を歩いてくれば済んだ。
パートナーが出来て、同じ道でも、違う観点があると知った。
そして子どもが生まれると、今度は子どもの辿る道のりを、時に傍で、あるいは離れて、見守る視点も出てくる。
自分の親や祖先たちが繰り返してきたその営みの裏側にある数々の大変さを、なんだかじっくりと考えさせられる。

「家族」というのは、自然にできるものではなくて、作り上げるものなのだということも、わかった。
家族は社会の最小の単位である、なんて教科書には載っていたけれども、それぞれの意見の違いを認め合い、尊重しあう、あるいはぶつけ合う、一番身近で一番難しい存在こそが、家族かもしれない。
一番わかり合えるようでありながら、一番わかりあえない。
そんな気も、するのだ。
親と子、夫と妻、兄弟姉妹でも、その関係性は変わってくるに違いない。
しかしそこに、家族のお互いを思いやる気持ちが欠如したならば、家族というのはバラバラに、いとも簡単に、分裂していってしまうものに思えてならない。
昔はそこに、さまざまな「つなぎ」もあった。
年寄りや地域社会、ご近所など、家族よりも少しゆるい、副次的なつながり。
それが希薄になっている今、家族というのは、やはり構成員それぞれのたゆまなき努力を必要としなければ、存続できない、あやういものになってしまっているのかもしれない。

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January 25, 2008

手紙が書きたくなる日。

080121_153101手紙を書くこと、私にとっては娯楽です。
本を1冊読むことや、映画を1本見ることと変わらない、楽しみのひとつ。
その楽しみを広げてくれるのが、お手紙まわりの小道具たちです。
便箋や封筒にこだわって…といきたいところですが、実はこういうペーパーツールは自分の「定番」のようなものがあって、なんとなく毎度毎度同じものばかり手にとってしまうので、結果的に一番楽しくなってしまうのが、切手選び。
郵便局に出かけると必ず記念切手をチェックして、お手紙の内容や、あるいは季節などに合わせて選ぶのが、楽しくて仕方ありません。
これぞ、という、切手にめぐり合ったら、迷わず大人買い。
普通の切手と、同じ値段・同じ価値で、ちいさな「名画」を自分の自由にコラージュできるのも、切手ならではの楽しみです。

コレクターではないので、手に入れた切手、少し手元に残したあとは、じゃんじゃん使います。
(ちなみに手元に残した「少し」の分は、「あの切手が残っていたら、きっとこのお手紙に似合ったのに…」という後悔をしないための保険であって、コレクション用ではありません)

さて。
病院の検診の帰りに、ポストに入らない郵便物があったので、一番近かった郵便局にいきました。
奇しくも中央郵便局だったので、記念切手販売の専用コーナーを発見!
こういうのは、私のような輩には、ほとんど目の毒です。
東北ならではの切手、全国のふるさと切手、過去の記念切手等々、素敵なものがたくさん!
各県の花をピックアップした「東北の花」シリーズも素敵だし、「東北の景勝地」は、こちらに滞在している間に東京・鎌倉の友人達へのお手紙に使いたい。
奈良県の若草山、岐阜の桜など、他にもたくさんの素晴らしいものがありました。
あれもこれもと、結局、1年分くらいを購入したでしょうか。

この切手を使いたいがために、お手紙をしたためたくなるこのごろなのでした。

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January 23, 2008

柳のように、しなやかに。

女の子を授かったせいか、近頃とみに、「女性らしさ」に考えが向く。
以前は女の子が生まれたら猫っ可愛がりして育てたいと思っていたのだけど、考えがちょっと変わってきた。
「女性力」といったら大げさかもしれないけれど、身の回りにいる「素敵だな」と思う人たちが共通に持っているなにかについて、考えてみている。
思うつくままに書き連ねてみると、以下のような項目だ。

