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October 2007

October 31, 2007

大陸果実。

Sn390559北京に来て、果実をよく食べるようになった。
日本ではみかけないような珍しい果物が、たくさんある。
この日は、お気に入りの果実「ポメロ」と、新しく見かけた不思議なもの、写真で見たことはあったけど、初めて食べるランブータンなどを、買ってきてみた。

こちらでは、果実は重さで値段が決まる。
欲しいものをビニル袋に入れて、係員に渡して重さを量ってもらい、それに応じた値札バーコードが貼り付けられる仕組み。

だから、好きなものを好きなだけ買える、というのが嬉しい。
ちょこちょこ買ってみて、試してみるということも、できるのだ。

Sn390562この日購入したのは、左上から、海南島のマンゴー、ポメロ、ランブータン、ロンガン、そしておそらくサンザシと思われる、謎の果実。
ポメロがだいたい小玉スイカくらいの大きさ。
これはサクサクした歯ごたえのあるグレープフルーツに似た果実で、私がもっとも気に入った果実!その大きさを大体2日でひとつ食べきってしまう、もちろん一人で。
ちなみにお値段は、その大きさで200円弱(!)。
何度か日本に来たことのある中国の方は、「日本は果物が高い!」と嘆いていた。
ランブータン、ロンガンは中が半透明で、食感はライチのよう。
それぞれ独特の香りがあるので、お好み…といったところか。
サンザシのようなものは、砂糖で煮付けないと食べられなさそうな感じだった。
海南島のマンゴーは、大きいのが特徴。そして皮は緑色。
マンゴーと言うと、手のひら大のものをイメージするけれど、その5倍くらいあるので、マンゴー好きにはたまらないだろう。

朝に食べ慣れないフルーツを味わいながら、ぼんやりした頭のままでラッシュのはじまった町を見下ろしていると、ああ、外国にいるんだなぁと思う。

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October 30, 2007

家族、水入らずで。

今日からの4日間は、私にとって北京最後の4日間。
寂しくもありますが、楽しくわくわくすることも、あるのです。
それは、仙台から、四川先生のご両親がみえること。

北京赴任が決定した当初、しきりに遊びに来てくださいとお誘いしたのだけれど、遠いから行けない、と仰っていたのに。二人目妊娠が発覚したら、ありがたいことに「じゃあ行かなくちゃ!」と仰ってくださった。
一歩先に帰るはると私を迎えに来てくださるという名目です。
その後、私の母と、四川先生の母(ふたりは40年来の親友です)が一緒に来る予定だったところ、私の祖母が急病で入院、急遽四川先生のお父様がご一緒に、夫婦で来てくださることになりました。
図らずも、家族3代、5人での旅の、実現です。
お二人とも北京が初めてなので、一緒に観光しつつ、はるの成長ぶり、特におしゃべりの発達ぶりを見ていただこう!と思っているところ。
…ただし、そのはるについては、懸念も多々、あるのですが…。

北京に来てから、外食するたびに、店員さんが構ってくださっていたはる。
中国の多くの子供たち同様、店員さんと遊ぶのが、外食の楽しみの一つになってしまいました。
…つまり、自分から声をかけて、遊んでもらいに行ってしまうのです。
何度か書きましたが、こちらの人たちは老若男女問わず子供好きが多いらしく、皆さんとてもよく子供の相手をしてくださいます。
はるは覚えた中国語「ニーハオ!」と、「フーユェン!(店員さん!)」という言葉を繰り返して満面の笑顔攻撃、自らお腹が満ちると遊んでもらいに出かけていってしまうのです…。
近頃では「おねえしゃん!」と言って、抱きついていきます。
こんな様子、おじいちゃんおばあちゃんが見たら、一体なんて仰るのやら…

お盆休みも帰らなかった我々。
今晩は、お正月(お母さんとは5月)以来の、久々の再会です。
北京の素敵なところ、たくさん知って欲しいなぁ、と思います。

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October 29, 2007

千年の時を飲む。

Sn390546北京在住のAさんに教えていただいた中国茶館へ出かけた。
中は中国家具でまとめられていて、きっとお好きですよ、と教えてくださった。
Aさんのご主人は、北京にある中央美術学院――中国では芸術系の最高学府、日本で言うと東京藝術大学にあたるポジションの学校――で、建築の教鞭をとっておられる。
昨日アップした「擁和宮」をおすすめくださった美術家Tさんが、私達の北京渡航にあたり、Aさんをご紹介くださったのだ。
本当に、いろいろな方からたくさんの温かさを頂いて、毎日が積み重ねられているように思う。

Sn390547Sn390549お店は擁和宮の入り口から、西へ伸びる通りにある。
この通りには、孔子を祭った1306年建造の国家博物館もあり、並木道が続く昔ながら(?)の路地という感じがして、雰囲気もいい。
おじさんたちが青空将棋に興じていたり、擁和宮への参詣客相手の線香屋さんもある。擁和宮前の通りは、ほとんど全部がこの線香屋で占められていたのだけど、国家博物館へ続く道・国子藍街にある線香屋は、古書店のようにひっそりと、並木の下に佇んでいる。

Sn390551茶館・留賢館の名は、孔子の教えからとられたものなのだという。
ドアを開けると、その薄暗さにまず驚いた。
開けた先の空間がとても小さかったというのもあるが、外の光があまり差し込まず(西に日が傾いていたせいか)、ぼうと灯るオレンジ色の灯りの下に、落ち着いた牡丹色のチャイナ服を着た女性が座っていた。
茶館は通りと同じように西に伸び、小さな空間が、ちょっと大きな販売スペースになって、長ひょろい喫茶スペースへと続く。その間に徐々に光も増していくのだ。

Sn390555Sn390552飾り棚には、茶壷(いわゆる急須のこと)や、茶杯が並び、その棚で区切られた各スペースが、個室のような私的空間を作り出す。
私達は、一番入り口の、ソファ席に座った。
ベンチのような、中国式の座面の低いもので、木でできている。背には、色とりどりのクッションが並べられて、アンティークの生地がパッチワークしてあったり、中央にちょこんと、民族刺繍があしらわれていたりして素敵だ。
茶芸を楽しむのは、初めての体験。
実は私は台湾で茶館に行っているのだけど、おみやげ物をうるお茶屋さんの一角のスペースでのパフォーマンスだったから、こういう本格的な茶館は、初体験になる。

あの、入り口にいた牡丹のひとが来て、いろいろとお茶について説明をしてくれる。
お茶を選ぶと、それを目の前で「茶芸」でいれてくれるのだ。
お茶道具についても、ひとつひとつ解説してくれる。
類推を含んでいるので、正式ではないかもしれないが、どうも、お茶をいれる道具は二種類に大別できるようだ。
お茶によって、使い分けるのだそうだ。

Sn390556一つ目のグループは蓋付きの茶杯&背の高い聞香杯とお猪口大の飲杯。
二つ目は茶壷と飲杯で、この飲杯は、聞香杯とセットのものよりもひとまわり大きい。

香りのあるものは、蓋付きの茶杯でいれる。
香りのいいウーロン茶、凍頂烏龍茶や鉄観音などは、これを使うのだそう。
そして飲むときは、まず聞香杯にお茶をいれ、飲杯を上にかぶせて、ひっくり返す。
さかさまになった聞香杯を、飲杯のふちに沿って円を描くようにまわすと、中からトクトクとお茶が出てくる。
そして聞香杯に残った香りを楽しんでから、飲杯でお味を楽しむのだという。

茶壷を使って入れるものは、香りの少ないプーアル茶など。

どちらの場合も、事前に茶器をお湯で温め、1煎目は捨ててしまう。
香りのあるお茶は、2煎目も。
これは、茶葉についている塵などを洗い落とす役目があるのだという。
蓋付き茶杯や茶壷から入れられたお茶は、「茶海」と呼ばれるクリーマーのような器に一旦移してから、聞香杯や飲杯にいれられる。

四川先生は、烏龍茶の一種・武夷岩茶の「水金龍」というものを(写真右の、色の濃い目のもの)。
そして私は、名前に惹かれてしまった「千年芙茶」。

Sn390553ひと抱えもある竹籠の中に、大事に入れられた「千年芙茶」。
600年から900年の古木からとれた、プーアル茶なのだそう。
プーアル茶自体、「黒茶」といって、長い時間発酵させるもの。
30年ものなど、時間を経た方が品質が高いらしく、この千年芙茶も、古木で採取されてから、さらに長い時間を経てきただろうと思われる。
専用の、ペーパーナイフのような薄い刀で削ぎとって、お茶をいれる。
(ちなみにこの茶葉も、この状態で販売されているのだけれど、ひとつ七万円もするのだ…)

千年前といえば、だいたい安倍晴明が没した頃。
もうそれだけで、うわぁ、と感激。
千年という時間の集積を液体にして飲んでいるのだ、と思うと、なんともいえない気持ちになる。
秋風ふく路地のあちら側は孔子を祭り、室町時代の日本からの留学僧も受け入れた場所。
悠久の時の流れに思いを馳せ、香りの奥底に広がるなにかに身を委ねてゆっくりと過ごす時間は、なにものにも変えがたい贅沢である。

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October 28, 2007

中国の中の異国へ。

Sn390541「北京シック!」と仰った方がいた。
渡航前に、北京のお話を伺った美術家・Tさんだ。
彼女は今年3月までの一年間、北京の美術大学に留学なさっていて、こちらの生活事情をいろいろと教えてくださった。
Tさんとは美術検定関係の方からご紹介いただいたご縁だったのだけど、Tさんのお話を伺っていると、その時はまだ見ぬ北京という街がとても素敵な場所にじんわりと思えてきたのをはっきり覚えている。
そして今、私もTさんと同じように、北京に後ろ髪を引かれる思い。

Tさんが「とても良かった」とオススメくださった場所が、擁和宮。
ここはラマ教の寺院。
中国でありながら、他の伝統的建造物とはちょっと違った異国風の趣がある。

Sn390535この日は通訳さんに徹して、私の行きたいところに連れて行ってくれた四川先生が、急に目を見張り出した。
「元代の文化が混ざってる…」
彼によれば、目の醒めるような青に金で彩色を施すところや、装飾のディテールが、中国オリジナルのものとは違って、モンゴルで見てきたものに似ているのだという。
それまで文字を持たなかったモンゴル文化に、文字という革命が起きたときのこと、フビライに仕えた帝師パクパという人のお話など、全く文化的背景を知らずに訪れた私に、いろいろと教えてくれる。

