« November 2005 | Main | January 2006 »

December 2005

December 31, 2005

急退院 【俄病人入院記7】

いつもと同じように目をさまし、いつもと同じように痛み止めを飲んで、朝の身支度をする。
いつもと同じように面会コーナーに豆乳を買いに行き、出会った浦島翁と少々話をする。
シーツ交換だからと病室の外に一時非難して、同室のおばあさんに地元の民俗舞踊の話を楽しく伺う。

手術後八日目、毎日と何も変わらぬ日であった。
当初はこの日に退院の予定である。
しかしながら、退院の許可はまだ出ていなかった。
痛みがなかなか取れないのもあり、傷の治りが遅いという理由と、手術時についた傷が潰瘍と見間違われていたことに起因している。

せいぜいあと1日は、ここで生活するのだろうと私は思っていた。
私だけではなく、家族も、看護婦も、皆その考えだった。

しかしただ一人、違う考えをしていた人がいた。
耳鼻科部長である。
いつものように診察を受けた私に彼は突然、「傷、きれいだから、あなたもう帰っていいよ」と言った。
「え?今日ですか?」
「うん、今日。」
悪びれもせずに彼はそう言って、次の患者を呼んだ。隣にいた主治医も面食らって、しかし上司の指示に従う。
看護婦は慌てて私の退院の手続きをとりに走り、私は主治医に欲しい薬のオーダーをし、めまぐるしい一日の到来である。

あまりに急なことだから、看護室と同室の方への挨拶用の菓子折りもないし、母は仕事でつかまらない。
浴衣から着物に着替えて、外出許可を取って自分で三越に買いに行った。
父が午後から休暇をとって来てくれることになった。
買い物から帰ってきてもそのままの格好でいると、退院のことを知らない看護婦たちは「あら、またお出かけ?」などと暢気に話しかけてきた。

父が来る頃には荷物の整理も大体ついて、あとは病院側の処理を待つのみ。
思い返せば、入院から退院までのこの12日間、いかに日常と違う世界を垣間見、体験したか。
しようと思ってできるものでもないので、なかなか貴重な日々であったように思う。

針のこと、手術以外の傷のこと、それに加えてあまりに突然の退院宣告。
笑い話のネタをたっぷりとご提供いただいたように思う。
もっとも、本人はそんな気楽な具合であっても、まわりの家族や遠く鎌倉の旦那さんは、さぞかし心もとないことであったろう。
お見舞いに来てくれた友人たち、ブログを見ながら応援してくれた人たち、皆さんにお礼を申し上げたいです。
見守ってくださってありがとうございました。


今日で今年もおしまいです。
また来年、素晴らしい出来事がたくさんありますように。
除夜の鐘で煩悩を洗い流して、新しい年をお迎えしましょう。
来年も、よろしくお付き合いくださいますよう。
よいお年を、お迎えくださいませね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 30, 2005

雪椿朝 【俄病人入院記6】

静かな朝だった。
夜は同室の患者が皆入れ替わりたちかわりナースコールをし、朝もいつもより早く病室の電灯が点けられた。
私は、いつも夜にも飲んでいた痛み止めをやせ我慢したため、朝の電灯が点く頃には額にうっすらと汗の滲む痛みを、夢うつつに抱えていた。
おはようございます、と看護婦がカーテンを開けて覗き込んだ。
おはようございます、と答える口の中に、なんだか鉄錆のような味がする。
ティシュでぬぐってみると、きれいなピンク色だった。
出血しているのだ。
痛み止めをもらい、水を飲んでもしみる傷に早く薬の効果が現れるのを待った。

それにしても、その、自分達の周りの音しか聞こえない。
いつも聞こえる他の患者が廊下を歩き回る音や、外の車やバイクが走る音、そんなものが全部すうっとどこかに吸い取られてしまったかのように、しんとしているのである。
前日の診察で手術の傷の横に潰瘍ができているから退院が少々延びるかもしれないと言われたせいか、雪にはしゃぐ気持ちもどこかに落としてしまったように、私の心も静かだ。

温かいお茶を買おうと面会コーナーに出ると、大きな窓の外は白く何も見えなくなっていた。

雪が、横なぐりの風に吹かれて舞い、屋根などに積もったばかりの雪もその風にあおられてあちらこちらで砂煙のように白く舞い上がっている。
早朝から走っている車は、白く覆われた道路の上をゆっくりと進んでいく。
雪雲が灰白色に覆った天の東の方に、茜色を帯びた光が見えたかと思うと、それは雲間をゆっくりゆっくりかき分けて、いつもの美しい丸い形となって輝き始めた。
雪を透かして見える朝日は、柔らかい光であたりを一層白く染め上げる。

太陽が周りのどの建物よりも高く昇った頃、診察の時間になった。いつもは看護婦が呼びに来るのに今日は主治医が自ら呼びに来た。若干の出血の話をすると、彼は入念に傷の辺りを診察して、大丈夫です、と言った。
大丈夫です、手術の傷じゃなくて、手術の時につけちゃった他の傷からの出血ですから。
一瞬耳を疑う。
「つけちゃった他の傷」?
針の次は、他の傷か…。
潰瘍と言われた傷と、同一のものをさしているに違いない。退院延期の件を切り出すと、彼は延ばすとしても1日2日で大丈夫でしょうと明るく言い放った。
電話でそのことを話すと旦那さんは激昂した。
しかしながら私はどうにも、このイマイチ頼りきれない主治医が憎めない。
彼は、昔5年間をともに過ごした相手…プレーリードッグの蓮(ロータス)氏に良く似た容貌なのである。

