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October 2006

October 31, 2006

ハロウィン!!

061030_17190001団地暮らしでよかった!!と思ったのが、ママさん有志による「ハロウィン」イベントの催行。
いつも公園で顔を合わせたり、幼稚園で顔を合わせたりする機会が多いからでしょうか、こんな楽しいイベントの企画を立ててくださった方々。私も、そんなママさんのお一人に声をかけていただき、イベントに参加することになりました。

同じ団地、4棟ある建物をまわって、参加者のおうちでお菓子をもらうスタイルのイベント。
子供は仮装OKで、はるは、ピーターパンの格好をして参加しました。
1歳から10歳まで、20数名の子供たちが思い思いの扮装で団地内を練り歩く様子は、とてもほほえましく、わくわくしてしまうもの。
ママ手作りの衣装に身を包んで誇らしげな姿もちらほら、そして、ママも一緒に魔法使いの帽子をかぶったり、猫のような耳をつけたりする姿も。…そうですよね、子供だけなんて、もったいない!自分達だって最高に楽しんでしまいたいものです。
私は、自分が仮装しないかわりに、玄関ポーチに電飾のカーテンを作って、おうちに仮装。
ピーターパンの絵本やミッキーマウスの魔法使い帽子を飾って、お出迎えしました。

普段顔と名前しか知らないお友達も、おうちに伺うと、なんとなくおうちとお友達の雰囲気が似ていることに気づいたり、楽しいです。
こんなイベントでもなければ、おうちに伺うこともない方もいっぱい(特にうちは、はるが公園であまり遊んでいないので…)。これを機に、なんだか私もお友達がぐんと増えたような気がして、嬉しい一日でした。

さて、肝心のはるはといえば…
最初は嫌がって何度も帰ろうとしたものの、いざおうちまわりが始まったら、進んで先頭を行進。
うちにこどもたちが来る番では、玄関チャイムが鳴るとすすんでお菓子のかごを持ち上げてくれていました。
帰ってきてからは、いっぱいもらったお菓子をひとつひとつテーブルに並べて、嬉しそう。
お菓子は、チョコレート、チョコパイ、クッキー、ビスケット、飴などいろいろ!
ちなみに私はにんじんをいれたうすいオレンジ色のマフィンを焼いたのですが、「のんちゃん、これ食べたい!」と目をきらきらさせて言ってくれる子がいて、もう嬉しいのなんの、でした。
全部終わったあと帰宅したら、はるがひとりでかごから自分の分のマフィンを持っていって、自分のバスケットに入れていたのも嬉しかった。
はるは、ほんとうにたくさんのお菓子、おいしそうなクッキー系からおやつ皿に並べて楽しんでしました。

地域ぐるみ、とかコミュニティ、とか最近よく耳にするようになりましたが、今年はハロウィンイベント、都市部のあちこちで盛り上がっているとのこと。
確かにこういうイベントがあると、なんだかイベントやこどもを介して、結びつきが強くなっていくようです。
来年のハロウィンも、楽しみです!!

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October 30, 2006

短編小説「真夏の雪」10

 目を醒ますと、私は自分の部屋にいた。
 家を出た時のままのワンピース姿で、ベッドに横たわっている。机に無造作に置かれたトートバッグの底には砂粒がついていて、机にも海の余韻をいくらか散らばしている。私はもう一度自分の服装を良く見た。飾りはおろか、針の穴は一つもない。
 窓の外は夜だった。近寄ってみても、そこにある空は、本物の空だった。ちらつく銀の星は、いくら目を凝らしても魚にはならない。
 ノックの音がして、母が顔を覗かせた。
「六花、そろそろご飯よ。」
「母さん、私、いつ帰ってきた。」
「何寝ぼけてるの、夕方ちゃんと帰ってきたでしょ。一時間待ったけど誰も来なかった、いたずらだって怒ってたじゃないの。でもまぁ、六花のお陰でひいおじいちゃんは草葉の陰で喜んでるわよ。早く来なさい、ご飯冷めるわよ。」
 夢を見ていたのだろうか。
 おぼろげな記憶を辿りながらトートバッグの中身を机に出すと、見知らぬ小箱が転がり出てきた。
 海松色のビロウド張りの小箱は、良くみると、松葉色と金色が交互に織り混ざっている。蓋を開けてみると、真綿の上にひとつぶの真珠に似た玉が現れた。
 しかし、真珠のように不透明ではない。今までに見たことがないような、奥まで見通せそうなくらい透き通った感じだが、乳白の雲のようなものがところどころにたちのぼっていてはっきりとは見通せない。ガラス玉とも違う。それよりもずっと軽く、重さをほとんど感じないほどだった。
 薄い薄い貝殻を幾重にも巻きつけたような、儚いけれども美しい姿をしている。
 触れてみるとそれは少し温かく、どこか懐かしい感じがした。
 あの雪の結晶かもしれない、と思う。
 あの出来事が夢なのか、本当に体験したことなのかはわからない。
 でも、確かめなくても良いのだ。
 私は本棚にその小箱をそっと置いて、部屋を出た。廊下の向こうに、両親の話し声が聞こえる。
 家を包み込む夜が、いつもよりも優しく思えた。


                (結)

※この作品は2006/8/27、9/3に、仙台魔法の泉放送劇団によってラジオドラマ放送されました。
※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

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October 29, 2006

短編小説「真夏の雪」9

「綺麗だろう。」
 気づくと、巽が隣に立っていた。女物の帽子を斜(はす)にかぶり、彼はグラスを私に差し出した。中では、金色の液体が泡をゆらめかせている。
「榮太郎さんが見たがっていたよ、その景色。ここは夜会の時にしか使わない別荘でね。しかもたまにしか夜会は開催されないんだ。」
「百年に一度、ですか。」
「そう。小菊から聞いた?」
「いえ、りんどうさんに。」
「そう。」
 間違いない。ここは竜宮なのだ。私は自分が落ち着いていることに少し驚く。こどもの頃から聞かされていたせいか、怖さも感じない。それどころか、嬉しくさえあった。巽は何も言わずグラスを口元に運んだ。私は巽が弁解も説明もしないことに少し腹を立て、意地悪を言った。
「小菊さんて綺麗な人ですね。りんどうさんがいるのに、小菊さんとも仲良くしていいんですか。」
 巽はぷっと吹き出すと、体を反らして倒れそうになるほど笑った。
「君は真面目だな。六花くん、あれは男だよ。女に化けているのさ。まぁ間違うのも無理はない、あれは芸者屋をやっているからね。だが君、用心したまえよ。取って食われてしまうよ。」
 私は目を丸くした。走馬灯のように控えの小部屋でのことを思い出して、今更ながらに顔が赤くなる。巽はそれを見てまたからから笑うと、目に見えることばかりが真実じゃないさと少し遠い目をして私を見つめた。
「巽さん、ひいおじいちゃんと、どんなご関係だったんですか。」
「私も彼も本が好き、それだけの縁さ。古本屋でたまたま出逢ったんだ、二回もね。それだけなんだけど、私はどうも彼が好きだったよ。一本気というのか不器用というのか。家に招いて食事したり話をしたり、楽しかったなぁ。役所勤めらしく堅くて融通が利かない男だったけど、私は彼が大好きだったよ。…君も似ているようだけど役所勤めかい?」
「いえ、私は出版社に。」
「はは、本の虫の方の血だな。」
「そんなこと、考えたことありませんでした。」
 両親に止められながらもこの仕事を選んだのは、曽祖父の本好きを引き継いだからなのかもしれない。そう考えると、曽祖父が私の中に生きているようで、子どもの頃からの曽祖父との日々が急に生彩を帯び始める。
「私の名前を一緒に考えてくれたって、本当なんですか。」
「もちろんだよ。丁度君が生まれる頃、ばったり再会したんだ。夏の暑い日でね、たまたまこの夜会の話になったんだ。榮太郎さん、とても興味を持っていたよ。そのうち、夜会にちなんで君の名をつけると言い出して、ふたりで一緒に考えたんだ。」
「どうして、夏なのに、雪の名を?」
「それは今にわかるさ。ほら、見てご覧。」
 巽が指差す先で、部屋の明かりが少しずつ暗くなっていった。
一段階ずつ広間全体が暗くなっていく代わりに、部屋の端に置かれた螺鈿細工が輝きを増して、光りだしていた。自分の手のひらすら見えない暗さになる頃には、螺鈿の竜と花唐草は、内側から発する虹色の光でまばゆく輝いていた。
 広間は水を打ったようにしんと静まり返っていた。誰もが息を飲んで輝く螺鈿を見守っている。
 本棚以外のすべてが完全なる闇に包まれたのと時を同じくして、二匹の竜はぶるりと武者震いをしたかと思うと家具から飛び出した。
虹色に輝く竜たちは天井を旋回しながら飛び回り、口から小さな玉のようなものをいくつも落としていく。それは虹色の光を発しながら風に舞い、ゆるゆると回って私たちの上に降ってきた。
 手のひらで受け止めるとひんやりと冷たく、そのまま儚く消えていく。
 確かにそれは、雪に良く似ていた。虹色に輝く雪だった。ただし本物の雪とは違い、消えたあとにぬくもりを残す。融けて心を温かくする。消えた後もずっと、私は手のひらを見つめていた。ひとひらが消えるたびに、心の中のどこかに温かさが点っていくようだった。
 雪のような美しい玉に触れた客達は一礼をして窓辺に去っていく。そのまま海へ泳ぎ出ると、美しいドレスの裾はひらめく尾びれに変わり、色とりどりの魚の姿になって泳ぎ去っていく。
「ここに降る夏の雪は、温かいんだよ。六花くん、今日は会えて嬉しかったよ。」
 そういう巽の声が消え入るように遠くなっていった。

