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August 2005

August 31, 2005

かまくらのひとになる。

役所に、手続きをしにいく。
転入届けだけなら、家から徒歩で行ける出張所で済むのだけれど、こども関連のさまざまな手続きのため、市役所に行かなければならない。

行かなければならない、と言う割に、実は結構嬉しかった。

はしっことはいえ、れっきとした鎌倉市民だぞという気がして。

私たちの家は、あとから合併されて鎌倉になった地区にあるので、市民と言えども「鎌倉に住んでいます」とは言いづらい。「鎌倉」は古くから鎌倉だった地区しか使ってはいけない、ステータスな表現なのだ。

とはいえ、あくまでそれはニュアンス。
ニュアンスなど鑑みない行政の上では、れっきとした鎌倉市民なのだ。

手続きが苦手な私にも丁寧に教えてくれる役人さん。集う市民もなにかにつけてジェントル。
どこの自治体も同じように対応してくれるのだろうけど、「憧れの鎌倉」色眼鏡を装着した私には何でも良く見える。
例えば、鎌倉はなかなかのリサイクル大国で、なにもかもゴミ分別するのにはひるんだが、それさえも頑張ろうと思わずにいられない。

願わくばこの色眼鏡、しばらくは消えずにいてほしい。
少なくとも全てのダンボールが片付くまで、面倒くさがり病がでないように。

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August 30, 2005

重大かつ明白な瑕疵。

何度となく書いていることだが、うちは古い。

ただ古いだけではない。
歪んでいる。

本棚を作って初めて、壁が斜めになっていることに気づいた。
そこに気づくと、お風呂の上の天井も微妙に右下がり。洗面台の天井は左下がり。
とまあ、あちこちが歪んでいるとわかった。
立派な欠陥住宅らしい。
法律用語では、「重大かつ明白な瑕疵」に値すると思う。
つまり、「明らかにやばいミス」のこと。

不思議なもので、住んでみるとそれにも幾分か愛着が湧く。
50年も良く頑張ってきたね、あと20年くらいは頑張ってね、と声をかけてしまう。
壁や天井にひびが入っているのも、あちこちが歪んでいるのも、
落ち着いて考えるとすごいことなのだけど、
まぁ、いっか、と思うようになる。

台風や地震で倒壊する家のことがちらりとアタマをよぎるけれど。
まぁいいや、一階だし。
まずい時にははるを抱えて飛び出そう。

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August 29, 2005

コミックばとん

今日は参加している「ソーシャル・ネットワーキング・サイト mixi」で、
弟氏からまわってきたバトン。
この「バトン」というの、どうやらその内容について書いて、他の人にふるもののよう。
初体験です。


Q1:あなたのコミックの所持数は?

今現在の所持数は、220冊くらい。(えっ、まだこんなにあったんだ?!)
先日○OOKOFFに売ったり、友人にあげたり、ダンボール3つ分整理したのですが…。
やっぱり美味しんぼ(ほぼ全巻)が幅をとります。これ売り払ってしまおうか…

Q2:今読んでいるコミックは?

『百鬼夜行抄』『テレプシコーラ』『Papa told me』『ギャラリーフェイク』『20世紀少年』『美味しんぼ』。

Q3:最後に買ったコミックは?

『幻月楼奇譚』

Q4:よく読む、または思い入れのあるコミックは?

古い漫画を何度も何度も読み返すのが私流で…
全部よく読むし思い入れがあるという感じ。

岡野玲子の『陰陽師』は哲学書のように読みふけっているし、
今市子『百鬼夜行抄』は民俗学的見地から(?)思い入れがあるし、
萩尾望都『半神』はリリカルな気持ちになりたいとき読むし、
榛野ななえ『Papa told me』は疲れた時にゆるやかに浸るし、
佐々木倫子『Heaven?』は元気がないときに大笑いするために読むし、
篠有紀子『花きゃべつひよこまめ』はのんびりしたい時に読むし、
手塚治虫『リボンの騎士』はノスタルジックな気持ちになりたいときに便利だし、
細野不二彦『ギャラリーフェイク』は美術の教科書だし、
『美味しんぼ』は料理のヒントと薀蓄のモトネタになるし…

そんなわけで、本棚をいくら増やしても、
どうも漫画の占めるパーセンテージは変わらない。
減らせないんです…

Q5:まわすひと

姫蔵、ぺこゆき、あい、Reisama、RieriN、cocomama、Ayaさんでお願いします。
(回された方は、同じQA形式で日記に書いてね)

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August 28, 2005

掌編小説 花火狩り〔2〕

 鈴が鳴る度に川はぐんぐんと広がり、対岸の竹の梢が遠のいて、ついには見えなくなった。川はどこまでもどこまでも広がっていく。
 更に鈴が鳴ると、向こうからぼうっと白い何かが飛んできた。闇の中をゆっくり近づいてくるそれに目をこらすと、鵲なのだった。一羽が男のもとにたどり着くと、続いてまた一羽飛来した。つぎからつぎへと鵲は飛んできた。
 鵲たちは連なって橋になり、その上を数人の行列がやってくるのが見えた。
 まず日傘をさした童女が先に立ち、晴れ着姿の美しい姫君、そして三方に酒や食べ物や着物を捧げ持った女たちが続いた。
 こちらの岸に一行がたどり着くと、一斉に拍手が巻き起こる。男が姫君の手をとると、いっそう高く鳴り響いた。わたしたちも一緒に、手が痛くなるほどに拍手をした。
 二人はじっと見詰め合って、ただ頷きあった。

 二人を囲んで宴が始まった。
 姫君は一年かけて織ったのだという新しい着物を男に着せ、彼はとても喜んだ。男が喜ぶと、彼の取り巻きの男たちも嬉しそうにそれを見ていた。男が姫君に牛車を贈ると、再び拍手が起こった。姫君の供のものたちは男達に酒や食べ物を振舞い、その場所は明るく楽しげな声に溢れた。中央に置かれた重箱も開けられた。中には何も入っていないように見えるのだが、皆そこに箸を伸ばし、口元に持っていっては実に満足げな顔をした。

 そろそろだと皆が口々に話しはじめた頃、腹に響くような大きな音を合図に、川が紅や碧に染まった。朝顔と夕顔が歓声をあげて川岸に走り寄る。
 ふたりが指し示すままに川を覗きこむと、川の底で花火がいくつも、玉のようにはじけては消えていくのだった。川底で揺らめく花火は、空に浮かぶそれよりも涼やかに見えた。
 流れ行く星屑に反射して、川は色とりどりになった。川が紅に染まれば夕顔が舞い、緑に染まれば朝顔が舞う。両方が舞うとわたしも舞う。それを見た男達や女達が川岸にやってきて一緒に舞う。笑い声のさざめく中、わたしたちは花火を楽しんだ。夜も更け、ひとつひとつの花火の間隔が明くようになると、朝顔が袂から瓢箪を取り出した。
 これで星を掬って帰りましょう。
 すぐに掬おうとするのを制され、花火がはじける頃を見計らって、瓢箪を満たした。
 わたしたちは再び蔓を伝い、家の庭に戻った。
 遅い時間なのにふたりとも眠そうな様子も見せずに、帰っていく。去り際、また帯年も遊ぼうねと言い残したのは、朝顔だったか夕顔だったか。
 ふたりを見送ってから、のっそりと茶の間に座り込み、瓢箪を傾けた。青い切子のぐい飲みに注ぐと、星屑はその光を受けて青く青くきらりと揺らめいた。
 ほんの一瞬通り過ぎる星屑の余韻をゆっくりと味わいながら、不思議な出来事を思い返す。毎年この時期に天の上で行われていたであろうささやかな宴を思うと、いつの間にか杯が進んだ。
 瓢箪の中身がなくなったようなので片目を瞑って覗いてみると、中の闇では花火が、音もなくあがっていた。
いつまでもいつまでもあがっていた。
                                     (結)

