« 上海旅手帖/旧フランス租界へ。 | Main | 上海旅手帖/アールデコの摩天楼 »

October 12, 2007

上海旅手帖/魔都、夢のあと

Sn390332門をくぐると、緑の庭園が忽然と姿を現した。
今はホテル・瑞金飯店になっているこの場所、その昔はモリス邸といって、当時の極東最大の英字新聞を創業した人の息子によって作られたそうな。
イギリス式のレンガ造りの建物並ぶ一角は、イギリスを舞台にした物語を髣髴とさせるような趣もあって、突然そこらの茂みから、いたずらな野うさぎが出てきそうな気配さえある。(現実には、黒い猫が、しゃなりしゃなりと歩いていたのだが)
WWⅡ時はイタリア領事館となり、戦後は共産党の所有のもとで毛沢東や江青、蒋介石夫妻などの政府関係者や国賓を迎えてきた、由緒あるホテル。

その一角に、アヘン取引のアジトともなった場所が、あるという。

Sn390335_2この優雅な、しかし時を経て、どこか不気味な貫禄さえも感じさせる建物は、日本人建築家の作ではないかと言われている。旧丸ビルや上海日本領事館を設計した・平野勇造という人。彼は、カッペレッティの弟子としても知られ、渡米し苦学の末にカリフォルニア大の建築科を卒業して活躍した。(ちなみに、カッペレッティは、明治時代、日本で初めて西洋式の美術教育を行った工部美術学校に招かれ、建築科の教鞭を取った人物として知られる)
モリス邸の敷地の一部を買い取った三井洋行の上海支店長が邸宅として使用していた建物で、「三井花園」と呼ばれたそう。

Sn390337現在は、瑞金飯店の4号館となり、1F部分はバー、2F部分はタイ料理のレストランとして、使用されている。
外国人に人気のあるバー「Face」として知られる場所だというのだが、外国人好みというべきか、洋館の中は「東洋のエキゾシティズム」を感じられる設計になっていて、「Face」の名が示すように、あちこちに仏頭が飾られている。
Sn390339Sn390340それだけではなく、インドの神々、ガネーシャ(象頭人身)や、ガルーダ(人頭鳥身)の彩色木彫などが壁に飾られ、2Fがタイ料理のレストランということも手伝っているのか、タイシルクをふんだんに使ったソファ席などが印象的。(右側、天蓋の上に仏頭がしっかり乗っているのが、ご覧いただけるだろうか?)
実質的に熱心な仏教国だというタイ(憲法上「国教=仏教」ではないけれど、国王は仏教徒じゃないと王位につけないのだそう)を思わせる場所に、仏教美術が肩を並べているのは、何ら不思議はないのかもしれないけれど、なにやら違和感。

Sn390341そんな光溢れ、開放感ある一角に思われる場所でも、一旦日が翳ると、まるで違う風景となって映るに違いない。
タイシルクは月光と薄暗い灯りの中で妖しげな光彩をうねり放ち、神々の像は、昼間とは別の顔(仏教の神々には表裏をなす性格がある)を見せ始める。
天蓋のベッドは、かつてのアヘン吸引ベッドの様相を呈しはじめるだろう。
そう思わずにいられないのは、昼間でもこんなちょっと薄暗い場所には、かつてのアヘン取引の時代を思わせるような妖しげな空気が漂っているからだ。

アヘン、一般に良い印象はない。
精神を蝕み、時に死に至らしめる、危険なものだ。
しかしそれは、心をとろかせるものであったに違いない。
個人的にアヘンに対して格別な思いを持っているのは(もちろん使用についてではないが)、尊敬してやまないジャン・コクトーの存在が大きい。
彼の著書にはその名も『アヘン(Opium)』という作品もあるが、彼自身、アヘン中毒患者でもあった。
愛する人を失い、アヘンにおぼれ、友人たち(というべきか、かつての恋人というべきか!)の手で救われ助けられて、再び創作の世界に戻っていく。
ちなみに、そのアヘン中毒の治療中に書いた作品が、きっと皆さんご存知の代表作、『恐るべき子どもたち』なのである。
コクトー崇拝者にとって、アヘンに対しての格別の思い入れが至極必然のことであると、おわかりいただけるだろう。(さすがに自分も試してみる気にだけは、なれないのだが。)

このピンク色の、きっと建築当時はもっと色が鮮やかで美しかったろう壁の内で取引された「甘美なる快楽の源泉」。
人々や国々の欲望を飲み込んで大きくなった魔都の名残を、思わせる。
もし次にここを訪れる機会があったなら、夜を選ぶだろう。
時が醸造した雰囲気の中で飲む酒は、特別なものとなるに違いない。
今はその場所で、幼子さえも戯れる、一見のどやかな場所にすらなっているのに、夜には、この場所本来の顔を取り戻すように思えてならない。
Sn390342

|

« 上海旅手帖/旧フランス租界へ。 | Main | 上海旅手帖/アールデコの摩天楼 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« 上海旅手帖/旧フランス租界へ。 | Main | 上海旅手帖/アールデコの摩天楼 »