*信念がある
*自分の好みをよく知っている
*考えに柔軟性がある
*愛嬌(笑顔が素敵)
*心配り
*ユーモア
*段取り、手際がいい

まとめると、人あたりが柔らかいけれども自分の考えがあって、ポジティヴ思考を持ちつつ、自ら動いていける人、ということになろうか。
「女性」と十把ひとからげにしても、自分にはないものばかりなのだけれど、私の周りには、そんな素敵な女性がたくさんいる。
そういう素敵な彼女たちと話をしていると、ただお話しているだけで、ポジティヴ思考が伝染してきて、なんだかわくわくしてきてしまうのだ。
…と、つい自分の理想を重ね合わせてしまうのだけど、実際には個性もあるだろうし、本人の育っていく内外的な環境というのも、大きな要因となるだろう。
でも、たとえどこかでつまづきながらでも、自分で自分の人生をきちんと歩んでいける女性になってくれたら、いいなぁと思っている。
それも猪突猛進するのではなくて、喩えるならば、柳のように、しなやかに。
(全く脈絡ないけれど、ジャズの名曲「朝日のようにさわやかに」と語感が似ているなぁ。大好きな曲であります)

「女性力」という項目からはちょっと離れるけれども、私は、女性こそ、お酒に強い方がいいとも固く信じている。
(酒に強いというのは、絶対に得だと私は思っている。宴席ではそこでしか聞けない面白いお話や人生訓が伺えたりするし、どんなに飲んでも崩れない女性には、頼もしさを感じる。…まぁ、お金はかかるけど…)
このところ敬愛する女優・高泉淳子の『仕事録』を読んでいるのだけど、彼女がお酒に強いということを知り、ますます「やっぱり女性はお酒に強い方が」と思いを強めているこのごろ。
そういえば私が格好いいと思う作家などは、割と「いけるクチ」の人が多いかも?
出産・育児の「飲めない期間」のお陰で、めっきり飲めなくなってしまった私だけれども、やはり「酒好き」遺伝子は健在で、子育てが終った暁には、四川先生と一緒に飲みに行きたいなぁと思っている。
理想は、「蕎麦やで日本酒」。
もちろん、着物でお出かけして、さしつさされつ、してみたいものです。

単に私が酒好きだから(弱いけれどもね)そう思っているのかもしれないけれど、生まれてくる娘にはぜひ、お酒の好きな、そして強い人になってほしいと、願う母なのでした。

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January 21, 2008

アートという手段。

昨年11月、「けやきの思い」というタイトルでブログに書いたアートプロジェクトのWebサイトができあがったと、ご連絡をいただいた。
これは48人のアーティスト&市民が、44本のけやきそれぞれに、名前をつけ、その樹に関連したアート作品を製作したもの。
参加する友人(音楽家)からお声がけをいただき、不肖ながらわたくしも参加させていただいた(※26番の木を担当しました)。

44本のけやきの木のうち、17本は移植され、27本は伐採される。
移植になったケヤキは、7本が西公園こけし塔前広場、9本が東北大学青葉山新キャンパスに、1本が海岸公園冒険広場に新たな命の場を与えられるのだという。

アートという手段が、ともすればセンチメンタルな思いにとらわれがちな現実を、ポジティヴに捉えるきっかけを与えてくれたような気がした。

アーティストたちがそれぞれに感じた「けやきの木」、ぜひ覗いてみてください。

「はっぴぃ・はっぱ・プロジェクト」
http://happyhappa.org
※1/21現在、まだ作品が届いていない木が一部あるそうです

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January 20, 2008

居候生活にくじけそうになるとき。

四川先生の実家に居候させていただくようになって、早くも4週間が経った。
居候というのは、良いこともあるし、そうでないこともある。
居候される身に比べて、居候する身の方は暢気なものだけれど、それなりに悩みもあるのだ。