部屋に戻って本を読み始めると、喉の奥の方からまた血の味を感じる。
また少し「他の傷」からの出血か、と思ってぬぐうと、赤い色がべったりとくっついてきた。
ティシュの上の血は、雪の上に落ちた椿の花のように、鮮やかな赤だった。
慌ててナースステーションに駆け込むと、ティシュに吸われた血は、着く頃には唾液で薄められて鴇色の円になっている。看護婦は「うすい色だから大丈夫」と笑いかける。

あれは一体何であったろう、小説か少女マンガかあるいは映画か。
雪の上を血を流しながら歩く人。その人の流す血は、雪に落ちると赤い椿の花になって、その足取りを彩るのだった。

窓の外の雪景色を見ながら、手元の鮮血を見ながら、そんなことを思う朝であった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 29, 2005

林檎難 【俄病人入院記5】

私は三切れの林檎を前に、悩んでいた。
食うべきか、食わざるべきか。
朝の診察で、傷は少しずつ良くなっているが出血がはじまっていると言われたばかりだった。手術から五日目、土曜日の昼のことである。林檎は、身もぎっしり引き締まり、硬そうである。こんなに硬いものが傷に触れたら、と思うと箸が先に進まない。

寒波が来るとは聞いていたが、窓の外を見やるたびに、日の照る晴天と、すぐ隣の看板さえ見えぬ吹雪とが芝居の書き割りのようにころころと入れ替わっていた。朝、いつもの豆乳を買いに行くと浦島翁が手招きし、行ってみると「全世界が異常なまでの寒波に覆われているんだよ」と私にささやいた。

確かに傷の影響は幾分か和らいできている。初日、二日目は、手術の傷よりも気道の死守が私にとっての命題で、飲み込めない唾液や、鼻の奥から流れおりてくる痰に悩まされた。夜も、それらに一瞬気道を塞がれて息ができず一時間毎に跳ね起きる羽目になった。

食事は手術後二日目にはもう流動食になり、四日目には五分粥になった。
メニューは、流動食なら、おもゆ、コーンスープ、具なしの味噌汁、林檎ジュース、豆乳などである。五分粥になると、肉豆腐、なめこの味噌汁、ほうれん草の煮浸し、かれいの煮付けなどが出た。
五分粥が出る頃になると若干嚥下できるようにもなり、夜に痛みで2、3度目が醒める他は息が止まることもなくなったが、傷は日ごとに痛みを増す。痛み止めがきれたところに食事がでようものなら、傷をナイフで切りつけるような、ピリッとした痛みが走り、目に涙が浮かんだ。

四日目、五日目になると痛みはピークに達した。痛み止めが充分に効いている時間だというのに、柔らかくゆでたほうれん草の茎が、飲み込む折に傷の上を撫でていくと、皮膚の中の生の肉をこねまわされているような痛みがあった。痛いが、食べられるだけ食べた。全部食しても粥は腹がすく。喉以外はすっかり元気なのだからこれも始末が悪いのだ。

食後服用の痛み止めを、食前に飲む。そして痛みが軽減したところで、食事をとる。
その裏技でなんとか食事を勧めていた。

おもゆは五分粥になり、五分粥も、五日目の昼には全粥になる。
問題の林檎は、全粥、皮なしのシューマイ、小松菜のおひたし、ゆでにんじん、ゆでブロッコリーとともに饗された。全粥になって初の食事で、いきなりの試練である。

悩みぬいて、一口齧った。奥歯で噛み締めると堅牢に思えた林檎はサクサクと音を立てて小気味良く崩れていく。思いの他あっさりと細かくなった林檎を飲み込むと、果汁も果肉も滑らかに押し流されて傷の上を通っていった。
痛くなかった。
指で軽く押したような圧力を感じたが、痛みというほどのものはなかった。

回復してきているのだ。
そう確信した。

窓を見ると、すっきりとした晴天に太陽が浮かび、今つもったばかりの雪をまぶしいばかりに照らしつけていた。

|

December 28, 2005

不眠日 【俄病人入院記4】

夜は、イヤホンをつけて眠る。
携帯電話に予めダウンロードしておいた音楽を聴きながら眠るのである。全く携帯電話というのはすごい。これ1台で今は大抵のことができてしまう。私が普段使う機能だけでも、電話やメールはもちろんのこと、音楽のプレーヤーとなり、電子書籍が読め、ナビになり、ゲーム機になり、インターネットを介してタウンページにもなるし、ニュースや天気予報、地震震度の情報取得も、時には買い物さえできてしまう。自在である。

話しがわき道にそれたので、本筋に戻そう。そういうわけで、携帯で音楽を聴いて眠る。(何故かということは、数日前の「鳴神姫」をご参照いただきたい。)曲の内容は、クラシックや映画音楽、しっとりとしたジャズなどである。眠るためのものなので穏やかなものばかりをいれているが、中には少々派手なオーケストレーションのものもある。

こんなことがあった。
三代目鳴神姫に悩まされて音楽を聴きながら浅い眠りの中を漂っていると、派手なオーケストレーションの一節の中に更に大きな音がいくつも聞こえるのである。何か重たそうなものをごろごろと転がしている音と、小さいながらしきりに聞こえる人の声と足音。何人も何人も出入りして、何やら逼迫した空気が充満している。
はじめは同室の誰かが急変したのかと思ったが、カーテンの中から様子を窺っているとどうも隣のベッドに新しい患者が入ったようなのだ。救急棟は他にある筈だが、何かの理由があって一般病棟に入ってきたのだろうか。

