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March 2006

March 31, 2006

なまいき盛り。

060330_14590001昨日は、はるとデートしてきました。
ベビーカーに乗ってくれない最近は、荷物にならない分楽なのですが、はる自体が「だっこ!」で荷物になることもしばしばあり、良いのか悪いのか、イマイチ分かりません。

昨日は戸塚にあるアカチャンホンポに出かけたのですが、はるはといえば、玩具売り場だろうとなかろうと、とにかくスペースがあればそれで満足のよう。
ぐるぐる回っている間に何度も目の前から忽然と消えて、遙かかなたの陳列棚を横切っていくはるの姿を見つけました。予想外の動きばかりで、はるについていくだけで結構大変!いい運動になりました。

帰り着き、駅ビルの上のうどんやさんでとろろごはんとうどんのセットを頼み、はると分けて食べます。
2/3ははるが食べたんじゃないかしら?というくらい目一杯食べたのに、はるは「もっと!」の様子。
頬杖ついて、からっぽの小分け椀を見つめ、ため息つく姿は、全くどうして、いっぱしの「こども」です。

…その生意気なポーズが面白くて笑うと、はるも一緒に笑いました。
そうか、私が楽しいと、はるも楽しいのかも。
「赤ちゃん」から「こども」へ。
はるは絶えず進化しているんだなぁ。

旦那さんと出逢って、3年。
逢ったばかりの頃は、3年後こうしてこどもと遊ぶ日々なんて想像もつきませんでした。
本当に、光陰矢のごとし。

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March 30, 2006

魅惑の縦縞。

昨日縞のお話をしたところで。
今私が気になっている「縞」屋さんをご紹介します。

LES TOILES DU SOLEIL
「太陽の生地」という名の、縞屋さんです。
南フランスで生まれたこのお店は、様々な色合いの縞柄の生地で、かばんやエプロン、小物類などを作っているのです。

鎌倉・若宮大路を散歩中、ここの品を扱っている、隠れ家的な素敵なお店を見つけたのがきっかけで、大ファンになりました。よし!思い切ってかばんを新調してしまおう!と決断。
見ているだけで元気が出るような、たくさんの色彩たち。

これもいいし、でもこっちもいいかも?ああでも、あの服にはこのかばんが似合うし…と、どんどん目移り。
結局30分以上も迷いに迷った挙句、決めきれずに退散してきました。
緑色がベースのものにするか、青ベースのものにするか、でもマルチストライプのものも…と、未だに悩んでいるところ。
さらには、ある種のかばんには、同じ生地で同じタイプでも、縦縞と横縞とがあるものもあって、いっそう困惑します。

縦縞の服に合わせるのだったらやっぱり縦縞かしら?
それとも、横縞の方が小技が効いて格好良いかしら?
(↑どうかご意見を!!)

実は5月にちょっとした用事があり、その時にでも使いたいと思っているのですが。
この分だと、迷っているうちに用事は終わってしまいそうです(笑)。

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March 29, 2006

縦縞の魅惑。

近頃、私の心を妙にくすぐるのは、縦縞です。

振り返ってみると、10年前にも自分の中で「縞」ブームがありました。
皆さんも、そんな経験おありなのでは?
自分の中でも「歴史は繰り返す」という事実、なかなか面白いものだなぁと思います。

色彩心理の世界では、カラーヒストリーといって、自分が過去に好きだった色と、その色を好きだったときの心境・状況を照らし合わせてみるという試みがしばしば行われます。
ここでは、同じ色を好んでいる時期には、何かしらの共通点を発見することができます。

それと同じで、もしかすると好きな柄というのも、なにか共通するものがあるのかもしれません。

10年ほど前、当時の私は「横縞」の虜で、様々な色合い、幅のボーダーの服ばかり着ていました。
中でも気に入っていたのは、濃い青――藍色に近い色合いに、細い白の縞が入ったボーダーの七部袖カットソー。
一方、今私が好んできているのは、白地に細い藍色のボーダーのワンピース。

身の回りの環境の変化を考えると、
自分の主張をしたかった20代に好んでいた存在感ある藍色+白細縞と、
肩肘はらずに好き勝手に暮らす今の白地+藍細縞とが、
呼応しているようにも思えて面白いものです。
それぞれの素材も、藍+白細縞のカットソーは身体にフィットする伸縮性ある綿素材だったのに比べて、白+藍細縞のワンピースはふわふわと軽く身体を覆うガーゼのような素材。

好んで着る服にも、歴史があり、それは環境に左右されているのだなぁと不思議にも思います。
外見である程度その人を知ることができる、と考えられたり、第一印象に重きを置くのは、このような効果によるものなのでしょうか。

縦縞を好むようになったのは、着物を着るようになったことも多少影響しているかもしれません。着物でも縞が粋で格好いい!と思うのですが…
自分にちゃんと似合う、肩肘張らない感じの縞柄にはまだ出逢えていないような気がします。
着物になると、フォルムがしっかりしている分、柄に好みの影響が出るようで、よろけ縞のような力の抜け加減がベスト。出逢う確率は少ないものの…探す楽しみも増えるというものです。

服ひとつとっても、人柄が現れるなんて、面白いものですね。
おひまな時、自分の好きな色や柄、考えてみてください。きっと楽しいですよ!

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March 28, 2006

(はーい!)

060325_09570002はるが御返事を覚えました。
といっても、口は動きません。
手を上げるところだけ、覚えました。
「はるくん」と呼ぶと、手をあげます。
おやつを食べている時でも、遊んでいる時でも、ぱっと手をあげます。
(ごはんに夢中の時、絵本に夢中の時は、一向に聞こえないようですが)

「パパ」と旦那さんを呼んでもなぜか、はるがぱっと手をあげます。
「ぼくの方が上手にあげられるよ!」とでも言うかのように(笑)。

さてHARUBOOKは、昨日のトピックスで365件になりました。
昨年2月に始めて、7月からほぼ日刊になって、ようやくの1周年です。
そんなに書いてたっけ?と自分でも驚くばかり。
最初の頃の記事を見ると、はるも随分大人になったなぁと成長を実感します。
では、1周年を記念して、はるからメッセージ。

「いラス煮にすすに素に素に素に似は浜派のマラに素に素に巣に丹生に負不和射泡言わす穂頬は歩はへはへへへすほすほから綺羅木に気に聞き巻き木牧野の気のきらきら危機に軒ニラに木に綺羅に聞きニラ木に気に着二期には二期に似きらきら木わら皮川川和和歌和歌千厘かカか課か課か課かカかカか課か果敢の野の任期二期にからかららかに綺羅古希こまの機古希のこの子のこの猫のこの個々継子こまこま子こまこまこま子ママにきくに小耳も眞子喪もも魔ママも野李こくらに蔵理科近々乗り区の乗り菊の利の菊ね菊のねのくのくのくのののにのらくみにのくりのくのくのくのくんのんくんのねくみくんななんにんれくんま」

