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April 28, 2005

掌編小説 夜宴 〔3〕

 たくさん並べられた料理はあれよという間になくなるが、その都度新しい料理が運ばれてきて、宴の席は食べ物も飲み物も尽きることがない。わたしも酔いにまかせて笑ったり歌ったりした。
 どれほど経ったろうか、陽が傾きかけ、それまで誰よりも浮かれていた頭領猿が改まって蒔絵の小箱を渡してよこした。主からの感謝のしるしだから受け取ってほしいという。名残の杯を幾度か交わして、わたしは山を降りた。
 家についてみると、時計は午後4時から動いていなかった。家中の時計を見てまわっても、どれも同じ時間を指している。わたしは酒がまわってきたのか慣れない山登りの疲れなのか、眠気を抑えきれずに茶の間に倒れこんで眠った。
 目を覚ますと外はもう暗く、明かり障子の向こうでは月が光っているらしかった。ふと見れば、卓袱台の上の小箱が月明かりを受けてつややかに光っている。桜の花びらをかたどった蒔絵は、自分自身の力で光っているようにも見えた。

 小箱を開けると、ごくごく小さな香炉と、雲母(きら)引(び)きの紙に包まれた香がひとつ入っていた。
 香に火をともすと、立ち上る香りがほの白く光を帯びて、部屋のあちこちにたなびいた。
するすると香りは伸び、太い幹になり枝になりして先にはぽつぽつと花が開いた。花からは涼やかな音がしゃらしゃらと鳴り出す。香りの花は部屋から部屋へと伸びやかに枝を作り、桜で埋め尽くした。
いまや、家中が満開の桜と桜の奏でる音に包まれていた。
 自分のいる部屋がどこなのかもわからぬほど壁という壁、天井や床までが埋め尽くされていた。花は風に揺れるように遠のいたり近づいたりして、そのたびにしゃらしゃらという音が鳴る。音は、話しかけてくるようでもあり、笑い声のようでもあり、わたしは明るい桜の海の中をあてもなく歩いた。上下も左右もわからずにぐるぐる歩き回る中、手で触れる花はほろほろと消えていった。鳴り響く涼やかな音の向こう側に、猿たちの楽の音や笑い声が聞こえてくる気がした。
 花は漣のように行きつ戻りつして、いつまでもそこにたゆたう。

(結)

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Comments

後味がとてもうつくしい・・・
さくら酔い、です・・・

Posted by: fj | April 29, 2005 at 03:39 AM

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