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April 2005

April 28, 2005

掌編小説 夜宴 〔3〕

 たくさん並べられた料理はあれよという間になくなるが、その都度新しい料理が運ばれてきて、宴の席は食べ物も飲み物も尽きることがない。わたしも酔いにまかせて笑ったり歌ったりした。
 どれほど経ったろうか、陽が傾きかけ、それまで誰よりも浮かれていた頭領猿が改まって蒔絵の小箱を渡してよこした。主からの感謝のしるしだから受け取ってほしいという。名残の杯を幾度か交わして、わたしは山を降りた。
 家についてみると、時計は午後4時から動いていなかった。家中の時計を見てまわっても、どれも同じ時間を指している。わたしは酒がまわってきたのか慣れない山登りの疲れなのか、眠気を抑えきれずに茶の間に倒れこんで眠った。
 目を覚ますと外はもう暗く、明かり障子の向こうでは月が光っているらしかった。ふと見れば、卓袱台の上の小箱が月明かりを受けてつややかに光っている。桜の花びらをかたどった蒔絵は、自分自身の力で光っているようにも見えた。

 小箱を開けると、ごくごく小さな香炉と、雲母(きら)引(び)きの紙に包まれた香がひとつ入っていた。
 香に火をともすと、立ち上る香りがほの白く光を帯びて、部屋のあちこちにたなびいた。
するすると香りは伸び、太い幹になり枝になりして先にはぽつぽつと花が開いた。花からは涼やかな音がしゃらしゃらと鳴り出す。香りの花は部屋から部屋へと伸びやかに枝を作り、桜で埋め尽くした。
いまや、家中が満開の桜と桜の奏でる音に包まれていた。
 自分のいる部屋がどこなのかもわからぬほど壁という壁、天井や床までが埋め尽くされていた。花は風に揺れるように遠のいたり近づいたりして、そのたびにしゃらしゃらという音が鳴る。音は、話しかけてくるようでもあり、笑い声のようでもあり、わたしは明るい桜の海の中をあてもなく歩いた。上下も左右もわからずにぐるぐる歩き回る中、手で触れる花はほろほろと消えていった。鳴り響く涼やかな音の向こう側に、猿たちの楽の音や笑い声が聞こえてくる気がした。
 花は漣のように行きつ戻りつして、いつまでもそこにたゆたう。

(結)

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April 27, 2005

掌編小説 夜宴 〔2〕

 肩で息をし始めた頃、手入れされた桜の木々の一角に行き当たった。目に入るのは桜ばかり。ごつごつした岩は端の方に寄せられ、雑草も始末されている。桜の木々は古い桜を囲むようにして丸く植えてあり、どれもみな枝一杯に蕾を湛えている。そこが山の頂であるらしかった。
 猿は古桜に近い岩に腰をかけていた。彼は家で見るよりも大きく堂々としていた。岩陰からは他の猿たちがわたしたちをまじまじと見つめているのがわかった。どの猿よりも彼は威厳に満ちていた。

 主を紹介します、と言って頭領猿は古桜を仰いだ。空気を凛とさせる風が吹いて、桜が微かに枝を震わせると一輪だけ花を咲かせた。花は涼やかな音を奏でた。
 主は、わたくしどもの遣いが世話になっております、と申しております。
子育てに手がとられて、なかなか相手ができぬものですから、ここのところあなた様のもとへ伺うのが何よりの楽しみと聞いております。おかげでわたくしも子らも心やすく居られます。気持ちばかりの感謝ながら、酒も肴もたんと準備をしております、お楽しみくださいまし。

 古桜の言葉を伝え終わると猿たちから歓声が上がり、それをきっかけとして楽隊らしき一団が笛や太鼓を鳴らしながら現れた。隠れていた猿たちは楽の音に合わせて踊り出で、朴葉に盛られた魚の蒸したのや桜の塩漬けの握り飯や木の子焼き、山菜の胡桃和えなどが次から次へと運ばれてきた。頭領猿は一升瓶を抱えてわたしの隣に座り、わたしは自分の杯と、弁当箱に詰めて持ってきた春告魚(にしん)の燻製と木の芽味噌を出した。猿の酒は芽吹いたばかりの若葉のような爽やかな香りで、春を飲んでいるようだ。たたみ数畳ほどにまで料理が敷き詰められると、踊っていた猿たちも座についた。酒が進むとあるは謡い、あるは舞い、あるは酌にまわりして、ただ一輪の花を愛で、大いに歓喜した。酔った猿たちが祝詞のようなものを唱えると、古桜は枝をしならせて喜んでいるようであった。
 気がつけば、ここへの道すがらに見た蒲公英や芝桜も猿たちに混じって花びらをうっすら染めながら語らい、どこから現れたのか、みずら頭の3人のこどもが淡い紅の薄絹を幾重にも重ねた衣を纏い、杯を交わしていた。

