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October 21, 2006

短編小説「真夏の雪」1

 鎌倉に向かう横須賀線の窓が緑に包まれはじめた。
 午後一時半の電車の中は、七月に入ったばかりの週末を身近な観光地で過ごそうという老若男女がひしめいている。人の多さを見込んでか冷房がよく効いて、少し肌寒いくらいだ。暑いからと半袖のワンピース一枚で出てきたことを少し後悔する。だがあと十分もすれば、海からの湿気を含んでまとわりつくような熱気に包まれることになるのだ。
 外の暑さを想像するだけでのどの奥がチリチリと乾くようで、私は読んでいた文庫本を閉じてトートバッグからミネラルウォーターを取り出すと、ひと口含んだ。

 鎌倉行きが決まったのは、今週初めのことだ。
 不思議な手紙が届いたのだ。
 曽祖父宛なのである。曽祖父は私が七つの時に亡くなった。以来、二十年以上が経過し、曽祖父はおろか祖父母さえも世を去ったというのに、不思議としか言い様がなかった。
 差出人は巽と書かれている。それ以外には住所もない。厚手の和紙の封筒に癖のある文字で筆書きしてあるから、昔かたぎな人なのだろうが、二十年も曽祖父の安否を知らぬ人物とはどんな関係なのかと、皆いぶかしがった。
 皆というのは、私と両親だ。
曽祖父の遺した家に私たちは住んでいる。曽祖父は役所を定年まで勤めあげた退職金で家を建てた。曽祖父の生家は神田で乾物屋を営んでいたというから、戦火に全てが消えたあとも、家というものに彼なりのこだわりがあったのだろう。祖父、父の代にそれぞれ加えられたリフォームで、曽祖父の建てた家の面影は残っていないのだが、私達は敬意をこめて「ひいおじいちゃんが遺してくれた家」という言い方をした。
祖父母も両親も教職についていたから、幼い私はいつも曽祖父と一緒にいた。六花(りっか)という名も、曽祖父がつけてくれた。雪の別名なのだという。夏生まれなのに、雪の名なんて可笑しいと父が言っても、何故という部分は語らずに、絶対に譲らなかった曽祖父の粘りがちだったと聞く。何故という部分は今となってはもう解けない謎だ。
曽祖父は私を可愛がってくれ、良く絵本を読んでくれた。特に出番が多かったのは、浦島太郎だ。他の絵本とは違ってこの本だけは特別で、本文のあとに曽祖父自身の自慢話が続くのだ。浦島太郎はたった一度、でも、ひいじいちゃんは二回も竜宮に行ったんだぞ、というのがその自慢だった。曽祖父の語る竜宮は海ではなく神楽坂にあったし、乙姫も玉手箱も出てこなかったけれどワクワクするような世界で、私は何度もせがんだ。
曽祖父は本の好きな、温和なひとだった。あまり人と関わるのを得意とせず、友人は数えるほどだったと聞く。実際に、私が曽祖父と一緒に過ごした数年間に、曽祖父の友人と称する人物に出会った記憶はない。
 だから、二十年もあとにこんな手紙が届こうとは、誰も夢にも思っていなかったのである。
 

※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

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