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April 2007

April 30, 2007

カード時代。

070428_105301現代社会は大変なカード化時代である。
こんなものまで、カードになった。
おわかりだろうか?
口紅、である。
私にはちょっとした衝撃であった。

透明なフィルムをぴらぴらとはがし、半分に折って、唇ではさむ(パンフレットには、「キスをする」と書かれていた!)。
それで、はい、できあがりなのである。
試してみたら、結構うまくついた。

1秒で口紅が塗れてしまうのだから、とても便利である。
もっとも、ふつうに塗っても5秒とかからないので、その節約した4秒(たったの)をどう使うのか、が必要かも。
時は金なり。
4秒×9回(3色各3枚で、1冊なのだ)で、安い口紅1本が買えてしまう。
面白いのではあるが、割高かもしれない。

現代をたたかい抜く女性には、その4秒の節約こそが、大事なのかもしれない?
まあでも確かに、食事のあとのお化粧なおしとか、すっごく急いでいる朝の通勤前とかには、便利です。

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April 29, 2007

美術館巡礼月間

大陸行きが決まって、私が何に心血注いでいるかというと、美術館めぐりなのである。
どういうわけか興味を引く展覧会ばかり目白押しで、出発までに訪れる予定のもの、既に訪れたものを含めて、このひと月でずいぶんな数になった。
たぶんひと月に展覧会に足を運んだ回数では、自己最多記録であろうと思う。
ごく私的な記録として、それぞれを上げてみると…

・夜明けまえ(東京都写真美術館)
・マグナムが撮った東京(東京都写真美術館)
・蕗谷虹児展(弥生美術館)
・竹久夢二 山へよする(竹久夢二美術館)
・近代絵画の名品展(神奈川県立近代美術館・鎌倉館)
・大正シック(東京都庭園美術館)
・花展(国立科学博物館)
・佐伯祐三・佐野繁次郎展(神奈川県立近代美術館・葉山館)
・日本美術を笑う(森美術館)
・笑い展(森美術館)
・異邦人たちのパリ(国立新美術館)
・モネ大回顧展(国立新美術館)
・MOTコレクション(東京都現代美術館)
・マルグリット・デュマス展(東京都現代美術館)
・みてみ☆タイ展(東京都現代美術館)
・澁澤龍彦幻想美術館(埼玉県立近代美術館)○
・ヴィクトリア アンド アルバート美術館 浮世絵名品展(大田記念美術館)○
・鏑木清方の美人画展(鎌倉市鏑木清方記念美術館)○
・澁澤龍彦展(鎌倉文学館)○
・鎌倉の至宝展(鎌倉国宝館)○
・日本を祝う(サントリー美術館)○

努力目標;
・澁澤龍彦の驚異の部屋(ギャラリーTOM)○
・艶と粋 肉筆浮世絵展 ―名作でたどる美人画のあゆみ―(出光美術館)○
・「パリへ──洋画家たち百年の夢」(東京藝術大学美術館)○
・レオナルド・ダ・ヴィンチ展(東京国立博物館)○
・軽・妙・洒脱 (横山大観記念館)○
・明治・大正・昭和初期 千代紙いろいろ(東京ステーションギャラリー)○
(○はこれから出かける展覧会)

私はわりと不真面目で、あまり頻繁に美術展に出かけることはない。
通常は会期が2~3ヶ月あるし、だいたい月に2展~3展くらいのペースだろうか。
そこから単純計算しても、実に約10倍。
お友達に会うのにかこつけて、都内の美術展をあちこちまわっているのが実情である。
こうやって改めてリストアップしてみると、いかに自分の好みが偏っているかが明確化されて面白い。

話題の展覧会は、見てみたいのはやまやまなのだけど、混むからな~…といまいち乗り気ではない。
私はたいていの美術展は暴走族タイプだ。ぱっぱっと見てしまう。
それでいて、いったん絵の中のなにかが気になりだしてしまうと石像のごとく佇み、他へでかけてもまたそこに戻るような見方をする。
美人画展なんて、一度入ったらなかなか出ない。
あちこちあちこち、見ては戻り、戻っては見て、とやりたいので、人ごみに押し流されて見ざるを得ない話題の展覧会は、正しくは見るべきなのだろうけれど、混雑を思うと腰が引けてしまうのだ(なんていいながら、本でもベストセラーを好まない性質と同じ、生来の「天邪鬼」作用があるようにも思える)。
その中でこれだけ足を運んでいるのは「見られなくなっちゃうから」という切迫感に他ならない。

さらに、美術に関する資格をいただいたものの、私自身は美術をちっともわかっていないように思う。
人というのは、わからないものをわかろうとするときに、推進力を生むものだ。
言い換えればなにかを「わかりたい」と思えるかどうかが、とても大事。
とはいえ、そんなに多くをわかろうともできない生き物なのかもしれない。
ある偉人の言葉に「人生は何もしないのには長すぎ、何かをなすには短すぎる」という至言がある。

今の私にとっては「『出発前』は、興味ある美術展を全て回るには短すぎる」といえよう。
さて、全部を見ることができるのかわからないながら(あと12個もみたいし)…
GWはふけていくのでした。

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April 28, 2007

モンスター出現

070427_232202ちょっと写真が暗いですが…
はるが、寝る前ハイのただ中で、突然洗濯物かごをかぶっていました。
「モンスターズ・インク」のビデオを見たあとだったので、それに触発されたのかもしれません。
しかし…
モンスターというよりは…
まるで、虚無僧です。
口元が微笑んでいるのが、おわかりでしょうか。

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April 27, 2007

野に咲く花の

Sn390008_0001_0001近頃、なんという花なのか、道端にオレンジ色の鮮やかな花が咲いていることがあります。
けしに似ている花なのですが、萌え立つみどりに、鮮やかなオレンジ色の対比は、どこかノスタルジックです。
風にゆられて、からだを大きく揺さぶるわりに、とても強そうに見えるのは、その鮮やかな色のせいでしょうか、それともまわりにたくさんの「仲間」を従えているからなのでしょうか。

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April 26, 2007

ある日の駐車場。

070424_131103ある日、玄関の扉をあけると…
目の前の駐車場に、うさぎが、駐車されていました。
このうさぎくん、近寄っても、ちっとも逃げない。
団地のどこかに住まいして、時折こうやって姿を見せるうさぎなのですが、どうも大物の貫禄。
手をのばしたら触れそうなところにまで近づいても、まばたきするばかりで、ぴくりとも動こうとしません。
いい位置に佇んでいるので、車で通りかかる住人たちに笑顔を作らせていました。
にしても、なんでこんなところに、いたんでしょうね??
070424_131201

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April 25, 2007

四川先生、大陸へ。

四川先生が、ある日突然、大陸に行くと言い出した。
行けたらいいなぁ、が、行きたいなぁ、に変わってやがて、行かせてもらうことに、あいなった。
ほんの十日ほど前の、出来事である。

「来月から、行くから。」
と、あっさりのたまう、四川先生。
「いつまで?」と何気なく尋ねると、「秋まで。」とのお返事。
そんなわけで、一家で、中華料理食い倒れツアーに出かけることになった。突然。

四川先生はもちろんお仕事で大陸に行くのだが、
おまけの私たちは物見遊山についていくので、
とっても「おのぼりさん」気分だ。
決まって以来、妙にパンダに親しみを感じるようになった。
名前の響きのせいかもしれない

