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January 2007

January 31, 2007

立腹帖。

近頃、非常にイライラする。
毎日毎日、イライラの種がどこかしらに落ちている。
そういうわけで良くぷりぷり怒っている。

当然のことながら、怒っていると、精神衛生上はもちろん、家中空気がよろしくない。子どもも吠え出す。
私は激昂すると尋常でない力が出るらしく、先日非常に理不尽な態度をとられた時は(たいていこういうのは身内が原因)、思わず近くにあったファンヒーターを蹴ってへこませてしまい、旦那さんに暴行がバレて叱られた。
家の中での暴力、という意味においては、私は立派なDV加害者だ(家電製品に対して)。

さて、なんでこんなにイライラするのかというと、あまりその理由が思い当たらない。
カルシウムが不足するとイライラするらしいと聞くのだが、くだんのエスプレッソマシンで毎日カフェオレをたらふく飲んでいるので、牛乳由来のカルシウムはふんだんに摂取しているはずである。
砂糖をとりすぎるとカルシウムを溶かしてカルシウム不足になるのでイライラするらしいとも聞くのだが、朝にチョコレートを、午後に飴を食べる程度しか砂糖はとっていないはずなので、これも状況にそぐわない。
原因不明となると、対処療法的にイライラを解消する方法が必要となってくるのである。

考えた。
して、はたと思いついたのが、内田百閒先生の著書『立腹帖』。
そうだ、その手がある。
腹が立ったたびに、書き留めていったらどうであろう。
言葉に置き換えたら、多少は気持ちも落ち着くのではないか。
しかし、そうなると、ただ書き連ねただけでは面白くない。
他の誰が読むわけではないにしろ、せっかくならこれを修行として捉えて、前向きに転換してみたらどうか。
それにはまず、文章作法から――。
そんなわけで『立腹帖』を買いに、まだ吠え続ける子供を伴って、いそいそと書店に向かった。

書店は、我が家ではその別名を『魔境』という。
求める本以外にも必ず「買え」と洗脳してくる本が何冊もあるし、その呪縛からは逃れるのが難しく、たいていその要求に従わざるを得ない、大変恐ろしいところだ。

私は求める『立腹帖』があるはずの棚を目前に、やはり呪縛に絡めとられた。
別の出版社が出している百閒先生の別の著書が、らんらんと光る目で私を見つめていた。
こういう場合は大変危険である。
危険であると知りつつも、愚かなるかな、私はその1ページをめくってしまったのである。
他の本ならいざ知らず、百閒先生の1ページは、私を呪縛でぐるぐる巻きにするぐらい、赤子の手をひねるようなものである。
ページが進むごとに私は立腹帖のことなどすっかり忘れて、ときにくすくすと笑いを漏らしながら、レジに向かう。
私に笑みを確認したせいか、吠えていた子どももまた笑みを浮かべて、音の出る電車の絵本を手にレジについてきた。
家につくと、私は暖かいカフェオレを、子どもはホットミルクをそれぞれ手に、読書する。

そうやって幾日か過ぎて、そういえば『立腹帖』、今回も買わなかったなぁと思い出す。
当然のことながら自分で書くにも至らない。
その前の前の段階くらいで永遠に、堂々巡りしているのである。
いつか書ける日が来るのであろうか、立腹帖。

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January 30, 2007

たべさせごっこ。

070124_11290001近頃、はるの食事にとても時間がかかるようになりました。
「食べさせごっこ」がエスカレートしているのです。

食事時にキリンやゾウのブロックを持ち出して、
まず彼らに食べさせ、そこから自分が食べるという行動をはるがはじめたのは、仙台から帰ってきてからだったでしょうか。
それがいまや、トーマス一族郎党(?)全てが積み重ねられ、一台ごとに食事を与え、そして自分が食べるのです。(ちなみにお気に入りのパーシーとゴードンは、必ず一番前を陣取り、食べさせられる回数も多いのです。えこひいき?)

毎日、毎日、毎日。
そういうわけで、食事時に片付けてほしい彼らが、食卓上のかなりのスペースを占領して、私や旦那さんはちぢこまったように食事しています。
とはいえ、こういう「やさしい心」の発芽、摘み取ってしまいたくないし…
息子の姿に和みながらも、葛藤する日々なのでした。

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January 29, 2007

午後、木陰の幻影。

公園の外、緑色の網フェンスの向こう側で、大きな白黒のブチ犬が優しい目をしてこちらを見ていました。
おすわりしている状態で、はるの頭くらいまである、大きな大きな犬です。
雪山の救助犬になったら似合いそうな、そんな犬でした。

犬はとてもおとなしく、公園にいる私たちを見守っています。
はるが滑り台を二三度滑るわずかな間に、犬は音もなく、いつの間にかいなくなっていました。
犬がいたところは滑り台の正面で、去っていくところが見えないわけはないのです。

近づいてみたら、それは、白いガードレールに映った木の葉の影が、ちょうど犬のような形に見えていたのでした。
日が移ろうわずかの間に、犬はただの影に戻っていたのでした。

影だとわかっても、
あの暖かな目だと思ったのがガードレールのネジだとわかっても、
なんだか懐かしい人にあえたような、ほこほこした嬉しさが心に残りました。
やっぱりあれは、ただの影じゃなかったのではないかと、そう思います。
一瞬の幻影を借りて、誰か懐かしい人が、会いに来てくれたのではないかと。

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January 28, 2007

トマトのにおい。

先日、ふらりと入った薬局でかぜ薬を買い求めた折、店員さんのおばあさんが不意に聞いてきた。
「あなた、トマトのにおいが弱くなったの、分かる?」
私には彼女が何を言っているのか分からず、風邪薬とトマトの関連性もわからず、しどろもどろにいいえ、とだけ答えた。

おばあさんいわく、土の力が弱くなったのだそうである。
「昔は、隣の家でトマトとかきゅうりを切っていると、ああ、トマト(きゅうり)を切っているなとわかるくらい、においがしたもの」なのだそうだ。
それはひとえに土の力に由来し、自然の肥料からたっぷりと栄養を吸い上げた野菜は、においも味も強くて、もちろんその分だけ、栄養もぎゅっとつまっていたという。
「ひところの、5分の1、いや、10分の1くらいしか、今の野菜には栄養がないよ」
と、彼女は続ける。
よくよく聞いていたら、栄養が足らない分を他のもので補給しないと、免疫力が落ちて、風邪がなかなか治らなくなったりするのだ、という結論のために(その先には栄養補給商品の紹介が待っている)トマトが持ち出されたようだった。

