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December 2007

December 31, 2007

ちらほら雪


ちらほら雪の舞う仙台です。

新年を前に、両方の実家では大発表がありました。
家族限定ながら、生まれてくる子どもの名前です。
はるの時は、生まれるまで内緒に、発表をとっておいたのですが、今回は途中でちょっとしたアクシデントもあり(情報漏洩)、期待もかな〜り高まっている様子だったので、早めに発表に。
なぜこんなに期待されているかというと…
今度の子どもが女の子だから。

四川先生は三人の男の子兄弟なので、待望の女の子なのです。


名前への反応は上々。
明日還暦のお誕生日を迎える四川先生の母上には、どうやら名前に使って欲しい漢字があった様子。
勿論発表以前にはそんなこと知らなかったのですが、偶然にもその漢字、私たちが考えた名前に使われているのです!
天の配剤、というやつでしょうか。

性別もわかり、名前も決まり、すっかり産むばかり。
…っとその前に、産着やらなにやら、準備があるんでした(笑)。
そのお楽しみは初売りに委ねるとして…


来年は、ねずみにあやかり、いつもよりもマメな年にしたいなぁ。と、こたつにミカンでぼんやり〜の大晦日。
今年もご愛読ありがとうございました。

また来年もどうぞよしなに…

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December 29, 2007

親子でワガママ三昧。

帰省ラッシュを避け、一日はやく仙台入りした私たち。
この冬の帰省は、いつもに比べて距離が短いように思えるのは、海外赴任の長い旅路を過ごしたせいでしょうか。

今回の帰省から、私とはるは春先まで居残りで、新しい家族を迎えることになります。
実家が病人を抱えていたりバタバタしているため、無理を言って、赤ちゃんは四川先生のご実家で迎えさせていただくことに。
実家同士が近くにあり、母同士が仲良いおかげで、ワガママばかりさせてもらっています。

さて。
その帰省、一番喜んでいるのは、はるです。
北京に迎えに来ていただいて以来、ずっと「おじいしゃん、おばあしゃん」と言い続けていたので、会えるのがよほど嬉しかったよう。
昨日は眠いくせに目を擦りながらずーっとおじいしゃんおばあしゃんに遊んでいただき、眠るのが嫌で絶叫しながら、布団に入ってものの二分で熟睡でした。
パパママに比べて、おじいしゃんおばあしゃんは優しくてワガママが聞いてもらえる、と分かっていて、ワガママ放題している様子。いつもよりずっとワガママ放題の我が子に、ちょっと手を焼いています。
まあでも、嬉しいんだろうな。


今日は一日中、車から降りないとワガママ放題中。
午前中はおじいしゃん、午後はおばあしゃんにあちこちドライブに連れていってもらっています(で、今はおばあしゃんと四川先生のゴルフの練習について来て、肝心のはるが眠ってしまったので二人を見送って、車の中からブログ更新中。四川先生はゴルフ三昧のお正月休暇になりそうです)。

滞在中、おばあしゃんにビシビシ躾のコツを習う予定が…?
数日過ぎてお客様気分が終わった頃が、躾スタートラインかもしれません?!
ちょっとは言うことを聞いてくれるようになってほしいのだけど!

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December 26, 2007

年末セーリ中。

今年は、始まりから終わりまで、息をつく暇がないほど、常にバタバタとする年…まさに猪のごとく、突進する年だった。
このまま来年まで突き抜けてしまいそうなのだけど、なんとかこらえて、年内の不義理を年内に精算…とばかりに、ここ数日お手紙をしたためては送り、送ってはまたしたため、している。
今頃になってようやく帰国の挨拶とお土産を送っているのだから、どんなにか「何もできない」忙しさが続いていたのか、自分でもびっくりするほどなのである。

お手紙は好きなのだけど、時間がかかるから、ちょっと後回しにしてしまうもののひとつ。
そうやって一度後回しになると、私の場合に限ったことかもしれないが、ずるずると時間が過ぎていってしまうのだ。
なるべく思ったことは早いうちに実行するよう心がけているのだけれど、自分の時間管理すらままならない日常の中で、10のうち半分ができればいい方、大抵は3くらいで、残りを「後回し」にしてしまう。
いかんせん、私個人にひもづく用事は、10のうち9は「後回し」項目に入ってしまう。
それ以外のことで、一日が丸ごと終ってしまうことが珍しくない。

私は言い訳があまり好きではない。
言い訳するときの、あの、後ろめたさ。
あの感覚がどうも好きじゃない。
(好きな人など、いないだろうけど)
だけれども、ついつい言い訳せざるを得ない状況に陥ってしまうのもまた事実で、そのたびにひどく落ち込んでしまうのだ。

言い訳したくないがために無理をして体調を崩すなんて日常だったのだけど、今年はさすがに私一人に負担がかかるだけではないので、無理をしない方向にシフトせざるを得ず、結果、言い訳ばかりの年末になってしまった。
「終わり良ければすべて良し」というが、終わりが良くない今年を振り返ってみると……やはり、常に後手後手に回っている行動が浮かび上がってきた。
が、過ぎたものは仕方がない。
新しい年を機に、気をとりなおしてやっていこう、と、そう思っているところである。

クリスマスも過ぎ、「もういくつ寝るとお正月」のこの頃、突然の封書を手にする方々の驚きと苦笑が、目に見えるようである。

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December 25, 2007

サンタはいない。

イヴが明けた、一夜。
今日は本番のクリスマス。
我が家にもささやかなサンタがやってきて、はるにちいさなプレゼントをおいていった。
「はる、サンタさんが来たよ、よかったねぇ!」
と、その包みを見せると、じいっと見ていた寝起きのはるが、おもむろに衝撃的な一言を発した。

「サンタさんは、いない。」

3歳児に言われると、かなりショックである。
一体何が彼をそんな結論に導いたのか?
なんでそんなに夢のないことを言うんだ?
この間一緒に買ったものを、そしらぬフリをして出したのがバレたか(あなどるなかれ、3歳児)――目の前は真っ暗、動転して、なかなか冷静にもなれない。
ちいさなこどもの心に、大きな傷跡を残してしまったんじゃないかと思うと、気が気じゃなかった。
やっとの思いで「どうしていないの?」と聞いてみたら、

「サンタさんは、ディズニーランドにいるのよ。」
とゆっくり、哲学を語るかのような真剣な面持ちで、そう言った。
どうも、昨日見たディズニーチャンネルの番組の名残だったらしい。
サンタそのものの存在を否定しているわけではなさそうなので、ひとまず安堵した。

サンタさんは、ディズニーランドにいる。
その勘違いに気づくのは、一体いつになることやら。

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December 24, 2007

クリスマスにほしいもの。

とうとう、クリスマスイヴがやってきた。
結局家の飾りつけもしないまま。
クリスマスらしいものは、友人達からいただいた素敵なプレゼント、という幸せな我が家だけれど、今年は私も四川先生も、風邪気味でマスク着用中。
そして主役のはるは寝込んでいる。

それでも、本人は「サンタしゃん、来るのよ!」と楽しみにしている。
「いい子」「悪い子」という概念がまだないせいだろうか、必ず来ると信じているこどもの目を見ていると、自分の中にはもうない、とっても大切な宝物を一緒に見せてもらっているような気になる。

ちなみに、「サンタさんに、なに持って来てほしいの?」と聞いたら、先日お友達が持っていた「ちいさい白いバス」とのこと。トミカのミニカーのことだ。
「あのね、はるちゃんね、白いバス、ちいさい白いバス、ほしいの」と目をキラキラさせている。
…欲がないというか、目の前のものに突進する性質というか…。
でもたしかに、このくらいの子に「クリスマスだから、少し高級な玩具をねだろう」なんて打算はまだないだろう。
ハレとケの違いなんて、まだしっくりこないだろう。