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August 27, 2005

掌編小説 花火狩り〔1〕

 うちの生垣に、朝顔が咲くようになった。
 朝早くに起きて雨戸を開けると、ちょうど茶の間の目の前に、空色の朝顔が咲いている。昼になると萎んでしまうのだが、その花を見つけて、近くに住む少女たちが家に遊びに来るようになった。朝顔と夕顔という名なのだそうだ。
 ふたりは双子のように良く似ていたが夕顔の方がひとつ年上らしい。
 ふたりはわたしをからかうためにわざわざ同じ髪型に同じ着物でやってきて、大抵の場合わたしは、意図せずしてその期待を裏切らずに人違いするのだった。

 曇った日のこと、濡れ縁に腰をかけて麦茶を飲んでいると、まつりを見物にいきましょうとどちらかが言い出した。 こんなに暑い日は、まつりに出かけて花火でも見るに限る、と。日が翳りだした頃、夕顔が大人用の浴衣を携えて現れた。ほどなくして朝顔もやってきて、ふたりは鈴が転がるようにはしゃぎながら、わたしに浴衣を着せてくれた。
 では参りましょう、とどちらかが言った。相変わらずふたりは同じ着物に同じ髪型で、黙って佇んでいられるとどちらがどちらなのか、わからない。話をすれば夕顔の方が年上なだけあって、幾分か落ち着きがあった。
 ふたりが手を繋ぐと、足下から蔓が伸び始めた。
 蔓は渦を巻きながら、天を目指す。ふたりに片方ずつの手を引かれて蔓に足をかけると、それは更に伸びて、ついにわたしたちは天に至った。青い闇の中に、わたしたちはいた。

 目の前に、さやさやと心地の良い音を立てて、小さな川が流れていた。やけに光る水だとよくよく見てみれば、それは砂粒よりも細やかな星屑なのであった。川の両岸には見渡す限り竹が生い茂り、せせらぎに合わせて葉を揺らしている。
 朝顔と夕顔が両手で星屑をすくって飲むので、わたしも真似てみる。初めて口にする星屑は、ひんやりと甘く、後味も残さずに口の奥へさらりと消えていくのだった。甘露とはこのようなものを言うのだろうか。
 小さな川だけど大きいから気をつけて、と夕顔が言う。
 なるほど、大人の足で五歩もあれば渡り切ってしまえるほどの小川なのだが、星屑をすくおうと川に手を入れると、川幅は見る間に広がり対岸が見えなくなる。
 恐怖心からいささか下がったわたしを、朝顔が笑った。夕顔が左手を、朝顔が右手をそれぞれ、ぎゅっと握ってくれる。ふたりについて上流の方へ歩くと、人だかりがあった。身なりのよい若い男を囲んで、見るからに豪胆な男ばかり十数人が、花茣蓙に座って何かを待っていた。
 朝顔が中央の男に駆け寄り、親しそうに言葉を交わした。親戚なのだと、夕顔が教えてくれた。わたしたちは花茣蓙の中に席を設けられ、何も入っていない竹の杯を手渡された。中央に置かれた重箱の蓋も開いていないところを見ると、まだ宴は始まっていないようだ。
 どこからともなく、鈴の音が響きだした。音はだんだんと高くなった。
 皆が静かになり、川を見た。
 今日の主役らしい若い男が川岸に立つ。男の表情は柔らかで、とても晴れ晴れとしていた。

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August 26, 2005

引越し四日目、台風直撃。

いま、ニュースを見ている。
昨晩からずっと、内容は変わらず台風のことばかり。

わが家はまだそこここがダンボールの山だけれど、
ちょっとずつ荷解きも進んで、その数は半分くらいにはなった。
最初に書斎を完成させ、
リビングができあがり、
次にキッチンに取り掛かっているところ。

毎日毎日、汗だくになって休む間も寝る間も惜しんで、
新しい生活を作り上げようとしている割に、なぜか私は太った。
動く分、あるいはそれ以上に食べているらしい。

テレビを見ながらの食事は、
集中力がついついテレビに向いてしまうせいか、
いつもより多く食べてしまう気がする。
台風のニュースなんて、特にそうだ。
「何時ごろ上陸?」
「え、電車とまってるの?」
「うわ、もう暴風域じゃん」
…なんて言っている間に、なんどおかわりに立ってしまったことか。
あれはニュースのせいで、食事をしている実感が薄らいでしまうからだ。
(と人のせいにするから、きっと毎回ダイエットは成功しないのでしょう)

雨は、まださほど強くない。
だけど音はけっこう響く。
滝の中にいるようで、それはそれで趣がある。

すぐそばに大きな川があるので、決壊しないことを祈るのみだ。

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August 25, 2005

引越し初日、自然と闘う。

引っ越し初日、私を襲った最初の試練は、自然の脅威であった。
自然を前に、いかに人間は非力であるか。
この単純にして永遠の命題を、転居して改めて、見せつけられた気がする。

その自然とはーーー
蚊である。


実を言うと、上京してこのかた、蚊に食われたことがない。
都会には蚊もいないのかと最初は驚いたが、どうやら住まいが三階や四階だったので、単にそこまで飛んでこないだけらしかった。

その点、今度は一階。目の前は芝生である。
見た目が良いとの理由で選んだ部屋が、蚊の温床であると見抜く眼力は、私には無かった。

かくして入居後十分で十ヶ所を蚊の食糧にされることになる。
その後も蚊は無抵抗の私の柔肌を刺しまくった。夜中に痒くて目を覚ますほどの攻撃をも受けた。
ついには液体ムヒを握りしめて眠りにつき、かゆくなると寝ぼけ眼で患部に塗布した。

蚊というのは、理不尽である。
ここには三人がいるのに、他の二人はちっとも刺さないのだ。
私ひとりが人身御供となっているのである。
はるはまだしも、旦那さんもちょっとはつまんでみたらいいのに、食わず嫌いらしい。

義母が、「うまい血とまずい血がある」と言っていた。
義母もまた蚊に好かれる人で、義父は蚊に嫌われる人なのである。
義理の両親と私たち夫婦は同じ血液型の組み合わせなので、きっとそこに鍵があるに違いない。
そして、まだ血液検査をしていないはるも、きっと旦那さんと同じ血液型であるに違いない。