しかし、私にしてはなかなかショッキングな内容でもあった。
その「強いにおいのトマト」を食べていた時代というのを、私は知らない。
そんなにおいのするトマトに非常に興味を持った。

以前、どこでだったか、トマトの香りの香水をというのを見たことがある。
野菜が香水になるというのにも驚いたのだが、そんなに香りがするものだろうか、とも、確かに思った。
トマトの香水を好んでつける人というのには未だお目にかかったことがないが、もしかすると、往時の「強いにおいのトマト」を知っている人には、ノスタルジックな香りなのかもしれない。
今、昔ながらの生活というのが見直されはじめ、実際私もそれに興味を持つ一人であるが、まわりの環境があまりにも変わったのかもしれない、とも思う。

江戸人たちは、こぞって四季を愛でたという。
在から出てきた人たちは、狭い江戸という地で、四季の自然を愛でた。
対照的に、自然に囲まれた在では、江戸ほど暦を追った生活はしていなかったらしい。
つまり、身近に自然を失いつつあった江戸の人々がそれを愛でていた。

なんだかこれは、今の私の興味の方向に似ているように思えた。
失いつつあるものを、失わないように愛でる。
なんでもかんでも昔の方が良いとまでは思わないが、「トマトのにおい」のように、失われてしまったものもある中、引き継がれている暮らしの中のちいさな伝統を大事にしたいものだと思った。

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January 27, 2007

コーヒーを飲みに、家に帰ろう。

我が家にエスプレッソマシンが来て、約1ヶ月です。
この1ヶ月で、かなりの量のコーヒーを飲みました。
嬉しくてつい、というのに加えて、やっぱりおいしいし、手軽だから。

それまで我が家のコーヒーは、やかんでお湯を沸かして、ハンドドリップが基本でした。
こうするときに立ち上る、香ばしい香りも、楽しみの一つでした。
それは今も変わらないながら、忙しいときや朝起き掛けにキュッと飲むには、やっぱりエスプレッソマシンが断然便利。
デカフェ(カフェインレス)のものもあるから、夜にちょっと飲みたいときにも最適。

なにより、近所に外出しているときコーヒーが飲みたくなると、今までだったらコーヒー屋さんを捜し求めたり、ペットボトルのお茶で我慢していたのが、今は「コーヒーが飲みたいから、うちに帰ろう」になりました。

この変化は私だけではなくて、旦那さんにも。
今まで一緒に外出していると「じゃあスタバに寄ろうか」「どこか喫茶店を探そうか」となっていたところが、彼は「うちのコーヒーが一番おいしい」とまで豪語して、率先して家に帰ってくるようになりました。
旦那さんいわく、スタバのコーヒーもいいけど、うちのコーヒーの方がおいしい、とのこと。
家でリラックスして飲むからというのも手伝っているのでしょうが、機械ひとつで団欒の時間が増えたような、そんな嬉しさもあるのでした。

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January 26, 2007

ハイテクこども。

070118_11140001はるの最近のお気に入りは、インターネットで見る絵本です。
パパが仕事で留守なのをいいことに、PCの上に自分の家来衆(?)を乗せて、カチカチクリックしながら絵本を見ています。
いろんなお話があるのが楽しいみたい。
また、仕事中の私と向かい合っているのも、楽しいみたい。
ときどきは、PCをはさんで、かくれんぼが行われます。
いまどきの子供って、こういうのになじむのはとても早いですね。

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January 25, 2007

自然の絵画。

070108_13130001植物園の生垣に、桜の影が映っていました。
自然がつくりだした、絵画のよう。
しばし見とれて、優雅な散歩を楽しみました。

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January 24, 2007

隠れ里へ。

070119_13410001昔、隠れ里といわれていた地域があります。
そこにひっそりとある、佐助稲荷。
昔は「隠れ里稲荷」とも呼ばれていました。
訪れたことがないのに、なぜかずっと「好きな場所」だと、確信していました。

ところで、時々ふと、人ならぬものに、呼ばれることがあります。
何もオカルティックなことではないのですが、私が「呼ばれる」というのは、ある場所に予定していないのにどうしても行かなければいけないような気がするとき。
この日も、はるの療育グループが終わって、駅までのほんの数分を歩いているときに、呼ばれました。

「はる、隠れ里稲荷、行ってみようか」
偶然なのでしょうが、はるはその小さな指で、駅に続く四辻で、隠れ里稲荷に続く道を指差しました。
仕事の〆切の日。
すぐに家に帰って連絡を待つ筈だったのに、どうしても、行かなければいけないような気がしました。
はるは半分歩いて、半分抱っこです。
大人の足で20分かかる道のりは、二人ではその倍ほどもかかります。
ゆっくり歩き、ときどき休み、ひっそりとした住宅地の先に「佐助稲荷」と刻まれた石碑を見つけました。
神社の階段が気に入ったのでしょうか、はるはどんどん石段を登っていきます。
途中、狛犬ならぬ狛狐が見守っています。
それを見つけるたびに、はるは嬉しそうに私を振り返っては、また先を進むのでした。

070119_13440001石段を登る中、谷戸の木々の中から、幾つもの目がこちらを見ているような気がしました。
嫌な感じがしない、ただじっと見られている感じ、それはなにか見守られているようでもあって、やっぱりここは好きな場所だ、と思いました。
光が緑色に降ってくるような、気持ちのいい場所でした。
気持ちがほぐれていくのがわかりました。
呼ばれて、良かった。
つくづくそう思いながら、お参りしました。

070119_13510002ほどなくして、森の中から見ていたいくつもの目の正体がわかりました。
境内に「小鳥のレストラン」と書かれた木札が立てられ、そこに、小鳥ではなくリスが、たくさんいました。
リスに見守られていたのかと思うと可笑しくて、くすくす笑いました。
はるはリスをじっと見て、木々の間からつぎつぎ湧き出てくるリスたちを指差して、喜びます。
うちの孫と同じ年だといって、参詣中のおじいさんがおせんべいをはるに下さいました。

初めて訪れたけれど、やっぱり「好きな場所」でした。
頻繁に来る場所ではないかもしれないけれど、とっておきのときに、ふと訪れたい。
この場所自体の空気に触れたい。
そう思える場所でした。
ここに「隠れ」ていたのは、どんな人たちだったのでしょう。
なんだか私には、それは人じゃないようにも、思えるのです。
森の中から見ていたのは、リスだけじゃないかもしれない。
そう考えれば考えるほど、ここがふつふつと好きになるのでした。

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January 23, 2007

素敵なのりもの。

070115_11280001昨年末、クリスマスプレゼントにと、おじいちゃまおばあちゃまから買っていただいた三輪車。
近頃は三輪車に乗りたくて、毎日外に出ないと気がすみません。

ただし、まだ自分でペダルをこぐことができず、後ろの手押し棒を押せと命令します。
後ろから押されていても、快適なこと&楽しいことにはかわりがないよう。
いつもとっても上機嫌です。

「2時間くらいこいでたら、自分でこぐのを覚えちゃったよ」という同じ年頃のお友達もいますが、はるは体力温存型なのでしょうか?!