看護婦は入れかわり立ちかわり、パタパタと新患のために働いている。そのうちに耳元の音楽は静かなピアノ曲に変わり、状況がはっきりと掴める様になってきた。看護婦がその新しい患者に連絡先や所持品をきいているところを見ると、行き倒れなのだろうか。復唱する電話番号は、岩手県の番号だった。

パチンと音がして隣のベッドには読書灯がつけられ、まぶたの裏側が明るくなったので渋々目をあけた。

現実の世界に意識を戻すと、真っ先に刺すような痛みが襲ってきた。
こりゃたまらんと起き上がり、ナースステーションで痛み止めの薬をもらった。
新しい患者のことで手も頭もいっぱいになっている看護婦たちは、新患の隣のベッドが私で、その騒ぎの中で目を醒ましたことには気が向かぬようで、忙しい時に別の要件を言いつけられたような対応だったので、済まないような気がした。
そのまま病室には帰らずに、面会コーナーで豆乳を続けざまに2本飲んだ。冷たい液体が撫でていくと、ヒリヒリと熱いような痛みも少し和らぐような気がした。消灯後も面会コーナーは、自動販売機の煌々とした光に照らされて明るく、窓の外にはそろそろ見慣れてきた夜景が横たわっていた。街の中心部に近いせいなのか、午前1時を過ぎたというのに往来の車が絶えず行きかう。そのほとんどがタクシーで、そういえば忘年会のシーズンなのだと思い出した。

一時間ほどで戻った病室には、相変わらず鳴神姫の鼾の音が、夜闇に途切れ途切れに響いていた。新患の容態が落ち着いたのか、先ほどの看護婦が「おこしちゃったわね」と少し困ったような申し訳ないような顔をして通っていった。

ようやくのことで寝入ったら、午前三時半、大地が震撼した。
宮城県沖地震であった。
ベッドと建物のきしむ中、冴えてしまった目で私は、しばし途方にくれる。

うがいに立つと、あちこちの安全確認に歩いていた看護婦と目が合った。
「眠れない日だね」
「こんな日もあります」

ほんとうに、いろいろな病院生活の中、こんな日も、ある。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

December 27, 2005

針騒動 【俄病人入院記3】

今にしては笑い話になるが、手術直後から数日は気持ちが定まらなかった。
というのも、執刀医が手術中に針を一本なくした、というのである。
麻酔が醒めかけの様子をうっすらと覚えている。一同当惑してがやがやとしていた。何かトラブルが起こったことは察しがついた。そのうちに執刀医が耳元で「口の中に硬いものがあったら飲み込まないで出してください」と、かなり取り乱した声を出した。
平静であればクワッと目を見開いて叱責のひとつも与えたいところであったが、麻酔の影響なのか体中震えるほどの吐き気に見舞われていたので諦めた。針がない、というのは周囲のがやがやの中から聞き取れた。

そんなわけで、とうの手術の成り行きよりもそちらのインパクトが大きく、仮に体内に針があったら…という思いではかはかとした。当の医者の方も、廊下などで顔を合わせると会釈してそそくさと去っていったから、同じような気持ちであったろうと思われる。

仮に体内に針があったとしたら、その針がもぐりこんでいってしまったら、血液の流れに乗って心臓に到達し、穴があいて失血死することになる。そうなれば立派な医療事故で、あちらさんも医師生命が危険にさらされるかもしれないわけなのだが、私は生命そのものを絶たれることになるわけで、お互い腫れ物に触るような、そんな数日間であった。たまに「違和感や変な痛みはありませんか」と聞かれたが、痛みも違和感もあるが、それが手術の傷の通常の痛みなのか針が刺さっていることによるものなのか、違いがわからずに悶々とする日々。夜に息子の写真を見つつ涙したのも一度や二度ではなかった。
しかしそれもほんの数日。
日が経つにつれて体内に針がないことを実感として得ることもできた。なにより生きているのであるから、体内に針はなかっただろうと思える。執刀医からも当日の状況をより詳しく聞くこともできて、ほっと一息ついた。

多少のトラブルはあったものの、術後の痛みは想像していたよりは大分楽であった。
こんな程度ならお茶の子さいさい、と鷹をくくっていた途端にヒリヒリチクチク痛み出したのは、一般に痛みのピークと言われる時期を越して、針の不安が消えた頃とちょうど重なっていた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 26, 2005

浦島翁 【俄病人入院期2】

つねづね着物で過ごすことが多くなった私は、今回の入院に当たっては3着の浴衣を用意した。どれも紺地に白の昔ながらの浴衣である。古いものなので、生地はころよく柔らかくなっていて肌触りがとても良い。
手術を勝負事に見立てて尚武すなわち菖蒲の柄をひとつ。
薬が良く「効く」ようにと菊の柄をひとつ。
病が早く軽くなるようにと舞蝶の柄をひとつ。
…というと用意周到に聞こえるが、これは入院してから気づいたこじつけで、最初からそんな語呂を考えていたわけではない。古い浴衣を準備していたら、たまたまそんな語呂遊びができたというだけである。

今時分、浴衣で入院する者などないらしく、私はなんだか目立っていたようである。
ある日、ついにナンパをされた。
病院のナンパの流儀というのは、病状聴取で、しかもその場所は共同の洗面所だったりする。
歯磨きの帰りなどに「どこが悪いの?」などと話しかけられるのだ。
私もそろそろ30である、ナンパされなくなって早何年は経過している。諸氏は嬉しかったでしょうというであろう。しかしながら、その相手が80過ぎの殿方ともなれば、趣も違うものである。