掻きすぎて膨れた傷跡に、液体ムヒがシミる夜なのであった。

(余談になるが、巷には蚊というゲームがあるらしい。蚊になって人間の攻撃を交わしながら血を吸いまくるゲームだ。今の私には私情が入りすぎてとてもできない。ゲーム機を叩き潰してしまうかもしれない。)

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August 24, 2005

掌編小説 蛍草〔2〕

 思い浮かべるだけだと言っても聞かない。第一、明日以降の予定のつもりで引き受けたのだ。出なおして欲しいと言っても、今から出かけるのだと譲らない。仕方がないのでわたしは枝豆をまた冷蔵庫に仕舞い込み、言われるままにキャンバスと画材とイーゼルをまとめた。全く気乗りしない。快い晩酌を中断されたからだけではない。第一、こんな暗がりで、どうして色の具合がわかろうものか。夜のうちに描き上がるわけでもなし、そんなに急いでどうしようというのか。
露さんは、いささか機嫌の悪いわたしに構わず寄り添うと、団扇で四方を扇ぎ始めた。
 風景がぼんやりしてきたかと思うと家や庭は陽炎のように揺らめいて消え、小川の岸に姿を変えた。蛍が何匹も何匹もゆるやかに飛び回っている中、露さんは岸辺に座り込んでこちらを向く。露さんに引き寄せられるようにして、あちらこちらの草むらから、蛍たちが集まり始めた。
 イーゼルを立てると、その場所に蛍が群れ集い、電灯のようになった。キャンバスのまわりにも、画材のまわりにも、どこからともなく蛍の群れが集まってきて、わたしはその冷たく柔らかな光の中で露さんを描き始めた。
 蛍は、露さんのまわりをことさらに照らした。
 蛍の照らすちらちらとした光は、露さんを一層艶っぽく見せた。あれだけ饒舌だった露さんも水辺では何も話さず、わたしは絵の世界のなかにたっぷりと浸って、その姿を描き続けた。
 河鹿がすぐそばで鳴いていた。

 明け方になってようやくひと段落ついて、わたしたちは家に帰った。帰りは露さんがわたしひとりを扇ぐと、再び蛍の川は陽炎のように消えて、いつの間にかそこはわたしの書斎だった。
 毎日夕暮れ時に、露さんはやって来た。描きかけの絵を見に来たのかと思えば違って、絵を描いているわたしを見に来たのだという。しばらくイーゼルの横にいてわたしを眺め、それに飽きるとどこからか蛍を捕まえてきて、家の中で蛍を追った。
 一夜明け二夜明け、露さんの似顔ができた。露さんは、まるで自分の顔を初めて見るようにいろいろな角度から見入って、へぇ、ほぅ、とため息をつきながら、自分の姿を見てうっとりとしている。

 うたさん、やっぱりあんた、大した腕前だねぇ。早速婆さまに見せてくるよ。

 露さんが絵を懐に抱いて玄関を出ると、ぽつりぽつりと雨が降り始め、傘をさす暇もなく本降りになった。露さんは私の目の前で濡れそぼちて佇み、困ったような顔を差し向けた。
 青い浴衣の裾は霞がかかったようにだんだんと白んできて、やがてそれは露さんの全身を覆い尽くした。霞の中で何が起こっているのか目を凝らすが、露さんの白い肌は光るように薄れ、一瞬閃いたと思うと、無数の蛍になってゆるりと飛び去っていった。
 ひらひらと地についた絵の下に、一輪の露草が落ちていた。
 絵と露草を携えて婆さまを訪れ、露草の別名が蛍草というのだと知った。

 あの子はせっかちだからねぇ。また来年、今時分に戻ってくるだろうよ。何気ない顔をしてさ。だからいつまでも、一番下っ端のままなのさ。それでも気にしないのがあの子のいいところでもあるんだけどね。

 そのまま婆さまとふたりで梅酒を飲んだ。
 どこかで河鹿の声がかすかに、響いている。
                                     (結)

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August 23, 2005

掌編小説 蛍草〔1〕

 夜になると、河鹿の鳴き声がかすかに聞こえてくるようになった。
 大家の婆さまからいただいた三年ものの梅酒をちびりちびりとやりながら、河鹿の声に耳を澄ます。河鹿が住むような川がこの辺にあったろうかと思い巡らすが、引越してきて以来、自分の用足し以外の道を歩いたことはなく、頭の中にそんな場所を描けるはずもない。
 このところは婆さまの紹介だと言ってやってくる女性を何枚か描いたお陰で、暮らしに若干の余裕も出た。こうも立て続けに客がやってくるのは、絵の腕を磨けという婆さまの思し召しでもあるようだ。ありがたいことである。もっとも、婆さまにとってはこちらの感謝も目算のうちらしい。絵描きという条件で店子を探していたのだから。おおかた、抱えている芸妓たちの売り出しにでも使っているのだろう。婆さまの真意はわからないが、そのお陰でこうしてのらくらと過ごせるので、ありがたいと思う。
 女たちは、わたしをうたさん、と呼んだ。婆さまがわたしをそう呼ぶからだ。女を描く絵描きといえば歌麿で、女性だから平仮名で「うた」なのだそうだ。
 徳利に梅酒が尽きたので台所に立ち、ついでに冷蔵庫から枝豆を出してテーブルに置く。茹で上げてから時間がたったせいか塩味が少し強くなっていて、肴には具合がいい。鞘のまま口の中に入れ、歯でしごいて豆を取り出し、青くて甘い風味を味わった。
 河鹿の声がつと止んだ。
 不思議に思って障子をあけると、うちの濡れ縁に腰をかけて、青い浴衣姿の見知らぬ婦人が団扇で蛍を追っていた。
 わたしに気づくと婦人は軽く会釈をして、うす笑みを浮かべたままじっとこちらを見ている。なにかを確かめるような目は、夜の闇に似てくろぐろとして、襟元から覗く白い肌が妙に艶めかしく暗がりに浮かんでいた。婦人は押し黙って私を見つめつづける。

 あの、なにかご用でしょうか。
 …ああ失礼。うたさんてのは、あんたのことかい。美人画をやる絵師殿と聞いてたから、あたしったら、てっきり助平な殿方だろうと思っていてね。まさか年端もいかないお嬢ちゃんが絵師殿とは思わなかったんで、びっくりしたのさ。

 婦人は後れ髪を直す仕草をして一瞬の間をおくと、上目使いに私を見ながら堰を切ったように話し出した。
 お嬢ちゃん、などという呼ばれ方から離れて久しいので、面食らってしまう。わたしのことを年端もいかないなどと言っておきながら、その婦人は、どう見てもわたしと同じ年か、せいぜい二つ三つくらいの年上、三十路の前半に見える。

 まあ、男でも女でも関係ないか。腕の良さはお墨付きだものね。あたしは露っていうんだよ。あたしの似顔を描いてほしいのさ。うんと美人にね。あんたに描いてもらうと美しくなるって、姐さんたちが大騒ぎだよ。あたしもそれにあやかろうと思ってね。

