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December 25, 2005

鳴神姫 【俄病人入院記1】

狭い病室での不便な暮らしも、考えようによっては中々に面白くなるものである。
私は、平素から割合に神経質なところがあると自覚しているので、今回の入院にあたっては二人部屋を希望した。ところが満室との理由で、六人部屋に通された。二人部屋の表札がひとつ空いていても、こちらにお声はかからない。すぐにまた別の患者がそこに入るためである。
私のような「たいしたことない状態の患者」は、六人部屋にて暮らすことが、前提になっているようだった。

ベッドと、衣裳箱兼ベンチと、収納棚兼食卓兼テレビ台と、ゴミ箱ひとつの、うすいグリーンのカーテンで仕切られた畳二畳ほどの空間が、私の部屋となった。私のベッドは廊下に一番近く、常に空いているドアの蔭になる場所である。衝立に仕切られているのに似た閉塞感が私一人過ごす分には心地よかったのだが、見舞い客達はドアに狭められた空間が不評であった。

病院での暮らしで一番不便することは、安眠の確証が得られぬことである。

しばらくしてからわかったのだが、私の入っている病室は比較的軽度の患者が寝泊りする領域のようで、私が過ごした二週間弱の間にも顔ぶれが入れ替わり立ち替わりした。これが弊害を生む。
今日静かに眠られても、明日は鼾のひどい患者が隣に来るかもしれないのだ。
患者同士の交流は、しばらく顔を合わせてからでないと生まれない。それも手伝って、新入院の患者がいる夜には、静かな緊張感が漂っていた。

入院初夜、既に数日入院していた隣人は、まるで雷の轟きのような凄まじい轟音をたてていた。
そのおかげで私は一睡たりともできなかったが、それは同室の人ほとんどにも言えるらしかった。
ただし当の本人は、皆を不眠に陥れたというのに、翌朝の回診では「痛みでちっとも眠れませんでした」などと答えるため、その都度胸のあたりがむしゃくしゃするのと、寝不足からくる頭痛とで、不愉快を強いられたものである。しかしながら、たとえ騒音公害にあっていても、病院の朝は誰にも平等に日の出前の6時から始まる。辛抱も通り越して、朝から疲れ果てるのだった。病院では良く昼間から寝ている病人を見かけるが、あれば具合が悪いの半分、夜にとれなかった睡眠時間の補填が半分と見受ける。

鼾についていくら腹をたてようとも、無意識下でのことなのだから、当人を責めるわけにもいかない。無意識の領域というのは、神の領域である。とすれば、その患者は、神に操られているのかもしれぬ。あれだけの轟音は、雷神に間違いない。
そこで私は彼女を鳴神姫と呼ぶことにした。

鳴神姫が退院する時は、他の患者に向けるよりもずっと良い笑顔で「退院おめでとうございます」と言える。自然と体がそうさせるのである。
そしてその空いたベッドに新しい患者が来ると、新たな鳴神姫を予感して、また静かな緊張感が夜の病室を満たすのであった。

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