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July 2006

July 31, 2006

掌編小説「四季」より「春」

いつか、バラの園を歩くのが夢だ。
大好きな本に出てくる利発な女の子は、ある日突然現れたせっかちなうさぎの後を追って、バラの園に迷い込む。そこには奇妙奇天烈な冒険が待っているのだ。
私はこのお話が好きで、何度も何度も読み返している。
ママには良く飽きないわねと言われるけれど、好きな本というのは何度読んでも新しい発見があって素敵なものだ。

迷ってしまうほどのバラの園にはこの辺ではお目にかかれないけれど、家の庭にもママが好きなバラの花がいくつか植えてある。といっても世話をするのはもっぱらパパで、ママが言うには、バラの世話が上手な男の人に悪い人はいないとのこと。
年の離れたお姉ちゃんは、ママがそんなことを言うのを馬鹿にしていたのだけれど、この間手紙で知らせてきたことよると、ママの格言に納得したみたいだ。もっともこのことは、まだ私しか知らない秘密だ。

パパに似たのか、あるいはママのママ(つまりおばあちゃん)に似たのか、幸い私は植物とは相性がいいらしい。庭のミントやローズマリー、タイムも、私が手を入れてからすくすくと伸び始めた。ママはそんな季節だったのだろうと言うけれど、きっと違う。

朝一番に庭に出て、今日のハーブたちのご機嫌を伺う。
お茶にするミントの葉をたっぷりと摘む。そうだ、お姉ちゃんにも送ってあげよう。私が育てたミントティのお味は、最高なのだから。それに、テーブルに飾るローズマリーも、一枝。コップにいれてテーブルに置くだけで、植物はそのいのちの力を分けてくれるような気がする。

それが終ったら、朝露に濡れるバラの香りをかいで、まだ見ぬバラ園に思いを馳せる。
将来私が家を持ったら、小さな女の子が迷い込んでしまうほどのバラ園を作ろう。きっと私の腕なら、そんなことも夢ではないだろう。
バラ園の横には、ミントやローズマリーや大好きなオレンジの木を植えよう。
家は小さくていい。
おいしいお茶が入れられるキッチンと、大好きな本が読める椅子とテーブル、あとはベッドと小さい本棚があれば、それでいい。

一日の大半を、バラ園で過ごすのだ。
迷いに迷って、抜け出られない日もあるかもしれない。
ちいさな冒険が毎日あるような、そんなバラ園を歩くのが、私の夢だ。

※いかなる理由においても、この作品を無断で転載・放送・複製することを禁じます。

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July 30, 2006

素敵なファブリック。

060726_10190001手作りを楽しむようになって、困ったことがある。
生地の問題。
素敵な生地がたくさんあって、この生地ではこれをつくろう、あの生地ではあれをつくろうと考えていると、妄想ばかりが膨らんでいってしまう。とても手が追いつかないのだ。
葛藤は今も続いていて、先日店先で出あった英国リバティのアールヌーヴォー風の生地、決めかねているところだ。ああ、あれでVネックのワンピースを作ったら、素敵だろうなぁ、今の季節に合うだろうなぁなんて考えているうちに、時間がどんどん過ぎ去っていってしまう。

最近はYAHOOのオークションなど便利なものが多いから、出かけていかなくても家の中で生地を買ってしまえたりする。安価だし便利だし私はこの方法が多いのだけど、通信販売の特性上、やはり思った感じと少し違う場合もある。
その点、生地屋さんはすごい。
手触りも色の具合、柄の大きさも全部確かめられた上で、購入を決断できる。
ただしこちらにも難点がある。店がどうというのではないのだが、「滅多に出て来られないし」などと思うとついつい余計なものまでどーんと買い込んでしまうのだ。

そんなわけで、わが家は今生地であふれかえっている。
色が気に入って購入したもの、デザインに惹かれてとりあえず購入したもの、生地の素材感が気に入って購入したものなどさまざまだ。
手作りにはまった1年半前もこれと同じような状況で、しかもそのときに求めた生地が結構残っていたりするのに、いざとなると素敵な生地達にときめかされて次から次に増えていってしまう。

今まで、こんな増殖の仕方をするのは、本か紙類と決まっていたのだけど、そこに布も加わってしまった。
ひとつひとつは場所をとるものではないけれど、まとまったら話は別。
ダンボールにみっつくらい、生地の山が出来てしまっている。

そうはいっても、恋愛と一緒で、素敵な出会いがあったなら、アプローチせずにいられないではありませんか。
写真の生地は、いずれもオークションで出逢った可愛いデザインに惹かれたもの。
私の方は、北欧デザインのロッタ・ヤンスドッターによるデザイン帆布生地で、はるのカットソーはこれも寺田順三さんというイラストレーターによるWガーゼ生地。
実は手触り感は、それぞれイメージと違っていたのだけど、それが逆にとても良い結果となった。
ほかにもこの調子で「在庫生地」がたまりにたまっている。
夏のうちに、夏の生地を使いきれるかどうか、わからないほど。

…そうとわかっていても、素敵な出会いがあると…。
嬉しいような、困ったような、贅沢な悩み事なのである。

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July 29, 2006

作品展、開催中。

母のハーブアトリエ、HERB AND CRAFTが今、作品展を開催中です。
今回は「四季」というテーマで、母やハーブスクールの生徒さんたちが素敵な作品を展示しています。

生のハーブがさわやかな香りを届けるコンテナガーデンがあったり、
美しく整えられたテーブルコーディネートや、
スパイスで作られた暮らし周りのデコレーション小物たち、
そして雪をイメージしたモイストポプリなど、
ハーブで四季を表現しています。

私も、告知から展示周りのデザインで関わりました。
それとは別に、今回初の試みも。
香草が届ける、なつかしくてあたたかい暮らしの物語を書き下ろして展示してもらっています。
(31日からブログにアップします)

このブログをご覧の方で、お近くの方がいらっしゃれば、お時間あるときに是非遊びにいらしてください。

生きとし生けるものに 生命の息吹与える 春
太陽の恩恵を 大地に人に 食卓に与える 夏
田に畑に 人のもの思う心に 実り与える 秋
舞う雪が白に包む世界に 清らかさ与える 冬

春、夏、秋、冬それぞれの季節を、ハーブクラフトでお楽しみいただけると思います。

HERB AND CRAFT作品展 「四季」
東北電力グリーンプラザ
7月25日~30日 10時~18時

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July 28, 2006

手仕事週間。

060712_17450001帰省までの間に、ばたばたといろいろなものを手作りしました。
以前カーテンで私のスカートとはるのパンツを作った話を書きましたが、あれ以来しばらく、お裁縫熱が続いているのです。

作ったものは、
・はるのパンツ(ダブルガーゼの柔らかな生地で)
・はるのパンツ(麻混のカーテン生地で)
・はるのスモック(麻混の綿で)
・はるのカットソー(ダブルガーゼのプリント生地で)
・旦那さんの五分丈パンツ(おうちでリラックス用に木綿の生地で)
・旦那さんのカットソー(小さくて着られず、はるのひざかけに変身…)
・私のスカート(麻混のカーテン生地で)
・私のワンピース(リネンのプリント生地で) ←写真のもの!
・私のワンピース(麻の涼しげな生地で)
・私のノースリーブカットソー(帆布の北欧デザイン生地で)
・私のバッグ(織模様の綺麗なカーテン生地で)