私が子どもの頃、クリスマスは親戚中から玩具をいただいた。
その日は、お正月の前夜祭のような感じで、近所の親戚が集まって夕食をともにしていたから、いとこ達はじめ私や弟もふんだんに玩具をいただいた幸せものだった。
シャンメリーにローストチキン、いつもは8時に寝せられていたけれども、お祝いの日に限ってはいつまで起きていてもいいのも嬉しかった。

小学校の2年生くらいの頃だったろうか、そのクリスマスイブの日に高熱を出して、病院に入院したことがある(いつか、ブログにもこの話を書いたような気がするが)。
病院ではヨウレンキンカンセンショウ、と言われたのではなかったろうか。
それで近所の病院に1泊2日して点滴漬けだったのだけど、その時は大真面目にサンタクロースは私が入院していても家に来るか、それとも病院にやってくるのか?と悩んだものだ。
(こども用の綿飴製造機だったか、ポップコーン製造機だったか、そんなものがどうしようもなく欲しかったのだった。)
…その時にはすでに、常々のおねだりとクリスマスのおねだりの違いが私の中にはあった。
「打算」なんて、いつ頃生まれるのだろう。
今後のはるが、その答えを導いてくれるに違いない。

その病院で迎えたクリスマスの夜。
暗くなると雪が降ってきて、病院の窓の外に見える家の屋根が少しずつ白くなっていった。
同室の患者さんはおばあさんが多くて、クリスマスに一泊入院する私にひどく同情してくれ、クッキーやらみかんやらを皆さんにいただいた。
母が帰ってしまうと、心細かった。
家でパーティが開かれていると思うと、なおさら、淋しかった。
でもその時は強がりを言ったのを覚えている。
だから、本当はその夜に、サンタが病院に来てくれたらどんなに嬉しいだろうと思った。
(煙突が焼却炉以外についていないのを非常に気に病んだりした)
実際、サンタは来なかった。
翌朝はやく来てくれた母が、サンタさんが家にプレゼントを置いていったと教えてくれた。
その時、サンタが来たと聞いたのは嬉しかったけれども、少し裏切られたような気持ちになって、なぁんだ、と思った。もしサンタが本当に子どものことを考えてくれるのなら、きっと病院に来てくれたろうに、と。

クリスマスは、子どもが素直に「ちいさな奇跡」を目に出来る、貴重な機会だと思う。
そんなちいさな奇跡の積み重ねが、想像力の翼となり、将来大きな糧になってくれるに違いない。
はるがねだる玩具が、「ちいさい白いバス」から何になっていくのか、これから迎えていく幾度かのクリスマスも楽しみに思える。
ちいさな奇跡はいつしか現実的な欲求に変わっていくだろうけれども、「誰かを幸せにしたいと思う気持ち」を経験から育んでいってくれたら、どんなにか嬉しいだろうと思う。

今年も、その素敵なキモチを育んできた友人達から、素敵な贈り物をいくつもいただいた。
(本当に、どうもありがとうございました!)

みなさん、ぜひ素敵なクリスマスをお過ごし下さい!

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December 23, 2007

あかしゃん。

わかっているのかいないのか、赤ちゃんに最近とても興味を示す、はる。
療育グループで赤ちゃんを連れていらっしゃるお母さんがいるのだけど、その赤ちゃんがお部屋の片隅で泣き出すと、真っ先に飛んでいくか、私や先生に「あかしゃん、ないてる!ないてるよ!」と知らせに来る。
「赤ちゃんのママがいるから、大丈夫よ」といっても、がんとして聞かない。
そのうち自分が飛んでいって、赤ちゃんをじいっと見つめているのだ。

「赤ちゃん、かわいい?」と聞いたら、
「ううん、あかしゃん、こわい。」という。
こわい???

はるがお兄さんになるのは、年があけて、少ししてからのこと。
テレビで赤ちゃんがうつっていると、自分が見たい番組よりも優先して、赤ちゃんを見たがる。
兄弟ができるとぐんと成長するようなイメージがあるけれど、はるなりに新しい家族をどんな風に受け入れていくのか、楽しみだ。

「こわい」というのがわからないけれども、新しい子どもも、はるも、どんな風になるのか、ようやくワクワクしてきた最近である。

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December 22, 2007

願いの叶え方。

とあるWebサイトに、「願いの叶え方」が特集されていた。
日経新聞にも取り上げられた記事だそうで、ビジネスユース(?)にも対応となるとなんだか効き目がありそうに思えてくる。
大きいの、小さいの、合わせて30個の願いをノートに書いて、時々見直すのだそうだ。
叶ったものには、○印と日付を書き、うんと自分を誉めて、「運がいい自分」を喜ぶキモチを貯める(つもり)のだそう。
願いは、30個からはじめて、多く書いていいものらしい、たとえば100個とか。
願いの内容は大きな人生の目標のほかに、「安くておいしいお酒にばったり出合う」などの、身近な小さなものでよいそうだ。
ポイントは、「どんどん叶えて、ポジティヴに考える」ことのよう。
そうすると、運や縁を呼び込む体質になっていく、のだそうだけれど…?

実は私、以前これに似たことを経験したことがある。まだ一人暮らしをしていた頃だ。

年末年始の休暇で帰省したところ、友人から「年越しと初詣しよう」とお誘いを受け、神社ちかくの地元のカフェに集ったのはたしか大晦日の夜。
お誘いをいただいたのも、大晦日の夜になってからだったような気がする。
10人以上集まったろうか。8~9割が、女の子だったと記憶している。
酒をおかない主義のカフェで、深入りの自家焙煎コーヒーを飲みながら、まるで酔ったかのような宴会ぶりだった。
カウントダウン直前、幹事役の子が、「来年の目標10個を決める」ことを提唱したのだ。
新しい年が告げられると、一人ひとりが10項目を発表。
全員が言い終えると、「決めた目標10個は、メモに残して、常に目に付くところに貼っておくこと」が申し渡され、閉会となった。
カフェを出て、神社のある小高い丘を見上げると、かがり火があかあか燃えていた。
急な階段の参道の下では、車のヘッドライトを反射して、凍った道路がキラキラしていた。
コーヒー酔客たちは頬を高潮させて、白い息を吐きながら、新年あけてすぐの初詣を経験した。
お神酒が熱い筋になって胃の腑に落ちていく中、かがり火と、そこから飛び出す火の粉が踊っているように見えた。

その10項目、私はお気に入りのポストカードに清書して、冷蔵庫の扉に貼っていた。
10の内容は詳細には覚えていないけれど、「バレエをはじめる」という項目を書いた。
バレエはそれまで数ヶ月ちょっと気になっていたのだけど、その大晦日のカフェに集った中にバレエをやっていた子がいて、「眠りの森の美女」や「くるみ割り人形」の踊りの一部を披露してくれたのだ。
今みたいに大人の習うバレエがブームになるちょっと前のことだった。
それから最後の10つ目には、それまで数年間、いつも新年には「今年こそ結婚したい」と言い続けていたのだけど、諦めも少し出てきた頃で、叶わなかったら嫌だな、と妙な色気を出して、「いい出会いに恵まれる」と控えめに書いたのを覚えている。
あとは仕事関連のことや体調管理、それから「酒にのまれない」というような項目もあったように思う。
四川先生がはじめて家に来た時に、その項目を見つけて、えらく喜んだのだったから。

そうやって書き出してみたせいか、コーヒーの酔いは酒と違って長引くのか、1月2日はバレエ洋品店の初売りでレッスン用のひと揃えを手に入れ、1月4日に東京に戻ると翌日早速にバレエ教室に申し込んだのだった。
それに、最後の項目は、皆さんご存知の通り。
桜が咲く頃に出逢って、同じ桜が散り始める頃にはもう結婚が決まっていたという、顛末。
「酒にのまれない」も、二人で飲むようになったせいか、回数こそ減ったように思うし、その年の末にはすでにはるがお腹にいて、のみたくとも「のまれない」身体になっていた…ニュアンスの違いはあるとはいえ、これも、叶ったということになる。

今日、TVをつけたら、「くるみ割り人形」の舞台が流れていた。
久しぶりにバレエの舞台を目にした。
「くるみ割り人形」の中の「こんぺい糖の踊り」が、大好きだ。
なんといってもあのメロディが大好きなのだけど、バレリーナのすらりと伸びた手足がちょこちょこと細やかに動かされたり、くるくると回ったりする踊りも、とても素敵だ。
結局3ヶ月しかレッスンには通えず、基礎の基の字すら体得するには至らなかったけれど、いつもとても楽しかったなぁ、と思い出しながらしばし見とれた。
そういえば、娘ができたら親子でバレエ教室に通いたい、と思ったこともあった。

今年の年末はまた、数年ぶりに「10項目」を書き出してみようと思う。
いや、欲を出して、30項目にしてみようか。
毎年これを書き続けていったら、数年後あるいは数十年後に、再びバレエの項目が復活するかもしれない。
おばあさんになってから「こんぺい糖」も、ないだろうけれど…?

