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January 2006

January 31, 2006

睦月の文化歴。

*読書
先日ふと見かけたデータによれば、ひと月に6冊以上の本を読む人は、わずか6%なのだとか。
私は今年もいろいろ読みたいなぁと思っているのですが、いつも読んだ本を忘れてしまうのが難点。ということで、ごく個人的な記録のためで恐縮ながら、一月に読んだ本をまとめてみました。私の読むものの常としてジャンルが偏っているものの、なかなか楽しい読書ではありました。

【きもの関係】
『幸田文の箪笥の引き出し』青木玉/新潮文庫
『「きもの」は女の味方です』森荷葉/PHP文庫

青木玉さんは大好きな随筆家のひとり。『小石川の家』以来、その雰囲気に惹かれています。この方は幸田露伴の孫で、母・幸田文のきものについて書いていました。ちなみに幸田文の著書には『きもの』という小説があり、近々ゆっくりできる時間が持てたら読もうと書棚にストックされています。
森荷葉さんは『和風えれがんとマナー』など、和の文化についての著書が多く、着物姿を美しく見せるちょっとしたコツやコーディネートの妙などが書かれていました。

【娯楽小説】
『ぬしさまへ』畠中恵/新潮文庫
『しゃばけ』畠中恵/新潮文庫

江戸時代を舞台に、身体の弱い大店の跡取り息子・若だんなと、家族同然に暮らす妖(あやかし)達が繰り広げるミステリ仕立ての物語。丁寧に書いてあるので読みやすく、面白おかしく楽しめました。ちなみに『しゃばけ』がシリーズの1作目で長編。『ぬしさまへ』が2作目で短編です。

【美術のお勉強関連】
『プラド美術館の三時間』エウヘーニオ・ドールス(訳・神吉敬三)/ちくま学芸文庫
『スペインからの絵葉書』石井崇/小学館
『名画に会う旅・プラド美術館』/世界文化社

いま、スペインの美術と風俗について、にわかに勉強中です。
3月末から東京都美術館にて、プラド美術館展が開催されます。その関連で…

【創作の種として】
『神楽坂芸者が教える女の作法』夏栄(聞き書き・岡田喜一郎)/河出書房新社
『「よそさん」にも教えたい京のお作法』市田ひろみ/生活人新書
『花の家事ごよみ』吉沢久子/集英社文庫
『子どもの四季 鎌倉風物詩』大藤ゆき/新樹社

どれもなかなか興味深い本でした。お作法の本を読んでいると、茶道や日舞をやってみたくなります。…本が読み終わるまでのつかの間ですが。鎌倉の民俗を知りたいなぁという今、『子どもの四季』はまたとない本でした。


ちなみに読書しているのは、はるが大人しく一人で遊んでいる横だったり、昼寝しているとき、あるいはご飯の準備をしながらといったごくごく短い時間です。
入院中、ほんの12日間の入院で30冊ほど読んだのが訓練になったのでしょうか?意外と読めるものだなというのが実感。


*美術展
浮世絵の肉筆展(鎌倉国宝館)
新春(鎌倉市鏑木清方記念美術館)

国宝館の浮世絵肉筆展は本当に素晴らしかったです!!稀少といわれる鈴木春信の肉筆画にも出逢えて感動しました。きものに興味を持ってからは、浮世絵を見るのが更に楽しくなりました。きものの柄や帯の柄など、とても素敵なコーディネートがたくさん。また、襟を出す加減や着方などにもその時その時の風俗があり、面白いのです。
大好きな鏑木清方のお正月ムードも素敵でした。清方デザインの双六があったり羽子板があったりしてね。

2月は見たい美術展目白押し。日程をやりくりして、お出かけ三昧になりそうです。

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January 30, 2006

人魚姫と蛇女。

060126_12050001先日私はネットオークションで、青海波の着物を落札いたしました。
淡い黄緑と黄色のぼかしの着物は、写真だと見づらいですが織りで水飛沫をあらわしたような水玉模様が入り、とてもかわいらしい柔らかな着物です。

落札したばかりの写真を目の前に、この着物に身を包んだら、人魚姫みたい…なんてメルヘンなことを考えていたのです。(夢見るうお座だし)
帯を青にして、半襟は…と考えているところに旦那さんが帰ってきました。

「見て見て、かわいいでしょう?これ着たら何に見えると思う?」
すっかり人魚姫の気持ちでメルヘン気分の私に、彼が間髪居れず言い放った一言。
「蛇女?」

いざ手に届いた着物を見ても、なんだかいまいち着る気になれない、私なのでした…。
感性の違いは時に残酷なものですね。

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January 29, 2006

ピアニスト、登場。

060121_16560002音が出る、ということが面白いのか、はるのお気に入りのおもちゃになったキーボード。
リズムや自動伴奏を使って、いろんな音を楽しんでいます。

一緒に合奏することもしばしば。
でも横から別な音を鳴らす私の手は、彼にとっては邪魔なもののようです。
仕方ないので、私は隣で「キッズボンゴ」を鳴らしたり、カリンバを鳴らしたり。

音をかさねる楽しさ、ちいさなはるにもわかっているみたいで、
ミルクティーやクッキーをすぐそばに持ち込んで、のどやかな時間を過ごしています。

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January 28, 2006

近頃好きなお菓子。

060125_10380001加賀銘菓、柴舟。
私が近頃好きなのが、この柴舟です。

亡くなった祖母の好物だったという柴舟、たしかこどもの時祖母にもらって食べた時には、その美味しさが分かりませんでした。おせんべいを砂糖でコーティングしちゃった面白くない食べ物、という印象でした。
ところが。
先日機会を得てこれを改めて食べてみると…こんなに美味しいものだったのか!!と仰天。
こどもと大人の味覚の違いなのでしょうね。