※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

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October 28, 2006

短編小説「真夏の雪」8

 小菊は彼らが近くを通ると必ず呼び止めてはグラスを手に取る。薦められるたび律儀に手を出しているうちに、ほろりと酔いが回ってきた。
「巽くんが名付けを引き受けるなんて、よほどあなたのひいおじいさんが気に入っていたのね。いわばあなたは二人分の祝福を背負っているってわけよ。あなた、今までにすごくひどい失敗ってしたことないでしょう。」
「それはどうでしょう…。でも失恋とか、受験とか就職とかで人並みに失敗してますよ。今の会社だっていつなくなるかわからないし。」
 小菊はグラスを私の鼻先に突き出すと、左右に振った。
「失敗したあと、もっとずっと好い状況にならなかった?」
 思い返すと、そのような気もする。
「目に見えるものだけが確かなわけじゃないってこと。」
 小菊はしたり顔で言うと、またウェイターを捕まえて、自分と私にグラスを受け取った。小菊は目が据わってきていたし、私はときどき床が動いているように思えた。それでも私達はグラスを交わし、小菊は更に酒を求めて席を立った。

 酔いを醒まそうと窓に寄ると、外はいつの間にか暗くなっていた。遠くに銀色の星達が瞬いている。星は綺麗に列に連なっていた。天の川が見えるのかと期待して目を凝らすと、目と鼻の先を魚が泳いだ。
 酒の幻覚かと思ったがそうではない。
 注意深く見てみると、窓の外は藍色の海で、遠く水に揺らぐ月影が銀色の光を差している。その光と窓からの灯りに照らされて、魚たちが背や鱗を銀色に輝かせながら、窓の外をゆうゆうと泳いでいるのだ。星だと思った銀色の光の正体は、魚だったのだ。
 驚くのはそればかりではなかった。
 景色も、ゆっくりにではあるが、動いている。じっと見ていると、風景は浅瀬を通り、珊瑚礁を抜け、深い海の底へと移り変わっていく。音楽がゆるやかに流れていくように、風景も変遷しているのだ。
 私は、ひいおじいちゃんの話を思い返す。
ひいおじいちゃんの語った竜宮は海の中ではなかった。しかし、不思議な屋敷であることはここと同じで、そこに住まう竜神は確かどこかに女物を身につけていたはずではなかったか。


※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

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October 27, 2006

短編小説「真夏の雪」7

 小菊に手を引かれて区切られた空間から出ると、広間はいつの間にか大勢に埋め尽くされていた。色とりどりのドレスや燕尾服、雅な着物姿の客達の中にあって、控えめな装いなのに、巽とりんどうは目立っていた。巽があちこちで呼び止められ、その一歩後ろをりんどうがついていく。そのたびに長い黒髪が、やはり控えめに揺れる。
 小菊がシャンパンをどこかから持ってきて、私達は広間の端に並べられた椅子に座ると、ふたりで乾杯をした。小菊は芸者で、余興に来たのだという割に次から次に杯を空けていく。他人事ながら気にかけると、小菊も一族以外だから緊張しているのだというが、本当かどうか怪しいものだった。嬉しそうにグラスを変えていく様子は、緊張だけではないようだ。
窓の外は青暗くなっていた。
夜の始まりが空を群青に塗り替えていく時間なのだろう。部屋の中はシャンデリアひとつの柔らかい灯りしかともっていないのに、部屋全体がそれを反射して煌々と輝いていた。
「小菊さんは巽さんのお友達なんですか。」
「もともとはりんどう女史の知り合いなの、彼女うちの近くでお店をやっているから。彼女を通じて巽くんと知り合ってからは、最高の悪友よ。」
「じゃあひいおじいちゃんと巽さんの関係ってご存知ですか。」
「聞いたことはあるわ。あの癖のある巽くんと馬が合う人間なんて、よっぽどの変わり者か本の虫でしょうね。」
「小菊さんも、その巽さんと仲がいいんでしょう?」
 私達は顔を見合わせて笑った。小菊の歯に衣着せぬ物言いが心地よかったし、私達はどこか気が合うように思えた。
 合図があるわけでもなく、どこからか音楽が流れ始めると、客達は自然と踊りだした。円舞する人々の間を縫ってトレイを持ったウェイター達が行き来し、花の蜜のようなかぐわしい酒を運んでいる。彼らはどんなに狭い場所でも客とぶつかることなく、酒をこぼすこともなく、かろやかに動いている。それはまるで魚が水の中を自在に泳ぎまわるように滑らかで、無駄がなかった。

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October 26, 2006

短編小説「真夏の雪」6

「ようこそ、六花さん。お待ちしておりました。榮太郎さんのことは巽さんから良く聞いておりましたのよ、あなたのことも。巽さんがお名前をつけた方なのですってね。」
 私は耳を疑った。その場にいた一同も口々に驚きを発している。そのざわめきを鎮めるように巽が口を開く。
「正確には私は手伝っただけなんだ。榮太郎さんが考えついたんだよ。」
 しかしそれは、なんの釈明にもなっていなかった。その場にいた一番年配らしい臈たけた婦人が咎めるような口調で巽を問いただしはじめ、私はりんどうに伴われてその小部屋を出た。
「ごめんなさいね、驚かれたでしょう、どうか気になさらないで。伯母は巽さんと違う考えをお持ちなの。今日は親族や友人たちが久しぶりに集まるから、ひと悶着あると思っていましたけれど…私の予想よりも早かったようです。」
 さも可笑しそうにりんどうは何度もくすくすと笑いを漏らし、広間を出てすぐに隣の部屋に入った。六畳ほどの小さな洋室ではあるが、広間に負けるとも劣らぬ美しいつくりだった。部屋には姿見がひとつと衣桁が置かれ、椅子が四つほど並んでいる。控え室のようだった。
「私たち、皆で会うのが百年ぶりですの。一族が持ちまわりでもてなし役を務めるんですけれど、今宵の夜会は巽さんが大胆に簡略化してしまったし、伝統を守ってきた方たちは少し面白くないんですわ。」
 りんどうは鏡の前に絹張りの椅子を動かすと私をそこに座らせ、自分は横に立つ。鏡越しに頭のてっぺんから足元までじっと見ると、にっこりと笑った。それは、百年という言葉に私が反応するのを穏やかに制するもののようにも見えた。
「せっかくいらしてくださったんですもの、夜会にふさわしい衣装に誂えましょうね。」
 りんどうはそういうと袂から糸と針を取り出して、私の服や髪や足元に手を伸ばしてはそれぞれに動かした。私は彼女の手元を視線で追いながらも、心は別のことでいっぱいになっていた。
「さっきの話、本当なんでしょうか。巽さんが私の名前を考えてくれたって…」
 りんどうは答える代わりに笑顔を向けた。時折口に糸を挟んできゅっと引っ張り、小指の爪で糸をぷつりと切る。
「名前を考えただけなのに、叱られてしまったようで申し訳ないです。」
「名前って、祈りや願いを込めることでしょう。私達は、伝統的には、一族以外のものと親しく関わるのをあまり良しとしませんの。巽さんはもっと別のお考えをお持ちだから、伯母とは反りが合わないんですわ。六花さんがお気に病むほどではありませんわ。大丈夫。」
 ぽん、とりんどうが合図のように私の膝頭を叩く。僅かな間に綿のワンピースとサンダルには、虹色に光るビーズやスパンコールが縫い付けられ、髪は束ねられて、乳白や虹色のガラス玉で飾られていた。
「六花さん、とてもお綺麗よ。」
 軽いノックの音がして、泣きぼくろの女が顔を出した。彼女がりんどうに耳打ちすると、りんどうは軽く会釈をして足早に部屋を後にした。もてなしの準備なのか来客の対応か、いずれにせよもうすぐ夜会が始まるのだろう。
 泣きぼくろの女は無表情なまま私のまわりを一周すると、すぐ後ろに立ち、耳元に唇を近づけてきた。
 座っている時はわからなかったが、すらりと背が高く華奢な体つきと、派手に飾り付けられた着物とが相反するようでいてぴたりと合っている。白い肌と紅い唇は同じ女でもどきりとするほど艶っぽく、そこから紡ぎだされる声音は、目を瞑れば男性のようにも思われるほど低くて、その対比が更に彼女を色めいてみせた。
「六花さんと言ったわね。あたし、小菊。仲良くしましょ。」
 小菊は囁くように言うと、綺麗になったじゃない、と微笑んだ。