 どうやら、先だっての女性達のことを言っているらしい。とはいえ先日の女性達、この露という婦人よりは皆随分と若かった筈である。芸妓の世界では、年齢ではなくて弟子入りの順に、姉妹関係になっていくのかもしれない。
 わたしは快く引き受けることにした。幸い、注文の絵は全部仕上げたばかりで、明日からの予定は入っていない。
 露さんは喜んで、早速濡れ縁から庭先に降りると、日舞の時のように少し腰を落として団扇を構えた。いくつかポーズをとって、気にいらないねぇと呟く。いつもはどうしているのかと聞くので、一番好きな景色や物を思い浮かべてもらうんです、というと露さんは目を輝かせた。

 どうせなら蛍が飛ぶ中がいいねぇ。うたさん、絵描き道具を準備しておいでよ。

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August 22, 2005

温故知新の暮らし、はじめました。

本日は、引越しです。
朝8時から引越しやさんが来て、荷物を運び出し、ベッドを解体し、てんやわんやです。

引越し先は、築50年のシブ~イ建物。
見た目だけじゃなくて、中も相当に「昭和レトロ」な雰囲気です。

そもそもが、キッチンでは蛇口をひねればお湯が出る暮らしに慣れきった私が、ガス給湯器を使ったり、
ボタンをピピッと押せば済んでいたお風呂も、ガス釜を燃やすところから始めなければいけない生活に、馴染んでいけるのか?
いや、もう馴染めるかどうかというレベルではなくて、
「馴染まなければいけない」のでしょう。

どうせ「馴染まなければいけない」のなら、楽しんでしまおう。
この文明時代、一昔もふた昔も前の生活ができることこそ、貴重な機会でもあるのだし。
(なんて、きっと実際に暮らし始めたら、泣き言たらたらかもしれないけれど)

そんなわけで今日から、昔風の、新しい暮らしが幕を開けます。
新生活の様子は、準備(Webへのアクセス環境とかね)が整い次第、アップしていきます。
それまで少々、拙い物語をお楽しみください。

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August 21, 2005

レトロなユーモア。

PA0_0009ある骨董屋さんの店先で。
こんなものを見つけました。

売り
「マス」
「貝」
「マス」

ただ、下のマスが二重になっているのが、わからない。
ますます?
どなたか、解読できませんか?

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August 20, 2005

確かめるひと。

050813_20140001ごはんのあとに、必ず確かめるひと。

つかみ心地、つぶしたときの糊の具合、机その他に塗った時の粘着度。

はるにとっては、ごはんもひとつの研究テーマ?

はるは今、40℃近くの熱がある、夏風邪大王です。
ずっと泣いていて、とても可哀想…
でもごはんは、食べています。
いつもより少ないけど、ちゃんと食べています。

食に対する執念が、やっぱり強いのだろうか?(私に似たな…)

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August 19, 2005

夏の着物。

050810_18500001絽、とか、紗、とか、名前だけでも涼しげな夏の着物。
その響きだけでもうっとりとしてしまって、よく物語の中にも使うのだけれども、着物の文化というものは、私にはいまだかつてないものでした。

なんと言うか、憧れているけれども、ちょっと手を出しがたい感じ。

最近は若い人達が(こういう表現を使うようになっただけ、私は年を取りました。確実に…)とても自由にファッションとしての着物を楽しんでいるみたいだけど、私にはそれもなんとなく抵抗があり、昔みたいに、しゃっきりすっきり、はんなりと着たいものだなぁと常々思っているのです。

しかしながら、私自身の暮らし向き自体、しゃっきりすっきり、はんなり、とはいかないもので、実際はぐうぐうたらたら。こんな私が着物など着ては、着物に、ひいてはその文化を引き継いできた先輩諸氏に大変失礼であると、思っておったのです。
思っておったのに、先日ふらふらと、着物を買ってしまいました。

自分でお金を出して買った、初めての着物になるわけで、それはつまり、着物文化にデビューしたことをも意味しているのでした。
青と緑の中間のような、なんとも曖昧模糊としているのにしゃっきりすっきり美しいお色。
紗の生地はしゃりしゃりとして、少し透けて。
ここしばらく、衣類に対してここまでの情熱(あるいは物欲?)を持っただろうか、というほどの、恋焦がれ具合。

着物のセオリーも何もわかっていない人が、着物を買おうというのです。
どれだけ惚れ込んでしまったかは、ご想像にお任せします。
恋愛に喩えるならば、一目惚れした勢いで押しかけ女房をするようなもの、になるのでしょうか。

というわけで、今、きれいに着物を着るために、着付けの本を読むことから始めています。
紗の着れる季節のうちに、着物が着られるようになるとよいのだけど。

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August 18, 2005

天麩羅の技術。

先日、久々に天麩羅をあげました。

私の天麩羅の腕前は、自分で言うのもなんですが、なかなかのものでした。
十数年前は。

天麩羅のあげ方は、旅館の女将さんだった、母方の祖母に習いました。
忘れもしない、高校生のとき。
夕方メモを握り締めて材料を買いに行って、大皿に2つも天麩羅をあげたのを覚えています。
(父のために変り種としてザーサイの天麩羅をつくり、油がはねて、額に1円玉大の火傷をしたことも…乙女心になかなかのショックでありました)

「こわがると油がはねてくるからね、油をこわがらなければはねないんだよ」
と言いつつ祖母は、サクサクの天麩羅のあげ方を伝授してくれました。

「種のふちの油の泡が細かくなったら裏返して、温度が上がってきたらまわりに『花』をつけて…」
久しぶりに天麩羅をあげていると、あのときの祖母の声が聞こえてくるようです。
大島紬に白い割烹着を着て、いつも優しいまなざしを向けていてくれた祖母のやわらかい声が、私は大好きでした。

祖母が亡くなって、11年。
なんとなく祖母のことを思い出して悲しくなってしまうので、少し敬遠していた、天麩羅。
久しぶりに作ってみたら、やっぱりあまりうまくはあげられず、あげ過ぎてしまったり、逆に中まで火が通っていなかったりの大失態でした。祖母には見せられないような「作品」ばかり。
せっかく祖母が私に伝えてくれた技術。
リハビリして、あのときのような、おいしい天麩羅をあげられるように腕を磨こう。

気づけば、奇しくも、それは祖母の命日の翌日でした。
祖母が、天麩羅を通じて、私に会いに来てくれたのかもしれません。

またそのうち、祖母(の思い出)と一緒に、からりとした天麩羅をあげよう。
種のふちの油の泡が細かくなったら裏返して、
温度が上がってきたらまわりに「花」をつけて…

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August 17, 2005

ある日のまかない。

050814_11260001私が疲れ果てたときやぐうたらモードのとき、うちの旦那さんはみんなのごはんを作ってくれます。
どうも、私がまた高熱を出さないように気遣ってくれているよう。ありがたいことです。

いつもとても独創的な発想で、驚かされるけれど、不思議なことに(失敬!)お味は良い。
これは食いしん坊のなせる業に違いない…

先日、お招きの翌日に思い立って作ってくれたのは、
スモークサーモンとすなぎもと漬け物の納豆チャーハン。
(要するに冷蔵庫に残っていた材料をいろいろ混ぜてくれたわけ)

