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October 27, 2006

短編小説「真夏の雪」7

 小菊に手を引かれて区切られた空間から出ると、広間はいつの間にか大勢に埋め尽くされていた。色とりどりのドレスや燕尾服、雅な着物姿の客達の中にあって、控えめな装いなのに、巽とりんどうは目立っていた。巽があちこちで呼び止められ、その一歩後ろをりんどうがついていく。そのたびに長い黒髪が、やはり控えめに揺れる。
 小菊がシャンパンをどこかから持ってきて、私達は広間の端に並べられた椅子に座ると、ふたりで乾杯をした。小菊は芸者で、余興に来たのだという割に次から次に杯を空けていく。他人事ながら気にかけると、小菊も一族以外だから緊張しているのだというが、本当かどうか怪しいものだった。嬉しそうにグラスを変えていく様子は、緊張だけではないようだ。
窓の外は青暗くなっていた。
夜の始まりが空を群青に塗り替えていく時間なのだろう。部屋の中はシャンデリアひとつの柔らかい灯りしかともっていないのに、部屋全体がそれを反射して煌々と輝いていた。
「小菊さんは巽さんのお友達なんですか。」
「もともとはりんどう女史の知り合いなの、彼女うちの近くでお店をやっているから。彼女を通じて巽くんと知り合ってからは、最高の悪友よ。」
「じゃあひいおじいちゃんと巽さんの関係ってご存知ですか。」
「聞いたことはあるわ。あの癖のある巽くんと馬が合う人間なんて、よっぽどの変わり者か本の虫でしょうね。」
「小菊さんも、その巽さんと仲がいいんでしょう?」
 私達は顔を見合わせて笑った。小菊の歯に衣着せぬ物言いが心地よかったし、私達はどこか気が合うように思えた。
 合図があるわけでもなく、どこからか音楽が流れ始めると、客達は自然と踊りだした。円舞する人々の間を縫ってトレイを持ったウェイター達が行き来し、花の蜜のようなかぐわしい酒を運んでいる。彼らはどんなに狭い場所でも客とぶつかることなく、酒をこぼすこともなく、かろやかに動いている。それはまるで魚が水の中を自在に泳ぎまわるように滑らかで、無駄がなかった。

※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

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