と、いうわけで、ちょっと行ってきます。
まだ出発する日も住まいも未定であります。
北京に住むことと、四川先生の仕事先は決まりましたが、それ以外はほとんど一切決まっていないようなもの。
大丈夫なのか、四川一家。
でも、まあ、なんとかなるでしょう、と楽観視。
そういったわけで、ブログは継続しますが、テキストを打っている人は移動します。
検閲とかいろいろ聞くので、NIFTYがつながるか心配ですが…なるようになるでしょう、と楽観視。
この「楽観」はもしかしたら適切な言葉ではなく、
「行動を起こしたいのに起こせない」しがらみに絡めとられているが故の、「達観」あるいは「諦観」なのかもしれません。
だって、北京まで住まいを決めに「ちょっと見に」なんて、行けませんもんね。

そんな不安と裏腹に、楽しみなのは、もちろん中国美術です。
水墨画だけじゃなく、精緻極まる工芸品や、チャイナドレスのファブリックデザイン、商品パッケージ、美しい中国刺繍、建築にインテリアなど、結構ワクワクします。
素敵なものを見つけて、みなさんにもお知らせできたら嬉しいです。
本当を言うと、本物の仙人に会ってみたいのですが、高山病と風土病が恐ろしいのでやめるようにと四川先生にたしなめられました。中国のプロになってからになさい、と。
山には山賊、海には海賊が、まだ普通にいる場所もあるのだそうです。
なんてファンタジックなのでしょう…(と、それだけで片付けてしまってはいけない気もしますが)

もちろん日常のカルチャーショックなどもきっとあることでしょう。
きっとある、なんていうどころじゃなく、てんこ盛りに、あるでしょう。
そんなところを、楽しみながらご紹介していきたいと思います。
引き続き、ご贔屓のほど、よろしくお願いいたします。
…でもまだ、いったいいつ行くのか、どこに住むのか、わからないんですけれどね。

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April 24, 2007

大正という時代。

大正から昭和初期という時代が好きだ。
洋の東西を問わず、この時代にはなぜか、とても強く心惹かれる。
こと日本では、洋の東西が合わさって熟成された、とても素敵な文化がある。
銀座にともったガス灯の下を、モボやモガが最新式の洋装で闊歩した時代。
食卓に、ライスカレーやコロッケが登場した時代。
洋風の生活が、日本の文化をより活動的にしていった時代。

そして何より、乙女向けの雑誌が次々と創刊され、彼女たちが少女雑誌に夢中になって、うっとりと胸をときめかせた時代――。

その雰囲気を体感できる美術展が今、いくつか開かれている。
弥生美術館「蕗谷虹児展」
東京都庭園美術館「大正シック展」

大正という時代は、女性がその力を認識して、魅力的に輝いてきた時代でもあるかもしれない。

それまでは、美しい人というと、遊女や芸者を思い浮かべる人が多かったようである。
一般の人たちが「美女」といわれて思い浮かべる人たちの変遷を、少し辿ってみよう。
(少し時代をさかのぼる。薀蓄になるので、面倒な方は飛ばして読みすすまれることをおすすめする。)

江戸の頃。
ご存知のように、江戸には公認の遊郭・吉原があって、美女といえば割とみな自然に遊女を思い浮かべていたようだ。吉原については、『吉原細見』などガイドブックも刊行され、どこどこ屋のなになにはどうだ、と評判が書かれていたので、実際目にしたことはないにせよ、みな美女については知っていたらしい。
もちろん浮世絵などの効果もあったそう。
とはいえ、そんな絶世の美女には、一般人はなかなかお目にかかれないのである。
そこで、大衆派アイドル・町娘ブームがおこる。
明和(1760年代頃)の三美人、寛政(1790年代頃)の三美人というのが特に有名だ。
明和の方は三人とも町娘、特に商家の看板娘たちだった。
一方、寛政の三美人の一人には、芸者が含まれている。
遊女と芸者というのは、一応別のものであった(一応、というのは、吉原においては厳密に区別されていたのだが、他の岡場所、つまり非公認の遊郭には客をとるものもあったそうな)。
芸者文化が熟成し、今私たちが思い浮かべるようなスタイルにまで整ったのは、江戸時代半ば~後半のことであるので、これは私見だが、おそらくこの寛政という時代以降、芸者たちがファッションリーダーとして一世を風靡し始めたのだと思う。
江戸の終わり頃から明治期にかけて、外国人向けに作られたブロマイドのようなものには、美しい芸者のものが多く残っている。
ということで、仮に江戸(の終わりの方)を、芸者の時代とする。

次に、明治。
明治の半ばへ来て、プロの――つまり、美しいことを職業の一部とする――女性たちから、今度は女学生に視線が移された。袴姿に編み上げ靴の明治っ子・海老茶式部たちが、町を自転車で颯爽と駆け抜ける姿に、みな新時代の香りを感じ取っていた。
明治40年にはついにプロ以外の女性を対象とした初めての美女コンテストが行われ、初々しい女学生が女王の座に輝くようになる。(余談:ちなみに日本初の美女コンテストの優勝者は、義経の母・常盤御前だとか。)
もっとも彼女たちは良家の子女たちであり、「○○家の娘ともあろうものが見世物になるなんて!!」と一族郎党から非難ごうごうで、見合いができなくなったりほとんど勘当されたりと日陰者扱いされて、大変な思いをしたそうだ。
明治の美女=女学生(ある意味、えらばれた人)とする。
ちなみに美術の世界では、西洋の写実的な絵画を目の当たりにし、それまでの日本の絵の価値観とはまったく別のものに画家たちが取り組み始めた時代でもあり、西洋のもの、日本のもの、と文化がまだ分かれていて、それをもとにちょっとした闘争があったりもした(ここいらの絵はいま、神奈川県立近代美術館・鎌倉館で名品の数々が見られます)。

そうしてようやく大正になると、大正デモクラシーの気風もあってか、市井の美女たちに視線がむけられていく。
つまり、美女=特定のひとではなく視野を広げ、町にあふれる美しいひとびと、の時代。
乙女向け雑誌が明治の終わりから大正にかけて次々と創刊されていき、女学生たちが同世代から少し年上の「おねえさま」たちに憧れ(時にその対象は、雑誌に載っていた音楽家など自立した美女たちであったりした)、夢見がちな瞳をその花のかんばせに浮かべていた。
その瞳を夢見心地にさせていたのが、叙情画と呼ばれ、画壇からはつまはじきにされていた、大衆画家たちであった。私の大好きな、ひとたちでもある。
また、画壇の片隅には、美人画という分野が生まれていた。これまた私の大好きなひとたちである。
美人画家と叙情画家。
おそらく彼らは、ある一定のラインを境にぴたりと隣り合っていて、ときにそのラインのどちらかにはみ出したりしていたのだろう。

で、ようやく脱線から戻る。
(飛ばし読みした方、おかえりなさい。)

この頃になるとカフェーの女給や教師、バスガイド、タイピストといった、職業婦人も現れてくる。
女性がとても元気な時代であった。
だからこそ、画家はそのエネルギーに突き動かされ、美人画というジャンルが誕生したのでは、とは、私の個人的な意見。
ちなみにこの時代はとても面白くて、江戸の浮世絵が西洋に流出してたとえばモネやゴッホに影響を与え、アール・ヌーヴォーやアール・デコといった芸術運動になって日本に戻ってきて、夢二や蕗谷虹児ほかに影響を与えている。
なんだか文化が、螺旋状に発展していくみたいだ。

先に紹介した美術展では、元気な女性たちに会える。
ただ元気なだけではない。
優雅で、しっとりとしていて、聡明そうな、素敵な女性が多い。
そしてもちろん、すばらしく美しい。
ご存知のように、戦争と戦争にはさまれた、つかの間の平穏ではあった。
しかしながら強く、しなやかに、彼女たちは画布の上に佇んでいる。
彼女たちを描いた一筆一筆に、画家の感じたエネルギーを凝縮させて。
蕗谷虹児展では、叙情画家の描く大正を。
大正シック展では、美人画家の描く大正を。
それぞれ、感じられる。

