« July 2006 | Main | September 2006 »

August 2006

August 31, 2006

婦女子の法則。

ここのところ続いてた美術館でのワークショップは、思わぬところで私の生活に波紋を及ぼしている。
既に書いた「ひとの神秘」「こどもの神秘」のほかにもまだ何点かあるのだけど、「婦女子の法則」もそのひとつ。

以前いつだったか、「どうも洋服について、おしゃれ心が消えてしまったようだ」と書いたことがある。
着物にはまり始めた頃の話だったろうか。
今年は思った以上に着物が着られなくて、実際浴衣も数えるほどしか着ていない。そんなわけで断然洋服を着る機会の方が多いのに、それでもまだ、洋服についてのおしゃれ心がどうも動かないのだ。

それと時を同じくして、ダイエットへの関心もなくなっている。
確かもともと着物に傾倒していったのも、洋服ほど体型が響かないというのも、理由のひとつだった。
思いついても、根本的なボディラインの改善というよりは、増えた分戻すくらいの感覚の、後手にまわったダイエット程度。

実はこのふたつが、とても有機的に結びついているということを発見した。

葉山での「おしゃべりなからだ」というワークショップで、少しばかりストレッチをしたことが契機となった。
このワークショップでは、「からだが動くと、いろんな感覚が本来の鋭さを取り戻すものだ」と驚かされたのだけれど、この日私はすぐに家に帰らなかった。
駅に隣接した百貨店で洋服探しに勤しんだのだ。
いつ以来なのか数えられもしないほど久しぶりの出来事だった。
気に入った洋服をいくつか試着したりもした。

そこではっと気づいたのだ。
洋服と、ダイエットの有機的な関係を。
ダイエットに成功したら新しい服が欲しくなるし、新しい服が欲しくなったらダイエットもしたくなる。
裏返せば、新しい洋服を買わなければ、ダイエットへも興味がなくなる!
なんと恐ろしいことか。
普段甘い目で見ている(本来的な意味では見ていない)自分の体型も、試着室での「似合うか否か」を判定する厳しい視線の下には真実をさらけ出すようだ。

風水では、新しい洋服は新しい運を呼んでくるとされ、古くなれば運気はどんどん下がっていくという考え方がある。その理由を知ったような気がした。

残念ながらこの日も気に入った洋服にはめぐり合えなかったのだけど、この日以来、ちょっとだけからだについて意識するようになった。
昔興味を持ったバレエの練習用DVDを買ってみたりもした(まだ始めていないが)。

そういうわけで、今日の格言。
婦女子は、いついかなるときも、新しい洋服を買うべきである。(風水も良くなるというし。)

| | Comments (0) | TrackBack (1)

August 30, 2006

幼児と美術。

大好きな美術館でボランティアできるとあって、私はウキウキしていた。
大した働きができるわけではないのだけど、一鑑賞者として訪れるのと、スタッフとして訪れるのとでは、気持ちが随分と違う。
たとえて言うならば、遠くから眺めているだけの憧れの君と、急に友達になれたくらいの感じ。

それで、私としては非常に嬉しくて、ワークショップで使う些細な制作物を自分に作らせていただけないかと申し出た。展示作品の、配置地図だ。
立派に作れるわけではないのだけど、自分ができる範囲内の事で、なにかお手伝いがしたかった。
憧れの君に、下手だろうが気持ちをこめて、お弁当を作ってあげたいようなもので。

展示作品の配置をチェックしに、美術館に出かけた。
療育グループの日だったので、はるを一緒に連れて行った。

はるは予想以上に美術館に興味を示した。
よくよく考えてみると、はるの好みに合っているのだ。
まず、広い。
それに、綺麗なものがいっぱいある。
はるはすっかり嬉しくなって、あちこちの絵を覗いては走り回り、気に入った絵にはチュウしようとする。
(最近のはるは、好きなものにチュウをする癖がある)
絵になにかあっては大変!とはるを抱っこすると、動きが制限された怒りに大きい声を出す。
「美術館でしてはいけないこと」の内容を、彼はほぼ全て行っている。
私は展示作品一覧と展示室図を手に、すっかり困り果ててしまった。
見かねた監視員の優しいお姉さんが、はるを抱っこして絵を見せてくれたり、うまく中庭に連れ出して歩かせてくれ、そのお陰で私は仕事を終えることができた。

はるには一枚の気に入った絵があった。
「天使とトビア」という絵。
村井正誠という画家の作品だ。
この絵には、魚が描かれている。
だから、私は、魚好きのはるがその点を気に入ったのだろうと思った。
会場ではチュウしようとするはるを必死におしとどめ、家に帰ってから作品のカードを見せた。
するとはるは、思う存分チュウをする。
でもそれは魚にではなかった。
私には線にしか見えなかった「天使」に、何度も何度もチュウしているのである。
言葉がわからない彼は、この線の正体が「天使」だなんて、知らないはずだ。
天使がどんなものなのかも、わからないはずだ。
なのに、何度もチュウをする。
好ましいものだからこそ、チュウをするのだ。
トビア少年を守護する天使に、はるはチュウを繰り返す。

美術の力を、見せられたような気がした。

ワークショップのスタッフと話していて、日本人の6割が生涯一度も美術館に行かないということを聞いて驚いた。
残念なような、勿体無いような。
教科書的な知識が入らないうちに、自然に美術館に親しむような風潮が生まれれば、もっと美術館を身近に感じられるのかもしれない。
そういう中で絵と出会い、何かが変わっていく人だっているかもしれない。

美術には、力がある。
その強さを改めて、はるに教えられたような気がした。

(ちなみに「天使とトビア」は10月15日まで、神奈川県立近代美術館鎌倉館で観ることが出来ます。
最新情報としては、10月初旬の日曜日には「謎解き宝箱」ワークショップが再び開かれる予定も!!)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 29, 2006

ふと思い出す神秘。

先日、葉山でのワークショップでの出来事。
プログラムの中で、こんなことが課された。
「過去、一番よく覚えていることをお話しして下さい。痛かったこと、美味しかったこと、なんでも…」
一番、と言われると迷ってしまう。
例えばこども時代とか時間的に区切られたらまた違うのかもしれないが、今まで生きてきた年月の中で一番と言われると、なんだかそこに自分の人生が集約されるようで、とても悩んでしまった。
「痛い」「美味しい」など感覚をたよりに記憶をたぐり、話し始める。
「今までで一番痛かった話です。でもそれは、嫌な感じの痛みではなくて――」
出産の話だ。

今まで友人たちなどに何度となく話していることだが、
改めて思い返してみると気づいたことがあって、自分でも驚いた。

朝8時に出産の気配があって入院、波のように訪れる痛みを感じながら、一晩を過ごした。
5分ごとに訪れる痛みに、眠るに眠れない夜。
翌朝6時前に、もうすぐ生まれるはずと思い、神奈川の旦那さんにすぐ来るように連絡した。
その時点で、今まで感じた痛みの最大値をはるかに上回っているような痛みだった。
予想に反してなかなか生まれず、昼前に旦那さんが産院に着いた時にも、私はただ呻いていた。
痛みがやってくる感覚は、3分毎になっていた。痛みは更に増していた。
それでも、診察を受けると、まだまだ生まれる気配はないという。
そのまま夜がやってきた。
旦那さんと実家の母が交代で、腰をずっと揉んでくれていた。
その手がほんの一瞬止まるだけで激昂するほど、痛かった。
痛みのせいで食指が動かないという経験も初めてした。
じっくり眠れないのと痛みに疲れたのとで、私は夢うつつを行き来していた。
歩くことさえままならない痛みの中、何度となくチェックに行っては、まだ生まれないと戻される。
目と鼻の先の診察室への移動に、5分以上の時間がかかった。
安産になるというカラーセラピーのピンクボトルを握り締めたまま、朦朧としたり痛みに呻いたり。
その繰り返しに夜が更け、やがて明けていく。
その後さらに次の太陽を待ち、入院してから3日後の朝8時にようやく、はるは生まれた。

痛みの波が来ている間、意識が遠のくと、夢を見ていた。
ずっと同じ夢、それは何度目が醒めても、同じ夢だった。
白い綿のような、ふわふわして温かい、しっとりしたものに私は囲まれていた。
壁のようにそれは聳え立ち、私はその中に挟まれている。
前も後ろも阻まれている。
両手でふわふわするその白いものを押し分けながら、ずんずん前に進んでいく。
そんな夢だった。

今思うとあれは、はるの体験そのものだったのではないか。
はるがおなかの中で、生まれようとして頑張っているところを、私は見てきたのではないか。

ワークショップでふとそんな夢のことを思い出した。
今まで、そんなこと、すっかり忘れていた。
人に話したこともない(産後すぐは痛みの印象の方が強くて、そんな夢のことなど、思い出しもしなかったのだ)。
改めて思い出すと、神秘だ。

神秘、というならば、出産にまつわる不思議なことは他にもあった。
入院したのは6月29日。だけど私は、子どもが6月ではなく、7月生まれだといいなぁと思っていた。
私と旦那さんが結婚したのが7月だったので、漠然とそう思った。
結婚して一年目、同じ7月に子どもが生まれるなんて、揃い具合が美しいではないか。
全く親のエゴなのだけど、はるはちゃんとそうやって7月1日に生まれてきた。
里帰りしたばかりのときに、孫を待ち望む父が「1日生まれだといいなぁ」とも言っていた。
父も義理の母も、生まれ月こそ違うが、1日生まれだからだ。
はるはちゃんと知っていて、7月1日に、生まれてきたのではないかとさえ思えた。

葉山のワークショップは、ボランティアしていた一連の活動「謎解き宝箱」の一連のものだったのだけど、美術との関連以外のこんなところにも、ふとした収穫があった。

今はるの寝顔を改めて見ると、
初めて見たはるの泣き顔を思い出す。
あの小さな温もりを思い出す。
育児が大変な時は出産の事を思い出しなさいと、助産師さんが言っていた。
あの経験がそこから先の子どもと自分をつないでくれると。
生命が生まれることは、身近にある奇跡かもしれない。
ふと、そんな神秘の事を、思い出した。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 28, 2006

カレーが欲しい理由。

060819_20270001スーパーではるが騒ぎ出しました。
ある棚をやたらに指差すので、ベビーカーごと近寄ってみると、はるはおもむろにレトルトカレーの箱を取り上げました。
なにやら喃語を呟きながら、一向に離そうとしません。
やがてはるは、そのレトルトカレーを、私が持つ買い物かごに放り込みました。

大人用の中辛カレーなのに?
本当にこれ?
はるはカレーの王子さまの方がいいじゃない。
そういいながら私が棚にカレーを戻そうとすると、すごい剣幕で怒り出すのです。

仕方なくそのカレーを、買わされました。
家に帰ると、さっさと買い物袋からカレーを出して、両手で持ってじっと見入っています。
はると一緒に見つめて、ようやく気づきました。