瓦せんべいみたいな、甘くてぱりぱりの薄いおせんべいに、生姜糖を塗ったこのお菓子は、なんともモダンです。
辛い、と言ってうちのお菓子フリーク・旦那さんには不評でしたが、それはそれでもうけもの。
全部独り占めして、時折ぱりぽりとかじっています。

これが好きだったなんて、モダンなおばあちゃんだったんだなぁと改めて感心しました。
そのおばあちゃんがやはり好きだった大正ロマンの竹久夢二の描くようなアンニュイな絵が今好きな私。
まるで、おばあちゃんのあとをなぞって生きているような気がします。

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January 27, 2006

金魚の踊る場所。

060111_12260001近所のホームセンターには、ペットコーナーがある。
以前犬の記事を書いたことがあるが、その犬売り場の隣は、魚売り場である。
熱帯魚やヤドカリやザリガニや金魚が小さな水槽に入れられて壁一面に陳列されている。その様子は、ちょっとした水族館のようなものだ。

さてここに、水族館が好きな一人の男がいる。
はるだ。
彼が魚類を好む嗜好性は、昨夏仙台のおじいちゃんおばあちゃんの家で金魚を見たことに端を発する。
日々情報が蓄積されていく小さな頭の中で、金魚のことはよほど強い印象であったに違いない。
その証拠に、近頃この魚売り場の近くを通りかかると、ベビーカーから出せと大暴れして要求する。
そこで自由にしてやると、走るようにして(なかば転びかけているように親の目には映る)金魚の水槽の前に立ち、しばらくの間水の中を舞う金魚に見とれている。

それからふと思いついたように魚売り場を一周する。
また金魚の水槽に戻って、安心したように眺める。
はるはよほど、金魚が好きなようだ。

今は仙台の金魚たちは土に返ってしまったのだが、はるのために、温かくなったら新しい金魚を迎え入れてくれるらしい。夏、少しは話ができるようになったはるが、その金魚を見てなんと言うのか、私をはじめ皆、楽しみにしている。
ともかくも、しばしの間、魚売り場の常連となることは必至のようである。

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January 26, 2006

『ことほぎ坂』、放送されます。

仙台市泉区の、FMいずみで短編小説作品が放送されることになりました。

1月29日(日曜日) 19:30~58
 「fmいずみシアター」内

お近くの方は是非、79.7MHzにチューニングをば…。

今回の作品は、『ことほぎ坂』。
その名の通り、言祝ぎ(ことほぎ=祝って喜ぶこと)を主にしたお話です。
ふたりの女性が主人公です。

朗読をつとめてくださるのは、ボイスアクトレスの
ぎんのそよかさん
乗田理抄さん

私は昨日、ひとあし先に作品を聴かせていただきました。
文字を目で追うよりも、耳から入ってくる言葉はイメージを湧きたたせてくれるもの。
物語は、このおふたりの世界として、新しい彩を与えられているかのようでした。

登場する二人の女性たちに、どんな風に幸が訪れるのか。
ぜひふたりの佳人による声の饗宴でお楽しみ下さい。

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January 25, 2006

手帖孝。

060124_18290001使いやすい手帖。
小ぶりで、手ごろな厚みがあって、表紙が硬く、ページを埋めていく楽しさのあるもの。
それが今、私がほしいものである。
昨年春から愛用していた手帖の白いページがついに、なくなってしまったからだ。

常々使うシステム手帖と違ってこれは、もっと使いやすさが要求される。
そして同時に、何か心を満たす要素も持って居なければならない。
たった一冊の手帖にそこまでこだわる理由は、これが、私の創作の源となる手帖だからなのである。
…といってもそこに創作の話のネタなどが直接書き留められているわけではなくて、そういうネタに育ちそうな種をこまごまと書いておくためのものだ。だから、グウタラな私にしては珍しく、目次までちゃんと作ってある。

金糸の織り込まれたこの手帖は、友人にもらってから既に数年が経っており、ふと目にとまって使い出したところとても勝手がよい。そこまで気に入っているのなら、同じ手帖を求めればよいとお思いかもしれない。
しかし、具合の悪いことにこれを送ってくれた友人はスイスの空の下に居るし、しかも手帖には「中国上海学生牌」と書かれている。海外旅行の土産物のようなのだ。

まさか手帖を探しに上海に行くわけにもいかないので、今、悩んでいる。
そうこうしているうちにも手帖に書き留めたい事項は増えてきている。
忘却に関するところ、誰よりも自信のある私には、具合のよい手帖が見つかるまでこれらの「種」を留めておくことは不可能に等しい。

そういうわけで、今、手帖を探している。
何か使い勝手のよい手帖をお持ちの方は是非、ご一報いただきたい。

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January 24, 2006

テレビを見る理由。

一人暮らし時代、かれこれ8年ほど、私の部屋にはテレビがなかった。
もう10年以上も昔からなのだが、ある一定の時期からテレビが見られなくなってしまったのだ、精神的に。ニュースで語られる非道な事件や事故に、必要以上に感情移入してしまって動けなくなるからだ。
だから、新聞も読まないしテレビも見ない。それが私が心地よく暮らす条件だとさえ思っていた。