今後とも、はるともども、ご愛顧くださいね。

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March 27, 2006

竹林を歩いて。

060324_13540001先日、ちょっとした用があって、竹林の撮影にでかけました。
昨今、なかなか竹林はみかけないもの。
でもここ鎌倉には、その竹林にときどきお目にかかります。

竹、といえば、報国寺。
鶴岡八幡宮から東に向かったところに、竹の庭で有名な禅寺、報国寺があります。
本堂の裏に広がる竹の庭。
昼下がりの穏やかな光の中に、竹や葉の緑色が映えて、心もすぅっと静まるよう。

静けさの中、風が葉を撫でる音と竹の緑、したたる湧き水を眺めながら、御抹茶をいただくこともできます。
紅白の桜の花の落雁、御抹茶の染み入るような芳香、五感でその静謐な世界を感じているからでしょうか、
ああ、ここはなんと穏やかな場所なのだろう。
心の奥からそう思える、佳い所でした。

本堂のすぐ後ろには、花の庭とも言えるような、色バランスを見事に配置した和の庭があり、今時分には、終りかけの椿の花を筆頭に、連翹、さんしゅゆ、咲き始めの桜が彩を沿えています。
まだ咲いてはいませんでしたが、山椒薔薇、なんていう木もあり、ぜひ花の頃にまた訪れたいと思いました。

別世界がすぐ隣にある、それが鎌倉の魅力でもあります。
大好きな場所が、またひとつ増えました。

060324_13240001
報国寺

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March 26, 2006

チョコレート男爵。

060311_20340002自在にスプーンを操れるようになったはるは、ふと見るとこんな顔になっていたりします。
なんともまぁ、立派なひげ!
この日はチョコレートムースでした。

ひげは日によっていろんな色になります。
牛乳の白、野菜ジュースの赤、豆のポタージュの緑。
こんな小さなこどもなのに、ちゃんと(?)むさくるしい感じにもびっくり。
男の子だからなのかしら…
(将来彼がひげを伸ばし始めたら、この写真を見せて思いとどまらせようと誓う私です)

自分でちゃんと食べたぞ、という証でもあるひげは、
はるの勲章なのかもしれません。

こんな日、私は敬意をこめて彼を呼ぶのです。
チョコレート男爵、と。

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March 25, 2006

サクラサク。

060324_14000001桜が咲き始めています。
今月上旬に玉縄桜という、私達が住んでいる地域で開発された桜が咲いているのを見て驚いたのですが、里の春、とでも言うのでしょうか、身の回りにもちらほらと桜の花を見つけるようになりました。
この時期になると、思わぬところにあった木が桜とわかるのも、なんだか特別な贈り物を授かったような気になるものです。

今私たちが住んでいる家(団地)の隣は、中学校です。
団地の入り口に寄り添うようにして、中学校の体育館があります。
その横に植えられた木が、片側だけ並木になっているのですが、それがなんと全部桜だったのです。
さらには、敷地一番奥の、隣のマンションとの境の大木も、桜のよう!
(一番奥の部屋に住んでいるわが家では、家のドアをあけるとすぐ左手が、この桜の木々!)
部屋の窓から見える木のうちの一本もどうも桜のようで、この場所は桜の季節にはなんとも良いロケーションなのだとわかりました。

贅沢に、家の三方で花見ができるというわけです。

おもてなし好きの私としては、ぜひともお友達にお声がけしたいところですが…
旦那さんの怪我が治るまでは御招きが難しいよう。
こんなにたくさんの桜、私たちだけで見るのはもったいないようですけれど…
不意にどなたか遊びにいらしてくださらないかしら??

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March 24, 2006

はるルール・新神経衰弱。

060320_22420001近頃わが家で夕食後に流行っているのが、トランプです。
私と旦那さんがポーカーで勝負!
…のつもりが、大抵は「カード好き」のはるが乱入して、途中で勝負続行不能になります。
はるがカードを全部もっていって、テーブルやソファの上にぶちまけるからです。

そこで、そうなったらはるも一緒に、神経衰弱をするのがわが家流。
といっても、なかなか難易度が高いのです。
はるルールで行う、新・神経衰弱。
はるはカードの番人なので、一枚カードをめくって、もう片方を迷っている間に、先の一枚はもう裏返されています。さらには、途中でシャッフル!
こうなると、カードの場所は全く変わってしまうのです。

・めくっている間にも油断は許されない。
・場所を覚えなければカードはとれない。
・覚えても場所はすぐにシャッフルされて変わってしまう。
・いつシャッフルが起こるか予測不能。

…どうです?この新ルール。
本当に神経が衰弱してしまいそうなゲームです(笑)。

運が味方についた方が勝つ、という図式になるのですが…
どうも運の無駄遣いをしているような気がしてならないこの頃なのでした。
そういえば、これを始めてからスクラッチくじも当たらない。
やっぱり運って、バイオリズムじゃなくて一定量のもので、使えば減るもんなのでしょうか…

何はともあれ、カードをばらまいたり、シャッフルしているときのはるの顔といったら。
なんとも満足そうなので、やめてとは言えません。
同じカードを引き当てても、再びはるに奪われてシャッフルされることも…。
スリルも味わえる新ルール、どうです、皆さんもお試しになっては?

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March 23, 2006

雪柳の咲く小道。

060322_11190001三日ほど前に通ったときにはただの緑色の草むらだったところが、真っ白になっていました。
雪柳があっという間に咲いたのです。
白い小花の集まった花は可憐で、そのたおやかな名に相応しい美しさを備えています。
細やかな花が緑の葉に沿うように咲き誇る様は、たしかに、雪のよう。

植物の名前を見ると思うのですが、
なんとも詩情あふれる名前や、
当を得た名前が多いこと。

美しいものには美しい名がある。
そんな風に思ってしまいます。

陰陽道には「シュ」という概念があります。
名前は最も基本的なシュ。
シュは「呪」と書きます。
とらわれてしまうこと、です。
よくも悪くもシュが働くと、なにかしらの作用を及ぼすと考えられました。
日本は古来「言霊の幸う国」。(ことだまのさきわうくに)
美しいものに美しい名が与えられているのは、ある種の必然なのかもしれません。

美しいから、美しい名になるのか。
それとも、美しい名があるから、美しくなるのか。
060322_11180002

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March 22, 2006

ぞうとダンス。

060312_11300001神戸の遊園地のアーケードゲームで旦那さんが勝ち取ったダンボ。
近頃はるはダンボを相棒のように扱っている。

突進してダンボと転げまわったり、抱きかかえるようにしてくるくる回ったり。
ちょうど身長が同じくらいなのがよいのだろうか、うまく遊んでいる。

このビニール製の風船は、最初は水遊びに良いなと思ったのだけど、「水につけないでください」としっかり明記してあるので、意外に使い道がないのだ。
はるがこうやって遊びだしたとき、こどもって遊びを開発しちゃうもんなんだと思って感心した。