サーモンの塩味がきいて、ところどころから現れる納豆の濃厚な味わいに、熱でうまみを凝縮された漬物が風味を添え、なかなかどうしておいしい!
まかない料理の名手です。
はるもおかわりにおかわりを重ね、半人前くらいぺろりと平らげました。

食いしん坊×食いしん坊=さらなる食いしん坊

なはずなので、将来のはるもきっと料理が上手になるのでは!と親ばかな妄想にふけるのでした。
050814_11290001

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August 16, 2005

地獄の釜の蓋が開く日。

お盆の最終日、それは地獄の釜の蓋が開く日だ、と教わりました。
誰にだったかなぁ…
でも確か、ひいおばあちゃんとか、おじいちゃんかおばあちゃんとか、そんな身近な年配のひとたちからだったように思います。

お盆でそれぞれのおうちに戻ってきていたご先祖さまたちが、天国に帰っていくのと同じように、地獄の鬼達もお盆にはこの世に出てきているのだそう。それが、最後の日になると、地獄の釜の蓋が開いて、その意思に関わらず吸い込まれるように戻っていくのだそうです。
それで、その時に、ひとりで戻るのは寂しいから、誰かを連れて行こうと画策している…と。
だから、最終日にお墓参りに行ったり、外出して遅くまで遊んでいると一緒に連れて行かれてしまうよ、と言われたものでした。

こども心にもぞっとして、この日はいつもより縮こまっていたのを思い出します。

何時の頃からか、そんなことにはあまり心を動かさないようになっていましたが、
実は私は数年前、連れて行かれそうになってしまったのです。

それは、八月ではなくて七月でしたが、海のそばに出かけた日。
大した道でもないのに車で事故にあい(自分からガードレールにぶつかっていきました)、
幸い怪我などはなかったものの、車は廃車になりました。
その日は旧暦のお盆の送りの日で、その地区のひとたちはいつもその時期に、
お盆をしていたらしいのです。

単なる若者の無謀運転だったかもしれません。
ただ、それだけで片付けるには、ちょっと嫌な符号がたくさんありました。

私が一人暮らししていた部屋は、市内でも有名な、お寺ばかりがある町でした。
それだけに普段はとても静かで居心地の良い、守られている町なのです。
が、事故の前日、家に来た物怖じしない後輩が怪談をし始めて、家のあちこちに嫌な感じが溜まり始め、私は怖くて仕方がないので実家にとまりに行ったほどでした。

そして何かが回り始めました。
友人の車で出かけるはずが、当日になって急に故障し、急遽私の車ででかけることになったのです。
忘れ物を取りに一度部屋に寄ったのも良くなかったのかもしれない。
出かけて、そこで事故を起こしました。
私が乗っていたオープンカーは、なんてことはないカーブの道でハンドルを切り損ね、ガードレールにぶつかり、その下をくぐって、横の道に約1mほど転落。車はそのとき、完全にオープンの状態でした。
後から聞いたら、そのガードレールに首を跳ね飛ばされてもおかしくなかった、とのこと。

私の怪我は、胸に1センチほどできた擦り傷のみ。それも、ちょっと赤くなった程度でした。
ご先祖様、神様、仏様、守護天使、なんでもいいけど本当に感謝!!!でした。
警察から帰るタクシーの中で、運転手さんから、その日がお盆の送りの日だということを聞かされました。
「お客さん、連れて行かれなくてよかったねぇ…」
背筋が凍ったのは言うまでもありません。

以来何となく毎年この日になると、こどもの頃のように、縮こまって過ごしています。
旧暦の日も、もちろん今の暦でも。
皆様も、どうぞお気をつけあれ…

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August 15, 2005

むかしのはなし、再び。

以前、「たなばたと鳴神」でちょっとご紹介した、うちの実家がもともと神主だったという話。
帰省のときに、おばあちゃんに話を聞いてきました。
わくわくして聞いたのだけど、おばあちゃんのおじいちゃんという人は、もともとは武→農の家で、神主さんになりたくてなりたくて、神主の家に養子に入ったのだそうです。

その、私のひいひいおじいちゃんについてわかるのはここまでで、おばあちゃんもおじいちゃんからちゃんと話を聞いたことはないのだそう。…ちょっと残念です。

雷になるとひいひいおばあちゃんが唱えていた言葉というのも、よくわからない…とのことでしたが、「ひんがし(東?)の…まがつかみ(禍つ神?)…」という調子で四方をまわっていて、その時にひいおじいちゃんが「四方にかんぬきをかけてしまえば誰も入ってこれないな!」と言って笑ったのだとか。
その他には、こういうおまじないめいたことはなかったよう。

あれ、でもどうして、ひいひいおばあちゃんがおまじないを?
神職のひいひいおじいちゃんの方が適役に思えるけど…。
もしかしたら、日常生活は「女性の担当」なのかもしれませんね(?)。
さすがに私には雷を落とさないようにするまじないを行う力はないのだけど、ほんの少しだけ自分も特別になれたような、そんな錯覚が楽しくもありました。
確かにほんの少しだけ、勘がいいかもしれないし(とはいっても、みんな実は自分のことを勘が良いと思っているのではないか、と最近私は思うのですが)。

むかしは、どこの家にもこういったエピソードがあったのでしょう。
てるてる坊主をつくる、っていうのもこれに近いよね。

あなたのご実家でも何か、こんなエピソード、ありませんか?
もしあったら、ぜひ教えてくださいね。

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August 14, 2005

おわかれ会をありがとう。

07273ご近所の方々が集まってくださり、私達のためにお別れの会を開いてくださいました。
皆さん、こどもを通じてのお付き合いから家族ぐるみで仲良くさせていただいていて、育児のことから家事のこと、その他もろもろについて、いつもとても良い刺激を与えていただいています。

引っ越すにあたり、こんな素敵な方達との交流が遠のいてしまうのが、私達には一番辛いことでした。

同じ年頃のこどもを持つ親として、いろいろ相談もできたし、情報交換もできたし、地元がこちらではない私達に神奈川生活のいろはを教えてくださったのも、私が育児ノイローゼに陥らないでいられるのも、皆さんのお陰なんです、本当に。

少し離れても、これからも頼れるお友達づきあいしていただけたら嬉しいです。
ありがとうございました&これからもどうぞよろしくお願いします。

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August 13, 2005

コンクリートにしみいる蝉の声。

朝、洗濯物を干した時にはそこにいなかったのに、ベランダに出たら蝉がしずかに横たわっていました。
暑い日で、私達は窓を閉め切ったまま、クーラーをかけて過ごしていました。
けれど、聞こえてくる蝉の声や、たまたま通りがかった御祭りの神輿担ぎたちの声に、ああ夏だなぁなんてしみじみ思っていたものです。

その蝉、実はとても近くで鳴いていたんだ、と知りました。
うちの隣にも近所にも、そんな大きな樹はありません。
蝉が喜んで止まって啼くような立派な樹は、ないのです。
あるのはコンクリートの建物ばかり。