今、私が一番悩んでいるのが、食事のことである。
口に合わないわけではない。
義母の料理は格段においしいので、食事の仕度をしながら料理を教えてもらうのが楽しみのひとつでもある(そしていくつかの料理については、「覚えてくるように」との四川先生からの密命もある)。
むしろ悩みは、そのおいしさでもあって…。
おいしいとどうなるかというと、つい「あとひとくち…」と食べ過ぎてしまい、結果体重がうなぎのぼりということになる。
ここまでは、ある程度想定していたことでもあった。
だが、ここへきて、更に過酷な事件が起こってしまったのである。

義母は、料理がおいしいばかりでなく、漬物を作らせたら天下一品。
とにかくそのおいしさと言ったら、市販の老舗漬物屋も舌を巻くだろうと思われるほど。
卑近な例では、食べ物にまるで執着しない実家の父(理想の食事は忍者などが用いる「丸薬」だと言う信じられない感覚の持ち主)が、義母の沢庵だけは「なくなるからこれ以上食べるな!」と皿を死守するほどなのである。
居候する私は、毎食毎食、この格別な美味をそれこそたらふくいただいていて、それが至極幸せだったのだが…

妊婦というのは厄介で、「薄味」厳守が基本。
そうでないと、「妊娠中毒症」というのになってしまい、極端な場合には母子ともに危険な状態になってしまうそう。
漬物は当然のことながら塩分が強い。
つい先日の検診の結果、「塩辛いものは控えるように…」とのお達しが出てしまった。
さらには「体重増加も、ここまでで押さえておきたいので、あとは横ばいになるよう、量に注意してくださいね」とのこと。

おいしいものの山を前に、これは本当~に切ない。
料理は断腸の思いで控え目にするにしても、沢庵、嗚呼沢庵…。
赤ちゃんのため、とはいっても、後ろ髪を非常にひかれる私なのである。
せめて一時的にでも、実家の父のように、食事に興味が持てないようになりたい。

なんて、贅沢なことを言っているのも、気楽なものですが…。

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January 18, 2008

かおり小物。

071226_010601香りのもの、というのは、気分をやわらかくほぐしてくれたり、気をひきしめてくれたり、心にとても近いものです。
だからこそ、気に入った香りをそばにおいておきたい、という人は多いのではないでしょうか。
私自身、香り好きではありますが、妊娠・出産・子育てというライフステージの中で、好みの香りはもちろん、その強弱にも変化があって、市販の香水の大半は香りが強いと感じて頻繁には使えなくなってきました。
お気に入りの香水は、お出かけの時にちょっとだけつけるくらいで、日常には練り香水や香りが弱目のトワレを本当に軽く、宙にふきつけて、その空気をまとう感覚で使っています。

そんな中。
どうにもこうにも心がひきつけられる香りに出会ってしまいました。
それは、クリスマスに、アロマセラピストの友人が贈ってくれた手作りのバスソルトの香り。
効用のところには「安産」の文字もあって、その心遣いがとても嬉しく(アロマセラピーでは、肌につけるものについては、妊娠中・授乳中などに使っていいもの・悪いものなどが定められているのですが、その中から選び出してくれたようです)、お風呂に入れるのが待ちきれず、箱をあけては何度もスーハースーハー香りを吸い込みました。
グレープフルーツの香りが入っているからでしょうか、もぎたての果実のようなおいしい香りがして、お風呂の水を飲んでしまいたい気分に何度かられたことでしょう。
あっという間に、使い切ってしまいました。

年が明けてから、出産前後の入院生活を想定して何度か香りのものを探しにでかけたのですが、あの香り以上のものに出会えません。
そこで、無理を承知で彼女にお願いをして、練り香水とピローウォーターを作っていただくことにしました。

出産予定の産院は、古い総合病院なので、ベッドとベッドの隙間もそう広くありません。
六人部屋が基本、個室はもちろん、2つしかない二人部屋もはじめから「たぶん入れませんよ」と申し渡されています。
そういった環境で、いのちを賭した出産直後を過ごすのは結構疲れるものだろうと今から覚悟しているのですが、きっと彼女のブレンドしてくれた心地良い香りに包まれれば、そんな気持ちもほぐれてしまうでしょう。
今度は、自分の手や枕にかじりつきたくなるのを、必死に止めなければいけないかも(笑)?