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October 25, 2006

短編小説「真夏の雪」5

 灯りが届かなくなり、あたりが闇に包まれそうになると、次の新しい灯りが見えてくる。しばらく歩くと、甘いようなじんと痺れるような良いかおりが鼻をくすぐりだした。やがて前方に光が見え、進むにつれてそれは美しい花唐草の形になっていった。透かし扉から、輝くような光と香のかおりがこぼれているのだった。
 巽が扉を押し開けると、隙間から生まれた一筋の光は、みるみるうちに美しく飾られた大広間の風景へと変わっていった。
あの半ば朽ちたような木造住宅と、今私が立っている場所が同じ場所とは到底思えない。この世のものとは思えぬほど、壮麗な風景に私は言葉を失った。
 高い天井の中央に据えられた大きなシャンデリアには、廊下の六角灯を小ぶりにしたものがいくつもいくつも連なって、流れるような三角形を描いている。うすい貝殻のかさは、そよ吹く風にも揺れてしゃらしゃらと軽快な音を立てた。壁紙は白く、雲母で刷られた雲龍の模様が繰り返され、シャンデリアの灯りが揺れるたびにきらきらと光を放って、広間全体を輝かせていた。輝きは床にもちりばめられている。海松色の絨毯は、明るいところで見ると、美しい松葉色と金糸が交互に織り混ざっていて、角度によって金色にも緑色にも変化した。
 遠くの方で、波の打ち寄せる音が聞こえる。見回してみると、広間の西の端には天井から床までの大きな窓があり、砂浜と波打ち際を映している。
 目を奪われている私に、巽が鼻を高くしている。
「本当に見とれて欲しいのは、そんなものじゃなく、あれさ。」
 巽の指差す先には、ひときわ美しいふたつの大きな家具があった。本棚か食器棚か、正方形の背の高い家具は背面しか見えないのだが、そこには貝殻を埋め込んだ美しい細工が隅から隅まで施してあった。見覚えがある地の模様は広間の入り口と同じ花唐草で、その上に重なるように、天に昇る竜と地に下りる竜がそれぞれ描かれていた。臙脂色の艶やかな木肌に螺鈿の虹色の貝がまばゆいばかりだ。螺鈿は、シャンデリアのゆらめく光の動きに沿って、虹色の光を立ち上らせるかのように、幽玄な美しさを放っていた。
「これを榮太郎さんに見せたいと、最後に会った時に話していたんだ。ただの家具じゃないんだ、これはね…」
 と話しかけたところで、巽を呼ぶ声が先を制した。低い艶のある声は家具の裏から響き、巽は肩をすくめると私の背を押して家具の向こう側へ導いた。
 家具と窓に仕切られた小部屋のような空間には、華やかな女性たちが五人ほど、涼やかな笑い声を立てていた。
 螺鈿の家具は、本棚だった。
 棚には上から下までびっしりと本が詰め込まれ、それぞれの棚板には、竜が雲間を飛ぶ様がやはり螺鈿で細工してある。棚だけではない。女たちが囲む楕円形のテーブルや、華麗な衣裳をつけた身を預ける背もたれの高い椅子も、皆揃いの螺鈿細工で誂えられ、そのどれもが、出来上がったばかりのように磨き上げられていた。私は  頭のどこかで曽祖父の竜宮の話を思った。
 巽が軽く手を上げると、女たちは含んだ眼差しで媚笑した。
「巽くん、遅かったこと。待ちくたびれたわ。」
 先ほどの声の主は、薄い水色の絢爛な着物を身に纏った、ひときわ端正な顔立ちの女性だった。彼女はテーブルに頬杖をつき、目が合うとかすかに口角をあげた。泣きぼくろが一緒に少し動いていた。ほくろまで綺麗だった。巽は彼女に片手で応えると、一番奥の女性に向き直った。
「りんどう、六花くんだ。」
りんどうと呼ばれた女性は軽く頷くと、目を細めて私のところまで歩いてきた。膝頭まで届く長い髪が一歩ごとに波打ち、ゆるやかな緑色の艶をなす。その身を包む淡紫色の綸子の着物と黒地の帯は他の女性達に比べて控えめで、彼女がもてなし役なのだとわかった。

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October 24, 2006

短編小説「真夏の雪」4

「六花くん、君、六花くんでしょう。」
 ふり返ると、すぐ後ろに青年が立っていた。年の頃は三十半ばくらいだろうか、白い麻の三つ揃いでめかしこんでいる。見るからに知的な感じの青年なのだが、女物の帽子が似つかわしくない。足元もなぜか下駄である。見知った人物ではないのは、一見してわかった。一方青年は、切れ長の目を細めて嬉しそうにこちらに笑いかけてくる。私は当惑を隠せない。
「失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」
「いや、君とは初めてだ。でも私はずっと会いたいと思っていたんだよ、六花くん。もうそろそろ三十くらいか、大きくなったなぁ。」
 青年は一歩こちらに近寄ってきて、更にしげしげと私を見つめる。その眼差しは深く暖かで、どこか曽祖父を思い出させた。
「二十八です」
 小声で訂正したのを聞いているのかいないのか、青年は続けた。
「ところで、六花くん、榮太郎さんはどうしたのだい。私は彼宛に招待状を出したと思っていたのだが。」
 私は目を見張った。
「あなたが――巽さんなんですか?」
 青年――巽は、笑顔のまま頷いた。
「じゃああなたが、あの、堅苦しい手紙を書いたんですか?」
「堅苦しい?あれが正式な書き方ではなかったかね。おかしいな、榮太郎さんに教わったとおりに書いたと思ったが。」
「ひいおじいちゃんを知っているんですか?だってあなた一体いくつなんですか?ひいおじいちゃんとどんな関係なんですか?」
「おっと、そんなに一度には答えられないな。順番から行けば、まず君が私の質問に応えるべきだ。今日は、榮太郎さんは、どうしたのだい。」
「榮太郎…ひいおじいちゃんは、亡くなりました。もう二十年も前になります。」
 巽は目を曇らせ、視線を落とした。俯いているのではっきりとは見えないが、瞳が涙に潤んでいるようだった。
「…それは、知らなかった。」
 巽は沖の方をじっと見つめたまま、黙り込んだ。潮の満ちてくる時間なのか、波がだんだんと近づいてきて、漣が足元を掬うようになっても、巽はそこを離れない。彼の爪先はもう何度か波に浸されていた。
「…あっけないものだな、人というのは。」
 やがて口を開いた巽は私を憂い目に見てひとこと呟くと、波が描いた水跡をなぞる様に歩き出す。
「今日はね、榮太郎さんが是非来てみたいと言っていた集まりがあるのだよ。たまにしかやらないものだからね、私も彼と楽しみたいと思っていたのだが…。いや、でも、君が来てくれて良かった。今日は榮太郎さんのかわりに、楽しんで行ってくれるね。」
 本当は、曽祖父のことを告げて帰るつもりだった。しかし、自分でもわからぬまま、頷いた。巽は口元だけで笑って、ずんずん先を歩いていった。

 入り江の海岸線は、岬の切り立った崖で途切れる。その崖の麓に、斜面に吸い付くようにして、荒れ果てた家が一軒建っていた。大きな松の木がうねるように伸び、その根本には雑草がはびこり放題になっている。背の高い雑草と松の幹に遮られて家の全貌は見えない。浜から玄関に続くいくつかの敷石が草の海の中の浮島のようだ。屋根瓦はところどころ落ち、崖上から種が落ちたのか、瓦と瓦の間に芽を出している草もある。壁を構成する飴色の木々はかろうじて形を保っているが、ちょっと大きな風が吹きでもしたら、瞬く間にもとの板切れに戻ってしまいそうに思えた。
 浮島を辿ると、潮風と草いきれの混ざったむせるような香りが鼻についた。巽はためらうでもなく玄関につき、手招きしている。戸を開けた瞬間に、家が崩れ落ちてこないかと危惧する。巽が玄関戸を開けようとするが、戸は心配を煽るように軋んでなかなか動かない。
「ちょっと古いけれども、これで意外と頑丈なんだよ。」
 巽は両腕の血管を太く走らせて、戸を引いた。
悲鳴のような音とともに現れた眺めは、外見からは想像できないことだが、こざっぱりとして綺麗だった。
磨き上げられた柱や壁はしっとりと艶やかで、天井に吊るされた六角形の照明が海松色をしたビロウドの絨毯の上に柔らかく落ちていた。照明のシェードはガラスでもなく紙でもなく、うすく半透明でありながら虹色を帯びている。この質感は貝殻だろうか。まっすぐに伸びる廊下の先ははっきりとは見えず、ぽつりぽつりとともる六角灯だけが薄闇の中におぼろげに浮かんでいた。
「さ、行こうか。」
 巽は足の砂も払わず、そのまま絨毯にあがって歩き出した。私も躊躇しつつ、彼にならって靴のまま一歩を踏み出す。ふかふかしたビロウドの上に砂粒が落とされる小さな罪悪感は、足元すらはっきりと見えない暗がりに、やがて忘れ去られた。


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October 23, 2006

短編小説「真夏の雪」3

 プシュウと勢い良い音を立てて電車のドアが開くと、乗客たちが一斉に外に出た。車内は急にがらんとして、冷房が効きすぎるのかノースリーブ姿の女の子が身震いしている。
人の波に押し流されるように外へ出ると、むっとした暑さに軽い目眩がした。
滑るように繁華街に流れていく人々の群れからようやく離れると、私は鞄から手紙を取り出した。流れるように書かれた筆文字はとても読めず、その横に鉛筆で小さく書かれた母の注意書きだけが頼りだ。
「…駅から南、海へ向かい、陸と海のまじわるところにて、午後二時…」
 本当に人など来るのか、半信半疑だった。いたずらなのかもしれない。でも、何のために?いや、何のためなどという理由がないのがいたずらだ、と自問自答する。
 駅から海へと南下する道は、ゆるやかな下り坂になっている。雲が多いせいで日差しは強くもないのに、肌にはうっすらと汗が滲み始める。視界に入る空が、歩くごとにだんだんと大きくなってきた。木綿の白いワンピースの裾が湿気の多い空気を含んで足首に絡みつくようになると、空気に潮のにおいが混じり始める。
砂浜に降り立つと、私は陸と海の交わるところ――波打ち際を目指す。日の光に温められた細やかな砂がサンダルに入り込み、一歩ごとに足の裏を柔らかく刺した。
 遠くから押し寄せる波は白い波頭を作り出し、砂浜に打ちつけ轟いてはまた返す。潮風が戯れに強く吹くと、耳元でごうと渦を巻いた。目を閉じ、永遠に繰り返すようなそのリズムに身をゆだねていると、誰かが私の名を呼んだような気がした。

