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February 14, 2007

カヌレをみっつ

街で時々見かける、フランス系のパン屋さん。
その看板を見かけたとき、大脳中枢から信号がぴぴっと送られて、私は無性にカヌレが食べたくなった。

カリカリモチモチの食感と香ばしいスパイスの香り、表面いっぱいにかけられた、ほろ苦さを含んだ甘い蜜。
それらが口の中で、信じられないくらいにとろけるお菓子、カヌレ。

いてもたってもいられず、店に吸い込まれていった。
店には空席がなかったが、ああ神様、まるで私のために準備されたように、一番端の席の女性が席を立った。
きっと今日という日は、カヌレを食べるためにあるに違いないとさえ思った。
それで私は幸福な誤解を胸に、ワクワクとカウンターに立ち、ショーケースを覗きこんだのだが――
ない。
カヌレが、ないのだ。
信じられなくて、店の端から端まで視線を走らたが、やっぱり、ずんぐりむっくりした黒い菓子は、ない。
仕方がないので、注文を待ちわびる店員に、カフェオレ(メニューには、ちゃんとフランス風に、カフェクレームと書かれている)とだけ告げた。

がっかりしながら本を読む店内には、店員の女の子の妙に高い声が耳に響いてくる。
持ち帰り客の注文を繰り返しているらしい。
「…パンオショコラ、それから、カヌレ…」
カヌレ?
私は本から顔を上げた。

三人いる店員のうち、どの人が今、カヌレといったのか?
目を皿のようにして探したのだけど、カヌレの姿はない。
なにかの聞き間違いだったのだろう。
ところが、また少しすると、「カヌレをみっつ」という言葉が聞こえてくる。
でも、そう言った店員は、およそカヌレの愛らしいたたずまいとは似ても似つかない、無骨な食事パンをつかんでいる。

ああ、カヌレ、カヌレ、カヌレ。
会えない時間に愛が育ち、
その日以来、とても、カヌレが食べたい。

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