セオリーなんて必要ないのだ、こどもの遊びには。
なんでもいい、楽しければいい。
その「楽しい」の基準も、大人が考えるようなものじゃなく、こども独特の感覚とでも言おうか、フレキシブルだ。

ひとまずこのダンボは、はるのダンス相手もしくはプロレスごっこ(?)の相手として、十分活躍している。
投げ飛ばして遊んでいることの方が多いけれど、こうやって、鼻と耳をつかんでくるくる回転しているはるとぞうは、なんだかとても心和ませてくれる。

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March 21, 2006

銀の魚とお茶を。

060317_15490001私がそのカフェに入ったのは、偶然以外のなにものでもなかった。
駅からすぐの商店街を抜け、無性にコーヒーが飲みたくなったので、ふと目に留まった店に入ったのだ。
地下に降りていく階段の先には、すりガラスのランプシェードからこぼれるやわらかい光に包まれた、カフェがあった。
店の名はBANANAFISH CAFE。
名前のようにバナナに魚の顔と尾鰭背鰭がついたような奇妙なイラストがこの店のシンボルマークだった。

カウンター席に座ると、壁面の大きな水槽の中から、銀の魚が私を見ていた。
目があった。
そう思っただけなのだろうけど、大きな、10円玉くらいの瞳は確かに私を一瞬見たのだ。

オレンジ色の地肌に、輝くばかりの銀の鱗。
60センチはあるだろう、その大きな魚は、ゆうゆうと水槽の中を行ったり来たりしていた。
水槽の底には黒地に白の水玉模様のエイもいて、たまに笑った顔のように見える腹をこちらに向けて宙返りした。

壁面のふたつの水槽の間にはテレビがついていた。
マスターやアルバイトの女の子たちは、客に気兼ねすることなくおしゃべりしているが、それも自然で嫌味がない。
銀の魚の隣の水槽には、墨黒色のナマズのような魚が、水槽の底の方をやはりゆうゆうと泳いでいる。

カウンターにはマイセンやロイヤルコペンハーゲンの、白地に青の染付け模様のカップがいくつも並んでいる。
主婦もいるし、学生もいる。年配のカップルやお年を召した紳士も、高校生くらいの子も、いろんな年代の客がそれぞれにコーヒーを楽しみ、時折水槽の中に目を向ける。

妙に居心地が良くて、私は、銀の魚を見つめたり、友人に手紙を書いたりして、のんびりとくつろいだ。
カフェオレもなかなか美味しかった。
魚と目があうことはもうなかった。彼は急ぎもせずこちらを気にもせず、ただゆうゆうと泳いでいる。
カフェオレ2杯を飲み干してようやく、腰をあげた。

魚は、アロワナ、というのだそうだ。
なんとなく、またあの魚にあいたい、と思う。

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March 20, 2006

天使からの贈り物。

060317_08200002まだ梅も咲いていないという仙台。
こちらではもう花が終わりかけているんだよと話すと母は驚いていました。
早朝、ご近所の花々を見に散歩に出かけると、細い道の奥に綺麗な黄色の花を枝がしなるほどに咲かせた美しい木が目にとまりました。
なんの木だろう?
エニシダ?そんなわけないよね…
と話していると、「あれはね、アカシアですよ」と後ろから声が。「ミモザとも言うんです」
遠くから見る分にはわからなかったけれど、それは私も母も一番好きな花、ミモザでした。

声の主はその家のご主人で、ゴミ出しの帰りにちょうど行き会ったのでした。

「良かったら、見ていきますか」
ご主人は私達を庭にいれてくれ、種類が違うのだという大きな2本のミモザの木をゆっくりと見せてくださいました。
黄色い金平糖のようなかわいらしい花が枝という枝に鈴なりに咲いて、風に揺れるたびに音にならない音を鳴らすのです。ミモザの花は、わくわくするような、明るい気分にさせてくれます。

私達が見ている間にご主人は花バサミで大きな枝を何本も切り、せっかくいっぱい咲いてるのだから、どうぞ、と持たせてくれました。
私も母も大感激。

こういう優しさにめぐり合うとき、その人は天使なんじゃないかと思います。
その人の心にその時天使が舞い降りて、そんな素敵なことをしたり、救いの手を差し伸べてくれたり、一時的な天使になるのです。
一番大好きな花を、満開のその木に出逢えただけでなくプレゼントしてくれるなんて、なんて気のきいた天使なのでしょう!

花の美しさはもちろん、暖かな気持ちに触れて、なんだか良いことが起こりそうな一日の始まりでした。
060317_08090001

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March 19, 2006

接待担当。

060316_22090001横浜で仕事を終えた母が泊まりに来ました。
はるは1ヶ月半ぶりに会った「おばあちゃん」のことを覚えていたようで、玄関に寄ってきてにこにことお辞儀しました。それからはもう大変。
自分ができることを全てやって見せるのです。

洗面台に連れていって歯磨きしてみせたり、滑り台をすべり、太鼓をたたき、踊り、歌い、掃除し(例のころころローラー)、大忙しです。
夕食の時間になったら、母の箸を取り上げます。
どんなにはるの箸を渡しても、おばあちゃんのじゃなきゃ駄目とばかりに持ち直してしまうのです。
様子を見ていたら…なんとおばあちゃんにご飯を食べさせるのです!!
おやつも、自分が食べたら隣のおばあちゃんに食べさせて、また自分が食べて…と交互に。

食事が終わると絵本を持ってきて、指差ししながら読んであげたり、色鉛筆を出してきて絵を描かせてあげたり、とにかく自分ができうる限りのことを母にやってあげているのです。
普段どんなに「ちょうだい」と言っても気分がのらないとお菓子をわけたりしないはるなのに。
色鉛筆だって、一緒に描こうとして手にもつと、取り返されるばかりなのに。

いつもいる親と違って、はるには、おばあちゃんは「大事なお客様」のよう。
いや、「お客様」なんて概念はなくて、ただただ、大好きなのかもしれません。
こんなに一所懸命なはるは初めて見たようにも思いました。
写真は、お絵かき接待中のはる。
この小さな体全部で、大好き!って言っているのでしょうね。

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March 18, 2006

ミュージカル映画。

私が今までの人生に見た映画の中で、最高に好き、といえるものは気づけばミュージカル映画が多い。

例えば私が今、亡命するとする。(少しだけ国を追われるスパイの気分になってみてください)
その時、たった一つのトランクに詰め込む自分の宝物の中に、必ず含まれる映画。

私にはそれは、
『雨に唄えば』であり、『パリの恋人』である。
二つとも、作品そのものはもちろんのこと、思い出とともに大好きな映画なのだ。

ジーン・ケリーのタップダンス、初めて見たのは小学校のときだったと思う。『雨に唄えば』のジーン・ケリー、ヒロインのデビー・レイノルズらに憧れて、母に本気でせがんだものだった。
が、しかし悲しいかな、今ならまだしも当時、東北の片田舎には、タップダンスを教える教室など存在しなかったのである。ただ「やってみたい」ということだけで東京に通わせる体力も財力も気力も、わが家の誰も持ち合わせていなかった。(世の中にはそういう人も存在しているからスゴイと思う…)