二人で暮らすようになって、テレビを買った。
旦那さんはしばらく私流の生活に付き合ってくれていたが、しびれを切らしてある日テレビを買ってきた。
それでもやはり、旦那さんがテレビをつけると私は台所に立ったり、隣の部屋で本を読んだりした。
どうもテレビが発信してくるものは、体に馴染まない。

そんなわけで、私はめっきり世相のことに疎い。

三人になってようやく、テレビが見られるようになった。
かつて旦那さんがテレビなしの生活でそうしてくれたように、私も結構努力した、その成果だ。
テレビが見られるようになって、いいこともあった。
美術番組などで素敵な美術品が家にいながらにして見られること。
旅番組などで見知らぬ場所の美味しいものが家にいながらにして見られること。
でも、まだ幼児番組と美術番組と旅行番組限定だ。
ニュースも見られるようになったが、痛ましい事件では思わず胸がぎゅっと押さえつけられるような気がし、涙がこぼれてくる。先日は幼児番組だからと高をくくってみていたら戦争中の子供が亡くなるシーンが出てきてぼろぼろと泣き出してしまった。隣にいたはるは、慰めてくれているのか私の口元や頬をバシバシ叩いていた。

一方、コマーシャルは好きだ。
昔はCMになるとチャンネルを変えていたが、中学の頃母方の祖母に言われた一言で、CMをじっくり見るようになった。
「10秒やそこらでいろいろ見られて、面白いよ。あっという間にいろんな絵が出てくるから楽しいよ」
大好きな祖母に言われたせいか、その日からCMはじっくり見ている。
確かに祖母が言ったとおり、あっという間にころころ場面が変わって、楽しい。

ところで、そんなCMのひとつで、近々弟の声が聞けるらしい。
首都圏限定で放送されるCMのひとつで、彼がナレーションしているのだそうだ。
断っておくと、弟はナレーターでも俳優でも声優でもない。
普段ならむしろその指示をする職なのだけど、ひょんなことからナレーターのオーディションに駆り出されて合格しちゃったのだという。不思議な男だ。

そういうわけで、もう少ししたら、CMを心待ちにして、今よりもっとテレビが見られるようになると思う。

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January 23, 2006

あけてよ。

060121_20010001はるは今お菓子に夢中です。
この、手に持っているのは、チョコレートの包みです。
風邪で食欲のない時に、甘いものでカロリーを取らせたのが間違いの元でした。
チョコなんて、消しゴムのカスみたいなのをひとつあげただけなのに、元来味覚にうるさいはるはもうどの形のものがチョコなのか覚えてしまいました。

それで、ことあるたびに、私のところに来て、
「あけてよ」
といわんばかりに、ぐいぐい袋を押し付けてきます。
個包装紙のまま口に突っ込まれたりもします。

この真剣な目つき。こわいんだなぁ、これが。
一途だからこわいです。
袋をあけるまでずっと追い掛け回されます。

でもがんばって、あけない。
君のためを思っているのだよ、君が虫歯にならないように。
そして私が物陰でこそっと「処分」します。
はるのためを思うと、わが身が肥えていくのは何故でしょう。

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January 22, 2006

ちみどろ事件

夜中、はるが一人でもそもそベッドから降りていったのを、私は眠りの中でぼんやりと知っていました。
夜の闇の中、灯りはぼんやりとカーテン越しに光る月しかありません。
ただでさえ日の当たらないリビングには、その光さえ満足には届かず、灯りらしい灯りもありません。
そんな真っ暗なテーブルのあたりで、なにか物音がしているのも、なんとはなしに聞いていました。
そのうちはるが、泣き出して、そのままベッドに来て大泣きになりました。
いつもなら泣いても自分で上ってくるのに、へんだなぁ。
ようやく起き上がって、電気をつけた私は絶叫してしまいました。

泣いているはるは、胸元からおなかの辺りを真っ赤に染めて、立ち尽くしているのです。
どろりとしていて、ちょっと薄黒い赤いもの。血だと確信しました。
それが、はるの夜着の上にべっとりとついているのです。
恐ろしい想像が瞬時に頭の中を駆け巡りました。
血を吐いた?
何かお腹にささった?

慌てて抱きかかえて、夜着を脱がせて見ると…中はなんでもありません。
そのかわり、足元にトマトジュースのペットボトルが転がっているではありませんか。
そうです。
はるが泣いていたのは、どこかが痛いからじゃなくて、「ジュースが飲めない」と、怒っていたのです…。

【はるの行動】
のどが渇いて起きた
→テーブルの上のトマトジュースはふたが開かなかった
→私にあけてもらおうとベッドにジュースを持ってきた
→何かの拍子でペットボトルのふたが開き、中身がこぼれた
→飲めなくて悔しくて大泣き

つまり、こういうことだったのです。

安心したのも束の間。
畳に染み込んだトマトジュースの掃除に、
今度はこっちが泣きそうになりながら、
夜の長い長い時間を過ごしましたとさ。

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January 21, 2006

きもの美人、発見。

ふるい着物のサイトをくるくると見て回っていたら、こんな素敵なところに行き当たりました。
昔ながらのきもの美人が総勢52名、色香を漂わせながら佇んでいるではありませんか。