何処から飛んできたんだろう、蝉は。

コンクリートにしがみついて、短い地上での生涯を終えたのだろうか。
少しだけ切なくなる、夏の宵なのでした。

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August 12, 2005

カフェオレのつかみ心地。

PA0_07244最近のはるは、マグカップやコップから飲み物を飲むトレーニング中です。(ストローは半ば諦めました、途中から絶対遊んでしまうので…お出かけ用にのみ使っています)

そのせいか、マグカップやコップに興味津々。
テレビを見ているからいいやとちょっと目を離し隙に、私のアイスカフェオレに手をつっこんでこねている!!(冷たくて気持ちがいいらしい)

あ…

PA0_07242またやられた…。
毎日、こんな繰り返しです。

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August 11, 2005

自然のデザイン。

PA0_0037デザインの仕事をしていると、いろんなものの形や色に吸い込まれていく時があります。
名のある人の作品もそうだし、好きな画家の絵を見るときも。
いろんな時代に生きた人たちの、感性の素晴らしさ、豊かさを知って、自分の小ささを改めて認識したり。

でもそれ以上に驚くのは、自然に存在する、言いようのない美しいものたち。

孔雀の羽、間近で見たのは子どもの頃以来。
よくデザインや絵画のモティーフに使われているものは目にしますが…改めてホンモノにお目にかかってびっくり。
こんなにすごいんだ!!
こんなにきれいなんだ!!

「人間が作り出したどんな美しさも、自然にはかなわない」
という言葉がありますが…、こういうときってそれを実感してしまいます。

…とはいえ私、孔雀は怖くてこれ以上近寄れませんでした。
大きいし、体当たりしたら檻も壊れてしまいそうだし、檻の穴から嘴が飛び出してきそうだし。
自然は、美しくもありますが、恐ろしいものでもありました。(ちょっと意味合いが違う?)

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August 10, 2005

初めての夏休み<海編>

DSCN1957楽しかった夏休みも明日でおしまい、という日。
海に行きました。
夕方近くになってから出かけたので、さほど暑くもなく、水浴びには丁度いい頃。

砂浜を歩くと、靴にさらさらの砂が入り込んできて、素足で歩きました。
柔らかい砂の感触の気持ちいこと。
そういえば、夏に海に来るなんて、幼稚園以来かもしれない。

それ以外は、海に来るのはいつも海水浴シーズンの前か後で、一人か数人でドライヴがてらだったのでした。
だからたぶん、私にも「夏に海」はとても新鮮でした。
貸し浮き輪、かき氷などの海の家。
水着姿で遊ぶ若い人たち。
なんだかどれもが、まぶしいほどに思えました。
こういう、風物詩をまともに過ごすのもいいもんだなぁ…と思いつつも、たぶんこの先もずっと私は水着を着ることはないであろうと思うのでした。(ダイエットすればいいんだけどね…それ以上においしいものがありすぎます、世の中ってやつは。)

きっとはるも、海を喜ぶだろう、お風呂も水遊びも大好きな子だから、大喜びするだろう。
と思いきや。
波打ち際に下りた途端、大泣き。
どうやら、砂の感触が嫌みたいなのです。
水のこない砂浜に下ろしても、足が砂にさわるともう泣き出します。

フローリングか畳しか歩いたことのない子どもだからかな…
それとも普段から慎重で観察派のはるには、時間が短かったのかな。
せっかくの海も、はるにはちょっとした恐怖体験だったようで、それ以来お風呂の洗い場の床に足をつくのも嫌がるようになってしまいました。

旦那さんとおじいちゃんが試しに庭の芝生に立たせてみたら、これまた泣いたらしい。
折を見て、土の上を歩かせて来年に備えようと誓ったのでした。

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August 09, 2005

初めての夏休み<食い倒れ編>

DSCN19392泊の旦那さんの実家のあとは、私の実家で2泊。
うちにははるのぴーおばあちゃんがいます。

いつも食いしん坊のはるは、仙台に来てからその傾向が強まったみたい。
この日は、私達とマミ(おばあちゃん)と一緒に近所にある美味しい比内鶏ラーメンを食べて、鶏丼を食べて、ぴーおばあちゃんにただいまをしました。
ぴーおばあちゃんとお茶請にマンゴーを食べて(これは少々すっぱかったらしくあまり食べなかった)、遊び始めた頃。ぴーおばあちゃんがお昼にパンを食べたよと見せてくれたパンを見て、部屋の端からすごいスピードでハイハイしてくると、そのパンを食べる、食べる。
結局手のひら大のパンを半分くらい食べつくして、ようやく勢いが減ったのでした。

夕飯になっても、桃ひとつと納豆ご飯を大人の半膳分と、ジャガイモにお肉に…との食べっぷり。
将来が楽しみなような、心配なような、母なのでした。

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August 08, 2005

初めての夏休み<水遊び編>

DSCN1881いつもマンションでは、リビングに防水シートをひいて、洗面器に少しいれた水をぱしゃぱしゃとさせるだけで、とても喜ぶはる。
仙台でも、そのつもりで「ちょっと水遊びさせます」というと、おじいちゃんが準備してくれたのがなんと!つけものだらい。ちょうど入りそうだから…と。

これがまたぴったり、はるのサイズで。
来年はこううまくいかないと思うけど、はるはなかなか気に入って、ぬるま湯の中、一時間ほど水遊びを楽しんでいました。
このたらい全体がはるのテリトリーらしく、たらいの縁に私が手をかけると、邪魔だといわんばかりに手をはずします。
こどもの考えることって不思議…。

はるはおじいちゃんが持ってきてくれた木のお茶碗をさかさまに水に浮かべて、太鼓のようないい音が出るのを楽しんでいました。これをまたさかさまにして音を確かめたり…本当に、いろいろなことを観察する癖があるね、君は。おじいちゃんは「はるには打楽器を買ってあげなさい!」とのはる馬鹿ぶり。

水がすっかり冷たくなっても、まだ遊ぶ、とがんばるはる。
さすがに風も冷たくなってきたので、無理にあげました。
やっぱり小さなビニールプール、買ってあげようかな?

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August 07, 2005

初めての夏休み<花火編>

050806_15240001夏、帰省した私達を温かく迎えてくれた地元では、はるのために、遅ればせの誕生会が用意されていました。
広い芝生の庭でのバーベキューと、花火大会。
ご近所の方々も集まってくださり、はると私は、お義母さんが用意してくれていた甚平と浴衣姿で、とことん夏を満喫。

夕方4時から午前2時まで(もちろん主役は途中で寝ましたが)、いろいろお話して、飲んで食べて遊んで。
話題にのぼるのは、義理の両親とご近所の方がやっているテニスのフォームの話しから、仲間内での酒田旅行、ひいては芸者さんについてなど。なかなか面白おかしい夜でした。

初めての花火、はるはじいっと見ていました。
不思議そうに見つめて、特別喜んだり驚いたりということはないのだけど、じっと見入っていました。
花火のぱちぱちいう音と、その光に、ただ目を凝らしているはるの姿に、私たちは一年前を重ねて感慨にふけったりもし、夏の夜は更けていくのでした。