練り香水とピローウォーター、届くのが楽しみです。

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January 15, 2008

晴れのきもの。

昨日は、成人式。
ちょっとお出かけをしたら、成人式帰りの、振袖姿のお嬢さんたちをたくさん見かけました。
ハレの日にお着物を着る、という習慣の、代表的なものが「振袖で成人式」ではないかと思います。

今ではお着物が大好きな私ではありますが、成人式には振袖を着なかった一人。
きらびやかな着物の海の中を、ホコモモラの赤いスーツ姿でかき分けていました。
どうも昔から、あの振袖というのは、好きになれなかったのです。
お着物が好きになった今ならどうか…といえば、やはり昨日も、ちょっと苦手だなと感じてしまいました。
振袖自体というよりも、もしかしたら、「お仕着せ感」に抵抗を示していたのかも。
なんというか、こそばゆい。
蝶よ花よと育ったわけでもないので、あまり素直じゃないせいか、「成人しました」「こんなに綺麗になりました」と飾り立てるのが、とても気恥ずかしかったのです。
(両親は、私を「鉄の女」マーガレット・サッチャー女史のように育てたかったらしい…その弊害と思われます)
「ハレ」の舞台なわけですが、どうせなら、自分が晴れ晴れしい気分になる「晴れ着」を着たらいいんじゃないか、と思って、いかにも可愛らしい振袖よりも、スーツを手に取りました。
着物文化が普段の暮らしから遠のいてしまっただけに、成人式という一日のためだけに(あるいは着たとしても数回のもののために)、お着物を仕立てる感覚が、よくわからなかったのでした。

それでも「成人式に振袖」は、本人と言うよりは家族の願望のようです。
私も、おばあちゃんがあまりに嘆くものだから、おばの昔の振袖を着せられて写真をとられたのを覚えています。
半分イヤイヤ、おばあちゃん孝行と思って従った私でしたが、いざ着物を目の前にしてみたら、心がほぐれました。
その着物には、あまり抵抗感がなかったのです。
アンティークな振袖は、柄も色も控えめで上品で、きれいなお着物だなぁ、これなら好きだなぁと思いました(でもせっかくのその時の写真、それ以来封印されています。メイクのおばさんに、あまりにも太く眉毛を強調されて、オバサンぽくなってしまったのがショックだったのです…)。
今の振袖は、きらびやか過ぎて私の目にはチカチカ映ってしまいますが、昔、着物がもっと身近だった頃の振袖は、しっとりと綺麗で、ハレの日を祝う家族の愛情そのものが織り込まれているように思えました。
もしかすると、成人式の時にだって、ちゃんと探せばそんな素敵な振袖にも出会えたのかもしれません。

結局私は、振袖のかわりに…と申し出て、両親が振袖のために貯めていたお金で、フランスに短期留学させてもらいました。
今でも母は「心に振袖を着せました」と、恥かしいことを言って歩いていますが、このときの選択はやっぱり良かったと思っています。

もちろん成人式の頃には、12年後に自分が着物をこんなに好きになっているなんて思いも寄りませんでした。
でもお着物を着るようになった今も、いわゆる着物らしい、綺麗な色や柄にはちょっと抵抗感があるのは、単に私が渋好みだからなのかもしれませんが、少しだけ、あの成人式のお着物に対する、気恥ずかしさ、こそばゆさが手伝っているように思えてなりません。
もしかすると、一生に、七五三と、成人式の3回くらいしか着ないかもしれない着物。
だからこそ、綺麗できらびやかなものが好まれるのかもしれませんが…
そんな中を、藍大島に黒繻子の帯、黒の絵羽織で通り抜けると、いろいろな意味で、「ああ、年をとったなぁ」と実感する日でありました(常々、母たちからは「あんた渋すぎ、婆ぁすぎ」と苦言をいただきます)。