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April 26, 2005

掌編小説 夜宴 〔1〕

 近頃、午後4時を過ぎるとどこからともなく猿があらわれる。
 猿は、茶の間で新聞を読んでいたり、縁側に座って庭を眺めていたりする。
 わたしの姿を見つけると、果実酒のようなものを懐から取り出して勧めてくるので、そこから酒盛りが始まる。わたしが用意する肴は冷奴だの納豆和えだの、ごく簡単なものであるのに、いつも大げさなほどに喜んでくれる。猿の持ってくる酒は果実の甘い香りと酸味がほどよく、まろやかだ。毎回少しずつ味が違って、それもまた楽しみである。小一時間ばかり酒を酌み交わしつつ話をして、猿はそのまま去っていく。
 日増しに、わたしは午後4時が近づくと家のあちこちを気にして歩くようになった。
たびたび顔を合わせていると、そのうちお互いの身の上話もするようになるものだ。わたしも猿について当たり障りのない認識を深めた。家の裏の山に住んでいることとか、仕える主(あるじ)がいることとか、見かけからはわからないが華々しい昔話が多いところを見ると年配の猿らしいことなど。たまに猿はこぼしたりもする。いわく、主に三つ子が生まれたので自分は以前ほど用事をおおせつかることがなくなったと。
ここひと月の間、自家製の酒を携えて、猿は毎日やってくる。
そして、どんなに話しが弾んでいても、一時間くらい経つとおもむろに帰っていく。

 春一番が吹いた次の木曜、こちらにも来てくれと猿が誘うので、午後3時を過ぎると肴を携えて裏山を登った。目立つほど高い山ではないが、きっかけがない限り登ろうとは思わない。そのくらいの高さはある。山道は細く深く奥に向かって続いていた。枯れ木のところどころに黄緑色の若葉が顔を出し、道端には時折菫(すみれ)や春(はる)紫苑(じおん)を見かける。春の盛りももうすぐなのだなぁ、その頃にも猿は毎日うちにやってくるのかなぁなどと考えながら歩をすすめる。風もないのに蒲公英(たんぽぽ)がからだを揺らしている様子は、隣に咲く芝桜に話しかけているようにも思え、ひとり顔をほころばせた。そろそろ中腹を過ぎたろうか、想像以上の勾配に息がとぎれてくる。猿は毎日こんな道のりをやってくるのかと改めて驚いた。いや、忽然と現れる猿のことである。もっと別の方法で移動するのかもしれない。足元以外に気が回らなくなると、木の葉のざわめきが遠のいていった。

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April 25, 2005

いちごとおはなし 赤毛のアン。

いちご浸りの日々に読みたい物語 第二弾。

いちご、と言って思い出すのは、いちご水と間違っていちご酒を飲んで酔っ払ってしまった小さな貴婦人のこと。
飲ませたのは、赤毛のアンだ。
親友のダイアナを招いて、念願のお茶会を開いたアン。マリラお手製の「いちご水」をダイアナに振舞ったところ、実はそれがいちご酒で、ダイアナが酔っ払ってしまったこと。(※木苺水と木苺酒となっている場合もあるようだ)

赤毛のアン3部作を、読んだのは中学校1年生だった。
忘れもしない。中学に入って初めての夏休みの国語の宿題が、この作品を読んで原稿用紙10枚の感想文を書け、というものだったからだ。それ以前にハウス名作劇場などで話の内容は知っていたが、ちゃんと文章として読むのは初めてだった。要領の良い友人は3冊とも目次とあとがきを読んだだけで10枚書いたと言っていたが、要領の悪い私は全部を読んで、何回も書き直しながら、この宿題に取り組んだ思い出がある。

赤毛のアンの手作り絵本という3冊そろって箱に入った、それは素敵な本があって、小学校の頃友人宅で見せてもらって以来憧れていたら、確か中学2年の誕生日に、母から贈られてひどく嬉しかったのを覚えている。本は何度も何度も読み返して、何点かをつくり(失敗もし)、今も私の書棚にきちんと納まっている。ところどころページを折り返したあとや、ケーキを作ったときにうっかり水をこぼしてしわしわになったページも含めて、いい思い出。
母は赤毛のアンが好きで、いつかプリンス・エドワード島に行ってみたいと言っていた。
今思うと、おしゃまなアンは母に似ている。
そしてたぶんその娘の私も、どこかアンに似ているのだろう。
女の子の夢はいつかどこかで、アンに重なる時期があるのかもしれない。