私が大正にひきつけられるのは、ひとえに、その力のせいなのかもしれない。
日本のいいところと、西洋のいいところが合わさって、独特の雰囲気をつくりあげた時代。
あの独特の雰囲気が、私を魅了してやまない。

(おまけ;以前にも少しだけ大正についてふれています →1:竹久夢二2:蕗谷虹児

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April 23, 2007

はなす筋肉、かく筋肉。

歴史の勉強会で、時折先生が言葉につまる。
あるときふと、「どうも、はなす筋肉と、かく筋肉は違う。」と仰られた。
はなす方が得意だという人もいるし、かく方が得意だという人もいて、たとえば先生は、はなすよりもかく方が、ご自身の言葉で言えば「頭がよさそうに思える。」
つまり、言葉が適切に見つけられる、というのだ。
(ちなみに先生は、時代小説家でいらっしゃる)

私も先生とまったく同じで、はなすのはとても苦手だ。
それが仕事であっても、友達とのおしゃべりであっても、自分で言いたいことをきちんと言葉にできているかわからないし、なによりも「何を言っているのか」わからなくなるときさえある。
かく方にもその傾向はあるのだが、はなすことに比べたらまだマシな方だ。

以前、私はこの「はなし下手」を克服しようと、試みたことがある。
それで、ラジオのパーソナリティになった。
スパルタ式である。
まあラジオと言っても、ボランティアスタッフであったし、隔週に一度、または月に一度に放送される番組なので、たいしたものではないのだが。
番組は基本的に生放送で、どうしても難しいときにのみ事前に録音したものを放送していた。
生放送というのは、なかなか大変なものである。
とっさの判断を必要とするし、気のきいた相槌をうとうとして、手にびっしょりと汗をかくことはしょっちゅうだった。

都合6年間放送に携わって、多くのスタッフと一緒に番組を作ってきたが、一緒に番組をやっていたスタッフの大半が、今FM局やTV局でプロのアナウンサーになっている。
今思うと、すごい人たちと一緒にやってたんだなぁと改めて思う。
彼らは誰もが一様に、かくよりもはなす方がずっと楽だ、と言っていた。

どの番組のときも、インタビューの名手、というのが必ずいた。
インタビュー上手の人というのは、実に的確な質問をする。
そしてそれに対して的確な相槌と、的確なコメントを、いとも自然に付け加える。
私からすると、ほとんど神業のように見えることもしばしばだった。
「すばらしい話はすべて、的確な質問から引き出される」とは有名な話だが、まさに。
裏返せば、的確な質問ができないと、話というのは、盛り上がらないのである。
もちろん私はインタビューは苦手で(的確な質問、と思った段階で既に手に汗びっしょりである)、むしろなにかテーマを設定して音楽や暮らし方の紹介をする方が(もちろん原稿は事前にかいておく)、よほど性に合っていた。
その独「走」的な世界を気に入ってくださる方もあったが、「はなし下手」は結局、解消されなかった、ということになる。
人間、そう簡単に性質は変わらないということか。

いまだに、はなしをする時というのは、私の中ではラジオの生放送のような緊張感が常につきまとう。
いや、ラジオならまだ良いかもしれない。相手の顔が見えないことがほとんどなので、マイクとヘッドフォンにすべての意識を集中できる。
それが、実際に人と向かい合って話すとなると――目線、表情、身振りや手振り、実に多くの情報が怒涛のように押し寄せる。
それはもう、大変なことなのである。

それに比べて、書くこととは、いかに楽であろうか。
ただ、書けばいいのである。
必要なものは、自分とペンと紙、あるいはPCのみ。
ある意味とても、楽である。

近頃思うのは、「はなす」ことも「かく」ことも、どちらも日々鍛錬していないと衰えるということだ。
この年になったら脳細胞は死んでいくばかりなのだから、仕方ないのかもしれないが。
「かく」筋肉、衰えないように、いや、むしろちょっとはマシなものが書けるように、精進しようと思うこのごろだ。

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April 22, 2007

ちょっと営業。

実は、今、とある美術系の携帯サイトに紹介されています。
携帯お持ちの方、カテゴリから検索して「アートナビ」という美術サイトを、ご覧くださいませ。
そこのモネ特集に、な、なんと私が!(わざとらしい?)載っています。

母と行っている「アート+ハーブ講座」を取り上げていただきまして、
こちらではハーブティのプレゼントも行っています。
4種類セットで10名様にプレゼントいたしております。
モネの庭をイメージしたハーブティです。
(プレゼント応募には有料会員登録が必要ですが、
ハーブティ1個の1/2以下の金額ですし、
すばらしい画像も見放題取り放題です。ご検討を!!
プレゼントは6月10日までやっています)

母と私がちっちゃくやっていた活動を、
面白いと思ってくださる方がいらして、
こんな風に取り上げていただいて、
本当に本当にありがたい限りです。

人と人のつながりから、たくさんのものをいただいているなぁと、
とてもありがたく感じています。
ご恩に報いるためにも、がんばらねば!!と気合をいれなおす次第。
ますます、精進重ねます!

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April 21, 2007

りり。または、いい。

070412_203601はるは、ディズニーランドの余波がまだ続いている模様。
ディズニーを「にーにー。」と言えるようになり、そこで買ってきたチップ&デールのヘアバンドをつけると「りり。」または「いい。」と言って、喜びます。
自分でつけるのは嫌いなようなのだけど、「リスをパパに見せておいで」などと言うと、まんざらでもなさそうな顔で、書斎の旦那さんのところに歩いていきます。
ほめられるのは、嬉しいらしい。
でも、戻ってくると、たたきつけるようにして、とってしまうのですけれどね。

はるがリスのことを覚えたのは、LISMOくんのおかげでもあり、住んでいる家の敷地内にリスがいるから、または鎌倉散歩の途中でよく出会うから、でもあり、まさに環境の産物。
そのわりに、まだ時々私を「パパ」といい、旦那さんを「ママ」と呼ぶことがあるので、(わざとからかっているのかもしれないが)本当に分かっているのか心配です。

お友達に、2歳児にしてひらがなを覚えてしまった神童・Yぽんがいるのですが、はるはそんなの無理と思っていたところ。
ある日書店でおもむろにあいうえおの本を開くと、「あ」「い」…と読んでいくではありませんか。
びっくりしてかけよると、「う」以降はすべて「う」でした(まあ、そんなものでしょう)。
ところが、発音はできないけれど、言葉自体は覚えているような様子。
そこに書いてある絵を読み上げている様子が、「う」のイントネーションから推察できます。
どうやらものの名前は、そこそこ定着したようです。
あとは、はるが自身で言いたいと思うかどうかが肝。
そして言いたいと思う「りり。」や「にーにー」の一言ずつが、とても大事なひとことだなぁと、思います。

来週月曜からは、今年度の療育グループが始まります。
昨年は2週に一度だったけれど、これからは、週に一度。
ハードになります。
話したい環境を、より多く作っていってあげられれば…と思います。

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April 20, 2007

旅ラッシュ。

どうも身の回りに旅の予定をよく聞くとおもったら、来週は黄金週間でした。
私の存じ上げている方だけでも、海外旅行や国内旅行、さまざまなお話しを伺います。
韓国、台湾、アメリカ、中国、その他。
行き先に特に海外が多いのは、なんとなく「優雅な世代」の仲間入りをしたような気がして、ちょっと嬉しくもあります。