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December 21, 2007

かぜのこ。

「こどもはかぜのこ」という表現がある。
今年はとくに、うちのこどもは「風邪の子」になる。
インフルエンザの予防接種を受けようと思っている日の直前になって「風邪の子」が出現するのは、もう毎年のジンクスのようになっているけれども、今年はそれが回復して、いざ予防接種に行こうと段取りした前日にまた風邪の兆候が。
そうこうしている間に、団地の中でも、インフルエンザを罹患した方があらわれて、ちょっと気になる時節なのである。

こどもが「風邪の子」になると、たいていはお鉢がこちらにもまわってくることになる。
今年は薬の飲めない身体であるせいで、気をつけてはいるものの、やはり鼻がグスグス、喉も痛くなりだした。
中国で暮らしている頃は、「日本に帰れば、妊婦でも薬がのめるから…」と、それを頼みの綱にして、ハーブコーディアルで治していた(耐え忍んでいた?)のだけど、いざ帰ってきてみたら、そんなに簡単なものでもなかった。
近くの内科に行って、「風邪ひきました。妊婦でも飲める薬ください」と言ってみたら、「産婦人科でもらってください」。
産婦人科で検診の際に「風邪ひきました。薬ください」と言ったら、「うちは多くの患者を抱えているから、よほどの重症じゃない限り、近くの内科に行ってもらって、そちらで処方してもらっています」と帰された。
つまり、どちらででも、薬をもらえなかったのだ。
…結局、中国にいるときと同じ。
今日も、エルダーフラワーのハーブコーディアルを飲んでいる。
そうそう、産婦人科の助産婦さんには「風邪なんて、栄養とってゆっくり休養してれば、自然になおるものなんですよ」とにこやかに諭された。
薬に頼ろうとばかりしていてはいけないのだ…と諌めされた気分。
が、天邪鬼の私には、飲めないとなると、なおさら薬がいいもののように思えてくる。
薬をのんだら、この鼻の苦しいのがとれるだろうに…とか、薬をのんだら、朝までゆっくり眠れるのに…とか。

ちなみに、りんごとしょうがは、民間療法の風邪薬の代表選手なので、りんご+しょうがのはちみつ漬けでパウンドケーキを作って、「薬」がわりにおやつにしている。
りんごは鬼おろしでザクザクおろして、しょうがのはちみつ漬けは、お子ちゃま用にしょうがを少なめに。
りんごと一緒にフライパンで熱して、砂糖を加えてカラメリゼしてみた。
香り付けに、シナモンを少々。
クリスマスの時期になると作りたくなる「アップルジンジャーソース」を、パウンドにアレンジしたものなのだけど、なかなか相性がいいみたい。
名づけて「おくすりケーキ」、お子ちゃまたちのお呼ばれに持っていったら、意外と好評だった。
しょうがが嫌って言う子がいるかな~と思ったけれども、みんな咳や鼻がちょこっとある「プチ風邪の子」だったせいか、身体が求めていたのだろうか?
1人をのぞいて、完食してくれて嬉しかった。
(ちなみに、残した1人というのは、うちのはる。)

なにはともあれ、インフルエンザだけはもらわないように…とは思うのだけど、それもまた運ですね。
わがやの風邪の子は熱が出てきたので、いささか不安な私なのでした。

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December 20, 2007

へそまがり。

最近ちいさくて大きな発見をしてしまった。
それは、自分のからだのこと。
ふと気づいたら、おへそが真ん中になかった…!
妊娠で大きく膨らんだお腹が、赤ちゃんの位置によって左右にずれているのか、もともとへそが真ん中になかったのかは、わかりません。
しかし、こどもの頃に同居していたひいおばあちゃんやおじいちゃんに「へそまがり!!」と叱られたのが、なつかしく思い出されます。
(…あれはもしかして、真実だったのかも…?)

自分の縮図のような、息子のへそ曲がりっぷりを見るたび、そして自分の腹部をみるたび、なにか感慨にも哀愁にも似た涼しさが、私の中を風のように通り過ぎていくのでした。

さて最近知った「へそ」関連の面白いことをばひとつ。
むかし、雷がなると、「おへそをかくせ!」と言われませんでしたか?
私はよく「雷様におへそをとられるよ!」と脅されつつも、雷が好きで窓に突進していく子どもでした。
それはよしとして、どうして雷様がおへそを狙うのか、不思議に思いませんでしたか?
実はこれ、陰陽五行の法則にあてはめると、謎がとけるのだそうです。
尊敬する民俗学者の一人・吉野裕子先生がおっしゃるには、「雷」は「木気」、「へそ」は「土気」なのだそう。
陰陽五行には「相生」と「相剋」という、相性の良し悪しがあって、それによると「木剋土」、すなわち木気は土気を剋するものなのです。
それを先の「雷」「へそ」に当てはめると、「雷」「剋」「へそ」、雷様がおへそをとりにくる、となるそう。

でも本来は、行水後、裸で走り回る子どもに浴衣をはやく着せたい母親が、「雷様がおへそを取りに来るよ!」と言っていたようで、雷が鳴るときに言う文句ではなかったようでした。
こういう台詞、雷が怖い子には効くかもしれないけど、私や、私のDNAを受け継いで「きれいねー」と稲妻を見ている息子には、どうも効き目は期待できませんね。
(あまり関係はないですが、雷が好きだったせいか『だるまちゃんとかみなりちゃん』という絵本が、大好きでした。かみなりちゃんの住むかみなりの世界は、近未来風でありながらも建物やお菓子やいろいろなものがかみなりフォルムで角がはえていて、とーっても素敵だったのです!また読みたいなぁ、あの絵本。)

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December 19, 2007

クリスマスと手帳。

今年はいつになく、我が家にクリスマスソングが流れるのがおそかった。
昨日からふと流し始めたクリスマスソングたち。
ひところは、年に1枚必ずクリスマスソングのCDを買っていたというのに、今年はどうも気忙しくていけない。

この頃になって、もうひとつ気になりだすのは、来年の手帳のこと。
(そして、本来気にすべき年賀状は、クリスマスから帰省までの数日間に、狂ったように量産される。来年もまた元旦到着は見込めない…?)
新しい手帳に切り替える時期と、今年使っていた手帳を参照する時期のタイミングを計るのが、結構難しい。
こればかりは、毎日が連続して続いている以上、1月1日にぴっちり入れ替える…というのとも、ちょっと違う。
ところが、早々に新しい手帳に切り替えた途端に今年使っていた手帳に書いてある情報が入用になったり…