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January 14, 2008

マイブーム。

Sn390703_0001たこやき機、というのを購入した。
電気屋さんに立ち寄ったら、母が「おもしろそうなのがあった」と見つけて来たのだ。
なんと1480円。
電源のスイッチしかないシンプルなつくりなのだけど、たこやき好きの私としても見逃すわけにはいかない(?)、この金額。お遊び感覚で、母にプレゼントした。

スーパーでたこの他、たこやき粉(なんてあるんですね!!)、卵、かつおぶし、青海苔、あげ玉、紅しょうが、ネギを買い、準備万端。
早速作ってみたのだけれど…
これが、楽しくて仕方ない!

門前の小僧習わぬ経を読む、というやつで、今までたこやき屋さんの屋台にかじりついて見ていた通り、やってみた。
竹串でくるくると焼けた生地をまわしていくのも、何回かやっているうちに上達。
1回に18個できるのだけど、3回目にはもう、イベントごとの屋台なら許されるような(?)きれいなたこやきができようになった。
半分くらいは「築地銀だこ」風に、表面をカリカリにして、きれいな球状に作ってみたり、途中でたこがなくなったので、こんにゃくや餅を使ってみたりと、大わらわ。
くるくると生地を丸く丸め込んでいくのが、とっても楽しい!
ちょっとした娯楽になった。

ところが…作るほうは楽しいのだけど、食べるのが大変。
「たこやき粉」ひと袋を使ったので、小袋とはいえ結構量が多く、結局80個のたこやきができたのだ。
80個といえば、8~10舟分。
いくらたこやき好きの私とはいえ、ちょっとやそっとじゃ食べられない量である。
夕方から作り始めたので、「おやつに」と父に出して、残りはそのまま夕食のおかずに…でもね、みんなで70個近くは平らげたのだから、すごいものでしょう?

面白かったから、また作りたいのだけど…
みんなから「勘弁して!!!」と言われるので、しばらくお預け。
ああ、みんな早く、「たこやき飽き」がなおらないかしら。

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January 12, 2008

まご力。

四川先生のご実家にお世話になりつつ、時々実家に顔を出すこのごろ。
どちらでも主役はやはり、3歳児。
舌ったらずのおしゃべりに時折混じる大人っぽい口ぶりに、みんな手玉にとられている。

誰かが言った印象的な言葉をすぐに覚えるものだから(どうしてか、ナマイキなものから先に!)、両親たちはそのこまっしゃくれぶりが可愛くて仕方ないらしい。

先日、帰省中の親友と互いに子連れでランチをしたのだけれど、彼女の二人の女の子がとってもかわいらしく、はるも相当気になったようで、家に帰るなり「あのね、今日、スミちゃんとカナちゃんとあってきたの!かわいいこだったの!はるね、スミちゃんに、チュッてしたの!!」と自慢をしていた。週末に訪れた実家でも、同じことを言っていた。
こうなると、みんなひやかしつつも喜ぶわけである。

お世話になっている四川先生のご両親はとても行動的で、週に2~3回テニス、2回はご近所の方をお招きして趣味の会、その他にお父さんはテニススクール、お母さんはシャンソン、おふたりで時折ゴルフ…と、とても充実した毎日を過ごしておられる。
そこにはると私も時々混ぜていただいて、テニスコートの端で遊んだり、こども用ゴルフクラブを買っていただいて遊んだりするのである。
そういうことがあると、はるは車に乗るたびに「じゃあテニスしようか」「ゴルフいこうか」と言い出すので、お二人とも喜んでくださって、また連れて行ってくださるのだ。