人さまの旅行話を伺うのが私は実は大好きで、旅に行ってきたという方に会うと、もう、わくわくしてしまいます。
たいていの方は旅で何か困ったことに出会われていて、それを切り抜けて帰ってこられる。
スケールの大小はあれど、ふだんと違う環境だからこそ起こる事件、とても興味深いものです。
食事のメニューが読めなくて困ったというお話しから、スキミングにあったという恐ろしい話まで。
旅の話しをするとき、その方の目は、こどものときのようにキラキラしていてとても楽しげです。

先日、歴史の会でご一緒させていただいている方から、その方のお知り合いのご主人さまの自分史をいただきました。
ニューヨーク赴任されたときの思い出を一冊にまとめていらっしゃるのですが、これがまたとても面白く、ほろりとさせ、旅先(海外赴任も、すごく大雑把にいったら、旅のようなもの?)だからこその人間模様や、家族の絆などがさらりと描かれていて、とても素敵でした。
その方が経験されたことをつづられているのに、まるで上質な小説を読んでいるような、そんな気持ちになりました。
たとえば、長期滞在していたホテルで、夜にいつもひとりごとを言いながら食事をしている老紳士がいる。
その方はご夫婦でそこに滞在していたのだけど、あるとき奥様が娘さんの家に出かけ心不全で亡くなってしまった。けど、老紳士は「いいや、必ず帰ってくる。ちょっと遅くなっているだけだ。」と仰って、同居を申し出る子供たちを退けてホテルを引き払おうとせず、いつも目の前の奥様に語りかけながら食事をしている。ウェイターが「彼には、奥様が見えていらっしゃるのです」と目配せをする――そんなお話とか。
お互い毎日顔を合わせているけれどぎこちなかった、他の滞在客との関係が、勇気を出して言った「ハロー」のひとことで急速に親密になっていくエピソードとか。

そう、旅って、それまでは思ってもいなかった人と出会えること――とりわけ、善意に出会えること。
それが醍醐味です。

今日から、仲のよい友人夫妻が世界半周の旅にでかけます。
なんでも、そういう「世界一周」専用のチケットが、あるのだとか。
建築家とアロマセラピスト夫婦、世界遺産を中心に半年間いろいろと巡り歩いてくるのだそうです。
普段からとてもユニークなふたりなので、旅のおみやげ話が楽しみです。
なにせお金に困ったときのために、折り紙と剣玉を持っていくと言って(大道芸をするつもりらしい)、本気で練習をつむような二人です。素敵でしょう?
いったいどんな楽しいことに、出会ってくるのでしょう。

おでかけになる皆さん、Bon Voyage!!

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April 19, 2007

幻のお菓子ふたたび

幻のお菓子ふたたび。
先日書いた、特別な和菓子やさんにて、こんな美しいお菓子をいただいてきた。
萌黄色の野に蝶々が舞う。
見ているだけでうっとりと幸せな気分になる。

春はなにもかもが明るさを増して美しい季節なのだと、改めて感じる。
その美しさには、実はとてもたくさんのことが含まれてもいる。ただ美しいだけではなく、いまはもう失われたものたちや、儚い思い、大地に眠るはるかな昔。
その上を蝶がすべり、野を彩る。

季節だけが、繰り返す。

だからこそ、というのでもないが、季節を大事にしたいと思う。
そうやってゴタクを並べつつ季節を愛でるのに、「おいしいやり方」で、なんて、甘〜い人間だとばれるのだけど。

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April 18, 2007

スパイは優雅であれ。

私が小さい頃、父は私にスパイの話を良くした。
軍隊の特殊部隊とか、スパイの極意(素人の言う「極意」ほど怪しいものはないのだが)を、とうとうと話して聞かせた。

当時の父は私と弟にとっては神に等しい絶対権力であったので、純真な私は素直に父の言うことを聞き、自分は将来CIAかFBIに入るのだと思っていた。
忍者の修行でもつめば雇ってくれるかもしれないと、そこらにあった植物の種を庭に蒔いて芽を飛び越したりした(ただし昔から今に至るまで私は「まいにちコツコツ」が苦手なので、3日とたたぬうちに飽き、やがて草の背が高くなって飛べなくなり、また別の種を蒔いては同じことを繰り返した)。

そんな話を、酒の力を借りて、学生の時お世話になった先生に話したとき。
勧めてくださった本があった。

その活字の中には、私と同じように子どもの頃スパイに憧れたことをある日思い出し、あろうことか本当にスパイになってしまった、一人の優雅なおばちゃまが住んでいた!

さあ、そのさきの、おばちゃまの冒険はご自分でお確かめあれ。
いま私は、こんな優雅でタフな、素晴らしいおばちゃまになるのが夢のひとつだ。

ドロシー・ギルマン
『おばちゃまは飛び入りスパイ』

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April 17, 2007

手にパレード

昨日、はるにせがまれて、水性のサインペンセットを貸した。
にこにこして彼は、子ども部屋に消えていった。

何が行われるのかヒヤヒヤしつつも、私は私でやらねばならないことがあり、はるのしたいようにさせていた。

少しして、はるが来た。
なんだかとても嬉しそうだ。
差し出された手をみると、カラフルに塗られている。
それを見せてから、おもむろに踊り出した。

はた、と思い当たる。

はるは、先日ディズニーランドで見たパレードの衣装のつもりなのだ!
ひとりパレードをしてみせてくれているのだ。

こどもの考えることって、面白い。

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April 16, 2007

パンのおもさ

一時期私のまわりでブームになった、京都のデニッシュ生地の食パン屋さんを、たまたま見つけた。
このパンを私に教えてくれたのは高校の同級生だったように記憶しているから、出会いは結構前になると思う。

新橋駅の地下で見かけたら、なんだか郷愁をそそられて、買い求める人の列に、ひょいと並んでしまった。珍しくはるも大人しく従って、パンのケースを眺めていた。

こちらに年月が流れた分、パン屋さんにも年月は流れているわけで、種類が増えていた。以前は「プレーン」と「チョコ」の二種類ばかりだったのが、五種類くらいになっている。
さて困った。
私は新しい味の「シナモン」が食べてみたいが、はると旦那さんの好みは、王道「プレーン」だろう。
しかし、このパン屋さんの一斤は、スーパーにある食パンの倍の大きさ。
それが二斤と、はると、美術展の図録(これまた重い)――けっこうな荷物の嵩に、考えただけで目眩がしたが、こういう状況下で好奇心と食欲には、なかなか抗えない。普段良く利用する駅ならまだしも、用事がなければ滅多に通らない駅だ。

結局悩みぬいて、二斤にした。
ご存知だろうか。
ふわふわのパンも、量があると、かなり重いのだ。
記憶の中で多少誇張があるかもしれないが、広辞苑くらいの重さはあったと思う。
バターもたっぷりのリッチなパンのせいなのか、ずっしりと重い。
その重さに気付いたのは、会計後、袋を渡されてからなのだから、泣けた。
いまさら返すわけにもいくまい。

やがてはるは疲れて歩かなくなり、パン二斤と12kgの子どもと肩に食い込むほどの鞄を抱えて、私はしばし途方に暮れた。
自分の好奇心が恨めしかった。
一斤にしておけば良かった。
「かちかち山」で、欲張り狸の乗った泥舟がズブズブ沈んでいくところを何故か思い出して、非常に憂鬱な気分だった。

なんとか家に辿り着いた頃には、腕は抜ける寸前だった。
とても充実した達成感があった。
あとはこのパンを、旦那さんとはるに食べてもらって、「おいしい」の一言が聞ければそれで報われる。