クリスマスを強く意識するようになった頃と手帳とは、私の中でなんだか不可分の思い出だ。

こどもの頃にもクリスマスはお祝いをしていたのだけど、それよりもお正月を迎える雰囲気の方を強く覚えている。
その頃は、ひいおばあちゃんも健在で、曾祖母、祖父母、両親、弟と7人の大所帯で暮らしていた。
学校が冬休みに入って、父が仕事おさめを迎えて、全員で大掃除をして、お正月用のお餅をつく。
餅つき機のブザーがなると、大人たちは片栗粉を手にまぶして、ラップをひいた大きな密閉容器に移したり、熱~いつきたてのお餅をちぎって丸くして、お盆に並べていった。
その横で私と弟は、つきたておもちの、柔らかで熱いのの切れ端を、「味見」といいながら、ねちねちと食べていた。
恒例の餅つきは、毎年だいたい2回、多い時では3回も行われ、餅つきの日は一日餅つき機の様子を伺いながら、正月の準備をするのだった。
30日には「お年取り」といって、昔は山形のおじおばと従兄弟たちもやってきて、近所に住む親戚たちもやってきて、本当に盛大だったものだ。
昔から連綿と続いてきた風習の方が、外来の新しいイベントごとよりも印象的であったのは当然だろう。
中学3年の頃、家の新築中に曾祖母が他界して、新しい家で迎えるお正月から少し、静かになった。
私は高校生になった。

高校生になると、親友とクリスマス雰囲気の町を歩くのが好きだった。
今はお互い二児の母になった彼女と、よく繁華街を歩いたものだ。
その時に見つけた、マーガレットなんとかというイラストレーターの手帳が、人生で一番最初に買った手帳だと記憶している。
高校1年生の頃だ。
手帳を持つと、不思議と予定を書き込みたくなる。
予定とも日記ともつかないものを書き連ねては、喜んでいた。
家族から離れて、自分の予定というのが生まれてきた頃と、ちょうど重なったのだろう。
以来、クリスマスの時期になると、ああ来年の手帳…と意識をするようになった。

それにしても、手帳というのは、1冊あれば充分役目を果すのに、ちまたには素敵なものが多すぎる。
毎年2~3冊は手元にある、と白状したら、四川先生が目を丸くしていた。
例えばある年は、一般用に使う手帳(システム手帳)をメインで使い、月齢の手帳(月手帳だったか、満月手帳だったか、そんな気になる名前だった)でその日の気分を見たり、風水手帳で運気を調べたり、和暦の書かれた手帳で季節を確認したりした。
実用性においては、シンプルで機能的な手帳が一番、と思っているのだけど、そういったビジネスライクなところには現れ得ない付加価値をつけられてしまうと、ついふらふらと手に取ってしまう。
毎年、購入時には「これは日記用」「これは創作のアイディア用」「これはこどもの用事用」なんて言い訳をして手に入れるくせに、メインの手帳以外使い通したことがない。

フランスにご旅行なされたKさんが、ミュージアムで見つけられたと、とても素敵な来年の手帳をお土産にくださった。
使うのがもったいないくらい、とても美しい手帳で、手にとって見惚れているだけで幸せなのだけど、この手帳だけは、なんとしても書きとおそうと心に決めている。
来年生まれるこどものことを書こうと思っているのだ。
こどもの成長のこと、それだけではなくて、折に触れて気にかけたことや、季節のこと、素敵だと思ったことなど。
大人になった時に、へその緒と一緒に手渡してあげるつもり(…なので、責任重大!)。
美しいもの、きれいなもの、素敵なもの、そういうものを伝えてあげられたらなぁと思う。

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December 18, 2007

手紙と絵本。

071217_153801絵本には、こどもばかりではなく大人が読むことを想定につくられたものが、あるように思える。
こういう類の本には、すぅっと自然にひきつけられてしまうように思う。

クリスマスソング流れる書店の中、はると絵本コーナーを見ていたら、出逢うべくして一冊の特別な絵本に出逢ってしまった。
すきとおる空気が見えるかのような、素敵な絵本だった。
タイトルは『スケッチブック』。
こどもたちが、スケッチブックをひろうところからお話がはじまって、その本の中に書いてあるさまざまなことに、こどもたちは自由に思いをめぐらす。
女の子と男の子、考えていることがひっそり違っていて、それも素晴らしく素敵だ。

イラストレーター植田真氏が描いたはじめての絵本とのことで、
物語というより、思考の断片、詩に近いようなことばたちと、
絵の呼応が気持ちいい。
なにかを書いているひとが出てきたと思ったら、
次の場面には、英語で描かれた、手紙の下書きのようなものが出てくる。
そして鳥が、封筒をくわえて飛んでいく。

思わずお店にあった分、といっても数冊だけど、すべて買い占めてちいさな贈り物にさせていただいた。
帯の部分に、読者カードを返送すると、英語の手紙の日本語訳をお送りします、と書かれていた。
早速送ってみたら、数日後に、写真のようなお手紙が届いた。

ちいさな封筒。
四つ折りにされた、日本語訳のお手紙。
それに、絵本の場面をちりばめたポストカード。
宛名が手書きなのも、うれしかった。
特別な手紙をもらったような気がして、絵本の一場面一場面、頭の中のページをめくった。

版元ゴブリン書房というところは、こどものための本の出版社らしい。
サイトを見ていたら、作者植田氏のサイトに辿り着いた。
クリスマスを扱った別の作品があることも知った。
ここでは、そのクリスマスに関連した絵本の、ひみつのおはなしもみつけられて、すっかり嬉しくなってしまった。

『スケッチブック』に描かれた、すぅっと心にしみこんでくるような絵。
すっかり魅入られてしまった。
親子で、というよりは、おとなにひっそり、ゆったりと、ながめて欲しい本だと思った。

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December 17, 2007

真冬の冷たさ。

071215_203601目下、はるのお気に入りは、この寒い時期に食べる「アイスクリーム」。
私なんて、冬はもちろん、今年は別として夏の暑い盛りにもアイスをあまり食べないので、全く驚いてしまう。
(ちなみに今年の夏は、つわりのせいか、アイスがとっても食べたくなって、ハーゲンダッツや31のアイスを四川先生によく買ってきてもらった。アイスが主食という時期も、ほんの少しあった。輸入品のため、日本で買う2倍以上のお値段、高級中国製品に比べても4倍だったが…)

先日、「ア・ラ・カルト」の帰り道に、乗り換えで品川に立ち寄った。
品川駅は私のお気に入り。
駅構内にいろいろとある雑貨/本/菓子/惣菜の類、どれもちょこちょこ見て歩くのがすきなのである。
とある一角から、楽しそうな歌声が聞こえてきた。
一体何事?と思ったら、行列ができているアイスクリーム屋さん。
アイスを選んで、トッピングを選ぶと、その場で店員さんが混ぜてくれ、特製アイスができあがる。
その混ぜる段階で、時折唄がサービスされるらしいのだ。
メニューにもさまざまなヴァリエーションがある。
トッピング用M&Mチョコレート前にへばりつくはるを見かねて、テイクアウトして帰ることに。

イチゴとバナナのアイスクリーム「ストロベリー・バナナ・ランデヴー」というメニューを注文したら、
「ミックスするときの、特別な唄があるんですが、唄ってもよろしいですか?」と聞かれ、もちろん!とお願いをした。
ビビディ・バビディ・ブーのメロディーに、Do you like strawberry banana rendez-vous?と歌詞がのせられ、ミックスするコテのようなものでリズムを取りながら、楽しそうに混ぜてくれた。
はるはなぜか、お姉さんたちが歌い出したものだから、興奮したのか「がおーっ!」とライオンになって威嚇。
でもとても嬉しそうに、ほほえみを浮かべて一部始終を見ていた。

結局この晩はアイスを食べなかったので、私と四川先生が食べてしまったら、翌朝「はるの、イチゴのアイス~!!」
と大泣きされて困ってしまった。
療育グループへの外出のついでに、31によると、今度は渋く抹茶アイスがいいと言い出して(そういえば、羊羹よりも抹茶に興味を示したひとだった)、コーンまでしっかり食べきっていた。
071217_142601071217_143101よほどおいしいらしいです、アイス。
寒いのにねぇ…。