Sn390534「ほら、狛犬も、ちょっと違うでしょう」と言われ、見あげてみると、首元をアクセサリーで飾った、お洒落な狛犬が。
「こういう、玉器の形とか、そもそもこういうのをつけていること時代、元っぽい」と教えてくれる。
元といえば、私達が住む鎌倉とゆかりが深いような気がしてならない国。
時代が同じで、二度の元寇の際は鎌倉幕府との戦いであったし、それにマユツバ伝説ではあるけれども、義経が奥州を経て元に渡りチンギス・ハーンになった、なんていう話もある。
ちなみにこの装飾品、密教系の仏具のよう…
調べてみたらそれもそのはずで、ラマ教とはチベット仏教の俗称。
チベット仏教の中にもいろいろな宗派があるようなのだけど、そのあらゆる宗派の最終段階で、具体的に悟りを開くための手段として密教が据えられているのだそう。

Sn390539寺院の壁というか窓というか、明り取りの装飾もまた、一風変わった感じ。
中は撮影禁止なのだけど、大きな像の前に跪いて、祈りを捧げる人がとても多い。
お坊さんや尼さんとおぼしき人たちの姿もちらほら見えて、中にはベンチに腰掛けてお経を唱えているお坊さんもいらした。
日本の線香と言えばだいたい手の指先から手首くらいまでの大きさだけれど、あれをドラえもんの「デカデカライト(だったろうか?あの、照らしたものを巨大化させるライトは)」で大きくしたような、大きな花火のような、巨大な線香をくゆらせて、老若男女(とくに若い人が多かったように思う)が祈りを捧げる。
ここは、聖地なんだなぁと、実感。

Sn390542境内の一角に、マニ車をみつけた。
これを一回廻すと、お経を一回唱えたことになるというありがたい代物。
私が廻していたら、早速目をつけたはるが、「はるも!はるも!」と大騒ぎ。
なんでも玩具になるので、(とくにこういう回るものは大好き)楽しげだ。

Sn390531Sn390537銀杏並木に、秋風がすっと通り過ぎていく。
観光客も多い。
この日はドイツ人の団体さんがいた。
…ドイツの蝶?も…

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October 27, 2007

北京料理の雰囲気は…

Sn390454「魚の唇のスープ」がある北京料理のお店・北京宮。
ここはとっても雰囲気が良く、インテリアがたまらなく好きな場所でもあります。
Nさんに北京最初の夜につれてきていただいたお店で、私達一家にとっては思い出深いほか、もちろんお料理もおいしいので、四川先生はお友達とのお食事などに、時々訪れている模様。
私とはるは先生のお供で出かけたこの日が、二度目です。

うす暗くも懐かしく落ち着く照明は、ライトを包む紅い絹の火屋と、壁の落ち着いた紅のせいでしょうか。
(色彩心理学では「赤い壁の部屋に住むと興奮しすぎて、極端な場合発狂」なんて書かれていましたが、ここ・中国の落ち着いた紅の色を見ていると、とてもそんな風には思えません。もともと赤という色は、太陽の色であり、人間の血液の色。こころまで温めてくれる効果があることを、ふと思い出しました)

Sn390458テープルセッティングもまた素敵で、古いの中国家具(清代?)の上にシルクのテープルセンター、その上にガラスの円卓が乗っています。
ひとりひとりの前には、白い大きなお皿の上に、これまた清代の風俗を焼き付けた絵皿がおかれ、上には紅いナフキン、そして右手に、箸(日本では横に置きますが、中国では、立てて置くのがならわしです)。箸置きは、写真ではちょっと見づらいですが、磁器の獅子。獅子の背に、お箸をおくのです。
それに、スープ用の小碗とレンゲ、ビールグラス。
とてもしっとりと上品なコーディネートです。

Sn390446Sn390461その他、店内で驚かされるのは、素晴らしい木彫の数々。
浮き彫り、透し彫りなど、様々な樹が繊細な装飾に彩られ、そのひとつひとつが身の内に時間を蓄えたことによって、静かな鼓動を秘めているかのよう。
ここには確かに、私達の先祖が古来憧れ、尊んできた文化の名残が、はっきりと脈打っているのです。

Sn390459Sn390447Sn390464私のお気に入りは、なんといっても絵皿。
美しくて繊細な彩色。思わず手にとって後ろを見てみると、故宮博物院と書かれていました。ミュージアムグッズなのでしょうか?(まだ故宮はもちろん、中国美術館にも行っていないので、詳細はわからないですが…期待は高まります!)
残念ながらこのお皿で食事するわけではなく、あくまで「ディスプレイ」のよう。
テーブルに座ると、テープルクロスの上にナフキンが敷かれ、一番下のお皿が置かれ、その際に絵皿から別の白いお皿に変わります。
憧れの中国家具とともに、私の「いつか欲しいものリスト」の上方には、この絵皿が燦然と輝くことになりました。

Sn390453店内にあるいろいろ面白いものは、はるも気に入っているよう。
とくに、彼のお気に入りは、亀。
この亀は背に鶴を乗せており、ご存知のように長寿の象徴でもありますが、目にする機会が多いせいか、はるは「つる」と「かめ」を発見するのがとても上手になりました。
「はる、かめ、しゃしんとる!はい、にこー!」と言いつつ笑みを浮かべてしゃがんでいるところです(口も達者になってきたこと)。

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October 26, 2007

コラーゲン食?

Sn390442以前ちらりと書いた、ちょっと面白い料理です。
魚の唇のスープ!
そういえば、大きな魚は唇がおいしいと、美味しんぼでは「ハタ」「アラ」などの九州の魚を例にあげて説明していたお話がありましたっけ。

ぷるぷる、ちょっともちもちの食感は、食べていて楽しく、唇で唇を味わうのもまた楽し?
北京料理のお店、「北京宮」で、いただけます。

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October 25, 2007

アンチエイジング食に挑戦。

Sn390511宮廷料理を食べさせる、ちょっと面白い店があるという。
私達が住んでいる区にある、大きな公園の側にある宮廷料理、とくに宮廷点心がオススメというお店に出かけた。
14:30までがランチタイム、17:00からがディナータイム、と表記されているのだけれど、私達が出向いた16時でも、お店はちゃんと開いていた。
(※中国の他店舗でもそういうことがあったのだけど、中休みのないお店が多いらしい。照明も消え、音楽もなく、従業員はテーブルの片隅で昼寝中だったりして、実質お休みなのだけど、それでも料理を注文すると食事ができるのだ。静かだし他にお客さんもいないので、多少の不便を気にしなければゆっくり食事ができるというメリットも!)

頭にはおおきな花をあしらった帽子。刺繍華やかなチャイナドレスの足元は、高下駄のような!特徴的な靴。これは宮廷風俗なのかしら。
公園の中とあって緑も多く、その中のヴィラの一室に案内される。
細工の施された欄間の後ろに照明が隠されていたり、窓枠ほかちょっとした内装も素敵で、階段の手すり下に添えられた浮き彫りは、吉祥紋・桃の模様。
それぞれ個室で食事するあたりがなんとも素敵で、雰囲気をたっぷり味わいながらお食事をいただくことができる。

Sn390514そこで私が食べてみたいと思ったものは…
宮廷で愛されていたアンチエイジング食!
「あるもの」が入った、カスタードタルト。
「あるもの」という、含んだ言い方をするのは…名前にひるんで、食べられなかった人もいるからだ(あえて誰とは言うまい)。
「なにか」がカスタードの生地の中に混ざっているのが、写真でもわかるだろう。
その「なにか」とは…「カエルの脂肪」!

Sn390516アップにすると、こんな感じ。
左側に、ツブツブ状に見える半透明のものがカエルの脂肪のよう。
それ自体にはお味がなく、ゆる目のくず餅状でふるふるする他、食感にも特徴はない。
カスタードと一緒に食べると、全く分からないほど。
癖やにおいなどもなく、カスタードもあっさり目に仕立ててあり、強いていえばタルトの油が強いかな?というくらいで、食べ辛いということもない。
もし、それが入っていると知らなければ、普通のあっさりしたカスタードタルトだと思うはず。
…そんなわけで、カスタード好きのはるも、興味津々の私も、ぺろりと平らげたのだけど…。
にくにくしげに、ビール片手に見守る人、ひとり。
異文化まして医食同源の国で、新しいものを試さないなんて、勿体無いなと思うのだけど!
たぶんエスカルゴを「カタツムリ」と聞いて抵抗するのと、同じようなものだろう。

もっともこちらは、エスカルゴに比べると、お味が「これじゃなきゃ!」と熱愛するほどのものでもないので、ハナシの種と美容のために、食べるタイプのお品かもしれない。
そのせいか「俺は別に肌しわしわでもいいもん」とふてくされる人もいますが。

Sn390513ちなみにここで食べてとっても美味しかったのは、蓮根の間にフォアグラを挟んだお料理。
厚めに切った蓮根に、同じ厚みのフォアグラ。サクサクシャッキリ、ムチモチ、またシャッキリという食感がいいし、お味の相性も抜群。
朝陽公園となりの郡王府にある「北京半島明珠酒家」、気になったらぜひ、一度。

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October 24, 2007

北京観光、ここからスタート。

私とはるの北京生活も、残すところ一週間。
もろもろの食い倒れ以外では、お出かけした観光地はわずか1箇所・琉璃廠のみ。

来週は、はると私の帰国に合わせて四川先生のご両親がみえるので、一緒に北京観光をして、大陸に別れを告げることになります。
それに先立って、行きたいところはもちろん山のように…
両親が興味を持たないような、私好みのマニアックな場所にはいけないと嘆いているのを見かねた四川先生が、病院からの帰り道の半日、両親を空港に迎えに行く際の半日、そしてさらに1日、時間をとってくれることになりました。
それぞれの予定には、四川先生セレクトの「行ってみたい料理店」が昼または夜の食事に組み込まれ、双方利する(?)手はず。
私は北京のガイドブックを、四川先生はグルメガイドを、それぞれめくりなおし、リストしなおし、大忙しです。