特に写真のワンピースは、改心の出来。
…といってもこれは、腕が良いわけではなく、生地が良いので、出来上がりまで良く見えるのです。
私はスクエアネックのデザインが好きなので、作った服は全部襟元を同じデザインにしました。
お裁縫の心得は学校で習った程度にしかないのだけど、その気になるとなんでもできるもので、既存の型紙をベースにちょいちょいといろんな要素をミックスして作ってしまいました。
中には、型紙なしで、既に持っている服をベースにざくざく作ってみたものも。

今回のお裁縫熱で分かったことは、
生地の良さと見栄えが比例すること。
写真のワンピースは、白状しなければお手製と判明しなかったほどです。
良く見ると、袖や裾のレース、実は表裏逆につけていたりするのですが(笑)。

せっかくバーゲンに出かけても、肝心のお買い物熱よりも、「どうやって作っているのかな?」という方に関心が向いてしまうこの頃。
熱が冷めないうちに、いろんなものを作って楽しみたいものです。
前回のお裁縫熱から今までのブランク期間は約一年半。
次のお熱到来は来年の冬頃かしら。

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July 27, 2006

甘いうたたね。

060715_16120001家族でお出かけした日、一休みしようとクイーンアリスのティールームに入ったときのことです。
暑い日一日遊んだはるは、ご機嫌の様子。
私と旦那さんもそれぞれ珈琲とケーキを前に、その日の楽しかったことなどを語り合っていました。

私と旦那さんが話しに夢中になって、はるに食べさせる手がおざなりになっているのに気づいたのか、
いつの間にかチョコレートのミニソフトクリームを自分で上手に食べているはるを発見。

褒め称えつつも依然として話しに花を咲かせていると――
気が付けば、はるは手にもったスプーンを口に運びながら、ねむかきしています。
眠りながらも、懸命にソフトクリームを食べるはる。
口をむにゃむにゃ動かしたまま、眠ってしまいました。

口のまわりにも服にも、チョコレートの甘い余韻を残して。
きっと甘い夢を、見ているのでしょう。

さて、今日から私とはるだけ先行して夏休み。
仙台に戻ってきています。
旦那さんと次に会えるのは、彼がやってくる一週間後です。
おじいちゃんおばあちゃん達は、はるをいろんなところに連れてってくれる算段のよう。
とても楽しみです。
二週間の夏休み、はるにとっていい刺激になるといいな!

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July 26, 2006

自転車で。

ひとりで出歩くとき、自転車を使う。
すぐ近くのスーパーに出かけるときや、駅まで出かけるとき、少し遠くの本屋に行きたいとき、ひょいと飛び乗った瞬間から小さな旅が始まるようで、自転車は便利だ。

自転車は好きだ。
風と風の間をすり抜けて走るような感じも、歩くのに比べてぐんぐん迫ってくる視界も、どれも心地がいい。
季節によって、それぞれの楽しみ方があるのも、またいい。

なつのひの自転車は、じっとり湿った空気の中でも、風を感じられていい。
ふゆのひの自転車は、冷たい空気の中で、頭の中も冴え渡るようでいい。

なつは夕暮れがいい。
ふゆは朝はやくがいい。

毎日乗るわけではないせいか、自転車にのると、気分も浮き立つようだ。
さすがに雨の日は乗らないが、あたたかい季節には、急に降り出した小雨の中を通り抜けるのも好きだ。
手に、首に、頬に、ぱらぱらとぶつかってくる小さな雨粒が心地よい。
(一時期流行したマイナスイオンの効果かもしれない?)

自転車が楽しいのは、ほんの少しだけの間だけど、自分の時間だからかもしれない。
はるを預けたときにしか自転車に乗れる時間はないので。
つかの間、子育てから開放される象徴が、自転車なのかもしれない。

子どもと一緒に自転車に乗っている人をよく見かけるけれど、あれは私には無理だ。
自分だけでも運動神経が怪しい限りなのに、大事な子どもまで危険に晒すわけにはいかない。

そういうわけでしばらく、自転車との良い関係は続く。
自転車に乗れる時間は、心待ちにしている時間でもあるのだ。

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July 25, 2006

青と曲線の美しさ。

はるを電車の見えるところへ連れて行く途中の道は、緑が多くて気持ちがいい。
公園とマンションをつなぐ、背の高い植え込みが続く道をベビーカーを押して歩いているときのことだった。
一瞬、何かが視界の端をかすめた。

植え込みの端を何かがすばやく横切っていった。
足を止めてのぞき込むと、どうだんつつじの根本にちょろりとなめらかな曲線が動いた。
とかげだった。
カナリア色の背に、尾まで続く緑がかった黒いライン。
つぶらな丸い目と視線がぶつかると、彼はくるりときびすを返して植え込みの奥へ入り込んでいく。
一瞬見えた尻尾に思わず息をのんだ。

視界の中を僅かに遮った尻尾は、付け根から先まで深く鮮やかな青だった。
頭部から尾の先に、黒いラインが続く。
詳しい分かれ目までは分からなかったが、胴体と尾の色がどこからか分かれているのだ。

きれいだ、と思った。
爬虫類は苦手なのだけれど、このとかげは美しかった。
なんともいえない、美しい青。
そして優雅なまでの曲線。
西欧の宝飾品のモティーフにとかげが使われる理由が少しだけわかった気がした。

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July 24, 2006

扇子だいすき。

060708_18080001わが家は、扇子好きの家族らしい。
旦那さん、私がそれぞれ扇子を持っているのを見ているせいか、はるも興味を持ったよう。

旦那さんの扇子をいじっているのを発見したので、はるの分も用意した。
近頃は100円ショップでも扇子が売っているので、これなら、たとえ壊れてしまっても諦めがつく。

早速はるに手渡すと、喜んで開けたり閉めたり。
顔の前に持っていって「いないいないばあ」をしたりもする。

開いたり閉じたりするのが面白いのだろうか。
にしても、ちょっと渋い子どもである。

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July 23, 2006

美と風を眺める空間。

060714_10260001先日、葉山にある神奈川県立近代美術館葉山館に出かけた。
夏にここでワークショップのお手伝いをさせていただくのだ。
気持ちの良い晴れ間が海の向こうまで続くような日で、美術館への道すがら見える海が、とても心地よい。

美術館ではジャコメッティ展が開催されいていた。
彼は“目に映るものを「見えるとおりに」表わす”ことを生涯をかけた追求した。
簡単なように見えて難しいこのひとつのこと、実際に私も絵画=目に見えることを見えるようにあらわす手段と思っていたので、展覧会ではなかなか衝撃を食らった。全然、そんな単純なことではない。
描くことの難しさを改めて鼻先につきつけられたような気がした。

ところで、葉山館は二度目の訪問になる。
ここで私がとても好きなのが、この写真の空間。
展示室と展示室の間に、ぽかりと現れる心地の良い空間だ。

この日は天気のせいもあってか、木々を通した緑色の光が、心地よく注ぎ込んでいた。
木々は時折風に葉を揺らし、その陰がちらちらと踊る。
一旦座り込むと、なかなか立ち上がれない。
何を考えているというわけでもないのだが、ただ風と木々を見つめるだけで、時間が飛び去っていく。
気づくと随分時間が経っているのだ。
美術品と対峙したときも、同じような感覚を得るときがある。
何を考えているわけでもないのに、いつの間にか時間が経っている。
そしてそのいずれの場合にも、はっと我に返ったときは、なんだかついさきほどまでに比べると頭の中が妙にすっきりしていたりする。