彼の目は大きく、白い頭髪は頭側部を周回して明るい頭頂を補い、いつもへの字口で、しょぼしょぼと歩いている。玉手箱を開けたあとの浦島太郎はこんな風であろうか、と思われるような風体の老人なのである。

共同洗面での一件以来、浦島翁は廊下で会っても手招きをして私を呼ぶ。何度も主治医を聞く。翁の主治医も教えてくれる。「腕がいい先生だから大丈夫だ」と何度も言っていた。
浦島翁と良く会うのは、面会ホールにある自動販売機の行き帰りであった。私の部屋、翁の部屋、面会ホールという並びのせいなのかもしれない。手術後の流動食に出た豆乳が気に入って、私は日に3度豆乳を飲んでいた。
かつて飲んだことのあるどんな豆乳よりも甘くて、青臭さもなく、さらりとしているのである。これは農業界の大革新に違いないと大いに気に入って毎日3度4度と飲んでいたのだが、5日目に加糖してあることが判明した。少々悲しいような気にもなったが、どうであれ旨いので、相変わらず退院まで毎日飲んだ。

後から本人に聞いたのだが、浦島翁は声帯の癌なのだそうだ。声帯のポリープを数年放置して煙草を吸い続けてそうなったのだという。翁は「あんたの旦那さん、煙草、吸うかい?」と聞いた。私が首を横に振ると、「じゃあいい。じゃあ大丈夫だ」と言った。翁の声は、病気のせいなのか息がもれたような音ばかりで、よく聞き取れない。
癌と聞くと、なんだか神妙な気持ちになって、度々の手招きに応じて何事にもウンウンと頷いた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 25, 2005

鳴神姫 【俄病人入院記1】

狭い病室での不便な暮らしも、考えようによっては中々に面白くなるものである。
私は、平素から割合に神経質なところがあると自覚しているので、今回の入院にあたっては二人部屋を希望した。ところが満室との理由で、六人部屋に通された。二人部屋の表札がひとつ空いていても、こちらにお声はかからない。すぐにまた別の患者がそこに入るためである。
私のような「たいしたことない状態の患者」は、六人部屋にて暮らすことが、前提になっているようだった。

ベッドと、衣裳箱兼ベンチと、収納棚兼食卓兼テレビ台と、ゴミ箱ひとつの、うすいグリーンのカーテンで仕切られた畳二畳ほどの空間が、私の部屋となった。私のベッドは廊下に一番近く、常に空いているドアの蔭になる場所である。衝立に仕切られているのに似た閉塞感が私一人過ごす分には心地よかったのだが、見舞い客達はドアに狭められた空間が不評であった。

病院での暮らしで一番不便することは、安眠の確証が得られぬことである。

しばらくしてからわかったのだが、私の入っている病室は比較的軽度の患者が寝泊りする領域のようで、私が過ごした二週間弱の間にも顔ぶれが入れ替わり立ち替わりした。これが弊害を生む。
今日静かに眠られても、明日は鼾のひどい患者が隣に来るかもしれないのだ。
患者同士の交流は、しばらく顔を合わせてからでないと生まれない。それも手伝って、新入院の患者がいる夜には、静かな緊張感が漂っていた。

入院初夜、既に数日入院していた隣人は、まるで雷の轟きのような凄まじい轟音をたてていた。
そのおかげで私は一睡たりともできなかったが、それは同室の人ほとんどにも言えるらしかった。
ただし当の本人は、皆を不眠に陥れたというのに、翌朝の回診では「痛みでちっとも眠れませんでした」などと答えるため、その都度胸のあたりがむしゃくしゃするのと、寝不足からくる頭痛とで、不愉快を強いられたものである。しかしながら、たとえ騒音公害にあっていても、病院の朝は誰にも平等に日の出前の6時から始まる。辛抱も通り越して、朝から疲れ果てるのだった。病院では良く昼間から寝ている病人を見かけるが、あれば具合が悪いの半分、夜にとれなかった睡眠時間の補填が半分と見受ける。

鼾についていくら腹をたてようとも、無意識下でのことなのだから、当人を責めるわけにもいかない。無意識の領域というのは、神の領域である。とすれば、その患者は、神に操られているのかもしれぬ。あれだけの轟音は、雷神に間違いない。
そこで私は彼女を鳴神姫と呼ぶことにした。

鳴神姫が退院する時は、他の患者に向けるよりもずっと良い笑顔で「退院おめでとうございます」と言える。自然と体がそうさせるのである。
そしてその空いたベッドに新しい患者が来ると、新たな鳴神姫を予感して、また静かな緊張感が夜の病室を満たすのであった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 24, 2005

クリスマスおめでとう。

051114_11500002クリスマスの朝、皆さんはどんな気持ちでめざめましたか?
いよいよ今夜、サンタクロースがやってくるはず。
今年一年、いいこにしてたかなと、子どもだけではなく大人もつい考えてしまうのでは。

今年、とうとうクリスマスツリーを飾らなかった私たち。
かわりに、カードを作りました。
アシスタントが私で、メインははるです。
木の形に切り抜いたカードに、シールでオーナメントをつけていくのです。
おじいちゃまおばあちゃまに送ったこのカードは、リビングルームに飾ってありました。