『赤毛のアン』
『アンの青春』
『アンの愛情』
モンゴメリ著
※名作なのでいろんな出版社から出版されています。私が読んだのは新潮文庫版でした。

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April 24, 2005

いちごとおはなし いちご物語。

いちご浸りの日々に読みたい物語。

『いちご物語』。
少女マンガの巨匠・大島弓子の傑作。
父を亡くしたラップランドの日本人少女・いちごが、父と同じくらい大好きな、たった一度あったことのある林太郎の嫁になろうと日本にやってくる話。ラップランドの生活と日本の生活のギャップに悩んだり、恋のライバルの出現、実の家族の出現、「結婚」の本当の意味を知ることなどを通して、成長していく話。
いつの間にか引き込まれてしまう物語、結末に涙をこぼさない人はないだろう。

懸命に成長しようとするいちごの姿がけなげで、彼女を守らんとする林太郎一家だとか、さりげなくサポートしてくれる狼男とか、魅力的な人物がたくさん現れる。
生活のためにポルノを書こうとする純文学作家の父を止めるため、ラップランドのおばさんがこっそり持たせてくれた指輪を売りお金をつくって出版契約を解約し、のこりで花束を買い、家族のために何を買おうかと思い描いているくだりが好き。
それから、実の家族に引き取られたいちごを訪ねていく林太郎が、きれいなアジサイを、いちごに見せてやろうと持っていくところ(実はいちごの滞在先にはアジサイが山ほどあるのだが)。

この物語を読んでいると、人間の良心を信じられる気がする。


『いちご物語』
大島弓子
白泉社文庫

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April 23, 2005

いちご水、イタリア風。

いろいろな分量があるみたいなので、自分で好みの味に加減して作ってみてください。ほとんど「いちご水」と一緒です。

いちご水
材料;いちご(2パックくらい?)、水、砂糖、バルサミコ酢(大さじ1くらい)

・洗ってヘタをとったいちごを、水と一緒にミキサーにかける。
(私の分量はミキサーいっぱいにいちごを詰めて、水をカップ1杯くらい)

・鍋にいれて、弱火で温めながら好みの分量で砂糖を溶かす
(甘さはちょっと控えめの方が美味しくできます)

・ちょうどよくなったら火からおろして、バルサミコ酢を加え、ビンなど保存容器に入れる。
(いちご水よりちょっと茶色っぽくなります)


これは大人用に。
バルサミコ酢を足すのは雑誌を見てやってみました(分量は違うけど)。
おすすめは炭酸水割り。
白ワインで割ったら、おいしいカクテルになりました。
お試しあれ。

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April 22, 2005

いちご水。

050420_144801いろいろな分量があるみたいなので、自分で好みの味に加減して作ってみてください。うちではあっさりいちごミルクが朝のメニューの定番になりました。マグカップに、いちご水1/3と、ミルク2/3を注いで、ぐるぐるかき混ぜると、いちごのプツプツの種が浮かんできます(このプツプツの食感も好き)。ミルク多めだから、いちごの風味があっさりして、なんだか朝がなおさら気持ちよく感じられます。

いちご水
材料;いちご(2パックくらい?)、水、砂糖

・洗ってヘタをとったいちごを、水と一緒にミキサーにかける。
(私の分量はミキサーいっぱいにいちごを詰めて、水をカップ1杯くらい)

・鍋にいれて、弱火で温めながら好みの分量で砂糖を溶かす
(うちでは優しい甘みの三温糖を、ときどき舐めながら足しました)

・ちょうどよくなったら火からおろして、ビンなど保存容器に入れる。
(水などの量にもよりますが大体500ml~750mlくらいになると思う、私は空いた炭酸水のビンに詰めました)


私は少し甘めにして、シロップのように使っています。
コップ半分のいちご水と、氷2~3個に、炭酸水やミネラルウォーター、ミルクを入れて楽しみます。
朝、起きがけのいちご水、本当に気持ちいいです。
変り種としては、コーヒーや紅茶に足して、ロシアンティー風にも。
(意外なことに加減次第でコーヒーのほろ苦さにもマッチします。最初はコーヒーそのものの味で後味がいちごのすっきりドリンクになる!)

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April 21, 2005

いちご酒。

050420_144601夜中の試行錯誤第1弾は、いちご酒。調べてみたらいろいろな分量があるみたいなので、自分で好みの味に加減して作ってみてください。調べた私も、適当な具合で作ってみました。
…まだ出来上がりには時間がかかるのだけど、ちょっと味見をしたら、いちごの香りがふんわりお酒に移って、いい感じになりつつあります。


いちご酒
材料;いちご(2パックくらい?)、砂糖(いちごの半量~全量、好みで)、キルシュまたは辛口白ワイン

・洗ってヘタをとったいちごを、いちご、砂糖、いちご、砂糖と交互にビンに詰める。
(うちでは大きいピクルスの空き瓶を利用しました)

・ビンの口までいちごと砂糖が詰まったら、ひたひたになるまでキルシュまたは白ワインを注ぐ。
(うちでは両方を作りました。キルシュは甘さ控えめに、ワインの方は辛口ワインにお砂糖をたっぷり)