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August 06, 2005

おみくじ。

07276この間ひいたおみくじ、なかなか詩的な表現でありながら、心にずしっとくる内容でした。

おみくじをつくる会社って、日本に数えるほどしかないのだと聞いたことがあります。
そこでいろんなタイプのおみくじを作っているんですって。

神社に行っておみくじを引くと、時々ハッとさせられるような内容だったりします。
人智を超えたところからのメッセージだ!と思う時もあります。
こんなメッセージを日々作っている人たちがいるなんて、すごい。

私にはどうしても、仙人めいた長老が何人も、本当にご神託のようにおみくじの文言を話し、それを少し若手の人たちが書き止めるような姿を想像してしまうのだけど…

と思って調べてみたら、全国のおみくじの約6割を作っているという会社さんを発見。
「おみくじは占いではなく、神仏の励ましの言葉です。」という言葉が印象的でした。
おみくじ、こんなに小さいのに、全部手折りされて清められて神社に祀られて、そこから私達の手元に届くのですって。
手間ひまかかっているんですね…。

いつもは何気なくひいているおみくじ、今度からはちょっと改まった気持ちでひいてみようと思いました。

有限会社女子道社

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August 05, 2005

二重生活、事始。

07271今日から、新しい家が、私達の棲家になります。
といっても、書類上のこと。
本格的な引越しは、今月下旬です。

週が明けたら、掃除や新調した家具の受け取りに、ちょくちょく新居に通いながら、今の住まいの荷物を封入する二重生活が始まります。
疲れすぎないように、ほどほどに力を抜いてやっていくつもりです。

なぜ今日にしたかというと…
暦、ちゃんと見たことってありますか?
私も今回がたぶん実質的に初めてだったのですが、今日は「一粒万倍日」なんです。
なんだか名前からして、縁起がよさそうでしょう?
この日始めたことは何十倍にもなる日なんですって。
良いことは良いほうに万倍に、ただし苦は苦で万倍に。(皆様もお気をつけあれ)

今度こそ(?)、いつも片付いた美しい家を目指そう、と固く心に誓うのでした。

Wikipedia「一粒万倍日」

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August 04, 2005

掌編小説 夏燕〔2〕

 目も冴えてしまったので、わたしは寝間着のまま書斎へ降りて、何もつけない細筆で木を撫でてみた。絵の具をつけていないはずなのに、白い軌跡がいくつもできた。よくよく見てみると、筆の軌跡がほのかな光の筋になって残っているのだった。光はところどころにできる線をのぞけば、すうと木の肌に馴染んでいった。繰り返しているうちに線はつながり、花と、葉のような形が見えてきた。
 夜のしんとした気配は、筆を進ませた。わたしは時間を忘れて絵に没頭した。
 つながった線をさらに上からなぞると、線は自ら動き出して形を整え、輪郭線になる。線が整うごとに、香りは強くなってくるようであった。筆を少し太いものに変えると、今度は色が自らにじみ出て、絵を染め上げる。考えたような色合いが、欲しい色がいつもそこに現れた。葉の上の微妙な光の影も、花弁の奥行きも、面白いほどに生まれた。そうして、絵は出来上がった。
 白い皐月の花だった。
 絵からは、今まできいたことのない甘い花の香りが漂っていた。

 部屋に差し込む光は少し明るさを増していた。もう朝かと窓を開けると、家の外はまだ暗い夜のさなかで、燕の子も眠っていた。しかし家の中は、明けの空ほどの明るさに照らされている。近寄って絵をじっくり見ていると、すぐ後ろに藤御前が立っていた。
 …どうやら仕上がったようじゃな。ほう、これはみごとな馬じゃ。
 これほど見事な白毛馬を奉納すれば水神も雨を止めてくださるだろう。絵師殿、良くやってくれたのう。
藤御前が絵を手に取ると、皐月は木片から浮き出て手のひらに納まり、そのまま白馬に姿を変えた。
 午の月に馬の奉納とは、水神もさぞかし喜ばれますな。姫の病も必ずや癒えましょう。
 燕たちが両側から白馬に触れると、白馬は御前の手のひらを蹴り上げて、窓の外へ空(くう)を駆けていった。

目を醒ましたのは、昼近くだった。
雨はあがり、燕の子らが啼き、親鳥が餌とともにひと房、咲きかけの藤の花を咥えて巣に戻った。つい先日生まれたばかりと思っていた燕の子が、もう巣から飛び立とうと羽ばたいている。不思議に思って見やると、暦はひとりでに七日ほど進んでいた。
 縁側に座り、久しぶりの青空を見上げていると訪ねてくる人があった。
 この先の家のものですが、娘の婚礼披露に参りました。
 上品な婦人が、後ろに白無垢姿の花嫁を従えて玄関口にやってきた。初対面のはずであるのに、どこかで会ったような感覚がした。誰かににているのかもしれないが、それが誰なのかよく思い出せない。
 今晩祝いの宴を催しますので、どうぞいらしてください。屋敷はこの先の鎮守の横でございます、お越しいただければすぐにおわかりになります。
 夕闇に包まれた頃、小さな神社に出た。参道の藤棚には花が咲き始めている。境内近くのとりわけ大きな藤だけは満開で、美しい花穂を地の淵に垂らしていた。
藤を見上げていると、燕尾服を着た青年に声をかけられ、藤棚横の建物の大座敷に案内された。
座敷には大勢の客が招かれていた。中央には新郎新婦が座り、親族らしい人たちが客の間を酌にまわりして賑っているものの、どこか人間くささを感じさせない。運ばれてきた膳には藤の花穂の天麩羅、藤の花の和え物、花入りの豆腐、藤の若葉の佃煮が据えられ、花の香りがする酒とともに食事に興じた。いままできいたことのない香りなのに、懐かしさを感じさせた。
 ほろ酔いに、参拝して帰ろうとすると、社殿の横には夢に出てきた白馬そっくりの真新しい絵馬が飾られていた。振り返れば、藤棚の横には道も建物もなく、藤蔓で編まれた暖簾の上を燕が二羽飛んでいくところであった。

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August 03, 2005

掌編小説 夏燕〔1〕

 このところ降ったり晴れたり天気が落ち着かない。五月とはこんなにも雨の多い季節だったかと思うほど、幾日も雨が続くのが珍しくない。いつもの年には、五月晴れの空の下、若緑を見上げながら散策などしていたように思う。
 今年がそういう気候のめぐりなのか、ここの土地柄なのかはわからない。書斎の窓から見える空にはいつも陰鬱な灰色の雲が垂れ込めているばかりだった。

 雨雲が空を覆い隠すせいなのか、気分まで影響を受けて鬱々とする。
 書斎から出て家の中を歩きまわり、縁側から庭土に柔らかく吸い込まれていく雨をとりとめもなく眺め、戸を開けて雨どいにぱらぱらと打ち付ける雨音を聞いた。季節は夏に向かってたしかに移ろっているようで、書斎の軒先には燕が小さな巣をつくり、子を育てている。
気の向くままに過ごすのにも飽きて、書斎に戻り、絵筆を取った。

