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April 26, 2005

掌編小説 夜宴 〔1〕

 近頃、午後4時を過ぎるとどこからともなく猿があらわれる。
 猿は、茶の間で新聞を読んでいたり、縁側に座って庭を眺めていたりする。
 わたしの姿を見つけると、果実酒のようなものを懐から取り出して勧めてくるので、そこから酒盛りが始まる。わたしが用意する肴は冷奴だの納豆和えだの、ごく簡単なものであるのに、いつも大げさなほどに喜んでくれる。猿の持ってくる酒は果実の甘い香りと酸味がほどよく、まろやかだ。毎回少しずつ味が違って、それもまた楽しみである。小一時間ばかり酒を酌み交わしつつ話をして、猿はそのまま去っていく。
 日増しに、わたしは午後4時が近づくと家のあちこちを気にして歩くようになった。
たびたび顔を合わせていると、そのうちお互いの身の上話もするようになるものだ。わたしも猿について当たり障りのない認識を深めた。家の裏の山に住んでいることとか、仕える主(あるじ)がいることとか、見かけからはわからないが華々しい昔話が多いところを見ると年配の猿らしいことなど。たまに猿はこぼしたりもする。いわく、主に三つ子が生まれたので自分は以前ほど用事をおおせつかることがなくなったと。
ここひと月の間、自家製の酒を携えて、猿は毎日やってくる。
そして、どんなに話しが弾んでいても、一時間くらい経つとおもむろに帰っていく。

 春一番が吹いた次の木曜、こちらにも来てくれと猿が誘うので、午後3時を過ぎると肴を携えて裏山を登った。目立つほど高い山ではないが、きっかけがない限り登ろうとは思わない。そのくらいの高さはある。山道は細く深く奥に向かって続いていた。枯れ木のところどころに黄緑色の若葉が顔を出し、道端には時折菫(すみれ)や春(はる)紫苑(じおん)を見かける。春の盛りももうすぐなのだなぁ、その頃にも猿は毎日うちにやってくるのかなぁなどと考えながら歩をすすめる。風もないのに蒲公英(たんぽぽ)がからだを揺らしている様子は、隣に咲く芝桜に話しかけているようにも思え、ひとり顔をほころばせた。そろそろ中腹を過ぎたろうか、想像以上の勾配に息がとぎれてくる。猿は毎日こんな道のりをやってくるのかと改めて驚いた。いや、忽然と現れる猿のことである。もっと別の方法で移動するのかもしれない。足元以外に気が回らなくなると、木の葉のざわめきが遠のいていった。

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