カレーの箱には、今夏のディズニー映画「カーズ」のキャラクターが描かれていたのです。
仙台から帰ってきて以来、車好きに火がついたはるは、これがほしくて、大人用カレーを買ったのでした。
そのカレー、どうしたかですって?
食べずに飾ってあります。
食べようと私が手に取ると、怒るんですもの。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 27, 2006

禁断の扉を開けてしまった日。

高校時代以来の親友と、先日、禁断の扉を開けてしまいました。
「乙女カフェ」なるものに、興味本位で出かけてきたのです。
男装の麗人が給仕してくれるところらしいよ、というのが前情報でした。

この日私達は、近頃巷を賑わしている「メイドカフェ」「執事カフェ」などいわゆる「コスプレ喫茶」と呼ばれる場所にて、新たなる見聞を広めようとの気概を持って一路、池袋の町に降り立ったのでした。
が、「執事カフェ」は予約が来月末まで一杯らしく断念。
友人が調べてくれた「魔女っ子メイドカフェ」と「乙女カフェ」を目指すことになりました。

路地裏の雑居ビルのひとつのフロアに入っている「魔女っ子メイドカフェ」は、入った瞬間に客層があまりにも違うことと、店員である魔女っ子が、あからさまな冷やかし客の私たち三十路ガールズに怯えたため、入店しないままに引き取りました。
ここでは、客であるうら若い男のたちがほぼ全員、嬉々として猫耳ヘアバンドをつけていたのが、三十路ガールズには衝撃だったのです。
フリードリンクとはいえ、ノンアルコールで1時間約2000円というのも、私達の予想外でした。
(アルコール込みだと約3000円らしい。あの若い男の子たちはお金持ちなんですね、きっと。三十路ガールズは「ツマミもないのにこの値段?!」と、叫びだしそうなところをようやくおし留めていました。)
連れの友人は、「魔女っ子が思ったほどかわいくない!」と憤慨していました。彼女は事前にHPをチェックしており、お目当ての店員がいたのです。
私は、あのうら若い男の子達の猫耳が、「マイ猫耳」なのかどうかがとても気になりました。
ああいうアイテムを所持していない人間はあの世界に入ってはいけないような気がして。

しかし、三十路ガールズはこれだけでは諦めません。
男性向けの「魔女っ子メイドカフェ」に入れないなら、女性向けの店ならなんとかなるだろうと、懲りずに「乙女カフェ」に乗り込みました。
メタリックな内装の「乙女カフェ」、いくら女性向けの店とはいえ、三十路ガールズはここでも浮いていました。
他のお客様たちは皆、中高生。
給仕の男装の女の子たちも、たぶん高校生かせいぜい卒業して間もないくらいの年代。
行ったほうも行ったほうですが、来られたほうも困ったのではないでしょうか。
しかしそこは、お商売。
ギャルソン(ヌ※)達は、にこやかな笑顔で、白い歯をきらりと光らせて対応してくれました。
とても良心的な店で、入店料みたいなものはなく、ノンアルコールドリンクもアルコールドリンクも同じ料金。
三十路ガールズは先の店のこともあり、「飲まなきゃやってられるか」的な勢いもあり、過剰に詩的な「禁断の果実」とか「悪魔のささやき」とかいうカクテルを注文しましたが、そんな怖いお姐さん方にめげることもなく、ギャルソン(ヌ)達は華麗なシェーカーテクニックを披露して、カクテルを注いでくれました。
(※注釈;ギャルソン→男の人 ギャルソンヌ→女の人)

私達の目の前では、オムレツを前に顔を赤くして興奮している女の子達の集団がいました。
この店のサービスらしく、オムレツの上にケチャップでなにか落書きをしてくれるらしいのです。
ギャルソン(ヌ)達は声のトーンを低くして耳元で囁くようにしゃべるので、何を書いてもらうか話し合うのはさながら愛の会話のようにも聞こえます。
ある女の子は自分の名前(芸名のようなもの?これまた過剰に詩的な…乙女風源氏名)を書いてもらい、その末尾にギャルソン(ヌ)がハートマークを書いたため、今にも倒れそうなくらい興奮して、店中に響き渡るような黄色い悲鳴をあげていました。携帯やデジカメで写真を撮る少女達の頬はこれでもかといわんばかりに紅潮していて、こういう情熱から離れて久しい三十路ガールズは、遠い目をして温かく見守りました。

この雰囲気は、女子高演劇部の雰囲気です。
中学高校とまさにその環境に身を置いていた私には、ノスタルジックでさえありました。
特に中学のときは部活に限らず、これと良く似た環境もたびたび目にしていたので、懐かしくその頃のことを思い出したりもしました。
私が通っていた中学校は中高一貫教育のキリスト教系の学校で、山の上にぽつんと立っていました。
隔離された環境もあるのでしょうが、ショートカットで快活な先輩はラヴレターを何通も受け取っていたし、応援団で下級生の面倒をみたりするお姉さまは既にスターで、そのお姉さまと誰それが仲良く話したというだけで、ちょっとしたゴシップになったりしていました。
かく言う私も、目立たない存在だったくせになぜか一度、靴箱にラヴレターとプレゼントを発見したこともあり、困ったような嬉しいようななんとも言いがたい気持ちを味わったことを思い出します。
(ちなみにラヴレターと言っても、いわゆる「お姉さまと呼ばせてください」的なもの。)
乙女というのは、どんな子であっても、精神的な崇拝対象を欲しがるものなのです。
大正時代の女学生達は恋人関係のような姉妹関係を「エス」と呼んだそうです。SisterのSなのだそうです。その流れは平成になってもあったわけなのです。
こと演劇部では、男役の子に疑似恋愛する子がいたり、あるいは男役の子が普段の生活でもちょっと男らしくサバけてみたりすることがありますが、「乙女カフェ」はまさに、そんな雰囲気でした。

三十路ガールズが退散する頃には、店は満員になっていました。
店を出た後に友人がぼそっと、「カウンターチャージ、1000円らしいよ」と言いました。
カウンターではギャルソン(ヌ)達とのおしゃべりが楽しめるらしく、人気なのでしょう。そこに座った女の子達は私達が居座った一時間余りの間、誰一人として席を立とうとしませんでした。中にはギャルソン(ヌ)に肩を抱かれて上の空の子もいました。

三十路ガールズたちはその日受けた多くの刺激に耐え切れず、アフタヌーンティに入り直しケーキセットを無我夢中で食べてようやく、平静を取り戻しました。
気持ちが一回りも二回りも大きくなったような気分で、執事カフェでもなんでもどんとこい、くらいの気持ちになりました。朝の謙虚だった私達はそこにはもういませんでした。より露出度の高い男性向けのコスプレバーにだって、行けてしまいそうな気持ちになっていました。
こういうのを、野次馬根性と呼ぶのでしょうか。
新たな境地に達した私達を、アフタヌーンティのお茶は、優しくたしなめているかのようでした。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

August 26, 2006

ばばへらのこと。

「ばばへら」という言葉、ご存知の方いらっしゃるでしょうか。
私がこの言葉を聞いたのはもう何年も前の話になります。
山形北部~秋田にかけて、国道沿いにぽつぽつと佇んでいる、アイスクリーム売りのことをこう呼ぶのだそうです。

「ばばへら」は、いわば農家のおばあちゃん達のお小遣い稼ぎなのだそう。
元締めが毎朝あちこちの農家を回って、トラックの荷台におばあちゃん達を乗せていく。
そして国道のあちこちに、アイスクリームと書かれたのぼりと、色とりどりのアイスクリームの入った大型のクーラーボックスと、おばあちゃんを一人ずつ置いていきます。
おばあちゃんたちは炎天下の中、中にタオルを敷いた帽子をかぶって、小型の折りたたみ椅子で客を待ちます。
車を停めてアイスクリームを買う人もあれば、近隣の子供達が小遣いを握り締めて走ってきたりもします。
その客達におばあちゃんは、冷たくて甘い、合成着色料で不気味なまでに鮮やかな色をしたアイスクリームを、ヘラですくって饗するのだそうです。
おばあちゃんがヘラで掬ってくれるアイスだから、「ばばへら」と呼ぶのです。

暑いだろうに。
ご老体にはきついお仕事だろうに。
それでも夏の国道のあちこちに、ばばへらのおばあちゃん達を見つけます。
どんなことを考えながら、おばあちゃん達はそこに佇んでいるのだろう。
夕方になるとひとりひとりまた元締めのトラックに拾われて、日本海に浮かぶ夕日の中家に帰っていく姿が思い浮かびます。歩合でもらうお給金を、おばあちゃん達は一体どう使うつもりなのでしょう。
自分の孫への小遣いにするのでしょうか。
こつこつと貯めて、なにかに備えているのでしょうか。
それとも、生活の糧となるのでしょうか。

残暑の頃になると、昔山形県の北の方、酒田あたりで見た「ばばへら」のことを思い出します。
切ないような思いと、申し訳ないような思いとが絡まりあって、思い出されます。
私は一度もこのアイスクリームを食べたことがないけれど、思わず足を停めて買わずにいられないような、そんな気がします。
今日も、おばあちゃん達は、暑い日差しの中、佇んでいるかしら。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

August 25, 2006

作品放送のお知らせ。

つい先日UPした短編小説『竜宮の夢』の続編にあたる短編小説が、ラジオ放送されることになりました。

 FMいずみ (79.7MHz)にて
  短編小説『真夏の雪』
   第一部;8/27
   第二部;9/3
   19:30~58
   「fmいずみシアター」内

放送劇団の方数人が、ラジオドラマのような形式で朗読してくださるのだそう。
私自身もまだ聞いていないのですが、放送が楽しみです。
(オンラインで聞けないのが残念…あとからお送りいただく録音版で楽しもうと思っています)

お近くの方は是非、聞いてみてくださいませ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 24, 2006

電車ごっこ、らしい。

060819_16240002はるとお散歩に出かけた。
以前に比べると、歩いてくれる距離がちょっと長くなった。
それに伴って、時間がとってもかかるようになった。
ゆうに3倍は越す。
はるの歩く速度だけではなくて、あちこちにひっかかってしまうからだ。

例えば、あるマンションの入り口。
階段の手前のラインが、はるのお気に入りのポイント。
ここを何度も往復する。
つまりこれは線路で、はるは自分自身が電車になっているようなのだ。

想像力も育ってきたんだなぁ、としみじみ。
ごっこ遊びは3歳くらいからと聞いていたけれど、徐々にそういう芽が育っていくのかしら、と思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 23, 2006