・ときどきビンをさかさまにして降り、直射日光を避けて保存。1週間から10日くらいでできあがりです。
(ピクルスのビン、モノによってはさかさまにすると口から滴るのでご注意を。保存は、キルシュは常温保存OKですが、白ワインは冷蔵にした方が安心)


そのまま、オンザロックはもちろん、好みでミネラルウォーターや炭酸水で割ってもおいしそうです。
レモンの輪切りか何かを添えて。
うちのいちご酒たちは4月末にできあがる予定。
果実酒は、サングリア以外では初めての挑戦なので、楽しみです。
おいしくな~れ。

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April 20, 2005

いちごの日。

050419_131101知り合いの方が、いちご屋さんを始められた。
ご案内をいただき、いちご好きの私も早速注文をした。ほどなくしてたっぷり2キロのいちごが我が家にやってきた。

酸味のあるいちごは、こどもの頃を思い出させた。
私がこどもの頃、いちごは甘~いいちごと、すっぱ甘いいちごがあって(いまもそうか?)、おばあちゃんが買ってくるいちごは甘いいちご、母が買ってきてくれるのはすっぱ甘いいちごだった。
私は、すっぱ甘いいちごの方が好きだった。
(たぶん母はそれを知っていたのだろう)
すっぱ甘いいちごは、お砂糖をかけてミルクをかけて、先の割れたいちごスプーンでつぶしていちごミルクに出来るから。そうすると、いちごの美味しさも、甘いだけじゃなくて深みが出るように当時は思ったのだった。あるいは、好物のコンデンスミルクをたっぷりかけて、甘いとすっぱいをかみ分けながらとろんと恍惚感に浸る。
じゅわっと広がるいちごの香りと酸味、続いて押し寄せてくるミルクと砂糖(あるいはコンデンスミルク)の甘み。白いミルクが、いちごの果汁できれいなピンク色に変わっていくのも好きだった。スプーンをくるくる回すとマーブル模様を描いて、さらに回すとほんのりピンク色に染まってきて、それはそれは楽しく美しいひとときだった。

そんなことを思い出しながら、いちごミルクを2杯も食べた。
それでもまだ、たっぷりといちごは残っている。
今までずっと作りたかったものを作ろう!と決心して、夜中にいそいそといろんなものを作ってみた。(明日以降に続く)

いちご屋さん
2キロもある規格外バラいちご、たっぷり楽しんでます。

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April 19, 2005

御礼

4月16日~17日、仙台市青葉区BEEBギャラリーでの
HERB AND CRAFT作品展「萌 -花・草・水・風-」にパネル展示した
掌編小説作品「花遊び」について、
多くの方から励ましのお言葉を頂戴いたしました。
誠にありがとうございました。

創作を行うことは、2001年以来、実に4年ぶりで、
一時は私の中にある創造の泉は枯れ果てたとさえ思っておりました。
それがこうして今、多くの皆様に読んでいただき、
温かい励ましの御言葉や有難いご感想をいただけるようになり、
とても嬉しく思っております。

また、私がこうして再び創作に取り組むきっかけとなったのは、
かけがえのない一人の友人の存在なくしては語れません。
彼女とそのご友人の言葉が非常なる支えとなり、
私に自分自身の深遠と向き合う大きな力を与えてくれました。
この場を借りて、深く感謝したいと思います。
のりちゃん、本当にありがとうございました。

今後も、ゆっくりのペースではありますが、
なにかを描き続けていきたいと思っています。

最後になりましたが、
作品を読んで、自分の作品展にぜひ展示したいと言ってくれた母と、
放送のための書き下ろし作品という予定だったのに、
展示について快く了承してくれたラジオ番組関係者の方々に、
御礼申し上げたいと思います。

本当にありがとうございました。

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April 18, 2005

かもん。

050417_194001実家が鯉幟を用意してくれた。
見に行ってくれた母は、たくさんの種類の鯉幟を目にして、散々迷った挙句に一番高級なのを選んだとか(笑)。あれよりはこっちの方が、こっちよりはこれの方が…と、孫の顔を思い浮かべながらだんだんエスカレートしていく様子が目に見えるようだ。
なにをかくそう私達も、ベビーカーを購入するときには全く同じ状況に陥って、予算よりも数段上のクラスのものを手に入れてしまったのだから。(あっ、これは「血」のなせるわざなのか?)
その時、父が私に言ったひとことが、「こどものものはケチるんじゃない」。安全性とかを考えれば、そんな投資は安いものだというのだ。その考え、確かに。(鯉幟に安全性云々の議論は棚にあげておく。)
そんなこんなで、上等の鯉幟が我が家にお目見えした。
しかも、吹流しには家紋つきである。
この家紋をつけるのに、ひと騒動あったらしかった。
旦那さんの家は家紋しきたり云々におおらかな家で、嫁の私としては大いに甘やかしてもらっているのだが、凝り性のうちの母が鯉幟の「吹流し」に家紋を入れる、と言い出したから大騒ぎ。
うちの家紋て何だ?
と、両親がいろいろ調べてくれたり、母が中継して鯉幟屋と折衝する中で家紋の名前が判明したり、5000種以上在る家紋集にそれがなかったので特別に版を作ったりと、ちょっとした事件になったのだった。
我が家の家紋は、藤堂蔦に丸、というのだそうだ。
蔦の家紋は、八代将軍吉宗が使ったことから徳川時代に大流行したらしい。
…鯉幟ひとつで、なかなか奥深い事件になったのでした。

