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December 29, 2005

林檎難 【俄病人入院記5】

私は三切れの林檎を前に、悩んでいた。
食うべきか、食わざるべきか。
朝の診察で、傷は少しずつ良くなっているが出血がはじまっていると言われたばかりだった。手術から五日目、土曜日の昼のことである。林檎は、身もぎっしり引き締まり、硬そうである。こんなに硬いものが傷に触れたら、と思うと箸が先に進まない。

寒波が来るとは聞いていたが、窓の外を見やるたびに、日の照る晴天と、すぐ隣の看板さえ見えぬ吹雪とが芝居の書き割りのようにころころと入れ替わっていた。朝、いつもの豆乳を買いに行くと浦島翁が手招きし、行ってみると「全世界が異常なまでの寒波に覆われているんだよ」と私にささやいた。

確かに傷の影響は幾分か和らいできている。初日、二日目は、手術の傷よりも気道の死守が私にとっての命題で、飲み込めない唾液や、鼻の奥から流れおりてくる痰に悩まされた。夜も、それらに一瞬気道を塞がれて息ができず一時間毎に跳ね起きる羽目になった。

食事は手術後二日目にはもう流動食になり、四日目には五分粥になった。
メニューは、流動食なら、おもゆ、コーンスープ、具なしの味噌汁、林檎ジュース、豆乳などである。五分粥になると、肉豆腐、なめこの味噌汁、ほうれん草の煮浸し、かれいの煮付けなどが出た。
五分粥が出る頃になると若干嚥下できるようにもなり、夜に痛みで2、3度目が醒める他は息が止まることもなくなったが、傷は日ごとに痛みを増す。痛み止めがきれたところに食事がでようものなら、傷をナイフで切りつけるような、ピリッとした痛みが走り、目に涙が浮かんだ。

四日目、五日目になると痛みはピークに達した。痛み止めが充分に効いている時間だというのに、柔らかくゆでたほうれん草の茎が、飲み込む折に傷の上を撫でていくと、皮膚の中の生の肉をこねまわされているような痛みがあった。痛いが、食べられるだけ食べた。全部食しても粥は腹がすく。喉以外はすっかり元気なのだからこれも始末が悪いのだ。

食後服用の痛み止めを、食前に飲む。そして痛みが軽減したところで、食事をとる。
その裏技でなんとか食事を勧めていた。

おもゆは五分粥になり、五分粥も、五日目の昼には全粥になる。
問題の林檎は、全粥、皮なしのシューマイ、小松菜のおひたし、ゆでにんじん、ゆでブロッコリーとともに饗された。全粥になって初の食事で、いきなりの試練である。

悩みぬいて、一口齧った。奥歯で噛み締めると堅牢に思えた林檎はサクサクと音を立てて小気味良く崩れていく。思いの他あっさりと細かくなった林檎を飲み込むと、果汁も果肉も滑らかに押し流されて傷の上を通っていった。
痛くなかった。
指で軽く押したような圧力を感じたが、痛みというほどのものはなかった。

回復してきているのだ。
そう確信した。

窓を見ると、すっきりとした晴天に太陽が浮かび、今つもったばかりの雪をまぶしいばかりに照らしつけていた。

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