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October 22, 2006

短編小説「真夏の雪」2 

 手紙は夕飯時に父が開封した。
 きちんと三つ折に畳まれた手紙を取り出して一読すると、眉根をしかめて、無言のまま母に手渡した。
「あらあらずいぶん達筆だこと。…かねてより貴君の待ち望んでいた会合いよいよ時を得たりて…なにかの集まりみたいね。しかも今度の土曜って、急な話だわ。近頃なかなか見ない堅苦しい文章、ひいおじいちゃんと同じ年頃の方なのかしらねぇ。」
 中学校で国語の教師をしている母は、じっくりと手紙に向き合い、あら、と声をあげた。
「この手紙、連絡先が書いてないわ。待ち合わせの日時と場所しか書いてない。返事のしようがないわ。」
「えっ、見せて」
 私は反射的に手紙を手にした。誰が見ようと内容は変わるわけもなく、たった一枚きりの便箋のどこにも、連絡先は書いていないのだった。封筒にも住所はなく、貝殻の絵柄の記念切手と鎌倉の消印だけが手がかりではあるのだが、そこから手紙の主を特定することはよほど腕利きの探偵であっても不可能なように思われた。
「どうする?」
 私の問いに、母は父の顔を窺った。父は腕組みしたまま、しかめ面を崩さない。眉間に皴を寄せてさも悩んでいるぞという風体なのだが、こういう時父からなにか良い案が浮かぶことはない。ただ誰かが問題を解決してくれるのを待っているだけなのだ。自分が関心のないことには極力首を突っ込まない。それが曽祖父から父へと受け継がれている我が家の男の流儀なのだ。
母は小さくため息をついて、私を見る。
「六花、土曜日、暇でしょう。頼まれてくれない?あたしは部活の指導があるのよ。鎌倉まで一時間と少しだし、小旅行気分もいいじゃない。」
「鎌倉?遠いよ。」
 断る口実を探したが見つからない。休日出勤という言い訳は通りそうにもない。私が勤める弱小出版社は経営不振で、ほとんど開店休業中なのだ。私が教職よりもそんな仕事を選んだことを、両親は言葉にこそしないものの良く思ってはいない。それに今はデートの相手がいないことも、母はちゃんと知っている。
 第一、私は母にどこか気兼ねしていた。あまり一緒に過ごした時間がないせいか、他の子たちが親に対して抱く素直な感情は、私の場合親ではなく曽祖父に向けられていた。そのためなのか、曽祖父亡き後言い知れぬ孤独感がいつも身の回りを漂っているのだ。 
「例えば無視しちゃうなんてことは、できないのかな。単なるいたずらかもしれないし。」
「でもねぇ。これが本当のお誘いで、ひいおじいちゃんと同じ年頃の方だったら、待ち合わせ場所にずっと待たせておくのも気がひけるわねぇ。」
 確かに。心がちくりと痛む。曽祖父は生きていれば百を越える。同じ年ではないにしても、あの文語調の手紙の主はかなりの老齢だろうと思われた。まだ梅雨があけ切らないとはいえ、近頃は気温も随分と高くなってきたことでもある。確かに、そんなお年寄りをずっと立たせているわけにはいかない。


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October 21, 2006

短編小説「真夏の雪」1

 鎌倉に向かう横須賀線の窓が緑に包まれはじめた。
 午後一時半の電車の中は、七月に入ったばかりの週末を身近な観光地で過ごそうという老若男女がひしめいている。人の多さを見込んでか冷房がよく効いて、少し肌寒いくらいだ。暑いからと半袖のワンピース一枚で出てきたことを少し後悔する。だがあと十分もすれば、海からの湿気を含んでまとわりつくような熱気に包まれることになるのだ。
 外の暑さを想像するだけでのどの奥がチリチリと乾くようで、私は読んでいた文庫本を閉じてトートバッグからミネラルウォーターを取り出すと、ひと口含んだ。

 鎌倉行きが決まったのは、今週初めのことだ。
 不思議な手紙が届いたのだ。
 曽祖父宛なのである。曽祖父は私が七つの時に亡くなった。以来、二十年以上が経過し、曽祖父はおろか祖父母さえも世を去ったというのに、不思議としか言い様がなかった。
 差出人は巽と書かれている。それ以外には住所もない。厚手の和紙の封筒に癖のある文字で筆書きしてあるから、昔かたぎな人なのだろうが、二十年も曽祖父の安否を知らぬ人物とはどんな関係なのかと、皆いぶかしがった。
 皆というのは、私と両親だ。
曽祖父の遺した家に私たちは住んでいる。曽祖父は役所を定年まで勤めあげた退職金で家を建てた。曽祖父の生家は神田で乾物屋を営んでいたというから、戦火に全てが消えたあとも、家というものに彼なりのこだわりがあったのだろう。祖父、父の代にそれぞれ加えられたリフォームで、曽祖父の建てた家の面影は残っていないのだが、私達は敬意をこめて「ひいおじいちゃんが遺してくれた家」という言い方をした。
祖父母も両親も教職についていたから、幼い私はいつも曽祖父と一緒にいた。六花(りっか)という名も、曽祖父がつけてくれた。雪の別名なのだという。夏生まれなのに、雪の名なんて可笑しいと父が言っても、何故という部分は語らずに、絶対に譲らなかった曽祖父の粘りがちだったと聞く。何故という部分は今となってはもう解けない謎だ。
曽祖父は私を可愛がってくれ、良く絵本を読んでくれた。特に出番が多かったのは、浦島太郎だ。他の絵本とは違ってこの本だけは特別で、本文のあとに曽祖父自身の自慢話が続くのだ。浦島太郎はたった一度、でも、ひいじいちゃんは二回も竜宮に行ったんだぞ、というのがその自慢だった。曽祖父の語る竜宮は海ではなく神楽坂にあったし、乙姫も玉手箱も出てこなかったけれどワクワクするような世界で、私は何度もせがんだ。
曽祖父は本の好きな、温和なひとだった。あまり人と関わるのを得意とせず、友人は数えるほどだったと聞く。実際に、私が曽祖父と一緒に過ごした数年間に、曽祖父の友人と称する人物に出会った記憶はない。
 だから、二十年もあとにこんな手紙が届こうとは、誰も夢にも思っていなかったのである。
 

※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

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October 20, 2006

歌舞伎熱にうかされ。

最初の演目は、安倍晴明の両親の物語。「信太妻」を題材にした「芦屋道満大内鏡 葛の葉」。
安倍保名と所帯を持って6年になる葛の葉(実は保名に命を救われた信太森の白狐)のもとに、本物の葛の葉姫とその両親が訪ねて来、狐葛の葉が歌を残して去っていくというお話し。
葛の葉二人を演じる魁春の早代わりったらすごかった。本当に、あっという間に早がわり。二人の葛の葉を見た、葛の葉の両親と保名のリアクションが普通におかしく、歌舞伎って難しそうと思っていたけど、普通に面白い!と感じました。
童子(つまり子供の頃の晴明)役の男の子がかわいらしく、その子をあやし、いとしいと言いながらも自分は身を引いていく狐葛の葉が涙をそそり、芝居っていいなぁ…と思う頃にはもう幕間。あっという間の楽しい時間なのでした。

幕の内弁当をいただいたあとは、ついに、お目当ての菊之助と海老蔵の曾我兄弟、「寿曾我対面」。
時は頼朝の時代、腹心工藤祐経のもとでの正月祝宴の最中、祐経に親を殺された曾我兄弟が訪ねて来るというもの。
凛として艶のある美しい菊之助の曾我十郎と、足音も荒々しく豪壮な海老蔵の曾我五郎。
典型的な和事と荒事の兄弟対比なのだそうですが、この二人は本当にすごかった。
菊之助はとてもとてもとても美しく、うっとりといつまでも見つめていたいようだったし、海老蔵の睨みがもう、息を飲むほどの迫力!ひと睨みするごとに風がざーっと吹き抜けるような、そんなすごい目力でした。
歌舞伎ライターの方が「役者に睨まれると魔や厄が払われるよう」と書いていましたが、まさにそのとおり。
正直、こんなすごいものだとは思っておらず、本当に感激しました。
ダン!ダン!と足音を轟かせて歩く海老蔵の迫力たるや、さすが江戸期に荒事を創始した市川団十郎家の名跡と感じさせるもので、江戸っ子が荒事に夢中になったのもわかるような気が。なんというか、みていてスカッとするのです。三方を握りつぶしちゃったりするシーンもあり、そこでの盛り上げ方がまたすごい。ぶるぶると怒りにうち震える体と激しい息遣い、見ているこちらも思わず手に汗握ってしまうような、素晴らしい演技でした。
これが海老蔵の力によるものなのか、あるいはこの役柄での型のようなものなのか、歌舞伎初心者の私にはさっぱりわかりませんが、それでもすごいものはすごい。
荒ぶる弟を制止する菊之助の美しい一挙手一投足には、本当に惚れ惚れ。この人の女姿を見るのが夢です。(この日も夜の部では女形で出演しているのですが…)
そうそう、面白かったのは、鎌倉時代の武士の話なのに、役柄によっては台詞が江戸っ子調でした。「祐経どん」とか言っていて面白かった。なんだかフランクですね。