神奈川近代美術館は、日本で始めての公立近代美術館として1951年に誕生した。
鎌倉館、鎌倉別館、葉山館と3つの施設を抱える美術館なのだが、その3つの施設それぞれに、私のお気に入りの心地良い空間がある。
今年の夏は、お手伝いさせていただく中で、更に心地よい場所を見つけられるのではと期待しているところだ。
大好きな美術館のひとつでお手伝いさせていただく貴重な機会、存分に楽しんでこようと思う。

心地よい葉山の風を目一杯感じられるのが楽しみだ。

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July 22, 2006

シャボン玉幻想。

はると一緒に、公園でシャボン玉をして遊んだ。
最初は怖がっていたシャボン玉も、随分慣れてきて、最近はやってとせがまれる。
曇り空にそよ吹く風の心地よい日だった。
私は木陰のベンチに座って、シャボン玉液をつけると、ふうと息を吹きかけた。
風に乗ってシャボン玉があちこちに舞い、それをはるが捕まえようと追いかける。
風はもちろん、2歳児の足よりずっとずっと早い。
追いつけないほど差が大きくなると、はるは次なるシャボン玉の群れを求めて私のところにもどってくる。

はるをふりきったシャボン玉は、公園からそとの路地に出かけていく。
中学校の横の路地は、植物園の裏手とあって、生活者だけでなく散歩する人も多い。

公園に3台の自転車が入ってきた。
ピンク、ベージュ、赤。
小学生の女の子達だ。
彼女らは口々に「シャボン玉だ」とささやきあい、私達のいるすぐ隣の大木に足をかけて、木登りを始めた。
樹上からシャボン玉とはるを見下ろして、「シャボン玉なんて久しぶりに見た」なんて言っている子もいる。

「おや、シャボン玉だ」と後ろから声がした。
ベンチの後ろ、公園の外の路地に、散策中のご夫婦がいた。
親世代くらいだろうか。
そのうちご主人の方がシャボン玉の歌を口ずさみ始めると、奥さんが笑い出した。
「なんだよう、笑い出して」と口を尖らして、すぐに「俺らしくないか」と一緒に笑い出す。
そのうち、どちらからともなくふたりは小声でシャボン玉を歌い出すと、遠ざかっていく。

シャボン玉を追いかけるはるが、砂場にはまって泣き出した。
靴の中に砂が入って、嫌だったらしいのだ。
近寄って靴を脱がし、砂を払ってやると彼は笑い出して、すぐにまた、次のシャボン玉を催促する。

そんな様子にさきの小学生達が目を細め、木からつぎつぎに降りると自転車にまたがった。
「シャボン玉、買いに行こうか」「おこずかいで買えるかな」「安いのが売ってるよきっと」
軽く会釈して彼女らが去っっていく後姿に、はるが少しだけバイバイをしていた。

また後ろの方で、シャボン玉という声が聞こえた。
やはり、散策中らしい老夫婦。
ふたりとも帽子を目深にかぶって、ゆっくりゆっくり歩いている。話すのもゆっくりだ。
「ああ、シャボン玉だなぁ。」
かみしめるように言いながら、またゆっくり歩いていく。

儚いシャボン玉に閉じ込められているのは、誰の心にも、優しい思い出なのかもしれない。

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July 21, 2006

マニアックなのは誰似でしょう

060708_18380001書店で、はるがいなくなった。
ほんの一瞬の出来事だった。時間にして、30秒も経っていないと思う。

私たちが愛用している書店は、地域最大店と銘打たれていて、そこそこ広いのだ。
いつもはるは絵本&玩具コーナーで、電車の絵本を読んでいる。
私は焼き菓子&パン本コーナーを後にして、絵本コーナーに向かった。
しかしそこに息子の姿はない。

こんなときは、近隣の書架と書架の間をぱたぱた歩いて遊んでいるはず―――しかし、そのあたりにもはるの姿は見えないし、はる特有のぱたぱたいう足音が聞こえない。いつもは足音ではるの居場所がわかるのに。
魚図鑑のコーナーにもいない。
災害時帰宅支援地図のコーナーにもいない。
そうしている間にもはるは移動しているかもしれず、私は出来る限りの早足で書店内を探し回った。
はるのサイレン声が聞こえないということは、悪さされている気配はない。
心配なのは、自動扉に挟まれること。
足元のマットに気をとられている間に、ぎゅうっと挟まれてしまうかもしれない。

私は体中を耳にして、感覚を出来る限り研ぎ澄ませた。
…かすかに、でも近くで、「うっうっ」という、はるが感嘆したときの声が聞こえた。
それは夢にも思わなかった場所だった。
なんと鉄道マニア向けのコーナーで、小さい人がNゲージ(鉄道模型)の図鑑を開いてみているではないか。
焼き菓子&パン本コーナーの目と鼻の先、ひょいと顔を出せば、見える位置だ。
雑誌「○○と鉄道」とか、「鉄道○○」とか、マニア向けの定期刊行物が置かれているエリアで、大人に混じってページをめくり、時折感嘆の声を上げている。
はるはこちらに気づくと、一旦私を連れに来て、手を引いてそこに戻る。
そしてしばらくの間、ずーっとそのNゲージ図鑑を眺めているのだ。

来週半ばから、銀座でNゲージの展示会があるらしい。
仙台へ帰省する道すがら、そこを見せてあげようかと思いつつ、ほっと胸をなでおろした。
しかし、まさか鉄道マニアコーナーとはね。
マニアックなのは、一体誰に似たんでしょうね。

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July 20, 2006

ヴィーナスの貝と湘南の風。

060709_14460001先日、友人を誘って鎌倉骨董市に出かけた。
曇り空、時折空からは雨粒がこぼれ落ちて、Tシャツからのぞく腕や首筋にあたったりしていた。
昨年に比べて出店が少ないのは、天候のせいだったのか。
約半数ほどのお店が並び、こぢんまりとして良い風情だった。

以前、時間を経たものはどこか優しい風情がある、と書いたが、時間を経たもの全てが優しい風情を持つわけでもない。例えば古典『付喪神草紙』などでまみえる、つくも神(器物が100年を経て妖怪化したもの)なんかはそう優しいだけでもないし、悪さするものもある。
骨董屋の中には、そんな良いものも悪いものもどちらでもないものも同じように並んでいて、それはそれでまた楽しい。(まあ、悪いものにはそう滅多にお目にかからないが)

なにはともあれ、友人と私はアンティークのアイスクリームグラスをそれぞれ手に入れて、大満足だった。
どちらも涼しげなガラス器で、信じられない安価で手に入れられた。
友人のは透明で縁が乳白の、昭和初期のものという。
私のは時代はさほど古くないが、水色のすりガラスのもの。デッドストックだ。

軽やかな足取りで、ランチに向かう。
目的地は、湘南倶楽部だ。
ここは以前から気になっていたお店ではあって、鎌倉・湘南をテーマにしたグルメ本には必ず登場する。
その割に混みあっているわけでもなくて、オープンテラスの店内のように、風通しのいい、気持ちのいい店だ。
ハヤシライスが有名なのだけど、私達はあまりにもおいしそうな、チキンのコンフィを注文した。
皮はパリパリ、中はジューシーで、塩味がきいている。
半分ほど食べつくすまで、ほとんど会話らしい会話もせずに私達はそれを堪能した。
昼だからとアイスコーヒーを注文していたのだが、間違いない、酒好きを連れてきたら真っ先にビールを注文するだろう。

