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October 23, 2007

タンタンと中国。

Sn390430少年新聞記者が愛犬とともに活躍するベルギーの漫画、タンタン。
世界中を飛び回って活躍する彼はこの中国にも訪れている。
全24作品の中の最高傑作、と言われているのが、上海を舞台にした『青い蓮(Le Lotus Bleu)』。
実はこの作品の誕生には、ひとりの中国人美術家が関わっているそうな。

1930年代の上海を驚くほど忠実に再現しているというこの作品、作者エルジェは一度も中国の地を踏むことなしに、作り上げたという。
それを実現したのが、ベルギーの美術学校に留学中だった上海人・張充仁(チャン・チョン・チェン)。
物語に登場するタンタンの親友の中国少年の名・チャンは、まさしく彼のことであったろう。

美術家チャンは上海の敬虔なカトリックの家に生まれ育ったそうで、フランス語で授業が行われるミッションスクール出身。西洋美術に魅せられた彼が、留学にあたり、修道会から紹介された留学先は、ブリュッセルの王立美術大学だった。渡欧したチャンは早速教会に通い、勉学に励んだのだけど、この教会の神父さんが、エルジェとチャンを引き合わせたのだという!
(ちなみに当時タンタンシリーズは、カトリック教会が発行する新聞の子供向け付録として連載されていた)
こうして現実のチャンは、タンタンの冒険を手助けする「少年・チャン」へと、変貌したのだ。
毎週日曜日に、エルジェはタンタンの下書きをチャンに渡しそこにチャンが意見して、リアルな上海が作品の中に生まれ、ふたりの間には確かな友情が築かれていったのだという。

チャンは学業を終えベルギーから上海に戻ると、絵画教室を開き、彫刻家としても名を馳せた。
時代は第二次世界大戦、内乱に続く内乱へと、流転する時期。
その中でエルジェとの連絡も途絶え、文化大革命時には不遇な時代も過ごしたそうだ。

エルジェの方は、連絡の途絶え、忘れていたチャンをふと思い出し、『タンタン、チベットをゆく』で再び少年チャンを登場させる。この物語では、ヒマラヤ山脈での飛行機墜落事故で行方不明になる少年チャンをタンタンが必死に捜索するストーリー。
以来、ブリュッセルで中華料理を食べに行くたびに、友人・チャンの写真をポケットに偲ばせ、中国人に聞きまわったというのだから、タンタンさながらの捜索であったろう。
ついにチャンの消息を知る人が見つかり、エルジェが上海のチャンに手紙と、完成した『青い蓮』を送ることができた。
二人は40年後のヨーロッパで、再会を果したのだ!
(エルジェは上海を訪れることを望んだのだけど、中国側から許可が下りなかったのだという。その後、チャンはフランス国籍を与えられ、移住する。一説には、当時の文化大臣が「タンタン」の大ファンだったため!)

実はこの『青い蓮』、私が大好きな作品でもあって、日本語版と原書と2冊が、我が家の本棚に納まっている。
ひとつの物語を取り巻く時代・人の流転、冒険漫画タンタンの裏に、生きた歴史が漂っているのはそのためなのかもしれない。

写真は、上海の街角で見つけた、表紙を描いた油絵。
帰国したら、またこの本を、ゆっくり読んでみたいと思う。
(文中の、エルジェとチャンの歴史の物語は、にむらじゅんこ『フレンチ上海』をベースにしています)

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