続いてまた鎌倉時代、「一谷嫩軍記」。
なんだか始めての歌舞伎体験、鎌倉にゆかりがあったり、大好きな安倍晴明伝説だったり、どうも私好みの演目続きで嬉しかったです。
義経を団十郎、幸四郎と芝翫が熊谷夫婦を演じ、平家の若武者・平敦盛の首をとったという幸四郎のもとを訪れる敦盛の母・藤の方に魁春。敦盛の首というのは実は身代わりにされた熊谷夫婦の息子・小次郎の首。義経の首実検の場で、それが発覚します。一本の桜の若木に添えられた制札から、義経が敦盛を救う意図を察し、熊谷は実の子を身代わりに仕立てたのでした。ふたりの母たち、そして幸四郎の悲哀の演技が素晴らしかった。実の子を殺してまで主君に忠誠を誓うというのは、聖書のアブラハムとイサクの話でも同じテーマが扱われていて(でもこちらは子は死なず)、不遍のテーマなのかと思わされました。
子と母、というテーマは1本目の演目でも演じられましたが、同じ立場にある私は心打たれ、母の苦しみだったり悲しみだったりが胸に流入してきて、思わずハンカチで目頭を押さえてしまうことも多かったです。
渋~い幸四郎、現代劇での彼を見慣れているでせいか、本業・歌舞伎での幸四郎には少々違和感もあったものの、やはり演技力というのはジャンルを問わないものだとも実感しました。
更には、「寿曾我対面」で工藤祐経を演じていた団十郎がここでは義経を演じ、若々しく美しく、ああ、団十郎ってすごいなぁと思わされました。

最後は清元「お祭り」を演じる仁左衛門。
なんというか、男の色気のある役者さん(役柄なのか?)。
かっこいいなぁ…!

とまあ、とってもとっても素敵な一日でした。
イメージしていたのよりもずっと分かりやすくて、普通に面白くて泣いたり笑ったりでき、人気が衰えないわけもわかるようです。
歌舞伎役者さんというのは存在自体に花があって、その空気を体感できるだけでも清々しい気分になれる。
はるか昔に演劇をやっていたせいか、やはり舞台というのは心ときめく場所で、そのせいか、今度は気の合うお友達と桟敷にあがっちゃおうか?なんて、どんどん気持ちがエスカレート中(笑)。
今回は本当にいいお席で(ビギナーズラックでしょうか)、目の前で海老蔵が私に見得を切っているような。菊之助と何回も目が合ったような。そんな幸せな妄想に浸れました(笑)。これは病みつきになります。

観劇のお話しをしたら、弟が「歌舞伎熱」伝染の模様。
彼は仙台に住んでおり、先日の怪我以来まだ体の調子が戻っていないようですが「海老蔵が観たい!!!」と大興奮中。早く体調を戻して、一緒に歌舞伎を見に行こう、と話しているところです。
弟は私よりずっといろんなことに詳しいですが、趣味の傾向は多少似たところもあるし、ツウといえばカアの仲なので、きっと一緒に観劇したら楽しいだろうなぁ。
母も一生に一度くらい歌舞伎が観たいと言っているので、実家ではしばらく歌舞伎旋風が吹き荒れそうです(笑)。


さて明日からは10日連続で、創作作品を掲載します。
長くなりますが、ご興味ある方はお覗きください。
細切れで読むのが苦手な方は10日後いっきにどどんとどうぞ(?)。
ではまた、10日後に。

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October 19, 2006

伝統芸能デビュー、歌舞伎編。

思い立ったが吉日、という言葉があります。
江戸文化を勉強していて、あまりにも、歌舞伎や落語を知らないなぁ…と痛感。
そうだ、だったら、観にいっちゃえ。
と思い立ち、歌舞伎を観に行ってきました。
百聞は一見にしかず、と言いますし。
身をもって知った文化体験は、大きな知識の下地にもなるはず…

ついついこうやって気持ちが盛り上がってしまうのが、私の昔っからの癖。
親兄弟も呆れるほどの行動力、快く理解してくれるのは旦那さんのみです(笑)。
旦那さん、即座に自分のスケジュールと照らし合わせて「この日かこの日なら、はるを見ててあげるよ」。
本当に、ありがたい。
思い立ってから数日後に、実現してしまいました。

そんなわけで急にチケットをとったのですが、とってもいいお席が取れてしまいました!
2列目、ど真ん中。
もう、気持ちはうきうきです。
食事処を決めて、お土産の算段までして、当日は何を着ていくか連日寝ても醒めても歌舞伎のことばかり。
歌舞伎が観てみたいと言っていた実家の母と弟に電話で自慢までして、意気揚々とお出かけしてきました。

からりと晴れた火曜日。
歌舞伎座周辺はすごい混雑で、江戸以来の歌舞伎の人気を感じました。
今回、いろいろ下調べをしていて見たいなぁ!と思った若手役者さんがおり、彼目当ての私は、歌舞伎界重鎮のことなど名前程度しか知らずにお出かけ。
親世代くらいの女性が目立つ会場にうきうきしつつ、定式幕鮮やかな初・歌舞伎座に足を踏み入れたのでした。

演目ほか詳しくは、また明日。

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October 18, 2006

仕事と衣服。

ふと思ったこと。
働いているときは、化繊が大好きでした。
テロテロした触感と、皺になりにくい性質が気持ちよかったし、なんだか気が引きしまるような思いがしました。
仕事を辞めてみたら、天然素材が好きになりました。
さわり心地が良くて、着ていて気持ちいい、そのせいかゆったりするようです。

最近ときどきお仕事のお声がけをいただくのですが、
そうしたら自然と、また化繊に手が伸びるようになりました。

仕事など、頭も身体も「ぴしっと」したい時には、人工的な素材で体も無意識に緊張する化繊を。
家でくつろいだり、子どもと遊んだりする時には、綿や麻など肌触りの良いものを。
あまり意識していませんでしたが、そんな風に使い分けしているのに気づきました。
仕事をするには、くつろぎすぎてもいけないということなんですね、きっと。

テロテロしていて、肌さわりも良くて…という究極の繊維は、絹。
絹といえば…そう、着物も絹です。(綿やポリエステルなどもありますが。)
着物だと、身体も頭もシャンとしながら、くつろいでもいられる…そんな贅沢な時間を過ごせるような気がします。
だからでしょうか、思い返してみると、創作をするときは大体いつも絹の着物を着ています。
もちろん、個人的な感覚に過ぎませんが、でもなんだか単なる「嗜好」だけとは言い難いような気も。

「皮膚は人体最大の感覚器」というのは、本当なんですね。

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October 17, 2006

かわいいMOS。

061012_14070001かわいいMOS、江ノ島にある、モス・バーガーにいってきました。
ブルーナさんがデザインなど手がけている、とってもかわいい、嬉しくなるようなモスバーガーです。
ここを知ったのは、先日横浜そごうで行われていた「ミッフィー展」でのお知らせ。
さすが!と思える、ブルーナ・カラーに包まれたここは、絵本の中にでてくるお店のようです。
壁面には、ミッフィーの絵本でみかけるかわいい小鳥さんがいたり。
レジ前の「お待ちください」の札が、やはりミッフィーの絵本に出てくるペンギンさんだったり。
こどもも大人も楽しめる、素敵なお店です。

メニューもふつうのモスバーガーとはちょっと違っていて、ロコモコがあったり、タコライスのタコモコがあったり、和栗のモンブランやトロピカルなスムージーなど、デザート&ドリンクも含め、オリジナルメニューがたくさん。

「食育」の観点にも気を使っていたり、キッズセットのおもちゃが、ハコのかたちに手を加えると動物になって、さらにその生態(主に食について)が書かれている紙が中に入っていたり…と、エデュテイメントな一面も持っています。

もうとっても気に入ってしまって、いつも来たい!と思えるほど。
場所は、江ノ島水族館から徒歩10分程度でしょうか。
ブルーナデザインによるオリジナルのお皿やスープカップ、コーヒーカップなども扱っていて、ここを訪れるだけでも楽しい雰囲気。
これから水族館に行くときは、ここでランチ、を習慣にしたいお店です。
壁面を飾るブルーナ絵画も、思わずにっこりしちゃうような、やわらかさがあります。
「水着のお客様は…」なんていうパネルも出ていて、江ノ島らしい。
江ノ島散策の楽しみが増えました。

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October 16, 2006

元禄時代の門。

061011_14340001はると散歩していて、古いお寺に行き当たった。
鎌倉時代の第3代将軍・実朝の位牌があるという。
このあたりに玉縄城があったときに、城主である北条氏勝によって築かれたお寺だというのだから、歴史あるお寺だ。
境内には、幼稚園がある。のびのびこどもを遊ばせてくれることで評判のいい幼稚園で、私たちと同じ建物に住んでいる子たちも、だいたいここに通っている。

小さいながら、民俗資料館があったり、国の重要文化財である元禄時代の民家が境内に残っていたりする。

はるが一人でずんずん入っていった。
幼稚園で遊んでいるこども達が気になっているのもあるが、資料館にも一人で入っていき、特に玉縄城模型が気に入って何度も何度もそこにはりついていた。