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January 22, 2007

ハイテク時代。

070117_18540001ずっと気になっていたものを、ついに入手した。
時代は変わったものだなぁと思う。
この写真、これ、お守りなのです。
幸信守、と書いて、さちめーるまもり、と読む。
携帯やPCに貼れば災いを防ぎ幸運を呼び込んでくれる、鶴岡八幡宮の新しいお守りなのです。

大型文具店や和風雑貨のコーナーで時折見かける、漆金蒔絵のシールがありますね。
縁起のいい鶴亀のほか、歌舞伎の隈取の形や、宗達の風神雷神などを見かけますが、あれと同じです。

500円硬貨くらいの大きさがあるので、PCに貼りました。
いつも見守ってくれているような感じです。
羽ばたいた翼が、○の形になっているので、目の端に入ったときになんだか気持ちが和らぐような効果もあるようです。
この出来はどうだろう、と思ったときに、鶴が「○」と答えてくれているようで、嬉しいのです。
まあいいか、このまま進んでみよう、と思えるような…。

しかし、ハイテク機器専用のお守りまで出るとは。
すごいものですね。

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January 21, 2007

夫婦の危機、到来。

070118_10550001私たちも出会ってから今年で4年目。
4年といったら、大学を卒業できるほどの年月である。
決して短くはない。
小競り合いは重ねていても、大きな危機に際することもなくここまで来たのだが、ついに先日、夫婦の絆を揺るがすビッグウェーブが訪れた。

写真で、はるが手にしている物体を、ご覧いただきたい。
これが、問題なのである。
最新鋭の携帯端末。
モノ自体に罪咎はない。
あるのは、旦那さんに、なのだ。

携帯を変えたいといい始めたのは私。時期は、昨年の秋。
新機種が発売されてまもなくの頃だったように思う。
ずっと使っていた携帯のバッテリーが寿命を迎え、日に2度充電しなければいけないほどになっていた。
そろそろ変え時だろうと思われた。
私はauユーザーなのだが、新しいサービスもいろいろと気になっていた。とくにLISMOは使ってみたかった。
そんなわけで、近くの電気屋さんを通るたびに、いろんな機種を手にとっては、あれこれ考えをめぐらしていたのだ。
携帯を変えたい、と言ったときに、猛反対したのは、旦那さんだった。
お金がかかるというのを筆頭に、なんだか関係のないような日常のことまで持ち出されて、否定されたように記憶している。
年末近くまでその議論は続き、私は仕方なく、バッテリーを新しくするにとどめた。
手続きに訪れた店頭でも「もう20ヶ月使ってますから、機種変更もいいのでは?」と薦められたのを、「この形が気に入っているので」と言って(それはそれで事実なのだ)断った。

その2週間後の、ことである。

ある夜、見知らぬ携帯番号から自宅に着信があった。
出てみると「あー、俺です」という。
詐欺か?と思った。
しかし、声は旦那さんの声だった。
「何、この番号?誰かの携帯借りたの?」
そう問う私に、旦那さんは、浮かれ調子で言うのだ。
「携帯変えちゃったよ~、最新機種。ワンセグ見れるやつ。一番あたらしいやつ。」
一瞬、先日猛反対されたときの出来事が私の脳裏を駆け巡った。
つま先から頭のてっぺんまで血がふつふつ沸きあがるのに、さほど時間はかからなかった。
「どういうこと?!」

現在発売されている中で一番新しい機種に、旦那さんはさっさと変えていた。
思い立ったが吉日、といわんばかりに。
私が変えたいと言ったときのことなど、まるで頭にないようだった。
その浮かれぶりに、私はさらに憤った。
私が変えたいと言った時には反対された旨を抗議すると、旦那さんは、ちょっと困ったような顔をして「じゃあママちゃんも変えたらいいよ」などと言う。
さらに怒りは勢いを増す。
こちとら、バッテリー交換で割引のポイントも使った後じゃわい。いまさら変えれるか。
怒髪天、というのは、こういうときに用いる言葉だと思う。

私の不動明王のような憤怒相にも、ちっとも悪びれず、旦那さんは新しい携帯の設定をして楽しんでいる。
許せなかった。
今私が使っている機種に変えるとき、旦那さんは「おそろいがいいから、やっぱり僕も変えるよ」と、一緒に機種変更をしたのだったが、あのときの「おそろいがいいから」は、何気に嬉しかったのだ。
どうせ変えるなら、一緒に変えるものだと思っていた。
なのに、である。
人に禁止しておいて、自分ばかり新しくするとは、何事か。
人にバッテリー交換だけにとどめさせておいて、自分は最新鋭機種にするとは、何事か。

そういうわけで、あんまり頭にくるので、意地でも私は機種変更しないのである。
そして、旦那さんが寝た隙に、はると一緒に、最新機種で遊ぶのである。
旦那さんの知らない隙に、いっぱいワンセグ見てやる。
コンテンツもダウンロードして、LISMOも使ってやる。
ちくしょう。

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January 20, 2007

ちいさくても、一人前に?

070115_14290001_1はるの歯医者に行ってきました。
八幡宮にほど近い歯医者さん、きれいな女医さんと優しい歯科衛生士さんたちがいらっしゃるところを予約しました。はるは、きれいなお姉さんが好きなのです。一人前に。

この私の作戦は、見事勝利を収めました。
歯科検診では、あれだけ泣き叫び、絶対に口を開かず、歯医者さんの鏡までがっちり銜え込んで離さなかったくせに、きれいな女医さんが「はるくん、先生にお口、あーして見せて」と言われると、いやー!と泣きながらも、ぱっかり口を開くのです。
幸い、治療らしい治療はまだなくても大丈夫とのこと。
フッ素を定期的に塗って、ケアしていきましょうということになりました。
フッ素も、流石こども用とあって、いろいろな味があります。
バナナ味、りんご味、いちご味…
先生に「はるくん、どれにする?」とにっこり聞かれたら、はるはちゃんと自分でイチゴ味を選んで、味わいながらフッ素を塗っていただきました。