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April 17, 2005

かぶと。

050412_192101初節句が近いということで、双方の祖父母たちからはるに、兜やら太刀と弓やら、鯉幟が贈られてきた。

昔ながらの風習、最近見直している。
(そういう若い世代が増えているらしい)

もともと端午の節句っていうのは、陰陽道の御祭りだったのが、日本の文化に組み込まれたもののようだ。
端午の節句に限らず、1月1日、3月3日、5月5日、7月7日などに祭りがあったようだ。
この5月5日の端午の節句は、陰陽道をかじる人は必ず通る大事な祭りだが、今日はこれには触れないでおこう(ふれてしまうと、やめられないとまらない)。

いまや武運もない時代だけれど、もしかしたら昔よりもっと戦いは熾烈になっているのかも。
自分に打ち克てるひとになってくれたらいいなぁと、自分にことごとく甘い母は思うのでした。

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April 16, 2005

はなみ。

すっかり葉桜の季節になってしまった。
今週初めからの雨で、花びらがおおかた散ってしまったのだ。
桜の花のころあいについては、人好き好きだと思うけれど、私は散り間際の花吹雪がいっとう好きである。今年は雨で残念ながらそのころあいにはめくりあえなかったけど。そうそう、川やお堀に花びらが浮かんでいるのを眺めるのも好き。花いかだというのだそうだ。

家族して出かけたせっかくお花見でも、バーベキューの海千山千やはるに気をとられて肝心の花を見逃してきたし(こんな失態は何年振りであろう)、今年はまともに桜を見つめていないかもしれない。

桜は終ってしまっても、花を愛でたい。
ということで、ベランダにレジャーシートをひいて、ミニテーブル(本当はこどもようスツール)を出して、はるの野菜りんごジュースと私のカフェオレを持って、デイジーの花見をした。
揺れる花に手を伸ばすはるを見て、うららかな春の陽気を一心に浴びて、ひなたぼっこ。
日差しの暖かさが増してきたようだ。

あと2週間もすれば、初夏・5月なんだなぁ。
目に青葉山ホトトギス初鰹。
薫風吹く季節は、もう間近。

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April 15, 2005

ねらう。

050323_220401虎視眈々とテーブルの上の鰈の煮物を狙うはる…。
この後、テーブルに載せられた右手が、鰈の柔らかな肉を思い切りひねりつぶしたのでした。
食べ物への興味関心の発芽だからとそのままにさせてみたけれど、カーペットに叩きつけられていく鰈の身のせつないことよ。でもその右手が口元に持っていかれることはない。

はるよ、はるよ。
どうして手づかみしても口に持っていかないの?
そして、どうして掃除をした日に限って「お料理」を始めるの?
君のことが、やっぱりまだよくわかっていないと思う、今日この頃です。

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April 14, 2005

やすむ。

050403_141401近所になかなか素敵なカフェをみつけた。
椅子はたった7つ。
4人がけのテーブルがひとつに、3人がけのカウンターがひとつ。
そしてそこは、とってもおいしいベーカリーでもある。

「パンを買ってくるね」
と、はるを預けてお散歩にでる。
徒歩15分ほどのベーカリーまでの間、満開のコブシの木があるお庭を通ったり、橋を渡ったり、ニオイスミレのプランターが並ぶ保育園の前を歩いたり。桜がちり始めたいま時分は、川沿いの公園から花びらが風に乗って流れてきて、天気のいい日はさらに心地よい時間になる。

イチジクのパンに、イングリッシュマフィン、それから…と選んだあとはカフェオレを頼んで窓際のカウンターに座る。内緒のやすみ時間をひとりでたっぷりと楽しむ。
今度ははると旦那さんも連れてこよう、と思いながら。
あるいは窓の外に見える山の木々に見つめて、自分の内側にある別の世界に思いを馳せながら。
そうやって、私の中に、物語が生まれていくのです。

