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June 18, 2006

父のこと。

父の日である。
父のことを少し、書いてみようと思う。

思えば昔から、父という人はどこか遠い人である。
自分のDNAの半分を与えてくれたひとを「遠い」なんて形容するのもおかしな話なのだけど、父と私の間には大きくて透明な壁のようなものがある。その壁は、私が成長するにつれて薄くなってきてはいるのだけど、それでもまだ、重厚な防弾ガラス並みの厚さがあるように思える。

子どもの頃、父に会うことが少なかった。
同じ家に住んでいて同じ部屋に寝ているのに、朝早く夜遅い父の顔を二週間以上もの間見ないことはざらにあった。当時理系の研究者であった父は、夜も昼も仕事に明け暮れていて、元旦くらいしか休みがなかったのだ。
なかなか会う機会がない父のことを、母はよく話して聞かせた。こどもたちの尊敬の念を失わせないようにするためである。
結果、私と弟の中には、父という存在は完全無欠で非常に素晴らしい、まるで神のように遠い存在としての印象だけが残った。

父との思い出は、断片的ではあるが、強い印象が残っている。
私が2歳の頃、母の兄弟家族と一緒に釣りに出かけて、父が紫色のあめふらしを釣り上げたこと(直後に大雨が降り出した)。
幼稚園の父兄参観で、ダルマレースに出てくれたこと(ダルマのハリボテを着たこどもの手を引いて走るという、妙ちくりんなかけっこ)。
中学の入学式に出てくれ、帰りに一緒にそばを食べて帰ったこと(弟の小学校の入学式と日にちが重なったので父と母が分担したのだ)。
中学二年のときに「で、お前はどこの大学に行くんだ?」と突然聞かれたこと。
高校受験の際に「なぜ自分は高校に行きたいのか」をプレゼンテーションしなければならなかったこと(義務教育は中学までなので、学ぶ意思のない輩を進学するさせる必要はないというのが、父の持論だった)。
一緒に過ごした時間が少ない分、よく覚えている。

無口でいつも眉間に皺を寄せているので、家に遊びに来る友人達は非常に父を怖がった。
父の方でも、娘の友人というのは自分の子ども以上に理解しがたい存在で、怖かったかもしれない。
少なくとも、扱いに困っていたのは確かだ。それでも父なりに精一杯もてなそうとしてくれていた。
だからなのか、遊びにくる友人達は、こわいけど寡黙でかっこいいねと言い添えて帰っていくのだった。
確かに、父は割合、ダンディである。
そんな時私は、ちょっとだけ得意になった。

私達姉弟にとってほとんど現人神でさえあった父が人間に見えてきたのは、二十歳を超えてからのことである。
ひょんなことから父が一浪して大学に入ったことがわかり――そんなこと隠さなくてもいいのに、父はひた隠しに隠していた――なんで黙っていたの、と聞くと意外な答えが返ってきた。
だってかっこ悪いじゃないか。
何をするにも他人が納得するような明確な目標を定めよと語ってきた父である。かっこいいとか悪いとか、そんな価値観は何の役にも立たないと、常々語ってきた父である。
予想しなかった一言で、父は神から人になり、なんだか親しみの持てる存在になった。
この頃から、私と父を隔てる透明な壁は少し薄くなる。

やがて就職すると、私には夢ができた。
父とデートすることである。
しかも、屋台に行ってみたかった。
仕事帰りに屋台で待ち合わせをして、おでんとか焼き鳥をつまみながら日本酒をさしつさされつしてみたかったのである。
残念ながらこの夢は一度も達成されることがなかった。
父の職場と私の職場では終了時間が一時間も違っていて、しかも私は定時に仕事を終えられるような状況にはなかったからだ。待つのが嫌いな父は、家に帰ってしまう。もともと家で飲む方が好きな人なのだ。
そうこうしているうちに私が転職で上京して、夢は遠い遠いものになってしまった。

旦那さんが、家に挨拶に来たとき。
父はじっと目を見ながら彼の話を聞いて、よろしくおねがいします、と静かに頭を下げた。
涙が出た。
わずかな間に、ぐにゃぐにゃしたあめふらしの紫色や、ダルマ姿でつないだ父の手の大きさ、雪の降った入学式の日のそばの味、そんなものがどっと押し寄せてきた。
父の一言は、普段が寡黙な分、いちいち重い。
よろしくおねがいしますの一言に、とてつもなくたくさんの、父の思いが詰まっているようで、涙が出た。
その時初めて、父と私の間にあった透明な壁の正体がわかった。
父への憧れや尊敬や愛情や、語られなかった言葉や叶わなかった夢。
でも、その壁自体も、父の一部だった。

今、父はまだ遠い。
物理的な遠さもあるが、よのなかの仕組みがだんだんわかってきた今、よのなかの枠に当てはめてみたときの父は、遠い。私など及びもつかないところにある。ひたむきな人だなぁと思う。そのひたむきさが、自分の中のどこかにも埋まっているように思えるのが唯一の救いで、私は私の見つめるところ――父とは別のベクトルの、これもまた遠い遠いところ――へ向かってひた走っている。
あれだけ厳しかった父も孫の前には甘く、ほとんど別人のようにさえ思えるのだが、相変わらずひたむきである。
なにせ、はると作って楽しもうと天体望遠鏡だか顕微鏡だかの制作キットをもう準備しているのである(ちなみに対象年齢は10歳だそう)。ある意味、遠い。

私にとって父は遠いが、父もまた、その先の遠くを見つめて走っているような気がする。
その先には一体なにがあるのか。
父は何を見つめて走り続けているのか。
私は、厚く透明な壁ごしに、父を見ている。

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