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August 02, 2006

掌編小説「四季」より「秋」

お茶を入れようとキッチンに入ると、爽やかな香りが漂っていた。
ダイニングテーブルに置かれたコップに、リンデンの一枝が生けられている。
毎日新しいハーブを一枝ちょこんと生けるのが、ここしばらくの娘の趣味らしい。

リビングルームを覗くと、娘は窓辺のベンチにもたれてまどろんでいる。
手に気に入りの本を持ったまま、すうすうと寝息を立てている。午後の柔らかな陽射しは、うたたねにはもってこいだ。
私はあどけない寝顔の少女を起こさぬようにブランケットをかけてから、少し離れたソファに腰をおろす。ふと生まれた時の顔が寝顔に重なって、成長した部分や、変わらない部分が次々に思い浮かんだ。
いつまでも子供だと思っていた上の娘が、結婚すると言い出したのは、つい先日のことだ。
彼女だって、今はまだ少女でも、いつの間にかここから羽ばたいていってしまうだろう。

私は、ソファの横に置かれた籠から、作りかけのひざかけを手に取った。
真綿をつめて縫い上げた柔らかな木綿のひざかけは、娘が摘んできたハーブで優しいクリーム色に染まっている。その上に優雅な紫色の花びらが途中まで刺繍され、その先が描かれるのを待っている。サフランの花だ。
植物を育てるのが好きな母は、自分で育てたサフランで良くパエリアを作ってくれていた。
クリスマスに間に合わせるにはまだ充分時間がある、私は丁寧にひと針ひと針を描く。

母は、サフランのような人だ。
上品で優美に見えてその実、芯の部分はエネルギッシュで生命力に溢れている。
その様子は、紫色の花びらの中から鮮やかなオレンジ色のめしべが覗く、サフランの花に良く似ている。

下の娘は、母に似たのかもしれない。ふたりとも植物を育てるという緑の指を持っている。
上の娘も、母から料理のレシピなどを聞いているようだ。
花や植物が、そのうちにあふれる生命感と生来の美しさで人を惹きつけるのと同じで、母には、人をひきつける魔法のようなものがあるのかもしれない。

シュンシュンと音を立てる薬缶の火を止め、シナモンやクローブを入れたミルクティを作ると、その香りに誘われて娘が大きく伸びをした。
私はふたり分のスパイスミルクティーをティーカップに注いで、娘を誘う。
こんな時間がいつまで続くかわからないが、そんなことはさして問題ではない。離れていたって、私と母が、ずっと親子であることと同じで。
私は今のこの幸せなひとときを、ゆっくりとかみしめる。


※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

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