で、実は、はると同様に歯医者嫌いの私も、はるが行くなら自分は行かざるを得ない。
でもやっぱり、優しい先生にケアしてもらうのは、うれしいものです。
深刻に考えていた歯――詰め物がとれた後1年半も放置した歯ふたつと、治療途中で引越しになり「ぜったい3ヶ月以内に歯医者さんに行ってください」と念を押されたのをこれも一年半放置した歯――についても、「大丈夫ですよ~」と優しく応対してくれる先生が、女神様に見えました。
過去に何度言われたか知れない「どうしてこんなになるまで放っておいたんですか!」という台詞と、眉間の皺はいざ知らず、叱責、罵倒も仕方ないと、悲痛な覚悟をしていた私には、本当に本当に、有難かったのです。
(余談ながら、どれだけ私が歯医者嫌いかというと、歯医者さんでなまじっか痛い思いをするのが嫌なために神経を抜かざるを得ない状況まで意図的に虫歯を進行させた経験がある。歯医者さんがしかめ面で「こりゃ神経抜かないとだめですね~」という台詞に、顔を腫らしながらほくそ笑んだ。それくらい、歯医者が嫌いなのである。)

翌日も八幡宮まで出かけた私たち。
はるが嬉々として歯医者さんへ行こうと途中の道を曲がるのを見たとき、やっぱり優しくて美人な先生のいる歯医者さんにしてよかったと、しみじみ思ったのでした。
ちなみにはるは、「ちゃんと歯磨きしたら先生のところにいくよ」というと、いつもより熱心に(今までの倍以上)歯磨きをするようになりました。
…こういうことは、一人前です(笑)。
こんな若いうちから面食いで、将来どうなるんでしょうねぇ?

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January 19, 2007

ぼたんの咲く頃。

070115_14270001鶴岡八幡宮では今、ぼたんが見頃です。
神苑ぼたん庭園が見られます。
白いもの、紅のもの、淡い桃色のもの、さまざまな牡丹が、ひそやかにそこに咲いています。

源氏池をぐるり取り囲む庭園に、初めて入りました。
ときおり白鷺が羽ばたいて、魚を取っていました。
対岸の休憩所の方に点々と、白鳩の群れが餌をついばんでいるのが見えました。

日が翳る時間だったせいでしょうか。
牡丹園の静謐は、花々のひっそりとした会話さえ聞こえてくるようでした。
すれ違う老紳士が帽子を脱いで会釈し、私もそれに笑顔で応えました。
すれ違う人は皆、笑みを浮かべていました。
老夫婦が寄り添って、牡丹を見ていました。
ひそひそと、「咲いたのもいいけど、つぼみの丸いのも、愛らしいね」と言う声が耳に届きました。
おふたりは、何度も何度も、無言で頷きあっていました。

ぽちゃん、と時々、魚が跳ねたりします。
ばさばさっと、鳥が飛び立ったりします。
なんだかとても密な時間が、ありました。

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January 18, 2007

和風文具?

070110_11450001スリムな形の4色ペンて、なかなかであったことがない。
だから、このタイプのペンに出会ったときは、それはそれは嬉しかった。
写真のペンと色違いの、銀色のを愛用していた。
北欧文具の雑貨屋さんで買ったものだった。
ドイツだったか、デンマークだったか、そのあたりで仕入れたと店の人が言っていた。

そのペンを旦那さんが褒めてくれたのでそのまま差し上げた数日後、別なお店で、このペンを見かけた。
また同じ銀色を買おうと思ったのだが、よくよく見てみると、なんだかこの赤×金て、和風な感じがするのである。
これなら着物の時に持っていても、かわいらしいかもしれない。
漆の赤にも似た、気持ちのいい赤だと思った。
きっと誰も、これが北欧文具だなんて、思わないでしょうね。

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January 17, 2007

トラ、トラ、トラ。

070114_20230001ケンタッキーフライドチキンでは、今、ぞうのエルマーシリーズのおまけがもらえるキャンペーンを展開中だ。
エルマー好きのはるは、早速見本の入っているプラスティックケースにへばりついていた。
これは久々に、熱い戦いがやってくるかもしれない、と私は予感した。

近所にあるケンタッキーは、スーパーやホームセンターなど大型商業施設の一角にある。
つまり、ファミリー層が多い、おまけ争奪の激戦区でもある。
人気のあるおまけの時は即座になくなるし、逆に人気がないおまけは他の商品がないときの補助にまわされる(私たちは「気持ちばっかりおまけ」と呼び習わしている)。

そんなわけで、私ははやばや戦闘体制に入った。
すなわち大人買いだ。
こども用のセットを2つ注文して、まずはマグカップとお皿を手に入れる。
残りのランチョンマットとフォーク、スプーンは次回に回したのだが、これは正しい選択だったと誇らしく思う。
なぜなら、数日後に再び訪れたとき、マグカップとお皿は既に終了していたからだ。
この調子では、残りの品も危ないと考え、私はその日どうしても食べたかったチキンフィレサンドを断念し、パパが望むオリジナルチキンセットも中止して、こども用セットを3つ頼んで、残りの品も手に入れた。
作戦勝ち、である。

そんなわけで「エルマーのおやつタイムセット」をコンプリートしたのだが、はるがとっても喜んで、今までは「食べさせろ」とはしを持ってくるのだったのに、エルマーのフォークで自分で食べるようになった。
また、ランチョンマットに書かれている動物を指差したりして、食事どきも楽しげにしている。
心満ちるひとときである。
ある日、夕食のあと片付けをしていると、ランチョンマットのトラのところに、ブロックのトラがそっと置かれていた。
「おなじもの」と認識できるようになったのかと、嬉しくなった。
近頃、めきめき成長している、はるなのである。

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January 16, 2007

一目惚れ、ひさびさに。

070115_16520001「サラダをね、ぜひ盛ってください、そのために作ったんです」
ある陶芸家の方の個展(&即売会)が、鶴岡八幡宮にほど近いギャラリーで開かれていた。
入り口に「500円」と書かれたワゴンがあって、かわいい小皿やデミタスカップ、ぐいのみやお猪口などがたくさんあったのに惹かれて、ふらりとギャラリーに入ったのだ。
もちろん中の商品は500円ではないが、高すぎず安すぎず、悪くない、と思った。

入り口のすぐそばに、この皿はひっそり佇んでいた。
鳥が今にも羽ばたきそうに思えた。
なんだか私を待っていたような気がした。

うすくうすく、ずいぶん薄くひかれた空色は、霞に包まれたようで、どこまでも遠く広がっているような気がした。
茂り始めた木の葉。
春の、風景なのだろうか。

同じように、風景を絵付けされた皿はたくさんあった。
木が一本、丘の上に立っているのもあったし、木立の中に迷い込んだように見えるものもあった。

それでもやっぱり、この皿が気になった。
小暴君によって割られた皿が多いな、とか、先日もまた取り落として大皿を割ったよな、とか、そういう日常のことを思い出したのは、皿を抱えて家についてからである。
ほとんど前世からの因縁で引き合う恋人たちのように、私はこの皿と出会ってしまった。
いったい誰が私たちの仲を引き裂けるというのだろう?