クリスマスのお祝いの仕方はいろいろあるけれど、
私の好みのお祝いの仕方は、大好きな人たちにプレゼントをする、オーソドックスなもの。
常日頃から「ちょこっと贈り物」の好きな私には、クリスマスは楽しみがいっぱい。
そういう「ちょこっと」に向いたいろいろなものが、町にはあふれかえっているからです。
大人にも、子どもにも、ちょこっとだけ贈り物します。
だって、今年一年、誰だってがんばって過ごしたんですからね。

贈り物をしたいなぁ、という気分になるとき。
そういう時はもしかすると、サンタが魔法をかけている時なのかもしれませんね。

クリスマス、おめでとう。
世界中のこどもたちと、
世界中のこどもだったひとたちへ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 23, 2005

つめた甘い。

051222_14570001仙台に帰ってきて、はるにとって嬉しいのは、普段私が食べさせないようなものを、みんなが教えてくれること。
この日はソフトクリームを教えてもらってしまいました。
粉雪舞い散る中なのに、ソフトクリームを上から(クリームをなめる)下から(コーンを食べる)楽しむはるは、本当はおじちゃん(私の弟)のソフトクリームなのに、二度と手放そうとしませんでした。

今日だけね。
今日だけ特別だからね。

そう言う機会のなんと多いこと。
虫歯になったら大変です、ちゃんとケアしなくては。

ちいさな指を真っ赤にかじかませても、はるはソフトクリームを離しません。
ぷるぷるっと震えながらも食べ続ける姿は、なんだかもう赤ちゃんではなくてこどものように見えました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 22, 2005

7年前のクリスマス

7年前のクリスマスは、今までの人生の「クリスマス史」でも3本の指に入る、特別な日でした。
その日は私が初めて人前で自分のことばを表現した日であり、かけがえのない友人達を何人も得た日でもありました。
私は、ピアニストの友人とともに、あるレストランでクリスマスコンサートを行ったのです。

彼女がピアノを弾いて、私が自分の詩を読みました。社会人一年目のことでした。
お客さんの中には、その日偶然お店にやってきた方もいらっしゃいました。
遠くからわざわざコンサートにかけつけてくださった方もいらっしゃいました。
大きな花束を宅急便で届けてくださった方もいらっしゃいました。
搬入搬出を買って出てくれた方もありました。
残業を早々に切り上げてきてくださった会社の先輩もいらっしゃいました。
前日の打ち合わせで会っただけなのに、好物だといったイチゴをたっぷり持ってきてくださった方もいらっしゃいました。

その日その時間、その場所に集った人たちの中には、
音と言葉に涙ぐんでいる人もありました。
後日、詩の一節をラヴレターに引用したという人もいました。

あのクリスマスの夜は、私にとっては、神様からのプレゼントでした。
かけがえのない人たちと出会わせてくれた、大事な、歴史です。
その時のお客さまだった人やお店のスタッフだった人など、いろんな人たちとのつながりがまだしっかりと残っています。
こんなとき私は、本当にしあわせだなぁと思うのです。

いつかまた、人生が閉じる前に、彼女と音と言葉でコンサートをできたらいいな、と思っています。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

December 21, 2005

無事退院しました!

みなさま、おかげさまで昨日、無事に退院できました。

退院に至るまでは紆余曲折。
特に手術では針がなくなるなど衝撃的な事件にでくわし、
その後も病院でのネタはつきせず、
なかなか貴重な体験をすることができました。
このへんはおいおいお話ししていこうと思いますので、ご興味ある方は是非、度々見にいらしてくださいませね。

ひとまずまた再びPCに向かうことができ安心しています。

…ところで…、7月以降の約半年に、このブログは今日時点でなんと5600件以上ものアクセスをいただきました。
毎日好きに書き散らかしている文章を、読んでくださる皆様がこんなにもいらっしゃることを知り、とても嬉しく思うと同時に、身の引き締まる思いです。
ますます精進して参ろうと(…文章の技術は上達しませんがせめて気持ちだけは…)考えておりますので、今後ともどうぞよろしく御付き合いくださいませ。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

December 20, 2005

たからもの。

051207_22450001私のたからもの、と言えば、いろいろとあるのですが、一番はと聞かれたら結婚指輪かもしれません。
マット加工してもらった表面は、もうつるつるテカテカになってしまいました。
角がとれてお互いのことがわかってきた、そんな私達自身のようにも思えます。

今年旦那さんは結婚指輪を外出先で落としてきてしまったのですが…とても幸いなことに、親切な人が届けていてくれ、指輪は無事に私達の手元に戻ってきました。

そんなこともあって、なんだかとても愛おしいような気がするのです。
自分たちでオーダーして作ってもらったせいかもしれません。
あるいはこのいびつな感じが、自分のこころの姿に近いように思えるからかもしれません。

私の一番の、たからものです。
あなたの一番のたからものは、何ですか?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 19, 2005

まちなみと花。

051203_15480002鎌倉の大好きなところは、ふとしたところに花があること。
鎌倉に限らず、どんなところでもそうなのですが、花を見ると心がどこか柔らかくなります。
「私を見て!」と主張するかのような花じゃなく、名も知らない花でも、けなげに咲いている姿やりんと咲き誇る姿は見ていて気持ちを優しくしてくれる気がします。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 18, 2005

テニスやる?