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December 16, 2007

人生はいそがずに…

高泉淳子という女優/作家を知ったのは、今から16年ほど前に遡ります。
当時演劇少女だった中学生の私は、初めてナマで見た商業演劇の芝居にすっかり惚れこみ、取り憑かれていた頃でした。

家から片道1時間半かかる、なーんにもない山の上にぽつんとある中高一貫教育の学校(山ひとつが学校の敷地で、ほかに幼稚園、短大、大学も同じキャンパス内にありました。裏庭には池もあって、学校の周囲を歩くだけで2キロものウォーキングコースでした)に通っていたのですが、学校の最寄り駅に、演劇や音楽会を行ういいホールができてすぐの頃でもあり、めぐり合わせというか、縁というのか、ごく自然ななりゆきで、素敵なお芝居たちに出会ってしまったのです。

初めてナマで見た商業演劇は、野田秀樹率いる夢の遊眠社の『半神』という作品。
いまだに生涯第一の作品の座を降りないお芝居で、深くこころに焼きついています。
その焼きついた傷跡が疼いて、当時の私は狂ったようにそのホールの図書室に日参しては、仙台市内の青少年のために豊富に準備されたお芝居のレーザーディスクを、片っ端から見ていたのでした。
そこで出逢ったのが、冒頭の、高泉淳子。
遊◎機械/全自動シアターという劇団で、いくつものお芝居を生み出している頃でした。
高泉女史は、少年から老女までくるくると変幻して、一度で私は彼女の虜になりました。
ランドセルを背負った少年「山田のぼる」(高泉氏)と、その父親(白井晃氏)との、笑い溢れるながらもシビアに社会や家族をテーマに扱った作品は、心にずしっと重しのように残る「愛」というキーワードについて考えさせられたりしました。

よくある友人との会話から「一番好きな俳優は」と聞かれると、夢の遊眠社の浅野和之氏を挙げ、「一番好きな女優は」と聞かれると、遊◎機械/全自動シアターの高泉淳子氏を挙げていました(もちろん99%の人には全くわからない返答。1%の「わかってくれる人」にめぐりあうのは高校進学後でした)。

その後高校に進学してヴァイオリンと出会い、ヴァイオリンで奏でるクラシック以外の音楽と出会い、中西俊博と言うヴァイオリニストに出会い、(その頃夢の遊眠社が解散し)、大学に入ると、遊◎機械/全自動シアターのお芝居をみるために、夜行バスで東京に出てきたりしていました。
奇しくもその頃、高泉淳子と中西俊博が組んだ芝居+音楽の舞台「ア・ラ・カルト」が、地方の一都市にも数日間だけやってきたのでした。

それはまるで、夢のような舞台。
レストランを舞台に繰り広げられるショート・ショートのお芝居。
ハッピーで笑いに溢れ、時にほろりとさせられ、生演奏の音楽に包まれ…笑ったり、涙をこぼしたりしている間にあっという間に時間が過ぎてしまい、お芝居が終って時計を見て驚く、というのが常でした。

以来、就職や転職など、「ア・ラ・カルト」から離れて数年。
再びこのレストランに足を踏み入れたのは、そう、自分の結婚式を考える頃でした。
「ア・ラ・カルト」みたいな、あたたかくて、笑いにあふれて、わいわいした結婚式が夢でした。
四川先生と一緒に、そしてドレスを制作するために上京してくれた友人と3人で、このお芝居を観にいきました。
(…結局結婚式はプロデューサー兼ディレクター(私)の腕が悪く、思ったようにはいかなかったけれど。)

昨年から、大好きな憧れのご夫婦とご一緒させていただいており、今年は昨日がその日でした。
今は、一般発売はもちろん、先行予約でさえもなかなかチケットが取り辛いお芝居。
北京にいた私達にかわってチケット獲得にご尽力くださり、おいしいフレンチに舌鼓を打ってから、四川先生と4人でマチネーを楽しんできました。

ア・ラ・カルト、お芝居はもちろん音楽も楽しい舞台。
恐ろしい(?)ほどに色っぽい女装の歌姫、口ひげムッシュのあやしげなセクシーダンス、アフロかつらでの激しいジャクソン5ならぬギャルソン5(最後にゼエハア息切れするのがさらに面白い?)。
でもその中で私が一番好きな歌は、最後に歌われる「ア・ラ・カルト」のテーマソングです。
♪あれ、これ、アラカルト、なんにいたしましょう
とはじまる唄の中で、大好きなフレーズ。
♪人生はいそがずに、ゆっくり味わって

15年間、泣きも笑いもいろんなことがあったけれども、そういうものが積み重なって、今日につながっているんだなぁとじんわり感じる瞬間。
15年間の毎日が今日まで続いてきたお陰で、1人で見ていたお芝居が、2人で、4人で、素敵な時間を共有できるようになりました。
毎年恒例のこのお芝居、ずーっと続いてくれて、いつか子どもたちも一緒に観に行けるようになるのが、私の夢です。

人生はいそがずに。
ゆっくり味わって。
ついつい急いでしまいがちな毎日。
時間に追われてしまう中で、年末に聞くこのフレーズに、毎年目頭が潤んでしまいます。
恒例の「ア・ラ・カルト」が終ると、一年が終るなぁと実感する頃。
来年こそ、「いそがずに、ゆっくり味わって」過ごしたいと、思いを固めつつ…(これも恒例)

大好きな人たちとたくさん笑って過ごせた歳末のいちにち、
高泉女史の笑顔と体中からこぼれ落ちるハッピーなエネルギーに、今年も元気をたくさんいただきました。
しあわせな「毎年恒例」の予定。
早くも来年の打ち合わせをしながら囲むお芝居後の食卓は、「ア・ラ・カルト」の雰囲気そのままの、あたたかくてハッピーな、特別な時間。
笑って年を送ると、笑って新しい年が迎えられるような気がします。
新しい年にも、たくさんの笑顔がありますように。
そしてその最後には、また「ア・ラ・カルト」の素敵な時間に、出逢えますように。

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December 15, 2007

はる語録。

こどもってすごいなぁ、と思う。
あっというまにこちらの言うことを真似するし、かと思うといろいろな情報源(テレビや絵本や、お外で耳にしたこと)から言葉を獲得して、自在に操ったりする。

もちろんなかには怪しいものもたくさんあるけれど、近頃のはるの言葉で、素敵だなと思ったものがいくつかあった。
彼特有の想像力(妄想力?)の発芽が、私としてはとても嬉しかった事件。

【シャボン玉事件】
おふろでシャボン玉をしていたら、水に浮いたシャボン玉を見て、
「見て!魚よ!!」
と大騒ぎ。
いくつか連なった大きなものができたら、「かめ」。
それが縦長のフォルムになったら、「さめ」。
いちいち「すごいすごーい!」と歓声をあげながら、喜んでお風呂をシャボン玉だらけにしてくれた。

【パウンドケーキ事件】
パウンドケーキをよく作っているものだから、はるが「はるもやる!」と寄ってくるようになった。
卵をいれたり、砂糖をまぜたり、ハンドミキサーで混ぜる工程をおもに手伝ってくれる。
中でも、小麦粉を生地にいれるときが、はるのお気に入り。
「ママ、雪よ!」
といって、目をキラキラさせながら、粉ふるいをしてくれる。
さらには、ふるいの中で粉が丸くはねるのを見て、
「雪だるまだよ!」
と言っては喜んでいる。
なんてすごい想像力なんだろう!!