肩からセーターをかけた初老の陶芸家は、なんだかシニアモデルのように、ぱりっとしていた。
この人がこの皿を作ったのかと思うと、違和感さえ感じた。
陶芸家というよりは、切れ者ビジネスマンのような紳士的な風情だった。
(芸術を生業にしている人は、すごく穏やかかめちゃくちゃ気難しいかだという偏見が私にはあった)
その印象は、すぐに変わった。
私が皿を手に、彼の元に持っていったときである。
「サラダをね、ぜひ盛ってください、そのために作ったんです」
そういう紳士の目は、ビー玉やメンコなどさもない宝物をいとおしむ少年のまなざしによく似ていた。きらきらしていた。
私は、瞬間、彼と特別な何かを共有できたように思った。

サラダを持ったところを想像してみる。
茶色い大地に、緑色の草むらがこんもりと作られるであろう。
その草むらの上を、鳥がくるくると旋回する。
空は悠然と霞をたなびかせ、春にぬるんだ風が、木々の葉を揺らすであろう。
なんだかとてものびやかで、幸せな気分のように思える。
そして私は、皿の上で、ピクニックを始めるのだ。

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January 15, 2007

巨大あおむし。

070111_12250001図書館で、とても大きな、はるのからだくらいある、「はらぺこあおむし」の絵本を見つけました。
はるはとっても喜んで、何度も何度も読み返していました。

とてもかわいいので、インテリアにもいいわーと思って価格をみたら、9800円。
う~ん、インテリア並みですね…。

はらぺこあおむし、私はあおむしがいろんなものを食べていくところや、その穴の部分が大好きだったように思うのですが、はるは、ちょうちょに変わるところが大好き。
カラフルで楽しいらしいのですが、完全に本の意図を無視していて(笑)、はるらしいなぁと思います。

こういう「はるらしさ」について、ちょっと考えさせられる事件がありました。

先日、市の歯科検診のときのことです。
私たちを含むたくさんの親子が、会議室の片隅に机や椅子を片付けて、茣蓙をひいた待合室にいました。
はるはちょろちょろと片付けられた机の向こう側に行ってしまうのですが、そんなことをしているのははるだけでした。私自身は独創性があっていいなぁと思っていたのですが、問診の保健師さんに「療育グループに通っています」と言ったら、突然その方ははるの行動を納得したように眺めて、同情めいた話し方になったので、驚きました。
その方がご好意でそう話してくださったのもわかるのですが、「のびのび育てる」ということを声高に言う気風の中で、枠からちょっとはみ出ている子をそのままに受け入れるのではなく、すぐに「異質のもの」と捉えてしまうのは、どうなのかなと思いました。好意なのは、わかるのですが…。近頃いじめの話題がとっても大きく言われていますが、こういうところにもそんな種を育ててしまう土壌があるように感じて、なんだかあまりいい気分ではありませんでした。

もっとも、「のびのび」育てすぎたためにはるは、早くも虫歯ができていました。
今日ははじめて歯医者さんに通います。
そんなわけで、ずっと歯医者が気になっていながら無視し続けてきた私もそろそろ年貢の納め時で、一緒に歯医者さんに通います。
少しでも楽しく通えるように、幼児受け入れをいている医院の中から、やさしい女医さんの、八幡宮(好きな場所)の近くの医院を選びました。
さてそれでは、泣き叫び地獄を見に行ってきます。

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January 14, 2007

暮らし方ひとつで。

先日、回ってきた回覧板に驚きました。
鎌倉に住み始めた頃、ごみの分別を結構詳しく指定してるもんだなぁと驚いたのだけど、なんと鎌倉市のごみのリサイクル率は、全国トップらしいのです。
全国平均が16.8%のところ、鎌倉は45.6%とのこと。
リサイクル意識が強いんだ、と改めて、鎌倉のひとたちの真面目さにほれ込みました。
私たちは実はあまりリサイクルが得意なほうではありませんが、それでも、ペットボトルのラベルをいちいち剥がして捨てるくらいのことはするようになりました。
こういうのは、習慣化するまでが大変ですが、一度習慣になってしまえば、何も考えなくても体が自然と動くものです。

リサイクル率が上がってくると、自治体は今度はごみの発生量に注目したよう。
「これからは、ごみを出さない!繰り返し使う!資源化する!」
という回覧板だったのでした。

これ、近年特に言われているので、近頃の問題かと思っていたのですが、いろいろ本を読んでいると、人口の集中した江戸でも、同じようなことが言われていたんですね。もちろん、深刻度は今の方が増していますが…。

ところで私は「繰り返し使う」というところに特に注目したいなぁと思いました。
意識しているのは、仙台に帰ったときに義母や祖母が行っていたちいさなリサイクル。
たとえば包装紙。
天ぷらなど粉ものをまぶすときにお皿がわりに使う(使用後そのまま捨てられて楽)とか、ケーキを焼く際のパラフィン紙代わりに使ったり。
折り紙で箱にして、みかんの皮などをいれて、そのまま捨てるとか。
ミックスペーパーでリサイクルにまわすのはもちろん、こういう使い方も、なんだかひとつひとつの資源を大事にしているようで、私はとても感激したのでした。
昔だったら、どこの家でもこういうちいさなリサイクルって、あったと思いませんか?
着物ひとつとっても、着られなくなったら裏地にしたり、こども用に仕立てたり、次にはお布団や座布団になって、さらに最後にははたきや雑巾になって、と大活躍でした。

むかしながらの暮らしに憧れる今、どんなものでも、最後まで全うする、関西で言う「始末」すること、とっても大切だなと改めて考えています。
ごみの捨て方ひとつにも、暮らし方が出ていて、やりようによってはものを大切に使うこと、感謝すること、そんなものをこどもに引き継いでいけるのかもしれません。
現実に取り入れていくのはなかなかすんなりいきませんが(笑)、ちいさなところから、はじめようと思います。
ちいさくても、一歩はじめることが肝心、ですよね。