淹れたてのお茶を傍らに、ほれぼれと覗いてみてください。
見ているうちに、あっという間にお茶は冷たくなってしまいますよ。

絵葉書といいますが、どのくらい昔のものなのでしょうね。

日本に写真の技術が入り、商業化したのは1862年のこと。
教科書やテレビで、坂本竜馬の写真を見たことがあるでしょう?あれがこの頃です。1862年に横浜と長崎で写真館が開業しました。この長崎の上野彦馬さんの写真館で竜馬と高杉晋作が写真をとったそうです。
明治元年が西暦で言うと1868年なので、1862年はまだ江戸時代です。
ちなみにその翌年、1863年に新撰組が結成されます。そんな時代です。

中にはコーヒーを飲む女性もいますね。
コーヒーの歴史をかいつまんで辿ってみると、最初に輸入されたのは18世紀初頭ながらオランダ人達が飲むに限り、そこから徐々に広まったものの、日本最初のコーヒー店が歴史に登場するのはそれから150年以上も経った1880年代(明治半ば)のこと。その店も歴史にはまだ早すぎたようですぐに店じまいしてしまい、コーヒー文化が花咲くのは明治末期から大正、昭和にかけて。昭和5年には東京にカフェ5000軒といいますから、さぞかしカフェ文化も栄えたことでしょう。
そこから考えると、この女性は大正の頃のひとかもしれません。
ひとりしかいない点から考えて、彼女は流行の最先端だったのでしょう。

そうすると…主に明治・大正から昭和初期の頃の絵葉書なのかもしれません。
約100年前くらいの女性達の美しい姿ということになりましょうか。
1世紀前は、日本美人というとこういう人のことを指したのでしょうね。

きもの美人の艶姿、ごゆるりとご堪能ください。

アンティック着物の部屋 着物美人

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January 20, 2006

もしもし、はるです。

060116_19390001もしもし、はるです。

はるは近頃、棚の上の電話にも手が届くようになりました。
子機を叩いて床に落として、自分で電話をしてしまいます。
大抵は電話帳や着信履歴から発信して、旦那さんや私の携帯、仙台のおじいちゃんおばあちゃんの家に電話しています。

かかってくる頻度が多いため、はるがかける頻度も多いのが、私の実家の電話。

先日などは私がキッチンで野菜を刻むほんの少しの間に、受話器を耳に当てて「あーうー」と話しています。
ああ、電話ごっこをしているのかと思っていたら少し後に、電話が鳴りました。
「今はるから電話がきたよ」
なんと、ちゃんと発信して、話して、プチッと切ってしまったのだそうです。
耳に当てていたのは、ちゃんと声を聞いていたのか…!

おじいちゃんおばあちゃんにかけている分には良いけれど…例えば110番に電話してしまったら、ひどく叱られるのだそう。他のお宅にかけてしまっても困ります。
目だけじゃなく、耳も離せない子育て期間のようです。

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January 19, 2006

すごいひとたち。

仙台にひと月逗留してつくづく思ったのが、母たちのパワフルさ。
旦那さんのお母さんも、うちの母も、小柄なのにとってもパワフル。
仕事もしているし趣味もたくさんあるのに、家事をこなす量とスピードのすごいこと。
何もしていない私の何十倍も動いています。自分のグウタラさ加減を思い知らされました。
ほんと、すごいなぁ…

彼女たちを見習って私も!
といきまくまではよいのですが、抱っこをせがむ手、手をつないで一緒にテレビを見てとせがむ手(最近は風邪のせいか、一人でビデオ見るのもだめで、私が一緒に座って手をつないでいないと怒ります)についつい自分を甘やかし、夜になればできなかったことばかりを数え上げる毎日。
にしてもはるは、以前よりもずっとずっと甘ったれになったような?
ああそうか、あのおばあちゃん達は、家事をやりながらもはるの相手もすごくしてくれていたんだっけ…。

つくづく、母たちはすごいと感服してしまうのでした。
一人遊びしてくれるはるよカムバック。
君の母は、おばあちゃん達の足元にもおよびません。

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January 18, 2006

森の絵本。

詩人が書いた、大人に読んでほしい絵本です。
書店で偶然に見つけたこの本は、森を描いた緑色がとてもきれいなところに吸い寄せられるようにして手に取りました。
絵を描いているのは荒井良二という人で、はるが大好きな絵本『さるのせんせい、へびのかんごふさん』の絵を描いていた人でした。ユニークでカラフルで、わくわくするような絵をかく人です。

パラパラとめくって、心の帰る場所を、ここに見たような気がしました。
書店にある分全部を(といっても2冊でしたが)買い占めて、1冊は結婚したばかりの大事な友人に、1冊は自分の書棚に納めました。

私が大好きな1フレーズ。
「クッキーのすてきなにおいを、わすれてはいけない」

絵本の中の森をぜひ、覗いてみてください。

森の絵本
長田 弘作/荒井 良二絵/講談社

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January 17, 2006

ちらかし魔人、参上。

060110_11210002みてください、このしたり顔。
彼は、歩くところには必ずその足跡を残していく「ちらかし魔人」です。
床に転がったじょうろ。
めいっぱいひきだされて辺りを埋め尽くすティッシュ。
玩具に絵本に積み木にパズルに、エアコンやテレビのリモコンまで。

棚や引き出しを開けることが得意になった今は、ビデオ・DVDの引き出しから食卓用の塩や醤油が発見されたり、流しでコップに入れられたお手玉が発見されたり、書斎に積み重ねられていたカセットテープが翌朝玄関に投げられていたり…