北京に来てからというもの、日々の食材を買物する場所や、生活用品をそろえる場所についての情報は積極的に得てきたように思うけれど、「観光」視点で見直してみると、楽しげな、街の別の表情が顔をのぞかせて、とても新鮮。
例えば住み慣れた場所を、別な視点から見てみると面白いのに似て、今更ながらに中国の「異国情緒」溢れるところに興味を惹かれます。
それはまるで、よく知っている名画の、裏に流れる歴史や文化の一端を知った時に流れる感動に似ています。
そしてもちろん、よく知っている場所の、歴史の積み重ねの中に生まれた一瞬の輝きを見つけた時の感動にも。

こうやって改めて見てみると、そう出歩いていたわけでもないのに、やっぱりここは自分達にとって「生活する場」だったと思われました。
愛着とともに感じるその感覚こそが、私の宝ものです。
仙台、山形、東京、川崎、鎌倉、サンフランシスコ、パリ、そして北京。
私がかつて過ごしたどの街でも感じたこと――特に二十歳の記念になったパリで、強く。――それは「どんな場所も、人が生活をする場所である」ということ。
その場所に生きる人たちが、喜怒哀楽し、食べ、愛し、楽しみ、うつろう生を人それぞれのかけがえのない物語として綴っていく場所。
言葉で表現するのは難しいですが、その同じ感覚を体感できることこそが、素晴らしい何かをもたらしてくれるように思えるのです。

私にとって、旅することは、いつもどこか歯がゆさを残します。
それは、その地の表面を知る時間しか、得られないから。
もっと、土地の奥――歴史や、文化や、ふとした人々の仕草、あるいは表現など――から漂ってくる、得体の知れない大きな空気のようなものに、包み込まれたいと思ってしまうからです。
たぶん、欲張りだから、なのでしょうが。

今回の滞在のしめくくりに北京のあちこちを廻ると、この街を今よりももっと好きになるような気がします。
決して「楽しい」ばかりではなかった滞在でしたが(笑)、それさえも、愛おしいような、センチメンタルな気分。
夏休みの終わり数日に感じる、朦朧とした寂寥感。
私にとっての「人生の夏休み」、これからの未来に、どうつながっていくのでしょうか。

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October 23, 2007

タンタンと中国。

Sn390430少年新聞記者が愛犬とともに活躍するベルギーの漫画、タンタン。
世界中を飛び回って活躍する彼はこの中国にも訪れている。
全24作品の中の最高傑作、と言われているのが、上海を舞台にした『青い蓮(Le Lotus Bleu)』。
実はこの作品の誕生には、ひとりの中国人美術家が関わっているそうな。

1930年代の上海を驚くほど忠実に再現しているというこの作品、作者エルジェは一度も中国の地を踏むことなしに、作り上げたという。
それを実現したのが、ベルギーの美術学校に留学中だった上海人・張充仁(チャン・チョン・チェン)。
物語に登場するタンタンの親友の中国少年の名・チャンは、まさしく彼のことであったろう。

美術家チャンは上海の敬虔なカトリックの家に生まれ育ったそうで、フランス語で授業が行われるミッションスクール出身。西洋美術に魅せられた彼が、留学にあたり、修道会から紹介された留学先は、ブリュッセルの王立美術大学だった。渡欧したチャンは早速教会に通い、勉学に励んだのだけど、この教会の神父さんが、エルジェとチャンを引き合わせたのだという!
(ちなみに当時タンタンシリーズは、カトリック教会が発行する新聞の子供向け付録として連載されていた)
こうして現実のチャンは、タンタンの冒険を手助けする「少年・チャン」へと、変貌したのだ。
毎週日曜日に、エルジェはタンタンの下書きをチャンに渡しそこにチャンが意見して、リアルな上海が作品の中に生まれ、ふたりの間には確かな友情が築かれていったのだという。

チャンは学業を終えベルギーから上海に戻ると、絵画教室を開き、彫刻家としても名を馳せた。
時代は第二次世界大戦、内乱に続く内乱へと、流転する時期。
その中でエルジェとの連絡も途絶え、文化大革命時には不遇な時代も過ごしたそうだ。

エルジェの方は、連絡の途絶え、忘れていたチャンをふと思い出し、『タンタン、チベットをゆく』で再び少年チャンを登場させる。この物語では、ヒマラヤ山脈での飛行機墜落事故で行方不明になる少年チャンをタンタンが必死に捜索するストーリー。
以来、ブリュッセルで中華料理を食べに行くたびに、友人・チャンの写真をポケットに偲ばせ、中国人に聞きまわったというのだから、タンタンさながらの捜索であったろう。
ついにチャンの消息を知る人が見つかり、エルジェが上海のチャンに手紙と、完成した『青い蓮』を送ることができた。
二人は40年後のヨーロッパで、再会を果したのだ!
(エルジェは上海を訪れることを望んだのだけど、中国側から許可が下りなかったのだという。その後、チャンはフランス国籍を与えられ、移住する。一説には、当時の文化大臣が「タンタン」の大ファンだったため!)

実はこの『青い蓮』、私が大好きな作品でもあって、日本語版と原書と2冊が、我が家の本棚に納まっている。
ひとつの物語を取り巻く時代・人の流転、冒険漫画タンタンの裏に、生きた歴史が漂っているのはそのためなのかもしれない。

写真は、上海の街角で見つけた、表紙を描いた油絵。
帰国したら、またこの本を、ゆっくり読んでみたいと思う。
(文中の、エルジェとチャンの歴史の物語は、にむらじゅんこ『フレンチ上海』をベースにしています)

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October 22, 2007

あおいパンダ。

Sn390328上海で手に入れて、いまや我が家のアイドル的存在になっているのが、このTシャツ。
通称「あおいパンダ」。
はるのこども用Tシャツを見つけたのが最初なのだけど、あまりにかわいらしくって、ついつい大人も色違いで揃え、家族してすっかりはまってしまったお品なのである。
なんと、一人2枚ずつ、計6枚も入手。
色はそれぞれ、青地に白ヌキ+グレー地に白黒(四川先生)、ピンク地に白ヌキ+白地に白黒(私)、黒地に白ヌキ+水色に白黒(はる)。
もっとも、こうも大胆に購入してしまったのは、出かけた先の上海が予想以上に蒸し暑く、そうとは知らずに北京から長袖で乗り込んでいたせいもある。
(実際、四川先生とはるは上海滞在中「親子パンダ」姿で出歩いてた!流石にそこに加わる勇気は私にはなく、あついあついと言いながらも長袖で過ごしたのだけど)

でも一番は、この無表情に太極拳をしているパンダの姿に、かなりうずいてしまったせい。
全員一致で好きな服、というのは我が家においては珍しく、いい中国記念になった。

そう、もう中国を去る日も、間近になってきた。
いまだに、天安門も、天壇も、故宮も、美術館も、什海も、現代アートの熱い798芸術区も、どこも出かけていない。
お買物に、お食事に、出かけたかった場所も、ガイドブックに大量の付箋がついたまま、放置してある。
5ヶ月の滞在、体調が思わしくないことを差し引いても、あっという間の出来事で、心残りばかりが先に立つ。
ようやく慣れてきた頃に帰国時期が訪れるなんて、残念で仕方がない。

でも、このくらいの余韻を残して旅の空を去るほうが、もしかするといいのかもしれない。
全てをやりつくしてしまったら、また訪れる楽しみがなくなってしまうから。

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October 21, 2007

心のヒーロー。

はるの最近のお気に入りは、「ちーぱーぱん」です。
ある日突然、「ママ、ちーぱーぱんに、しよっか」と誘われました(笑)。
その手に握られていたのは、日本から持ってきた「ピーターパン」のDVD。
私が「ああ、ピーターパン?DVD観るの?」と聞くと、鸚鵡返しに、
「ちーぱーぱんの、びーびーびー、みる。」
こういうデタラメ日本語「はる語」は、期間限定の親の娯楽です(笑)。

私がこどもの頃から愛してやまない「ピーターパン」を、わが子が愛してくれるのは、嬉しいもの。
ただ彼にとっては、主人公ピーターパンではなく、フック船長を襲うチクタクワニが、一番のヒーローのようです?

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October 20, 2007

明の時代の倉で。

Sn390302家から、そう遠くないところに、明の時代の穀倉をリノベーションしたレストラン街があります。
京劇の元になった寸劇を上演するレストランや、台湾料理、雲南料理、北京ダック、日本料理のほか、バーやラテンクラブなどいろいろなジャンルのお店があるのだけど、ここの一角にある緑地が、なかなかステキ。

石畳が敷いてあるところを、ぴょんぴょんと飛んで歩いていくのが、はるのお気に入り。

そういえば、中国風の庭園も、こちらに来てから楽しみにしていたのに、まだ(もう帰国なのに!)観ていない場所。帰る前に、一度くらい、観てみたいなと思うのだけど、それまではここで楽しんでいます。

場所柄か、欧米系の外国人の姿もよく見えます。
私のお気に入りは、こんな場所。
中華/西洋の入り混じった、ステキな一角です。
Sn390301

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October 19, 2007

上海旅手帖/グルメ編

Sn390423上海の旅の思い出は、おいしい話題で締めくくります。
写真は、豫園・南翔饅頭店の、肉まん。
ストローがささっていて、「吸い口注意」とフラッグがたててあります。
なぜストローが…?
答えは、中にたーっぷりと、カニのスープが入っているからなのでした!
小龍包で有名なこのお店の、看板メニューだというこの肉まん。
ストローの小さな吸い口から、アツアツの液体が飛び込んでくると、熱さと同時にカニの芳醇な香りがあふれ出てくるのです。
夢中になって吸うのですが、なかなかスープがなくならないのも、すごい。
出てくるお品すべてがとても美味しくて、ひとつひとつ手のこんだ点心に心もとろけるのでした。
ちなみに、豫園のこのお店、1Fと2F以上では、オーナーが違うんですって!
オヤツがわりにいただける1Fの小龍包よりも、レストラン形式の2F以上の方がスープが多くておいしいのだと、ご案内くださったNさん。