051207_14510001テニスボールで遊ぶはる。
ちょっと面白い写真がとれました。
宙に浮くボールは、はるがぽーんと放っているもの。

はるが放り、大人達は翻弄されるかのように球拾いに集中させられるのです。

またはるの繰り出すボールの早いこと早いこと。
大人が四苦八苦して球拾いする姿をきゃっきゃと声を出して喜んで見ています。
全く、いたずらっ子というのは、こういうものなのだなぁと実感。

はるに遊ばれてしまった一日でした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 17, 2005

名誉の負傷

051207_14030001石畳を歩いていて、はるは顔面から転んでしまいました。
あまり上手に歩けるようになったので、写真を撮ろうと私が少し離れた時でした。

その直前の写真がこれです。
本当にこどもというのは、ほんの一瞬でも目を離せないなと改めて思いました。

はるの鼻には縦筋のような擦り傷ができてしまいました。
かわいそうだけど…
赤鼻のはる、クリスマスの近いこの時期には似合うかも?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 16, 2005

美しい色合いに

051203_15260002秋に入ってから大仏様を3回見に出かけました。
1回目は自分で、2回目3回目は人をご案内する機会に恵まれて。
この短い時間にも、大仏さまこそ変わらないけれど鎌倉の自然は折々に表情を変えて楽しませてくれました。

何度行っても飽きない、というのは、鎌倉の持つ魅力のひとつかもしれません。

大きな銀杏の葉は黄金色に輝いていました。
もっと私の心をとらえたのは、この楓です。
表面は緑なのに、奥の一部だけが紅葉して、なんとも言えない美しい風情を作り出していました。

まだまだ鎌倉ビギナーですが、こういう素敵なところをたくさん見つけたいものです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 15, 2005

すてきなご縁。

051207_22420002友達のお兄さんの知り合いの先輩のお母様。
それが、この素敵な品を扱っておられる方です。
月に7日だけのお店をなさっているのです。

昔の着物が大好きというその方の娘さんは、やはりとても素敵な方で、東京でデザインお仕事をなさっています。
和風でとっても素晴らしいデザインやイラストを作っておられます。
たしかここ3年お会いしていないし、お目にかかったことも2回しかないのだけど、時折メールなどでゆるくつながっている、素敵なお友達です。

縁て、本当に不思議なもの。
その不思議な巡り合わせに感謝したいことが、なんと多いことでしょう。

その素敵なお店にタイミング良く伺えるまでにはずいぶん時間がかかったけれど、歯車は一度まわりはじめるとどんどん次の新しい出会いを運んできてくれます。ほんのつかの間、お話を交わした人のふとした一言に、励まされたり癒されたりするもの。

素敵な人の周りには素敵な場所があって、その素敵な場所にはやっぱり素敵な人たちが集う。
そんな風に思います。

ご縁に感謝、です。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 14, 2005

成長するはる。

051207_14110002私と旦那さんの両方の実家で、はるは今居候生活です。
旦那さんのご両親はとても活動的で、テニスにゴルフにとスポーツが得意です。

ある日、はるはテニスコートにつれていってもらいました。
広いコートは歩くのにはうってつけ。
おじいちゃんおばあちゃんがプレーしている横をうろうろ歩いています。

土が苦手だったはるも、ここで歩いてちょっと大人になりました。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

December 13, 2005

まだ秋桜の季節?

051203_15480001長谷を歩いていたら、道路の脇にぽつんと置かれた鉢植えに、コスモスが咲いていました。
遅咲きなのか、それとも特別に温室などで(いや、逆か?)育てていたお花なのか?
もう秋は過ぎ去っていったのに、ぽつんと咲いていた花は、寂しさよりはむしろ凛とした強さを感じさせてくれました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 12, 2005

いよいよ手術。

今日は手術の予定です。
全身麻酔での手術の予定なのですが、事前に渡されていた「麻酔を受けられる方へ」という冊子を何気なく読んでいたら、怖いことが書いてあること書いてあること…もちろん不安を取り去るために書いてくれているのですが、逆に「そんな心配もあるのか?!」と思わせてもくれる、なかなか有意義な冊子でした。

一番怖かったのが「歯がかけたりするかもしれません」。
差し歯とかの人の場合らしいけど。
実は私は前歯が一本該当するのです。
フライドチキンの骨を誤ってカジってしまって、歯が欠けてしまったからなのです。
ここでまた歯がかけたら大変…

なんて、またしても本来の手術からあまり関係のないところで心配している私なのでした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 11, 2005

ドイツから、サンタが来た。

051201_20590001サンタクロースの人形を、結婚祝いにといただいた。
ドイツに住んでいるチェンバロ奏者の方からだ。

それまで、サンタクロースの人形というと、ファンシーなイメージがあった。
ふとっちょで、やさしそうな面持ちで、大きな袋を背負って。
このサンタを見たとき、私のそのイメージは大きく崩れた。
写真でははっきりわからないかもしれないが…とにかく、ユニークでリアルなのだ。
お腹の横に服のしわがそれはそれはリアルに描かれていたりする。

「かわいい」というより…妙にリアリティあふれるその姿は、私のこころを捉えて話さなかった。
それまで少女マンガばかり読んでいた人が突然吉田戦車信奉者になるような、そんな大きな変化だった。

以来、クリスマスが近づくと私はどこかうずうずする。
このサンタをどこに飾ろうか、いつのまにかイメージしている自分がいたりする。

とても存在感あるサンタ。
今年は飾り棚の一番端っこにおいていますが、真ん中よりも目立っているように思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 10, 2005