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January 13, 2007

時間の上手な使い方。

ときどき、「いつ寝ているの?」とか「どうやって時間をやりくりしているの?」とか、質問されることがある。
通常8時間以上寝ているし、これといって時間のやりくりをしているつもりもないのだけど、なんだか次から次へといろんなことをやっているせいで、中にはこんな疑問をお持ちになる方がいらっしゃるらしい。
そうして落ち着いて考えてみると、主婦、という本業の他に「こんなことをやっています」と人様に言えることが7つあった。あくまで現在進行形のものに限ってである(過去までいれるとさらにややこしいことになる)。
二足の草鞋、どころの話ではないのである。7つも草鞋があっては、まるで百足である。
疑問を持たれる方がいらっしゃるのも、もっともなのかもしれない。

かといって、私自身は時間管理のエキスパートでもないし、のらりくらりと日々過ごしているだけなのである。
でも改めて、自分の時間の使い方を見直してみると、ひとつわかることがあった。
自分の弱点を、執拗なまでに追い立てている点であった。

私は非常に肝っ玉が小さい。
こと、人様から何か言われることに、非常にオドオドビクビクしている節がある。
(そんなばかな、と仰る方もいらっしゃるでしょうが、本来の根っこの部分は小心者なのです。あえて自分を傍若無人なひとのように見せたがる厄介な癖があるために、一部の人は絶対に信じてくれませんが)
それを逆手にとって、無理に予定を詰め込むのである。
これは、たとえば図書館で、借りたい本が3冊しかないのに、貸し出し上限の6冊に至るまで本を必死に探す傾向にも、如実に表れていると思う。3冊損した気になるのが悔しいのと、図書館までこまめに通うのが面倒くさいのとで、結局2週間後には、無理矢理にでも全部読んで返す(目次と必要箇所だけで終了のものも多いが)。
肝っ玉が小さいので、読めませんでしたと言ったり、できませんでしたと言うことができないからである。
そういうわけで、日々の予定も、自分でできると思う量から20%くらい上乗せして動いているようだ。

考えてみてください。
昔、テスト直前の勉強しなければならないときに限って、部屋の掃除を始めたりしませんでしたか?
それと同じ原理なわけです。
近頃は仕事をいただくことが増えたので(感謝、合掌)、それ以外の部分がすっごく気になって、そっちに注力し始める。そっちが乗りに乗ると、仕事が気になってきて、手をかける。
効率がいいわけです。そして、綱渡りの危険を常に孕んでいるので、スリルがほしい方にも最適です。
(ちなみに私はスリルが嫌いな方ですので、しょっちゅう太田胃酸のお世話になっています。)

皆さんに適用できることとは思いませんが、私と同じような肝っ玉の小さい方なら、きっと同様の効果を得られるはずです。責任は持てませんが。
そうそう、自分でできる量をしっかり見極めることも大事です。
詰め込めるだけ詰め込んでしまうと、そのまま倒れこんでしまいます。
倒れたら倒れたまで、ちょっとゆっくりするか、くらいの余裕を持ちつつ、ビクビクされたらよいかと思います。
ビバ、小心者。

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January 12, 2007

夜のお菓子のほんとう。

鎌倉に帰ってくるとき、「これ、いただきものだけどよかったら持っていきなさい」と旦那さんのお母様がくださった、うなぎパイ。
「夜のお菓子」のキャッチフレーズで一躍有名な、日本国民なら知らぬ人ないほど知名度の高いお菓子である。
中のパンフレットを読んでみると、近頃は、「うなぎパイV.S.O.P」なんていうのもあるほどで、これまた、いろんなバリエーションがあるらしい。

そもそも、なんでうなぎなのか?とか、なんで夜のお菓子なの?というちいさな疑問が積もり積もったので、うなぎパイの製造元・春華堂のHPを開いてみた。
こういう小さな疑問にちゃんと答えている丁寧なつくりで、私を含む大多数の人が誤解しているだろうと思われる、うなぎパイの実態が明らかになった。

誤解A うなぎの粉をいれたから「うなぎパイ」と名づけた

もともと、浜松という地名にネームバリューはなく、浜名湖のうなぎのほうが有名だったため、うなぎの形に似せたことがはじまりだったという。

誤解B 夜のお菓子という理由は、うなぎの粉で精力増強効果があるから
誤解C 夜のお菓子という理由は、ニンニクの粉が入っていて、食べたあと人に会えないから

うなぎパイが生まれたのは高度経済成長期。その頃、家族の団欒といえば、夕食を家族で囲むことだった。夕食のあとに、家族の団欒の1シーンを彩る、老若男女だれもに愛されるお菓子との願いをこめての「夜のお菓子」のキャッチフレーズだった。


…とまあ、そんなわけで、ひとつお利口になりました。
このパイ、程よい硬さで、さくさくした歯ざわりがおいしいんですよね。
うなぎを模した形だとは知りませんでした。
(蛇足ながら、大人気の裏には誤解Bでお買い上げの人が結構いたのだそう)
早速我が家では、うなぎパイ片手に、そんなうんちく講釈しつつの団欒タイムです。
語りながら、「うなぎパイV.S.O.P」に興味津々の、私と旦那さまなのでした。

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January 11, 2007

言葉爆発期到来。

061225_15240001はるにもとうとう言葉の爆発期が到来!!
…とはいえ、まだはるのしゃべる言葉は「*@%#&$’!!」というように、表記できない言語なのですが。
それでも、なにかをしたいときに「#$¥*?」(語尾があがる)と聞かれたり、「*%$*%$*%$」とうれしそうにしていたりすると、ああ何かしゃべってるんだろうなぁと思います。
かなり言葉に近い単語も出てくるようになりました。
「おにぎり」→「もにゃぎに」
「あおむしむっくん」→「うにゃにんっくん」
「きらきら」→「きゃっきゃっ」
…以前に比べれば割と…まだまだ日本語には遠いけど…だいぶ言葉っぽくなってきたような気がします。
言われたことは8割方わかっているふうなのですが。

今年が終わる頃にはしゃべってそうだよね?とはるに問うと、じっとしまじろうを見ながら答えてくれました。
「・。。。。。。。。。。。。。。。。・、。;。ん、、、m;、:・¥。。¥・。。。。。。¥・・¥・・m・。bん。・。。・」
もちろん意味不明。
…はるがしゃべっている言葉が理解したい、私なのでした。

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January 10, 2007

懐かしいような嬉しいような

近頃、母が文章修行しだしたという。
なんでも、このブログを見ているうちに、自分でもしっかりとなにか書きとめておきたくなったのだそうだ。
私自身は、日ごろ皆様ご覧いただいているとおり、大したことでもない日常の瑣末ごとをなんとなく書き散らかしているつもりのこのブログ、ときどき誤魔化しながらも毎日アップするようになって一年半、継続は力なりというように、ごくごく身近な人に一石を投じることに結果となったらしい。
年末年始に会った懐かしい面々からも、ブログの話題がいくつか飛び出て、嬉しいような気恥ずかしいような気がしたものだ。