Sn390372そしてこの季節、上海といえば、忘れてはいけないのが、そう、上海蟹です。
蟹というと、つい、北海道の大きな蟹を思い浮かべてしまいますが、上海蟹は手のひら大。
そして、オス/メスで値段も違います。
卵が入っていておいしいというメスをいただきました。
蟹を食べるときって、ついつい無言になってしまいます。
それだけ、食べることに集中してしまうんですよね。

この上海蟹、原産地・太湖は現在水質汚染にさらされていて、名物上海蟹も存続が危ぶまれているのだとか。
中には悪質な(?)ニセモノもあり、他の産地から持ってきた蟹を一夜だけ太湖の水に浸して、「太湖で水揚げ!」と高く売るのだそうです。
確かに水揚げは太湖だから嘘じゃないんだけど…、なにか腑に落ちない(笑)。
環境問題、ぜひとも解決して、この美味しく豊かな食文化を守って欲しいなぁ…と食いしん坊としては切実に願うのみです。

上海蟹は、生きていないと食べられないのだそうで、レストランで展示してある「お土産セット」のバスケット入りの蟹も、ぶくぶくと泡を吹いていて、はるが「カニ!」と喜んでいました。

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October 18, 2007

上海旅手帖/骨董の街

Sn390431通りひとつに、骨董店がひしめき合う場所、東台路に、せがんで連れて行っていただいた。
骨董市、というのにはどうにも心弾む。
目利きなわけではないし、骨董にはまるほどの才覚も財力も持ち合わせているわけではないのだけど、「なんだか面白いもの」に出会ってしまう確率が高い場所だからに違いないと思っている。

お目当ての品は、ないわけでもない。
上海美術館で見て気になった、風水盤。
それから、以前北京の琉璃廠で見て以来、惚れ込んでいる鼻煙壷。
こと鼻煙壷は、その後あちこちで見たけれども、内画鼻煙壷でもキッチュなお土産品的なものばかりで、琉璃廠のMr,Xuの作品のように繊細な画というのはそうそうない。骨董ならどうだろうかと、ほとんど探偵気分だ。

Sn390435Sn390436この日見つけた中では、古い時計がかわいらしかった。
懐中時計だろうか、そう古くもない品だろうけれど、なんだか懐かしいような情感。
それに、毛沢東が1秒ごとに手を振る(!)面白い仕掛けの時計。
誰かジョーク好きな人に、お土産にしたい!と思えたお品(結局、思い当たる人がなかったので、買わなかったのだけれど…)。他にも、「毛沢東語録」という実在の本をモティーフにしたライターがあったりして、とても面白かった。

他にも、小さな飾り棚やら硯、大きな等身大の馬の銅像(?)等のほか、面白い品がたくさん!
フランスの蚤の市も大好きだったし、鎌倉の骨董市もお気に入りだけれど、中国の骨董街もまた面白い。
結局、鼻煙壷はピンとくるものがなく、風水盤は小ぶりのちょっと気の利いたものがあったので、四川先生にプレゼントした。歴史や風水などにもともと興味のある先生、「これを機に風水を勉強しなきゃ」と喜んでくれた様子。

Sn390433ところではるは…
渋い趣味は、両親似でしょうか?
一角に佇んで、人形を眺めておりました。
こんな小さなうちから、骨董街などに一緒に出歩いていたら、きっと面白い大人になるだろうなぁ…と思うのだけど?

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October 17, 2007

上海旅手帖/上海工芸美術館

Sn390401ヘプバーンの「おしゃれ泥棒」で、彼女が住んでいた家は、こんな形をしていなかったかしら?
中学生の頃に魅了された名画を思い出しながら、館を抱え込むように左右に配された階段を上る。
工芸美術館、ここに、アールヌーヴォーのステンドグラスがあるというのだ。

作成したのは、孤児院でステンドグラスづくりを請け負っていた孤児たち。
上海のステンドグラスには、いくつか彼らの作品が残っているそうで、ぜひとも見てみたいと思ったのだけど、私が知る2作品のうち、1作品のある場所はこの日お休みで、すがるような思いでここを訪れた。

Sn390402モノトーンで作られたステンドグラス、描かれているのは梅の木だろうか。
後ろは雪だろうか、それとも雲海だろうか。
時代を経たガラスは、静かな中にも抒情を漂わせ、流転する世の中をただじっと見つめてきたように思える。
美術館となった今は、3階建ての各部屋に職人達が詰め、中国の伝統的な美術工芸を伝えている。
展示されている品が購入できるのもこの美術館の特徴のひとつかもしれない。

展示品は、玉・象牙などへの彫刻の他、硯など文房四宝、織、刺繍、切絵、絵画、陶磁器(骨董)などさまざま。

Sn390407Sn390406Sn390410写真左から、玉に施した細やかな彫刻。
硯入れ、水滴、筆置きはじめ、文房四宝。
若草物語のような四姉妹が織り出された、フランス風の椅子。 
  
Sn390411Sn390414Sn390415Sn390416 
 
 
 
 
 
 
こちらは、京劇の衣裳。皇帝と皇后の衣裳なのだそう。 
可憐なレース編みの紋様集らしい。 
装飾的な木枠に納められているのは、絵画ではなく、全部刺繍で描かれたもの!こうした美しく細やかな刺繍は南の方に多いのだとか。蘇州刺繍が有名とのこと。
Sn390404Sn390408そのいずれも細やかな手仕事には、感嘆のため息がもれる。
また、美術工芸品を包み込む屋敷内もまたステキで、たとえばふと見上げる天井が、優美で美しかった。
そう、気取りすぎず、そこはかとなく美しさを漂わせる、ヘプバーンのように。
Sn390403ステンドグラスの梅の花は、近くで覗き込むと、こぼれる笑い声のようにも思えた。
梅の花たちは、時を経て、引き継がれていく美しいものを、柔らかく見守っている。

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October 16, 2007

上海旅手帖/上海美術館へ

Sn390375上海美術館は、「建物だけでも一見の価値アリ!!!」と、福岡・アジア美術館学芸員さんから伺った、ぜひとも訪れてみたい場所だった。

建物自体は1936年に作られたとのこと、外観はもちろん、中の階段の手すりや、ドアまわりの装飾など、その場所に身を置いているだけでもうっとりとしてしまうような場所。
訪れた日は、共産党が全国から募った絵画と版画の入選作品展が開催されていた。
そして企画展はというと…エルメス×上海美術館の「シルクスカーフの旅」!
一羽の鳥が主人公となって、ストーリー仕立てになっている、とてもステキな展覧会だった。

Sn390392さて、国が変われば文化も違い、文化が違えば、美術品の鑑賞方法も違うというもの。
この日私がとても驚いたのは、上海の美術愛好家たちの姿でもあった。
1;カメラ
まず、「撮影禁止」の絵看板(カメラに×印がついている)の横で、携帯・カメラ・デジカメなどで撮影する人々。それを見ていて止めにも入らない監視員。中には、気に入った絵の前で、記念撮影する人までいる。
これは入選作品展のみならず、企画展においても同じ!
(…といっておきつつ、ちゃっかりその風潮にならって、私も写真をとってきましたが)
中には一眼レフ片手に、数々のカメラ道具を駆使して(作品によってレンズも使い分け)いる、プロ顔負けの人もあった。
2;座る
映像作品の上映は、座ってみるのが基本らしいこと。
立っている人は、移動する人のみ!
3;モノを売らない
そして、日本では企画展につきものの「図録」「物販」が、まるでない。
もしかすると、みんな自分のカメラで撮影してしまうから、図録を作っても売れないのかもしれない?なんて思わず
想像してしまうほど。
「あとで図録かポストカードを買おう」と楽しみにして、撮影を自粛した私としては、とても残念だったのだけど…。
4;人数・愛好層
この日は日曜日、しかも国慶節という秋のゴールデンウィークの最終日で、上記の企画展の最終日でもあった。
もし同じ展覧会が東京で行われていたなら、数時間待ちを覚悟しなければ入れないような規模のものである。
のに!
ゆったり見られる程度の人数しか、いないのである。
それでも一緒に歩いてくださった中国の若者は「とても人が多いですね?!」と驚いていたくらい。
こんなステキな作品群を前にして、なんとも贅沢な話ではないか…。
そして、内容が内容だったせいか、若者の姿が目立った。

Sn390379企画展の内容はというと…
謎解き形式の物語を軸に進められる展示、最初の作品は、大きな正方形の封筒。
「正方形」と聞いてピンときた方があるかもしれないが、ご想像のとおり、これがシルクのスカーフなのである。
これに限らず、展示されているものの殆んどがエルメスのスカーフ!
次の部屋では、おそらくこれもシルクだろうが、紅い紐に囲まれた中で、卵型のライトが幻想的に佇んでいる。
会場内にはところどころに紅い鳥の羽根がつけられ、道しるべになっていて、物語を記した中国語と英語の案内板が、「旅」へ誘ってくれる。

私がステキだなと思ったのは、シルクのスカーフと、それにかかわる中国の文化が一緒に展示されていること。
Sn390380Sn390381Sn390382 
 
 
 
例えば清代の色絵皿が一緒に飾られていたり、
伝統的な「提灯」の火屋の部分がスカーフになっていたり、
少数民族の刺繍が一緒に展示されていたり!