短編小説「竜宮の夢」4

 昼過ぎまで私は神楽坂界隈をぶらぶらと歩き、川沿いにまた神田へ戻って、いつもの家路を辿った。巽の言う可能性の世界を考えると頭がくらくらした。例えば今ここで過ごしているこの世界は、私のもともとの世界とはどこかが違う別の世界なのかもしれない。可能性の世界にはきりがない。どこからが可能性の世界でどこまでがもとの世界なのか。どこにそれを区別する境界線があるのか。ゆるやかに連結するそれらの世界の中を、私はどうやって生きていったら良いのか。考えるにつけ、頭痛がする。
家につくと、妹が目ざとく羽織を見つけて騒ぎ出した。それもそうであろう、女気のない男が突然に女物の羽織を持ち帰ったのだ。妹に引き出されるようにして、奥の間から母が出てきた。
私は固唾を飲んだ。確かに目の前にいる母は、あの梅吉の面影を残していた。正面から母を見つめることが出来なかった。
「あら、この羽織…」
母は羽織を手に取ると、目を細めてひとつひとつの柄ゆきを確かめた。
「この羽織、私が昔神楽坂の御屋敷に勤めていた頃に失くしてしまったものに良く似ているわ」
「神楽坂?お母さまは柳橋にお勤めだったのでしょう」
 「お前たちのお父さまに会う前、一年だけ、神楽坂のある御屋敷に専属で雇われていたの。不思議な家でね、いつもお留守なのにひっきりなしにお客が来るから、もてなし役に呼ばれたのよ。ご主人は今のお兄さんくらいのお若い方だったわ。シャツの上に長着を着て今時分ならフロックコートに女物の襟巻きと、珍しい格好の方だったのよ」
 私は巽その人を思った。あの男は、この世界の人間なのだろうか。昔の世界から、あるいは先の世界から来たのではなかったか。少なくとも私が昨日今日と会っていた巽本人は、母が三十数年前に出会っていた巽その人と同一の人物らしい。
 「これはその一風変わったご主人が、良い運を運んでくれるからとくださったものでね。そういえば、これを失くした頃に、変なお客がいたわ。泊まっていったのに朝ごはんも食べないうちに帰ってしまって。誰もその人の帰るのを見なかったから、狐じゃないかと噂になってね。不思議なことに、その後にお父様に出会って…そういえばあのお客はお父さまに少し似ていたわね。だからお父さまに会った時に他人の気がしなかったのかしらね」
 似ているだろうとも、それは父との間に生まれた、私なのだから。その後母は、またいつものように私と妹に縁組の話をいくつも切り出し、なかの一つを強引に進めることにした。以前はこのような母の仕業には辟易させられたのだが、今はそれも息子の義務のようにも感じる。あの夜感じた、若き日の母への思いに似たものを感じさせてくれる相手にめぐり合うことを、今では私自身待っているのだ。

 あれ以来古本屋に行っても、巽には会わない。店の親爺に巽のことを聞いてみたが、いつともしれず来る客で、時折貴重な本を持ちこんでくること以外、何もわからぬという。神楽坂の界隈を何度も歩いてみたのだが、あの家にはついぞたどり着けない。
 私は、巽のいない世界に帰って来てしまったのか。それとも彼自身がそれを選んで、私のいない世界に行ってしまったのか。そもそも、彼は私たちと同じような、人間であったのだろうか。巽は、竜宮に住まう竜だったのではないか。不可思議な一夜に、私はそんな思いを抱かざるを得ない。
 もう一度巽に出会えたら、今度はゆっくりと、彼の話を聞きたいと思っている。そして、結婚の報告をしようと思う。

       (結)

※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 22, 2006

短編小説「竜宮の夢」3

 宴席を片付けさせ、ようやく一人落ち着いたのは夜半過ぎであった。ようやく出会ったと思われる理想の女性が、女性嫌いの原因を作った自分の母親とは。皮肉なものである。 
わからぬことばかりである。どうやってここから帰るのかもわからない。巽が私に読ませた呪文も覚えてはいない。柳橋にいたはずの母が何故神楽坂にいるのかも不明である。帰らぬ私に、もとの世界の母は取り乱すだろうか。考えてみれば今まで孝行らしい孝行もしてこなかった。母の関心が衣裳にばかり向くことへの自分なりの反発だったのだろうか。さらに思えば、母も仕入れの何のと飛び回りほとんど家にいない父への反発での着道楽だったのかもしれない。父と母の馴れ初めすら知らぬことに気づく。
夜の秋風は優しく清かで、酔いを醒ましていく。こちらは負けじと酒を呑み、まわらぬ頭でもの思いにふける。朧げな雲が月に照らされ、光の筋のようになって穏やかにたなびいた。書物の世界以外にも、美しいものはあるものだ。自分は何も見てこなかったのだということにようやく気づく。
寝待の月にならい、私も横になってひとり杯を傾けているうちにうとうとと眠り込んでいた。

目を醒ますと、また浅葱色のあの羽織がかけてあった。開け放していたはずの窓も閉まり、杯と徳利の乗った盆も下げてある。梅吉が片付けたのだろうと根拠なく思った。
階段を上がってくる足音が響いた。荒々しい足音は、梅吉ではない。それに安堵と落胆の両方を感じた。母とわかり、何やら面はゆくもあるし、未だにやりきれぬ好意を持っていることも事実だった。そして私はそれを、まだどうすることもできずにいる。
「やあ、起きたか」
声をかけて入ってきたのは、巽だった。
「君、君は英吉利へ行ったのではないのか?」
巽は口の端をつりあげた。相変わらずの女物の襟巻きがその顔を不快なほどに面白げに見せた。
「英吉利からはとうの昔に帰ってきたよ。よくよくあたりを見てご覧」
そう言われてみると、掛け軸は最初にみた時のように色褪せ、外には六角の塔が佇み、銀杏は葉を落としていた。戻ったのだ。
「私は…夢を見ていたのか?」
「そうでもないさ。どうとるかは君の自由。俺の感知するところではないよ。朝食でも一緒にどうだい」
巽のあとについて階下へ行くと、西洋風のテーブルセットに、昨日見かけた女給風の女たちが朝食の用意をしているところであった。朝食も西洋風である。焼いたパンに目玉焼き、ベーコンとみかんが饗され、私たちは珈琲を飲みながら会話を続けた。
「君の魔術というやつは、時間を遡る魔術だったのか」
「そうとも言うし、違うとも言える。あれは時間を好きなだけ行き来する魔術さ」
「君は良く使うのか」
「いいや、寿命を縮ませるからね。そう度々は使わない。おっと、心配しなくていいさ、ほんの一年縮まる程度だよ」
「それは、例えば先の世にも行けるのか」
「もちろん。呪文をちょっと変えさえすればね。実際私も先ほど戻ったところだ。百年ほど先の世に出かけてきた。面白かったよ、皆小さな箱を耳にあてて独り言を喋っていた。誰も彼も皆急いでいて、外来語ばかり話している。着物はほとんど見かけなかったな、皆洋装で、頭髪は色とりどりで、まるで異国のようだった。この屋敷はすっかり見世物になっていたよ。珈琲を出すカフェーがその六角のテラスにできていて、蓄音機もレコードも見当たらないのに音楽が流れていた。いいサラサーテだったよ。それに旨い珈琲だった」
「そうか…先の世は異国か…」
「先の世に行ってみたいかね」
「いや、今日はもう結構。それはまたの機会にするよ。…そろそろお暇しよう、無断で外泊して家のものが心配しているだろうから」
「おっと、そうでもないだろうよ」
「どういうことだ」
「君と俺は、今日の夕方にあの古本屋で出会うことになっているんだ。君の未来は、あの古本屋で止まっている。君が今日するべきことは自分に会わないようにすれ違って家に帰ることだ。」
「未来がとまっているというのは、その先の私は動いていないということか」
「いや、存在そのものがなくなっているんだ。わかるだろうか、この世というのはいろいろな可能性の未来が平行して同じ時間の上を進んでいるのだよ。そこには君のいない世界もあるし、本屋で俺と会っていない君もある。時間の中を動くと、その可能性の世界と、もともと住んでいる世界が法則なく選び出されてくっつくんだ。ひとつだけ変わらぬ法則は、同じ世界、同じ空間に君という人間は二人存在できないことだよ。だから、古本屋に行った君の未来はそこで途切れ、そこから帰った今の君が彼の代わりにそこから先の未来を紡ぎだすんだ」
巽の言っていることは理解できたが、理解すればするほどに混乱した。その様子を巽は楽しげに見ていた。こうなることが予想できていたとでも言うようだった。
「さあ、話はこのへんにして今日は帰りたまえ。また機会があれば来るといい。土産もできたし、良いだろう」
「土産?」
「女物の羽織がかけてあったろう、あれは君に良い運を運んでくれるだろうよ」
「最後にひとつ教えてくれ。君は魔術師なのか」
巽は曖昧な笑みを浮かべて、答えなかった。