しかし天は、欲張り狸に厳しかった。
旦那さんは「ふーん」の一言。はるに至っては、口に入れようともしない。

ひとりでひっそりパンを食べるとき、その重さが必要以上にずっしりと感じられるのだった。
教訓。
欲を出して無理しても、あんまり報われないものだ。

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April 15, 2007

読書の効用

先日、仙台で勤めていたときの先輩が、お友達とご一緒に鎌倉に遊びに来てくださった。
人手も多い中、「うらみちコース」をうねうねと歩いて、私のお気に入りのお店をいくつかご紹介させていただいた。

お天気がとてもよい週末。
寿福寺では背の高い木からこぼれ落ちてくる緑陰に、どこからか鶯の声がかさなっていた。
本日15日まで「鎌倉まつり」に華やぐ鎌倉、普段は公開されていない歴史的建造物も公開してあったり、八幡宮では流鏑馬の通路で神馬の通り道が作られている最中だったり。
実は春と秋のこの時期は人手が多いので出歩いたことがなく、ばったり川喜多邸の公開にさしかかって、うれしい驚きを得たりもした(なにか見覚えがあるような気がしたら、川喜多邸は小津作品の舞台になったこともあったらしい)。

先輩は野菜のソムリエさんなので、鎌倉野菜を味わっていただこうと、築80年の民家をリノベートし、地元産の食材にこだわったレストラン0467にご案内した。
0467という名前は、鎌倉の市外局番。
こだわりが見られて、とても素敵だ。

ちいさな、鎌倉らしい小道を歩いての半日。
その終わりには小町通へ出てショッピングを楽しみ。
最後の〆にカフェに入ろうとして、ご案内した、ミルクホール。
ここがひとつの重要な舞台となった少女小説の名を上げると、おふたりとも「それ、読んだ!!」と仰る。

そこからはもう、小説談義である。
なんだか胸がわくわくして、少女の頃に戻ったような気さえした。
私は学生の頃、この小説の舞台になったいくつかの場所を訪れた経験があったのだが、なんと先輩も、鎌倉・稲村ガ崎・葉山を歩いていて、稲村ガ崎では同じお菓子(物語に登場するお菓子)を買っていたことも判明。
在職中はそんな話をしたことがなく、仕事や会社でのいろいろな相談に乗っていただいてばかりだった。
昔から自分のスタイルがある素敵な先輩だったのだが、意外と同じようなものを見ていたことに驚き、また嬉しくなった。

その小説の終わり方がどうなったのか誰も思い出せず、物語の紆余曲折もうろ覚えで、なんだか気になって仕方がない、ということになった。
また読んでみなくちゃ、というのが、全員の結論。

今私が親しくさせていただいている方は、それまでの人生で読んだ本がいくつか同じだったりする。
同じ本を通り過ぎてきたというだけで、親近感が急速に醸成されるものだ。
人生の中で出会う本の存在の大きさを、改めて感じた。
少女~乙女の頃、読める本だってそんなに多くないと思うが、それでも大切ななにかを心に積もらせていって、大人になるのだと思う。
そして大人になったとき。
ふとそんな日の思い出に触れて、懐かしくなったり、その頃に思い描いていた将来の姿と今を考えてみたり、今の自分を改めて肯定できたり。

きらきらした思い出を抱えて、素敵ないちにちの終わりになった。
これから先いくつの本に出会うのかわからない。
でもその時々に、少女の頃に心酔したような、お気に入りに会うことができたら。
いくつ年を重ねても、その思い出を振り返るとき、こころは潤いと輝きを取り戻すのかもしれない。

ご案内した「うらみちコース」

鎌倉駅西口→
Romi-uni cofiture→
寿福寺→
旧川喜多邸(ばったり遭遇)→
神奈川県立近代美術館鎌倉館→
大仏茶廊→
ひみつの和菓子屋さん→
宝戒寺→
0467(ランチ)→
鎌倉彫安斎・吾妻屋→
(小町通へ)
ソーセージのお店→
器や創加満久良→
京漬物近為→
鎌倉山納豆→
ミルクホール→
鎌倉駅東口

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April 14, 2007

おでかけしまして。

070411_140901ディズニーリゾートへ旅してきました。
思い立ったがなんとやら。
実に急に決定して、ばたばたとお出かけしてきました。

というのも、はるは最近、ディズニーリゾートのWEBサイトが大好きで、その中にある「あつまれ!キッズ」というコンテンツを1日に何度も見ているのです。
中でも、エレクトリカル・パレードは格別。
そのほか、ディズニーリゾートラインや、ジャングルクルーズ、ウェスタンリバー鉄道など、電車&動物関係がとても気になる様子。
このごろはWEBサイトに加えて、以前よく見ていたビデオをどこからか引っ張り出してきて観ていることがあります。タイトルは、「ユーロ・ディズニーランド」。
つまり、ディズニーランド熱に、かかってしまったようなのです。

毎年お誕生日に行っていたディズニーランドですが、違う季節に訪れてみると、なかなか趣も違うもの。
パーク内の思わぬところに散り際の桜を発見したりという楽しみもあるのでした。
ジャングルクルーズとウェスタンリバー鉄道に2回ずつ、そしてスモールワールドには3回も乗って、ゴーカートと蒸気船マーク・トゥウェイン号にも乗って、パレードを見て。
たっぷり楽しんできました。

でも――はるが一番楽しんだのは何か、わかりますか?
そう!
ミッキー形のワッフル。
はるの顔と同じくらいの大きさがあるのに、まるまる一人で食べました。
それと、ポップコーン。
キャラメル味とチョコレート味をぺろりと食べました。

今回の旅で、はるは急にミッキー・マウスに目覚めた様子。
ミッキー型の懐中電灯(のようなおもちゃ。暗いところで照射するとミッキーの顔が写るスグレモノ)や、ミッキーの風船を買って、たいそうご満悦です。
…とはいえ、「うわぁ!」とにこやかに目を輝かせ…たりはしないんですが。
はるは、目に神経が集中すると他のことが一切できなくなってしまうタイプのようです。
全身を目にして見ている。
エレクトリカル・パレードを目の当たりすると、はるはもうまばたきすら忘れて、目の前のきらきら輝くフロートに釘付けになっているのでした。特に、ミッキーには、熱い視線を注いで。

帰り道。
「楽しかった?」と聞いてみたら、「うん。」という、お返事。
初めて、返事ができるようになりました。
「また来たい?」
「うん。」
夢と魔法の王国、はるにまたひとつ、希望を与えてくれたようです。

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April 13, 2007

はんこブーム。

070402_170101ただいま、にわかにはんこブームです。
祖母から印材をもらったり、旦那さんの中国土産(昨年末の)に印材をもらったりしたことが、きっかけらしいきっかけなのですが、それ以外はまったく突然思い立って、はんこをガリガリと彫っています。
自分のなまえのはんこを2~3種類くらい彫って、今度は母に彫ってあげたり、旦那さんに彫ってあげたり、やがて印材が足らなくなり、この近くでは手に入らないので、消しゴムを彫ってみたり、版画用のゴム版を彫ってみたり。
この狐のようなものは、私が時折お手紙などのときにひとこと添えるときにイラストとして添えていたのですが、ふと思い立って、彫ってみました(ゴム版)。

いろいろなものを彫ってみましたが、やっぱり、一番印材(石)が彫りやすかったです。
というのは、失敗したら、簡単に削ってやりなおせるから。

隣の駅に大きな書店&文具店がリニューアルオープンしたので、なにかのついでの折に、そこで印材を買ってこようともくろんでいます。
彫っている間は、無心になれて、とても楽しい。

意外と、ものづくりって、心を癒したり和ませたりしてくれるものですね。

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April 12, 2007

黄金の豚発見。

070405_171001中華街に出かけたら、インフォメーションセンターの一角に、黄金の豚が飾られていた。
それもそのはず、今年は中国では「黄金の豚年」なのだそう。

