« イチゴ味の指しゃぶり。 | Main | カバーオールで。 »

March 25, 2005

掌編小説 雨の日

雨がぱたぱたとしたたる午後のこと、家の戸をたたくものがあった。
不可思議な音が一緒に聞こえてくるのでなにかと思いきや、玄関に立っているのは2歳くらいの浴衣姿のこどもだった。少し小さい茶絣に、赤い帯を締めて、口もきゅっと結んで突っ立っている。こどもは、道に迷ったので少し雨宿りさせてくれという。後ろに手を組み、ひとこと話すたびに、でんでこでん、と不可思議な音がなった。
こどもは返事も待たずにわたしをすり抜けてずかずかと家にあがりこむと、窓から外を眺めて、茶を所望した。茶箪笥から茶葉を取り出して、ぬるめの煎茶を淹れる。茶菓子は何もないので、夕食後の楽しみにしていたプリンを出した。食後と言っても冷蔵庫の中は殆んど何もなく、こどもが帰ったら買い物に出ようとひそかに思った。

これはなにか
でんでこでん

これは茶菓子、プリンというの。いまどきプリンを見知らぬこどもがいるとは驚きだったが、そういう家庭もあるのかもしれぬと、余計な口は挟まないようにした。
こどもはスプーンを手にとっていぶかしげに見つめ、おそるおそる口にし、やがてむさぼるように食べるとじっとわたしを見つめた。

そなたはなにものか
でんでこでん

なにと問われて答えるような言葉がみつからず黙っていると、こどもはわたしのことを勝手にうす桃と呼び始めた。うすい桃色のカーディガンを羽織っていたためのようだ。

うす桃、そなたはしあわせか

なんですか藪から棒に。こどもはわたしの目から目をそらさない。その年頃にはおよそ似つかわしくない真剣な眼差しに、わたしは一瞬からだの全部が射抜かれたような気分になる。
しあわせといえばしあわせ、そうでないといえばそうでもなし。
こどもは少し考え込んで、茶をひとくちすすった。

うす桃、そなたをしあわせにするには、何がたらぬのか
たらぬわけではなく。
では、何がおおいのか
おおいわけでもなく。

それからしばらく問答は続いて、雨はいっそう強く降り始めた。
軒先に夫婦者の鳩が雨宿りをして、クルックとなきながら寄り添っている。つけたまま放念していたラジオからは夜半にかけて雨足はさらに強くなり、嵐になると聞こえてくる。
こどもは帰る気配も見せず、強く窓を打ち付ける雨音にも負けずに声を張り上げて、質問を浴びせてくる。

そなたのしあわせとは一体何なのか
でんでこ、でんでこでん

わからない。でもこう、なにかつややかでまろやかなものなのだと思う。

つややかでまろやかとな…よい
そなたにさいわいあれ
でんでこでん

そういうと、こどもはどこに隠していたのかでんでん太鼓を振りかざし、全身を震わせてかき鳴らしたかと思うと、いとまを告げた。
こどもが帰るとほどなくして雨はおさまり、陽がさして、鳩は連れ立って飛んでいった。
わたしは茶を淹れるためにやかんを火にかけ、夕飯の献立を考えながら冷蔵庫をあけた。
そこにはうすい桃色をしたプリンが、つめこめるだけつめこんであった。

|

« イチゴ味の指しゃぶり。 | Main | カバーオールで。 »

Comments

でんでこでん、
しあわせとは、つややかでまろやかなもの・・・
桃色のプリン・・・
我が家には、いつきてくれるのだろうか?

Posted by: fj | March 29, 2005 at 07:28 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/83670/3407006

Listed below are links to weblogs that reference 掌編小説 雨の日:

« イチゴ味の指しゃぶり。 | Main | カバーオールで。 »