海をイメージした展示では、芝居の書割のような海の中、電動で動く波の間を縫って、帆船をデザインしたスカーフが、やはり電動仕掛けで揺れている。
その同室には、風水盤(風水で方角を見るためのもの)が、羅針盤よろしく展示してあったりするのだ。
エルメスがパリに馬具店を構える少し前の時代は、パリの文化人たちがシノワズリ(中国趣味)に魅了された頃でもある。パリ市内に残るある文豪の家では、一室がまるきりシノワズリだった。壁は漆黒に塗られ、景徳鎮の大きな壷が飾られ、中国美人の描かれた絵画や扇が、部屋の壁という壁に展示されていた。
この展覧会を見ていて、私達外国人から見た、中国に対する美術的な憧れを垣間見るような思いがした。

ストーリー仕立てもだけれど、いろいろと工夫を凝らした展示は、美術展を見慣れない人たちにも喜ばれたよう。
とある一室では、壁の東西がモノクロ/カラーに塗り分けられ、その丁度境目に吊り下げられたスカーフが表裏でやはりモノクロ/カラーになっていたりした。

Sn390383Sn390385Sn390384 
 
 
 
また他の一室では、壁一面に等間隔につきたてられた刀の間を、紅い紐状のスカーフがすりぬけていく展示も。(おそらく壁の向こう側で、磁石で動かしているのだろう?)
はるはその展示が気に入って、「ヘビ!」と言って、何度も同じ場所に立ち戻って、動くスカーフを見ていた。

そして展覧会を見終えると、四川先生からも「面白い美術展もあるんだね!」という、嬉しい一言が。
そうです、美術って、面白いものなんですよー。
これをきっかけに、家族で美術館にいける機会ができるといいなと思うのと同時に、「お休みの日には美術館に『楽しみに』行く」という親子のお出かけのスタイルができやしないかと、目を光らせる私なのでした。

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October 15, 2007

上海旅手帖/長江をのぞむ

Sn390356遊覧船、というものに乗ったのは、何年ぶりだろう?
外淮からゆらゆらと川を遡って、北東に広がる長江へ。
往復3時間ほどの旅程である。

川から眺める上海の町並みは、陸からそれをのぞむのと違って、ひどく工業的だ。
大小さまざまなクレーン車立ち並ぶ大きな工場、ガスの工場。小さな船の窓外は、美しい町並みとはちょっと異質な風景。
乗り込む人々は、私達のような海外からの観光客の他、地方からの客とみえる家族連れが多い。
お菓子や飲み物を各自持ち込んで、飲み食いしながらのんびりと船旅を楽しんでいる。
自分たちだけでは絶対に選択しなかったであろう観光手段。新鮮な感じがして、面白い。

Sn390354はるは、船着場までの間で、露天商が売っている玩具を買っていただき、なんともご満悦の様子。
「ねずみさん、チューチュー」と言いながら、散歩させてあちこち歩く。
実にシンプルな玩具で、材料は輪ゴム・石・紐・スポンジ。
真ん中をくり抜いて輪ゴムを通した石が、紐を巻きつけられ、スポンジ製のねずみの皮をかぶって、ころころ回っているだけのものなのだけど、これがなんともうまい具合に、ねずみがしっぽをふりふり歩く愛らしい姿に見える。
歩いているうちはまだよかったのだけど、狭い船内のこと、はるからこれを取り上げ、椅子の脇のテーブルに置いていたことで悲劇が起こってしまった。
出航後間もなく、船室の一角(テーブルを囲んだソファ席や、ベンチ席になっている)に座っていた私が、配られた乗船記念品を仕舞うため、一瞬鞄に目をやった瞬間のことである。
自分でなんとかしようと手を伸ばしたはる、その時折悪しく舟が揺れ、口をテーブルの角に激しく打ち付けてしまい、上の歯茎と唇をつなぐ腱を少し切ってしまったのだった。
口は血だらけ、上唇は映画「グリンチ」に出てくる妖精「フー」のように腫れ上がってしまった(それはそれでかわいい姿ではあったのだけど)。
かわいそうに。
(船上などは、万が一こどもに何か起こった時に、緊急な手段が取れないところが怖い。今回は軽症で済んだけれども…)
はるは少しすると口の痛みもどこへやら。
四川先生も私も優しいので、すっかり気分を良くして、甘えん坊大王と化していた。

Sn390361川岸に土手以外の何も見えなくなってくると、いよいよ長江が間近に迫ってきたサイン。
そこから10分も揺られると、まるで海のような、対岸を見ることのできない大河が眼前に姿を表した。
心なしか、水の色が違うように見える。
これが長江なんだ、と、船尾に翻る国旗とともに、悠久の歴史に思いを馳せてみる。
長江に入ると、船はぐるりとUターンをして、もとの川路を引き返し始める。
大河を眺められるのはほんの少しの時間なのだけど、風に吹かれ、陽射しを浴びて、はるも「船、いいねー」と喜んでいる様子。
家族写真もとっていただいて、中国滞在のとても良い記念になった。

Funeところで…
総勢5~6名の、船のサービス員たち。
お土産を配り終えると、どうやらその後は到着まで休憩時間らしい?!
テーブル席の一角に座って、持ち込んだおやつを食べ、携帯をいじり、ついには船内据付のカラオケをつけてBGMがわりに遊んでいる模様。写真の女の子は、両足をソファに投げ出して、ゲームに興じている。
上海到着の10分前くらいになったら、全員でいそいそとお化粧直しをして、お見送りに備えていた。
なんというか、驚いてしまう。
気楽でいいアルバイトだな~と、見ていて羨ましくなるほど。

Sn390362さて、帰路についた船の中では、もうひとつの事件が。
ランニング姿で寝ていたおじさんが、突然むっくり起き出して、チャイナ服を着出した。
そして足元から取り出したのは…サックス!
これで1F船室、2F船室、甲板と、演奏旅行に出かけ出す。
「大学で日本語をやっていました」とカタコトを話すおじさん、じいっとサックスを見るはるのことが気に入ったらしく、何度も私達の目の前に来て演奏してくれた。
曲目は「北国の春」「さくらさくら」など…
上海につくと、普通の乗客と同じように、乗船記念品を持って去っていった彼。
サービス側の人ではないようだけれど、一体何者だったのでしょう?
そんな不思議な人がいるのも、なにやら中国的なおおらかさのよう…

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October 14, 2007

上海旅手帖/懐古的上海料理

Sn390366ここは、昔の修道院・孤児院だった建物。
1868年に、フランスのカトリック系修道士たちによって建立されたのだという。
今は「上海老站」といって、上海料理のレストランに生まれ変わっている。
「站」というのは、駅のこと。
「老站」は、古い駅、という意味だ。
その名の由来は、中庭に据えられた2台の機関車。
私達が訪れたのは夜だったため、ライトアップされたその姿をいくつものテーブル越しに見ることしかできなかったのだけど、1台は西太后に愛された列車で、もう1台は宋慶齢の(孫文の奥様)プライヴェート列車だったというのだから、驚いてしまう。
予約時にお願いすると、列車の中で食事をすることもできるのだとか。
Sn390364Sn390367元修道院だけあって天井が高く、白とダークブラウンを基調にしたインテリアが、とてもシック。
それだけではない。
このお店のステキなところは、長い廊下にいくつかのガラスケースが据えられ、ミュージアムさながらに、かつて使われていたガラスの食器類や、古い写真、日用品などを眺められること。
壁には古い上海の写真が飾られていて、自分がタイムトリップしたような気分に浸れるのだ。
長い廊下を中心に小分けに区切られた部屋が立ち並び、学校のような雰囲気もあるのは、孤児院に使われていたことも影響しているのかもしれない。
ぼうっと立ち尽くしていると、食事を楽しむ客達の話し声や、厨房から聞こえてくる調理器具や材料が奏でる多彩な音楽が、一瞬、潮騒のように遠のいて、石造りの壁のあちら側から子供たちの笑い声が聞こえるような気すらする。
もちろんそれはセンチメンタルな幻想に過ぎず、現実には、甘やかされた小皇帝(うちにも一人いる)の声、なのだろうが。

Sn390369

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October 13, 2007

上海旅手帖/アールデコの摩天楼

向かい合って建てられているふたつのホテル・花園飯店と錦江飯店、そのどちらもが、アールデコ建築である。

日本人が好んで宿泊する花園飯店、現在はホテル・オークラの所有となっているホテルは、かつては「世界一のコスモポリタン・クラブ」として名を馳せた場所だそう。現在はパーティ会場(大宴会場)として使用されている場所の天井には、アールデコ様式の大きなステンドグラスがあるのだという。
(実は私、中学生の頃、一度このホテルに宿泊している。もちろん当時そんな素敵なものと知る由もないから、「素敵だな、また来たいな」と思っただけ。今となっては口惜しいような気分。探検しておけばよかった!)

Sn390348今回は、錦江飯店を中心に見学してきた。
天高く聳える、アールデコ・スカイクレイパー様式(というのだそうだ)の貴賓楼、かつては外国人のための高級マンションだったのだそうだ。
いくつかの似たような建物が林立するこの一帯(もちろん現在は、全てがホテル錦江飯店)、ふたつの高級マンションとそれに付随した建物だったよう。
向かい側にクラブ(現・花園飯店)があったため、もちろん高級マンションは大当たり。上海で最も人気のあるマンションに数えられたという。
このマンションに入っていたレストラン「錦江飯店」が、現在のホテルの由来となったそうだ。

Sn390346玄関から貴賓楼に至るまで、私達は錦江飯店のトレードマークになっている、アイアンワークのアールデコ紋様をいくつも目にすることになる。
この美しい紋様がつけられたドアが整然と並ぶ様子は、本当に素敵!
壁の茶色、門を縁取る白い飾りレンガ(ここにもアールデコ)、そして黒いドア。
このコントラストが、なんともたまらない。

Sn390349トレードマークが美しいというのは、何にもました装飾になる、と感じた。
それが、このステンドグラス。
おそらく当時のものだろう。
アイアンワークのトレードマークに、カラフルなパステル色のステンドグラスが添えられているのだけれど、このガラスが気泡と不純物を含み、もちろん表面はでこぼこ。
その風合いすら、美しく感じられてしまうのだ。
時代はアールヌーヴォーからアールデコへ、そしてモダンへと流れ、人の手の感じられるものから機能的で合理的な抽象化へと進んでいくけれども、それを構成しているこういうガラス1枚のどこかに、当時の人たちの息遣いが感じられる。
なんだかそれが、私にはとても愛おしく思える。
時代を超え、美しいものを引き継ごうという、その時の人の真摯なこころそのものに思えるから。