※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 21, 2006

短編小説「竜宮の夢」2

 目を醒ますと、私は同じ和室で大の字に転がっていた。
 巽の姿はなく、私の上には女物の羽織がかけられていた。浅葱色の羽織の裾には流水に珊瑚と楼閣が描かれ、話に聞く竜宮のように思えた。
 ほどなくして、音もなく襖が開いた。
 現れたのは、日本髪をきりりと結い、鼈甲の櫛を挿し、花簪をさげた美しい女だった。黒目がちの瞳は潤んだようで、緑の黒髪にいっそう白い面差しが映えた。女は滑るように私のそばにくると、手を添えて、私の体を起こした。
 流れるような所作、もの静かな佇まい。私が今までに一度も会ったことのない、美を体現しているような女なのである。艶やかな姿は、遊女か芸者か、いずれにしても華やかな世界の住人には違いない。しかしその職業からは想像もつかぬほど奥ゆかしく、ひっそりとした女に思えた。突如として、私の心臓は鼓動を強めた。激しく打ち出される血流は、普段の倍量はあるかに思われた。
 「た…巽は」
 動揺を隠すつもりが、緊張に声がかすれ、女はくすりと笑う。
 「ご主人さまは留守でございます。英吉利(イギリス)へお出かけになられました。三月は帰らないでしょう」
 女から目をそらそうと床の間に目をやると、掛け軸が色鮮やかなのである。先ほど素人目にも褪せていたあの秋草の絵なのだ。つい今しがた描き上がったといわんばかりに、女郎花(おみなえし)の黄色、桔梗の紫が輝いている。じっと見つめていると女が申し添えた。
 「そちらは昨日、狩野派のなんとかいう絵描きさんが届けていかれました。ご主人さまに。お客さまは絵がお好きでいらっしゃいますか」
 「いや…そういうわけでは」
 女にじっと見つめられると、鼓動が体をゆさぶらんばかりに強くなるのだった。反射的に目をそらすが、どうもやりきれない。会話が途切れると、女はすっくと立ち上がった。白足袋をはいている。ああ、芸者なのだなと思うと、妙に安堵した。遊女とは足袋をはかぬものである。
 女は軽く会釈をすると、そのまま部屋を去った。
 春をひさぐ女でないとわかるとなにか安心をしたものの、同時に残念なような気もした。男の情けない性である。
女が去り緊張がほぐれたのか、やおら外が騒がしいのに気づいた。窓から首を突き出してみると、すぐ横で六角の塔が骨組みの状態になっている。取り壊しているのかと思ったが、作業を見ているとどうも、建築中のようである。それだけではなく、庭には色づき始めた紅葉が風に葉を揺らし、若緑色に黄金色の混じった銀杏や咲き始めの菊とともに天を仰いでいた。
 いまは、一月のはずである。私は夢をみているのであろうか。
気を紛らそうと床の間に近づき、じっくりと絵を見ることにした。間違いなく、あの絵である。おかしなこともあるものだ。おかしなことといえば、巽もまた然りである。なぜ人を呼んでおいて突然英吉利になど旅立つのか。
 そういえば、私が唱えたあの呪文は、一体どんな魔術であったのだろう。
うすく音を立てて襖が開き、さきほどの女が軽く礼をした。女の後には膳や徳利を持った女中が並び、次々に私の前に据えていった。女は私に酌をすると、扇を手にして舞い始めた。他に芸者はいないのに、どこからか三味線と唄が聞こえてくる。夢にしては、酒の味がしっかりとわかる。父が好んで飲んだ酒に良く似ていた。舞は素人目にも、華も艶も、なかなかのものであった。
 私はようやく女を真っ当に見ることができた。女は、どこかで見たことがあるような気がした。しかし、これだけの女である。一度会ったら忘れないだろうに、不思議とどこでどう会ったのかは全くわからないのだった。私はふと我に返って懐を確かめた。大体が古本屋で本を一冊買おうとしていたのだ。ここでこんな芸者遊びをするような金を持ち合わせているはずもない。夢だとしても財布が膨れている様子はない。ますますもって、わけもわからぬ呪文を唱えさせた巽に対して苛立ちが募る。もっとも、責めるべきは巽ではなく、私だ。私がつまらぬ見栄をはり、呪文を唱えることにしたからだ。
 杯を口にやる頻度が増えたのを、女は見逃していなかった。舞を適当に切り上げると、横で酌をし始めた。
 「…ここを、どんなところとお思いです」
 女は目を見ずに聞いてきた。私が言葉を濁していると女はにこりと笑った。
 「ここは、巽さまの御屋敷。それ以上のなにものでもございません。どうぞ、お楽に構えてくださいまし。お客さまにおくつろぎいただくのが私たちの勤めですから。」
 いい女だ、と私は心から思った。この女は、今まで自分が女性に対して抱いていた感覚を根底から覆す。とうとう理想の女に出会ったことで、私の血は熱くたぎった。常に冷静であることを身上としていたが、今は例外だった。この女のことを知りたいと思った。しかしなぜ巽は、このような芸者衆を屋敷に置いているのか。女に問うても、うまい具合にはぐらかされて教えてはくれない。
酒も随分進んだ頃、酔いからくる暑さに窓に寄り添うと、冷たい風が頭を涼やかにした。女の帯留に目が留まる。珊瑚の帯留である。嫌な予感がした。それは母が、祖母の形見だと大事にしていたそれに良く似ていた。手のひらがじっとりと汗ばむ。
 「あなたの御名前は」
 聞きたいような、聞きたくないような、複雑な心境が鼓動を早めていった。手だけでなく全身が、汗ばんでいくのを感じる。女は私をじっと見て言った。
 「…梅吉と申します」
 嫌な予感は的中した。雷に打たれたような衝撃を伴って、私の目の前は真っ暗になった。その女は、若き日の母その人であったのである。そして私は、ぼんやり気づいていた通り、時間を遡ってしまったのだ。

※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 20, 2006

短編小説「竜宮の夢」1

 仕事の帰り、私はいつも立ち寄る古本屋に足を向けた。
 神田にあるその店は、家への帰路からもそう外れないため、時折通っている。私好みの蔵書が多く、その日は特に目当てにしている一冊があった。一月の空気はまだきりりと冷たく、夕に向かって更に張り詰めている。役所勤めを始めてから袖を通した洋服も、体にぴっちり添う割りに寒い。洋装は、いまいち私の好みではない。私は襟巻きを鞄から出して手早く巻きつけた。早めに仕事を引けると同僚からは女かなどと揶揄されたが、私に言わせれば、女などよりずっとずっと良いもの、である。
 女は口やかましく、手も金もかかる。
 母親が柳橋の芸者だったせいか、私にとって女と金は切っても切れない縁のように思えてならない。乾物屋を営んでいた亡き父は衣裳代のために働いたようなものだと、口さがない者たちは言う。父亡き後、店を畳んだのもそういう噂の流れる原因だったかもしれない。それ以外では概ね良妻賢母であった母も、芸者時代の名残かもともとの気質なのか、衣裳にだけは財を惜しまなかった。その母を見て育った妹も幼い時から着道楽で、そのせいか、見合いを重ねてはいるのだが、なかなか嫁入り先が定まらない。当たり前である。父親似の妹には、散財するのが目に見えてまで欲しいと思われる器量もない。
 そういう経緯があり、私は女性というものにいまひとつ興味を持てないでいる。見合いの話も断り続けている。確かに職場でも三十を過ぎて独身なのは私ひとりである。いつか所帯を持つことは考えているのだが、私が思い描くような女性は、少なくとも私の人生においてはまだ現れていないのだ。
 ガラスのがらり戸を開けると、紙の湿ったような埃っぽい、独特のにおいに包まれる。古本屋の親爺はじろりとこちらを見たきり、また手元の本に目を落とした。足繁く通っているのだから挨拶くらいしても良さそうなものだが、親爺は一切しない。私だけではない。他の客にも同じである。客商売とは御世辞にも言えないこの偏屈な親爺は、私の気に入りでもあった。客の来訪を喜ぶわけでもないが、何時間そこにいても文句一つ言わない。思う存分に本との逢瀬を楽しめる、私にとっての楽園とも言える場所であった。
 本はいい。何よりも、静かである。静かで、こちらに必要な時に手を貸してくれ、知識がぎしりと詰まっているのに、ひけらかすこともしない。それぞれの本に、固有の空気があるのもいい。
 目当てにしていた本は、まだ売れずに私を待っていた。煤けたような紙箱のケースに入り、油紙に包まれてじっと私を待っている。一度手にとって愛でてから、書棚に戻した。また他に客もないことだしと安心して、まずは新しい本との出会いを楽しもうと書棚を物色していると、がらり戸の開く音がした。
 「やあ」
 「おや、いらっしゃい」
 驚くべきことに、その客はあの偏屈親爺をして微笑せしめた。私と同じか少し上くらいの、若造である。スタンドカラーのシャツの上に、ウールの長着を着、その上に古めかしいフロックコート。女物の襟巻き。なんともちぐはぐな格好である。
 「親爺さん、この間の、あれ、あるかな」
 「もちろん、巽(たつみ)さんのためにとってありますとも」
 そういうと親爺は、あの、私が今日買って帰ろうとしていた一冊を書棚から引き去り、男に手渡した。男は代金を払って本を懐にいれるとそのまま店を出た。
 私は急いで店を出て男を追った。妙な格好をしている癖に、足はめっぽう速く、見る間に男の背は小さくなっていく。やがて人ごみに紛れて男の姿が見えなくなる頃、私は肩で息をしていた。あの本を取り返そうとしたわけではない。彼が非合法に奪ったわけでもないのだ。追ってどうしようという考えもなかった。なのに、私は彼を追いかけずにいられなかった。立ち止まって壁にもたれ、誰にともなく畜生と呟いた。
 「それは、俺に対してかい」
 肩越しに声がして振り向くと、隣にあの男が立っていた。
 「追いかけてくるからには、それなりに理由があるんだろう。だが俺は、君に畜生などと呼ばれるような悪行を働いた覚えはないのだが」
 何も言えずにいると、男は全てわかったような様子で、ついてきたまえと言い、今度はゆっくりと歩き始めた。私は是も非も言えず、男の促すままに後を付いていった。男は、巽と名乗った。人の世の研究をしているのだと言うから、学者か何かなのだろう。橋を越え路地を何本もくねくねと入りゆるやかな坂を上ったり下りたりした。神楽坂の辺りだろうか。急勾配を上ると、緑に囲まれて二階建ての瀟洒な洋館が聳えていた。水色の壁、塔のように聳える六角のテラス、緑青(ろくしょう)で縁取られたガラス窓。
 「入りたまえよ」
 巽が振り向いて私に声をかけると、門が一人でに開いた。巽自身が開けるでもなく、誰かが開けたわけでもない。不思議に思うのはそれだけではなかった。玄関の扉や窓、襖にいたるまで、その家の中ではどれも、通らんとする時、開けんとする時にひとりでに開くのだ。見たところ、からくりがあるわけでもないようだ。
 私が驚いているのをみると巽は満足そうに鼻を鳴らし、通りすがりの一階の窓を全部開けた。新しい窓が開く度に冷やかな風がひゅうと入り込み、私たちに絡みつくように思えた。一階の長い廊下の突き当たりにある階段を昇る。くすんだ海(み)松(る)色のビロウドは、靴下の上からでもふかふかと柔らかく、足を繰り出さなければずぶずぶと沈んでいってしまいそうに思えた。階段を昇りきると風を切るような音がして、襖が一斉に開け放たれた。外観からは想像もできないが、畳敷きの部屋がいくつも並んでいた。
 「当世風だろう、洋風建築の中に和室とは。いわゆる文化住宅の逆だがね。新しい昭和の気質にはぴったりだと思わんか」
 十二畳はあろうかという広々した部屋に通されると、巽は軽く手を叩いた。すぐに錦紗(きんしゃ)の着物に前掛けをしたカフェーの女給のような女たちが、酒と肴の乗った膳を据えて去っていった。あまりにすばやい身のこなしは風のようでもあった。
床の間には色褪せた掛け軸がかかっている。年も明けたのに秋草の図である。おそらくは名のある画家の筆だろうと思われた。格調高い表装と色褪せた絵、それに時節に合わぬ画題が、巽の服装のようにちぐはぐである。私は今更ながら、どうしてこんな男についてきてしまったのだろうと自問していた。巽はコートを脱ぎ襟巻きを外し、私を正面から見据えて、懐から例の本を取り出した。
 「つまるところ、君はこれが目当てで私を追ってきたのだろう。どうだい、君がこの本を欲しいというのなら譲ろう。お代も結構。ただし、この本の中に挟まっているものは、私がとるという条件付だが」
 「中?私が見た時にはそんなものなにもなかったぞ」
 巽は薄笑いを浮かべて、本を紙箱から取り出し、中を開いた。パラパラと音を立ててめくられていくページは、そのうちひとつの見開きで動きを止めた。何が挟んであるわけでもないのだが、巽は恭しくそこからなにかをつまみ出し、私の顔の前に突き出した。手つきからすると、紙のような薄いものに思えた。
 「見えないかい?」
 「見えない。からかっているのか?」
 「とんでもない。見えないのなら勿体無い。君に必要のあるものではないのだろう。やはり俺がもらっておくことにしよう。異論はないね」
 私は頷いたものの、巽がつまみだしたものの正体が気になって仕方なかった。それを知ってか知らずか、巽はそれを丁寧に膳の端に置き、私を見た。
 「教えてさしあげよう。これはね、異国の魔術の書いてある紙なのだよ」
 「魔術だ?そんなものがあるわけないだろう」 
 「君は見ただろう、扉や窓がひとりで開いたのを。あれを魔術と言わずしてなんと言うのか」
 もっともである。しかしあの本は、魔術などという怪しげなものに関わりのある本ではなく、明治の文人の随筆本だったはずである。
 「君が指先でつまんでいるものが現実にあるとして、それが魔術だとしたら、どんな魔術だというんだ」
 「知りたいかい?」
 巽の目が光ったように見えた。
 「ここに書いてある呪文を、そのまま君の目にも見えるようにしてさしあげよう。君はそれを声に出して読んでみればいい。どんな魔術かわかるだろう」
 どんな効果があるのかもわからないのに、その魔術をかけるというのはあまりにも危険なように思う。しかしながら、ここでひいては男が廃るというものだ。私は自分を豪気に見せようと、二つ返事でそれを受けた。腹の中では当惑と不安が渦を巻いていた。
 杯を一気に飲み干すと、巽はもう手に短冊を持っていた。ひと文字ひと文字読んでいく間に、意識がぼんやりとしてきたこと以外、私は何も覚えていない。