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April 13, 2005

えいが。

最近見た映画の中で、惚れ惚れしてしまったのが、
「LOVERS」。

私が一番苦手とするアクション映画なのに、この監督の作品はどうしてこうも美しく詩情にあふれているのでしょう…映画は洋画専門と言い切ってしまえるほどアジア映画に辛い私だが(単に好みの問題なのだけど)、ポエジーあふれる映像を見せてくれる大好きな監督といったら、アジアの監督の名ばかりが思いつく。
「LOVERS」のチャン・イーモウ監督は「初恋のきた道」「あの子を探して」「HERO」あたりの有名どころを見た。「HERO」と「LOVERS」はそれまでの作品から、路線を変えたイメージ。「初恋~」などはちょっと昔の村のひとびとを描いた作品だけど、「HERO」からは歴史もののアクション映画だ。

そしてご多聞にもれず、アクション映画の特徴のひとつである戦闘シーンが多い。
このアクションが、暴力的じゃなくて、本当に美しい。
舞を舞っているかのごとくに、それはそれは優雅に戦うのだ。
しかしながら登場人物に思わずなり切ってしまうほどのリアルさもある。

ストーリーの展開に色彩をうまく使っているのも心憎い演出。
それはそれは美しい。

とにかく、百聞は一見にしかず。
まだの方はぜひ見てみてください。

LOVERS
HERO
初恋のきた道
あの子を探して

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April 12, 2005

たっち。

goshついに、はるがつかまり立ちをした。

初めてつかまり立ちをしたときは本人も状況がよく飲み込めておらず、「え?なに?なによろこんでんの?」という感じで不思議そうに見ていたが、やがて親の手が自分を支えていないことに気づいたのか、とっても嬉しそうな顔をした。

普通はたぶん、はいはいの途中で障害物にあたるか何かして、テーブルや椅子やソファやそんなものに手をかけて、立ち上がることをつかまり立ちというのだと思う。
はるの場合は立たせろと親を支えにして、そのうちたまたま手が届いたソファに体重をかけたものだから、厳密にはつかまり立ちとは言わないのかも。

でもまぁ、本人が自力で立った、初仕事なわけだ。
心なしか、いつもより機嫌がいい。
きっと気持ちも良いのだろう。

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April 11, 2005

ベスト。

vest昨日の記事で、ぼうろをつまむはるが着ているのは、実は昨年秋に私が初めてはるのためにつくったお洋服。
ネーム入りのおやすみ用ベストです。
寝ながら動いて布団からどんどん出て行ってしまうので、パジャマの上に着せるやつ。

生地はオフホワイトのあったかいコットンベロア。
裏地は茶色いコットンの、りんごのプリント生地。
ボタンが、スマイル太陽のくるみボタン。
買ってもらったミシンの刺繍機能を使ってみたいがための一品でした。

最近着せていないけど、このボタン、「つまみ甲斐」がありそう。早速今晩着せてみよう…

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April 10, 2005

つまむ。

050304_143901つまむのが、彼のブームのひとつでもある。
タマゴぼうろを一面に撒き散らしてつまみあげたり、ぱぱのジャケットのファスナーが気になったり、ママンのシャツのボタンが気になったりする。
身体感覚が出てきたのかもしれない。
指先で、いろんなものをつまむ。
(つまんだあとはぽいっとなげて、またつまむ)

私はあまり手先が器用ではないから、はるは器用になってくれたらいいかも。
子どもの頃は折り紙が大すきだったのに、もうすっかり忘れてしまったし…はるがもうちょっとしたら、折り紙の本でも借りてきて、昔取った杵柄、また折り紙してみようかな。
(しかし、折れなくなって久しいのになぜかいつも、うちには折り紙と千代紙がちゃんとあるんだよね。見つけるとつい買ってしまって。)

はる、いまのうちにぼうろつまみで、指先を鍛えてください。

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April 09, 2005

よんで。

はるにもお気に入り絵本が出てきた。
絵本の山の中からそれをひっぱりだして、読めとうながす。
こんなに大きくなったんだなぁと、しみじみ。
読み終えて、別の絵本をひらくと、はるの手が伸びてきてばたんと閉じる。そしてさっきの絵本を掴み、読めと促す。この繰り返し、執拗にそればかり読ませられる。
昨日は5回、読まされた。
これも成長だなぁ。

『きんぎょがにげた』五味太郎著

そしてお気に入りは、日によって変わるらしい。
今日は、しかけ絵本。
これも、文章だけを読んで手抜きしようとすると、前のページにめくりなおされて抗議されてしまう。
…このちっちゃい子、ほんとにわかっているのかしら?

