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April 27, 2005

掌編小説 夜宴 〔2〕

 肩で息をし始めた頃、手入れされた桜の木々の一角に行き当たった。目に入るのは桜ばかり。ごつごつした岩は端の方に寄せられ、雑草も始末されている。桜の木々は古い桜を囲むようにして丸く植えてあり、どれもみな枝一杯に蕾を湛えている。そこが山の頂であるらしかった。
 猿は古桜に近い岩に腰をかけていた。彼は家で見るよりも大きく堂々としていた。岩陰からは他の猿たちがわたしたちをまじまじと見つめているのがわかった。どの猿よりも彼は威厳に満ちていた。

 主を紹介します、と言って頭領猿は古桜を仰いだ。空気を凛とさせる風が吹いて、桜が微かに枝を震わせると一輪だけ花を咲かせた。花は涼やかな音を奏でた。
 主は、わたくしどもの遣いが世話になっております、と申しております。
子育てに手がとられて、なかなか相手ができぬものですから、ここのところあなた様のもとへ伺うのが何よりの楽しみと聞いております。おかげでわたくしも子らも心やすく居られます。気持ちばかりの感謝ながら、酒も肴もたんと準備をしております、お楽しみくださいまし。

 古桜の言葉を伝え終わると猿たちから歓声が上がり、それをきっかけとして楽隊らしき一団が笛や太鼓を鳴らしながら現れた。隠れていた猿たちは楽の音に合わせて踊り出で、朴葉に盛られた魚の蒸したのや桜の塩漬けの握り飯や木の子焼き、山菜の胡桃和えなどが次から次へと運ばれてきた。頭領猿は一升瓶を抱えてわたしの隣に座り、わたしは自分の杯と、弁当箱に詰めて持ってきた春告魚(にしん)の燻製と木の芽味噌を出した。猿の酒は芽吹いたばかりの若葉のような爽やかな香りで、春を飲んでいるようだ。たたみ数畳ほどにまで料理が敷き詰められると、踊っていた猿たちも座についた。酒が進むとあるは謡い、あるは舞い、あるは酌にまわりして、ただ一輪の花を愛で、大いに歓喜した。酔った猿たちが祝詞のようなものを唱えると、古桜は枝をしならせて喜んでいるようであった。
 気がつけば、ここへの道すがらに見た蒲公英や芝桜も猿たちに混じって花びらをうっすら染めながら語らい、どこから現れたのか、みずら頭の3人のこどもが淡い紅の薄絹を幾重にも重ねた衣を纏い、杯を交わしていた。

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