 キャンバスに向かい、少しの間、何もつけない絵筆で画布を撫でる。撫でているうちに、頭に浮かぶいろいろなことが綾なして、描きたいものが見えてくる気がする。近頃は仕事もないので、自分の心の赴くままに画布に向かう。その分収入もないのだが、いくらかの蓄えでなんとか食べることはできていた。半ば、習慣のようにして、わたしはま白いキャンバスに向かっている。
 描きたいものの糸口を掴んだら、姿勢を正す。イーゼルの角度を少し直す。絵の具を混ぜ合わせる。完全には混ぜずに、画布に少しずつ色を置いていく。
雨がずいぶん続くなぁといったよしなしごとから始まり、思いは頭の中で声になる。色が声になるのか、声が色になるのか、頭の中に生まれた声をわたしは描き続ける。考えていることが色や形になって、画布に吸い込まれていく。そのうちに、絵を描くために考えているのか、絵を描いているから考えているのか、境目が曖昧になっていく。声が続いていても、全くなくなっていても、あるいは外から聞こえてくるものともすぐにはわからぬほど、絵にのみこまれていく。
 …藤御前の娘御が病らしい
 長雨だからねえ、雨が止めば治るだろうに
 水神に神馬(じんめ)を納めれば雨が止むと聞くぞ、絵でも良いらしい
 ならばお知らせ申そう、この家の主は絵師らしい…
はっと我に返って窓を開けた外を見たが、庭はもちろん通りにも人影はなく、燕の子が腹を空かせて啼いているばかりだった。

 雨は止む気配もなく、庭先では家の明かりを受けた木々の葉がぬらりと光っていた。灯りを消すと、雨音が家の外から中から響いてくるようだった。雨音に包み込まれた夜は、いつもよりず っと深く眠りに溶け込んでいく気がした。
 …もし。
 呼びかけ声で目が醒めた。暗闇の中、かすかな月の光を頼りに目を凝らすと、見知らぬ婦人が足元に立っていた。
 …もし、頼みをきいてはもらえぬか。
 何処から入ってきたのか、誰なのか、混乱して何も答えずにいると、婦人は袂から扇を取り出し、わたしの方へひとあおぎした。扇の作り出す柔らかな風は部屋の中をいくぶん明るくし、わたしは婦人が蝶をあしらった薄紫の羽織を青の着物にかさね着ていることや、二羽の燕がともにいることを知った。
 長雨で娘の病が良くならぬ。お前様、手を貸してはもらえぬか。
 昼間、得体の知れぬ声に聞いた藤御前とは、このひとのことなのだろうと思いあたった。あの燕はたぶん軒先に住んでいて、昼間の声の正体なのだろう。藤御前はわたしに絵を描いてほしいといい、葉書ほどの大きさの木片を置いていった。
 何を描くかはおのずとわかる。出来上がった頃取りに参る。頼みますぞ。
 木片からは甘い香りがほのかに漂ってきた。それ以外はどう見ても単なる木片でしかなく、いくら見つめても、何を描いて良いのかわからなかった。

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August 02, 2005

夏の思ひ出。

夏、といえば。
皆さんはどんな思い出がありますか?

私には、忘れられない夏があります。
山形で過ごした、最後の夏。
それは、スイカを丸ごと一つスプーンで食べた夏…。

私はスイカが大好きでした。
それはそれは好きでした。
山形には尾花沢というスイカの名産地があって、そこの甘くておいしいスイカには目がありませんでした。
その頃の私には野望があって、御行儀こそ悪いけど一度、二つ割にしたスイカをスプーンですくって食べてみたいと思っていました。
週に何度か、トラックの荷台にスイカをぎっしりのせたスイカ売りがやってきます。
このスイカを食べられるのも今年が最後と、千円札を握り締めて私は、スイカ売りのおじちゃんに声をかけました。

お値段は確か、1000円、1500円、2000円。特別大きいのは3000円。
一番ちっちゃいのでいいです、と言って私は1000円札を差し出しました。
代わりにおじちゃんが差し出したのは、2000円クラスのスイカ。
驚いて顔を見上げると、おじちゃんは白い歯をむき出してにっこり笑っている。
彼なりの貧乏学生への思いやりなのだと知りました。
でも…こんなに大きなスイカを、ひとりで???

とはいえおじちゃんの思いやりです。無駄にはできません。
大きくて冷蔵庫にも入らないスイカを冷水を張った湯船に浮かし、その晩、念願かなって二つ割りのスイカにスプーンを差し入れました。
甘い汁が滴り、しゃくしゃくとスイカは、口の中にとけました。
いくら冷水につけていたとはいえ、冷蔵庫のようには冷えていない、生ぬるいスイカ。
そして、食べても食べてもいっこうに減らないスイカ。

2日かけて、執念で(というかほとんどヤケ?)一つ食べつくしました。
その翌年からしばらくの間、私は夏になってもスイカを食べなかったのでした。

ちょっと大き目のホールサイズのスイカを見るたびに私は、
あの生ぬるい、美味しいんだけど嬉しいんだけどどこか苦痛な、スプーンとスイカの日々を思い出します。
若気の至り、ほろ苦い(?)青春。

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August 01, 2005

自然を感じる生活。

050727_11520001自然に慣れ親しむ生活、というのは、本来的に私が最も苦手としていたところである。
夏の暑いのは苦手だし、冬の寒すぎるのも苦手。
春か秋の涼しい風と穏やかな日差しは好きだけど、長雨は少し憂鬱。
その自然嫌いが、自然て素敵かも、と思うようになったのは、一人暮らしをし始めた頃からかもしれない。
季節の移り変わりをスーパーの野菜売り場で知る。あるいは植物で知る。
実家で、それとは意識せずに食卓に上っていたものや、部屋に飾られていたものの意味を知った。

見よう見まねでいろいろやったけれど、やはり母にはかなわないもの。
それでも、自分なりの楽しみ方をようやく、自分が家庭を持ってから見出しているような気がする。

今年は、春にいちご酒をつけたように、夏は梅干と梅酒と梅シロップを漬けた。
建て替え前の実家には玄関を入ると大きな梅の木があって、梅雨の晴れ間になると祖父や父が梅の実をとり、祖母と母が梅干と梅酒をつけていた。

先日ひいたおみくじに、「世の中が常に新しく変わっていると思ううちはまだまだ」と書かれていた。
「昔と同じような方法で正月を迎えれば、昔と同じような正月がやってくるのである」と。
つまり、心がけ次第だということなのかな、と解釈。

梅干をつける人間が変わっても、梅の木は毎年花を咲かせて実をつける。
夏の暑いのも、冬の寒すぎるのも、それを楽しみとするような暮らし方もある。

昔、自然の賜物を手にかけることで、人は季節を読んでいたかもしれない。
梅でいうならば、そろそろ梅がなる頃、梅をつける頃、土用干しの頃、寝かせる頃…というように。
その自然を愛でる心、引き継いでいきたいなぁとこのごろ、思うのです。

余談ながら…
小さい時に、いたいけな弟にイチゴと偽って梅干を食べさせたせいで、弟はいまだに梅干が大嫌い。
この素晴らしき日本文化を、すぐ下の人に引き継げなかったことは、いまだに反省しきり、です(今にして思えば、ですが)。
こんなに美味しいのに、もったいないね…。悪いことをした。

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