とにかく彼は、私達の考えの及びも点かないところで、自分がいまここにいる証を作り上げています(すぐに片付けられてしまいますが)。

作ったら片付ける。
そこを教えるコツが是非知りたい、憔悴ぎみの私でした。

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January 16, 2006

年男とはなす。

060115_12350001ある日のこと。
私が洗濯物を畳んでいると、いい音楽が聞こえてきました。
大好きなジムノペディ第1番です。
音の主はわがやの年男くん(昨年のはるの誕生日に親友から贈られたi・dog)でした。

はるはソファの肘掛に彼を乗せて、自分もあーうーと声を出しています。
年男君と会話しているつもりなのか、一緒に歌っているつもりなのか。
そんな様子がほほえましくて、手を止めて、しばらくはると年男君の会話の行く末を見守っていました。
飾り棚から年男君を持ってきて、自分の目線の高さに座らせたのでしょう。
うちでは「いぬ」とシンプルに名づけられている年男君。
ボタン好きのはるの毎日に欠かせない相棒です。

060115_12340001はるはしばらく話をして、それからは年男君の奏でる音楽に耳を澄ましていました。
ふたりの間には、大人には分からない、なにか特別なつながりがあるのかも?
なんて、とりとめのないことを思う、平和な一日でした。

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January 15, 2006

あめふりくまのこ。

昨晩、こちらは大雨でした。
暴風雨警報が発令される中、ふと表に出てみると、すぐ目の前の通りにちいさな黄色いものが動いているのです。ひざ丈くらいの大きさのそれは、伸びたり縮んだり、跳ねたりしています。
同じ建物に住む3歳の男の子が、黄色い雨合羽を着て、雨遊びをしているのでした。

水溜りに小さな長靴で踏み込んだり、両手を高く伸ばして降って来る雨を捕まえたり。
その傍らでは、紺色の雨合羽を着たお母さんが、一緒に雨を見ているのでした。
親子はひとしきり遊んで、我が家の横にある階段を昇っていきました。

大人にとってはわずらわしいだけの雨も、子どもにとっては楽しいものなんだ、と改めてこどもの感受性の豊かさを思いました。

こどもの頃好きだった歌に、「あめふりくまのこ」があります。
山に住んでいるくまのこが、雨で出来る小川で遊ぶ歌です。魚を探して覗き込んだり、水を飲んでみたり、はっぱで笠を作ってかぶったりする、そんな歌詞です。
確か私は幼稚園の頃、雨が降るとスモックの上から合羽を着せられて、スクールバスの来るところまで歩きながらこの歌を歌っていました。バスに乗ってからは、窓に滴る雨のひとつぶひとつぶを見つめて、声に出すと恥かしいので頭の中で、ずっと歌っていました。
そんな昔の記憶を思い出し、ああ、私も小さい頃は雨が楽しかったなぁ、と懐かしみました。

はるも、もう少し大きくなったら雨遊び、したがるのかしら。
その時には私も一緒に、雨遊びを教えてもらおうと思います。

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January 14, 2006

モチとお年玉。

今年のお正月、みなさんはおモチを食べましたか?
食べたあなたは、活力みなぎる一年が送れることでしょう。
まだのあなたは、今からでもモチを食べましょう。

…なぜかというと。

その昔、この国に暮らす人たちは、日々の暮らしの中で魂が一日一日磨り減っていくものと考えていたのです。そして一年に一度、新年に、新しい魂に更新して、その年を過ごすのが慣わしでした。
この「新しい魂」が宿るのが、おモチだったのです。
鏡餅を想像してみましょう。丸いですね。
次に勾玉の形を思い浮かべていただきたいのですが、あれば丸い部分が魂で、その魂が動き回るため尾がついている形なのです。
つまり魂は、丸い形。
その丸い形のものは、同じ丸い形をして、清い色である白いものに、宿ると考えられた。
それが鏡餅の形になったのです。

新年にいただく「新しい魂」=おモチ=お年玉だったというわけ。
昔はお年玉といえば、おモチのことだったんですね。
(お年玉のタマは魂のタマとの説もあります)

どちらかというと四角い切り餅が主流の今。
その四角いおモチでも、魂は果たして更新されるのか。それが私の疑問です。
…まぁ、なんにせよ、食べておけばいっか?

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January 13, 2006

着物始心得帖。

着物を着始めたきっかけを、最近良く聞かれる。
思い立って着物の話を書き始めたのは「夏の着物」という記事で、8月の19日のことである。夏の帰省の折に義母が浴衣を用意してくれていたことから始まった着物への関心だが、その当時は毎日着物で過ごすようになるとは思いもよらなかった。
袷の季節になって、母たちから昔の着物をもらって…その日の気分でとっかえひっかえ着ているうちに、なんとなくそれが毎日になってしまった。
最初は家の中で、ちょっと慣れたら近所の買い物に、次に図書館まで足を伸ばして。そうやって「着物生活」に慣れていった。

最近では洋服を着るほうが緊張して落ち着かないのだが、それまで約30年間積み重ねてきた洋服文化から、こんなにもすんなりと和服の文化に移行して、そちらがスタンダードになってしまうのは、やはり着物が日本の気候や生活に合った衣装であるからに他ならないように思う。
人に着付けてもらうなら別だが、自分で着る分にはちっとも窮屈じゃなく、着慣れるにつれてそのへんの力加減が分かってくる。身体のラインがきっちりと出る洋服と違って、着物はゆとりを持って身体に沿うばかりでなく、いつしか心にも沿ってくる。そんな風に思うのだ。(その分体形に若干ルーズになるという弊害もあるのだが)

