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August 27, 2005

掌編小説 花火狩り〔1〕

 うちの生垣に、朝顔が咲くようになった。
 朝早くに起きて雨戸を開けると、ちょうど茶の間の目の前に、空色の朝顔が咲いている。昼になると萎んでしまうのだが、その花を見つけて、近くに住む少女たちが家に遊びに来るようになった。朝顔と夕顔という名なのだそうだ。
 ふたりは双子のように良く似ていたが夕顔の方がひとつ年上らしい。
 ふたりはわたしをからかうためにわざわざ同じ髪型に同じ着物でやってきて、大抵の場合わたしは、意図せずしてその期待を裏切らずに人違いするのだった。

 曇った日のこと、濡れ縁に腰をかけて麦茶を飲んでいると、まつりを見物にいきましょうとどちらかが言い出した。 こんなに暑い日は、まつりに出かけて花火でも見るに限る、と。日が翳りだした頃、夕顔が大人用の浴衣を携えて現れた。ほどなくして朝顔もやってきて、ふたりは鈴が転がるようにはしゃぎながら、わたしに浴衣を着せてくれた。
 では参りましょう、とどちらかが言った。相変わらずふたりは同じ着物に同じ髪型で、黙って佇んでいられるとどちらがどちらなのか、わからない。話をすれば夕顔の方が年上なだけあって、幾分か落ち着きがあった。
 ふたりが手を繋ぐと、足下から蔓が伸び始めた。
 蔓は渦を巻きながら、天を目指す。ふたりに片方ずつの手を引かれて蔓に足をかけると、それは更に伸びて、ついにわたしたちは天に至った。青い闇の中に、わたしたちはいた。

 目の前に、さやさやと心地の良い音を立てて、小さな川が流れていた。やけに光る水だとよくよく見てみれば、それは砂粒よりも細やかな星屑なのであった。川の両岸には見渡す限り竹が生い茂り、せせらぎに合わせて葉を揺らしている。
 朝顔と夕顔が両手で星屑をすくって飲むので、わたしも真似てみる。初めて口にする星屑は、ひんやりと甘く、後味も残さずに口の奥へさらりと消えていくのだった。甘露とはこのようなものを言うのだろうか。
 小さな川だけど大きいから気をつけて、と夕顔が言う。
 なるほど、大人の足で五歩もあれば渡り切ってしまえるほどの小川なのだが、星屑をすくおうと川に手を入れると、川幅は見る間に広がり対岸が見えなくなる。
 恐怖心からいささか下がったわたしを、朝顔が笑った。夕顔が左手を、朝顔が右手をそれぞれ、ぎゅっと握ってくれる。ふたりについて上流の方へ歩くと、人だかりがあった。身なりのよい若い男を囲んで、見るからに豪胆な男ばかり十数人が、花茣蓙に座って何かを待っていた。
 朝顔が中央の男に駆け寄り、親しそうに言葉を交わした。親戚なのだと、夕顔が教えてくれた。わたしたちは花茣蓙の中に席を設けられ、何も入っていない竹の杯を手渡された。中央に置かれた重箱の蓋も開いていないところを見ると、まだ宴は始まっていないようだ。
 どこからともなく、鈴の音が響きだした。音はだんだんと高くなった。
 皆が静かになり、川を見た。
 今日の主役らしい若い男が川岸に立つ。男の表情は柔らかで、とても晴れ晴れとしていた。

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