開け放たれたテラス席にくつろいで、風に涼みながら舌鼓をうつ。
なんて贅沢な時間なのだろう。

店の奥には、大きな貝があった。
ボッティチェリの名画「ヴィーナスの誕生」で、ヴィーナスが乗っているような、大きな貝だ。
ヴィーナスは愛と美と豊穣の女神だが、美しいものを手に(アイスクリームグラス)、豊穣を(美味なるコンフィ)味わった私達になんと似つかわしい(?)シンボルだろう。
本当のことを言うと、乗ってみたい気もしたが――やめておいた。
いくらなんでもおこがましいし、壊してしまったときの責任の取り方が分からないから。
どのくらい長く生きたら、こんな大きな貝になるのだろう。

湘南というと夏のイメージだが、夏に似合うお店のように思える。
それでなくてもいっぺん、雰囲気と美味なるコンフィを味わいに、覗いてみてください。

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July 19, 2006

中国魔術か。

悔しいことに、旦那さんが痩せた。
いや、その部分的な事実が悔しいわけではない。
結婚して一年ほどで10キロも太り、体格の良い双子の兄によく間違われていたことを思えば、むしろ喜ぶべきことなのだ。

しかしながら、私の心中は穏やかではない。
同じ釜の飯を食べているというのに、私の方は逆に増加傾向しか認められないからだ。
いや、同じ食事ではない。
彼は酒とナッツ類と日々の甘味を欠かさないし、私の方は酒も飲まず、ナッツはおろか菓子類は味見程度にしか嗜まない。
なのにこの差は一体なんたることだろう。
なんとも納得がいかない。

そんな話を旦那さんにすると、彼は少し考え込んで、二人の相違点を実に簡潔明瞭に挙げた。

烏龍茶だな。

そうなのだ。
そういえばここ数ヶ月、旦那さんは食後に必ず烏龍茶を飲んでいる。
私もご相伴にあずかるのだがほんの一杯程度で、残りのポット一杯分を彼が丸々飲み干している。

烏龍茶って、ほんとに痩せるんですね。
個人差もあるだろうけど、同じ暮らしをしているのに歴然と差が出て、悔しい私なのでありました。
これからは、私もポット一杯のんでやる。

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July 18, 2006

夏まつり、はじめてできたこと。

060708_12480002近所の幼稚園の夏祭りに出かけました。
遅めに出かけた私達がつくころには、目当てにしていた焼きそばもフランクフルトもビーズの小物もすっかり売り切れて、スーパーボールすくい、ヨーヨーすくいができるだけ。
はるは案の定、まわりにたくさんいるお兄さんお姉さんの姿に、足が固まってしまいました。

それでも、以前家でやってみたことがあったせいか、金魚の玩具とスーパーボールが浮かぶプールを見つけると近寄っていきました。
まさかすくえないだろうと思いつつも、見ていたら…何回目かに、はるがひとりでひょいと金魚をすくいました!!
ボールはすくってもすくっても転げ落ちてしまうので難しいようですが、ちゃんと、金魚がすくえたこと、本人も嬉しそうです。

家までの道のり、袋に入れてもらった金魚をちゃんと手に持って、誇らしげです。
ひとつずつ、できることが増えていること、きっとはる自身とても嬉しいのでしょうね。

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July 17, 2006

木下闇。

060708_12580001以前、歳時記を眺めていて、気に入った言葉がある。
木下闇。
こしたやみ、と読むのだそうだが、鎌倉を散歩しているとそんな風景にいくつも出会う。

言葉から想像するとおり、夏の鬱蒼と茂った木々の下の薄暗いところを指すのだが、その下には照りつける太陽から一旦隔絶され、ひんやりとした涼しさと、心中にどこか淡いほの暗さを感じさせる。後ろ寒い感じ、とでも言うのだろうか。

同じような言葉に緑陰というものがあるが、こちらは同じ陰でもどこか明るさを感じさせ、心地よい風でも吹く木陰といった風情だ。
闇、という一字が、より暗さを強調するのだろう。

先日、鶴岡八幡宮の流鏑馬馬場を歩いた折になんとなくこの言葉が頭に浮かんだ。なるほど、目に見えぬ存在が多いだろう鎮守に相応しい言葉だ。
木下闇。
なにも鎮守でなくても、近所を歩いているだけでも木下闇にお目にかかる。
ただ暑いだけの夏ではないことに、ふと気づかされる。

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July 16, 2006

完璧なパンプキン・パイのこと。

オーブンがいよいよやってきたので、私は是非作ってみたいものがある。
パンプキン・パイ。
私が食べた中で最高に美味しかったパンプキン・パイは、今から二十年ほど前に食べた、母の友人デボラがハロウィンに焼いてくれたものだ。アメリカ滞在の折である。
それは生まれて初めて食べた、記念すべきかぼちゃのパイでもあった。
スパイスがぴしっと効いて、かぼちゃ本来の甘みと砂糖の甘みが絶妙で、この上なく美味しい。
あれからいろんなパイを食べたけれども、今のところ世界一のパイはやっぱり、デボラのパイだ。
スパイスの効き具合が、何とも言えないほど素敵なのだ。

デボラは東洋人で、娘がシェリーといった。
良く笑う、明るくて陽気で元気に満ち満ちているデボラと対照的にシェリーはお人形みたいにもの静かな子だった。デボラとご主人は、サンフランシスコのフィッシャーマンズワーフ界隈で、Shelly's Fish Marketというお魚屋さんを営んでいる。娘の名前をお店の名前にするなんて格好いい、と当時の私は思ったものだった。
ありえないことではあるが、小さなシェリーが(当時4歳か5歳くらいだったように思う)エプロンと白いコック帽のようなものをつけて魚屋の店先に立っているところを想像すると、胸がわくわくするようだった。
今もまだ、あのお店はあるだろうか。
シェリーはもう、デボラ似の美しい女性に成長しているだろうか。

魚屋のおかみさん、と言うに十分な気風を、デボラは持っていた。
しかしながら、彼女の真価はそのお菓子作りの腕前にあり、私達は何度もその恩恵にあずかったものだった。
肝心のパンプキン・パイについても、かぼちゃのパイという食べ物はこういうものなのかと思っていたので、それがいかに素晴らしいパイであったか知る由もなかったし、デボラにその賞賛をあびせることはせずに、ただ「おいしかった!」と伝えたのみだったように思う。

あれから時間を経た今、デボラのパイは完璧な美味だったと、そう思う。
仙台はもちろん、東京やパリで食べた幾多のパンプキン・パイも、デボラのあのパイには到底叶わない。
なんとも素晴らしいパイだったのだ。

というわけで、念願のオーブンがやってきたので、自分で配合を研究しながら、あの「完璧なパンプキン・パイ」を再現しようと目論んでいる。
かぼちゃの美味しくなる季節が、今から心待ちだ。

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July 15, 2006

さようなら、こんにちは。

060704_15360001古い電子レンジにさようならを告げて、新しいオーブンが来てから、二週間ほどになります。
この間、今までやってみたかったいろいろなものを作っています。
グラタン、パイ、ケーキ、クッキー、マフィン、そしてパン。
はたと思い当たったのだけど、お菓子づくりって、私が苦手としていることのひとつでした。
お菓子は分量も時間も「きっちり」しなければ上手く出来上がらないので、アバウトな私には不向きなのです。