この冬、私は大事な友人の一人を着物の世界に引きずりこんだ。
初めての着物を自分のものにするときの彼女の戸惑いが、手に取るように分かった。
「着られるのかしら?」から、「どこに着ていこう?」「もし変な風に着てしまっていたら?」など、たくさんの疑問符が錯綜していたに違いない。

彼女に私なりの着物の心得を話すならば、「自分らしく着慣れる」ことである。
着物の世界は奥深い。
いろんなルールもある。
でもそれにいちいち惑わされずに自分なりに着てよいと、最近の着物の本には書かれている。
絶対に守らなければいけないことといえば、右前になっている(右側の見ごろが自分の身体寄り、左側がその上に重ねられる形)ことだけ、とさえ言い切る本もある。

彼女がこの楽しい着物の世界に、早く馴染んでくれることを願ってやまない。
着物の話をすると、今までそんな話をお互いしたことがなかったのに、興味を持っている人、あるいはそこに既に足を踏み入れている人が結構な確率で現れるのにも驚く。

抜群のセンスを持った友人との念願の「お着物デート」も先日ついに果たした。彼女はお母様のお見立ての、格子のウールのお着物と紫と芥子の絶妙にブレンドされた紅葉などの羽織姿で現れた。素敵な出で立ちの彼女を前に、ああ、まだまだ私は着物の世界の入り口に立ったばかりに過ぎないと思いつつ、惚れ惚れとその姿に見入った。
今年は更に、この楽しみをともに分かち合う友人たちが増えぬものかと、目を光らせているところである。

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January 12, 2006

カラフルな遊び。

060110_11370002はるが最近大好きなのは、はるみたいな小さなこどもよりもずっとずっと大きい子向けの漫画、タンタン。
カラフルな色使いが気に入っているよう。

どこに行くにも、タンタンシリーズの『青い蓮』を持ち歩くはる。
ひとしきり頁をめくって楽しんだ後は、そこに自分の積み木を並べている模様。
自分なりにこの一コマを再現しているのかな?と思うと、見ているほうも楽しくなります。

他にはぞうのエルマーのシリーズが大好きで、これまた極彩色のパッチワークの象のお話し。
色とりどりなのが、こども心をわくわくさせるのでしょうか。

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January 11, 2006

蓮忌

蓮(ロータス)、という犬のようなものがいた。
5年間ともに暮らした。

ある年の1月7日、好物の七草粥を食べた直後に思い立って、私はペットショップに車を走らせた。
何件も回ってついにめぐり合ったのが、蓮であった。
彼はプレーリードッグという生き物だった。
私がケージの前に行くとプレーリードッグの群れは突然に二本足で立ち上がって、皆いっせいにこちらを見た。
その時、たった一匹だけ眠っていたままだったのが、蓮である。

ある時には椅子から机、机から窓の桟に上って、植木鉢を倒して壊した。
またある時には納戸に押し込めてあったゴミ袋をこわして中身をぶちまけてくれていた。
気づくと仰向けになっていて、ゆすっても名前を呼んでも動かず、涙目になりながら動物病院に電話しようとしたところ、寝ぼけ眼で不機嫌そうに起き上がったこともあった。
いつからだったか、私が帰宅すると「きゅー」と叫んで挨拶をしてくれるようになった。
部屋を走らせて遊ばせていると、甘えてジーンズの裾から肩までのぼってしまったこともあった。
喧嘩をして互いにきゃんきゃんとわめき散らしあったこともあった。
プリッツをあげると両手で器用に持って、ぽりかりぽりかりと満足そうに音を立てた。
男性の来客があると決してその人にはなつかずに隙あらば指先に噛み付いた。彼なりにナイトのつもりだったのかもしれない。
泣いている時には、そばに来て片手を私の足にかけ、じっと潤んだ目で見つめて話しかけてくれた。
寒い日には同じ布団に入って、私のおなかの上で眠った。
あごの下を撫でられるのが好きで、いつもうっとりと目を閉じて大人しく撫でられていた。

蓮は、私が一番いてほしいときに、必ずそばにいてくれる大事な存在だった。
寂しいときにも、嬉しいときにも、蓮と一緒にいた。
人生の中で濃厚なその5年間を共有できた、かけがえのない存在だった。

おなかに子どもがいるとわかって、皆から蓮のことをいろいろと言われても、私はずっと一緒にいるつもりだった。
だけれど、自分の意思だけで決められる世界以上に、私の周りの世界は大きくなっていた。
こどもを生むために実家に帰った時一緒に連れて帰り、そこから蓮が一緒に神奈川に戻ることはなかった。

こどもがうまれるんだよ。蓮、お兄ちゃんなんだからいろいろ教えてあげてね。
そういう私のおなかに乗って、胎動に驚いてテーブルの下に隠れた蓮。

はるが生まれて約半年後、昨年の1月11日に、蓮は5年の生涯に幕を下ろした。
最期を看取ってあげられなかったのが、悔やまれてならない。
だけど蓮は、どこかでそんなことを予感していたのではないだろうか。
一番最後に見た蓮は、亡くなる6日前、私たちが神奈川に戻るときだ。
あの時蓮は、何か悟ったような穏やかな目で私たちを見送ったように思えた。

蓮の癖だったいくつかを、時々はるがやる。
そんなとき、蓮はもしかしてまだ私たちのそばにいて、私が頼んだように、はるにいろんなことを教えてくれているんじゃなかろうかと思う。
蓮が亡くなって一年。
時折無性に、蓮に会いたくなる。