この三門は、元禄時代頃に作られたのだという。
はるが気に入ってまわりをぐるぐる歩いていた。

古いせいもあり、また山合い――いわゆる、鎌倉の谷(やつ)――にあり、私自身は結構どきどきしてしまうほど「なにか」がある場所だったのだけど、こどもという存在は実に不思議で、私が一番行きたくないようなところに、とっとこ向かっていく。
小さな祠のようなところを見つけたはるは、そういう、私が行きたくないような怖いところに限って、嬉しそうに駆け出していく。
お墓が林立するエリアにも、ずんずん入っていこうとする。
もちろん両方とも制して連れ戻したのだけど…そういう場所に限って入っていこうとするということは、例えば私が「こわい」と感じている部分は、異界のにおいのする場所なのかもしれない。
昔、こどもは7歳までは異界に近い存在とされていた。
そんな理由もわかるような気がした。
やっぱり彼らには、それがわかっているのだと思う。
異界のにおいをちゃんとかぎ分けているのだと思う。
せいぜい私達は、彼らが異界に戻ってしまわぬよう、手綱を握っていなければならない。

まあ、あやしげな話はこのへんにするとして、はるがこの門をずんずん進んでいった理由は別にあって、幼稚園のこども達がきゃあきゃあと楽しそうにブランコに乗ったり、遊具で遊んだりしているのが、嬉しかったようなのだ。
自分も混ざって遊びたいと思っていたのだろう。
フェンスの外に佇んで、自分も嬉しそう、楽しそうにしながら、きゃあきゃあ言っているはるは、かわいかった。
中に入りたくて、フェンスの隙間から手を入れては引っ込めるのも、かわいらしい。
再来年、おにいさんになってから、来ようね、という。
わかっているのかいないのか、はるは腰を上げて、三門をぐるぐる回りだす。

元禄時代といえば、今から約300年前。
その頃のこどもたちも、こうやって三門のまわりを、ぐるぐる回って遊んだろうか。

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October 15, 2006

自主練習。

061011_11390001はるが勝手にトイレトレーニングをしはじめた。
私としては、彼はまだ喋れないので、来年の夏にでも始めようとのんびり構えていたのだ。

が、あることをきっかけとして、自主的に、オムツ替えを申し出るようになった。
それがなんと、オムツの柄。
今限定の、チップ&デール柄のオムツが、すっかり気に入ってしまったのだ。
そういうわけで、これも彼の中では遊びのひとつなのだろうけど、トイレトレーニングの序盤が始まった。

はるは、オムツが汚れると、写真のような状況で、オムツ&オムツふき持参で私のもとにやってくる。
ズボンを自分で脱いで来ることもある(ウエストがゆるめのものだと、裾を踏んづけてうまい具合に脱ぐ)。
そうして私にオムツとオムツふきを手渡すと、自分は寝転んで、オムツを替えられるのを待っている。

以外に几帳面な性格らしく、未使用オムツ袋の傍を通りかかったら、5~6枚のオムツが床に並べられていて、その上に一枚ずつオムツふきが乗っていた(笑)。
どうやら、ここから1セットずつ持ってきているらしかった。
面白いものです、ほんと。
この得意げな顔、なんともいえないでしょ?

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October 14, 2006

似ている?

061012_20040001江ノ島水族館で、カリカチュアを描いてもらいました。
はる…似てますか?

親の欲目というのもよくわかるもので、一緒に行った(カリカチュアを教えてくれ誘ってくれた)人は「すっごく似てる!!」と絶賛していましたが、家に帰ってきた旦那さんに見せたら「全然似てない、もっとずっとかわいい!」。誘ってくれた方も、自分の子のは「あんまり似てない」と言っていたので、ああやっぱり自分の子は、5割増しくらいで目に入っているんだなぁと実感。

でも、どうなんでしょう?
実際問題、似てますか?

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October 13, 2006

秋の雲。

061011_14030002いつものように、いつもの道を、スーパーへお買い物に出かけた。
でもいつもと違ったのは、はるが、いつもと違う道に行こうと手を引いていったこと。

越してきて1年ちょっとになるけれど、今まで通ったことのない道。
徒歩5分の距離が、急に小さな旅めいて、ワクワクした。

はるはいつもよりずっと歩いた。
途中で抱っこをせがむでもなく、車が来るからベビーカーに乗ったらと言っても、頑として聞かずに歩く。
そうしているうちに、大きな通りに出た。
このあたりは、江戸時代に新井白石領だった場所。それ以前には、玉縄城という名城があった、由緒ある土地なのだけど、私は全然その歴史のあとを辿ったことがない。
目の前に昔のお城の前にあったような、大きな木の門が見えてきた。
小学校の門らしく、時折警備員らしき人が開けて外をうかがったりしている。
歩いていくと、家の間に覗くのは、歴史の足跡。
ほの暗い山の奥へ向かう、神社への参道。
道の向こうに見える、茅葺の屋根。

ふと気づくと、はるが上を見ていた。
すすきが風に揺れて、その向こうには、秋の空が広がっていた。
車もあまり通らない、のどかな午後。
小学校から響いてくるこども達の明るい声を遠くに聞きながら、
ふたりでゆっくりと、空を見上げた。

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October 12, 2006

あこがれの…

061007_17390002仙台からの帰り道、東京駅、トミカショップに立ち寄りました。
はるが滞在中とってもとっても良い子だったので、ご褒美をあげようと思ったのです。

そうしたら…はるは、こんなうっとりした眼差しでトミカを選んでいました。
口元にうっすら笑みを浮かべて、うるうるの瞳で。
よほど好きなのでしょうね(笑)。

コカコーラの宣伝車、ディズニートミカのピノキオとパイレーツ・オブ・カリビアンを得意げにかごにいれて、さっさとレジに進みます。
お片づけ・お持ち歩き用にと、私がトーマスシリーズの収納BOXを手に取ると、にっこり指差して「あーひー」といいました。
「あーひー」は、ちびっこ機関車「パーシー」のこと。(母音しか似てないけど。)
はるがようやく言えるようになった言葉のひとつです。

はるがこんなに夢見る瞳で見つめるのは、トミカショップだけ。
都内に出るたび、こんなはるが見たいために、トミカショップに寄るのが恒例となりそうです。

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October 11, 2006

パパのお部屋。

061006_21570001仙台の、旦那さんの実家にある、旦那さんのお部屋。
床の間のある、和室です。
掛け軸は季節に応じてかえてあり、今回はお魚が泳いでいました。
はるはそれを見つけて、ちゃんと指差していました。

お琴や藤娘のお人形、シーサーの置物、壷など、いろんなものがこの床の間においてあります。
おいてあるものはバラバラなのに、全体としてなにか同じような空気をかもし出しているのは、まるで個性が違う同士が集まっているけれど家族というつながりがあるのに似ていて、どこかとてもしっくりとくる。

はるは興奮してなかなか寝ませんでした。
夏の時は泣いて起きていたのに、今回は、真っ暗になってからもきゃあきゃあと喜んで笑い声をあげて、起きていました。
そういえば夏には、夜になると「家に帰る」と、玄関まで私の手を引いていったのに。
今回は、言い聞かせてきたせいなのか、そんなこともありませんでした。
はるもいろいろわかるような年頃になってきたのでしょう。

「ここはね、パパのお部屋なんだよ。はるやママンと会う前に、パパはここに住んでたの」
そういうと、はるは写真のような、なんだか大人びた顔を見せました。
その横顔が旦那さんに良く似ていて、その旦那さんは義父に良く似ていて、義父は祖父に似ていて…
連綿と続く「家族」なんだなぁ…と思いました。

はるには熱中するときに、ペコちゃんみたいに舌をぺろっと出す癖があるのですが、それが義父の癖と同じと知って、なんだかそれも嬉しくなりました。
みんなつながってる。
そんなことを感じさせる、秋の夜なのでした。

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October 10, 2006

突然の旅路。

急にはるとふたりで、仙台の、旦那さんの実家に行ってきました。
義理の母が急遽入院&手術したのです。
両親とも「大丈夫」とは言うものの、気分的にもずいぶん落ち込んでいるようだったので、孫の顔を見せにおでかけしたのでした。

なんと、それが、先週のあの大変な雨の日前後。
(うまい具合にひどい雨は避けて移動できたのですが。)

二ヶ月ぶりのおじいちゃんおばあちゃんに、はるはとってもいい子でした。
にっこりしてみせたり、お菓子をあげてみたり、手をとってチュウしたり。
こども心に状況がわかって、思いやってくれているかのようでした。

正直な話、はるとの長距離移動は、私にもはるにも多大なストレス、頭痛の種。
加えて私は、諸々の理由で徹夜せざるを得ない忙しいときでもあり、滞在前も滞在中も、5時間眠れれば良い方、大体2~3時間しか眠れない日々のさなかのことでもありました。
親の状況をこどもは敏感に察するといいます。
睡眠不足・累積疲労で、私自身がはるに対しておおらかに接することができない気もし、そんな状況下でのはるとの移動も、はるにとって「日常と違う」点で緊張を強いる仙台での生活も、私の中ではかなり心配していたのです。

だけど、そんなこと、杞憂におわりました。

はるは意識してかせずにか、結果的に私をとても助けてくれていたと思います。
おじいちゃんおばあちゃんのことも覚えていたのでしょう、すぐに馴染んでいましたし、話しかけたり、笑いかけたり、懸命に気を使ってくれていました。
本当に、はるに心から感謝しました。
おじいちゃんもおばあちゃんも、はるの笑顔に心和ませてくれたようで、安心しました。
たぶんはる自身、とっても気を使ってくれていたと思います。
2歳児になにができるか、という声もありますが、それだけ普段に比べてずっとずっといい子だったし、新幹線の中や病院の中でも騒いだりせず、大人しくしていてくれました。