とはいえ、やってみたいことはやってみたい。
甘いものよりも、そうだ、パンなら――きっと主食だから、愛着をもって、工程自体も楽しめるだろう。
そう考えて作ったのが、
「初心者でも失敗しない」という触れ込みの、ブール(Boule)というパン。
ふわふわつやつやのパン生地をこねている触感も気持ちがいいし、発酵してぷくっとふくらんだ姿が可愛い。そうして二時間半が過ぎようとした頃、焼き上がりを知らせるメロディが流れました。

オーブンをあけると、むうっと暑い空気が流れてきます。
それとともに、香ばしい、なんともいい香りが!!
さすが「初心者でも失敗しない」だけあって、上手に焼けたかしら、と期待に高まる胸でナイフをあてると――
コン!
と、音がしました。
サクッとか、パリッとかなら、わかります。
でも、コン、です。予想外の音でした。

試しに今度はちょっと高い位置からナイフを振り下ろしてみました。
コン!
やっぱり、いかにも堅牢な音がします。
私はかぼちゃを切るときのように、思い切り体重を乗せてナイフを突き立てました。
ようやくバリバリと音を立てながらパンの皮は崩れ、中のふわふわした部分が姿を現します。
しかしここも、目がぎゅうっと詰まっていて、モチモチしています。

食べられなくはない。
でも、誰の目にも、失敗は明らかでした。
皮はパンというよりは塩煎餅のようで、中身と来たらしっとりふわふわのパンとはかけ離れたイメージです。
一体、何がいけなかったというのでしょう?

とはいえせっかく、初めて、焼いたパンです。
温かいうちに、カマンベールチーズやキャラメルのジャムをつけて食べました。
はるが寄ってきたので、キャラメルジャムをつけたパンを手渡すと、彼はキャラメルだけなめて、パンをごみ箱に捨てに行きました。…やっぱり、食べてくれないなぁ…
パンというより、岩のよう。
かくして、ロックパンと名づけられた初めてのパン、私以外の誰にも愛されることなく、翌日にはその名にふさわしく外も中もカチコチになっていました。

パンて、難しいなぁ。
でも私、諦めは悪いほうなのです。
ブールがだめなら別のパン。
家中の料理本をひっくり返して、私でも美味しく作れるパンを、探し中です。

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July 14, 2006

7月、恒例の旅にでる。【7】

060706_173800012日目のディズニーシーもたっぷり遊んで、日暮れ頃に帰路に着きました。
さすがに二日間も目一杯遊ぶと、ぐったりします。
そんなとき、少々年齢を感じたり…。
でも、そんなこと言っていられない、とも思いました。
ディズニーシーでは、年配のご夫婦や女性同士が、結構遊んでいました。
怖がりの私が乗れないジェットコースターの前を、「あなたこれ乗った?」「乗ったわよ、あなたは」「私もさっき乗ったわよ」なんて朗らかに語りあいながら通り過ぎる、白髪の女性達。
すごいなぁ、と感心するとともに、なんだかこちらにまでパワーをわけていただいた気分。

060705_12380001
今日まで7日間、ディズニーリゾートでの旅のことを綴ってきましたが、
色気より食い気の人あり、
お買い物に熱中する人あり、
雰囲気に酔う人あり、
家族それぞれ、個々人のやり方で堪能しました。
はるにとっても、いい刺激になったようです。
パーク内ではもちろん、家に帰ってからも、ずっとディズニー浸り。
しばらくは、夢覚めやらぬのでしょう。

060706_15290001060706_17080001私はといえば、
ダッフィーに心ときめかしつつ(かばんにいつも入れて歩いています)、
アラビアンコーストのレストランにあったランプが、光のレース模様を作っていて綺麗だったなとか、
ミステリアス・アイランドにあった錬金術師の部屋を再現したところがとっても興味深かったなとか、
そんな思いに浸っています。
はるが楽しんでくれたのはもちろん、いつもよりごはんをもりもり食べたのも、嬉しかった。

060706_19180003そして旦那さんは、光るティンカーベルのライトをこっそり(?)胸ポケットにしのばせて…(あ!いつの間にかダッフィーまで連れて行かれている!)彼いわく今回の旅のベスト料理だった、アラビアンコースとの羊肉のカレーに思いを馳せ。

また来年来たら、今度はこことあそこに行こうね、なんて話をしながら帰ってきたのでした。

はるにとって良い刺激になればと思って出かけたディズニーリゾート、今回は昨年に比べて、とっても大きな収穫だったようです。はるがそれだけ成長したということでもあるし、私と旦那さんがそれだけ大人になったということでもあります。

スモールワールドの人形達を、懸命に見ているはるの顔が、忘れられません。
思い浮かべる頭の中に、あのテーマ曲が流れてくるのです。
スモールワールドの世界みたいに、世界中の誰もがみんな、いつも笑顔で、暮らせたらいいのに。
はる達が大人になる頃、これから数十年後の未来は、そんな世界に少しは近づいているかしら。

せかいじゅう どこだって
わらいあり なみだあり
みんな それぞれ たすけあう
ちいさな せかい

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July 13, 2006

7月、恒例の旅にでる。【6】

060706_15200001はるが、レストランの入り口に走って行っては踊って戻ってくるのを繰り返していました。
一体、何をしているのだろう?と、後をついていって、とても驚きました。

前の晩、ミュージカルショーを見たところだったのです。
ショーでは、パッとライトがあたると、キャラクター達が歌いだし、踊っていたのでした。

そして、ここでは、薄暗いレストランの内部とは違って、入り口には光があふれ――つまり、ライトが当たったみたいに、眩しくなるのです。
もしかすると、はるは昨夜見たミュージカルを演じているの?
もちろん見ている人なんていないのだけど、それでも何回も何回も、光の中に飛び出ては踊り続けるはるを見て、思わず笑みを浮かべてしまうのでした。
はるのこころの中に、ディズニーに来たと、ちゃんと刻まれたんだなぁということが、嬉しくて。

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July 12, 2006

7月、恒例の旅にでる。【5】

060706_12050001大人になってぬいぐるみなんて、おかしいでしょうか。
いえいえ、そんなことありません。
数年前に流行したグリグリ、覚えておいでの方も多いでしょう、あるいはお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

グリグリというのはフランスから来た習慣で、小さなぬいぐるみを幸運のお守り代わりに持つこと。あるいは、そのぬいぐるみ自体をさします。
へそ曲がりの私は、流行する前の同様のことをしていたのですが、流行ってしまったので辞めたクチです。
が、このほど、そうも言っていられないくらい、ハートをわしづかみにされてしまうぬいぐるみに出逢ってしまいました。
ディズニーシーの新しいキャラクターとして現れた、ダッフィーです。

ミッキーが旅に出るに当たって、ミニーが心をこめて作った幸運のぬいぐるみ、というのがこのダッフィーなのですが、このつぶらな瞳がたまりません。ようく見てみてください。この顔。なにか見えてくるでしょう?
ほら!ダッフィーの顔に、おなじみのミッキーのシルエットが!
それだけじゃなくて肉球もミッキーのシルエットだし、もう、これでもか!というほどに小技がきいています。
でも、それよりもなによりも、やっぱり純粋に、かわいいのです。

060706_14290001そんなわけで、いい年した大人になったんですが、ひとり連れて来てしまいました。
ところが困ったことになりました。
うちのダッフィーに、はるはやきもちを焼いているんです。
ダッフィーを撫でると怒って叫んだりするのです。
ダッフィーもかわいいけど、そういうはるも、ちょっとかわいい。