※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 19, 2006

江戸絵画が気になる。

遅ればせながら、ようやく、見てきました。
若冲と江戸絵画展
(ちなみに上記サイトリンク、このブログを携帯からご覧の方も是非見てください。壁紙が取れたりしますよ~。そしてその壁紙を国立博物館チケット売り場で提示するとなんと100円引きで入場できます。)

みたいみたいみたいと思い続けてようやく、終了間近ながら間に合いました。
曾我蕭白とか河鍋暁斎とか、うわっきたな、と思える作品たちもいっぱいあって、個人的には満足度180%。
特に目玉展示の若冲「鳥獣花木図屏風」、六曲一双はすごかった。
升目描きという若冲ならではの方法で描かれたこの屏風、今見てもなんとも新しい!
エキセントリックという表現がなんともしっくりくる。
その升目、このふたつの屏風で合わせて86000個あるというのだから…この数字だけで私など凡人は気が遠くなります。更に升目によっては、升目の中にまた升目があったりするので、たぶん86000個じゃきかないでしょう。実質的には100000個以上あるのかもしれません。

普段ならもっと真摯に絵画と向き合うのですが、今回は自分が好きなタイプの絵画であることに加え、特集されていた雑誌を読んでからの鑑賞だったので、よりエンターテイメントな感じで観てきました。
ご覧になった方もいらっしゃるかも?『BRUTUS』で特集していたのですが、いい感じにくだけていて、かつ欲しい情報はしっかり届けてくれていて、楽しめます。
特集のスタンスと、実際描かれている絵のスタンスが非常に近いように思われて、久しぶりにとても楽しめました。

なんというか、ドーパミンがとってもいっぱい出ました。
えっ、そんなことやっちゃうの?と思うようなポイントがいくつもあります。
日本美術に特別興味がなくても、面白い、と素直に思えると思います。
まだの方は、急いで国立博物館に走るべし!!
27日まで、やってますよ。


プライスコレクション 「若冲と江戸絵画」展
東京国立博物館 平成館
2006年7月4日(火)~8月27日(日)
9:30~17:00 (毎週金曜日は20:00まで、土・日・祝日は18:00まで開館。入館は閉館の30分前まで)
時間帯別混雑状況

【おまけ】
ちなみに、せっかく国立博物館にいったら、重要文化財の酒井抱一「夏秋草図屏風」もチェックしてきましょう。
会期中は、ちょうど展示期間に当たっています。
俵屋宗達の「風神雷神図屏風」は皆さんご存知かと思いますが、その絵を模写した裏に抱一が書いたのが、この夏秋草図屏風。
これだけでも十分に美しいのですが、風神の裏には風に吹かれるススキが、雷神の裏には雨露に頭をもたげる夏草や、急な雨による水の流れを描いたのですって。
そう言われてみてみると、絵が、じっくりしみ込んで来ますよ!
(9/18まで本館で展示しています)

| | Comments (0) | TrackBack (1)

August 18, 2006

どら息子?

060817_17130001はるが、面白いもので遊んでいました。
小型のドラ。
こういう楽器って、こどもは大好きですよね!!

なんで役立たずの息子のことを「ドラ息子」という表現をするのか、ドラと息子の関係が気になりました。
調べてみると…
ドラすなわち、打楽器・銅鑼は、仏事や船の出港のときに打って鳴らされたそうです。
その銅鑼を鐘になぞらえ(勘のいい人はここらでわかってきたかしら?)、鐘をつく=金を尽く(金を使い果たす)に通ずるとして、銅鑼息子といったそうです。また、遊郭などでは景気づけに銅鑼をじゃんじゃんついて客の来訪を喜んだこともあったとか。
そこから、落語などには、ジャンジャン金をつかい(この「ジャンジャン」て擬音語も、鐘の音からきているんですって)遊郭を訪れる放蕩息子すなわち銅鑼息子が登場したりするのだそうです。

そんな息子にはなってほしくないと思いつつ…(笑)。
日ごろ使っている言葉も、よくよく調べてみると面白いものですね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 17, 2006

歴史ミステリに夢中

7月から新しいことをはじめた。
鎌倉の歴史にひそむミステリーを解き明かす同好会に入ったのだ。
現代語で『吾妻鏡』を読むのを目的とした会なのだが、これが実に面白い。
案内役は時代小説を何冊も書かれている小説家の方で、きっともともとお好きなのだろう、歴史や風俗の話があちこちに飛び出し、古典の文章に生彩が与えられ、まるで一緒にその世界にタイムトリップしているかのようだ。

文章に書かれていないことを読むのが、実に面白い。
講師の方のユーモア溢れるお人柄も手伝ってのことだろう、ある時は痛快なまでに面白く、またある時は胸塞がれるほどに切なく、そこには歴史を経てなお同じ人の暮らしがあり、そのロマンに心動かされずにいられない。
歴史や古典の教科書とは、全く違った味わいが、そこにある。

もっとも、こういうことに興味がある参加者の方々は皆、私の親世代以上の方ばかり。
(私って渋い趣味?なのだろうか。)
今はまだ交流こそないのだけど、時間が経って、それぞれの方のロマンのお話しを伺えたら楽しそうだとも思う。

こういうことがすきなのは、父譲りだなぁと思うのでした。
(父は超古代文明ほか歴史が大好きです)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 16, 2006

夏といったら…

060811_17330001夏といったら…やはり、岩牡蠣!!
山形の北部から秋田にかけてとれる、夏の美味・岩牡蠣。
一般に牡蠣は冬の食べ物だけど、夏の岩牡蠣はたまらなく美味しい。
仙台で働いていた頃、ちょうど岩牡蠣の時期に秋田取材があり、スタッフ達と男鹿半島に寄り道して岩牡蠣をしこたま食べたことがある。地元の漁師さんから譲ってもらった岩牡蠣をひとり6個~8個くらい食べて、宿の夕飯が食べられなかったほどだった。
レモンなどを絞って、牡蠣の殻を持ち、汁ごと流し込むのが美味しい。
漁師さんの話では、海水をちょっとふりかけて食べるのがいいのだそうだ。
そんなわけで、岩牡蠣、これを食べなければ夏の東北は立ち去れない。

帰りの新幹線までの20分の待ち時間をぬって、この夏の美味を探し当てた。
岩牡蠣、仙台あたりでは出会える店も、そう多くはない。
居酒屋さんのメニューなどでは見かけることがあるが、粒が大きくておいしいのを望むなら、やはりお寿司屋さんに限る。
仙台駅の構内には数年前から「牛タン通り」「寿司通り」というのができて、何店かが軒を連ねている。
新幹線ホームのすぐ横ということもあり、わが家ではなかなか便利に使っている。

幸いにしてここにいくつかある寿司屋の中で、1店だけ、看板に「岩牡蠣」とかいてある店があった。
早速入って、注文すると、なんとも粒の大きな、手のひらほどもあるような立派な岩牡蠣が酢橘とともに出てきた。
もう、ぷりっぷりなのである。
甘ささえ感じさせる、濃厚な味わい。
凝縮した牡蠣の旨みは、えもいわれぬおいしさで、ああ来て良かったと、心から思ったものだ。
食都・東京でも食べられることは食べられるのだが、お値段が相当違ってきてしまうのが難点。
やはり、その土地で食べるべき名物というのは、この便利な世の中でもあるものだ。
(厳密に言えば仙台も産地ではないのだけど。)

そんなわけで、次の岩牡蠣はまた来年の仙台で。
こういうところにも帰省の楽しみがあって、嬉しい。
お刺身やお寿司もたらふくご馳走になったし、山形のお蕎麦、鳴子の栗だんご、川渡のお豆腐、比内鶏ラーメン、ぽうさい麺(ホウレン草を練りこんだ麺に鶏のあっさり塩スープを合わせた、類まれなるラーメン)、牛タンに駅弁の支倉常長弁当(こだわりの食材を集めたポリシーあふれる田舎弁当、一食の価値あり!!)。
次は年末年始に、お会いしましょう。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

August 15, 2006

仲良しのふたり。

060804_11230001どうも仙台の両親とはるは、仲がいい。
旦那さんの両親とも仲がいいのだけど、「しつけ」も大事に考えてくださる義理の両親と違って、とにかく甘えるだけ甘えさせてくれる私の両親に擦り寄っていく率が高い気がする。
水も人も、楽なほうに流れていくものだ。

特に驚いたのが父。
こういっちゃ何だが、父は偏屈だし無口だしいつも眉間に皺を寄せていて、「こわいお父さん」のイメージがつきまとう。
なのにはるを前にすると、全くの別人になるのだから驚き。
父を知る人すべてが仰天し、二言目に「孫はねぇ~」と目を細める。
多かれ少なかれ、皆さん身近に体験することのよう。
一度は、偶然に百貨店の玩具売り場で、仕事帰りの父と鉢合わせしたこともあった。
(ちなみに私も弟も仕事帰りに玩具を買ってきてもらった記憶なんて、ありません)
豹変とは、まさにこのことだ。
はる自身、それを知ってか、父にだけ「ちゅう」をする。
(肖像権の関係で写真を掲載できないのが残念!父のあのてれてれ顔は公開したら怒号が飛びそうなので)

母とも仲がいい。
外出先では、肩を組んで、一緒に電車や車の往来を見ていたりする。
いつまでもいつまでも、一緒に見ている。
近くにいないからこそ、余計かわいいのかもしれないが、きっと今頃は両家の両親とも、疲れ果てていることだろう。

元気なのは、きっと、はるだけだ。
そのはるにせかされて、毎日出かけている。
仙台から帰って以来、どこかに連れて行って欲しい要求が、一段と強くなった気がする。
あちこち連れて行ってもらったのが、よほど楽しかったに違いない。
冬は夏ほど外出は難しいかもしれないが…来年の夏はそれこそ、台風のように暴れまわるに違いない。
仙台のおじいちゃんおばあちゃん達にはしっかり、トレーニングしていていただかなければ。

060804_11240001

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 14, 2006

謎解き宝箱、開催します!!