サンタクロースの正体。

051201_20590002サンタクロースが実はいない、って思ったのはいつだったろう?
はっきりいうと、今でも、本当はいるんじゃないか、と思っていたりもする。
いわゆる物体としてのプレゼントはなくっても、なにかちいさなハッピーであったり、些細な贈り物…例えばおもいがけない人からの手紙とか…を届けてくれたりしているんじゃないか、と。

うちの両親は凝ったひとたちで、必ずプレゼントと、サンタさんからのプレゼントをくれていた。
サンタさんからのプレゼントは、西洋式に靴下の中に入っているのではなく、クリスマスの朝に枕元にこっそり置いてあるのだ。記憶にある一番最後の「サンタさんからのプレゼント」は、高校生の時だったと思う。綺麗な石のついたペンダントだった。
両親からの贈り物ということはミエミエだったのもの、恥かしいような気がしてもういいよ、なんていったものの、実はあの、両親の気持ち自体が、サンタさんからの贈り物なのかもしれない。

自分がこどもを持ってみて、そんなことを考えるようになった。

はるにはもちろん、サンタクロースは本当にちゃんといるんだよ、って教えるつもり。
彼が持ってきてくれる贈り物は、お金で買えるプレゼントじゃなくて、小さいかもしれないけど大切でかけがえのないものなんだよ、と。
…スカした子に育たないといいなぁ、と思うのですが(笑)、自信は全くないのでした。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

December 09, 2005

はる、モデルデビュー?

051119_09340001あるところから、お電話がきました。はるの写真が採用になったのです。

…なんて、もったいぶっても仕方ないのですが、ちっちゃなミニコミに、写真入りで登場することになりました。
大騒ぎなのはうちと、おじいちゃんおばあちゃん達です。
年明けに配布されるらしく、少々多めの部数をいただいて、おじいちゃんおばあちゃん達に送ることになりました。

…が。
はるは、本当になかなか笑わない子で、「できれば笑っている写真がいいのですが…」という編集部さんの声に叶うような写真がない!そこで仙台に帰って、大撮影会の開催です。
母が体を張って、何度も階段から急降下してはるに向かうところを、激写。
都合8回ほど急降下してもらったので母はゼエゼエでした。
(心臓病の人にこんなことさせてよかったのだろうか?) 
でもなんとか撮影完了!
にっこりはるが撮れました。

一月にしょっぱなからこんなことがあるなんて、来年はついているのかも?

きっとこれが最初にして最後のメディア掲載なので(笑)、大事に大事にとっておこうと思います。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

December 08, 2005

母の着物。

051203_00190001母から譲り受けた着物は、しつけ糸がついていたままだったり、ほとんど着られていなかったり、未使用品にかなり近い状態でした。
嫁いできてから着物を着る余裕なんてなかったから、と母は言います。が、もしかすると、そういう時代だったのかも、なんて最近私は思うのです。

もちろん母が4世代の嫁で大変な思いをしていたのは見てきているのですが、母や義母の話を聞いてみると、昔は仕事始めというと着物で会社に行って、挨拶をして帰ってきたというのです。そんな風習、私が勤めた時にはもう全然ありませんでした。
そうやって着物が身のまわりから消えていった時代、だったのかなと思います。

洋服は便利です。
でも、着物を多く着るようになると、なんだか着物の方がしっくりきてしまって、私は洋服の方がちょっと緊張してしまうようになりました。
着物って、冬は特に着どき、かもしれません。
普段着にしているウールの着物は、とにかくあったかいのです。
毛布を体に巻いているみたい、って私はよく表現するのですが。

二人の母のウールの着物は軽くてあったかくて、ポップでかわいい。

私にとっては、いいことづくめです。
それが実は母にとっても、そうみたい。自分が着なかったものを私が着て、喜んでくれているようです。
得してしまった気分です。

そんなわけで、今日から入院なのですが、浴衣とかウールとか、どんぶくとか、そんな格好で病棟生活を送ろうと思っています。少々楽しみ?!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 07, 2005

続・ご近所づきあい。

051203_00190002社宅でのご近所づきあいのその後。なんとお隣の奥さまは実家の両親と同じ年で、しかも着付けの資格をお持ちだということもわかり、驚きました。また、転勤で仙台に住んでいらっしゃったこともあるとか。
先日のお礼にお渡しした笹かまぼこから、ひょんなことでいろいろと御話しが進みます。

ある日、もう着ないから、と可愛い羽織をいただいてしまいました!
赤くて、花菱と花が並んだ、かわいい羽織(ひっぱり、うわっぱりとも言うらしい)。
着物が好きというと、いただくことが多くなる、とものの本に書かれていましたが、こういうことなのか!とちょっと感激。

ご自分ではもう着物を着られないというお隣の奥さま。
私のことも「奥さま」と呼ばれてしまうので、なんとなく、「奥さまは魔女」のサマンサになったような気分でくすぐったいようです。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

December 06, 2005

どこにいくの?

051202_14350001一緒に本屋さんに出かけたある日、はるをベビーカーからおろすと、彼はおもちゃのコーナーから旅立ち、本屋中をめぐる旅にでかけてしまいました。

ベビーカーをおしながら後ろをおいかけまわす私。
そんな私に構うはずもなく、はるはどんどん歩いていきます。
私の姿が見えなかろうと全然構いません。
放っておくとどこまでもどこまでも歩いていってしまいます。

30分くらい歩きまわった頃でしょうか。
ベビーカーに入れると、泣き叫んで怒るのです。
仕方がないので、もう30分野放しにして、後ろを歩き回りました。

家について、夜ベッドに入ると、足がじんじん。
はるは本屋で歩いておしまいですが、私はそのほかに往復とか買い物の運動が加わっているのです。
なかなか、こども主体の子育てって、大変だぁ~…

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 05, 2005

雪だ!