下の子どもが出来たら、間違いなく赤ちゃん帰りするんでしょうね、はる。

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July 11, 2006

7月、恒例の旅にでる。【4】

060707_12510001ディズニーランドといったら、やっぱりここならではの食べ物は外せません。
「ならでは」のものといえば、やっぱり、ミッキー形のもろもろではないでしょうか。

ミッキーの形をしたものは、ワッフルやハンバーガー、マフィンにアイスクリームなど、いろいろ!
粉ものが好きなはると、マフィンやワッフルを一緒に食べました。
ワッフルは、はるの顔よりも大きいのに、手でしっかりもってがぶがぶ齧っていて、私たちを驚かせました。
いつもは目新しい食べ物は見向きもしないくせに、やっぱりはるもわくわく感は持ち合わせているよう。
ミッキーの形をしているものは、食べるんです。

060706_08210002060706_08210001朝ごはん用に求めたレモンのマフィンと、キャラメルとナッツのマフィン。
ほとんどはるが一人で食べました。
オレンジのペストリーは、表面がぺたぺたしているので、私や旦那さんにくれました。

そんなはるを見ていたら、旦那さんがすごいことを思いつきました。
「今日は、シーに行ってみようか。」
急遽、お仕事の予定を返上、もう一日ディズニーで遊べることになりました!!
はるは、わかっているのかいないのか、その一言を聞くとパジャマのままで外に出ようと私の手を引いて靴をはかせろとせがみだしました。
こんな気まぐれは、いつでも大歓迎です。
私達は重い荷物を宅配便カウンターに預けると、今度はシーに繰り出しました。

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July 10, 2006

7月、恒例の旅にでる。【3】

060705_19500001はると一緒に見たいと、ずっと願っていたのが、エレクトリカル・パレード。
あいにくの雨で、パレードは中止かしら…と思いきや。
私達の願いが天に届いたのか、夕方、雨が止みました。

うす闇に包まれる中、あちこちで、七時半からエレクトリカルパレードがあります、という呼びかけの声が響いてきて、私は嬉しさのあまりつい早足になってしまったほど。これも私にはこどもの時以来だから、かれこれ二十年ぶりに見る光景です。
はるとは、TDLのサイトでよく見ていました。
ぐずってぐずって仕方ないときなどには、この、エレクトリカルパレードのテーマ曲を流すと、ぴたっと泣き止むのです(たぶん音にびっくりして。)

あたりがすっかり暗くなった頃、あの、エレクトリカルパレードのテーマが響き始めました。
はるは目を丸くして、あたりをきょろきょろしています。一体何事か、と思ったのでしょう。
やがて、ブルーフェアリーのフロートが目の前に現れると、瞬きもせずにじっと見つめていました。
たくさんのフロートに乗った、ディズニーのキャラクター達。
はるはそのひとつひとつをじいっと見つめて、通り過ぎていくフロートを目で追い、これからやってくるフロートを首を伸ばして探し、夢中で過ごしました。

「見て、はる、とっても気に入ったみたいだよ」
と、後ろに立ってる旦那さんを振り返ると…そこにははると全く同じ状態の彼が!!
旦那さん、どうやら、エレクトリカルパレードは初体験のよう。

060705_19370001次から次へ、陽気な音楽にのって、笑顔で、踊って、手を振って、通り過ぎていくフロート。
クマのプーさんが、おなかすいたなぁと言いながら通り過ぎていきます。
ピーターパンとフック船長が戦い、ウェンディがその横でピーターを応援(?)しています。
シンデレラの魔女が、ビビディ・バビディ・ブーと魔法をかけながら、過ぎ去っていきます。
「大丈夫。信じていれば、夢はきっと叶うのよ。」
手に持った魔法の杖を振って、わたしたちの上に祝福を投げかける魔女。
私は思わず、涙ぐんでしまいました。
「信じていれば、夢は、きっと叶う。」
なんて幸せな魔法なのでしょう。
なんて素敵な魔法を、かけてくれたのでしょう。

素直に、信じる気持ち。
大事にしたいなぁと思いました。
はるはわかっているかどうかわからないけれど、私も、たぶん旦那さんも、そしてその場にいた誰もが、同じ気持ちだったのでは。
雨がぽっかりとあがった夕方、とても大事なメッセージを、もらったような気がしました。

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July 09, 2006

7月、恒例の旅にでる。【2】

060705_14250001ディズニー映画の中で特に好きなものって、ありますか?
私は結構選べなくて、一番は『ピーターパン』だけど、『不思議の国のアリス』も『クマのプーさん』も、大好き。

今回のディズニーランドで狙っていたのは、その中のひとつ、アリスの世界のレストランで食事をすることでした。
不思議の国のアリスは、確か子供向けのディズニー絵本で読んだのが最初ではなかったかしら。おしゃまで勇敢でちょっとワガママなアリスは、とても親近感が持てました。
大好きだったのは帽子やと三月うさぎのティーパーティ。
HAPPY UNBIRTHDAY!というのが、こども心にとっても素敵だなと思ったのです。
アメリカではカセットテープの朗読絵本を買ってもらったのですが、そこに出てくるUNBIRTHDAYの歌が大好きで、今でもそらで歌えるほど。

誕生日は一年にたった一日だけど、
364日はUNBIRTHDAY、
だからお祝いしよう――

その考え方がとっても好きだったのです。
060705_13080001なんてことを思いながら訪れたハートの女王のバンケットホールでは、なんと、UNBIRTHDAYケーキが!!
見えますか?
ちゃんと、HAPPY UNBIRTHDAYって書いてあるんです!
もうそれだけですっかり嬉しくなってしまって、誰のために来たのかわからないくらい(笑)はしゃいでしまいました。

060705_14420002
はるもごはんをもりもり食べて、ちょっと嬉しそう。
楽しいお昼ご飯になりました。

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July 08, 2006

7月、恒例の旅にでる。【1】

060705_12400001昨年からできた、わが家の「毎年の恒例」イベントに出かけました。
はるの誕生日記念+結婚記念のディズニーリゾートへの旅です。
今年は、引っ越しで距離が遠くなった分、奮発してホテルも予約。

翌日旦那さんは仕事の予定があると聞き、朝に出発、一日たっぷり遊んで泊まり、翌朝帰ってくるという予定でおでかけです。
平日、しかも土砂降りの雨の中とあって、予想以上にパーク内はすいていました。
乗り物は大抵15分以内に乗れてしまいます。
それもそのはずで、どうやら、大きなイベントとイベントの間の時期だったよう。
それでも期せずして七夕飾りがあったり、雨の日特別パレードがあったりと、存分に楽しめました。

普段ディズニーのビデオを喜んで見ているはるには、パレードの車に乗って目の前を通っていくキャラクターが一番驚いたよう。目をまんまるにして見つめていました。きっと、本当にいるんだ!!って思ったのではないかしら。

私が初めてディズニーランドに行ったのは、小学校3年生の頃でした。
アメリカに住んでいるときで、アナハイムのUSディズニーに、年末休暇を利用してお出かけしたのです。
車で片道4時間以上かかったのですから、父はきっと相当疲れたことでしょう。
そのときは、当時3歳の弟はもちろん私も、とってもびっくりしたのです。
彼ら(ディズニーのキャラクター達)は本当にいるんだ!!って。
あちらのディズニーでは、キャラクターに会うとサインをもらうことができるので、パーク内でサイン帳を扱っていました。そのサイン本と、悩みに悩んで選んだミッキーとミニーの陶器の置物は、今も私の宝物です。
家族で出かけたディズニーランド、私にとってとても幸せな記憶です。
こんなあったかい記憶を、はるにも届けたいなぁというのが、私達の願いなのです。