この夏、ちょっと面白いことに首をつっこむ予定です。
以前ちらりと触れたのだけど、神奈川県立近代美術館でのワークショップのお手伝いをするのです。
プログラムはいくつかありますが、そのどれもが一筋縄じゃいきません。
10歳以上なら誰でも参加できる予定なので、夏の予定にまだ空きがある人は、是非訪れてほしいです!!

その名も、「謎解き宝箱」。
なんだか、わくわくするようなタイトルでしょ?
でもね、タイトルだけじゃないんです。
実際に行うプログラムも、わくわくするものばかり。
美術館でみる・きく・はなす・かんがえる・つたえる・いっしょに考えるという「考える力」「言葉の力」を育む参加型のプログラムで、美術解剖学者さん兼現代美術作家さんと一緒に「からだ単語集」というのを作って彫刻の見方の核心に迫っていったり、ダンスユニットほうほう堂さんと一緒に、作品の印象を言葉じゃなく身体で表現したり――とにかく、ユニーク。
開催中の「昭和の美術」展がより楽しめることも、間違いなしです。
こんな楽しそうなことが、なんと保険料200円のみでできます。
大学生以上は展覧会の鑑賞料が必要ですが(高校生以下は無料です)、ワークショップ費用は上記の保険料以外には特別ありません。オトク感たっぷりです。

ぜひ一回、遊びに来てください!!
詳しい日程と内容はここで!
事前予約が必要なので、ご注意くださいね。

私たちアートナビゲーターもサポートスタッフで参加します。
昨日打ち合わせしてきたのですが…とても楽しみ!!
こどもでも大人でも、美術好きも、考えることが好きな人も、身体を動かすのが好きな人も、
いろんな方に楽しんでいただけるはず。
ちなみに私は、22日(葉山)、25日(鎌倉)、27日(鎌倉)にそれぞれの会場でサポートします。
来られそうな方、ぜひ一声おかけくださいね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 13, 2006

花火。

060805_20330001仙台で、旦那さんの伯母様のおうちで花火大会を見ました。
なんと伯母様、花火大会会場のすぐ横にあるタワーマンションに、この6月にお引っ越しなさったのです。
両親とともにお呼ばれして、花火を楽しんできました。

贅沢な事ながら、会場ではなくて、おうちから見る花火って好きです。
ソファにゆっくり座って、好みのおつまみとビール片手に見る花火は格別。
テレビ中継でもいいのですが、コメントなど一切入らないような、ローカル局の中継の方が好きです。
会場で上を見上げながらの鑑賞も好きですが、家の中の快適さとはまた別。

残念なことに、はるは音が怖いらしく、花火自体はきれいで気になっているけれどじっくり見られません。
伯母様の家でも、みんながベランダに出て見ているのに、はるは窓を閉め、手すりと天井の間に見えるかろうじて見える花火の一部を、かがんで見ています。
来年になったら、また違うのかしら。

夏の風物詩・花火大会、神奈川県下でもまだいくつか予定されています。
夏まつりの予定もちらほら。
こういうイベントから、はるが「夏」を感じられるのは、いつの日のことでしょう?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 12, 2006

帰り着いて…

060726_14180001長い夏休みを終えて、鎌倉に帰ってきました。
新幹線の中、はるはこんな顔をして、過ぎ去る景色を眺めていました。
やはり、こども心に、ちょっと寂しいのかも。

仙台で楽しんできたこと、いろいろとはるの心の糧になってくれたのではと思います。
小旅行したり、あちこち連れて行っていただいたり、盛り沢山な夏休みでした。
どっぷり疲れているかと思いきや。
そんなのは大人だけで、子どもというのは、本当に元気なものですね。
今日も朝からずっと、走り回って電車で遊んで、めまぐるしいほど。

二週間も留守にしていたから家のことなんて忘れているかと思ったら、やっぱりそんなことないようでした。
さっさと自分の玩具箱から電車の玩具を出してテーブルに並べたり、お気に入りの絵本を引っ張り出してきてめくっていたり、いろんなことをやっています。
いつの間にか成長しているものなんですね。

さて私達はといえば、暑さに加えての蝉時雨に、昨年引っ越してきたばかりの頃を思い出しています。
ちょうど今頃は、前の家で旦那さんが荷造りをし、私がときどきこっちの家に来て掃除をしていた頃。
一年で、ずいぶんいろんなことがあったなぁ、なんて語り合っているところです。

今回の帰省では、旦那さんより10日ほど先んじて私とはるが仙台に行ったので、その間の家の中、少々心配でした。
が、杞憂に終わり、少々感激しています。
冷蔵庫の中身のラインナップががらりと変わっている他は、出て行ったときよりも綺麗!?
旦那さんが、掃除してくれたのだそうです。
(ちなみに冷蔵庫の中はビールとチーズとフルーツのコーンフレークしかありませんでした…男の一人暮らし、って感じですね!)

さあ、夏休みもお仕舞い。
明日からは3日と間をおかずに9月3連休まで予定がぎっしりです。
遊びすぎてふらふらで帰ってきたものの、しっかり養生して働かねば!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 11, 2006

マイカー、現る。

25旦那さんのご両親がはるに、車を買ってくださった。
近頃お友達が乗っている乗用玩具に興味を示していることを話すと、お誕生日プレゼントにしてくださったのだ。帰省のタイミングで一緒に見に行き、気に入ったのを買ってあげると言ってくださり、郊外の大型玩具店へ。

見知らぬ場所は歩きたがらないはるも、玩具店となったら話は違う。
自分の好きなところにふらふらと出掛けていってしまうので、こちらは気が気ではない。
ようやくお目当てのコーナーに着くと、はるは十数種類ののりものに目を丸くして、あちこち触って歩いた。
見たことがあるものに興味を持つのか、お友達に貸して貰った経験のあるものを中心に、見ている。
そして見つけてしまったのが、写真の車。
トビラの開け閉めが愉しいらしいこれは、江ノ島の遊び場にあったものと同じタイプ(本当はここに屋根がつくのだけど、屋根なしでも使える。屋根は鎌倉に帰ってからつけるつもり)。
はるはすっかりこれが気に入って、お店の中では片時も離れない。
買ってあげるよとおじいちゃんが言っても、これに乗ったり降りたりして、手を離そうともしない。
一瞬のタイミングでおじいちゃんがレジに車を持っていくと、なきべそはるが慌てて追いかけていく。
途中ミニカーの棚にひっかかってちゃっかり1台手に持ったまま、レジに突き進んでいった。

家に着き、箱をあけてもらうと、はるの目の輝くこと!
まだ前には進めず、バックしかできないのだけれど、嬉しそうにリビングをかけまわっている。
広い旦那さんのご実家だからいいもの…鎌倉の家に戻ったら、どうなっちゃうかしら。
そもそも、置いておく場所なんてあるかしら?と疑問符が渦巻くのもつかの間。
はるの嬉しそうな顔の前には、そんなこと、なんとかしてあげなくちゃと思うのでした。

さて、長かった夏休みも今日で最後。
今夜は鎌倉の我が家で、久々の夜を過します。
湿気と熱気と、興奮したはるが寝ないのが、一番の心配事。

この夏は、本当にいろんな経験をしました。
愉しいこと,嬉しいことばかりが凝縮したような二週間は、当初の「なにもせずにのんびり」路線からはことごとくかけ離れましたが、そのかわりにたくさんのかけがえのない想い出を手にすることが出来ました。
双方の両親とも元気なうちに、こうやっていろんなことを一緒に経験できるというのはなんとも幸せなことです。
「来年は…」の声もちらほら。
来年になったら、はるももっと大人になっていることでしょう。
今心配していること(偏食や言葉や頭突きのこと)も、その頃には笑い話になっているかもしれません。
楽しかった夏休み、あらためて、両親に感謝です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 10, 2006

温泉旅行。

42県北にある鳴子温泉に連れて行ってもらった。
山形にしろ鳴子にしろ、旦那さんの行ってみたいの一言で、プチ旅行を計画。
ありがたいことに、両家の両親とも、そんなわがままな要望も嫌がらずに連れて行ってださるので、感謝しきり。

鳴子では、夢がひとつ実現した。

旦那さんのお母様とうちの母は40年来の親友なので、いつか両家一緒に旅行できたらいいねと旦那さんとよく話していた。
それがひょんなことから実現したのだ。

近頃はTVや雑誌に良く登場する老舗旅館は、ご当主が母からハーブを学ばれたご縁があり、実家では時折利用させていただいている。
そこに集まり、はるの二歳のお誕生を祝う会という名目で、両家の両親と私の祖母、大人7名こども1名で膳を囲む。
両家で一緒に会食するのは、はるのお食い初め以来。
あっという間の二歳に驚きつつも、皆笑顔を絶やさない。
主役のはるも状況がわかるのかまんざらでもないらしく、いつもよりご機嫌。
ハンバーグやエビフライの特別お膳のほか、女将さんのご厚情でいただいたケーキを喜んでパクパク食べる。
フルーツののったバナナケーキはほどよい甘さがさっぱりとしておいしく、当然のことながらはるの誕生日に私が焼いたものとは大違い。これははるも喜んで食べた。

広い和室を行ったり来たり走り回って、ときどき料理で栄養補給をし、電車のおもちゃで遊んだり、誰かにじゃれついたり、これ以上ないというほどの笑顔で、はるは走り回る。
みんなの愛情を独り占めし、本当に恵まれた子だと思う。初孫って、得ですね。