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October 12, 2007

上海旅手帖/魔都、夢のあと

Sn390332門をくぐると、緑の庭園が忽然と姿を現した。
今はホテル・瑞金飯店になっているこの場所、その昔はモリス邸といって、当時の極東最大の英字新聞を創業した人の息子によって作られたそうな。
イギリス式のレンガ造りの建物並ぶ一角は、イギリスを舞台にした物語を髣髴とさせるような趣もあって、突然そこらの茂みから、いたずらな野うさぎが出てきそうな気配さえある。(現実には、黒い猫が、しゃなりしゃなりと歩いていたのだが)
WWⅡ時はイタリア領事館となり、戦後は共産党の所有のもとで毛沢東や江青、蒋介石夫妻などの政府関係者や国賓を迎えてきた、由緒あるホテル。

その一角に、アヘン取引のアジトともなった場所が、あるという。

Sn390335_2この優雅な、しかし時を経て、どこか不気味な貫禄さえも感じさせる建物は、日本人建築家の作ではないかと言われている。旧丸ビルや上海日本領事館を設計した・平野勇造という人。彼は、カッペレッティの弟子としても知られ、渡米し苦学の末にカリフォルニア大の建築科を卒業して活躍した。(ちなみに、カッペレッティは、明治時代、日本で初めて西洋式の美術教育を行った工部美術学校に招かれ、建築科の教鞭を取った人物として知られる)
モリス邸の敷地の一部を買い取った三井洋行の上海支店長が邸宅として使用していた建物で、「三井花園」と呼ばれたそう。

Sn390337現在は、瑞金飯店の4号館となり、1F部分はバー、2F部分はタイ料理のレストランとして、使用されている。
外国人に人気のあるバー「Face」として知られる場所だというのだが、外国人好みというべきか、洋館の中は「東洋のエキゾシティズム」を感じられる設計になっていて、「Face」の名が示すように、あちこちに仏頭が飾られている。
Sn390339Sn390340それだけではなく、インドの神々、ガネーシャ(象頭人身)や、ガルーダ(人頭鳥身)の彩色木彫などが壁に飾られ、2Fがタイ料理のレストランということも手伝っているのか、タイシルクをふんだんに使ったソファ席などが印象的。(右側、天蓋の上に仏頭がしっかり乗っているのが、ご覧いただけるだろうか?)
実質的に熱心な仏教国だというタイ(憲法上「国教=仏教」ではないけれど、国王は仏教徒じゃないと王位につけないのだそう)を思わせる場所に、仏教美術が肩を並べているのは、何ら不思議はないのかもしれないけれど、なにやら違和感。

Sn390341そんな光溢れ、開放感ある一角に思われる場所でも、一旦日が翳ると、まるで違う風景となって映るに違いない。
タイシルクは月光と薄暗い灯りの中で妖しげな光彩をうねり放ち、神々の像は、昼間とは別の顔(仏教の神々には表裏をなす性格がある)を見せ始める。
天蓋のベッドは、かつてのアヘン吸引ベッドの様相を呈しはじめるだろう。
そう思わずにいられないのは、昼間でもこんなちょっと薄暗い場所には、かつてのアヘン取引の時代を思わせるような妖しげな空気が漂っているからだ。

アヘン、一般に良い印象はない。
精神を蝕み、時に死に至らしめる、危険なものだ。
しかしそれは、心をとろかせるものであったに違いない。
個人的にアヘンに対して格別な思いを持っているのは(もちろん使用についてではないが)、尊敬してやまないジャン・コクトーの存在が大きい。
彼の著書にはその名も『アヘン(Opium)』という作品もあるが、彼自身、アヘン中毒患者でもあった。
愛する人を失い、アヘンにおぼれ、友人たち(というべきか、かつての恋人というべきか!)の手で救われ助けられて、再び創作の世界に戻っていく。
ちなみに、そのアヘン中毒の治療中に書いた作品が、きっと皆さんご存知の代表作、『恐るべき子どもたち』なのである。
コクトー崇拝者にとって、アヘンに対しての格別の思い入れが至極必然のことであると、おわかりいただけるだろう。(さすがに自分も試してみる気にだけは、なれないのだが。)

このピンク色の、きっと建築当時はもっと色が鮮やかで美しかったろう壁の内で取引された「甘美なる快楽の源泉」。
人々や国々の欲望を飲み込んで大きくなった魔都の名残を、思わせる。
もし次にここを訪れる機会があったなら、夜を選ぶだろう。
時が醸造した雰囲気の中で飲む酒は、特別なものとなるに違いない。
今はその場所で、幼子さえも戯れる、一見のどやかな場所にすらなっているのに、夜には、この場所本来の顔を取り戻すように思えてならない。
Sn390342

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October 11, 2007

上海旅手帖/旧フランス租界へ。

Sn390331上海の町並みを車で通っていると、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる時がある。
ヨーロッパの街にいるような錯覚。
それは全て、租界時代にもたらされたヨーロッパ文化と、租界解放後もその文化をよしとして受け継いできた人たちの歴史によるものなのだと思う。

ふとした街角の、窓枠や壁の装飾だったり、あるいは建物そのものが、まだここがフランスだった頃の名残。
もちろん新しい時代の暮らし方で彩られているのだけど、どこか懐かしい雰囲気を残していて、差し込む光さえもどことなく柔らかなように感じる。

Sn390330漢字の看板の奥に佇むアパルトマン(上海では里弄というのだそう、だけど思わず、アパルトマンと、そう呼びたくなってしまう)も、その時代の名残だろう。

横浜や神戸の異人館では、ミュージアムとなった昔の洋風の暮らしが垣間見られるけれども、ここでは、街全体にそんな素敵な洋風建物がちりばめられ、そしてまだ現在も現役の生活の場として活用されている(ただし、時代を経てきた建物は、やはりお高いのだとか!一部の大型邸宅を除いて、ほとんどが個人の所有になっているというのも驚き)。

上海の外国風建物、というと、旧アメリカ・イギリス租界だった外淮(バンド)が有名。
皆さんここをご覧になるのが通例だとか。
だけど、写真やTVで良く観る風景よりも、なにかもっと時代や町が積み重ねてきた時間の空気感を肌で感じられる体験の方に、心惹かれるではないか。
なにげない場所に、昔の人たちの面影を見られる方が、私には魅力的。
…なんて、わがままを言って、家族やNさん、そしてご案内くださるNさんの会社の社員さんを巻き込んで、上海を練り歩く。片手には、素敵な建物を知ったきっかけ、にむらじゅんこさんの『フレンチ上海』という本を持って。
明日からは、その「フランスの名残」を、ご紹介しよう。

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October 10, 2007

上海旅手帖/上海雑技

Sn390320雑技を見たのは、初めての体験。
もちろん北京にもあるけれど、自分たちではあまり観ようとしたことがなかった。
が、Nさんのオススメで、上海初日の夜、雑技鑑賞に連れて行っていただいた。

「度肝を抜かれます。」というNさんの言葉、最初は何を意味するのかわからなかったのだけど、観はじめてからよくわかった。
予断を許さない(つまりとても危険な!)技の数々。
笑顔の影で命を張って芸に打ち込む芸人の姿がそこにあった。

Sn390322例えば椅子の上に椅子を重ねて、どんどん自分も上にのぼっていきながらポーズをとる少女。
時には椅子をナナメにして、その上で倒立をしたりする!
身長よりも高い、金属の輪を、後ろ向きのバク転で通り抜ける少年。
しかも金属の輪は、電動でぐるぐるまわっている!
どの技も、一歩間違ったら、大怪我につながる危険なもの。
こちらは終始ハラハラドキドキ。
間に、フラフープを体中にからませて造形するものや、帽子をつかったジャグリングなど、ひと息つけるショーもはさんであるのだけど、なんといってもあらゆる意味で「恐ろしい!」の一言に尽きるのが、最後のビッグ・ショーだった。

Sn390325中央の地球儀のようなもの、金属でできているのだけど、なんとこの中に、バイクが入っていて、ぐるぐると左右に、あるいは上下に回っている。
それが、1台のみならず、もう1台追加、さらにまた1台…と増えて、最終的に4台が、この中でぐるぐる追いかけっこをするのだ!!!
バイクとバイクの間は、本当にギリギリの幅しかない。
一触即発状態のまま、ふかされるアクセルが一定のリズムを刻む。
クラクションが鳴らされると、それまでのフォーメーションを変えて、2台ずつ左右/上下を回ったりする。もちろん頻繁に交差したりもするのだから、観ているこちらは気が気じゃない。
心臓がバクバク言って、恐ろしかった。
一体、どうやったらこんなことを興業として思いつくのだろうか?!

雑技、私と四川先生は、最後のバイクにやられて毒気を抜かれた思いだったのだけど、約1名とても興奮してしまった人が。
はるは、最初に出てきた獅子舞の原型のようなものがお気に入りになってしまい、翌日も翌々日も「赤いライオン観にいこう!」とせがんでくるほど。
途中途中のショーでも、音楽に合わせて一緒に踊っていた。
昨年クリスマスに観にいったこども向けのショーでも、こんな嬉しそうな顔しなかったのに!
バイクのショーでも、ひとりキャッキャキャッキャ言っていた、はる。
意外と肝が据わっているのかもしれない。
自分たちのDNAを受け継いでいるはずなのに、明らかに違う人格だなぁ…と変な関心の仕方をした、夜だった。

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October 09, 2007

上海旅手帖/豫園

Sn390315上海に来た観光客が、必ず立ち寄る場所。
それが、豫園、東方明珠塔、私達世代の若者なら新天地、あとはさまざまなグルメのお店なのだとか。
上海を訪れる人たちは、食を求めるか、ショッピングを求めるか、が多いのだそうだ。
その両方を兼ね備える場所が、ここ豫園である。

唐破風の建物の中は全てショッピング街。
そして豫園の中にある「南翔万頭店」は、小龍包がおいしくてとても有名なお店だという。
時代を反映するかのように、中にはSTARBACKS COFFEEなどもあるのだけど、「中国らしい」買物を楽しめる一大ショッピングエリアでもある。
建物の中では飽き足らず、露天商も多いこと!
Sn390311Sn390312Sn390313漢字や龍、十二支がモティーフの吊り飾り。瓢箪で作った笛。カラフルな獅子舞の玩具や人形。
勢いあるこれらの色彩に、飲み込まれそうになる。
入り混じった色彩からは、楽しげな、うきうきした感じが伝わってきて、豫園そのものの活気とあいまって、こちらの気分も(買物に向けて?)高揚してくるようだ。
こうした屋台露天商のみならず、地べたに座って商いをする商人も多い。