豚、というが、見た目はおなじみの、猪。
言い換えれば、猪は豚と言われる。
そうか、子供のころに読んだ西遊記の本には、猪八戒は「豚の妖怪」と書かれていたような気がする。

黄金の豚年というのは、600年に一度の大変めでたい年で、この年に生まれた子供は大変出世するそうな。
ということは、この年に生まれたカップルも、その幸せを長続きさせるのかもしれない。
今日、友人が入籍を済ませているはずである。
彼らに祝福あれ。

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April 11, 2007

ちからもち。

070401_194701もうひとつ、鎌倉のお菓子で近頃気に入っているのが、この「力餅」。
鎌倉権五郎景政公をまつる、御霊神社の門前にある。
彼は平安末期の実在の人物で、鎌倉開拓の祖と言われている人物でもある。
そして、歌舞伎ファンなら、市川団十郎家の「歌舞伎十八番」のひとつでもある、「暫(しばらく)」のヒーローでもある彼を、きっとご存知のことだろう。

その武勇にあやかり、景政公のように強くあれと、力餅をつくったのだそう。

1つ84円、というお手ごろな値段。
おやつにいつつほどいただくと、丁寧に力餅の由緒の書かれたリーフレットまでいれてくださっていた。
ちなみに餅を餡でくるんだ力餅は無添加無着色なので、あまり日持ちがしない。
より日持ちさせたいなら、求肥のタイプを求めることをおすすめする。

御霊神社の境内には、一時期、国木田独歩が住んでいた。
たしか何かの本に、宮司の持ち家の一棟を借りていたと書かれていたように記憶している。
川端康成邸も、徒歩でそう時間のかからない距離にある。

鎌倉には文士が多く住んだり滞在したりしたが、随筆や日記を読んでいると、時折「力餅」の話を目にする。
力餅がうまいというのはもちろん、だれそれが来るというので力餅をもってこいと言った、とか。
おねだりするほど、愛されていたのだ。

力餅は、鎌倉文士のペンにも、力を与えていたというわけだ。
いまも昔ながらの方法で、手作りされている。
ぜひ一度、ご賞味あれ。

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April 10, 2007

りす尽くし

070401_194801何度か書いていることだが、鎌倉にはリスが多い。
そのせいかいくつか、リスをキャラクターにしたお菓子がある。
栗の鼠と書くくらいなので、リスという連中はナッツ好きである。
リスのビスケット「リスケット」とか、この「くるみっこ」などがある。

近頃我が家ではまっているのが、エンガディナーをしっとりやわらかく、食べやすくしたお菓子「くるみっこ」。
(はるはあまり食べず、大人たちに大人気である)

このりすマークが、なんとも可愛らしい一品である。

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April 09, 2007

チーズいのち。

070405_154901はるは粉チーズが大好きです。
いつだったか、実家に帰ったときにパスタ屋さんに行ったら、はるはそこにあったパルメザンチーズをひとつぼ(シュガーポットひとつぼ、まるまる)食べたことがありました。

家でもこれが切れていると大騒ぎ。
ごはんの上に粉チーズをかけるという、けったいな食べ方が大のお気に入りです。

さてこれは、横浜に外出したある日のこと。
はるは注文した料理がくるのを待ちきれず、先に運ばれてきた粉チーズを自分でさっさと皿に盛り、スプーンですくって食べていました。
ごはんが運ばれてくると、ごはんの上にチーズをかけて、スプーンでもくもくもく。

本当に、チーズ、好きなんですね。
ここまでいくと、チーズ狂とでも呼んだほうが、しっくりくるかと思われるほど。
ふとそんな話を父にしたら、「お前もそうだった」、の一言。
ぎゃふん。

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April 08, 2007

四川先生、電車に運ばれる。

四川先生(旦那さん)は近頃、浮かれ模様である。
忙しくて半ばハイなのかもしれない。
あるいは、集中して行われている飲み会のせいなのかもしれない。
歓送迎会シーズン+お花見シーズンのこの頃、四川先生は久しぶりに飲み会の予定が目白押しである。

もともと彼はお酒が好きなのだけれど、どうも一年を通して忙しく、家と職場の往復生活が多い。
ごくたまに、月にいっぺんくらい、気の合う友人や職場のひとと飲みにいく程度。
以前ボーナスを丸ごと飲んでしまった頃に比べたら、いたく質素な日々を送っている。
家庭を持つとは、大変なことである。合掌。
そんなわけでたまに、楽しい酔い時を過ごしてくるようである。

その四川先生からある晩「いやー、まいったよ。」と電話があった。
教え子の卒業祝いだったかなにかで、嬉しさ余って飲みすぎたらしい。
家のある駅を通り越して、みっつ先の駅まで行ってしまったのだ。
たかが三駅と侮るなかれ。
このあたりは電車の始発·終点地帯なのだ、しかも、夜中であるし。

しかし、話の続きを聞いて、更に驚いた。
この駅についたのは二度目であるという。
二度目というのは、過去に来たことがあるという意味ではなく、「つい一時間ほど前にもここについた」というのだ。
つまり旦那さん、一旦この駅に着いて、まずいと気づいて乗った反対側の電車でまた乗り過ごして振り出しに戻り、さらに通り越してまたここについている。
「永遠にうちに帰れないかもしれない」などとのたまうのだが、そこはやはり楽しい酒のあと、深刻さも少ない。
家で聞いているこちらは気が気ではない。
そろそろ電車も終る時間なのである。
そこからタクシーで帰ってくるよりは、近場のビジネスホテルを探してもらった方が断然コストパフォーマンスがいい。
今度電話がかかってきたら、そう言おうと思っていると、無事最寄駅に着いたと連絡があった。
酔いはまだ全然醒めていないらしく、呂律がちょっと妖しい。
それでもその回らぬ舌で「どうしても僕は、ミスタードーナツが食べたいのれす!」と力説し、ドーナツを買ったらタクシーで帰る、という。

私はほっとしながら、帰りを待っていた。
ところが、車で5分強の最寄り駅から、一向に帰ってこない。
ドーナツ屋で迷っていることを勘定に入れても、50分はいくらなんでも長すぎる。
まさかなにかあったのか――と心配しているところに、玄関のドアノブががちゃりと音を立てた。

にんにく臭い息をはーっと吹きかけて、千鳥足でソファに倒れこむ。
「ドーナツが1種類しかなかったので、ラーメンを食べてきました。」
ドーナツのかわりに、ラーメン。
酔った人の考えることというのは、実に不可思議である。
音引きが入っていることと、材料が小麦であることくらいしか、類似点はないではないか。
しかしおそらく四川先生の頭の中には、なにかそこに共通するものが見出せたのだろう。
彼はしきりににんにく臭い息を私めがけて吹きかけながら、
「いれ放題のおろしにんにくが、からしにんにくに変わっていて、癪に障ったので大量に食べてやった。どうだ。」と得意げだ。
どうと言われても。
どう答えたら良いのだろう。

まあとにかく、楽しい酒だったのなら、良かった。
年に何回あるかわからない、いいお酒だったのでしょうしね。
(なんて今だから言いますが、そのときは「その息やめてよ!!」ときゃあきゃあ家中を逃げ回り、酔っ払いは浮かれ調子で更に追いまわし、酔いがまわりきって布団に倒れこみ、ようやく収拾したのです。)

電車に揺られてごとごとと、
おそらくはみんなの顔でも思い浮かべながら夢枕、
横浜―逗子間を往復していた旦那さんを考えると、
ちょっとほほえましいような、春の宵なのでした。

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April 07, 2007

たたかう調味料

みなさん。
特に、カップルやご夫婦のみなさん。
毎日、喧嘩せずに暮らしていますか?