『パリの恋人』は中学校に入ってから。
仲の良い友人の家でみた。ファッションやカルチャーに明るかった彼女は、当時オードリー・ヘプバーンの崇拝者で、その影響で何本ものオードリー映画を一緒に見た。平日は学校で、放課後は委員会で、土曜は塾でいつも顔を合わせているのに、日曜には彼女の家や私の家で一緒に映画や漫画を見ていたのだから、よくもまあ話題が尽きなかったことと思う。
が、その年ごろの女の子というものは、そういう生き物なのかもしれない。

話がわき道にそれてしまった。
この映画が特別なのは、他にも理由がある。
当時ドラマの主題歌に採用されて、日本の音楽界に燦然と「ギター・ポップ」のジャンルを切り開いた伝説の(?)フリッパーズ・ギターのプロモビデオに、『パリの恋人』の1シーンに良く似たシーンがあったから。

それぞれ、好きな1シーンをあげよう。
『雨に唄えば』では、窮地に陥った主人公達が3人、夜更けに策を練っていて、唄い、踊りだすシーンがある。
♪Good Morning~ で始まる音楽はなんともハッピーで、今まさに悩んでいるのに、大変な場面なのに、こんなに明るく前向きに唄って楽しそうに踊っている、ということがカルチャーショックでもあった。
「おやすみを言うのにはもう遅すぎるから、おはよう」
そんな考え方って、いいなと思う。

『パリの恋人』では、主人公がパリで、デザイナーと一緒にファッションショーの準備をするときのかわいらしい曲。
年齢に左右されない、女性のかわいらしさ、を感じさせる曲とダンスだ。

古いミュージカル映画は、どうしてこうも素敵なのだろう!
先日ジーン・ケリーが『雨に唄えば』の3年前にとった『踊る大紐育(ニューヨーク)』という映画を見た。
これも痛快!
男性の論理で描かれているストーリーは全ての女性に受け入れられるものではないけれど、3人のヒロイン達が個性的で格好良い。
メインヒロインがスター志望の普通の女の子であるほかは、学者とタクシーの運転手!
いわゆる「職業婦人」で、それぞれ男性を手玉にとっているのが面白い。
女性の方が何倍も上手だよ、というメッセージが込められているように思える。

全て、とはいかないかもしれないけれど、ミュージカル映画の多くは私達に幸せな気分を味わわせてくれる。
こんな素晴らしい作品、新しい時代にももっと生まれてくれないかと願うばかりです。


さて…
冒頭で少しだけ「亡命するスパイ」の気分になっていただきました。
亡命するスパイではなくて、無人島でのバカンスでもいいです。
限られた荷物を詰め込むところを想像してください。

そしてもし良かったら、あなたが持っていきたい映画を、教えてくださいね。

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March 17, 2006

アラベスク。

たとえ一度でもバレエに興味を持ったものなら、必ず手にとっているであろう名作漫画、『アラベスク』。
山岸涼子が描くバレエ世界は、沸き出ずる泉のような才能に自分では気づかずに、悩みながらどんどん成長する少女を主人公にして始まる。
第一部は主人公ノンナ・ペトロワがソビエトバレエ界のスター、ユーリ・ミロノフによって見出されることに始まり、バレエを軸に精神的な強さを得て成功していく様が描かれる。
第二部では、年若くして成功したバレリーナ、ノンナのその後を描いている。登場人物の様々な心の葛藤を巻き込んで物語は展開し、誰もが予想する結末へと流れていく。しかし、その結末こそはわかっていても、そこに流れていく顛末は次々と予想を覆していく。

それはまるで現実世界を凝縮してそこに留めたようにも思われ、単なる「少女漫画のハッピーエンド」にとどまらない説得力がある。
実際、この漫画自体が第一部でハッピーエンドと思われたノンナの成功、その後を第二部で描いている。
現実では「ハッピー」はあってもそこで物語は終わらない。
そのリアルさを兼ね備えた物語は、「憧れ」だけではなく、現実を生き抜く力さえ与えてくれるように思う。

バレエに興味を持った3年ほど前、憧れを持ちながら、描かれる1シーン1シーンのポーズにため息をつきながら、
読み進んだものだ。
(余談:秘密の趣味だったバレエも、目覚めてから3ヶ月しかレッスンできませんでしたが…いつか娘が生まれたら、一緒にバレエ教室に通うのが夢!)

「アラベスク」という、バレエにおいて最も美しいポーズを名にもつこの作品が雑誌に連載され始めたのは1971年とのこと。(私などまだ生まれてもいない)
もともとはペルシアの唐草模様を意味するこのアラベスクは「永遠に続く」という意味も持ち合わせているそう。
35年の年月を経てなお読み継がれる作品、読み応えも十二分にある。

ただし、この漫画を恋愛漫画と思って読んではいけないようにも思える。それが主題であっても恋愛のために描かれている物語ではない。
その点では、35年の年月は、確実に私達の意識を、特に恋愛(男女関係)において改革していることに気づかされるのである。


『アラベスク』第1巻(上・下)、第2巻(上・下)山岸涼子


もっと!オススメバレエ漫画
『テレプシコーラ』第1~8巻(続刊) 山岸涼子
『黒鳥 ブラックスワン』 山岸涼子
『牧神の午後』 山岸涼子
『ローマへの道』 萩尾望都
『感謝知らずの男』 萩尾望都
『青い鳥』 萩尾望都
『SWAN』第1~14巻 有吉京子
『SWAN ~白鳥の祈り~』第1、2巻 有吉京子
『アプローズ』第1~4巻 有吉京子
『ニジンスキー寓話』第1~4巻 有吉京子
『ヴァルナ・コレクション』 有吉京子

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March 16, 2006

孝行息子。

060312_11050001ここ数日、はるが一番気に入っているおもちゃは、なんと掃除用具。
箒やころころローラーが大好きで、家中走り回って掃除してくれています。
特にころころローラーはおきてから寝るまで、ほぼずっと手にしているほどの気に入りよう。

その調子で駆け回ってくれるとお掃除にも、私はとっても楽チンです。
このままずっと、お掃除好きでいてくれたら、私は楽できるのになぁ(笑)!!

