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September 09, 2007

菊のお節句に。

7月半ば以来、二ヶ月弱、すっかりお休みしてしまいました。
皆様、暖かいお言葉をありがとうございました。
体調も安定期に入り落ち着いてきたものの、一人で隣のスーパーに外出したら脳貧血を起こして倒れたり、いまいち「もう大丈夫!」と言い切れない日々を過ごしています。
とかくがむしゃらに、好奇心に向かって突き進む私を、無理は禁物、とおなかの中から諌められているようでもあります。

それでも、以前のようにずっと寝ていなければならない生活からは腰を上げ、家事をこなしたり、PCに向かったりということもできるようになりました。
最近では、日本食材の買出しや外食に、週に1度か2度は外出しています。
北京の町も、ようやく1箇所だけ、ずっとあこがれていた文具街(琉璃廠といいます)に出かけられて感激。
まだまだ調子に乗って外出するわけにはいきませんが、ゆっくりゆっくりのペースで、帰国までのわずかな時間を過ごせればと思っています。

さて、今日は菊のお節句。
重陽です。
このお節句の由来となったのは、ここ中国のあるひとつの伝説です。
「菊慈童」というお話しで、古代中国・周の王とその寵童だった震旦国の王の慈童という少年の愛の物語。
あるとき慈童が、王の寝所を片付けようとして、うっかり皇帝の枕をまたいでしまいます。
中国では「天・地・人」という発想があり、天と地の間をつなぐ「人」のトップである王は神聖な存在でした。
その王の頭をのせる枕を足でまたぐのは、王の頭をけるの同罪とされ、少年は流罪に処せられます。
深山幽谷、山々に霧のかかる、水墨画の世界をご想像ください。
その色彩も朧な世界、鳥さえ鳴かぬ山奥の谷、誤って入ったら二度と出られないその場所に、彼はたった一人で住むことになります。
そこには菊が美しく咲いていました。
王は慈童を手元に残しておきたいけれども、どうすることもできない。
そこで少年にひそかに、彼の身を守ってくれる思いを託して、ある経を授けます。
少年はまた王を思い、この経を忘れまいと、自らのそばにある菊の葉に、その経を書き付けました。
すると、菊の葉から滴る露が、甘露となり、谷の川に流れ込んだといいます。
この川の水は甘く清しく、これを飲んでいた下流の人々は総じて長寿だったそう。
そして慈童は800年もの生を、少しも老衰を見せずにいつまでも少年の若々しさで、この谷でひっそりと過ごしたと言い伝えられています。

この舞台となったのは、南陽郡レキ(漢字が出ません)県甘谷、今の河南省の北西五十里ほどの場所とのこと。
今回の中国滞在では(体調のこともありますし)訪れる機会はありませんが、いつか舞台を見てみたいような、勿体無いから想像の中にずっと閉じ込めておきたいような。私の大好きな物語なのです。

物語世界に視覚的に触れられるのは、なにも実物だけではありません。
想像力の中から生み出されたすばらしいいくつもの「菊慈童」の世界があります。
お芝居などにもなっているそうですが、ここはひとつ、美術のお話しを。
東京国立博物館に、これまた私が一番好きな美人画浮世絵師・鈴木春信の「見立菊慈童」という作品が収蔵されています。私自身はまだ展示にめぐりあったことはなく、いつもミュージアムショップのポストカードでのみのご対面ですが、ご興味持たれた方はぜひ、見てみてくださいね。

復活1本目にしては長くなりましたが(笑)、最後に、菊の節句の過ごし方を。
昔はこの「菊慈童」の伝説に基づき、菊の花びらを浮かべたお酒を飲んだり、菊の朝露を含ませた真綿で身体を清めたり、枕に菊の花をつめて、長寿を祈ったそうです。
(ちなみに、日本酒に「菊」の名がついたものが多いのは、長寿をもたらす甘谷の甘露の水に関連しているそう)

中国では旧暦で行事が行われるので、重陽の節句はまだ先ですが、菊慈童にちなんだなにかを見つけられたら、と思っています。

それでは今後も、HARUBOOK、ゆるゆるお付き合いくださいませ。

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