はるも、笑顔以外にも大サービス。
好物の落雁を全員の口に入れてあげるほど上機嫌で、私達を驚かせた。
きっと本人も、嬉しかったのだろう。
皆喜んでいて、いい夜だった。
こんなに穏やかでいい夜は、時間をまるごと保存して置きたいほど。
いろいろ大変なときもあるけれど、時折訪れるこういう時間に、救われるのだと思う。

鳴子への道の途中、旦那さんのお祖母様に会ってきた。
義父が理事をしている老人介護施設に入居されている。
もう96歳というご高齢だけれどお元気でいらっしゃる。
けれど、30年以上一緒に暮らした義母のこともわからず「どなたですか」と仰るし、義父のことは「おとうさん」と呼ぶ。それは家の主としての「おとうさん」ではなく、ご自分の「おとうさん」なのではないかと、両親は言う。
今ではほとんど目を閉じたままだ。
時折目をあけてあたりをご覧になるけれど、それを見つけた施設のスタッフが喜ぶほど稀なことらしい。
おばあちゃんの曾孫ですよとはるを見せると、おばあちゃんはじっとはるを見て、「かわいい顔をしている」と仰った。
はるも、おばあちゃんをじっと見ていた。おばあちゃんが目を閉じると、旦那さんや義母の袖を引っ張って、もっとお話してあげてと促す。
僅かな間だったけれど、会えて嬉しかった。
はるを見てくださって、嬉しかった。
たとえわからなくても。
鳴子へ行かなければ会えなかったであろうことを思うと、天の配剤と言おうか、めぐりあわせに感謝した。

こんな時間は、いくらあってもいい。
穏やかで皆幸せで自由な、すばらしい夜。

演出してくれた旅館の方々への感謝と、遠い道のりを運転してくれた両親、足の痛みを抱えながらも快く一緒に来てくれた祖母に感謝、です。
そして、施設のおばあちゃんがお元気で、いつまでも長生きされますように。
はるの成長を、覚えてくれていなくていいから、見届けてくれますように。
4143

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 09, 2006

お庭とお蕎麦

21父にせがんで、山形に蕎麦を食べに連れて行ってもらった。
学生時代をすごした山形は、思い出の土地というだけでなく、いまだに好きなところでもある。
食べ物が美味しいという印象が強いし、「山形」というアイデンティティを持った土地だと思う。
古いものと新しいものを共存させる傾向や、ひとびとが干渉し過ぎない絶妙のバランスで親切なところが大好きだ。
卒業して実家(仙台)に戻ったのに、山形に行く方が「故郷に戻る」ような心境になったものだ。

蔵王連峰の西の方にある、気に入っている蕎麦屋は、いわゆる古民家レストランの草分け。
といっても洒落てそうしているわけではなく、こちらは素朴な、暮らしの延長上にあっていい。
広大な山を前に、沢のせせらぎと日本庭園を眺めつつ、おいしい蕎麦と山菜のてんぷらを楽しめる。
仙台からは車で約1時間。気軽に出掛けられる距離ということもあって、気に入っている場所のひとつだ。
(ちなみに山形の蕎麦は、とってもおいしい!蕎麦屋蕎麦屋によって個性の違うアジが楽しめるので、山形の蕎麦めぐりの楽しみは尽きない。私も、人に教えられないほどの気に入りの蕎麦屋を三つ四つ知っている)

今回は仙台の実家の両親と祖母のほか、山形の伯父夫婦(私にとって「山形の両親」でもある)と、現在アメリカに住んでいる従兄の奥さんと子供達、総勢11名で訪れた。
はるのハトコたちは、4歳と2歳。
男の子ふたりの兄弟は、はると一緒に転げまわって遊んでいた。
人見知りのはるも、この子たちにはすぐに打ち解け、ニコニコしながら一緒に遊んでいて、少し驚いた。
蕎麦もちゅるちゅる食べ、「そのへんからとってきた」と店の人がいう山菜の天麩羅も食べ、庭を散歩して楽しむ。
はるにとっても、ハトコたちにとっても、素敵な一日になったろう。
もちろん、私たちにとっても。

233年ぶりに訪れた山形、もっともっと行きたい場所や、旦那さん・はるに教えたい素敵なところがあったものの、それは次回のお楽しみ。
山形探訪、帰省の際の恒例になったらいいなぁ、と思っている私なのだ。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

August 08, 2006

すみの香り

いろり端の、炭の香りに驚いた。
東北歴史博物館というミュージアムの敷地内にある、古民家での出来事。
展覧会のあと江戸時代の古民家を移築したものがあると表示を見つけ、足をむけた。
村長さんのような、農民のまとめ役だった家のものということで流石に風格あるたたずまい。
一歩踏み入れると、柔らかく懐かしい香りに包まれてはっとしたのだ。
なぜか、懐かしいという気持ちがする。

築約230年だという古民家は、今も毎日焚かれる炭に燻されてつやつやと黒光りしている。
ボランティアのおじいさん達が三人ばかり炉端に座って歴史談義していて、そのうちのおひとりがこの家にまつわる様々なことを説明してくださった。

家は大きく三つのパートに分けられる。役人である武士のための畳敷きの間、村長さんとして税である米を数えたり村の集会所の役割を果たす間、そして彼らが暮らす私的な間。
当然のことながら、順につくりが質素になっていき、同じ一本の柱でも、武士のための間に使われる面はかんながけして漆で塗ってあるのに、その裏側の、寝室に向いている面はちょうなで削っただけでザラザラしている。
武士と農民の法度の違いや、この時代から現在にいたるまでの生活習慣の違いに興味深く耳を傾けた。

帰り道,家を一歩出て、はたと気付く。
炭火の香りは、曾祖母の部屋にあった大きな染め付けの火鉢の香りだ。
明治生まれの曾祖母の、姐御肌だからこその温かい笑顔と気風の良い笑い声が、その香に思い出されるようだった。
懐かしいのは、そのせいか――。
家に着き,仏壇に飾られているとびきりの曾祖母の笑顔に、そっと手を合わせた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 07, 2006

はる発見?!

060730_07530001この写真、誰だとお思いでしょう?
はる、と思う方が多いのでは。
いえいえ、これははるのパパが、今のはると同じかもう少し小さいくらいの年のとき。

似てる!!
と思うのは、私だけでしょうか?

よく見ると、似ていないところもあります。
鼻筋。
はるは、私に似てまるめてぺちゃっとつけたような鼻なので、こんなに鼻筋がすっと通ってはいないのです。
でもそれ以外の、顔の印象はそっくり。
ここまで似ているものか、と面白くなってしまうほどです。

30数年経つとはるも、今の旦那さんみたいになるのかしら?

| | Comments (4) | TrackBack (0)

August 06, 2006

すずめとはる。

060729_19180003旦那さんのご両親に、ご近所の夏祭りに連れて行っていただいた。
旦那さんたちが小さい頃通った小学校で開かれた盆踊り大会は、大盛況。
こどもから車椅子のおじいさんおばあさんまで、何世代もが一同に会していて、その三分の一は浴衣姿。
いつからか、なかなかお目にかかっていない夏の風物詩の雰囲気に酔いしれた。

が、しかし、慎重派のはるには、一種の恐怖体験だったよう。
せいぜい提灯程度のうす暗い中、太鼓の大きな音と盆踊りの音頭が流れ、見知らぬ大人や子供がきゃあきゃあ言いながら踊ったりはね回っている様子は、確かに初めてみたら怖いかもしれない。
多少の違いこそあれ、魔女のサバトってこんな感じかしらんと思ってみたりもする。
サバトは魔女の盆踊りと説明すればとてもわかりやすい気がするし、もともと盆踊りだって先祖祭りの儀式なのだから、この世にないものとともに宴を開く点においては類似している。どちらも夜だし、大勢集まって浮かれるのだし。
話が少々横道にそれたが、そういう視点で見ると、確かにちょっと、はるには怖い体験だったようなのだ。
ベビーカーから降りようとしないし、両手をぎゅっと握りしめたまま、固まっていた。

が、祭りも中盤、地元のグループが仙台の民俗舞踊のひとつである「すずめ踊り」を踊り出すと、はるは熱心に見入っていた。
子供たちをメインにして、幼稚園くらいから小学校の高学年くらいまでの子供たち十数人と、数人の大人が、扇を手にぴょんぴょん飛び跳ねながら楽しげに踊っている。
見れば一番小さな子は、はるよりも1、2年年上くらい。
そこが興味をひいたのだろうか、二回目のすずめ踊りが始まると、はるは自分の手を同じように振って踊っていた。

ベビーカーから降りはしなかったが、楽しかったのだろう。
家に帰ってからも、ぴょんぴょんと両手を振って踊っていた。
その様子がかわいらしくて、嬉しかった。
はるにとって、恐怖はあったものの楽しい思い出にもなっただろう。
もう数年経てば、見よう見まねで自分も一緒に踊るかしらと思うと、また来年以降の夏がとても楽しみな私なのでした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 05, 2006

星を歩く男。

060729_17080001母が作品展を行っていた場所では、夏休みの子供向けに、星にまつわる展示が行われていました。
ここ仙台をつくりあげた戦国時代の名将・伊達政宗の名がついた小惑星があることも知り、驚きながらも楽しく展示を見ました。
昔の天球儀の写真や、観測にまつわる話などが簡潔にまとめられていて、大人も楽しめる内容。

特に私が面白かったのが、戦国武将と天体の結びつきの話や、宮城県と近県の、星にまつわる民話や伝承を展示したパネル。
その話の裏側に見え隠れする社会情勢と、物語に込められた人の祈りや願いが簡単ながら解説されていて、胸の奥がきゅっとなったりも。(たとえば、彗星がこどものうちに亡くなった魂を空に上げて星にするとか。)
いくら世の中や暮らし方が変わっても、ひとのこころの奥底に流れているものは、同じなんだなぁと思わされます。

そんな中。
少しセンチメンタルな気分に浸る私をよそに、夏の星座パネルを駆ける一陣の風がありました。
床面になっているこの展示部分、もちろん歩いて楽しむものなのですが、延々と往復して楽しんでいるのはうちの息子ばかり。
平日の日中、あまり人通りがないのが唯一の救いで、はるは思う存分に星を歩いて楽しみました。

星と小さな男の子と言えば、誰しも思い浮かべるのが『星の王子さま』ではないでしょうか。
あの中の、私も大好きな言葉、「たいせつなことは、目に見えないんだよ」。
その言葉がさきの民話に込められた人々の祈りなどと重なって思えました。

お金があれば月旅行だってできる今。
はるが大人になった頃の世界では、宇宙旅行が普通に行われる世の中になっているかもしれません。
それでもきっと、たいせつなことはやっぱり目に見えなくて、祈りや願いや、人々のこころの有り様は、変わらないでしょう。