ディズニーリゾートがすごいと思うのは、そのポリシー。
そこには「夢と魔法の王国」を演出する、様々な魔法が実在します。
善意の国。
そう思うのです。
こどもの頃に信じていた善意と愛情に満ちた美しい世界がそこにはあるように感じます。
親切さと笑顔と善意。

従業員とお客様ではなくて、キャストとゲストという言葉に変換されたときに魔法は既に始まっていて、主従の関係ではなくてとてもフェアな関係に見えてくる。夢と魔法を提供する側とされる側。些細な差かもしれないけれど、そこが重要です。
このちいさな王国にあふれかえる善意に接したとき、大人である私達は心からくつろげるような気になります。
それは、残念ながら善意ばかりではない世の中を渡り歩く中で、ふと子どもの頃の純粋な目線で世界を眺められる貴重な場所だからかもしれません。
ウォルト・ディズニーというひとりの人物が作り出した世界は、子どもだけではなくて大人にも、夢と希望を信じさせてくれます。善意を心の基軸にして動くというのが、こんなに美しくて気持ちのよいものなのだと、改めて感じさせてくれます。

060705_16240001と、いうわけで、はるはもちろん、私達もとても楽しんで遊んできました。
大変なシーンもありましたが(全身着替えなければいけなかったとか)雨に感謝、です。
なんせ、めぼしい乗り物には全部乗って、気に入ったものには2回も乗れたのですから。
パーク内での詳細は、明日から数日シリーズで、アップします。

(↑キャラメルポップコーンをむさぼり食べるはる)

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July 07, 2006

カーテンを着て。

060629_15230001カーテンで、私のスカートとはるの半ズボンを作りました。
前の家のときに予備に買ってあって、今はもうサイズが合わなくて、使っていなかったカーテン、捨てるには気に入りすぎている生地です。
そこで、リメイクに踏み切りました。

はるも気に入っていて、お散歩のときや二人でお出かけのとき、ペアで着て歩いています。すぐに手作りだとわかられるのも嬉しい。めったに手作りなどしない私には、大いに励みになるのです。
旦那さんとペアルックはちょっとできないけど、はるとなら、いいよね。

家からわずかの距離のところに一緒に電車を見に行くときも、このパンツをはくとはるは、いつもよりちゃんと、自分で歩いてくれるような気がします。
すたすた歩いていくはるの後姿を見ると、ずいぶん大きくなったなぁ、って思うのです。
もう赤ちゃんじゃなくて、こどもなんだなぁって。
(そんな話を母にしたら、3歳までは赤ちゃんだとのこと。世間一般では、どうなんでしょう?)

客観的に見るとかわいくないんだけど、それでもやっぱりかわいいのは、親の欲目というやつかしら、というのが近頃の旦那さんと私のはる評。それぞれの癖がはるに引き継がれていて、面白い発見の多いこのごろです。
同じ洋服を着てはるとでかけるのが、とっても愉しいこのごろなのでした。

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July 06, 2006

貴婦人の気分で。

060701_13200001ずっと、気になっていた美術館がある。
江ノ島にある、香水瓶美術館だ。
あまり聞いたことはなかったのだけど、はるとよく出かける水族館の道すがら、気になっていた場所だった。

母も私も、アール・ヌーヴォー期の美術にとんと目がない。
はるの誕生日ということで母が来てくれたので、ずっと気になっていたここに一緒に出かけることにした。

この美術館は、個人の方のコレクションを展示しているのだというが、ガレ、ラリック、ドームなど、名だたる巨匠の手のもとにいのちを与えられた美しい香水瓶たちがいくつもガラス窓の向こうでくつろいでいる。
中には70年前の香水の香りをきけるところもあり、そんなに大きな美術館ではないのに私たち母娘は1時間ほどゆっくりと堪能した。
中でも、巻貝の形の蓋をした人魚の形のボトルは目をひいた。
ラリックの手によるこの美しい香水瓶、圧巻、というのは、こういうときに発すべき言葉だろう。
いったいどんな香りがここに閉じ込められていたのだろう。
この香水を手にしていた人は、どんな女性だったのだろう。

王侯貴族や貴婦人たちでなければ、こんな香水とうてい持てなかったに違いない。
庶民である私も眼福に預かれるようになったことに改めて先人に感謝を評したいほどだ。

もともと香水瓶というのは、香水を入れるための器、香水が主ならこちらは副であるのに、その美しさに吸い込まれるように見入っていると、なんだか逆のようにも思えてくる。
素敵な香水瓶にいれるために、それにぴったりの香水が作られたのかも、と。
(もちろんそんなことありえないのだけど)

この秋、母とアート+ハーブの講座を企画している。
香水瓶美術館にも作品のあったガレをテーマに、一年間創造的なハーブの用い方を紹介しようと思っている。
第一回目は、香水づくり講座だ。
自分でつくる香水には、どんな香水瓶が似合うだろう?
いや、お気に入りの瓶を探して、そこにいれたい香水を作ろうか?
わくわくする気持ちは、母も同じようだ。

香りに興味のある人ならば、ここは是非ともお奨めしたい。
今までの香りに対する興味とは別の視点で、それを捉えられるかもしれない。

湘南江の島 香水瓶美術館

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July 05, 2006

アマリリス。

060703_15280001アマリリスという花の名を知ったのは、小学校の終わりか中学校の初めか、いずれにしても少女期のさ中だった。
当時好きだった詩人が詞を書いた、アマリリス、という歌があったのだ。
なんて素敵な言葉だろうと、その頃の私は思った。
アマリリスという名前の持つ、音のひびきの美しさ。
恋人と、恋人ではないけれど大事な人と、その間で揺れる女の子の気持ちを歌った曲だった。

この花はアガパンサスといって、アマリリスではないのだけれど、私は勝手にこの花こそアマリリスだと思い込んでいた。
せつない色といい、可憐だけどどこかすっくとして大人っぽい雰囲気を持ち合わせているところといい、もうこれしかないというくらい、詞のイメージにぴったりだったのだ。
実際のアマリリスは、赤くてもっと大胆な花で、ちょっと驚いたほどだ。

たしか、歌はカセットテープで聞いていた。
CDはまだ普及していなかった頃の話。
そんな昔のことなのに、歌詞が口をついて出た。
時間が経っても、繰り返し口ずさんでいた曲というのは、からだにしみ込んで覚えているものらしい。
歌っていた頃は、歌詞の意味もわからなかったのになぁ、と懐かしくなる。

梅雨時に咲く、リリカルなたたずまいの花。
少女の頃を思い出して、思わず目を細めてしまう。

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July 04, 2006

はじめての…

060701_10030001初めて、ケーキを焼きました。
もちろん長い人生の中で全く初めてというわけではありませんが、特別な誰かのためにケーキを焼いたのは初めてのことです。

実は、はるの誕生日を前に、旦那さんがオーブンを買ってくれました。
今年で結婚3周年、そのお祝い(?)にと、念願のオーブンをお願いしたのです。
せっかくなら、はるのお誕生日ケーキが焼きたい。
そう思って結婚記念日を先取りしての、初挑戦です。
こんな具合にできました。