Sn39031610/1~10/7は国慶節といって、秋のゴールデンウィークのようなもの。
海外旅行客だけではなく、国内からの観光客もあふれかえっている。
建物の中では、お茶や食べ物、玉(翡翠)、真珠のほか、中国人がことに好むという金を売るお店がたくさん。
ふと見上げたら、建物の上から、金の神様(?)が見守っていた。

Sn390318Sn390317賑やかな街は、夜になってもまだまだ賑わう。
建物のひとつひとつが電飾にふちどられて金の殿堂になるのに加えて、国慶節ならではの赤い肉まん型提灯にも彩られ、まばゆいばかり。
この写真の場所、上海老飯店でお食事をいただいたのだけど、国慶節は結婚式ラッシュでもあるようで、お食事をいただいた2Fでも、下の階でも、結婚式を行っていた。クローズドの環境ではなく、一般の客も同じフロアで同じように食事をする。さらに、それぞれマイクを使っていて音も大きく、上の音も下の音も全体に筒抜け。
その状態で、競うように結婚式が行われるのだから、その喧騒たるや!
途中セミプロの歌手がラブソングを歌う中、べろべろに酔った(?)新郎が新婦にディープなキスをするシーンもあったりで、こちらの外野も大いに盛り上がり、一緒に祝福ムードに包まれてきた。
もらい福、というのだろうか。
賑やかで明るくて華やかな、上海の夜はふけていく。

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October 08, 2007

上海旅手帖/憧れのまちへ

Sn390304中国赴任の話が出はじめた時、私は四川先生の仕事の都合を省みず自分の好みから「上海がいい!」と言って叱られたことがあった。
中国でありながら、国際的な雰囲気をたたえる街、そしてさまざまな国の欲望と謀略が入り混じった街。
魔都とも呼ばれたその場所を、私が訪れるのはこれで二度目になる。
とはいえ、一度目はまだ初々しい中学生の頃。もちろん街の歴史も背景も詳しくは知らない。
祖母が書道交流の際に、当時中国古代神話に興味を持っていた私も一緒に連れて行ってくれたのだ。

北京と上海、政治の都と商業の都は、気候はもちろん街の雰囲気もまるで違っている。
古くからの伝統を守る文化的な北京と、さまざまな国の文化・風俗の名残か、開放的な上海。
そんな印象がある。
まだ出発前、上海に出かけたという友人が、「北京と上海は、日本で言うなら京都と東京のような、街の空気の違いがあるそうだ」と教えてくれた。

今回の旅は、上海にもお店を出していらっしゃるNさんと、その社員さんたちにご案内いただいての2泊3日間。
自分たちでは考えないようなアイディアに彩られた上海旅行は、「旅」というものの本質を考えさせてもくれる素敵な体験でもあった。
新しい価値観に出会うこと、新しい文化に出会うこと、その体験を通して、自分の中に何かを積み重ねること。
皆さんお察しのように、私には例のごとく「見たいもの」のこだわりがあり、その夢も叶えていただいた。

今回の旅で私が観たかったもの――
それは、フランス租界の名残。
1920年代~30年代のアール・ヌーヴォー、アール・デコ建築。
そこから時代を少し下り、モダン建築に移行する過程。
それからもちろん美術館。

奇しくも、Nさんが手配してくださったホテルはフランス資本。
朝のビュッフェには、焼きたてのバゲットにクロワッサン、パン・オ・ショコラ、ペストリーなど、パンの種類も豊富。
サラダバーにも、アンチョビやケーパーなどがお目見えして、少しフランスの息吹を感じる。
インテリアはアジアン・モダンスタイル。
Sn390309ロビーの一角には、漢字をモティーフにしたアート作品とともに、細工を凝らした鳥かごが並べられていたりする。
ここを拠点として、3日間、存分に上海を満喫してきた。
その過程は、ゆっくりとお話することにいたしましょう。

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October 07, 2007

太公望のいちにち。

Sn390275Nさんに誘っていただき、Nさんの会社のレクリエーションに混ぜていただきました。
北京郊外にある、寛溝という川は、水源の安全を北京市が管理していて、きれいに保たれているそう。そこにある釣堀が目的地です。

錆びた船やオールが岸に乗り上げ、黒いトンボ(カゲロウのようなトンボのような不思議な生き物)が飛び、遠景の山々には霞がたなびいて、風に柳の大樹が揺れる…そんな風光明媚な景色の中で、釣り糸を垂らす体験。
Sn390274もちろんまわりは釣り好きのおじさんたちに囲まれています。
中には、こんなレトロな帽子姿の、見るからに「太公望」といった感じのおじさんも!
釣り堀とはいえ、提供されるサービスは「場所がある」という、実にシンプルなもの。頼むとエサを提供してくれるのですが、釣り道具一式は持ち込みが基本。
見ていると、手だれの太公望たちはエサも持参していて、それにちょこちょこと細工がしてあるようです。

のどかな光景の中、太陽の光を反射する水面を見つめつつ、釣り糸を垂らす。
釣りの楽しみって、魚が釣れることだけではなく、実はこんな風景に自然と癒されることも含んでいるのではないかしら。
と、のんびり構えていたら、早くも音をあげだした人が。
何もせずに待つのが大の苦手の四川先生、それにもちろんミニチュア四川先生。

しかしどうも夫婦というのはうまく出来ているもので(?)、四川先生と私がお互い分担すると、とっても良いことになるのです。
私の方は、エサのつけ方が下手で、すぐに流れてしまうし、あまり遠くに投げ込めないという弱点もあり、エサがすぐに流れてしまうのでこまめに投げ込まなければいけないのが面倒…。
四川先生は、何もせずにいるのが苦手…。
そこで、四川先生がエサ付け&投げ込み専門、私は待つの専門で、お互いご機嫌な分業体制の確立です。
Sn390279ちなみにミニチュア四川先生は、パパの真似をして投げてみたくて、足元の小石を投げ始め、太公望おじさんに叱られました。

ここの釣堀では、鮒の一種だという魚がつれます。
ところが、鮒とはいっても、大きい!
だいたい20cm前後で、大きいものは40cm以上の魚までいるのです。まるで鯉のよう!
釣り上げた魚は、重さを量って、料金を支払って持ち帰るシステムです。
魚を量るのは、こんなレトロな秤。
Sn390283ビニール袋に包まれた魚が、びちびち動きながらこの秤の洗面器(?)に置かれて、計量されるのです。
量られている間に、ビニール袋がぐねぐね動くのが面白い。
魚は苦しくて必死なのでしょうけれど…それを釣堀主人一家のペットらしき犬が、不思議そうに見つめていました。
まだ子犬なのですが、その犬が怖いのが、はる。
横をよちよち歩いて通っていくだけで、悲鳴をあげながら「犬こわいよ!こわいよ!」と言って、私によじ登ってくるのです(笑)。
本の中の犬は「かわいいねぇ」と見ているのに、本物には恐れをなしているよう。
自然に触れることって、こどもにはいい勉強ですね。

さて。
この日一匹も釣れなかった私達でしたが(笑)、今度は日本で、リベンジ釣りに行きたいねと話しているところ。
はるに、魚を釣って見せてあげたいものです。

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October 06, 2007

こどもの感性。

Sn390254来年開催される北京オリンピックのマスコット、5体がかわいい、というお話、以前にもご紹介しました。
その頃は言葉が満足に話せなかったはるも、近頃はとても達者に「はる語録」更新中。
おしゃべり上手になったはるが、このマスコットたちに対しても面白いことを言い出したので、再びご登場願った次第です。

「ペイペイ」、「ヂンヂン」、「フアンフアン」、「インイン」と「ニー二」。
それぞれ、魚、パンダ、オリンピックの聖火、チベットカモシカ、ツバメなのですが、はるにとっては、違って見えるよう。
左から、「あおいちょうちょ」「かぶとむし」「てんとうむし」「はち」「ばった」なのだそう。
はるがそう考えるのに至ったのには、色彩が関係しているようなのですが、たしかに、そう言われてみればそういう感じも(パンダはちょっと難しいけど?)してきます。

こどもの感性って、面白い!
とつくづく思いました。
こどもの自由な目に、想像力を失いつつある大人として、いろいろ教わっているような気持ちになります。
こどもは偉大だな。

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October 05, 2007

豆漿だいすき。

Sn390262近頃、朝ごはんに欠かせない一品になっているのが、豆漿――つまり、豆乳です。
昨日ご紹介したバラ味ウーロン茶を買いに、セブンイレブンに行ったときのこと。
横からすごい勢いで突進してきた若い男性が、目の前にあった豆漿をありったけ(7個くらいでした)籠に放り込んで、また疾風のように去っていったことがあったのでした。
あんなにすごい勢いで欲しがるものって一体?と思ったのだけど、一度試してみて合点!
とってもとっても、まろやかでおいしいのです。
こんなに豆乳を飲むのは、2005年末の入院以来(「俄病人入院記2」ほか参照)。
入院時に気に入って日に3~4度も飲んでいた豆乳は200mlほどの紙パックだったけれど、こちら太っ腹な中国では500mlが当たり前。
そして材料は、水と蔗糖と豆のみ、というシンプルさでありながら、格別の美味しさ。
どんなメーカーのものを購入しても、そのシンプルさゆえか、失敗がありえないのは、すごいことに思えます。
とにかくおいしい。
あっさりしているし、癖が少なくて、とてもまろやかでほの甘い。
はるも四川先生も私も、すっかり虜になってしまいました。

朝に豆漿、というのは、実は台湾の習慣。
台湾では、朝ごはんに、豆乳と油条(いわゆる、あぶら麩)を食べるのだと現地で聞きました(豆乳に油条を浮かべていただくそう)。
数年前の台湾旅行後は、それに倣って一時期豆乳スープを毎日朝ごはんにしたこともありました。
(ミックスベジタブル+豆乳をレンジで加熱して、醤油をちょいとたらしていただきます。お好みでご飯を添えてもおいしいですし、油条代わりにカリカリのフランスパンを付け合せても、よく合います。フランスパンの場合は、スープに浮かべるのではなく、別々にいただく方が私の好み)
そんなことを思い出して、気をつけて見てみたら、スーパーで売っている豆漿には「台湾式」と銘打ってありました。

