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October 22, 2006

短編小説「真夏の雪」2 

 手紙は夕飯時に父が開封した。
 きちんと三つ折に畳まれた手紙を取り出して一読すると、眉根をしかめて、無言のまま母に手渡した。
「あらあらずいぶん達筆だこと。…かねてより貴君の待ち望んでいた会合いよいよ時を得たりて…なにかの集まりみたいね。しかも今度の土曜って、急な話だわ。近頃なかなか見ない堅苦しい文章、ひいおじいちゃんと同じ年頃の方なのかしらねぇ。」
 中学校で国語の教師をしている母は、じっくりと手紙に向き合い、あら、と声をあげた。
「この手紙、連絡先が書いてないわ。待ち合わせの日時と場所しか書いてない。返事のしようがないわ。」
「えっ、見せて」
 私は反射的に手紙を手にした。誰が見ようと内容は変わるわけもなく、たった一枚きりの便箋のどこにも、連絡先は書いていないのだった。封筒にも住所はなく、貝殻の絵柄の記念切手と鎌倉の消印だけが手がかりではあるのだが、そこから手紙の主を特定することはよほど腕利きの探偵であっても不可能なように思われた。
「どうする?」
 私の問いに、母は父の顔を窺った。父は腕組みしたまま、しかめ面を崩さない。眉間に皴を寄せてさも悩んでいるぞという風体なのだが、こういう時父からなにか良い案が浮かぶことはない。ただ誰かが問題を解決してくれるのを待っているだけなのだ。自分が関心のないことには極力首を突っ込まない。それが曽祖父から父へと受け継がれている我が家の男の流儀なのだ。
母は小さくため息をついて、私を見る。
「六花、土曜日、暇でしょう。頼まれてくれない?あたしは部活の指導があるのよ。鎌倉まで一時間と少しだし、小旅行気分もいいじゃない。」
「鎌倉?遠いよ。」
 断る口実を探したが見つからない。休日出勤という言い訳は通りそうにもない。私が勤める弱小出版社は経営不振で、ほとんど開店休業中なのだ。私が教職よりもそんな仕事を選んだことを、両親は言葉にこそしないものの良く思ってはいない。それに今はデートの相手がいないことも、母はちゃんと知っている。
 第一、私は母にどこか気兼ねしていた。あまり一緒に過ごした時間がないせいか、他の子たちが親に対して抱く素直な感情は、私の場合親ではなく曽祖父に向けられていた。そのためなのか、曽祖父亡き後言い知れぬ孤独感がいつも身の回りを漂っているのだ。 
「例えば無視しちゃうなんてことは、できないのかな。単なるいたずらかもしれないし。」
「でもねぇ。これが本当のお誘いで、ひいおじいちゃんと同じ年頃の方だったら、待ち合わせ場所にずっと待たせておくのも気がひけるわねぇ。」
 確かに。心がちくりと痛む。曽祖父は生きていれば百を越える。同じ年ではないにしても、あの文語調の手紙の主はかなりの老齢だろうと思われた。まだ梅雨があけ切らないとはいえ、近頃は気温も随分と高くなってきたことでもある。確かに、そんなお年寄りをずっと立たせているわけにはいかない。


※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

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