日々生活をともにしていると、お互いどこぞで衝突をしていくものかと思います。
ガラスの破片が波に削られて角が取れ、まるっこい姿になるように、夫婦というものはいつしかそんなふうになっていくものなのだと、私はそう思うのですが、衝突しているその瞬間はとてもそんな穏やかなことを考えていられません。
ただ、たたかいあるのみ、です。

我が家では、最近でこそ少なくなりましたが、諍いのタネはよく調味料にありました。
なにせ食というのは生命をつなぐ根源的なものですから、ここでこじれたが最後、とことんこじれます。

私と旦那さんは、だいたいのところ食の好みが似ているのですが、それでも調味料に関してはお互い「絶対に譲れない」線というのがあります。
まず、とんかつ。
旦那さんはソース派、私はしょうゆまたは塩&からし派。
納豆。
旦那さんは付属の納豆たれ派、私はしょうゆ派。
旦那さんが割りと味の中に甘みも入っているものを好むのに対して、私は塩なら塩ときっぱりした味が好み。
こうなってくると、だんだん臨戦態勢に入ってくるのです。
ハンバーグ。
旦那さんはドミグラスソース派、私はおろししょうゆ派。
コロッケ。
旦那さんはソース派、私は塩こしょう派。
カキフライ。
旦那さんはタルタルソース派、私はしょうゆまたは塩こしょう派。
パスタ。
旦那さんはクリームソース派、私はトマトソース派。

おそらく一般的に言って私の方がズレた味覚なのかもしれませんが、これだけは絶対に、譲れない。

というわけで、我が家ではもう大分前から、各自で味付けて食べられるように「マイ調味料」制を導入し、争いを最低限にしております。
調味料でお悩み中のあなた、ぜひ、「マイ調味料」制の導入で、明るい家庭生活を営んでください。
ちなみ我が家では、お互いがお互いの味付けを「信じられない」と横目で見つつ、よせばいいのに箸を伸ばし、食べてはまた首を傾げて口論するという、仲がいいんだか悪いんだかよくわからない現象が起こっています。

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April 06, 2007

泉が最適です。

070401_194601中国の方から、とてもおいしい烏龍茶をいただきました。
香りがとてもよくて、馥郁、という言葉は、こういうときに使うものだなぁと思うほど。
まるで、香りそのものを飲んでいるような気分になる、素敵なお茶です。

さて、皆さんも、中国その他諸外国で「うそんこ日本語」、見かけたご経験はありませんか?
私はこれを見るのが大好きです。
発見すると、嬉しくなってしまいます。
とても笑えて、なんというか、日ごろ使っている日本語に対して、新しい感覚を得られる。

たとえば、写真の中ほどをご覧ください。
「茶杯はふさい程その香りがよく」
ふさい。
いったい、原型の日本語はなんだったのか。
それを考えると、とても愉快です。
旦那さんに聞いてみると「『ふかい』じゃない?」という。
なるほど。
草書のように書けば、たしかに「か」と「さ」は似て見えるかも知れない。

しかし。
もっと驚くべきことがありました。
日本語としては正しいのですが…
「水は泉が最適です。」
泉、です。
なかなか近頃は、見かけることがありません。
私なぞ、そんな都会育ちでもありませんが、泉を見かけたのは昔話や絵本の中のみです。
水道の水でもいい香りなのに、泉の水なら、どんなことになるのかしら。
それより以前に、中国の人は泉の水で飲んでいるのかしら。
日本でも、茶人ならば同じような感覚を持っているのでしょうか。

中国の方にぜひそのあたりを、お伺いしたいものです。
取り扱い説明に「泉」があるなんて、
なんだか蘇州西湖あたりの風景を思い浮かべて、
ロマンに浸ってしまう、私なのでした。

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April 05, 2007

はるうらら。

070401_151501天気が良いと、隣の植物園におでかけします。
桜と菜の花と、萌える緑の美しいこと。
植物園の奥の奥には、とても大きな染井吉野があって、それは見事に花を咲かせています。
雨や風に散らされた花びらが緑の芝生の上につくる、うすべに色の水玉模様もまた、格別の風情。

どうして私たちは、満開の桜をみると、
心の奥のほうが浮き立ってくるのでしょう。
風に散りゆく物悲しさもまた、美しさとして受け止めてしまうのでしょう。

中学校の頃だったか、小学校の頃だったか、国語の教科書に載っていた小説を思い出しました。
台湾で幼少期を過ごした主人公には、桜の花が美しいと思えない。
色もぱっとしないし、まるでティッシュが木になっているように思える。
真っ赤に咲くなんとかいう台湾の花の方が、よほどきれいだと思っている。
その主人公の父だったか母だったかが、いまわの際に、満開の桜がみたいと言い、
その野辺送りの後はじめて、ひとりで桜の木の下に佇み、
満開の桜の美しさを知る。
そんな物語でした。
たしか戦争とか病とか、そういうテーマが根本にある物語でしたが、
ティッシュの木から美しい花に、価値観が変わるというのに、なんだか驚いたように記憶しています。

桜をめでるようになったのは、平安くらいからのこと。
その前、奈良時代には、花といえば、梅のことでした。
唐渡りのものが、とても愛された時代でした。
桜と梅。
桜がより愛でられるようになったのは、農作物との関係が強い花だったこともあるでしょう。
桜や辛夷の花の咲き具合で、その年の豊作凶作を、私たちの先祖は長いこと占ってきました。

私個人としては、見てよし、香りをきいてよし、実を食べてよし、という点で、梅に軍配をあげてしまいます。
梅干なくして、私の食生活は全く成り立ちませんから…それに、家紋の女紋が梅鉢であることからも、梅を贔屓したくなります。
が、それと桜の美しさを愛でるのとは、また別の次元。
美しいものは、なんといっても美しいです。

桜の花が咲いたときの、あの高揚感。
それは長い時間をかけて、DNAに刷り込まれてきたものかもしれませんが、心地の良いものです。
満開の桜もきれいですが、私はへそまがりの気風があるらしく、葉が少し伸びてきて、風に花の舞う頃合や、木の幹からひょっこり咲かせている「へそまがり」の花が、大好きです。
070401_151201

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April 04, 2007

おおきなおわん。

070326_161201ある日のこと。
はると買い物に行くと、彼はスーパーに嫌がって入りませんでした。
「なに?どうしたの?」
と聞くと、別の方角を指差して、すたすた歩いていきます。
ついていってみたら、スーパーの隣にあるお寿司屋さんに、そのまま入っていき「いらっしゃいませ」と迎えられているではありませんか。

今まで2度くらいしかきたことがないのに、はるは慣れた様子で回転寿司のテーブル席につき、「う!」といって、タイミングよく流れてきた「とろアナゴ」を指差しました。
どうやら、食べる気らしい。

はるはとっても食欲にも食べるものにもムラがあるので、食べてくれるときに食べてもらうのが一番。
「とろアナゴ」と「炙りウナギ」をとって、食べてもらいました。
食いつきも良く、とっても満足そう。
味噌汁の写真をしきりに指差すので、あさりの味噌汁も注文したところ、自分の顔よりも大きなおわんに入っているあさりの味噌汁を、スプーンですくって懸命に食べていました。
喜んで食べてくれるならそれが一番。

この寿司屋さん、実は全品100円というのが、ウリなのです。
おやつがわりと思えば、はるのお食事しめて300円ばかり、目くじらたてるほどでもありません。
はるが喜び、お財布も喜ぶ、おやつタイムなのでした。

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April 03, 2007

すごい麦酒。

070331_201201こんなビールを発見しました。
坂本龍馬のビール。
なんと、オランダのビールだそう。
ベルギーの「禁断の果実」ビールの隣に、並べられておりました。