時間が経てば変わるものもあるし、変わらないものもある。
何万年もの時間を経て私たちのもとに届く星の光は、そんなことを、静かに告げているのかもしれません。
今のはるにはそんなこと、知る由もないのですけれど、将来ふとそんなことを思う子になってほしいと思うのでした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 04, 2006

作品展にて。

060729_16540001ここ4日ほど、このブログには母の作品展とのコラボレーション掌編作品をアップしました。
実際にそれがどんな風に展示されたのか…楽しみ半分、不安半分に作品展会場を訪れました。

6日間、繁華街の真ん中にある大きなギャラリーで展開された作品展には、約1800人ものお客様が訪れてくださったとのこと!
過去最多の快挙です。

やっぱり、地の利って大きいですね。
作品展をお目当てにというよりは、香りに誘われてふらりとお立ち寄り下さる方が多かったようで、母は連日質問責めだったとか。
展示内容だけではなく、名前に始まり、栽培方法から使い方に至るまでありとあらゆる質問をお受けしたとのこと。
ハーブなんて、もうずいぶん広まったと思うのだけど、興味を持っていらっしゃる方がまだまだ多いのだと知った貴重な機会でもありました。

060729_16530001060729_16540002060729_16550002060729_17020001

060729_17030001060729_16550003_1060729_16560002060729_16550005






さて春、夏、秋、冬とゆるやかに区切られたブースでは、スクールに在籍中の35名の生徒さん始め、卒業生の方々などの素晴らしい作品が所狭しと場をもり立ててくれました。
各季節の代表的なハーブやハーブの楽しみ方を紹介したパネルの下には私の掌編作品も展示されていて、私が訪れた日も、熱心に読んで下さるお客様の姿を拝見しました。
中には、掌編作品が欲しいからプリントしたものをもらえないかと聞いてきた方もあったそうで、ありがたいやら嬉しいやら。

実を言うと時間的に猶予のない中で、展示作品のイメージも掴めぬまま、ほとんど一日で書き上げた掌編だったので、会場を見る前は展示内容と見合っているのかどうかもわからない不安な状態だったのです。
が、そこは今まで積み重ねてきた歴史のお陰か、母から受け継いだDNAなのか、掌編を読んでくださった方の談によれば展示作品達が実際の生活の中で使われていることをイメージすることができたよう。
展示作品と掌編とがなんとなく同じような雰囲気を醸し出しており、ハーブのある暮らしの一情景をご覧頂くという点においては、成功だったかもしれません。

掌編作品に何より感激してくれたのはやはり、根っから感激屋の、母。
これに味をしめたようで、そのうち母の作品と私の作品でコラボレーションした、二人展をしようなんて言い出しています。一体いつになったら実現するのやら?

作品展が終わってほっとひと息、という間もなく、今度は新しくスタートするアート+ハーブの企画講座の準備を始めています。
渋谷でも展覧会が開かれていますが、ガラスの魔術師、エミール・ガレをテーマにした季節毎4回シリーズの講座は、9月の香水づくり講座が初回。
いつの間にやらもう8月ですからね、9月なんてあっという間です。

作品展が終わって搬出して一日おいただけで、もう次の授業と企画講座の準備をしている母を見ていると、私は確実にこの母の血を濃く引き継いでいるなぁと思わずにはいられません。
とにかく、あわただしいんですから。
そしてそれが不思議と、性に合ってしまうのですから。

今回の作品展でハーブに興味を持ってくださって、HERB AND CRAFTを知ってくださった方々が、ハーブとともに素敵な生活を送られることを願って。

ちなみに、一緒に行ったはるは、作品展会場をかけまわりかけまわり、その日はバタッと倒れ込むように寝てくれました。いい香りが嬉しいのか、にこにこして走り回っていました。
060729_16550004

| | Comments (2) | TrackBack (0)

August 03, 2006

掌編小説「四季」より「冬」

暖炉に火をくべると、横に置いた大きな揺り椅子に私は腰をおろした。
窓の外には雪が、はらはらと空から降っている。
椅子の横のポケットから一枚のカードを取り出すと、もう何度も読み返しているそれを、また飽きもせずに読む。嬉しい手紙は、何度読んでもいいものだ。

クリスマス休暇に遊びに行くからと書かれた、サフランの花のカードだ。
サフランは、私が一番好きな花だ。
丹精したサフランは今年もたくさんの美しい花を咲かせ、そこから取れためしべを娘に送った。昔はこれでよくパエリアを作ったものだけれど、一人住まいの今は億劫だ。

二人の孫娘も一緒に来ると、カードには書かれている。
上の孫娘にはつれてくる相手もできたようで、来年にもふたり暮らしが始まりそうだというのだから、喜びも膨らむ。こんなに嬉しいクリスマス休暇は、一体いつ以来だろう。
そこに書かれた日時は日曜日――、そう、今日だ。

大丈夫、もう準備は整っている。
チキンはオーブンに任せたし、冷蔵庫の中ではケーキもお客様を待っている。腕によりをかけてのご馳走は、どれもぬかりなしだ。
近頃はいろいろ忘れっぽくなったけれど、子供たちや孫達の好物だけは絶対に忘れない。
今日だって朝早くから市場に出かけて、みんなの好物をちゃんと仕入れてきた。
とりわけ孫娘の好物であるオレンジは、たっぷりと。
そのまま食べる分はもちろん、朝にのむオレンジジュースや手製のマーマレードの分も、お風呂に浮かべる分までたくさん。

オレンジ色は、孫娘のとびきりの笑顔に似ている。
甘酸っぱいオレンジの香りは、孫娘の明るい笑い声にも似ている。
オレンジを思うとき、私はかわいい孫娘のことを思い出さずにいられない。
オレンジの香りは、いつも気分を明るくしてくれる。

テーブルからオレンジをひとつ手に取り、その香りを胸いっぱいに吸い込んだとき。
チャイムの音と同時にドアがあき、とびきりの笑顔がなだれこんできた。
娘夫婦に、大人びた孫娘と若い青年、そして末の孫娘のオレンジのような笑顔が。
メリークリスマス!
楽しい休暇の、幕開けだ。


※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 02, 2006

掌編小説「四季」より「秋」

お茶を入れようとキッチンに入ると、爽やかな香りが漂っていた。
ダイニングテーブルに置かれたコップに、リンデンの一枝が生けられている。
毎日新しいハーブを一枝ちょこんと生けるのが、ここしばらくの娘の趣味らしい。

リビングルームを覗くと、娘は窓辺のベンチにもたれてまどろんでいる。
手に気に入りの本を持ったまま、すうすうと寝息を立てている。午後の柔らかな陽射しは、うたたねにはもってこいだ。
私はあどけない寝顔の少女を起こさぬようにブランケットをかけてから、少し離れたソファに腰をおろす。ふと生まれた時の顔が寝顔に重なって、成長した部分や、変わらない部分が次々に思い浮かんだ。
いつまでも子供だと思っていた上の娘が、結婚すると言い出したのは、つい先日のことだ。
彼女だって、今はまだ少女でも、いつの間にかここから羽ばたいていってしまうだろう。

私は、ソファの横に置かれた籠から、作りかけのひざかけを手に取った。
真綿をつめて縫い上げた柔らかな木綿のひざかけは、娘が摘んできたハーブで優しいクリーム色に染まっている。その上に優雅な紫色の花びらが途中まで刺繍され、その先が描かれるのを待っている。サフランの花だ。
植物を育てるのが好きな母は、自分で育てたサフランで良くパエリアを作ってくれていた。
クリスマスに間に合わせるにはまだ充分時間がある、私は丁寧にひと針ひと針を描く。

母は、サフランのような人だ。
上品で優美に見えてその実、芯の部分はエネルギッシュで生命力に溢れている。
その様子は、紫色の花びらの中から鮮やかなオレンジ色のめしべが覗く、サフランの花に良く似ている。

下の娘は、母に似たのかもしれない。ふたりとも植物を育てるという緑の指を持っている。
上の娘も、母から料理のレシピなどを聞いているようだ。
花や植物が、そのうちにあふれる生命感と生来の美しさで人を惹きつけるのと同じで、母には、人をひきつける魔法のようなものがあるのかもしれない。

シュンシュンと音を立てる薬缶の火を止め、シナモンやクローブを入れたミルクティを作ると、その香りに誘われて娘が大きく伸びをした。
私はふたり分のスパイスミルクティーをティーカップに注いで、娘を誘う。
こんな時間がいつまで続くかわからないが、そんなことはさして問題ではない。離れていたって、私と母が、ずっと親子であることと同じで。
私は今のこの幸せなひとときを、ゆっくりとかみしめる。


※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 01, 2006

掌編小説「四季」より「夏」

髪型、よし。
服装、よし。
スリッパ、よし。
テーブル、よし。
花瓶、よし。
大事なお客様を招くのは、とても緊張する。
ことに、それが将来結婚するかもしれない相手で、初めて私の家に遊びに来るともなれば、その緊張はひとしおだ。
きっと彼は、自分で育てているバラを一抱え持ってきてくれるだろう。いつものように。

付き合い出してからそろそろ半年になる。
手料理が食べたいといわれる日がいつか来るのだろうと心配はしていたのだ。
一人暮らしを始めて一年も経っていないのだから、彼の方だって料理の腕なんて期待していないのだろうけれど、こちらとしては気が気じゃない。だったら断ればいいのに――女としてのプライドがそれを許さなかった。見栄っ張りな自分をいくら呪っても、後の祭り。
そして、あと数分で、ランチを食べるためにお客様が、チャイムを鳴らすだろう。

頼みの綱は、おばあちゃんに聞いた、とっておきのレシピだ。
ハーブがきっと手助けしてくれると聞いて、いつもよりも3時間も早起きして準備したのだ。
妹が実家で育てているハーブも、たくさん送ってもらった。
おいしい料理は、よりおいしく。おいしさが足りない料理はそのおいしさを補ってくれる。おばあちゃんが言うのが本当なら、ハーブは私にとっての魔法だ。
味見をしたけれど、今まで作ったどんな料理よりも美味しくできた――と思う。
判断すべきは、彼なのだけど。

もし、もしも、彼と一緒に暮らしを築けたら。
バラの花を育てるのが上手な彼は、きっと他の植物を育てるのも上手だろう。
いろいろなハーブを育てて、私はそれで料理をしよう。
おいしい料理は、よりおいしく。
おいしさが足りない料理は、そのおいしさを補ってくれる。
ハーブの魔法を食卓にのせて、幸せな時間をともに過ごしたい。

玄関のチャイムが、鳴り響く。
さあ、お客様だ。


※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« July 2006 | Main | September 2006 »