『ペネロペゆきあそびをする』アン・グットマンぶん/ゲオルグ・ハレンスレーベンえ/ひがし かずこやく著

ちなみに、このペネロペの作家は、『リサとガスパール』シリーズの著者。
ちょうど原画展が東京大丸ミュージアムにて開催中。私達も会期ぎりぎりにかけこんでくる予定です。
リサとガスパールの原画展(~4月12日)

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April 08, 2005

さくらさく。

わたしたちの住んでいるところでは、桜が見頃だ。
ここのところ天気も良くて、まさしくお散歩日和。
この季節が近づくたびに、新しい御花見スポットを開拓しようと思いつつ、結局目的を達成しないうちに花が終わってしまうのが常。

ところで、花といえば桜といわれているほど、私達のこころと結びついている桜が、ちょっとした危機を迎えているらしい。「日本の桜100選」に選ばれている桜の名所の7割で、桜の花にトラブルがおきているのだとか。トラブルが見られているのはソメイヨシノで、花の減少や枝枯れなどが見られるという。

先日依頼をいただいて、桜の掌編小説を一本書き上げた(4月末以降、仙台市内のラジオ局で放送されます)
そのおかげで桜について調べる機会があった。

古くは『日本書紀』に 「香妙し花橘、花妙し桜」と書かれた桜の花。
民俗学の権威柳田国男によれば、もともとサクラという語は合成語で、サは農耕の神のこと、クラというのは神の在る場所を表すのだという。つまり、農耕民族・日本人が、稲の神の依り代である花へ捧げた呼称らしい。
平安時代には貴族たちが花の下で宴をはった。
人は、桜には神・花之開耶姫(このはなさくやひめ)が宿ると考えていた。花見はもともと「花飲み」という説があるそうで、花の下で宴をはり、大地を踏んで踊ると、花の生命力を受けて長生きすると信じられてきたという。

そんなわたしたちのこころともいう花のトラブル。
管理の悪さや伝染病が原因とも報じられている。
なんだか、科学や情報の発達で以前ほど「見えないもの」の力を感じなくなった私達への、警鐘のように思えた。
こころをないがしろにしていませんか、と。

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April 07, 2005

犬も食わない二日酔い。

我が家には、激しく夫婦喧嘩をした日、夜に仲直りの酒盛りという習慣がある。
わざわざそのためにコンビニに走って、酒類とポップコーンとスルメを購入し、はるが寝た深夜にひっそりと酒盛りがはじまる。
コンビニへの徒歩10分が気晴らしにもなり、煮えくり返る腹も冷ましてくれるし、スルメをかじりながらだと、素直にごめんねと言える気がする。

久々に大喧嘩をした夜、ビールと焼酎とウイスキーとポップコーンとスルメで酒盛りをした。
ここのところ飲み慣れないせいか、翌日、ビール2本で頭がガンガン。
こりゃたまらんと思ったところで思い出したのは、

「金子式二日酔い雑炊」(金子信雄『口八丁手包丁』より)。
ベーコンと玉ねぎを炒めて塩コショウしたら、冷や飯をいれ、牛乳を加えてひと煮立ち。溶き卵とバターを入れて蒸らすと出来上がりらしい。
しかしまぁ、なんともコッテリしていそうではないか。
(味噌汁の残りで同様に作ってもよく、これも最後に牛乳をいれるとよいとのこと…味噌汁に、牛乳?!)
残念ながらベーコンを切らしていたので、普通に食事をとったけれど、もし喧嘩の翌日二日酔いになったら試してみようと思う。

しかし…二日酔いの時には、あっさりしたものが欲しいと思うんですが…ひとそれぞれなのかな?

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April 06, 2005

たのしや木琴。

050407_140401おもちゃやさんに出かけたら、はるが木琴に張り付いて離れなくなった。
おさかな形で音階になっているそれは、木琴じゃなくて「シロフォン」と呼び名もかわいらしく、赤ちゃんのみならず大人までうっとりしてしまうかわいらしさだった。しかし、素敵なものはいつも、それ相応の価格というものがある。今月は既におもちゃに散財してしまったし…悩みぬいたあげく泣き叫ぶはるからおさかなシロフォンをひっぺがし、出口に向かって走り抜けた。

その後立ち寄った本屋の隣には、ちっちゃいおもちゃやさんが…。
はるも泣き疲れて寝ていることだしと立ち寄ったら、そこにまた木琴を発見。
カラフルでかわいいのに、音が音階になっていないためかリーズナブル。
気づいたらはるが目をさまして、じっと木琴を見ていた。
ばち(マレット、というのでしょうな本当は)を持たせてみると、目を輝かせてにっこり。その愛くるしさに心打たれて(そして経済的にも心打たれて)購入してきた。

以来毎日、あきもせずに彼は木琴を楽しんでいる。
木琴を叩いているときの顔は輝いて…そして時に私の足や手も彼の音楽の餌食になる。
ちっちゃいと思っても、結構痛いんだな、これが。

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April 05, 2005

つぶらな瞳に。

050215_164901つぶらな瞳の彼は、離乳食用スプーンである、
なかなか活躍の場がない。
主人(はる)は自分で口元にスプーンを持っていけないし、手にスプーンを持ちたがるけど、持ったら振って遊んで、反対側の手を離乳食の器にぐちゃっと突っ込んでいるから。