夏にはあいさつもできなかったのが、はるの中でコミュニケーションをとろうとする気持ちが大きく芽生え、挨拶はもちろん、いろんなもの(自分のすきなもの)をあげたり、進んでチュウしたり、その成長ぶりにみんな驚き喜んでいました。帰りの新幹線でも、はやてがとれずに二時間以上かかったものの、はるは一度も騒がずに、大人しくしていてくれました。

はるがいい子だったお陰で、私自身どれだけ救われたことか。
加えて、成長というのは一回一回の出来事による刺激だけではなく日々の積み重ねの中にあり、春が来ると種が芽吹くように、あるときするすると芽吹いていくのだと、実感しました。
四季折々、いろんな季節に咲く花があるように、こども達にもそれぞれ、芽吹く時期花咲く時期があるということなのだとも、思いました。

また、こういう非常時には、離れている分、満足に役に立てないもどかしさがありますが、その分あちこちの方の手助けがありがたくもあります。
ふだんから交友範囲の広い両親のご友人達はもちろん、滞在中の雨をかんがみて食材の買出しを買って出てくれた義弟、それに義母の親友である私の母や、状況を察してアドヴァイスしてくれた父にも感謝でした。
実家の父は「仙台に帰ってきても、実家には寄らなくていいから、嫁としてきちんと親孝行しなさい」と言ってくれました。
父も本当は、ゆっくりはると遊んだりしたいのだと思いますが、それよりも私自身のことを考えてくれての、思いやりだったように思います(お言葉に甘え、実家には数時間顔だけ出して帰りました)。
出発の日にちょうど東京出張中だった母は、自分の予定を繰り上げてまで、一緒の新幹線に乗ってはるの相手をしてサポートしてくれました。私が近くにいて義母のお世話を出来ない分、母がカバーしてくれていることもあります。そういう気遣いが、本当にありがたかったです。

親に、子に、みんなに助けられた3日間でした。
非常時って、改めて「絆」を知る機会だなとも感じました。
こういうところで助けてもらったところを、自分が一体どんなふうに恩返しできるのか。
そんなこと、考えていきたいと思います。

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October 09, 2006

色と心。

洋服がないなぁ…とお店を覗いていたら、店員さんに声をかけられました。
さわやかでいやみのない店員さんで、ついついおしゃべりに夢中になってしまったのですが、
ふと、
「持っている洋服の中で、どんな色が一番多いですか?」と聞かれました。
考えてみると…青系、中でも、青と緑の中間のような、ターコイズの色が一番多いようです。
そう答えると、とても驚かれました。
ターコイズをアクセントに使う人はいても、それが一番多いなんていう人、売り子人生初めてです、とのこと。
同世代の方だったので、そうするとかれこれ10年近くで初めてということになるわけです。
言われたこちらも驚きました。

色彩心理学に、カラーヒストリーという手法があります。
過去を思い出し、好きだった色、よく着ていた(または気になった)色をピックアップして、そのときの自分の心の状態とつきあわせてみるという手法です。
ターコイズの服ばかりというのは、今が始めて。
今までは青系でも、青や水色を好んでいました。

さて、仙台の知り合いにオーラソーマのカラーセラピストさんがいらっしゃいまして、ここ3年、夏の帰省のときに毎年見てもらっています。
今年キーになってきた色は、やはりターコイズでした。
セラピストさんによれば、ターコイズは広い意味での「表現」をあらわすものだとか。
言葉も含むし、絵画や音楽など言語に関わらない「表現」を意味するのだそうです。
定期的に見てもらっていると、不思議と、毎回同じキーワードが色に表れてきたりして(それも自分が選んでいるのではなく、隠れた表現として…)、神秘も感じます。

なんだか今年は、ターコイズにご縁のある年のよう。
気持ちの向くままに過ごしていい、興味のあることにはのめりこんでいい、なにかについての決断はまだ先でいい、そういう「流れに身をまかせてたゆたう」のが、今年の私のテーマとなっているそうです。

無意識に惹かれる色には、隠された意味があります。
それを探るのも、楽しいこと。
近頃は色と心の関係について書かれた本も、随分出ているよう。
ちらりとのぞいてみてはいかがですか。

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October 08, 2006

江戸っ子の舌を手に入れろ!

江戸関係の本を読むことが多い近頃。
いろんな方が江戸について書いていますが、中でも杉浦日向子さんの本はとても面白いです。
江戸の文化を今の私達にわかる簡易な言葉であらわしてくれるので、納得!という感じ。

江戸の感覚と現代の私達の感覚では、金銭感覚はじめいろんな感覚が違っているもの。
そのひとつが、味覚です。

蕎麦とか天ぷら、寿司など、江戸時代に人気があった食べ物で今の私達が楽しんでいる食べ物は意外に多いのは、結構知られていることかもしれません。
約260年のうちには、グルメブームだってあったし、料理本や、おいしい料理の番付なんかがシャレで作られたりもします。
本で有名なのは、浅草の八百善が出したレシピブック『』や、グルメ漫画『美味しんぼ』にも登場してくる『豆腐百珍』などさまざまな「百珍」ものあたりでしょうか。
しかし、それに習って江戸時代の料理を再現しても、美味しくないと思う人がほとんどだそう。

江戸時代、もてはやされた食べ物は「三白」というそうです。
ご飯、豆腐、大根、の3つ。
いずれも淡白な味わいです。
日ごろの食卓に上るのは、このほか白身魚などだったそう。
なんだか…今の私達にはちょっと物足りないような感じがします。

化学調味料なんてない時代、杉浦氏が着目するには、「味わう舌が違う」とのこと。
江戸人の舌を手に入れれば、本物のグルメになれるかもしれません?
杉浦氏は、これに対する回答も著書の中で述べています。
なんと、1週間、調味料ヌキの生活を送ること!!
つかって良いのは、塩ほんの少々のみ。

そうすると…一週間後には、水の微妙な味わいの違いや、米の産地の違いまでわかるようになるとか。
興味ある方、グルメ嗜好の方、お試しになってみては?

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October 07, 2006

ガリバーのように。

061002_15290001はるは近頃、私の知らない間にお昼寝していることが、よくあります。
大抵ソファで、トーマスたちと遊んでいる間に、眠くなってそのまま眠ってしまっているようです。

あれ?静かだな?と思うと、ソファに寝転がっているはるの姿が。

なんだか、まるでおとぎ話の世界のように見えました。
トーマスほか機関車たちが、眠っているはるを見つめていて…
はるは、すやすやと幸せそうに寝息を立てていて。
夢の中でも、トーマスたちと遊んでいるのでしょうか。

ちなみに、はるが機関車トーマスの中で今一番すきなのは、いばりんぼのゴードンです。
謎です。
ゴードンの声は、私たち世代には懐かしい声で、「Drスランプ・アラレちゃん」の則巻センベイ博士の声です。
私と旦那さんは、ちびっこ機関車パーシーがお気に入りなのですが、なんだかはるは、渋好みらしい。
はるがおしゃべりできるようになったら、どうしてゴードンが一番なのか聞いてみたいなぁと思うのでした。

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October 06, 2006

甘いためいき。

060930_10010001これ、10年ごしの願いがかなって食べることができた、パリのチョコレートです。

興味の発端は10年前。
短期留学の後、フランス語のブラッシュアップに通っていた会話教室で、「驚いたこと」をテーマに思い思い話していた日でした。
私は、「パリで、スーパーの売り場一体がチョコレートづくしだったことに驚いた、日本の5~10倍の売り場に数え切れないチョコが並んで、それは壮観だった」というようなことを話したのだったと思います。
すると、フランス語の先生(南仏出身・日本でレストラン経営もしていた)が、「パリのすっばらしく美味しいチョコレートは食べた?」もちろん、答えはノン。
彼は自分でレストラン経営をし、日本人の奥さんはパティシエだったというので、よほど味にうるさい人だったのでしょう。スーパーのチョコもいいけどあれば駄菓子であって、本当のチョコレートというものはチョコレート屋で買うものだ、と話し始めました。
そして教わったのが、その名もチョコレート店というla Maison du chocolat
そんなにパリに行く機会もないので、ほう、とだけ聞いていたのですが…

先日、風神雷神に会いに行くときに、通りかかった小洒落たお店。
なんと、あの、あのチョコレート屋さんではないですか。
10年前の、フランス語教室での出来事が走馬灯のように思い出され、私ははるを抱えてそのお店に入ったのです。

高級チョコレートはどれもおいしそうで、アソートセットを食べてみたい!とドキドキしてみたら…15センチ四方の箱で、8000円とか10000円とか、信じられない値段がついています。
即刻諦めて、一粒ずつの販売棚を物色しました。
はるが思いのほか興味を持って、だっこからおろすと、ひとりで背伸びをしながらショーケースを覗くほど。
チョコレートはまだそんなに食べたことがないのに…勘でわかるものなのでしょうか。
注文している間にも、これもあれも…と目移り。
結局7粒の甘い宝石を抱えて帰りました。

