« 中国の中の異国へ。 | Main | 家族、水入らずで。 »

October 29, 2007

千年の時を飲む。

Sn390546北京在住のAさんに教えていただいた中国茶館へ出かけた。
中は中国家具でまとめられていて、きっとお好きですよ、と教えてくださった。
Aさんのご主人は、北京にある中央美術学院――中国では芸術系の最高学府、日本で言うと東京藝術大学にあたるポジションの学校――で、建築の教鞭をとっておられる。
昨日アップした「擁和宮」をおすすめくださった美術家Tさんが、私達の北京渡航にあたり、Aさんをご紹介くださったのだ。
本当に、いろいろな方からたくさんの温かさを頂いて、毎日が積み重ねられているように思う。

Sn390547Sn390549お店は擁和宮の入り口から、西へ伸びる通りにある。
この通りには、孔子を祭った1306年建造の国家博物館もあり、並木道が続く昔ながら(?)の路地という感じがして、雰囲気もいい。
おじさんたちが青空将棋に興じていたり、擁和宮への参詣客相手の線香屋さんもある。擁和宮前の通りは、ほとんど全部がこの線香屋で占められていたのだけど、国家博物館へ続く道・国子藍街にある線香屋は、古書店のようにひっそりと、並木の下に佇んでいる。

Sn390551茶館・留賢館の名は、孔子の教えからとられたものなのだという。
ドアを開けると、その薄暗さにまず驚いた。
開けた先の空間がとても小さかったというのもあるが、外の光があまり差し込まず(西に日が傾いていたせいか)、ぼうと灯るオレンジ色の灯りの下に、落ち着いた牡丹色のチャイナ服を着た女性が座っていた。
茶館は通りと同じように西に伸び、小さな空間が、ちょっと大きな販売スペースになって、長ひょろい喫茶スペースへと続く。その間に徐々に光も増していくのだ。

Sn390555Sn390552飾り棚には、茶壷(いわゆる急須のこと)や、茶杯が並び、その棚で区切られた各スペースが、個室のような私的空間を作り出す。
私達は、一番入り口の、ソファ席に座った。
ベンチのような、中国式の座面の低いもので、木でできている。背には、色とりどりのクッションが並べられて、アンティークの生地がパッチワークしてあったり、中央にちょこんと、民族刺繍があしらわれていたりして素敵だ。
茶芸を楽しむのは、初めての体験。
実は私は台湾で茶館に行っているのだけど、おみやげ物をうるお茶屋さんの一角のスペースでのパフォーマンスだったから、こういう本格的な茶館は、初体験になる。

あの、入り口にいた牡丹のひとが来て、いろいろとお茶について説明をしてくれる。
お茶を選ぶと、それを目の前で「茶芸」でいれてくれるのだ。
お茶道具についても、ひとつひとつ解説してくれる。
類推を含んでいるので、正式ではないかもしれないが、どうも、お茶をいれる道具は二種類に大別できるようだ。
お茶によって、使い分けるのだそうだ。

Sn390556一つ目のグループは蓋付きの茶杯&背の高い聞香杯とお猪口大の飲杯。
二つ目は茶壷と飲杯で、この飲杯は、聞香杯とセットのものよりもひとまわり大きい。

香りのあるものは、蓋付きの茶杯でいれる。
香りのいいウーロン茶、凍頂烏龍茶や鉄観音などは、これを使うのだそう。
そして飲むときは、まず聞香杯にお茶をいれ、飲杯を上にかぶせて、ひっくり返す。
さかさまになった聞香杯を、飲杯のふちに沿って円を描くようにまわすと、中からトクトクとお茶が出てくる。
そして聞香杯に残った香りを楽しんでから、飲杯でお味を楽しむのだという。

茶壷を使って入れるものは、香りの少ないプーアル茶など。

どちらの場合も、事前に茶器をお湯で温め、1煎目は捨ててしまう。
香りのあるお茶は、2煎目も。
これは、茶葉についている塵などを洗い落とす役目があるのだという。
蓋付き茶杯や茶壷から入れられたお茶は、「茶海」と呼ばれるクリーマーのような器に一旦移してから、聞香杯や飲杯にいれられる。

四川先生は、烏龍茶の一種・武夷岩茶の「水金龍」というものを(写真右の、色の濃い目のもの)。
そして私は、名前に惹かれてしまった「千年芙茶」。

Sn390553ひと抱えもある竹籠の中に、大事に入れられた「千年芙茶」。
600年から900年の古木からとれた、プーアル茶なのだそう。
プーアル茶自体、「黒茶」といって、長い時間発酵させるもの。
30年ものなど、時間を経た方が品質が高いらしく、この千年芙茶も、古木で採取されてから、さらに長い時間を経てきただろうと思われる。
専用の、ペーパーナイフのような薄い刀で削ぎとって、お茶をいれる。
(ちなみにこの茶葉も、この状態で販売されているのだけれど、ひとつ七万円もするのだ…)

千年前といえば、だいたい安倍晴明が没した頃。
もうそれだけで、うわぁ、と感激。
千年という時間の集積を液体にして飲んでいるのだ、と思うと、なんともいえない気持ちになる。
秋風ふく路地のあちら側は孔子を祭り、室町時代の日本からの留学僧も受け入れた場所。
悠久の時の流れに思いを馳せ、香りの奥底に広がるなにかに身を委ねてゆっくりと過ごす時間は、なにものにも変えがたい贅沢である。

|

« 中国の中の異国へ。 | Main | 家族、水入らずで。 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« 中国の中の異国へ。 | Main | 家族、水入らずで。 »