さてその母に薦めた、一冊の本がある。
エッセイを書くなら、こういうのがとても気持ちいいですよ、と薦めた本である。
「暮らしの手帖」の別冊、『すてきなあなたに』だ。
秋・冬編とあるから、年に2回刊行されるのだろう。
実はこの本、一昨年ほど前に、中学校の時の同級生から教えてもらった。
彼女がデザインを担当しているのだそうだ。

本自体も素敵なのだが、中に書かれている文章が、なんともいい。
昭和44年、と添えられたものもある。
どことなく懐かしい気持ちになるものや、なるほどなぁと思うもの、目の端に涙のたまる嬉しさこみあげるものなど、いろんなエッセイが収められている。
中には幸田文さんの着物についてのお話が出てきたり、志賀直哉先生の家で饗されるお茶についてなどが語られたりする。

文章は、書くだけでも上達しない、と私は思う。
書く、と読む、が両輪となって、少しずつ前に進んでいくように思う。
だから、書くのももちろんだけど、読むほうも、いい文章をしっかりと読みなさい、などと、母に向かってちょっと知った風なことを言ってみたりする。
自分のことは棚にあげて。自分で思うような文章は、いつまでたってもさっぱり書けないのだけど。

懐かしいような嬉しいような、思わず口の端が緩んでしまうような、
そんな文章がいつか書けたらなぁ、と思う。
文章は人を端的にあらわすように思うので、母はともかく、私の場合まずは、人生修行からもう一度始めねば。
母に追い越されぬよう、精進をつまなくてはと決意を新たにするのでした。

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January 09, 2007

柿の種の本領。

幼少の頃から愛してやまない菓子のひとつに、柿の種がある。
柿の種と一口に言ってもそれは固有名詞ではなく、ある種の菓子を指す普通名詞なのであって、味はもちろん大きさなどもマチマチである。
ごく一般に普及している亀田製菓製の小袋入りのを特にうちでは「柿の種」と呼び習わしているのであって、大振りなものや辛味がとても強いものなどは、一口食べたきりで亀田製菓のを買いに出かけることがほとんである。

さてこの柿の種業界も数年前からオーソドックスな柿の種一辺倒という商売をやめたようで、いろいろな味をつけたものが出てくるようになった。ポテトチップスに比べるとそのバリエーションはずいぶん少ないが、それでも、柿の種愛好者にとっては「おっ」と一声うならせるだけの力は持っている。

その中で、我が家で一番好まれているのは、従来の何の変哲もない柿の種なのだが、二番手にのしあがってくるのが、「わさび味」だ。他に七味唐辛子をまぶしたものや、梅味などというのも、さまざまなメーカーから販売されているのだが、やはりわさび味についても、亀田製菓のが一番であると思っている。
(余談になるが、最近見かけなくなった亀田製菓の「オランダせんべい」もとても素晴らしいせんべいであった。あれは今でも販売されているのだろうか?)

ところで、柿の種とビール、といえば黄金の取り合わせであるが、ビールとわさび味の種も、なかなか乙なものである。特に我が家では酒量がめきめき増える夏場にこれが愛用され、その後は日本酒恋しい真冬――つまり今頃――にまた再燃する。夏も冬も、まさに極まれり、という時にこそ恋しくなる菓子なのである。
そういうわけで我が家の菓子箱に、ここのところしばらく常連になっているわさびの種なのだが、ふと気づいたことがある。私の味覚のことだ。
あのツンと鼻に抜ける辛味がなんともたまらず美味であったわさびの種が、最近、食べ辛くなってきた。
刺激が強すぎるのである。
理由はいまいちわからないのだが、旦那さんが喜んでがばがば口の中に放り込むのを横目で見ながら、ちびちびと一本ずつしか食べられない。ツンと鼻にきて、涙ぐむことも多い。
考えつらねてみると、どうやら酒の量に関係しているらしかった。
ビールをたっぷり流し込んでほろ酔い加減のところにあの辛味がピリリとくると、たまらない。が、しかし、近頃めっきり酒に弱くなった私の舌には、いまいち刺激が強すぎるというわけらしいのだ。

こういう経緯を経て、我が家の菓子箱にはいつものオーソドックス柿の種が幅を利かすようになる。
はるも、この普通の柿の種なら食べられる。
私が小さい頃食べていてもよく親たちから「辛くないの?」と聞かれたが、「ぜんぜん」と得意げに答えてむさぼり食べるのが、自慢のひとつだったように思える。
柿の種が辛くて食べられないといった人には、ついぞ出会ったことがない。

思えば柿の種の本領とは、「辛いけれども食べられる」と自慢できる、そんなささやかな自負心を与えてくれるものなのかもしれない。柿の種よ、永遠に。

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January 08, 2007

パパの中国土産、一番嬉しかったのは…

061227_23120001年末に旦那さんが中国から帰ってきて、次の日には仙台に帰省だったので、中国土産のこと、UPしていませんでした。
いろいろお願いしていたのですが、律儀で優しい旦那さん、はるにも私にも、とっても素敵なお土産を買ってきてくれました。
はるにはパンダのマフラーと、チャイナ服を着たパンダのぬいぐるみ。
でも、はるが一番喜んだのは、写真の、機内食で出たおやつだというキットカット中国版。
…こんなものですよねぇ…

ちなみに私は、旦那さんに翡翠をいただきました。
生まれ年の辰が彫ってある翡翠です。
翡翠は中国では玉と言って、持つ人の徳によって色が変わるといわれています。
(人徳あふれる人が持つと、青に近いふかい碧になるそう)
私「どう?色、変わった?」
旦那さん「変わった」
私「青くなった?」
旦那さん「いや、なんか黒くなった。」
私「…」
旦那さん「…」
黒くなんて、なってませんよね?
061227_23130001

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January 07, 2007

ゾウハンター。

061225_17350002みなとみらい、LEGOショップの一角には、ブロックで遊べるコーナーがある。
何度か行っている場所なのだけど、はるが今一番気に入っているのは、どうやらゾウらしい。

先月の上野動物園以来、すっかりゾウさんのファンになったようで、このコーナーでもゾウばかりを集めて、行進させていました。
とにかく、ゾウ。
いたるところからゾウを見つけ出してきては、一箇所に集めています。
キリンやサルやシャチには、見向きもしません。
ゾウなのです。
ゾウ一筋。