一番の変化を感じるのは、私の父。
無口で厳格で、眉間から皺の消えたことがない強面の父が、相好を崩しまくってはるの相手をするものだから、家族・親族は皆あっけにとられて二人を見守る。
先日など、酔った勢いではると二人、布団の上をでんぐり返し合戦。
襖や家具を蹴破らないか、はるが潰れないか、あるいははるが父の眼鏡を踏み抜かないか、見ている方がハラハラするのもお構いなしだ。
つくづく、「まご」の力は大きいなぁ、と実感。

「お嫁さん」するお正月も今年が4回目。
今までも良くしていただいているけれども、はるがお話をして、自分からまわりとコミュニケーションをとるようになった今年が、一番楽~に、また楽しく滞在させていただいているかもしれない。
自分で感じている子育て上の問題についても、大先輩のお父さんお母さんの話を聞きながら、なんだか一緒に受け止めていただいて、いろいろとご意見いただけるのも、頼もしい。

昔のおうちやご近所には必ず、「ご意見番」みたいな年寄りがいたものだ。
時に耳に痛いことを言われてふてくされたりしたけれども、やはり人生を長く生きているひとたちの言葉は、それなりの裏づけあって出てくるものであり、なるほどと思わされることが多い。

帰省する際の新幹線で四川先生が買った雑誌にたまたま書かれていたのだけれど(こういうタイミングの良い出会い方は既に、なんらかの「メッセージ」である気がしてならない)、子育ての過程で、おじいちゃんおばあちゃん世代が関わってくるのは、子どもにもよい影響を及ぼすのだという。
親世代が躾や生活習慣など「ヒト」として生活する上での教育を子どもに施すのに対して、祖父母世代というのは、ある程度客観的に見られるため「人」としての情緒力を、子どもに与えてくれるのだという。
たとえば民話や昔話など子どもにもわかりやすい例で説かれる、人間として必要なことの本質は、のちのち子どもにとって宝物になるのだそうだ。

実際、はるはこちらで、私の言うことには反発していても、同じことをおじいちゃんおばあちゃんが言うと素直に聞いたりする(もちろん聞かないことも多々あるけれど)。
遊んで欲しい時はもちろん真っ先に、私「以外」の人のところへ飛んでいく。
私以外の人とは絶対に(時々私と一緒ですら)嫌がっていたお風呂も、「はる、おじいちゃんとお風呂はいりたい!」と言って、おじいちゃんが用事がある時に私が一緒に入ると途中で「ママ、あがりなさい。はるは、おじいちゃんとお風呂はいるの!」と、ご無体なことを言われたりする。

核家族暮らしの普段の生活と違って、いろいろな人に関われるという選択肢があること自体、はるにはいい影響になっているような気がする。
夜寝る前には、おじいちゃんおばあちゃん達に「明日また遊ぼうね!」と言ってから、部屋に駆け込んでくるはる自身にとっても、幸せな体験であることを示しているように思える。

心配なのは、すさまじい「まご」の力にふりまわされて、両家の両親がダウンしないか。
(実際笑い事でもないのである。私とはるが顔を見せる日に限って、母は心臓病の発作を起こして倒れるのだから。)
出産入院中は、はるは大丈夫だと思うけれども、両親達が大丈夫かどうか、心配の矛先が変わってきたこのごろである。

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January 08, 2008

出産間近?!

あちこち動きたいのに、体が重くて何もかも億劫なこの頃。
重いだけならまだしも、ほんの少しでも無理をすると、テキメンにお腹が張り、痛くなって辛くなります。
お腹が張っている間は、赤ちゃんに酸素が供給されません。
無理することは、結果的に赤ちゃんを苦しめることになるのです。


お世話になっている四川先生のご実家では、ご両親が気になさってくださるのですが、「いいよ」と言われてもやはり嫁の立場で常にゴロゴロしているわけにも…。
辛い時には甘えさせていただくつもりで、動けるうちは動いておこう、とちょろちょろするものだから、お腹が張ってきてから「しまった」なんてこともしばしば。
心なしかこの数日で、腹囲の最大ポイントが下がってきたような気も(=赤ちゃんが下がってくる=出産が近づくサインのひとつ)します。
近頃はなんだかお腹の張りに定期的なリズムがある時もあって、すわ陣痛か?!とドキドキすることもあります。