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March 15, 2006

しらたま、しらたま。

真珠は、人類が見つけた最初の宝石、といわれているそうです。
食糧であった貝から突然現れた輝くばかりの真珠は、月の雫だと信じられていたこともあったといいます。
とても貴重なものとして扱われ、どの国の王族の財宝の中にも真珠は必ず加えられています。
日本に関する記録としては、3世紀の中国の史書『魏略』に、倭の女王・壱与が魏の天子に白珠(しらたま・真珠のこと)5000孔を贈ったという記録が残っているそう。

クレオパトラや楊貴妃が粉にして呑んでいたという話、どんなに贅沢だったか想像がつきますね。

今見られるように美しく均一な球形の真珠は、ここ100年ほどのものだそうです。
御木本(あのmikimotoの)氏が貝に核をいれてこの美しい形の真珠を作り出す養殖技術を発見する以前はどれも自然が作り上げたいびつな形ばかり。

プリミティブな時代の人たちから今の私たちまで、魅了してやまない真珠。
私もその虜になったひとりのようです。
シンプルなだけに、つける人間の本質が問われるような気のする白い真珠。
どこか気が抜けない印象があったのですが…
実際身につけてみると、柔らかく優しくその人らしさを包み込んでくれるのが、真珠の魅力のように思います。
無理なく自然体で自分らしさを輝かせてくれる真珠。

真珠の似合う人になる、が私の30代の目標です。

 【余談のひとりごと】 
改めて考えてみると、心から惹かれたアクセサリのうち、宝石を含んだものは見事に真珠ばかり。
意識したこともなかったのに、昔から真珠に惹かれていた?
そういえば、ピアス穴をあけるときに耳たぶの中央ではなくて下すれすれにしたのは、バロック真珠のピアスをこぼれ落ちるような感じでつけたい、と思ったからだったのでした。
今にして思えば、そんな真珠持っていなかったのに、一体どうしてそんなことを思いついたのでしょう?と不思議なばかり。
まだ登場していない私の手元の真珠たちです。
■祖父母から貰った最初の本真珠、ブローチ。(今は帯留めとして活躍中)
■個展・朗読会の時に出会った、淡いブルーの淡水真珠のチョーカーとピアス。
■母がしていたのをせがんで貰ってしまった淡いピンクの淡水真珠のピアス。
他に成人式の時に祖父母から貰ったイアリングとネックレスが実家にあります。(これは母の管理下にあって、未だに冠婚葬祭じゃないとつけさせてもらえない)
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March 14, 2006

真珠のふしぎ。

060312_07470001先日、神戸でお世話になった真珠屋さん・スカイパールさんが東京にいらっしゃるというので、会いに行ってきました。神戸では奥様にお世話になったのですが、今回は、アクセサリを作ってくださった経営者さんに。本当に素敵に作っていただいたので、ひとことお礼を申し上げたくて、お台場のフジテレビまでお出かけしてきました。

そこで出逢ったのが淡水真珠のネックレス。
小さなパール(これも良く見ると形が均一じゃなくてとてもかわいい!)の中に小判型のものが加わって表情が出ています。小判型のものが入っていることに最初はちょっと抵抗がありましたが…つけてみると全く違います。
エレガントになりすぎず、カジュアルにもなりすぎず、程よく雰囲気に溶け込んでくれます。

帰り道、立ち寄った洋服屋さんの淡水真珠の三連ネックレスを手にとってみてびっくり。
軽いのです。温度もあまり感じられない。

060312_07460001一方、私が出会った真珠のネックレスは幾分か重みが感じられ、最初に肌に触れるときはひんやりとして、次第に肌に馴染みます。同じ「淡水真珠」なのに、一体なにが違っているというのでしょう。
素人の私には違いがよくわからないけれども、真珠屋さんが仰っていた「貝のいのちが入っている」という表現を思い出しました。

このネックレスをつけたいがために、普段は部屋着でダラダラしているのに、きちんとお出かけ可の服装になってみたり、そうとなったらちゃんと化粧をしたくなったり、自分が身綺麗になったら部屋を掃除したくなったり…
「貝のいのち」のせいなのでしょうか、何か自分まで生き生きとしてきます。
これは真珠のせい?

真珠の石言葉は、長寿 ・ 健康 ・ 純潔 ・ 誠実 ・ 平和 ・ 富 ・ 栄光 だそう。
パワーストーンの研究家たちからは、そのエネルギーは、体のエネルギーを蘇らせ、集中力を高めたり、消極的な力を跳ね返しプラスの波動だけを受け止めることのできるものと捉えられているようです。
そのせいかしら、急に掃除したり身奇麗にするようになったのは?(笑)

真珠に本格的に惹かれ始めた今、素晴らしい真珠の先生も得て、心強い私です。
勝手に真珠の先生と呼んでいるスカイパールさんの社長夫妻は、とても気さくで小さなところまで心配りしてくださる素敵なご夫妻。この方たちに会いに、また神戸に行きたいなぁと思うほど。
お話しを伺っていると心から真珠を愛されているのが伝わってきます。
真珠を愛しているひとから、真珠を愛しているひとの手に。
そうやって受け継がれていく貝が生み出した美しいいのちは、とても大切に扱われるのだと思います。

DSCF0081こんな御茶目なこともなさる、気さくで楽しい方です。
(鏡の中に撮影者がぴったり収まっているのも絶妙!)

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March 13, 2006

翡翠色の花。

060311_12170001近頃感激したこの花、ご覧下さい。
この色の鮮やかなことといったら!!

これはひすいかずら、という花。
近所にある植物園の温室に咲いています。
温室には一年を通して南国の美しい花が咲き誇りますが、その中でもこの花はこの時期にしか見られない特別な花なのだとか。

その名の通り、美しい翡翠色。
形も独特です。
自然って本当にすごいなぁ…

ハイビスカスやブーゲンビリアの鮮やかな赤やピンクの先に現れる翡翠色、目の醒めるような光景です。
今だけらしいので、お近くにお越しの際は是非、覗いてみてください。
060311_12180002
  
 
 
 
 
 
 
 
 
この植物園も、残念ながら、規模縮小が決定しています。
平塚市にできる「花と緑のふれあいセンター」との機能の重複を避けるため、とのことですが、近くに住んで花や木々の恩恵に預かっていた私達にはちょっと寂しいお達しです。
せめて今のうちに、せっせと通おうと思うのでした。

ちなみに、もう桜が咲き始めましたよ。
この植物園で開発された玉縄桜という品種、もう五部咲きくらいです。2月から咲いていたのだとか。早くから咲き、花期が長い特徴を持つ桜なのだそうです。そのお話しはまた今度、ゆっくりと。
桜のたより、東京近辺に届くのは3月25日頃とのこと。
今年の桜は、どんなでしょうね。

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March 12, 2006

プチ・ジャンキー登場。

060305_12160001はるはここ三ヶ月ばかり、紫蘇にはまっています。
お友達からいただいた自家製の紫蘇の粉がきっかけで、ごはんはこれじゃないと食べないほど大好きになりました。その紫蘇も底をつきる頃…天は私たちを見てくれている!と思ったほど感激でしたが…旦那さんの通う病院の売店で、一般には流通していない、紫蘇の粉発見!
(通常みかける「ゆかり」、私もはるも大好物なのですが、ちょっとかけるならまだしも、真っ黒になるまでかけて食べるはるには少しだけ塩分が多いのです)