年を経ると、こういう自由な考えのひろがりがなかなかなくなってくるように思う。
そんな意味で、彼は、私にとって、偉大な先生なのである。
ちなみに、どういうわけか、はるは近頃私に対して「ママ、○○しなさい」とか、「ママ、○○できて、えらかったね」というように、妙~にオトナっぽい発言をしはじめた。
もちろん普段自分が言われているから、言うのだろうけれど。
用を済ますたびに3歳児に誉められるのは、彼への躾の一環とはいえ、なんだか気恥ずかしいものである。

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December 14, 2007

討ち入りの日だ。

今日は12月14日、赤穂浪士の討ち入りの日。
昔は忠臣蔵と聞いても、へぇ、としか思わなかったけれど、昨年からは流石に違う。
必死に勉強して、見事に玉砕した今年はさらに、感慨深いものである。
(赤穂浪士のエピソードなどは、苦手だからことさら重点的に勉強したのだ。あんまり役に立たなかったけど)
そこで初めて知ったのだけど、討ち入り後、浅野内匠頭の菩提寺・泉岳寺に至る道のりで、浪士たちは味噌屋に立ち寄っている。
この味噌屋、ある浪士の俳句仲間。
橋のたもとにあるその場所で浪士たちは甘酒で一息ついて、泉岳寺へ歩みを進めたという。
ちなみにその味噌屋、ちくま味噌といって、今も営業中とのこと。
今度永代橋界隈に出かけたら、覗いてみようと思っているお店でもある。
…が、それはちょっと先のことになりそうなので、とりあえず、家の甘酒で一服。

甘酒は、昔から大好きな飲み物。
いつだったか、甘酒が好きだといったら、おばあちゃんが鍋ひとつ分作ってくれて驚いたのだけど、それを全部飲んで驚かれもした。
マクロビオティックに凝っていた頃(もう7~8年前になる)には、その特別な料理本の中に、砂糖のかわりに甘酒を甘味料に用いているのが嬉しくて、ほとんど「味見」で飲んでしまうくせに、よく甘酒を使う料理を作っていた。
お米自体の、体に優しい甘みは、体の内側からしみこんでくるだけでなく、心も穏やかにしてくれる気がする。
しんしんと身も凍る寒夜から早朝、体温なんて忘れるほどの大仕事を終えた浪士たちの身にも、甘酒のやさしさはじんわりと心に添ってくれたに違いない。

今年も残すところ、あと2週間。
本当に早いものだ。
年末まで、やらなければいけないことが山積みだけれども、甘酒で一息ついて、どれ、またがんばりますか。

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December 13, 2007

アーサー王と、サイクロン。

風が吹くと、桶やが儲かるそうな。
我が家では、ひかり回線を導入したので、掃除機が手に入った。
(ことの顛末は「未来派住宅完成」をご参照あれ)

新しい掃除機は、サイクロン式という奴らしい。
もっとも、高級な本格派ではなく、従来の掃除機に毛が生えたようなお値段の方。
結局、ホームクリーニングをするよりも、性能のいい掃除機を新調しようということになって、(それにひかり回線契約キャンペーンも手伝って)やってきた新顔だ。

掃除機ひとつとはいえ重いので、箱を開けて組み立てるところまで、四川先生にやってもらった。
試しに使ってみる、と先生が自分の寝床まわりに出かけていって、ほどなく鼻息あらく戻ってきた。
「すごいよ!コレ!!」
新顔はかなりの吸引力らしく、はるの靴下までかるがると吸い込んだそうで、苦しそうな音をぜいぜい立てていた。
「アーサー王になった気分だよ!!」
と喜ぶ、四川先生。
合点のいかない私が、なまぬるい顔をしていると、「つまりね、これがエクスカリバーなんだよ」と掃除機を持ち上げていう。
ますますわからない。
「最強の武器が手に入ると、気持ちが豪胆になるのがわかるっていうことだよ!」
とそこまで丁寧に解説されて、漸く納得した次第。

たしかに今まで使っていた掃除機は、私が一人暮らしの時から使っていたスティック式の小さなもので、いい加減寿命もあったろう、吸い込みのパワーはもちろん、馬力も少ない品であった。
そんなわけで我が家では箒が活躍する機会の方が多かったのだが、いかんせんアナログなだけに限界もあった。
そこに登場したのが、”エクスカリバー”だったのである。

腹が重いからと家事の腰をあげるのも億劫がる私を気遣って、という事情もあろうが、その後汗だくになりながら、我が家のアーサー王は寝室はじめ家中を征服していった。
勝利の後のビールは、格別だったに違いない。

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December 12, 2007

通院というエンタテイメント。

産婦人科の待ち時間というのは非常に長くて、名前を呼ばれるまでに最短でも1時間以上かかる。
それでも、はるのときは2時間~4時間待ちの病院にかかっていたので、短いなぁと嬉しくなるほどだ。
たまたま四川先生が家にいる日とかさなったので、一人で病院に行った。

待合室に腰掛けて、あたたかいほうじ茶をペットボトルからちびちびと飲みながら、じっくり本が読めた。
先日来読んでいた『月と菓子パン』という随筆を、やっと読み終えた。
本というのは不思議なもので、時間の感覚そのものを麻痺させる。
読み終えて、ほうと一息ついて、随分時間が経ったろうと時計を見ると、思ったよりも針が進んでいなかったりする。
なんだか得をしたような気持ちになって、しばしほくそ笑み、地下にある売店に散歩に出かけたりする。

病院の売店には、あまり見かけないお菓子や、病院食にプラスする副菜などがあって、楽しい。
私好みのところでいうと、「梅の小あられ」「しばふね」「四万十川の海苔佃煮」「手作り赤紫蘇の粉」などなど。
なつかしいお菓子も多く並べてあって、おばあちゃんの部屋でご馳走になったような、ちいさい最中を見つけて嬉しくなったりする。
そうしてちいさな散財をして、また再び待合室に戻ると、ほどなく受診となる。

ひととおりの手続きが終ると、今度はシャトルバスに駅までゆられる。
うちからはタクシーで乗りつけたほうが、駅を経由するよりも近いし早いので、駅と行き来しているバスにはあまりご縁がないのだけど、こういうときは別。
私達が異国にいる間に最寄り駅はさらに進化していて、お茶の専門店や雑貨屋や、輸入食品店が新しくできていた。
はるがいるとゆっくり見ることも叶わないので、ここぞとばかりに堪能させてもらった。

輸入食品店は、とくに楽しい。
みかけない食材、珍しい食材というのは、どうしてこうもワクワクとキモチを沸き立たせてくれるのだろう。
全国から取り寄せられた名品、世界中から集まってきた食材の数々。
製菓用の材料も、楽しげなものがわんさとある。
お値引きになっているパテの小さなセットを見つけて、パテときたら、チーズとライ麦のパンがほしいな…それなら飲み物は、副菜は、メインディッシュは…と食卓の組み合わせを考えていくのも、贅沢な楽しみ。
結局駅ビルの食料品コーナーを縦横無尽にかけめぐって、両手にどっさりおいしいものの山を抱えて帰ることになる。

病院に行くというと、なんだか不謹慎にもワクワクしてしまうのは、子どもの頃の記憶によるのかもしれない。
体があまり丈夫ではなかったから、街なかの病院に良く連れて行かれた。
私が生まれた病院の小児科の診察室と主治医の名前(ワタナベ先生といった、眼鏡をかけたちょっと髪の長いオジサン先生だった)を、今までずっと覚えているほどに、通った。
病院の帰りには、おいしいものや絵本を良く買ってもらった。
うまく手なづけられた現金なこどもは、おいしいものや絵本を楽しみに、病院自体を楽しみにするようになった。
(ちなみにその病院で、今度二番目の子どもを産む予定。)

アートナビゲーターの方々とお話していると、子どもの頃に美術館に行った記憶が、今につながっている方が多いようだった。
もしかすると、病院も、そんなものなのかもしれない。
「病院に行くと、いいことがある」と思って育った子どもは、いくつになっても、通院がエンタテイメントに結びついてしまうのかも。

