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September 17, 2005

ばんのいた夏。

鎌倉の、起伏の多い道を歩いていて、ふと思い出したことがある。
盛夏に比べて落ち着いたけれど、照り付けてくる日差し。
降り注ぐように聞こえてくる、蝉のじりじり啼く声。
ぬるい風が心地よく顔を撫ぜていく感覚。
木々の、あるいは草の、青いにおい。
それらが私を昔に引き戻した。
ばんのいた夏に。

ばんは、父の恩師が飼っていた犬だ。
大きくて、なま温かくて、優しい目の犬。
オスだったかメスだったかもわからない。
小学校低学年の私は、ばんが大好きだった。
犬、という生き物自体好きだったけれど、その中でも、ばんは特別だった。
年を取っていたせいなのか、どことなくゆったりと構えて、動作がとても穏やかだった。ばんの頭や背を撫でていると、ちくちくするような短い毛から、なま暖かい体温が伝わってきて、気持ちが良かった。ばんも、気持ちよさそうに眼を閉じていた。ばんと寄り添うのが、私はとても好きだった。

母に連れられて、丘の上の、ばんの家へ出かけた。
御中元とかご挨拶とか、そんな用向きだったのだろうと思う。
母に手を引かれて出かけるばんの家への外出は、ある日突然にやってくる嬉しい驚きだった。
バスは坂の途中までしか乗せていってはくれない。
そこからは、坂道を上っていくのだ。
緩やかに長く続く坂道には、いつも青いにおいがした。道端に草が茂っていたからなのだろうか、それとも野草園がそばにあったからなのだろうか。木々からは蝉の声が降り注いできて、照りつける夏の日差しに眼を細めながら、それでも嬉々として一歩一歩坂を上っていった。

汗をたっぷりかいた後、ひんやりと風の吹き抜けるばんの家に付く。
ばんに良く似た優しい眼差しの奥さまが迎えてくれる。
冷たい麦茶にはほんのり甘みがあったように思う。
たぶん、こども用にと砂糖を加えてくれていたのだろう。
のどを鳴らさないように注意しながら飲み干して、必ずおかわりもいただいたはずだ。
母と奥さまが話しをしている間、私はウズウズと庭に眼をやる。
御行儀良くしていなさい、と言われているため、ばんの姿を探すのも、眼だけできょろきょろとやる。
そのうち堪らなくなって、ばんと遊んでいいですか、と申し出る。
庭へのガラス戸を開けてもらったその後は覚えていない。夢中だったのだ。庭を走ったこともあったかもしれないし、ずっと撫でていたかもしれない。ばんとの記憶にあるのは、優しい目と、薄い茶色の短い毛と、大きな体と、温かさだ。大きな犬だったと思う。私の体よりもずっと大きかったように思うが、真偽のほどは定かではない。

その後しばらくして、恩師が亡くなり、ばんも亡くなった。
私がばんの家に連れられて行くこともなくなった。
母からは、ばんの御葬式を出したのだと聞いた。犬でも御葬式をするのだと思った。
曾祖母もまだ健在の頃、私が死というものに直面したのは、ばんにもう会えないのだという事実が初めてだったように思う。
ばんの死を聞いた夜、私は人知れず泣いた。布団をかぶって寝たフリをしながら、泣いた。
泣きながら、自分の中にある空虚な感覚が何かわからずにいた。
嫌だ、と思った。もう会えないなんて、嫌だ。
でも仕方ないとも思った。どうしようも出来ないから、諦めるより他に手はない。
諦めたくはなかった。ばんに、また会いたかった。
会えないのならせめて、ずっと忘れない、と思った。
ばんと一緒に過ごしたあの夏の一日と、ばんの優しい目が胸にこみあげてくるようでもあった。

夏の日、丘の上を歩いていると、そんな昔のことを思い出す。
たぶんこれからも、思い出すのだろうと思う。

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