ゾウと遊びまくっているはるは、帰ろうとしてくれません。
帰ろうよ、というと、私にバイバイと手を振ります。
これは「どうぞ、さようなら、僕はここにいます」のサイン。
ゾウの入ったブロックのセットを買ってあげるからと言ってようやくゾウの群れからひっぺがしたのは、1時間半ほど過ぎてからでした。
つくづく、はるの集中力ってすごい。

そんなわけで、家でもいま、ゾウハンターです。

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January 06, 2007

新春早々…

070104_21430001新春早々、素晴らしいものが届きました。
音羽会(尾上菊五郎、菊之助ほかの後援会)からのお年始です。
ご覧ください、この美しい菊之助の姿!!(右の艶やかな美女。ちなみに左側の菊五郎は、国立劇場で取り組んでいる復活狂言・梅初春五十三驛の姿です。

実は年末年始は、歌舞伎のテレビ放送に夢中でした。

12/31の勘三郎襲名公演の放送に始まり、1/2の歌舞伎座・大阪松竹座生中継、1/3の国立劇場生中継を堪能。しかもなんと1月は、歌舞伎を3本観る予定。
歌舞伎座夜の部(初めて生の勘三郎&玉三郎を)と、国立劇場(ここに生の菊之助が!!)、そして東劇でのシネマ歌舞伎(玉三郎&菊之助)。
すっかり歌舞伎三昧のお正月です。

例の私のお腹の痛みも幸い(?)老化でなんでもないとのことで、これで晴れて菊之助を観にいけるわけです。
国立劇場で上演中の梅初春五十三驛は、166年ぶりの復活狂言で、オリジナルの台本が残っていないのだそうです。後に演じられたときの手書き台本をもとに、錦絵等から読み解いて、菊五郎が演出したそう。
世相を反映した(?)演出も随所にちりばめられているそうで、子猫がパラパラを踊るシーンもあるのだとか…(テレビ放送時にそんなお話しが出ていました。ちなみにテレビ放送では一部しか観なかったのです・本物を劇場で見るのを楽しみにして)。
薀蓄になりますが、尾上菊五郎家は怪談で有名な家で、化け猫が行灯の油をなめるシーン、あれは三代目尾上菊五郎が考案したのだとか。その化け猫と行灯が、このお芝居に出て来るそうで、ホラーは大の苦手とする私ではありますが、菊之助のために(?)がんばって観て来ようと思うのでした。

とうの菊之助ご本人は、12月からの「犬神家の一族」の佐清、今夏の「怪談」の新吉など、怪談映画に軒並みご出演で、ホラーが見られない体質の私はとても哀しいのですが、これも江戸から続く尾上家の怪談体質ゆえなのかもしれません。

私自身は、菊之助の、この写真のような美しい女形がたっくさん観られればいいなぁ…と思うのですが。
菊之助女形特集DVDとか、作ってくれないかなぁ…
松竹上層部にコネのある方、もしこのブログをご覧になっておられましたら、是非よろしくご進言ください。

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January 05, 2007

風邪の発端は…

061229_17380001今日も、はるの泣き叫ぶ声をBGMに、ブログをUPしています(3日分…)。
疲れているのと風邪で具合が悪いのとで、はるの機嫌は絶不調。
それに付き合う親も心身ともにゼッ不調。
喧嘩のようにしています。

風邪の原因となったと思われているのは、年末に見た「光のページェント」。
仙台の冬の名物です。
とってもキレイで、はるは指を刺して喜んでいたのですが…それが原因の風邪になったとみんな思っているようです。
(実際、本当のところは、布団嫌いのはるが、寒いのに布団を拒否して寝ているところにあると、私は思うのですが…)

光のページェント、仙台らしい風情のあるけやきの並木道をライトアップしたものなのですが、年々寄付金が少なくなっており、財政難のよう。規模を縮小しての展開となりました。
仙台の冬の風物詩、なくならないでほしいなぁと思いながら、かえって来ました。
街の中は、ブランドの路面店とパチンコ屋さんに占領され、老舗の、仙台らしいいいお店が軒並み姿を消しており、とても寂しい気持ちになりました。
新しいものもいいけれど、古いもの、伝統を守っていく気概、大事だなと改めて思った一週間でした。

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January 04, 2007

正月休みの終わり。

061228_13470001正月休みも今日でおしまい。
仙台を後にして、鎌倉へ戻ります。
新幹線の大好きなはるは、駅に飾ってあるプラレールに興味津々。

熱もすこし落ち着いたのですが、新幹線の中ではちょっと熱っぽく、また最寄り駅についたら、少し体調を崩してしまいました。
疲れがたまっているのか、ご機嫌も悪く、大騒ぎです。

じっと電車を見ながらたたずんでいるところは、かわいいのですが。

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January 03, 2007

はる、初熱。

年末からの風邪がここへ来て悪化、2日夜からはるは熱を出して、新年早々解熱剤のお世話になりました。
やっぱり北国は寒いのかしら。
はるの風邪は旦那さんに伝播し、家族に伝播し、一家揃って風邪気味。
とんだお正月です。

はるも旦那さんも、疲れがたまっていたのでしょうか。

私は今のところ風邪「気味」程度なのですが、これが本格化しないようなだめつつ、二人のお世話をする日々なのでした。

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January 02, 2007

初売り&初買い。

みなさん、お正月の初売り、初買いは済まされましたか?
私たちの実家のある仙台は、お正月1月2日の「初売」が全国的に有名です。
結構羽振りの良い、初売りが行われるらしいのです。

根っからお祭り好きの私は当然「縁起物」と称して、初買いにいそしむ訳なのですが、今年はあまり気持ちが浮き立っていません。
ここ数年、はるのこども服を買うのに、新春早々朝6時から寒い中行列して開店を待ち福袋を買っていたのですが、昨年あまり良い品がなかったので、今年は行かないつもりなのです。
…そんなこともあって少々意気消沈。
さらに、毎年楽しみにしていた商店街の振舞酒も、今年は社会情勢のあおりを受けて、行われないとのこと…
なんだかちょっと、寂しいような気分なのでした。

でも、やはりお祭り好きなので、朝から並ばないだけで、しっかり初買いには参戦してきます。
どれ、新しい足袋でも、見ようかしら。

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January 01, 2007

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
本年も、みなさまにとって笑顔の絶えない素敵な一年となりますこと、お祈り申し上げます。
HARUBOOK、今年もつれづれに書き連ねて参りますので、お暇な折りにおつき合い下さいませ。

今年も、素晴らしい出会いのたくさんある、一年となりますように。

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