仙台への新幹線の中、福島あたりでは雪をみかけました。
この冬初めてみる雪です。
くぐもった空からは今にもまた、新しい雪のひとひらが舞い降りてきそうで、ほんの数時間ほどの距離なのにとても遠いところへ旅をしているように感じました。
天気予報にも雪だるまマークがお目見えして、気候の違いが文字通り骨身にしみます。
とかいう今日は、昨夜からの雨が雪に変わりました。
はつ雪です。(私にとっては。)

大雪の日に生まれた私には、雪は幸運のサインのようなもの。
なんだか、雪に歓迎されているような気分になるのでした。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

December 04, 2005

あたらしい気分に

ブログのデザインを、クリスマス限定に変えてみました!
新しい気分になりたくて。

というのも、実は今日から私は、地元に戻っているのです。
今年の家族三人でお祝いできないのは少し寂しいですが、その分今年は、2日間パーティです。婚家先と実家でそれぞれ1日ずつお祝いです。
入院前からそんなクリスマスのことをおねだりしている私に、すーっごく心配してくれている義母は半ばあきれているようでした(笑)。「これから手術するって人の台詞~?」って。
目下、クリスマスのご馳走に向けて、手術も回復も、前進あるのみ!(?)

木曜日からは入院で、来週の月曜には手術です。
手術しても、治らないかもしれないんですって。
とってみなくちゃわかんないよ、という医師の説明に、なんだか気が抜けてしまいましたが、はるには悪いけど私には久しぶりに一人きりの時間が訪れるわけで、寂しい反面ちょっと嬉しくもあったりします。
が、耳鼻科医の友達には「めっちゃ痛いねんで」と念押しされているので、少々びくついてもいます。

でもやっぱり、「不可抗力の御泊り10日間の旅」みたいな感じがぬぐいきれなくて、入院中に読む本をいそいそと探してきたり、寝間着代わりにする浴衣がどうやったらはだけないか研究したり、それはそれはのどかに入院準備中です。

裏を明かしてしまうと、一応このブログは入院中も更新の予定。
事前に書いておいた原稿をアップするつもりです。
23日以降、突然に更新がされなくなったら…私の身になにかあったと、思ってください。
例えば無理に辛子明太子を食べて退院禁止令が出た、とか。
浴衣で病院内をうろちょろしてインフルエンザを罹患し隔離されている、とか。
なにかやらかしている可能性大です。
…おそらくは普通~に退院すると、思うのですけれどね。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

December 03, 2005

くさむしり?

051127_13360001はるの近頃の趣味は、買い物袋の中を覗き込むこと。
近所では日曜の朝に、お野菜がとっても安い朝市が立ちます。
通常の二倍は束ねられていそうなほうれんそう、価格は半分。4倍のお得、です。
二束でもう買い物袋は満杯。
他の野菜を冷蔵庫に入れている間、事件はおこりました。
何か緑色の三角形のものが床に散乱しているのです。

はるが、ほうれんそうをちょっとずつむしって、あたりに投げ捨てているではありませんか。
たまに自分の口元に持っていくのですが、うーん違うな、という感じでぽいと捨てます。
ほんのわずかな間にほうれんそうは、茎だらけになっていました。

考えようによっては、将来はるには草むしりをお手伝いしてもらえるかもしれません…

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 02, 2005

冬のたのしみ。

051128_14250001和菓子屋さんでちょっと素敵な和菓子を見つけました。
お花やゆきだるま、雪の結晶の和三盆に、雪に見立ててあるのか白と水色のかわいらしい金平糖。
雪うさぎもお目見えして、なんだかとても嬉しくなってしまうようです。
冬って素敵なものがたくさんあるんだな、と改めて思ってしまうのは、私自身が冬生まれだからかもしれません。
ひとり占めして優雅に楽しむつもりが、おいしいものに目ざとい人たちがうちには二人もいるのでした…。
とくにはるは、私がこの箱をどこにおいてあるのか、何が入っていて何が一番美味しいか(彼の中では金平糖<和三盆らしい)もちゃ~んと知っているのです。
危険、危険…。
目をはなした隙に、全部食べられてしまうかもしれません。
なんて、こんなひやひや感すら、ちょっと楽しくなってしまうのです。
親子ともども、虫歯には気をつけなくっちゃ。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

December 01, 2005

いよいよクリスマス。

051125_14310001今年もいよいよ12月。早いものですね。
近所では、こんなふうにもうクリスマスの準備をしているおうちがありました。

アメリカに住んでいた頃、クリスマスの時期によく父や母がドライブに連れて行ってくれたことを思い出します。ある住宅地では、家々がクリスマスの飾り付けをしてライトアップして、素敵に飾り立てているのです。昼も夜もそれぞれの飾り付けを見て歩くのがこの時期の最大の楽しみでした。大きなクリスマスツリーに、きらきら光るライト。なんとも素敵で、一年中こうだったらいいのに、と私は思ったものでした。

クリスマスのデコレーションは、自分達が楽しいだけじゃなく、その楽しさを前を通る人たちみんなに分けてくれるような気がします。
他の人たちが分けてくれる楽しみを、たーっぷりをいただこうと思って、近所で「デコレーション・ハンティング」を始めました。
いつか私達の家を持てたら、その時は私もこんなふうに素敵に、家を飾ってみたいと思っています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« November 2005 | Main | January 2006 »