それでも、彼は常に、はるの食事のそばに控えている。

外食の時には、スプーンだけを取り外して、お供する。そうすると主人はスプーンを掴んで振って、おなかが空いたら口をあけて食べ物をいれてもらうのを待って、それだけで自分も大人と一緒に食べられたという満足感があるらしく、上機嫌になるからだ。
時々、勢いあまってスプーンを食べ物に突っ込んでしまうこともある。そうしたら、一旦落ち着いて考えてから、ぐちゃぐちゃとこねはじめる。(そこでおわり)

彼がちゃんと一人前のスプーンとして食べ物を口に運べるのはいつの日のことか。
主人が自分で自分の口に食べ物を運んでいけるのはいつの日のことか。
待ち遠しい、彼なのであった。

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April 04, 2005

アンデルセンに思う。

4月2日、アンデルセンが200回目の誕生日を迎えたそうだ。
日本や世界の神話や伝説には、優れた人が神になるという考え方があるけれど(例えば菅原道真が天神様として学問の神と祀られているのもそのひとつ)、その考え方にのっとれば、アンデルセンも童話の神様になっているだろう。

昔の童話は、現代においては作りかえられていることが多い。
アンデルセンの人魚姫だって、最後は海の泡になるというせつない終わり方をするのに、ディズニー映画では海の魔女を退治して王子様とハッピーエンドになっている(そしてなんと人魚姫と王子様の子どもが陸と海を統治する結末になる続編まである)。

個人的には、昔の話の方が余韻を残していて好き。
それに、何でも望めば手に入るわけではない、ということや、身をひくこと、人を思いやることの大切さを感じさせてくれることも。ディズニーの結末はハッピーエンド好きとしてはいいとも思うけれど、原作を知っている立場からは少し寂しい。

そう思って昔話を読み返してみると、面白い、ワクワクする中にも、大事なことのひとかけらを発見できたり、いつもいい結果におわるわけじゃなかったり、こども向けとはいえ深みがあるなぁと思う。

童話の神様になったアンデルセンさん、世界のこどもたちが素晴らしい童話にたくさん出逢えますように。
いつもシンプルな結末だけじゃない、物語の奥行きを、感じることが出来ますように。

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April 03, 2005

ビスケットを片手に。

050403_115601思索にふけるとき、何をお供にしますか?
最近の私はジンジャービスケットとベトナムコーヒー。
先日ベトナム料理屋で出されたベトナムコーヒーにハマって、その場でコーヒー豆とコーヒー器具一式を求めてしまった。コンデンスミルクは甘すぎずに、コーヒーの苦味をふうわりと包んで、深めていく。
薄焼きのジンジャービスケットが、また良く合うのだ。
花型のジンジャービスケットをさくさくかじり、深炒りでコンデンスミルクの入ったベトナムコーヒーを飲み、あることないこと思索にふける。ぼうっと考えている時間、こころを自由にひとりあるきさせる時間が心地よい。
時の経つのも忘れて…

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April 02, 2005

ひげの正体。

seaweedsmile昨日のはるのひげ、正体は「海苔」でした。
すぐに食べられてしまった…

9ヶ月になったら、離乳食、ますます手間がいらなくなってきて、今日は野菜と鶏のスープ煮。
大人と違う点は、塩分が少し控えめなのと、野菜が一口大に崩してあることだけ。
前は裏ごししたり、スプーンの背でつぶしたりだったけど、もう、味付け前にちょちょっと手をかければOK。
とても楽チンになりました。

ところで…離乳食クッキングをして、初めて作った組み合わせで、それ以降大人用にも使われるようになったものも。
鶏レバーと鶏ささみをつぶして、ちょっとチーズを混ぜてから、トマトピュレを加えて味をととのえたもの!(ミキサーにかけてしまうのが断然楽チンです)
意外な組み合わせだったけど、これがなかなかいけます。
塩味のクラッカーにのせて、好みでバジルの葉などものせて、胡椒をたっぷりかけたら洋酒の肴にぴったり。
おためしあれ。

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April 01, 2005

祝、月誕生日。

chobihige皆様、本日は御日柄もよく、はるのためにブログを訪れてくださってありがとうございます。
本日4月1日、はるは無事に9ヶ月となりました。
9ヶ月児ともなれば、離乳食は後期に差し掛かりますし、最近得意になってきた喃語のおしゃべりもますます発展していく頃と言えます。今に「東京特許許可局」や「少女シャンソン歌手新春シャンソンショー」などと軽やかなおしゃべりを聞かせてくれることでしょう。
大人になったって、まともにこれを話せない人もいます。とすれば、逆から導いた真理として、しゃべれなくても大人なら、はるはもう大人と似たようなものと言えます。
その証拠に、今朝起きてみましたら、下の歯だけでなく、ひげも生えてまいりました。
男の子はひげが生えるようになれば、もう大人と申します。
はるは、すっかり大人になりました。
これもひとえに皆様方の愛情のおかげと存じます。
ますますのご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

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