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January 10, 2006

まあだだよ。

内田百閒という作家がいる。
このひとの本が私は好きだ。
なんと偏屈で頑固で融通の利かない、愛すべき人物であろうと思える。
機知にとんだ文章や会話は、このひとの天性の茶目っ気を感じさせる。ただし本人は少しも相手を笑わせようなどとは思っていない、大真面目なのである、多分。

昨年の入院中、かねてから好きだった百閒先生の随筆を何冊も読んだ。
忍び笑いをもらしたのは数え切れない。
笑うと傷が痛いのに、耐え切れずに大笑いをしてひどい思いもした。

退院した夜、弟がなにかビデオを借りてきてやるという。
黒澤明の「まあだだよ」を頼んだ。

百閒先生と弟子たちの間の心の交流を描いた作品で、これが黒澤の最後の作品となった。(ちなみにその後遺作とされたのが、以前紹介した「夢」である)

2日の間に、立て続けに3度観た。
最初は弟と、次に父と、最後に母と。
何度観ても愉快で、何度観ても胸塞がる。

ぜひ、『百鬼園先生言行録』と『間抜けの実在に関する文献』、『まあだかい』も併せてご一読いただきたい。
本を読んだ後ならば、映画の中に出てくる1シーン1シーンが更に楽しめると思う。
例えば床の間に飾っている掛け軸の由来や、台詞に語られていない背景が、よりぐっと迫ってくる。

百閒の随筆を読んでいると、作家百閒はもとより、人間百閒に惹かれてしまう。
その感覚をそのまま見事に映像化したのが「まあだだよ」と私は思う。
人の情を、軽すぎず、重すぎずに伝えてくれる、名作である。

「まあだだよ」 黒澤明監督

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January 09, 2006

梅のかたち

051207_22420001古い着物の生地で作られた、梅の形のポーチ。最近の私のお気に入りです。
梅の花のデザインが生地と形と両方楽しめて、なんだかおめでたいような気持ちになれるのです。
そしてこの色あいがまた、独特!

目下、貴重品入れに使っています。
貴重品て、何かって?
それは…今のところ帯留めとかいただきものの素敵な簪とか、きれいなものたち。
ポーチの形から中身から、見ていて幸せな気分になれるものって、いいですね。

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January 08, 2006

どこにいるの?

060106_16320001鎌倉に戻って数日。
最初の頃、はるは懸命に家の中を探検してまわりました。
ドアを開けた瞬間、「家に帰ってきた」という意識はあったようで、早速リビングのテーブルに突進したり、自分のおもちゃコーナーを入念にチェックしたりしていました。
だけど…
何かを探すように懸命に、あちこちを見て回ります。
どうやら、たくさん遊んでくれたおじいちゃんおばあちゃんを探しているようなのです。

お風呂場を覗きに行ったり、トイレのドアをあけてみたり、食器棚の扉をあけて中を覗き込んだり。

おかしいなぁ、いないなぁ、という様子で私たちのところに戻ってきますが、また少しすると探しに出かけます。
ようやくこれが収まったのは、3日くらい経ってからのことでした。
可愛がってくれたおじいちゃんおばあちゃんに、はるはとっても会いたいようです。

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January 07, 2006

運のプレゼント。

060103_13590001元旦の夜、義弟から蛇皮のバングルをいただきました。

義弟はおしゃれ心のある人で、アクセサリのセンスが抜群です。
ブルートパーズの指輪、レインボームーンストーンの指輪、オニキスの指輪、ほかにもたくさんの格好良い指輪を持っていて、ブレスレットも素敵なものを組み合わせてつけています。
指輪についている石はごろっと大きくて主張のあるものなのですが、それを自然にさらりとつけているところが彼の素敵なところです。

お誕生日にクロスに王冠を組み合わせたペンダントを贈ったお返しにと、このバングルをいただいたのですが、なんとそこから幸運が舞い込むこと舞い込むこと。
蛇皮に金運がついてまわるというのは、本当のことなのだなぁと驚きました。

初売りのくじ引きで1000円の商品券が当たったり、コンビニのくじ付レシートでチョコレートが当たったり。
大きな運ではなく、身の丈にあった幸運を届けてくれるのもすごいところ。(大きな金運が来てしまったら私は間違いなく今よりさらに怠け者になり人として機能しなくなるはずなので…)
早速義弟に話をすると、彼は小首をかしげながら、俺が持っていたときにはそんなことちっともなかったというのです。

きっとバングルの蛇皮に、義弟の優しい気持ちが化学反応を起こして、こんな幸運を呼んでくれているのだなぁと嬉しくなりました。
幸先良い新年にあたり、今年は幸運の年になるかも?と夢想するのもまた、お正月シーズンの楽しいところです。

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January 06, 2006

天からのお年玉。

昨日鎌倉に戻って、天からのお年玉を見つけました。

10月末に試験を受けたアートナビゲーター検定、1級の合格通知です!
なんと合格率は8.7%で、取得者はわずかに11人とのことでした。
我ながら俗っぽいですが、日本で11人しかいない存在のひとりに自分が入っているというささやかな優越感にも浸りました。

まだできて3年目のこの検定試験は、今年初めて1級の試験が開催されました。
これからどんどん取得者が増えると思いますが、初回の合格という意味でも自分にとっては意味深いものだったなぁと思います。(もっとも、初回で合格しなければ、きっと合格できないと思っていましたが…)