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December 11, 2007

ななつのこ。

土曜日、江戸検事務局が主催するトークショーに行ってきた。
江戸の印刷文化についてのトークショーで、場所は小石川の印刷博物館。
初めて訪れたミュージアムだったけれど、なかなか面白い場所で、とても気に入ってしまった。

さて、そのトークショーで、衝撃を受けたことがあった。
順を追って説明しよう。

印刷文化というのは、もちろん読み手が文字を読めなければ隆盛しないわけで、世界に誇る江戸の識字率の高さが話題に登ることとなる。
この時代、江戸は国際的に見ても特異な大都市で、その特徴は主に、人口集中、清潔(リサイクルの徹底)、知的なこと(識字率の高さ)。
江戸のことをちょっとでもかじるとこの辺の内容は出てくるのだけど、この日のトークショーの内容によれば、特に女子が文字を読めるというのは、稀なことだったのだそうだ。
江戸時代に江戸を訪れた外国人が帰国後表す著書には、そのことが必ず他国との比較のもとに書かれたという。

「文字が読める」という現象は、寺子屋などの教育施設にて、武家の子商家の子問わず、子どもたちが学んだという事実によって成り立つ(ちなみにうんちくになるが、当時は「寺子屋」とは呼ばず、「手習い」ということが多かったそうな)。
で。
町に必ず「手習い」の「お師匠さん」がいたのだけど、その中に、プロの書道家というのもいたそうだ。
プロの書道家名鑑みたいなものが残っているそうなのだが、なんと、江戸ではそこに登録されているうちの三割が女性。全国平均が2~3%なのに対し、江戸では女性のプロ書道家がいたのだそうだ。

それで今日の本題なのだけど。
そこに見える中に、なんと7歳の女の子が含まれているのだそう。
7歳で文字が書けた、というわけではない。
7歳で、弟子をとって、お師匠さんとして、生計を立てている「プロ書道家」として、リストに載っているというのだ。
この時代の子どもは普通だったら、6歳くらいの2月の初午の日に机を背負って師匠に入門し、読み書きを一通り習う。
現代でも、小学校1~2年生くらいだろう。
そんな、入門したての子と、そう変わりない年齢ではないか。
よほどの才があったのだろうか。
だけど、7歳でプロになったら、その後の人生は、どんなものだったのだろう?
早器大成して、その後の長い長い人生を、どうやって過ごしていくのだろう?

純粋にすごいな、と感嘆するのと同時に、そら寒いようでもあった。
たとえ7歳であっても、実力があればプロになってしまう江戸。
丁重に段階を踏んでプロたるべき人材を輩出しようとする現代。
人によってものさしが違うため、「しあわせ」という尺度で量ることはできないが…

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December 10, 2007

ケーキを焼く日。

近頃、パウンドケーキに凝っている。
ここ2週間ほど、うちでは、パウンドケーキが絶えたことがない。
四川先生はパウンドケーキが好きなので、一緒に買物に行ったり、生協の注文書にその姿をみつけると、必ず買っているのだけど、せっかくオーブンもあるのだし…とはるのおやつも兼ねて作り出したのが、その始まり。
週に一度か二度、一回に2台~3台焼くことがほとんどだ。

同じものを作り続けていると、分量も頭に入っているし、コツもつかめてきて、幾分か上達もする。
中に入れるものを変えると、まるで違うケーキができあがるのも面白い。
ちなみに、ここしばらくの間に作ったのは、こんなバリエーション。
・プレーン
・ゆずとはちみつ
・ブラックココアとチョコレートチップとくるみ
・ドライフルーツとレーズン、くるみ
・シナモンとはちみつ
・ゆずとはちみつ、ドライフルーツ
ゆずは、鎌倉の谷戸でとれたものをあらかじめはちみつにつけておいて、使う。地元産となると、なんだかひとしお愛着も湧いてくる。それから、隠し味に使う洋酒のかわりに、自家製の梅酒を混ぜてみたりする。

ケーキのコツは、卵とバターを常温にしておくことだという。
冷蔵庫から出して放っておく数時間。
ゆずを刻んだり、梅酒を取り出したり、ほんのわずかな時間が、気分転換になってくれるのも、嬉しい。
何も考えず、ただじっくりとパターや卵を混ぜ合わせている時間は、ぼうっとするのにもいい。
何より、焼き上げまでの一時間がとても楽しい。
好きなことをしていて、ふと気づくと甘い香りが漂ってくることの、幸福感といったら!

またいつもの調子で、熱中/冷却を繰り返すのだろうけれど、当面の問題点は、作ってしまっても気づくとすぐになくなっていることである…。

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December 09, 2007

哲学者、はる。

どこで覚えたのだろう、はるは近頃、サンタさんを意識しはじめている。
友人からクリスマスの絵本をいただいたことが契機になっていたかもしれない。
あるいは、出かけるたびにあちこちで目にするサンタクロースの姿に、なにか感じるところがあったのかもしれない。

「サンタクロースとは、プレゼントをくれる人である」
という認識が、いつの間にかはるの中でできあがっているのは確かだ。

そんなある晩、突然にはるが言い出した。
「ママ、はる、プレゼントよ。」
聞き返してみると、「サンタさんね、プレゼントなの。」という。
はる自身がプレゼントが欲しいということかと思ったら、そういう言葉ではなかったらしい。
「サンタさんね、プレゼントくれてね、はるね、プレゼントなの。」
と賢明に説明しようとする。
「はるね、ママね、プレゼントよ。」
自分がサンタからのプレゼントだといいたいのだろうか。

まだ言葉が不鮮明だから、語彙が少ないからかもしれないけれど、なんだかはるが崇高なことを言っているような気がして、嬉しく眠りについた。
確かに、こどもというのは、天からの授かりもの。
人の勝手な都合で、せっかく授かった子ども(というかお腹まわりを中心にした不調)にぶうぶう言っている私を、3歳児が諭しているような気もして、恐れ入った。
すうすうと寝息を立てる小さな哲学者が、大きく見えた。

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December 08, 2007

未来派住宅完成。

昨日、ついに未来派住宅が完成した。
といっても住環境のハード面が変わったわけではなく、ソフト面が大幅にグレードアップした。
巷で噂のひかり電話、通話料が安くなるから…と検討したことは何度となくあったのだけど、マンション自体が対応していなかったという残念な結果だった。
ところが、帰国したら、わがマンションにもマンションタイプの光回線が導入されていたというわけで、ここぞとばかりに本格検討…というのが、表向きの理由。
裏事情としては、近所の電気屋でキャンペーンをはっていて、「当店で光電話ご契約の方に、DS本体と店内のソフトどれでも1本プレゼント!」という謳い文句に、四川先生がクラリときたからである(実際は、欲しいソフトがないとのことで、「本日のお買物から20000円引き!」キャンペーンの方に切り替えてもらって、掃除機とプリンタを新調)。

世の中すごいもので、光回線というやつになると、通話料が安くなったりネットの速度が速くなったりする他、テレビが途端に進化する。
ビデオ・オン・デマンドというやつが見られるようになったり、スカイパーフェクTVが回線を通じて見られるようになったりして、お茶の間が劇場化した。

さらに、時を同じくして、先日歌舞伎座でもらったチラシの中に、スカパーの歌舞伎チャンネルの視聴モニターというのがあり、早速応募してみたところ当選して、スカパーも導入された。

こうなってくると、1台しかないTVが奪い合いになるわけである。
四川先生はTVや映画などのビデオが見たい。
はるはディズニーチャンネルやアニメ劇場が見たい。
私は歌舞伎や趣味番組が見たい。

