« おおきなおわん。 | Main | 泉が最適です。 »

April 05, 2007

はるうらら。

070401_151501天気が良いと、隣の植物園におでかけします。
桜と菜の花と、萌える緑の美しいこと。
植物園の奥の奥には、とても大きな染井吉野があって、それは見事に花を咲かせています。
雨や風に散らされた花びらが緑の芝生の上につくる、うすべに色の水玉模様もまた、格別の風情。

どうして私たちは、満開の桜をみると、
心の奥のほうが浮き立ってくるのでしょう。
風に散りゆく物悲しさもまた、美しさとして受け止めてしまうのでしょう。

中学校の頃だったか、小学校の頃だったか、国語の教科書に載っていた小説を思い出しました。
台湾で幼少期を過ごした主人公には、桜の花が美しいと思えない。
色もぱっとしないし、まるでティッシュが木になっているように思える。
真っ赤に咲くなんとかいう台湾の花の方が、よほどきれいだと思っている。
その主人公の父だったか母だったかが、いまわの際に、満開の桜がみたいと言い、
その野辺送りの後はじめて、ひとりで桜の木の下に佇み、
満開の桜の美しさを知る。
そんな物語でした。
たしか戦争とか病とか、そういうテーマが根本にある物語でしたが、
ティッシュの木から美しい花に、価値観が変わるというのに、なんだか驚いたように記憶しています。

桜をめでるようになったのは、平安くらいからのこと。
その前、奈良時代には、花といえば、梅のことでした。
唐渡りのものが、とても愛された時代でした。
桜と梅。
桜がより愛でられるようになったのは、農作物との関係が強い花だったこともあるでしょう。
桜や辛夷の花の咲き具合で、その年の豊作凶作を、私たちの先祖は長いこと占ってきました。

私個人としては、見てよし、香りをきいてよし、実を食べてよし、という点で、梅に軍配をあげてしまいます。
梅干なくして、私の食生活は全く成り立ちませんから…それに、家紋の女紋が梅鉢であることからも、梅を贔屓したくなります。
が、それと桜の美しさを愛でるのとは、また別の次元。
美しいものは、なんといっても美しいです。

桜の花が咲いたときの、あの高揚感。
それは長い時間をかけて、DNAに刷り込まれてきたものかもしれませんが、心地の良いものです。
満開の桜もきれいですが、私はへそまがりの気風があるらしく、葉が少し伸びてきて、風に花の舞う頃合や、木の幹からひょっこり咲かせている「へそまがり」の花が、大好きです。
070401_151201

|

« おおきなおわん。 | Main | 泉が最適です。 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« おおきなおわん。 | Main | 泉が最適です。 »