早速、食べさせてみたところ…
「ごはんはいらないから、紫蘇だけ頂戴。」
とばかりに、紫蘇を持ってくるのです。執拗に。

じゃあちょっとね、と皿にあけてあげるとこれこのとおり。
つまんで食べています。
口も手も服も、紫蘇だらけにして幸せそう。

写真をとった後に見てみたら、指先はきれいなピンク色に染まっていました(笑)
紫蘇って中毒性ないよね?
と疑ってしまうほど、大大だーいスキなようです。

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March 11, 2006

ラベンダー・レディ。

「ラベンダー・レディ」と呼ばれていたハリウッド女優をご存知ですか?
私の大好きなホームドラマ「奥さまは魔女」で、主人公サマンサの母、エンドラを演じていたアグネス・ムーアヘッドです。

彼女はラベンダー色が大好きで、家もインテリアも車も、とにかく何から何までラベンダー色だったんですって。
優しくそれでいてどこか妖しい雰囲気もあり、エレガントでもある…そんな色のイメージは女優本人にも当てはまったそうです。
そこまでひとつの色を愛せるのってすごい!!と思ってしまうのですが、そういうところも凡人とはかけはなれた大女優という個性のなせるワザなのかもしれません。

色のもとになっている花、ラベンダーの語源は「洗う」と「青みのある」というふたつのラテン語が結びついたもの(なぜ「洗う」かというと、昔水浴のときにラベンダーの花の香水を用いたから)。
ラベンダーの香りの「癒し」効果は良く知られたところですが、色自体にも同じ効果があるなんて、偶然にしても面白いです。

さてこの紫という色は、調和と不安定という両極の意味を持つ色でもあります。
青と赤が結びついて紫という色が出来あがる。
その過程から、対照的なふたつのものが結びつく、微妙で複雑な色と捉えられているのです。
アグネス・ムーアヘッドの場合はわかりませんが―――一般に、体調のバランスを崩した時や精神的にダメージを受けたときなどは紫を好みやすいと言われています。
これは紫の持つふたつの色の調和というサインを感じ取って、バランスを保とうとする無意識の働きのよう。
無意識のうちにもこの色を求めているということは、この色も、こころや体を癒すとも考えられます。

実際に、紫という色の波長は、細胞内の光回復酵素を刺激して、遺伝子の損傷を回復するのですって。
(ちょっと柄にもなく小難しい話になってしまいました)
紫という色は、生命力を活性化させる色なのかも。

生命の活性…だからこそ常に美しく若々しくあった女優はこの色を好んだのかしら?

余談ながら:ラベンダー、ヒヤシンスブルー、サルビアブルーなど、淡いパステルな紫色の色調は英語で「デイドリーム(白昼夢)」と総称されているそう。
曖昧な感じがとてもぴったりで素敵ですね。

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March 10, 2006

おいしい色彩。

日本には四季折々の草木染の伝統があり、染め色や植物からついた名前が多いのだという。
対して英語やフランス語では、食べ物に関する色の名前が多いのだという。

例えば「キャロットオレンジ」「パンプキン」「カフェオレ」「ビスケット」など。
おや、一部分だけをピックアップしたにせよ、橙色~茶色系の色が多くなりましたね。

実はこれらの色は色彩心理学では食欲に直結した色と考えられているのです。
茶色は大地の土の色でもあり、そこから収穫される穀類など、私達の暮らしを支えてくれる主食たちが、これらの色に属していることにお気づきでしょう。
だからでしょうか?
オレンジ色~茶色はなんとなく…「おいしそう!」と考えてしまう。

このような心理作用を実験した話は、皆さんもきっと聞いたことがあるでしょう。
まったく同じ食事を、蛍光灯の下で見るのと、白熱灯の下で見るのとでは、食欲の度合いが違ってくる…という話。
少し赤みを帯びた白熱灯の灯りは、食べ物をよりおいしそうに見せてくれるのです。

昔パリで生活した時、あまりにも町や店が暗いことに驚いたものです。
美食家フランス人たちはこの考えを頑なに守り、よほどのことがない限り蛍光灯は使わないのですって。
それもエスカレートすると…蝋燭の光だけでディナー!!
(ロマンティックな雰囲気も演出できちゃって一挙両得とのこと。ロマンス好きなフランス人らしいですよね)
以前友人のフランス人がこんなことを言っていました。
「こういう(白熱灯や蝋燭)灯りは、心があったかくなるし、食べ物はおいしそうに見えるし、なんたって女性の美しさが映えるからね!!」
う~ん、「おいしい」は、そちらの意味も含んでいましたか。

我が家もメインは白熱灯でしたが、今の住まいではリビングの照明は作りつけの蛍光灯。
最近は「料理をおいしく見せる蛍光灯」なるものが出回っているようなので、それに交換してみようかな…と思案中です。

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March 09, 2006

魔女のレシピを入手。

念願の書物に出会いました。
大好きなアメリカンホームドラマ、『「奥さまは魔女」のクッキングブック』です。
ドラマ中に登場した料理や、キャストたちの得意料理だったもののレシピを集めた本で、わくわくするような料理がいっぱい。
カクテルにお菓子にディナーメニューに。
中には、「この材料は人間界では手に入りにくいので、諦めるしかなさそう」なんてレシピも!!
本の中にもテレビドラマのユーモアたっぷりで、制作裏話コラムなども楽しめてしまいます。
それもそのはずで、著者は「ルイーズ・テイト」、ダーリンの親友であり勤めている会社の社長、ラリー・テイト夫人。当然彼女はサマンサの親友です。

料理のタイトルをご紹介してみましょう…
「魔法使いマーリンのマティーニ」
「巨人手なづけ用クッキー」
「エンドラの激怒―炎のアイスクリーム―」(エンドラはサマンサのママです)
「ウニのボードレー・ソース 不気味なほうれん草のスタッフ」
「オウムとヤマアラシのオーブン焼き」(これはチキンで「代用」するの)
「魔女の快楽ジュース」
「ネス湖のマーメード・サラダ」

これはもう、一度魔女パーティを開催せねば!!
何を作るか考えるのも楽しみです。春、季節も良くなってきたし…ゆっくり策を練って。
あなたのもとにも、招待状が届くかもしれません!
心して(?)お待ちあれ…

『「奥さまは魔女」クッキングブック』

おまけ;
奥さまは魔女が知りたい人は…
奥さまは魔女ゲームも楽しめます

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March 08, 2006

鵺の鳴く街、北鎌倉。

北鎌倉に居を構えた敬愛する作家・渋澤龍彦の随筆を読んでいたら、家の近くで鳴く奇妙な鳥がトラツグミだった、とあった。
トラツグミとは怪鳥・鵺(ぬえ)のことだ。

鵺、とは。『平家物語』他古典文献にお目見えする、猿・狸・虎・蛇などの合成した妖怪である。天皇の御所の上を毎夜飛び回って鳴いたために射落とされてしまう。この鳴き声が鵺(トラツグミ)に似ている、という話がいつしかこの妖怪自体を鵺と呼ぶようになった。京都には鵺が射落とされた場所に祟りを恐れて建てられた鵺大明神がある。

トラツグミは、暗い黄緑色に暗黒の三日月の斑紋が全体にある小鳥で、くちばしは細長く、どことなく不気味な印象を与える。夜や曇天の時に寂しい鳴き声を出すので、平安の御世から人々に不吉な印象を抱かせしめる。

今よりもずっと闇が濃かった昔の夜は、さぞかし想像力が働くところであったろう。

そんな鳥が、北鎌倉で、渋澤の居宅で鳴いていたのだ。
本当にトラツグミだったのか、それは果たして妖怪の方の鵺だったのではないか。

もっとも、鎌倉の鵺は射落とされずに暮らしに溶け込んでいる。
鎌倉は思っているよりずっと、闇に近い街なのかもしれない。

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March 07, 2006

初語は「ビール」?!