未来派住宅の中に、アナログなチャンネル権争いが導入されて、進化したのか退化したのかよくわからぬ、冬のお茶の間である。

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December 07, 2007

いつでもおいで。

一人で出歩いた帰り道。
ふと、手元に本がないのに気づいて、何気なく手に取った一冊を買って、電車に乗った。
タイトルが、のんびりしていい感じがした。
『月と菓子パン』。
石田千という作家の随筆だった。

秋のはじめ、友人がソファを買って、秋の夜更けの読書に夢中になっているという話を聞いた。
本を読むためのソファなのだと彼女が言っていたのだけれど、どうしてか食べ物の出てくる本が読みたくなる、と面白いことを言っていたので、そんなことが頭の片隅に残っていたのかもしれない。
そのタイトルは、やわらかさといい、情景といい、ソファの彼女を彷彿とさせる雰囲気があった。
だから、なんだかふと、友達からの手紙を受け取るような気軽さで、その本を選んだのかもしれない。

ページをめくって数行読んだところで、やっぱり私好みの本だったと感じた。
特別な事件が起こるわけではない。
なにげない町の、なにげない風景を、なにげなく書いている。
それが妙に、心地よいのだ。
ほろ酔い気分の帰り道、夜風に吹かれて、気の向くまま鼻歌を歌うような気分になる。
あるいは、のどかな昼下がりに、何をするでもなくお茶をいれて、つれづれに考え事をするような。
ゆるやかな時間の経過を、そのままに受け止めている随筆は、こちらもやわらかな気分にさせる。
特別な、飾った言葉ではないけれど、ああほんとにそうね、としみじみするような文章で、気持ちが良かった。

あっという間に電車は私の住む町について、本はしばらくおあずけになった。
近頃は、電車に長く乗る時間くらいしか、読書の時間もないのが、悲しい気分になった。
でも、まあ、いい。
先が気になる小説本なわけでもないし、本の向こう側でのんびり暮らしているひととは、いつページを開いてもシンクロできるように思えた。
いつでも帰っておいでと言ってくれる、故郷のような大らかさがある本なのだ。

それからたびたび、電車に乗る機会があると、この本を携えて、外に出ている。
まだしばらく読み終わる気配はないけれど、ながなが、ゆるゆると付き合う、こんな読書もいいものだ。

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December 06, 2007

緊張と弛緩、ソファ。

うかうかしている間に、師走が一週間も過ぎてしまった。
ブログの更新もせずに毎日何をしていたかというと、朝から夜まで、はっきりと「コレ」といえるものがない。
かといって何もしなかったわけではなく、どちらかといえば、やらねばならないことに始終追われて、なんとか一日を乗り切っていた印象である。
大きな波は越えたものの、まだ中波小波はさざめき立っていて、間近に迫った年の瀬がうらめしいほどの、近頃なのである。
とはいえ、昨日で大波は去った(はず)。

ここ数日、特に思うのは、子どもがいることはもちろん、腹に異生物を抱えていると、いかに時間がままならないか、ということである。
「とにかく今、ここまでこれをやらなければならない」と自分で決めたとする。
ところが、お腹が張ったり、痛んだりしたら、休まなければならない。
忙しいせいなのか、単にそういう時期なのか、頻繁に腹が張る。
そして一度ぐでんと寝転がったら、二度と起き上がれないのじゃないか、と思うほど、体がベッドやソファに沈んでいくのがわかる。

「やらなければならないこと」のために、知らず知らず、体が緊張しているのだろうか。
それとも、体が重くなったせいで、物理的に起き上がる時に余計に力を必要とするから、億劫に感じるのだろうか。

先日の検診で「頻繁にお腹が張るのは、何故でしょう」と問うたら、助産婦さんには笑顔で「要因は動きすぎやストレスやいろいろあると思いますが、そういうときは横になって安静にしましょう、ひどいようなら病院に来ましょう」と言われて、ちょっと驚いた。
日常生活を上回る活動はしていないのになぁ。
しかしながら、お腹が張る=赤ちゃんに酸素がいかなくなることだと聞く。

そんなわけで、必然的に、ソファに沈み込む回数が増えるのだが…
そこに、既に弛緩しきっている小さい人が寝転がっていたりする。
あるいは、小さい人がそこを地面にして線路を敷設していたり、あるいはパン屋さんの店舗にしていたり、絵本の本棚にしていたりする。

ソファは、結婚した時に、ACTUSで選んだものだ。
すすめてくれたおじさんが言っていた。
いまどき、スーツのポケットにチーフを覗かせている、ダンディなおじさんだった。
「座り心地のいいソファの周りには、必ず人が集まるものです。逆に、座り心地がよくないと、自然と避けるようになる。つまり、座り心地の良いソファというのは、家族の団欒そのものにつながるんですよ。」
確かに、うちのソファには、誰かしら、必ずそばにいるように思う。
ちょっと腰掛けて本や雑誌を読むのには丁度いいし、ぐでんと横になって、つかの間の惰眠をむさぼるのにも最適だ。
つまりソファは、体も気持ちも弛緩させてくれる、重要なツールということになろう。
ダンディおじさんの言うように、団欒の1コマにはなっているのかもしれないけれど、競争率が激しいのが難点。
寝ているところを、「だめよ!だめよ!」と追い出されて、パン屋さんセットが並ぶことも珍しくない。

緊張と弛緩のはざまに、今日も揺れる私なのである。

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December 02, 2007

美術館に行きたい!!!

帰国してからのこのところ、毎週どこかの美術館に足を運んでいる。
まだ3つ、4つしか見ていないとはいえ、通常のペースからしたら、結構早い。
・神奈川県立近代美術館/イリヤ・カバコフ展
・サントリー美術館/鳥獣戯画展
・東京都美術館/フィラデルフィア展
・国立博物館/大徳川展
この先も見たい展覧会が目白押しながら、東京に出かけられる機会にひっかけて…となると、他のスケジュールとのやりくりがとても難しい状態である。

お手伝いさせていただいているもろもろのことにしろ、お楽しみにしろ、師走はどうにも予定の全てがピークになる。
今年は、年明けからの産休(の、つもり)を控えているので、尚更だ。
そう言っている間に、出産準備もしなければならないのだけれど、おそらくこれは、年を越して、いざ臨月に入ってから、のそのそと行うに違いない(第二子君には大変申し訳ないが、はるの時との格段の差を、ついつい自分でも感じてしまう)。

これ以上無理!というくらい予定が詰まっている苦しい状態から、今年は10月以降抜け出せていない。
たまにぽかりと休みになると、それまでの分を挽回すべく子どもの用事を入れるものだから、恒久的に忙しい状態がまるで解消されない。
世の中のお母さん方が、子育て後の時間をあれだけ楽しみに、また有難がっているかが、よく分かる。

美術館にも、まだまだ行きたい。
国立博物館の次回展示もみたいし、鳥獣戯画展後期の展示替えもみたいし、東京都現代美術館にも、江戸東京博物館にも、出光美術館も、オペラシティにも…数え上げると、きりがない。
空き日程の方が足らないのは明らかだ。

そうやって暴走族的に美術館をめぐるのもひとつだけれど、例えばお手伝いをさせていただく予定のフィラデルフィア展などには、何度か足を運んで、じっくり絵と向き合い、知識を深めつつの対峙となる。

実は明日、フィラデルフィア展でちょっとだけお手伝いしています。
読売新聞YORIMOの会員(登録無料)の方なら、ご参加できるはず。
通常は閉館日である月曜日、この日はYORIMO会員のために「特別に」、じっくりゆっくり美術展を楽しめるというお得な企画なのです。

美術に対して、たえまなき情熱と知識を傾けている素晴らしいアートナビゲーター達が、当日のお客様たちと一緒に、美術展を楽しむ企画です。
先日研修で他のアートナビゲーターの方々とお目にかかったのですが、たぶんご自身も一緒に楽しんでしまうタイプの方々が多いので、きっと素晴らしく楽しいお時間になるのではないかと思われます。
ご関心おありの方は、遊びにいらしてくださいね。

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