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August 01, 2006

掌編小説「四季」より「夏」

髪型、よし。
服装、よし。
スリッパ、よし。
テーブル、よし。
花瓶、よし。
大事なお客様を招くのは、とても緊張する。
ことに、それが将来結婚するかもしれない相手で、初めて私の家に遊びに来るともなれば、その緊張はひとしおだ。
きっと彼は、自分で育てているバラを一抱え持ってきてくれるだろう。いつものように。

付き合い出してからそろそろ半年になる。
手料理が食べたいといわれる日がいつか来るのだろうと心配はしていたのだ。
一人暮らしを始めて一年も経っていないのだから、彼の方だって料理の腕なんて期待していないのだろうけれど、こちらとしては気が気じゃない。だったら断ればいいのに――女としてのプライドがそれを許さなかった。見栄っ張りな自分をいくら呪っても、後の祭り。
そして、あと数分で、ランチを食べるためにお客様が、チャイムを鳴らすだろう。

頼みの綱は、おばあちゃんに聞いた、とっておきのレシピだ。
ハーブがきっと手助けしてくれると聞いて、いつもよりも3時間も早起きして準備したのだ。
妹が実家で育てているハーブも、たくさん送ってもらった。
おいしい料理は、よりおいしく。おいしさが足りない料理はそのおいしさを補ってくれる。おばあちゃんが言うのが本当なら、ハーブは私にとっての魔法だ。
味見をしたけれど、今まで作ったどんな料理よりも美味しくできた――と思う。
判断すべきは、彼なのだけど。

もし、もしも、彼と一緒に暮らしを築けたら。
バラの花を育てるのが上手な彼は、きっと他の植物を育てるのも上手だろう。
いろいろなハーブを育てて、私はそれで料理をしよう。
おいしい料理は、よりおいしく。
おいしさが足りない料理は、そのおいしさを補ってくれる。
ハーブの魔法を食卓にのせて、幸せな時間をともに過ごしたい。

玄関のチャイムが、鳴り響く。
さあ、お客様だ。


※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

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