060306_21380001旦那さんのご両親が、「こどものビール」なるものを送ってくれました。
ビールに良く似た色の炭酸飲料なのですが…はるは気分にも味にも満足の様子。

さっそくグラスに注いであげたのを、「ぷは」といっちょ前に飲み干しました。
彼は両手で壜を抱えこんで私を見つめて…
「ビール。」
…「ル」はかなり巻き舌で、「ウ」(フランス語のoeの音に近い)と「ル」の中間。
さすが東北人を両親に持つだけあって、鼻母音です。

つげと。
このビールをグラスに注げと。
彼は明らかにそう言いたかったのでしょう。

私と旦那さんは、一瞬の出来事に目が点になりました。

普段喋る「パパ」「ママ」(それもときどき間違って私を「パパ」と呼ぶ。本当はわかっていないのかも)以外に、明らかに意味を持つものとして最初に発した言葉は、「ビール」なのか?!
いいのか、はる?
君の人生、それで本当にいいのか??

一部(私の弟)からは「将来有望」と喝采が起こっていますが、これも酒呑みだった(※過去形、あくまで。)両親のもとに生まれついた彼の宿命なのでしょうか。
あまりにもネタ的なこの出来事、はるはどうも「おいしいところ」がわかっているようで、侮れないと思う私なのでした。本当は全部計算してたりしてね。

※過去形、というところが信じられない方々へ;
本当にもうあんまり呑めません。缶ビール1本がmaxです。酔うのがあまり心地よく感じられなくなったのです。妊娠出産育児期にアルコールと縁遠い生活をしていた後遺症かと思います。
ちなみに旦那さんも平素は呑まなくなりました。彼の場合は、痛風で…
おいしいお酒をちびちびと楽しむ、そういう呑み方になりました。

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March 06, 2006

おかえり、パパ。

今日、旦那さんが無事に退院します。
右足には、固定のためといって、チタン製の釘のようなものが何本も取り付けられています。
X線写真を見ると、ちょっと痛々しく見えるのですが…しばらくの間骨に金属を埋めた男として生活です。
なんでも、ゴルフクラブで打たれてももう折れないということで(笑)、本人は「キックが強くなったはず!」と喜んでいますが(使う機会ないですけどね、そのキック。)、手術が長丁場だったり、術後結構痛みが出たりもして、眠れない日々も過ごしました。

こどもを持つっていうことは、本当に大変なことなんだなぁと改めて思います。
また、咄嗟の時に、無意識にこどもを庇う「親心」のすごさも。

退院したとはいえ、あと約2ヶ月は松葉杖生活。
できるだけ不自由しなくていいように、私もはるも精一杯、「我が家の英雄」をサポートしようと思っています!

ご覧くださっている、こどもをお持ちのあなた、他人事じゃないかもしれないです~。
万事、お気をつけくださいませ。
こどもがいる生活って、本当にいつ何時なにがあるか、わからないものですね。

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March 05, 2006

VOW神戸。【神戸旅行記番外編】

神戸の旅で見つけた、いろいろ面白いものをご紹介します。

060219_13090001大きなマンションが立ち並ぶ住宅地の中の公園、いたるところに、ミニ鳥居が…。
神社らしきものはもちろんなく、これは一体??と首を傾げてしまいました。
もしかして、犬のそそうをさり気なく防止しているのかも?



060219_13090002こちらは名前がVOW。
顔医院でも、内科です。

 


 
 
060220_18200001南京町で見つけた看板。コーペピーフ。
ちょっとかわいい響きで、和牛の王者の風格が一気に別のものになってしまいそう(笑)。その上は…読めません!!でもこの看板、実は近寄ってじっくりみてみたら、「○」は微妙に2パーツになっていて、「”」を図案化したものだったよう。
すっかり気に入って、我が家では和牛一般のことを「コーペピーフ」の渾名で読んでおります。
 
060220_13040001最後はちょっと本格派で…シュルレアリスムの鬼才ダリ画伯。
隣は兼高かおる女史なのですが…このパネルのキャプションにびっくり。
ダリ画伯のひげは、お砂糖で固めているんですって!!
(ちなみにダリ画伯は、トレードマークであるご自分のひげを様々に弄ばれた写真集を出版しております。
Dali's Mustache

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March 04, 2006

色のちから、花のちから。

HI340001色には、心理に作用する力があります。
その効果はカラーセラピーとして、もう随分認知されているのではないでしょうか。
私自身、心を病んだ時に色の世界に触れ、活力を与えられた経験があります。

その時私に力を貸してくれたのは、色…それも、花の色でした。
花に癒されているのか、色に癒されているのか、両方なのか…言葉にならない、ささやかだけれども確かな力を感じました。

まだ仙台で一人暮らしをして働いていた時のことです。
病院の帰り、乗り換え駅に降りたときのこと。駅に直結していたビルが、突然花の海になっていました。年に1度、春に行われる花市場イベントでした。
そこで私の心を捉えたのは、小さな白い花がたくさん集まった小手鞠と雪柳。
他の色彩の花々は、なにかこちらに迫ってくるように思えて、どこか恐ろしくさえ感じられ、じっと見ることもできません。
普段は花を飾る習慣もなかったのに、白い小花たちを枝ごと、両手でやっと抱えきれるほども家に持ち帰りました。

ワンルームの部屋は当然花の海になりました。
壁に沿って床一直線にワインの空き瓶を並べて、花を活けました。
座ると目線は花と同じ高さになりました。
そこにじっと何時間も座って、白い小花の海に心を遊ばせました。

花が散る頃になると、ようやく他の色彩の花も見られるようになり、気持ちも落ち着くようになりました。これをきっかけに色彩に興味を持って、色彩心理学を学び、独学で資格取得をしたのですが、色と心の結びつきは学べば学ぶほど面白く感じられ、学ぶにつれて私自身にも活力を取り戻してくれました。