なにせ初めてです、いろいろ忘れ物もあって、買ってきたと思ったアラザン(余談ながら。私はアラザンというやつが大好きで、とにかく作ったものにはアラザンをふりかけたくて仕方ないのです)もなかったし、せっかく準備したケーキ型の周りにつけておく紙もすっかり忘れてオーブンに入れてしまったし。

でも、そんなことは、些細なこと。
多少斜めになっていようが、端の方がぽそぽそになってしまおうが、そんなことは生クリームの中に丸く収めてしまいましょう。
できあがったケーキ、はるは手作りと知ってか知らずか、喜んでくれました。
何はともあれ、生クリームが好きらしい。

これからこどもが大きくなるにつれて、オーブンは大活躍してくれるはず、と母が言います。
そういえば、私が小さいとき、母も良くクッキーやマドレーヌを手作りしてくれましたっけ。
そのせいか私も興味を持って、ケーキが上手なおばのところに足しげく作り方を教わりに出かけていました。そのおばが、確か中学二年のときにプレゼントしてくれたのが、今も使っているハンドミキサー。
かれこれ、20年近くも働いてくれていて、もちろん、このケーキづくりにも大活躍でした。

新しいオーブンと、古いハンドミキサーで作ったケーキ。
華やかでもなく、特別凝っているわけでもなく、どことなく無骨なケーキは、なんだか自分の20年近くの歳月も表しているようで愉快です。
まあ、いいでしょう。
こころだけは、たっぷり詰まっているからね。

これから、はるや、甘いもの好きな旦那さんにたっぷりケーキを焼いてあげようと思う私なのです。

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July 03, 2006

誕生日の夜。

060701_23420001はるの誕生日、仙台から母が来て、仕事の旦那さんをよそに三人で遊びまわってきました。
(心なしか、昨年も同じパターンだったような?)

はるの電車を買いに行く予定で家を出て、ついでに鎌倉などをまわり観光も。
八幡宮ではこの日七夕にちなんで雅楽のコンサートが催されていて、タイミングよく訪れた私たちも、平安時代から変わらないという美しい調べに心洗われる時間を過ごしました。

誕生日に雅楽を聴けるなんてはるは果報者です。
はる自身、おとなしくじいっと耳を傾けていました。

いよいよ電車を買ってもらえることになると、はるはお店で電車をいくつも並べています。
全部出さないで、ほしいのを選びなさいと私がひとつの電車を持つと、とられると思ったのかとても怒って手がつけられなくなりました。
母が「はるちゃんに買ってあげるからね」というと、とたんに拍手!!
いらないのを棚に戻して、ほしいのを付け加えてと取捨選択します。
…はるって本当はいろんなことがわかっているのかもしれません。

電車3つと線路、踏み切りやトンネルや駅などを買ってもらいはるは大満足。
自分の身体の大きさほどもある紙袋を、自分で持つほどのご満悦ぶりです。

夜も12時近くまでずっと電車で遊んで、ベッドにも電車を持ち込んで、手に持ったまま眠りました。
きっと、はるにとっても、楽しい一日だったに違いありません。
お誕生日って、特別な日なんだなという感覚を知った、素敵な日だったことでしょう。

ちなみに選んだ電車は、東海道線と新幹線Maxと秋田新幹線こまち。
仙台に帰省するときに、Maxもこまちも乗ったこともありますが、まさか覚えていないと思うのですが…
でもね、九州新幹線つばめなどは、一度取り出して見て、すぐに棚に戻してしまうのです。
もしかして、そんな記憶がどこかにあって、選んでいるのかな?

はるって意外とわかっているのかもしれない。
と、成長ぶりに驚き、嬉しくなった一日でした。

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July 02, 2006

若竹色。

060618_19010001筍を煮るのがとっても下手です。
どんなに注意深く、いろんな方法を試してみても、いつもきれいにえぐみが残ってしまうのです。
昨年たっぷり、そんなえぐい筍を食べ続けたせいか、わが家では「筍は水煮済のものを買う」が不文律になっていたのですが。
ちろりん屋さんの勧めるままに、細身の筍を買ってしまいました。
「筍煮るの下手だからいらない」と一度は断ったものの、「灰汁なんてちっともないし、米のとぎ汁で煮たら冷めるのを待たないで食べちゃえるんだよ、これ。だまされたと思って買ってみな。」とちろりん屋さん、そしてあの決め台詞です、「悪いけど、うまいよ」。

100円玉を取り出したら、「おまけしとくわ」とちろりん屋さん、もうひと束つけてくれた。
細竹6本、100円ですって。

さっそく皮を剥いてみたら、この通り。
とっても美しい若竹色です。
ちろりん屋さんの言ったとおり、ちっともえぐみのない、とてもすっきりしたいいお味。
筍ごはん、バター炒め、味噌汁、わかめ和え…と、数日間手を変え品を変え、楽しみました。

いつも決まりきった野菜ばかり使っていたように思うのだけど、ちろりん屋さんのお陰で少し食卓に新しい顔がのぞくようになった、わが家です。

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July 01, 2006

おめでとう、2歳。

はるの誕生日だ。
2年前の今日は快晴で、そのひと月以上も前にはるの名は決まっていたのだけど、名前にちなんで、いい日を選んで生まれてきたな、と思ったものだった。

生まれたてのはるの写真と一緒に、病院の窓からとった、空の写真も残っている。
いつかはるが大きくなったときに、彼がこの世に出てきた日の空を見られるように。
それは美しい、青い色をしていた。

そうだ、そういえば、出てくるのもゆっくりだった。
歩くのもゆっくり、話すのもゆっくり…と気をもんでいたけれど、そういえば、生まれてくる時からずっと、ゆっくり自分のペースを大事にしている子なのだ。なにせ、48時間もかかってやっと、生まれてきたのだから。

生まれてくるときの苦しみは、ひとが生きていく上でのどんな苦しみよりも辛く大変なのだという。
(頭の骨をずらしながら胎内から出てくるんですものね。痛いだろうし苦しいだろうし、きっとものすごく大変なのでしょう)
時間が長引けば、産む方も辛いけれど、生まれる方はもっと辛いだろう。
普段はこちらの方が「おなかを痛めて産んだ」なんて大きな顔をしているけれど、実は、こどもの方がその何倍も大変な思いをして、産まれて来たのかもしれない。

そんなことを考え始めると、今はるが言葉を覚えようと模索したり、この世のなかに馴染もうと努力したりしていることも、あの時の延長のようにも思える。
はるはあのときと同じように、ゆっくりと自分のペースを大切に守りながら、日々成長しているのだろう。
はるが生まれた日なんて、もうずっとずっと昔のような気がするけれども、ほんの二年前なのだ。

残念ながら今年、ここから見える空は青くないけれども、雲を突き抜けたずっとずっと上の方には、いつだって青い空が広がっている。

空の青を見たとき、思わず顔がほころぶことがないだろうか。
なんとはなしに、嬉しくなってしまうような。
名前は親が子に贈る最初にして最高のプレゼントだというが、あの気持ちを、私たちは彼にプレゼントしたかったのだったと、改めて思い出す。
この2年間、大変なこともいっぱいあったのだけど、はるからたくさん笑顔をもらった。
もしかしたら、出産の話と同じで、青空を見たときの気持ちをプレゼントしたつもりでいながら、実はその逆で、私たちが、彼からその気持ちをプレゼントされているのかもしれない。まいにちのように。

あっという間のような、とっても長かったような。
2回目の誕生日、おめでとう。
そして改めて、生まれてきてくれて、ありがとう。

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