コンビニの他、スーパー、病院の売店などで購入しては、愛飲中。
しばらくこの豆漿ブーム、続きそうです。

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October 04, 2007

三得利の烏龍茶。

ウーロン茶が人気のサントリーは、中国でも人気がある飲料ブランド。
中国語では「三得利」と書くのだけど、日本では見かけないいろいろな味のウーロン茶に出会って、面白いです。
お茶は、地元ブランドの他、三得利をはじめ、NESTLE(雀巣)他、いろいろなメーカーから発売されています。
こちらでは、ペットボトル入りのお茶には、大抵砂糖が入っていてびっくりします。
無糖のものが欲しかったら、「旡糖」という表示を探さなければいけません。もしくは「低糖」と書かれたものを選ぶか。

そんな中で、私が近頃はまっているのが、三得利のウーロン茶。
Sn390202ラベルが見えるでしょうか。
バラの味の、ウーロン茶なのです!
低糖で、ほんのりバラ味。
起きがけに飲むと、頭がすっきりするし、バラの香りで幸福感が味わえて、なんだかいい一日がはじまりそうな気分になります。
(ちなみに「中国人はみんなウーロン茶を飲んでいる」と誤解されている方へ;地域によって、日ごろ飲むお茶は違うそうです。例えば私達が暮らしている北京では、花茶と呼ばれるジャスミン茶(茉莉花茶)が好まれ、南に下ると緑茶が好まれているのだそうです)
他に、レモン味のウーロン茶もあります。
日本の「サントリーのウーロン茶」の味に比べると、お茶の味が控えめに思えるのは、もしかすると砂糖のせいなのかもしれませんが、バラ味はぜひ日本でも発売して欲しい~!
本当に、とってもおいしいのですよ。
(私はそれを、近所のセブンイレブンで手に入れています。サントリー、セブンイレブンとくる、とっても日本ナイズされた生活ですよね)

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October 03, 2007

ニーハオさん。

ある日のこと。
いつものように、お掃除をしてくれる二人の女性が、帰っていったとき。
「あーあ、ニーハオ、いっちゃった。」
と、はるがため息をついたのだった。

はるが言えるようになった中国語は、ニーハオ(こんにちは)、シェシェ(ありがとう)、ツァイチェン(さようなら)と、暮らし向きを反映したような、ダーバオ(料理等の持ち帰り)。
小さい彼なりに、中国語と日本語は違うということ、自分の使っている言葉と相手の言葉は違うこと等、わかっているらしい。

それで、自分が唯一コミュニケーションをとれるのが「ニーハオ」なので、はるにとって中国のひとたちは「ニーハオさん」らしいのだ。
はるがニーハオ、と言うと、ニーハオ、と返してくれる。
そのいっときのコミュニケーションが、きっと嬉しいのだろう。
しかし、はるにとって「ニーハオ」さんは、全員が全員ではない。
日ごろ自分がお世話になっている人にのみ、「ニーハオ」さんの称号が与えられる。
例えばタクシーの運転手さんや、レストランの給仕係の人たちは「ニーハオ」さんではない。
お部屋を掃除してくれる女性たちや、電球を替えてくれたり飲料水のタンクを運んでくれる男性だけが、親しみをたっぷりこめて「ニーハオ」さんと呼ばれる特別な存在なのだ。
(ちなみに、電球を替えてくれたり飲料水のタンクを持ってきてくれる男性は、青いシャツが制服。はるは青が好きなためか、「青いニーハオ」と、一般的な「ニーハオ」さん達とはわざわざ区別して語られる)
飲料水を注文するときには、目をきらきらさせて「青いニーハオ?」と聞いてくる。

中国の人たちは、概して子どもにとっても優しい。また、寛容でもある。
ニーハオさんたちは日常生活の中で、とくにお世話になっている人たち。
はるは、彼らとの交流を、言葉が通じないなりに、こどもなりに、楽しみにしているらしい。

閉まったドアに向かって「あーあ、ニーハオ、いっちゃった。」とため息をつくはるの姿、私達にとっては、なんだかほほえましい光景なのである。

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October 02, 2007

中国茶を買いに。

数年前に日本でも大ブームとなった中国茶。
先日、機会あって簡易な茶館のようなところで、中国茶をいただいた。
その場所は空港だったのだけど、軽くお茶を飲むつもりで入ったお店で、それぞれのお茶の銘柄横に書かれた値段は2000円~5000円。空港という場所柄を除いても、一体何事か?と思いきや、なんとお茶一包みを購入して、その購入したものを目の前で入れてくれるシステム。
そこで購入してきたのが、日本でも「金の烏龍茶」で名の通ったウーロン茶・黄金桂。
さっぱり、すっきりして甘みもあるまろやかな香りにすっかり心満たされた。

それ以来、うきうきと中国茶屋さんに出かけることを夢見ていたのだけど。
このご時勢、農薬の心配もあって、なかなか市井のお店では、手を出せずにいた。
(市井にはよく中国茶のお店があります。私達の住まいの隣にあるスーパーにも、スーパーから一歩出たところに別コーナーで中国茶屋さんがあって、いろいろな銘柄・産地のお茶が並んでいます)

そんな時。
ふとNHKで見たTVでは、高山で作られる高級茶である「武夷岩茶」の製造ドキュメントが放送されていた。
かなりの高山で栽培されるとのこと。
標高が高過ぎて、虫もいないのでは?という安直な考えを元に、武夷岩茶を試してみようということになり、日本人向けの雑誌をパラパラめくってみると、「武夷山茶荘」というお店を発見。
しかもどのお茶も完全無農薬で扱われているという情報が掲載されている!
早速、近隣へのお出かけにひっかけて、四川先生に連れて行ってもらった。


Sn390241Sn390253こぢんまりした風情あるお茶屋さん。
これ、とお茶を指定すると、缶をあけてお茶の香りをきかせてくれる。
最初なので何を頼んだら良いのか迷って、結局日本でも時折求めて飲んでいた「茘枝紅茶」と「武夷肉桂」の2種類をいただくことにした。
50g刻みのグラム売り。
その50gという量の検討がつかずに迷っていたら、とてもキレイな缶を出された。
どうやらそれに入れてくれるらしい。
小さいのを、とカタコト中国語でお願いしたら、二種類のキレイな缶を持ってきて、これにそれぞれ入れましょうか、と言ってくれた(なかなか気が利いている!)。

Sn390240その間、武夷岩茶のポピュラーな(そしてとても高級な)お茶、「大紅袍」を、茶芸形式で入れていただく。
蓋付きの茶杯を急須がわりにお茶を抽出して、茶海(抽出したお茶をまず入れておくもの)から、聞香杯・飲杯へ。
背の高い聞香杯は、その名の通り、お茶の香りを楽しむ器。飲杯で味を楽しむ前に、聞香杯でその香りを楽しむのだそう。
お茶を入れてくれた、背の高い彼女は、産地・武夷山の出身だそう!

Sn390252購入したお茶、あけてみたら、蓋の形がつくほどぎっしりと詰めてくれていた!
こういうスタイルも中国的な気がする(笑)。

茶館やお茶葉の市場など、本場にいる間に中国茶の魅力をたっぷり味わいたいものだ。

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October 01, 2007

はる、初恋?

Sn390243同じマンションに、一人だけはると同年代の子がいる。
インド人の、ウーシャちゃんだ。
彼女ははるよりも半年ちょっと年下。
それでもとっても利発で、くりっと大きいビー玉のような目がとってもかわいらしい女の子だ。

最初に会った時、はるはウーシャがほっぺにチュウをしてくれようと寄ってきたら、恐れをなしてしりもちをついて逃げ回ったほど!
だったのだけど、外出帰りに偶然再びまみえたときには、すっかり意気投合。
マンションの入り口をずーっと走り回って、しばらく遊んでいた。
一度部屋に戻ってからも、また「ウーシャ、ウーシャ」という。
四川先生いわく、これははるの初恋に違いない!と。
これだけ嬉しそうにしてるんだから、親がサポートしてやらなきゃ、とそそのかす。
それで私は再び、マンションのエントランスに行って、彼らの遊びに付き合わねばならなかった。

お互いに言葉がわからないのに、言語以前のコミュニケーション手段があるのか、それとも言葉なんて子供達の前ではいざとなると意味のないものなのか、お互いの真似っこをしたり、追いかけっこをしたり、とても仲良く遊んで時間がたっぷり過ぎていく。
ウーシャが笑うときは、はるも満面の笑み。
やっぱり、初恋(笑)?

ウーシャのパパは英語ができるのだけど、ママの方は中国語も英語もあまり得意ではないらしい。
だから、ママ同士のコミュニケーションはあまりスムーズにはいかないのだけど、お互いに通じるはずもない母国語で、ちょこちょこ話をしている。
まだおむつか?と聞かれてみたり、まだ母乳は飲んでいるか?と聞かれてみたり、食事はいつも家でするのか?と聞いてみたり。
身振り手振りでのコミュニケーション、通じているのかどうか、いまひとつわからないけれども(笑)、結構楽しいものだ。パントマイムでも習っておけばよかったと思う。

さんざん遊んで、夜。
家に帰ってきても、なかなか寝付かなかった。
「寝たら、明日またウーシャと遊べるかもよ?」
と言うと、満面の笑顔で、「ウーシャ、いいねぇ~!」。
翌朝起きてすぐに、「ウーシャ、いっしょに、遊ぼうか」と言い出す始末。

彼女に会いたいがために、目下奮闘中のトイレトレーニングにも熱が入るのは、恋する男のひたむきさゆえ、でしょうか。
とはいえ、おじいちゃんおばあちゃん等にそれを報告されると、照れて「ウーシャ、いや!」と怒り出す一面も。
いくらこどものこととは言っても、ひやかしちゃいけないものですね。
ニヤニヤして見守る、四川先生と私なのでした。

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