そんな昔のことを、ふと思い出させるような花に出会いました。
大理石のバードバスに活けられた、紫とピンクの花、アイビー。
そのバランスは聖母を描いた古い時代の宗教画のようで、しばらくこの花の前に佇んでしまいました。
ロマンティックな夢と切なさ、目に見えないちからを感じさせるような。

ひさびさに胸がきゅっとなる、色彩のちから、花や花卉の質感のバランス。

人がある色彩を心地よく感じる時、その奥には必ず心理状態が作用しています。
もしあなたが心ひかれる色に出会ったなら、どうぞ、色彩心理の世界を覗いてみてください。

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March 03, 2006

ひなまつりの祝い方。

今日は雛祭りです。
今年は例年よりもちょっと気合をいれて…と思っていたものの(2/17)、旦那さんが入院中なので張り合いがなく、店屋物のちらし寿司で済ませてしまおうという不精を決め込んでいます。

今でこそ「店屋物で済ませ」られるほど便利になりましたが、じゃあもともとはどんなお祝いの仕方だったのかしら?と思い、ちょっと文献をひもといてみました。

ひなまつりはもともと平安時代から貴族の子女が興じていた「雛(ひひな)遊び」と、中国の「上巳の日」という祓いのお節句と、奈良時代以来三月三日に行われていた「曲水の宴」の3つが習合してできた風習のよう。
「雛遊び」は人形や調度品を飾るままごとのようなもので、「上巳の祓い」は人形に災厄や自らの罪穢れを托し舟に乗せて水に流す行事、「曲水の宴」は曲がりくねった流水のほとりに座り水に浮かべた杯が自分の前を通り過ぎる前に一首詠むという遊びのこと。
それがいつしか結びついて、現在のような形になったのだそうです。

雛人形も江戸初期までは紙で作られており、災厄を祓うためのものという色合いが濃かったよう。
それが江戸中期になると、天下泰平の影響なのか、豪商や上流階級がきらびやかな装束の雛人形を作り始め、装飾性を帯びた豪華なものになっていきます。庶民は「河原遊び」「磯遊び」として、季節の桃の花の下などで草もちを食べたり、海の幸を食べたり農耕行事等のひとつとしてこの日を祝ったようです。
ちなみに雛人形の「雛」とは、ひよこのこと。転じて、小さくてかわいいもののことを雛と言いました。
雛人形は別名を内裏雛というように、内裏(=宮中)のように、自分達の娘も良い縁に恵まれて幸せな生活が送れるようにとの親の願いが込められているのだそうです。

この時期ちょうど盛りを迎える桃の木は、中国では悪魔を打ち祓う神聖な木として扱われています。そのため雛祭りにも飾られたそう。そこから派生して「悪い虫がつかないように」という意味もあったのではないでしょうか。

また食べ物については、菱餅、雛あられ、白酒などが一般的です。
そこに加えて、ハマグリのお吸い物、ちらし寿司、赤貝のなます、焼きかれい、赤白かまぼこ…など、雛祭りにゆかりある食べ物は海のもの、特に貝類が多く見られます。
これは、「磯遊び」の名残だということですが、特にハマグリは、番(つがい)になっている貝以外とは合わないということから、娘の良縁を願う親心がこめられているのですって。

「正しい祝い方」なんて、それぞれの家庭によって違うのでしょうけれども、昔の人たちの知恵を上手に借りながら、たっぷりと親心がこもったお祝いをしたいですね。

我が家にはまだ女の子がいませんけれど…嫁に行った後の祝い方までは、どんな本を見ても出てこないので(笑)我が家流で、まぁいいか。

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March 02, 2006

着道楽は誰ゆずり?

060220_20190002神戸は南京町にて。
こども用のチャイナ服というのを見つけてしまいました。
サテン地にたっぷり施してある刺繍は、竜と鳳凰。なかなか縁起のよい衣装です。
こういう服、本場中国ではパジャマがわりなのだそう。
旦那さんいわく、中国のホテルに泊まると、こういうチャイナ服が浴衣代わりにおいてあるんですって。

こんなかわいいパジャマ、いいなぁということで。
はるのために持ち帰りました。

着せようとすると…本人も嬉しそう。
ニコニコして近づいてきて、袖を通した途端に元気爆発。
いつもよりもゴキゲン度が高く、しかもクルクルクルクル、回っています。
結構似合うね~と話していると、わかっているのかいないのか、ニコニコしながら「だっこして~」と走ってきます。

意外と着道楽なのかも?
血統的にモデルは無理でしょうが(笑)、ファッションを楽しむことのできる男の子になってくれるのもいいな。
(あんまりウルサイのも嫌ですけどね。)

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March 01, 2006

舌鼓をうち、帰路につく。【神戸旅行記7】

060221_12400002「神戸に行くのなら、ここだけは必ず行っておきな!」
神戸に詳しい友人からそう勧められたのは、中華料理店だった。
ここの飲茶は、食べる価値がある。
神戸に行くのなら必ず食べるべし。

正直なところ横浜とイメージがかぶる部分の多い神戸、中華料理も「なにも神戸で食べなくても」感があった。
しかしながら、せっかく薦めてもらったのである。しかも「おいしいもの通」として知られた彼女をして、そこまで言わしめる店である。老香港酒家。これは食べておかねばなるまい。

私達は勇んで、ランチ飲茶食べ放題に臨んだ。
予約をしなければ入れないというのも道理で、平日だというのに店内は満席。
神戸マダム達の集いあり、親子団欒あり、デートあり。
老若男女が一心に料理を食べている。

ここの食べ放題はとても親切で、前菜、蒸し物、揚げ物、麺、粥、デザートなどそれぞれのワゴンが座席に来てくれる。そこから食べたいものをオーダーして、食べたいだけ食べるというシステムだ。
前菜は10種類以上、料理も全部で60種以上になるという。

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あれもこれも食べたくなってしまい、胃の許容量を測りながらのオーダーは、苦しくもあり楽しくもあり、旦那さんも足の痛みを一時忘れて、食楽にふけった。


060221_12300001驚いたのははる。
今まで上手にスプーンが使えなかったのに、目の前に並ぶ美味に触発されたのか、急に上達した。
自分でレンゲを持ってスープを飲んだり、カスタード饅頭のカスタードをスプーンですくって食べていたり。
動物は必要に迫られて進化を遂げたと聞くが、それも道理…とわが子を見ながら思った。
これだけの美味、親が夢中で食べている間に、自分もなんとかして食べなくてはと、こども心に思ったのだろう。


腹十二分目、というところまで食べて、心から大満足だった。
たっぷり食べたせいか、はるは店からタクシーに乗り込むと瞬時にして眠ってしまった。

神戸、記憶に残っているのは「おいしいもの」ばかり。(と、私はもちろん真珠も)
結局のところ、ルートをたどると、「神戸らしい神戸」には行っていないのかもしれない。
それはそれで、私達らしいような気もする。
トラブルもあったけれど、初めての家族旅行、なかなかいい旅だったように思うのは、やっぱり出逢ってきたたくさんのおいしいもののお陰でしょうか?

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