ここでは購入者に、新作の試食をさせてくれます。
おねえさんがはるの分もくださったので、はるにあげてみると…黙々と味わっている、目がうつろ(笑)。
はるはおかわりを求めて必死で手を振るんですが、おねえさんは「バイバイ」だと思って笑顔で応じてくれます。次第にわめきだすはるを抱えて、逃げるようにお店を出てきました。

はるはおいしいもの、ちゃんとわかっています。
帰りの電車でチョコレートの袋を取り出して催促。
爪の先ほどずつ、ちびちび食べて長~く楽しもうと、はるの口に入れる量を加減していたら、ほんの一瞬の隙を突いて、ばくっとひとつぶ丸ごと食べられてしまいました。
ああ…高級チョコレートも駄菓子チョコレートも君にはまだ違いが分からないだろうに…無念なり。

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October 05, 2006

牛にびっくり。

060920_11440001日曜日まで開催されていた、丸の内のCOWパレード
開催中、はると一緒に都内に出ることが何回かあり、私たちも数頭の牛さんたちに出会ってきました。

はるは、牛は絵本で見たことしかありません。

大人が見ても一瞬「?」となるこのオブジェ、はるには「牛」とすら認識されなかったかも?
それでも興味はあるようで、じんわりじんわり近づいて、見ていました。
この写真をとった後、1、2歩できびすを返して抱きついてきましたが、「怖い」かもしれないけど、ちょっと興味津々…という感じ。

今度は動物園にいこうね、はる。

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October 04, 2006

マドレーヌを焼いて。

061001_13080001いまうちで人気の食べ物は、マドレーヌです。
市販のマドレーヌミックスを使った、とても簡単に作れる代物なのですが、これがはると旦那さんに大好評。

はるは生地を混ぜたり、トッピングしたり、型に生地を流したりする作業を自ら買って出るほど大好きです。
(ちなみに型に生地を流し込んでくれるのは、嬉しいけど本当はちょっと遠慮したい。ご想像つくかと思いますが、型以外の、テーブルや床に流れる生地の方が多いのです)
焼きあがるとすぐに寄ってきて手を伸ばします。
少しすると旦那さんも寄ってきて、手を伸ばします。

キッチンに置いておいたマドレーヌ、いつの間にか半分なくなっていることも、よくあること。

とっても簡単だしすぐに出来るので、手土産代わりにすることもありますが、そういう時は要注意。先に実数分を確保しないと、大きい人と小さい人がぱくぱく食べてしまうのです。

今までお土産用に焼くことが多かったので、日曜日にうちの分をたくさん焼きました。
18個のマドレーヌは、6個ずつ3種類の味。
手前のものは、先日作ったルバーブのジャムを加えた、ルバーブマドレーヌ。
真ん中のは、プレーンの生地に、はるがアラザンをトッピングした、アラザンマドレーヌ。
一番奥は、野菜をあまり食べないはるのためにすりおろしたにんじんを加えた、にんじんマドレーヌ。

さて問題です。
翌朝、18個のマドレーヌは、何個残っていたでしょう?

はるはもちろん、旦那さんもおやつにちょいちょいつまみ、私もお茶菓子につまみ…
なんと月曜の朝には、たった4個しか残っていませんでした。
14個ものマドレーヌが、日曜日のうちに消えてしまったのでした。
私が食べたのは2個だから…つまり、12個をふたりで平らげたという計算。
ミニマドレーヌではありませんよ、だって、マフィン型を使って焼いているのです。
小ぶりのマフィンくらいの大きさのを、12個。

さすがにこれには驚きました。
よっぽど、好きなんですねぇ…。
ときどきはマドレーヌ、うち専用に作ってあげなくっちゃな。

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October 03, 2006

ぜいたく時間。

061001_13070001週末、またまたちろりん屋さんの店先(トラック)には、面白いものがありました。
穂紫蘇です。

「青じその実」という鮮やかな緑色の漬物がこどもの頃大好物でした。
いかにも人工着色料の色なのですが、紫蘇の香りと酸味がたまらなくて、ごはんにおにぎりにお弁当に、いつもこれをせがんでいました。

穂紫蘇、たまに刺身のつけ合わせなどで見ることはありますが、売っている姿は滅多に見かけません。
私もちろりん屋さんで見かけた今回が、売られている穂紫蘇との人生2度目の対面でした。

で、早速私家版「青じその実」を作ってみよう、と思ったのですが…
作り方がどうにもわかりません。
私家版だからいいや、と適当に…。
案外うまくいきました。

まず、穂紫蘇から紫蘇の実だけをとる。
紫蘇の実を塩でよく揉む。(この時塩加減に注意。食べられる程度、ちょっとあっさり目にするのがコツです)
特有のいがらっぽさをやわらげるのに、ごま油を少々。
風味づけに醤油を少々。

水気が出ない程度に加えていきます。
紫蘇の実に「まぶす」くらいの感覚です。
それから冷蔵庫で少々寝かせて、半日くらいしたらもう食べごろ。

鮮やかな緑色もこなれた茶色に変わり、お味もまろやか。

ふりかけのように使っても、お茶漬けにも相性抜群です。
お豆腐の薬味にも良く合います。
なによりぷちぷちする食感と、紫蘇の香りがたまりません。
穂紫蘇から紫蘇の実をとるのも、さわやかな香りに包まれてとっても幸せな気分です。

こういうのって、とってもぜいたくだなぁ…とうっとりしながら、日曜日を過ごしました。
何でも買ってくれば済んでしまう今の社会で、ひとつひとつ手をかけていくのって、時間を贅沢に使っている気がします。昔に比べたらとっても便利になったけど、昔の人たちの方が豊かに暮らしていたかもしれません。
江戸時代の読み物の中に、未来記という、現代で言うならSFのようなカテゴリがあって、その中には「旬がなくなる」とか「正月用品も全部パックものを買って済ます」などということも書かれているのだそうです。江戸人たちはこの娯楽本を「ばかばかしい!そんなことあるわけねぇや」と笑い飛ばして楽しんだというのですが、実際私たちの世の中は…。
江戸時代の人たちが現代を見たら、どんなに驚くでしょうね。

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October 02, 2006

一緒に、ポップコーン。

060922_12530001はるとの玩具屋さん遍歴もようやく終わり。
結局東京のトミカショップまで行って、お目当てのトミカを求めてきました。
この玩具屋さん遍歴の中で、思わぬ収穫もいくつかありました。

まずは、最寄駅近くに新たな遊び場を開拓できたこと。
第二に、はると新しい発見をしたこと。

この新しい発見というのが、「ポップコーン製造機」です。
大型スーパーのゲームコーナーに、アンパンマンのポップコーン製造機がありました。
大きさは、太目の自動販売機くらい。
大きなアンパンマンがついて、真ん中にはテレビの画面がついた、高性能な代物です。
ボタンと、ハンドルもついています。
お金を入れると、テレビ画面にアンパンマンが出てきて、ポップコーンの作り方などを教えてくれます。
そのナビゲーションに沿って、ボタンを押して味を選んだり、アンパンマンと同じようにハンドルを回してポップコーン作りをしたりします。
できた!と画面が華やかになると、下の方にある半透明のドアにピカッとスポットライトがついて、本当にポップコーンが出てくるという、なかなかエンターテイメントなものなのです。

はるは、テレビと同じことをやっていたら本当にポップコーンが出てきたものだから、びっくりするやら嬉しいやら。
大事そうにポップコーンを持って、一粒一粒食べていました。

わが家はポップコーン好きの一家で、常にストックがあるのですが、そういう身近な食べ物が、とっても楽しくできてきたことも、大きなインパクトだったよう。
とってもとっても喜んでいたので、またはると一緒に、お散歩がてらおでかけしようかなぁ…と思ったのでした。

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October 01, 2006

待望の季節

夏の間は暑くて1~2度しか着られなかった着物。
ようやく袷の季節が来て、日常に着物がある暮らしが戻ってきた感じです。
袷の季節が本格化するのを前に、数度の練習を経てお太鼓も結べるようになりました。
これで本当に、着物暮らしを楽しめるというものです。

先日東京に出かけてきました。
国宝である俵屋宗達の風神雷神図屏風を見に、出光美術館へ。
宗達、光琳、抱一と3つの風神雷神図を見比べられる、とても贅沢で至福の展覧会。
会場でも、お若い方からご年配の方まで、着物をお召しになっているご婦人を何人も見かけました。
丸の内を着物姿で闊歩する若いお姉さんもいて、お着物文化がますます広がったなぁと思いました。

私ははると一緒だったので洋服で出かけましたが、素敵な着物姿の方にはついつい見とれてしまいます。
皆さん暗めのお色味のお召しや紬が多く、そこに暖色系の帯をしてらして、秋だなぁ…なんて見る人に思わせる、とっても素敵なお着物姿でした。

ああ、私も早く着物が着たい。
そう思って帰路につきました。

幸い今日は、日曜日。
朝から衣替えをして、午後にはお着物でちょっと近所のお買い物に行こうかしら、とわくわく。
そうそう夏着物のお手入れも、ぬかりなく行わなければ。
夏着物、とっても好きなの色・柄なのだけれど、暑がりの私には少し贅沢品かもしれません。
だって、1年に1度しか着ない衣類…これは着道楽の域ですね(笑)。

袷の季節を前に、憧れだった真綿紬を1着新調しました。
(新調と言ってもお誂えではなく、オークションを利用したユーズド品、ささやかな新調です。)
着物生活、満1年の記念のつもりです。
まだまだ粋に着こなせるようにはなりませんが、自分なりの楽しみ方、今年も楽しもうと思います。

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