ちなみにこの方、日本で初めて新婚旅行をしたのだそう。
(そんな問題が、江戸検の問題集にありました)
写真技術が日本に入ってきてすぐの頃に写真をとっている人でもありますし、
なんだかとてもハイカラな印象を持ちます。
(製造元がなぜオランダかは不明ながら…)

そういえば、今、東京都写真美術館では、「夜明けまえ」という展覧会を開催中です。
日本における写真の黎明期の貴重な写真が見られます。
龍馬を撮った長崎の上野彦馬と並び称されるのが下田の下岡蓮杖です。
商業写真の祖といわれている下岡蓮杖が撮った市井のひとびとの写真は、とくに私の心に響きました。
小泉八雲が「親切で信頼感にあふれ妖精のよう」と称した日本のひとびとが、そこにいるように思えて。
お近くの方はぜひ、足を運ばれてみてください。
幕末――ちょうど龍馬が肖像写真を残した頃の、雰囲気も味わえます。
江戸の町並みの写真もありました。
ちょっとしたタイムトリップが味わえます。

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April 02, 2007

ねずみのケーキとミミ

070331_170501鎌倉・長谷にある、ちょっと気になっていたお店に立ち寄った。
通りかかったら、実によいタイミングだったのだ。
どんなタイミングだったかというと――

そもそも、ことのおこりは、母が来たことによる。
母が来て、段葛から八幡様にお参りをしたら、ふと「ご朱印帖を持ってきたの」という。
母は、父の健康と、弟の開運を気にしていた。
特に弟は以前ブログにも書いたのだけれど、当て逃げにあったり、強盗にあったりと、さんざんな目にあっていて、以来どうも不運続きなのである。その心配もあってかどうか、父はもともと食事が好きではないのに、いっそう食が細くなり、もともと細い身体が更に骨と皮になりつつあるという。
母としては状況好転のために日夜努力をしているのだが、神頼みをしっかりと行っておきたいという。

八幡様のご朱印をいただいた後、帰りがてらにそんな話をしていた目の前に、弁天様があった。八幡宮の境内にある、弁天様だ。
「じゃあさ、弁天様でもご朱印、いただけるはずだよ」
と指差して、そこから物語がはじまる。
急遽(つまり、思いつきで)、七福神をめぐろうか、ということになった。

その日の夕方には仙台に帰ることになっているので、当然時間は限られているし、私たちのことだから、あちこちのお店に引き寄せられることは間違いない。
半分でも回れればいいほうかしら、と言いつつ、近くにある七福神のひとつ、宝戒寺・本覚寺をまわった(その間にも、八幡宮のぼたん庭園をはじめ、昨日書いた和菓子屋さん、大仏茶廊、小町通りのショッピング、おせんべい屋さんなどを経ている)。
ついで思いついたのが、長谷界隈。

長谷寺で観音様を拝み、となりの出世大黒天によくよくお願いをし、続いてはしっとりと風情があって大好きな御霊神社(鎌倉権五郎神社)へ。
こうして、七福神のうち五つを、回ってしまったのだ。

もちろん私たち、鎌倉権五郎神社そばの、力餅屋と三留商店で薬膳ソースを手に入れることも忘れてはいない。それに、たまたま通りかかった、漁師さんがやっている鎌倉沖のしらす直売で、しらすも買って。
どれ、ではそろそろ戻りましょうか、とバス停で、時間をつぶすのに入ったのが、このカフェだったというわけ。

前置きが長くなりました。

そこで、こんなかわいい、ねずみのケーキを見つけたのだ。
もう絶対、近頃動物好きのはるが、大喜びすることだろうと、私は思っていた。
だがしかし――
はるは、ねずみをひとくち食べて、眉根をしかめ、母が頼んでいたチョコレートケーキに手を出し始めた。
それは大人向けのチョコレートケーキ。
つまり、甘すぎなくて、リキュールの香りがして(おそらくアルコール分は作る段階でとんでいるだろうけれど)、苦いコーヒーにとても合うような。
一方、ねずみのケーキは、フルーツケーキをチョコレートでコーティングしているくらいだから、とても甘い。
仕方なく、母と私はねずみを半分こして食べる羽目になった。
オトナと子供、逆転である。

おいしいのに。ねずみケーキはオトナには甘いから絶対コドモむけなのに。
と、ぶつくさ言う私たちの声は、全くしらんぷり。
結局はるはチョコレートケーキを、一皿平らげた。
ぬるめのホットミルクも、一杯飲みきった。
動物の絵本を、母――つまりおばあちゃん――に読んであげていた。
特に、八幡宮で一緒にみたりすを、「リシ、リシ」といいながら、懸命に。
(残念ながら、その絵本にねずみはかかれていなかった。ねずみが書いてあったなら、もう少し興味を持ってくれたろうか)
甘すぎるくらい甘い夕暮れに、居酒屋の光がぽつりと灯った。
母はいつまでも、はるの絵本に耳を傾けて「そうねぇ」と相槌をうっていた。

はるはこの日、またひとつ言葉が話せるようになった。
母が自分をそう呼ばせている言葉、マミ(フランス語でおばあちゃんのこと)。
「ミミ」と、呼べるようになった。
(まだ、合ってないけど。)
駅で見送った母の背中に、「ミミ」とつぶやいていた。

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April 01, 2007

幻の和菓子を

070331_201001とうとう、手にできました、憧れのお菓子。
またの名を幻のお菓子。

以前、お茶処でであった和菓子屋さんのご主人、ここのお店のご主人なのです。
鎌倉の、お茶人、通人が「お菓子といえば」必ず名をあげる、和菓子の名店。
しかしながら、一般に小売はされておらず、入手には予約が必要なのだとか。
ごくまれに、ラッキーで、一般のお客さんでも上生菓子がいただけることがあると聞いていました。

いつも「買えない」というお話しか聞かないので、あまり期待せずに、しかし淡い思いを抱いて訪れてみると…なんと、あったのです。

鶴岡八幡宮や建長寺など、名刹や神事のお茶会には、必ずここのお菓子が使われるお店。
おずおずと「予約などしていないのですが、お菓子はいただけますでしょうか…」という私に、職人さんとおぼしき目のやさしげな男性はあっさり「あるものしかないですが、ありますよ」とお答えに!
この嬉しさ、しびれるほど、と言ったら表現が古いでしょうか。

帰り道には、大仏茶廊――作家・大仏次郎氏のご自宅を茶廊にした、土日限定のお店――にも行き当たり、興奮冷めやらぬまま、ついふらふらと寄り道。
はるは抹茶を飲むので(いつも珍しがられます)、ふたりでお抹茶をいただきました。
奇しくも、添えられたお菓子は、手元の包みの中でみかけたお菓子。

黄色い蝶の生菓子をほおばりながら、大仏次郎先生愛用の万年筆を見たり、手紙を見たり、お庭をぶらりと眺めたり。
お部屋の隅に小さな仏壇とおぼしき箱があり、そっと手を合わせてきました。
はるも真似して手をあわせていました。
春の陽気に誘われて、気分もほのぼの浮きたちます。
鎌倉は、住んでいるとはいえ、ちょっと小道に入ってみれば、本当にたくさんの楽しい(そして素晴らしい)出会いが転がっている町だなぁ…と改めて、大好きな土地への愛を感じます。
お庭を眺めながらのお抹茶が、じっくりおいしい、春なのでした。

ちなみにちなみに。
大仏次郎氏のペンネームがなぜこうついたのか、ご存知でしょうか?
当時先生は鎌倉・長谷の大仏様の裏にお住まいだったのだそうです。
それで、大仏様が「太郎」で、ご自身が「次郎」。
ユーモアたっぷりで、なんだかほのぼのします。

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