友人からの再会のお誘い、冬のバーゲンセール、図書館などに心惹かれつつも、病院への外出以外はなんだか恐ろしいようなのでした。


以前「出産の痛みは、忘れるからこそ、兄弟が産める」との至言を聞いたことがあります。
実際、痛かった辛かったという印象は覚えているけれど、痛み自体は覚えていません。
はるの出産の時にマタニティクラスで見せられた「痛覚のグラフ」では、あらゆる怪我・疾病の中で「陣痛」が孤高の一位。
うろ覚えながら、骨折の約2倍、病気の中でのトップ「風が吹いても痛い」痛風でも、陣痛の3分の2ほど。

そんなに痛くて辛いのに、生まれてくる赤ちゃんの方がずーっと痛いのだそう(なんせ頭の骨をずらしながら、生まれてくるんですから…)。
それを思うと、痛い辛いなんて、言えないのかもしれません。

だからこそ、いざ親子ともども大変な「その時」まで、ゆっくり穏やかに育んであげることこそ、ママさんの勤めなのかも、と思うこの頃です。


とはいえいくらお腹が重くて不便、と思っても、ポータブルなうちがまだ楽なもの。
身2つになったらそれこそ、移動ひとつとっても辛いはずです。
今のうちに外出しておこうか、やめようか…
両親たちの送り迎えまたはタクシーじゃなければ移動もままならないこの頃。
毎日葛藤が続きます。


話は少し変わりますが、今年私が気をつけようと思っているのが「動き過ぎない」こと。
年末にお電話をくださった年上のお友達(娘さんが私たち世代)が、「あなたは動き過ぎ!もっとゆっくり時間を過ごすことも大切だし、今こそがその時よ」と言って下さいました。
人生においても、子育てにおいても大先輩からのお言葉、たぶん家族に言われたら図星なだけに口答えしてしまうのだけれど(笑)、ストンと腑に落ちて、じんわり心に染み込みました。
自分のやりたいことをするたび、常々感じていたことだけに、なおさら響いたのかもしれません。

今年は無理せず、少なくとも半年、できれば一年くらいは産休のつもりで、自分のことは後回しにしようかと思います。

そんなわけで、付き合いの悪い年になりそうですが、せめてお手紙くらいは、ネズミにあやかりマメにしたためたいものです。
…なんて言いつつ、赤ちゃん&赤ちゃん返りの人に振り回されてしまうかもしれませんが…(笑)


四川先生は「今週か来週出てくる気がする」なんて不吉な(?)預言をしています。
私としては2/10まで…つまりあとひと月ちょっと、持ちこたえて欲しいもの(その日は、四川先生のおばあちゃまの満100歳のお誕生日なのです!ひいおばあちゃまとちょうど100歳差でお誕生日が一緒なんて、とても素敵だと思うのですが)。

こればかりは本人の気持ちと天の采配次第。
いつになりますやら…?

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January 06, 2008

ドーナツ抂。

ドーナツ抂。
ドーナツばかり食べたがるはる。
誰かとお買い物にいくたびドーナツをねだっているようで、おばあちゃん方からよく「クリーム入りの大きいドーナツを二つもたべた」「はるの顔ほどもあるチョコがけドーナツを食べた」などの声を聞きます。

気に入ったものを一途に食べる偏食気味のはるは、しゃけごはん、粉チーズかけごはん、たらこごはん、豆乳、牛乳、焼魚とドーナツが、おもな主食。
そこにたまにお肉やメンチカツ、コロッケ、カキフライなどの揚げ物と、ピザの耳(クリスピーなもの限定)、おせんべい、チョコレート、クッキー、ポテトチップスが加わります。

一歳半までは毎日毎食納豆抂だったのに今は見るのも触るのも嫌、同じく好きだったさくらんぼやすいかやいちごも嫌と、味覚がかわりました。
こういう小さな味覚革命を経て、いろんな味を覚えていくのでしょうか。

食事よりも遊びに気が向くはるですが、最近裏技を発見。
先日お買い物に歩いていたら、とてつもなくお弁当箱を欲しがり「買ってあげようか、買ってあげようか」とせがむので、幼稚園用に購入したのですが、このお弁当箱が大活躍。
ごはんを食べないと言う時でも、お弁当箱にいれてあげると、食べるのです!

