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October 26, 2006

短編小説「真夏の雪」6

「ようこそ、六花さん。お待ちしておりました。榮太郎さんのことは巽さんから良く聞いておりましたのよ、あなたのことも。巽さんがお名前をつけた方なのですってね。」
 私は耳を疑った。その場にいた一同も口々に驚きを発している。そのざわめきを鎮めるように巽が口を開く。
「正確には私は手伝っただけなんだ。榮太郎さんが考えついたんだよ。」
 しかしそれは、なんの釈明にもなっていなかった。その場にいた一番年配らしい臈たけた婦人が咎めるような口調で巽を問いただしはじめ、私はりんどうに伴われてその小部屋を出た。
「ごめんなさいね、驚かれたでしょう、どうか気になさらないで。伯母は巽さんと違う考えをお持ちなの。今日は親族や友人たちが久しぶりに集まるから、ひと悶着あると思っていましたけれど…私の予想よりも早かったようです。」
 さも可笑しそうにりんどうは何度もくすくすと笑いを漏らし、広間を出てすぐに隣の部屋に入った。六畳ほどの小さな洋室ではあるが、広間に負けるとも劣らぬ美しいつくりだった。部屋には姿見がひとつと衣桁が置かれ、椅子が四つほど並んでいる。控え室のようだった。
「私たち、皆で会うのが百年ぶりですの。一族が持ちまわりでもてなし役を務めるんですけれど、今宵の夜会は巽さんが大胆に簡略化してしまったし、伝統を守ってきた方たちは少し面白くないんですわ。」
 りんどうは鏡の前に絹張りの椅子を動かすと私をそこに座らせ、自分は横に立つ。鏡越しに頭のてっぺんから足元までじっと見ると、にっこりと笑った。それは、百年という言葉に私が反応するのを穏やかに制するもののようにも見えた。
「せっかくいらしてくださったんですもの、夜会にふさわしい衣装に誂えましょうね。」
 りんどうはそういうと袂から糸と針を取り出して、私の服や髪や足元に手を伸ばしてはそれぞれに動かした。私は彼女の手元を視線で追いながらも、心は別のことでいっぱいになっていた。
「さっきの話、本当なんでしょうか。巽さんが私の名前を考えてくれたって…」
 りんどうは答える代わりに笑顔を向けた。時折口に糸を挟んできゅっと引っ張り、小指の爪で糸をぷつりと切る。
「名前を考えただけなのに、叱られてしまったようで申し訳ないです。」
「名前って、祈りや願いを込めることでしょう。私達は、伝統的には、一族以外のものと親しく関わるのをあまり良しとしませんの。巽さんはもっと別のお考えをお持ちだから、伯母とは反りが合わないんですわ。六花さんがお気に病むほどではありませんわ。大丈夫。」
 ぽん、とりんどうが合図のように私の膝頭を叩く。僅かな間に綿のワンピースとサンダルには、虹色に光るビーズやスパンコールが縫い付けられ、髪は束ねられて、乳白や虹色のガラス玉で飾られていた。
「六花さん、とてもお綺麗よ。」
 軽いノックの音がして、泣きぼくろの女が顔を出した。彼女がりんどうに耳打ちすると、りんどうは軽く会釈をして足早に部屋を後にした。もてなしの準備なのか来客の対応か、いずれにせよもうすぐ夜会が始まるのだろう。
 泣きぼくろの女は無表情なまま私のまわりを一周すると、すぐ後ろに立ち、耳元に唇を近づけてきた。
 座っている時はわからなかったが、すらりと背が高く華奢な体つきと、派手に飾り付けられた着物とが相反するようでいてぴたりと合っている。白い肌と紅い唇は同じ女でもどきりとするほど艶っぽく、そこから紡ぎだされる声音は、目を瞑れば男性のようにも思われるほど低くて、その対比が更に彼女を色めいてみせた。
「六花さんと言ったわね。あたし、小菊。仲良くしましょ。」
 小菊は囁くように言うと、綺麗になったじゃない、と微笑んだ。


※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

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