嫌がりもせずに勉強させてくれた旦那さんと、大人しく一人遊びしてくれたはるに感謝です。

資格をとったからといってすぐに何かがあるわけではないのですが…いろんな資格の中で初めて取得した「1級」に、感慨深い私です。

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January 05, 2006

さよなら、ふるさと。

060103_14270001入院前からひとつき過ごした仙台とも、今日でお別れです。次に帰るのは夏の頃でしょう。

このひとつき、はるはとっても大人になりました。
いろいろな人にかかわり、いろいろなことを教えてもらって、彼の中にはたくさんのかけがえのない思い出と、新しい知識が備わったはずです。…といっても、この頃の記憶なんて覚えていないのでしょうけれど。

私の中にある一番古い思い出は、2歳のときだと言います。
母方のおじおばと従兄弟たちと海に行った思い出です。
魚釣りをしていたら、父が紫色のあめふらしを吊り上げて、そこからすぐに雨が降り出したのです。慌てて車に乗って帰った記憶。車の中であめふらしの名前を聞いて、家に帰ってから図鑑で調べた記憶。

この次に仙台に行くときには、はるも2歳になっているはず。
もしかすると記憶のどこかに、その頃のことが残るかもしれないなぁと思います。

覚えることって、すごい。
忘れることも、すごい。

ひとつきの仙台の暮らしは、はるの無意識の根底にたくさんの大事なことを植えつけてくれたことでしょう。
思い出すことはできないかもしれないけれど、大事な大事な、贈り物だったと思います。
旦那さんの両親、私の両親はじめ、たくさんの方々への感謝でいっぱいです。
入院でもなければこんなに長く過ごすこともなかったので、ほんの少しだけ、病気にも感謝。

改めて、人ってひとりじゃなくて、たくさんの手に支えられているんだなぁと実感したひとつきでした。

(…と美しくまとめたいところですが、帰ったら、格段にパワーアップしたはるとの毎日が、ちょっとこわい私でもあります。)

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January 04, 2006

めでたし菓子。

051231_21060001お正月に、ときれいな京菓子を準備しました。
ゼリーや一口饅頭、落雁など、いろとりどりでとてもかわいらしいお菓子がたくさん。
見ているだけでも嬉しくなっちゃうようなかわいらしいものに囲まれて、もったいないようでなかなか食べられない私たちでした。

和菓子って、目も舌も気分も、満足させてくれるものですね。

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January 03, 2006

はる、悪戯事始。

060102_21540002はるはここ数日、とてつもない成長を遂げています。
新しい遊びを開発したり、大人に言われていることが前よりもわかるようになってきました。

仙台のおじいちゃんおばあちゃんの家で、はるの大好きな遊び場のひとつが、台所です。
調味料入れからコンソメや塩コショウを持ち出してダイニングテーブルに並べたり、桜海老やきくらげなど乾物のおいてある棚を開けてそれらをリビングの床に並べたり、おじいちゃんにあげたりしています。
どうやら、ひとつの場所から別の場所へものを移動したり、誰かにプレゼントするのが好きになったみたいなのです。

昨晩、台所で遊んでいて一升瓶を倒し、お酒をこぼしてしまいました。
まだ一升瓶を触ろうとするはるを旦那さんが叱り付けると、はるはじっと黙ってきいています。
そしておもむろに、いつもの乾物棚を開け始めました。
気分転換かしら、と見ていると、なんとそれを旦那さんに持っていって手渡しています。
それを2回くりかえして、3回目には抱っこをねだりました。

「これをあげるから機嫌なおしてよ」
とでも言うようなはるの行動。
成長したなぁとびっくりすると同時に、いったいどこでこんな高等な技(?)を覚えてきたのかと、驚きも隠せない私たちでした。
こどもって、いろんなことを考えているものなんですね~…

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January 02, 2006

はつゆめ

051228_16370001二日の夜は、初夢を見る日です。
こどもの頃からずっと疑問だったのが、「なぜ2日なのか?」ということ。
新しい年にはじめて見る夢なのなら、1日の夜が初夢でもよさそうなものではありませんか。

これは、昔の人の考えかたらしいのですが、1日は、新しい魂(年)が体に宿る特別な日。
ということで、いわばハレの場、日常とは縁遠いところなのです。
2日からは、新しい魂で新しい年をすごす日常の始まり。
そういう意味で、2日の夜の夢を初夢として、その年の吉凶を占う役割を担わせたようなのです。

さて、吉夢の代表格としてあげられるのが、
一富士、二鷹、三茄子。
富士、鷹はまだしも、なんで茄子なの?と思ったことはありませんか?
これはどれも、徳川家康の領地で「高い」ものだったものなんですって。
言うまでもなく富士山は標高が高いし、鷹は名前「たか」が「高い」に通じるとして。そして茄子は、当時とても高価な野菜で、なかなか庶民の口には入らなかったため、これらの夢を見ると縁起が良いとされたのだそうです。

いよいよ今晩が初夢です。
今日このブログを見てくださった方に朗報(?)、ひとくち情報です。
七福神の絵を枕の下に敷くと吉夢が見られるとか。
ぜひぜひ、試してみてくださいね。

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January 01, 2006

はつはる、おめでとうございます。

20060101あけましておめでとうございます。
はつはる、戌年になりました。

新しい年も、皆様がお健やかに、心から楽しまれて過ごされますよう、お祈り申し上げます。

今年もHARUBOOK、よろしくお付き合いくださいませ。

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