野菜不足がまだ気になるながら、本人は北京暮らしの後遺症か、青汁を飲みたがるので、それで補うことに。

…しかし、ドーナツ片手に青汁を飲み、お弁当箱のしゃけおにぎりをつまむはるの味覚、まるで理解できない私なのでした。(ふつうに野菜を食べた方が、クセがないと思うのだけど…?)

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January 05, 2008

しばし別居生活。

明日から四川先生、久々の一人暮らしです。
名残惜しそうに家を離れていきました。
でもその名残は、私やはるにではなく、お母様のおいしい料理と、仙台の豊かな海産物はじめとする馴染みの食材に対して(笑)。
たぶん新幹線に乗ったはずですが、もしかすると郷愁にそそられ(?)昔懐かしいネオン街に姿を眩ましたかも?

昨日は妊婦検診、続いて夫婦参加のマタニティクラスでした。
予定している産院では、夫立ち会い希望者は、必ず一度は定められたマタニティクラスを受講しなければならないのです。
(はるも一緒に家族の誕生を迎えて欲しかったのですが兄弟立ち会いができないのが残念)

入院の準備のお話しや出産の話を聞いて、とくにご主人衆は奥様のサポートやどう心構えして子どもの誕生を迎えるかに耳を傾けていました。
この日の参加者の3分の2が立ち会い希望である中、そのほとんどがご主人の自分の意思での立ち会いのようで、なんだか新鮮でした。

四川先生は、はるの時も立ち会いしてくれました。
タイミングが良ければまた来て、この人生の重大イベントを一緒に迎えて欲しいところです。
…なので、お腹には、仕事の都合がつきやすい土日に出ておいでとお願い中。
立ち会いが誰にとっても良いわけではありませんが、前回の私たちの場合は、話題のタネも多く(笑)、時折話になります。
48時間の陣痛に二人とも疲れ果てながら(その間四川先生は、痛みでいつも以上にヒステリックな私に、実家の母と交代しつつもずーっと腰を揉まされていました)誕生を迎えたこと。
あるいは、最近のはるのふとした仕草に、四川先生が「そういえば、出てきた時もこうしてた」と気付いたり…

今回はどんなドラマが生まれるのかわかりませんが、怖いような、楽しみなようなその時間、いよいよ近づいてきたなぁ、という実感があります。

次に四川先生に会えるのは、陣痛の真っ最中のはず。
それまで風邪などひかずに、連絡つき次第いつでも来られるよう、準備していてくれることを祈るばかりです。

しばしの別居生活、寂しいですが、頑張ろ。

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January 03, 2008

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます!

元旦、義母の還暦の誕生日でもあるこの日は、例年にもまして賑やかに華やかに迎えました。
毎年恒例のお祝い会、ご近所の方々がおあつまりくださって、私たちには皆さんから子育てのコツ・秘訣をいろいろ教えていただく貴重な機会。

各家の躾の秘伝をいくつも教わって、子どもとの関わる際のワザが増えました。


そして2日、全国的に有名な仙台初売り。
今年はベビー用品と産前産後用品をここで揃え、ようやく「いつ産気づいても万全」体制がととのいました。

今年は新しい家族を迎え、新しい段階に歩をすすめる我が家。
ブログ更新はしばらくゆっくり進めますが、今年もどうぞご愛顧くださいませ。

皆さまにとって、素晴らしい一年でありますように。

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