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July 31, 2006

掌編小説「四季」より「春」

いつか、バラの園を歩くのが夢だ。
大好きな本に出てくる利発な女の子は、ある日突然現れたせっかちなうさぎの後を追って、バラの園に迷い込む。そこには奇妙奇天烈な冒険が待っているのだ。
私はこのお話が好きで、何度も何度も読み返している。
ママには良く飽きないわねと言われるけれど、好きな本というのは何度読んでも新しい発見があって素敵なものだ。

迷ってしまうほどのバラの園にはこの辺ではお目にかかれないけれど、家の庭にもママが好きなバラの花がいくつか植えてある。といっても世話をするのはもっぱらパパで、ママが言うには、バラの世話が上手な男の人に悪い人はいないとのこと。
年の離れたお姉ちゃんは、ママがそんなことを言うのを馬鹿にしていたのだけれど、この間手紙で知らせてきたことよると、ママの格言に納得したみたいだ。もっともこのことは、まだ私しか知らない秘密だ。

パパに似たのか、あるいはママのママ(つまりおばあちゃん)に似たのか、幸い私は植物とは相性がいいらしい。庭のミントやローズマリー、タイムも、私が手を入れてからすくすくと伸び始めた。ママはそんな季節だったのだろうと言うけれど、きっと違う。

朝一番に庭に出て、今日のハーブたちのご機嫌を伺う。
お茶にするミントの葉をたっぷりと摘む。そうだ、お姉ちゃんにも送ってあげよう。私が育てたミントティのお味は、最高なのだから。それに、テーブルに飾るローズマリーも、一枝。コップにいれてテーブルに置くだけで、植物はそのいのちの力を分けてくれるような気がする。

それが終ったら、朝露に濡れるバラの香りをかいで、まだ見ぬバラ園に思いを馳せる。
将来私が家を持ったら、小さな女の子が迷い込んでしまうほどのバラ園を作ろう。きっと私の腕なら、そんなことも夢ではないだろう。
バラ園の横には、ミントやローズマリーや大好きなオレンジの木を植えよう。
家は小さくていい。
おいしいお茶が入れられるキッチンと、大好きな本が読める椅子とテーブル、あとはベッドと小さい本棚があれば、それでいい。

一日の大半を、バラ園で過ごすのだ。
迷いに迷って、抜け出られない日もあるかもしれない。
ちいさな冒険が毎日あるような、そんなバラ園を歩くのが、私の夢だ。

※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

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